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2008年3月18日 (火)

何の話か解らない

瀬名秀明の時空の旅: 信じぬ者は救われる

※書評および、『パラサイト・イヴ』に纏わる部分については、触れません。菊池・香山両氏の本はまだ読んでいないですし、瀬名さんの本への評価については、全然知らないので。それにしても、文体は至極丁寧だけど、内容は超苛烈ですね。

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論点が絡まっていて、何を仰りたいのかがはっきり読み取れない、という印象。

大部分は正論だと思うけれど、ニセ科学の議論と結び付けている所が、よく解らない。

是非、「ニセ科学について」の論考を、書いて頂きたい所。

あ、書評には触れないと言ったけれど、一箇所だけ。

ではその他のグレーゾーンにどう立ち向かえばいいのか、という問題に本書は回答を与えていない。

そもそも、そういう本では無いのでは?

っと、これ以上書くには、本を読まなくちゃ無理ですね。

ともかく、あまり論点が明確で無いように思います。コメント欄を開いているので、そちらでのやり取りに期待。

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余計なお節介。

瀬名さんには、「室井健亮」でググられる事を、お勧めします。コメントで相手なさるかどうかは、ご自由ですが…。

追記:当ブログの右サイドバーにあるニセ科学論の関連リンクも、参照して頂きたい所です。

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コメント

祝復活.こんにちは.

瀬名さんのあのながーいエントリは,あの本をきっかけにいろんな不満が噴出しました,みたいに見えます."書評"は頭のほんのちょっとのところだけですね.まぁ本を読んでの"感想"には違いないのでしょうけど,本と関係ない(現状のニセ科学批判とも関係ない)不満を同じエントリ内に書かれてもなぁ,と思いまいた.読む人に誤解を与えるよなぁ,と.それを意図しているのかしていないのか,純粋にご本人が誤解しているのか,よくわかりませんけど.
そもそも個人のブログだし,何を書いても勝手といえばそうで,確かに過去の恨みつらみ(?)とかどうでもいいんですけど,ただ"科学技術インタプリタを養成する立場の方"なので,安直に「反証実験しろ」なんていうのだけはなんとかしてほしいです.

ところで,ニセ科学批判に批判的な事を書くと嬉々として湧いてでるアレな人達について,「まとめ」に書いたらけっこう多くの人が幸せになれるのではないかと思うのですが,かといって,まとめWikiに「○○氏と××氏は困ったちゃんなので気を付けましょう」とか書くのはどうかと思われ…思案中なのです.
なんらかの注意は書きたいんですけどね.

投稿: たかぎF | 2008年3月18日 (火) 18:10

たかぎFさん、今晩は。そしてありがとうございます。

私としては、「無理やり絡められている」ように見えました。だから、結局、誰に対するどんな批判なのか、ほとんど解らないのでした。菊池さん達の(『パラサイト・イヴ』への)書評についての鬱積の開陳? 水伝への批判の仕方の不備の指摘? 子ども達の探究心を否定するような態度の批判? 等々。何と何が繋がっていて、何が独立しているのか。

なので、分けて欲しいですね。書評なら書評だけすればいいし、その部分と異なる所なら、ちゃんと解るようにお書きになれば良いのに、と感じます。

瀬名さんは、水伝以外のニセ科学について、どのくらいご存知なのかな。ゲーム脳については、どこかで言及なさっていた気もしますが、記憶曖昧。

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 >アレな人達

そうですね。案内を書いておくと、かなり助かると思います。アレな人達の軌跡、という事で、出現したエントリーとかをリンクする、とかかなあ。なかなか難儀な作業ですが…。

投稿: TAKESAN | 2008年3月18日 (火) 19:03

アレな人に丁寧に接しておられますね。

だから、その論点は、散々議論されてきているんですって…。

ここに書いてもしょうが無いけど、後は瀬名さん次第なのです。

やはり、あまり押さえておられないのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2008年3月19日 (水) 11:12

あぅ.昨夜投稿したコメントはメンテナンスにひっかかってしまったのですね.ということで,再投稿+α.

「無理やり絡められている」というと,何かの思惑があっていろいろ絡めて論じてる,というイメージがあるのですが,あんまり"論じている"風でもないし.意見や立場の表明って感じではないですよね.なんかこう,ずるずるといろいろなことを思い出しちゃった? みたいな印象で.
上のコメントで「まぁ個人のブログだし…」と書いたものの,やっぱり科学インタプリタのコースで講義をするような方なんだから,どうせ書くならちょっとぐらい現状を調べて,もっとちゃんと批判してくれればいいのにと思いますね.

