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2008年4月26日 (土)

戦慄

硫化水素を用いた自殺関連の報道を見ていて思うのですが。

戦慄を覚える。

何にって?

マスメディアの「無邪気」さに、です。

正直、気持ちの悪さを感じる。

シャレにならない悪戯をした小学生が、全く悪びれないであっけらかんとしているのを見るような、そんな感じ。

平気で他の子に責任をなすりつけているのを見ているような、そんな感じ。「知らないよ。あの子じゃないの?」と言っているような、ね。

報道を見ていると、確かに、硫化水素を用いた自殺の頻度が高いように思える。

そして、未だ、ネットで情報を得て…などという言い方をしている。

そろそろ、本気で考えた方がいいんじゃないか。

マスメディアの報道とネットの情報がネガティブな相乗効果を及ぼしているかも知れない可能性に。

いくら何でも、ひどさが過ぎるのではないだろうか。

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コメント

 ネットに出ている硫化水素自殺の情報で、マスコミが情報源でないものがほとんど存在しないですよねぇ。

投稿: apj | 2008年4月26日 (土) 01:17

TAKESANさん、こんばんは。

>>そして、未だ、ネットで情報を得て…などと(ry

本気でネットが悪いとだけ思っているようで、自分らが宣伝、誘導のようなマネをし、群発に加担していることには無頓着なんだろうと呆れますね。子どもの自殺が続いた頃、WHOの「群発自殺」を防ぐための報道のガイドラインも何度か話されていたはずなのに……。

投稿: ジャck | 2008年4月26日 (土) 01:57

マッチ・ポンプですね。

投稿: zorori | 2008年4月26日 (土) 10:40

皆さん、今日は。

情報を得た経路として、「テレビを見てからネットで…」なんてのも、当然考えられると思います。むしろ、そう考えるのが普通、と言っても良いくらいだと。

この間、ワイドショーで司会者が、こういう報道をテレビでやって良いものか、という事を言っていたのですが、本当にそこを考えているのだろうか、と思わざるを得ませんでした。

zororiさんが仰るような、マッチポンプ的な結果になってしまっているようにも思います。

本当に、自殺報道に関しては、WHOのガイドラインがあるのに。

投稿: TAKESAN | 2008年4月26日 (土) 11:30

>マッチポンプ
御意。

一昨日だか、テレビ報道で知りました。「めざまし」だろうと思い舞う。別にネットがどうこうとは言っていませんでしたけど。
それでも「おいおい、模倣とか考えねえのか。WHOのガイドラインとかどうなってんだ」と思わず口走りまして。
そしたらカアチャンが「ネットに情報がたくさんあるのよ」と。よく聞くとカアチャンの情報源は2ちゃんで……。

どいつもこいつも脳みそねじれてんじゃねえかと小一時間(ry

投稿: 亀@渋研X | 2008年4月26日 (土) 11:46

亀@渋研Xさん、今日は。

この場合、「どちらであっても」まずい、という事なんですよね。
もし、ある程度マスメディアによる情報伝達の機能を自覚しながら、なのだとすれば、それはマッチポンプ的(意図的では無いが自覚的ではある、という意味で、”的”)で、悪質であるとすら言えますし、仮に、本気で自分達は関係無いと思っているのであれば、極めて素朴、つまり、ここでいう「子どもの無邪気さ」のようなものであって、そこに気持ちの悪さを感じます。

投稿: TAKESAN | 2008年4月26日 (土) 12:11

自殺報道のありかたを考えている本筋からは外れるかもしれませんが、硫化水素問題で一番問題になるのは「他人を巻き込む」ことなのではないかという気がしてきました。自殺をするしないの前に、「他人様(ひとさま)に迷惑をかけない」配慮の有無が問題なのではないかと思います。

自殺をする人、自殺そのものに対する配慮・対策とは別のレベルの、人間間のつながりみたいな方面の対策が必要ということのように思います。社会全体が困った状況にいる他人のことを見ない、見えないようになっているのが一因かもしれませんし、私自身もたぶんその一翼を担っているのかもしれませんが。

投稿: ちがやまる | 2008年4月27日 (日) 08:39

ちがやまるさん、お早うございます。

昨日、こんな記事を読みました⇒http://mainichi.jp/select/photo/news/20080426mog00m040009000c.html

自殺する部屋の前に貼り紙をし、硫化水素を使っているから近づくな、と警告をしている事例もあると聞きます。これは、恐らく「配慮の”つもり”」、なのでしょう。それが「つもり」でしか無いのは明らかですが(ほとんど何の意味も無い)。
ここはちょっと難しい所ですが……「知識が無い」、というのがあるかも知れません。もしくは想像力の欠如か。極限状態では、他人の事を構ってなどいられない、という心理状態か。もしかしたら、他人が巻き込まれても構わない、というのを考えたか。それが社会に対するアピールの役割を果たす、という所まで認識したか。

いずれにしても、硫化水素を用いた自殺は、比較的広範囲の複数の人間に健康被害を及ぼし得る、という点で、異質なものであろうと思います。で、(ワイドショーのコメンテーターなんかが類似の事を言うのですが)硫化水素を用いた自殺は他人に危険を与えるから止めろ、と言うのが抑止になるのか、私にはよく解らないです。

ある意味で、人間が繋がったから自殺の連鎖が起こる、というのもあり得る気がします。それは、身近に繋がりが無かったから他の場に求めた、という事なのかも知れません。WEBでのやり取り、または、マスメディアの報道を通して知った、顔の見えない人達に繋がりを感じた、という、そういうのがあるのかも知れません。それを繋ぐものとして、自殺の手段というものがきっかけになる、というがあるのだとも思います。この場合、手段は「何でも」同じだった、というのが私の考えです。ただ、容易に出来るか否か、という所が大きく関わってくるようにも思います。

すみません、何言ってるか解らないですね。ちょっと整理が難しいです。

投稿: TAKESAN | 2008年4月27日 (日) 11:06

ご紹介の紙面にあった商品を禁止というのは無駄な面があると思います(詳しくは語りませんし、聞かないでください)。「ガスを使うような方法ではこんな巻き添えの事例があって、そんな『非人道的』なことはしてはいけないよね」ということは集団免疫みたいな形でひろまった方がいいと思います。
自殺を予防したり、それを考える人を救うこととは別ですが。

感染症なんかで、感染した人の人権を保証することを具体的にどうするか決めておくべきなのと、個人でも自分が感染した場合にどういう行動を選ぶかを考えてみる・そのための情報を提供しておくというのと両方が必要ですよね。個人がどういう行動を選ぶか、というところがちょっと似ているかなと思いました。

投稿: ちがやまる | 2008年4月27日 (日) 11:54

どう考えても、ネットがどうのこうのという話じゃないですよね。硫化水素の作り方なんて中学レベルの化学知識があれば充分ですから。
これはやたらと硫化水素を強調した事による報道被害としか思えない。
マスコミはつい2,3年前に振り込め詐欺報道で2次被害を出しまくった事について何の反省もしておらず、それどころか余計にタチの悪い形でその失態を繰り返している、といったところでしょうか。

ただ、願わくば自殺を考えている人に対して、“最低限”周りの人を巻き込んで死ぬのだけはいけない、という事は伝わって欲しいものですが。

投稿: 黒屋ぶるー | 2008年4月27日 (日) 16:44

黒屋ぶるーさん、今晩は。

>ちがやまるさん、黒屋ぶるーさん

私が子どもの頃、家の人間に、「洗剤を混ぜちゃいけない」、と、結構強く教わったように記憶しています。

まず、簡単な作り方がWEBにある、と発信する事そのものが、情報伝達になっているし、また、最近硫化水素によって自殺している人が沢山いる、という情報発信にもなっている。私は、後者の方が、より重要であると思っています。作り方そのものは、それこそ、あまりにも簡単に解る事なので。

明らかに、「巻き添え」にしてしまうものですよね。それは、家族が心理的に、というのでは無く(それは、自殺一般に共通するでしょうから)、健康被害を及ぼすという意味で、他のものと異なっている。飛び降り自殺で巻き添えにするのと似ていますが、それとも違っている。

人間が自分で死ぬ、というのは、理論的には簡単に出来る事だと思うのです。だけれど、それをするかしないかは、心のありように大きく関わる。そういう所を考えるべきなのだと思っています。

そして、そういう所を考えているようには全く見えないマスメディアに、恐ろしさを感じます。

投稿: TAKESAN | 2008年4月27日 (日) 19:03

こんばんは。初めて書き込みいたします。
私も平生よりマスコミは批判的に見ておりますが、硫化水素による自殺を大々的に報道すること自体はマスコミとしては当然のことであると思います。こういう自殺の方法があり、それが連日発生し、近隣の住民にも被害を及ぼしているというのはニュースとして多くの人が知っておくべきことです。報道が多くなればその中には硫化水素の性質の話が採り上げられることも多くなって、その知識が、もし自分の近くで硫化水素による自殺が起こったときに、自分の身を守る確率を高めてくれるかもしれない、と思うからです。少なくとも、近づいたら大変危険とかいうレベルの理解は多くの人が共有したと思われます。
当然ながら、ネットに責任を押し付けるような説明のしかたには批判をぶつけるべきですが、報道自体が規制されるような方向に行ったりすると、それはまた本末転倒な話になってしまいます。自殺の連鎖よりも周囲の人間の被害抑制を第一に考えるなら、報道を続けること自体はマスコミの職責であると言えるでしょう。