> アレな人達の軌跡、という事で、出現したエントリーとかをリンクする

やっぱりそんな感じですかねぇ…
あとapjさんのところの「これこれの人はこういう事をしたので出入禁止」ってエントリにリンクするとか考えたんですけど,それもなんかこう,迷惑を押し付けているようでもあり,若干心苦しいような (^^;

> アレな人に丁寧に接しておられますね。

まぁ出だしはいつも一見まともなかんじですから,これまでの経緯を見ていない方なら仕方がないでしょう.

投稿: たかぎF | 2008年3月19日 (水) 12:05

たかぎFさん、今日は。

ああ、色々書いて、絡まったものをほぐさないままに出してしまった、という感じなのかもですね。確かに、意図的、という事でも無さそうです。

アレな人については、やはり、纏めがあった方が良さそうです。apjさんの所のエントリーなら、経緯が解りやすいですね。

瀬名さんには、ニセ科学についての議論をお調べになる事を、望みます。アレな人に関しては、やっぱり、直接教えた方がいいですね。その人はアレですよ、といきなり言うのも憚られるので、TB送ったんですけどね…。TBは、読まれるとは限らないからなあ。

投稿: TAKESAN | 2008年3月19日 (水) 12:20

復帰おめでとうございます。

>アレな人達

もうすでにご存知かもしれませんが、既存の記事ということであれば以下のものが色々情報が集められていて便利だなあ、と思いました↓
http://gallerytondemo.blog.shinobi.jp/Entry/66/

僕自身があまり詳しくない出来事についての情報もいくつかあるので完全に内容について色々確かめられたわけではないのですが。ちなみにコメ欄にご本人登場してます。

投稿: dlit | 2008年3月19日 (水) 16:12

こんにちは。
あいかわらずパストゥールにこだわっているんですが、彼は何かを「証明」したわけではないんですよね。のちになって、肉汁が湧くというのが細菌の増殖に他ならないことが確認されてからなら「証明」という言葉を使ってもおかしくはないと思いますが。

彼のすごいところは、どこかの時点で肉汁が湧くという現象を「自律的に進む化学反応」という以外に「見えない位小さい何かの生活(化学)反応」と解釈できることに気付き、たぶんある種の具体的なイメージを持ったこと、「肉汁が湧く」という道具立てをそのまま現象の解析(介入、統御)に使うことができるという着想を持ったこと、の2つでしょう。

で、着実に足もとを固めて(その過程が「自然発生説の検討」に描かれた一連の見事な実験)、液体培養として今でも使われる操作手法を確立した。その後彼のイメージが裏書きされる形で微生物学が進展しますが、この時点では空気と一緒に肉汁に導入されて肉汁を湧かすものが彼のイメージどおりのものかは「証明」されていないわけです。

反証実験をしないのはおかしい、という話でパストゥールを引き合いに出しているのは、「水伝」の問題をよくわかってない、ということだけでなく、手探りで現象を確認しつつ進んでいくという実験家の感覚もよくわかってないためではないか、と思ったのでした。

投稿: ちがやまる | 2008年3月19日 (水) 16:51

dlitさん、今日は。

あ、galleryさんの所ですね。dlitさんのはてブ経由で、読んでいました。参考になりますよね。AGLAなる人物も知らなかったですし。

------

ちがやまるさん、今日は。

瀬名さんの認識が、よく解っていなかったりします。

一般的な、「実証精神」の重要さを主張するために、水伝と絡めて論じたのかな、という気はしますが、そもそも水伝についてあまりご存知無いようにも見えます。ちょっと乱暴な論理展開になっているような感じですね。

たとえば瀬名さんに、「水伝を検証するにはどういう実験デザインをすれば良いでしょうか」、と訊いてみたい気もします。

余談ですが、水伝の検証については、私は、dlitさんの意見に近いと思っています。言語論的アポリアをどうクリアするか。そこを考えないと、実験など組み立てようが無い、と。

パスツールについてのお話は、大変参考になります。

投稿: TAKESAN | 2008年3月19日 (水) 17:34

こちらでは、どうも初めまして。

あのエントリーは、あくまでAGLA氏と「アレな人達」とが同一人物かどうかの検証がメインなので、「アレな人達」の騒動やHNを集中的にまとめて且つ追いかけるエントリーとか立ち上げた方がいいかな、と考えております。(…とか言いつつ、時系列まとめに瀬名さんとこの騒動も書いてしまった。後でTB送ろ♪)

更新頻度の少ないので、基本的に閑散とした日記なのですが、「アレな人達」が活躍すればするほど、妙にアクセスが増えてたりして(笑)

投稿: gallery | 2008年3月20日 (木) 01:29

短い期間に、真面目に「アレな人」を相手にする人を二人も視てしまったわけですが(笑)、実績から考えてこのアレな人は「事情を識らない人」にしか相手にしてもらえないので、端的に事情を識らせる情報が纏まっているのは好いことですね。

結果的にそれで本人は「有名人」になってしまうんですが、本人がそれで満足なら何の問題もないような気がしますね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2008年3月20日 (木) 03:00

galleryさん、黒猫亭さん、今日は。

たかぎFさんも仰っていましたが、知らない人にとっては、言っている事がまともに取られる部分があるのですよね、当たり前ですけれど(徹頭徹尾、ことごとくおかしい、という文章を書く方が難しいから)。

なので、その人はかなりアレですよ、というのを示す意味で、galleryさんのエントリーは、参考になりますね。

投稿: TAKESAN | 2008年3月20日 (木) 11:34

あの段階で、告知をせずにコメント欄を閉じるというのは、どうなんだろうと思わないでもない。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 3日 (木) 01:28

最後までやり方が拙かったですね。残念です。今日少しネット検索で評判を調べてみたんですが、擁護意見が皆無という状況でしたから、いずれにせよそろそろ潮時ではあったのですが。

投稿: 黒猫亭 | 2008年4月 3日 (木) 03:21

前にも瀬名さんの「ニセ科学に関するよくわからない文章」を読んだ覚えがあるなぁ,と思ってブクマをあさったら,でてきました.
http://news.senahideaki.com/article/16043928.html

ああこれも「パラサイト・イヴの恨み」だったのか,と,納得したというか,納得できないというか.

投稿: たかぎF | 2008年4月 3日 (木) 10:44

黒猫亭さん、今日は。

残念ですね。何かしらアナウンスがあっても良かったと思うのですが…。

------

たかぎFさんん、今日は。

あ、多分、これ読んだかもです。たかぎFさんのブクマ経由だったかな。

結局、繋げているのですよね。「根に持っている」のだと思います。それ自体は別に、非難される事でもありませんが、いかんせん、話の持っていき方が良くなかった、と感じます。
少なくない人間が、「瀬名秀明が何を言いたいか解らない」、という印象を懐いたのではないでしょうか。

瀬名さんのブログより引用
▼▼▼引用▼▼▼
俺自身、ニセ科学の片棒を担ぐ要注意人物として批判されることもある。ミトコンドリアは決して人を襲ったりはしない。それをあたかも本当のことであるかのように書く俺は、科学の混迷を招く人物である、という批判だ。
▲▲引用終了▲▲
本当なの?

投稿: TAKESAN | 2008年4月 3日 (木) 12:34

>たかぎFさん、TAKESANさん

TAKAさんが発掘されたpoohさんのところの過去エントリーからリンクされた書評もひどい内容でした(笑)。瀬名さんの書いたものだと言われなければ、論宅さんや五徳猫さんのいつもの戯言だと思ったでしょうね。

>>本当なの?

多分本当なんでしょうけれど、それがもしも菊池さんの掲示板での論争の話だとすれば、瀬名さん自ら、抛っておけば忘れ去られる一〇年も前の話を、今に至るもネット上に流通させていることになります。

投稿: 黒猫亭 | 2008年4月 3日 (木) 12:47

瀬名さんには、(もう遅いかもですが)「現在ニセ科学についてどういう議論が蓄積されているか」、という所を調べて頂きたいものです。きくちさんをニセ科学批判の筆頭だと看做しておられるのだから、きくちさんが行っている言動や、その周辺の議論なりを押さえるのは、必要な事であると思います。ニセ科学論に踏み込むのであれば。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 3日 (木) 12:55

poohさんの所の発掘エントリー、私もコメントしてますね。

あの当時だと、アノ人やカノ人はまだ脚光を浴びて?いなかったし、ニセ科学についてのWEBでの議論が丁度盛り上がっていた頃でしたから、ニセ科学という概念をどう捉えているか、という部分をよく検討していたようにも思います。瀬名さんの書かれた事は、正しい話ではあったので(誰かがニセ科学と言ったからそれを鵜呑みにするのはダメだ、という全くの正論)、では誰に向けて書かれたのだろう、という疑問が出てきたのですよね。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 3日 (木) 13:02