投稿: オキナタケ | 2008年4月27日 (日) 23:47

オキナタケさん、今晩は。

仰る事、ほぼ(「自殺の連鎖よりも周囲の人間の被害抑制を第一に考えるなら」という部分に関しては、それらは相互作用するものなので、どちらが優先される、というのは、一概に言えないかとも思います)同意です。

ところで、多分、私がここで書いている事と、オキナタケさんのご主張は、矛盾しないですよね。いや、もしかすると、「私が報道を規制するべきだと言っている」、と読まれたのかと思いまして。
もちろん、私の書いている事の主旨は、報道するにもやり方があるだろう、というものですね。取り扱う対象によっては、報道を控えるというのが有効な場合もあるかと思います。これは多分、規制とはまた異なった事だと考えています。

投稿: TAKESAN | 2008年4月28日 (月) 00:08

TAKESANさん、今晩は。また失礼します。
もちろん、TAKESANさんが「報道を規制すべきだ」と言っておいでとは思っておりませんよ。
私も新聞・テレビで自殺報道が相次いだり、最近は花を切ったりするのが流行したりするのを見たりしていると、報道することそのものが模倣や連鎖の片棒を担いでいることを思わずにはいられないのですが、かといって報道を抑制することはまた別の問題を生んでしまう--今起こっている事件が伝わらない、知っていれば有用だったかも知れない情報が伝わらない--わけで、その優劣を評価するのはかなり大変な作業になると思います。
特にこの硫化水素による自殺は、巻き添えで被害に遭う人が出る危険が高いという特徴があるため、報道量の多い方が利点が多いのではないか、若しくは無視できない効用を有するのではないか、と思ったのです。マイナス面もまた無視できないとはいえ。
しかし、マスメディアとしては事件の報道そのものをどんどん行なうのが大原則であるわけです。
どの程度まで報道するのが適切なのかを判断するのは難しいことです。現場の人はかなり気遣いながらやっていると思いますけど、いかにも無神経に放送しているようなのもありますから。それでも、今回のケースでは連日大々的に報道することはけっこう正解なのではないか、と考えましたので、書き込ませていただきました。

投稿: オキナタケ | 2008年4月28日 (月) 23:01

オキナタケさん、今晩は。

ご説明、ありがとうございます。誰へのレスか(もしくは、誰かへのレスでは無く、採り上げられているトピックに関しての考察である、等)を明示して頂けたら解りやすかったかなあ、と、管理者としては思います。

---

私も、この時点においては、報道する事そのものは、重要だと考えます。
マイナス面とプラス面をどう評価するか、というのは難しい所ですね。それは実際、どのような報道が行われるか、という部分にも関わってくるし、いつの時点に行われたか、というのも関係してくると思います。
私が観る限りでは、ワイドショーなんかでは、「軽さ」が見え、ある意味で煽っている(自殺を煽っている、というのでは無く、感情を徒に昂ぶらせるような、と言うか)ようにも感じます。

投稿: TAKESAN | 2008年4月29日 (火) 00:05

初めまして。

http://www.j-cast.com/2006/11/16003851.html

WHOによる上記のようなガイドラインの存在と、それを知りながら完全に無視し続けているマスコミの存在、という既知の問題ですね。この辺は練炭自殺の頃にも話題になりました。

情報発信にも自由と権利と義務と責任が伴うのは当然で、個人の場合は個人が、団体が発している情報は団体がその全てを背負うことになります。

結局は限定効果論的に、死にたい人はどうやっても手軽に死ぬ方法を探すでしょうから、個人が「自身の発信した情報を利用して人が死ぬ」可能性を考慮し、それでも発信するなら自由にすればいい、と個人的には感じています。
一方でマスコミによる情報発信はその影響範囲が広範であるが故に慎重であるべきだとは思うのですが、警察庁などの対応を見ても個人の発信は規制するがマスコミの情報発信は放置する、という、おかしな状況になってますね(苦笑。

投稿: 一技術屋 | 2008年4月30日 (水) 22:12

一技術屋さん、今晩は。

練炭自殺の際に、WHOのガイドライン等を紹介してマスメディアを批判していた(マスメディアに比較的出る)著名人は、宮崎哲弥氏など、他の少ない人々だったと記憶しています。

ワイドショーなどでは、コメンテーターが好きに発言する、という流れで、配慮に欠けたコメントが見られる事もあります。そこら辺に、違和感を覚えます。

ネットに書かれた自殺の手法を、「有害情報」として扱う事になったそうですね…⇒http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080430-00000127-jij-soci

投稿: TAKESAN | 2008年4月30日 (水) 23:20

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