>TAKESANさん

>>では誰に向けて書かれたのだろう

当時のコメントでもTAKESANさんが指摘されていたこの疑問がやはりキモですよね。その辺の藁人形さ加減が、気味が悪いくらい論宅さんや猫さんの一連のコメントとダブって見えるんですよ。

瀬名さんや猫さんの仰っていること自体は一般論としては正しいんですが、「ご説ご尤も。で、誰の話なの?」という部分で、それが田崎先生だったりきくちさんだったりって、何かおかしくないか?ということですよね。

投稿: 黒猫亭 | 2008年4月 3日 (木) 13:25

ああ、瀬名さんの例だと、菊池さんのニセ科学批判に対して「安易に」呼応する「フォロワー」を皮肉っていることになるわけですね(笑)。

だとすると、今回の書評で菊池さんに「救いを示すべきだ」と仰っているのも妙な話です。要するにそれって、菊池さんに天下りの解決策を期待することになるわけですから、まさしく「ニセ科学をニセ科学だとみんなが言っているからという理由で批判するような人」に迎合しろと言っていることになります。

投稿: 黒猫亭 | 2008年4月 3日 (木) 13:32

ニセ科学という語自体は、多分何十年か前から使われているので、可能性としては、昨今のきくちさん等の批判とは違うものを指している事は、あり得るのですね。ですので、「それは誰のどんな説の事を言っているのだろう」、という疑問が、結構出ます。

で、どうやら田崎さんやきくちさんの言説を指しているらしいと判明して、でも、それが的外れだったりする。別な話を、「ニセ科学」という語を用いているから、という理由で、そのまま詳細に検討する事無く、きくちさん達への批判に結び付けている訳ですね。だから、ちゃんと調べてみてはどうですか、と言ったりするのですが、あまり聞き入れてくれない。
言ってない事について批判されたり、全然別の話と繋げられたりすると、困るのですよね。別の話は違う場ですればいいのに、という感じで。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 3日 (木) 16:18

ニセ科学という言葉がいつから使われているのかはよく分かりません。僕が初めて見たのは、たぶん「ハインズ博士」の帯なので、96年くらい? それからシャーマーの邦訳タイトルです(邦題をつけたのは早川書房の阿部毅さん)。僕の知ってる用例はそれくらいかな。「奇妙な論理」の早川版にも副題として使われてますが、教養文庫版にはなかったはずなので、シャーマーを受けて使ったのでしょう。
 
瀬名さんですが、どこに書いておられたのだったか忘れたのだけど、「パライブ」がミトコンドリア擬人化故に科学者に受けなかったのに対し、同時期に出た村上龍「ヒュウガ・ウィルス」を薬学だか生物学だかの専門家が褒めたので、ショックを受けたという話はあったように記憶します。上で引用された「ニセ科学の片棒を担ぐ要注意人物として批判されることもある」ってのは、それを念頭に置いての話じゃないですかね。しかし、それなら、我々のニセ科学批判とはなんの関係もないんですけどね。僕はそんなことで「ニセ科学の片棒を担ぐ」なんて思いませんから。

僕自身は「ハードSFは嘘のつきかたが問題である」とSFマガジンにも書いたことがあるくらいで、小説は大嘘でかまわんと考えているわけです。全部嘘でもかまわない。ただ、嘘のつきかたには上手下手があって、「パライブ」は僕の観点では嘘のつきかたが下手なわけです。
 
ちなみに、「ヒュウガ・ウィルス」ってのは、気力でサイトカイン(インターロイキンなんとか。最近僕のブログで話題になったばかり)を出してウィルスを駆逐する話なので、薬学が専門の瀬名さんには受け入れがたかったのだと思います。
一方、僕は「ヒュウガ・ウィルス」を絶賛した口なんですが。僕の考えでは、この作品は非常にうまい嘘のつきかたをしている。
まあ、「小説における科学」についての認識は僕と瀬名さんとでだいぶ違うので、一致しないのはしょうがないです。

投稿: きくち | 2008年4月 6日 (日) 21:37

記憶が定かで無いのですが、かなり古い本で、「にせ科学」か「ニセ科学」のどちらかが使われていた、という記憶があります。ポパーの本だった気もしますが(『科学的方法の論理』?)、もしかすると、全くの思い違いかも知れないです(えせか似非、だったかも…。勘違いだったらすみません)。ちゃんとメモっとけば良かった。※その内調べるので、しばらくお待ちを・・。

 >それを念頭に置いての話じゃないですかね。

とすると、瀬名さんはやはり、「ニセ科学」という概念をきちんと押さえておられない、という事でしょうね。
私自身、フィクションと分類されるものなら、何を書いても構わない、という考えで(その代わり、フィクションをフィクションであるときちんと認識する必要がありますが)、ここでも結構それを言う事があるのですが、フィクションで「それらしき」事を書いたのをもって、それがニセ科学の片棒を担ぐ行為だ、と批判するのは、少なくとも私が知っている「ニセ科学批判」では無いですね。

余談。
武術を扱うアクションもので、考証はメチャクチャ、実在の流派や技を誤解に基づいた用い方をしているもの、を見かける事があります。で、そういうものへの批判として、武術が誤解される、というのがあります。私自身はそういう考えには与しない者で、フィクションであるならどういう書き方をしても構わない、という立場です。重要なのは、そもそもそういうのにはウソが含まれている、というのを、前提としてきちんと認識する事、だと思っています。

「ウソを楽しめる」世の中であると良いですね。そのためには、何がウソで何が本当かをきちんと知る事が重要、だと考えています。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 6日 (日) 23:13

似非科学やエセ科学は昔からあったと思うんですよ。調べてみますが。

投稿: きくち | 2008年4月 7日 (月) 00:01

「似非(エセ)科学」は、古めの書物でも結構頻繁に見られますね。
で、以前にニセ科学という表記をかなり古い本で見つけて、おお、こんな前から使われてたのね、と思ったんですね。
って、これ自体記憶違いかも知れないのですが。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 7日 (月) 01:41

あ、書き間違い。

ポパーの本、『科学的発見の論理』、でした。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 7日 (月) 01:46

瀬名さんについては本人も作品も全然知らないのですが、下記の囲み記事でのケータイ小説や『日本沈没』についての語り口から察するに、SFではないと言われたことがトラウマになっていて、その結果、カテゴライズにあまり関心がもてなくなっているのではないでしょうか。

瀬名秀明に聞く「仮想世界」「ケータイ小説」「初音ミク」(2/3)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0803/31/news010_2.html

「人口に膾炙(かいしゃ)したロボットは、ロボットと言われなくなる」なんてのは、不思議でもなんでもないかもしれないけど、なかなかおもしろい話だとは思うんですが、それを出汁にしてこのぐちゃぐちゃな話はないだろうと驚いてしまいました。
もちろん、談話記事なので編集部のまとめ方がまずいという可能性はありますが。

む。ただの揚げ足取りかしら。

投稿: 亀@渋研X | 2008年4月 7日 (月) 12:40

亀@渋研Xさん、今日は。

ああ、やはり、「事あるごと」に、件の話が出てくるんですね。
うーん、何だろう、仰るように、カテゴライズするという所に抵抗感を持つ、と言うか、「型にはめる」事に対して敏感なのかな…。言わんとするのは、解らないでも無いですが(と言うか、極めて普通の事を言っていると思う)。ご自分が批判を受けて、相当考えたのでしょうね。

---

以下、閑話。

ところで、1ページ目で、仮想世界についての話がありますね。そこら辺の創作と言えば、わたし的には、渡邊浩弐さん。
それにしても、「十数年もすれば、原子1個1個を制御できる仮想世界が実現するだろう」(瀬名さん)というのは言い過ぎだと思うけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 7日 (月) 13:09

いろいろな発言を拝見すると、どうも瀬名さんにはご自分が過去に不当に虐げられたという被害者意識のような負のモチベーションがあって、虐げた側と同じことをするのを絶対的に忌避しておられるような気がします。そのせいで、いろいろな考察において「結論ありき」の姿勢故に論理矛盾が出てくるのかな、と。

虐げた側の非を鳴らし、虐げられたご自分を正当化する為には、前者の行ったことを否定的に意味附けるしかないわけで、いつもそこから出発するから変な話になるのかな、と思います。

代表的なものとして、SFというジャンル性とニセ科学批判、こういうものに対して瀬名さんは常に「否定的に意味附ける」という出発点からアプローチして、その為にネットの批判批判者レベルの筋の悪い論考に堕しているような気がしますが、それって要するにきくちさんの領域ってことじゃん、個人的な反撥や対抗意識で考察がねじ曲がっているということじゃん、という話になってしまうんですね。

瀬名さんがご自身で仰っているように、信念として成長幻想のようなものがあるとするなら、ご自身の知的活動の整合を歪めているそうした情念の領域でこそ成熟の為の努力をすべきなんじゃないかな、と感じます。

それと、亀@渋研Xさんの紹介されたリンクを視ると、どうもこの方は各専門領域の議論の総体を参照するよりも、ご自分の体験的実感から独自に考察を進めることが多いのではないかという気がしました。

それも対象領域にアプローチする場面で大切な手続ですが、前に何処かで言った通り、どんなに頭の良い人でも、一人の人間が短時日で思い附くことには限界があるわけで、議論の総体の極初歩的なレベルに留まるしかない、つまり「周回遅れ」の問題になるわけですね。

有能な論者なら、これまで多くの先達が積み重ねてきた論考の蓄積を共有してそこに新たな知を附け加える作業に従ったほうが、ナンボか人間の知的活動の総体にとって有益だと思うのですが、論の総体を無視する論客は大概「ああ、独力でここまで考えたのは凄いね」レベルに留まって、つまりその人が「持てる資質として賢い」という事実を証すだけに留まっているのが窮めて勿体ない話です。

投稿: 黒猫亭 | 2008年4月 7日 (月) 13:50

黒猫亭さん、今晩は。

『パラサイト・イヴ』に纏わる議論とニセ科学論とを、アナロジカルに捉えている、という印象ですね。なんでしょう、「SFとは何ぞや」、というのと、「科学とは何ぞや」、という議論について、○○とは何であるか、という所に共通点を見出し、絡めて論じた、という。そして、両方に関わっているのがきくちさんであった、と。あの書きぶりを見ていると、きくちさんや他の批判者に対しての強い蟠りを感じざるを得ません。

で、私のように、パライヴ論争自体を全く知らない者からすると、絡めて論じられると訳が解らない、となるのですよね。パライヴ論にしろニセ科学論にしろ、別個に考えるべきだし、ニセ科学論に関しては、考察が足りていないように思われます。

▼▼▼引用▼▼▼
どんなに頭の良い人でも、一人の人間が短時日で思い附くことには限界があるわけで、議論の総体の極初歩的なレベルに留まるしかない、つまり「周回遅れ」の問題になるわけですね。
▲▲引用終了▲▲
これは全くその通りだと思います。「頭が良い」だけに、論理的な共通性などに気が付きやすく、解ったという実感が得られやすいのかも知れません。ただ、瀬名さんがそうであるかは、私にはよく解りませんけれども(ニセ科学論に関しては、考察不足だと思います)。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 7日 (月) 18:02

http://d.hatena.ne.jp/tullio/20080407/1207581281

うーん、意味が解るような解らないような。今一つ掴みにくいなあ。…いや、率直に言います。、意味は解りません。批判という訳では無く、単に、文章の読解が出来ない、という事ですけれど。
▼▼▼引用▼▼▼
私が言いたいことは,「ニセ科学」と「疑似科学」は,上で「疑似科学とか,とりつくろった言い方をしてもしょうがない」という風に相反する概念ではなく,マイケル・シャーマーの著書よりも前にマーティン・ガードナーの著書で書かれているように,科学の白黒はウソから真まで連続的であり,多数の概念が途中にあるので,二つの単語は共存すべきものだということです.
▲▲引用終了▲▲
きくちさんは、「相反する概念」と仰っていましたっけ? 少なくとも私が調べた限りのきくちさんの言説では、そういった主張は無かったと思いますけれど。

▼▼▼引用▼▼▼
「『疑似科学』という言葉はよろしくない」とは言っておられなかったような...
▲▲引用終了▲▲
今もそうは言っておられないと思うのですけれど…。科学を称している科学で無いものだから、「ニセ」科学という語を当てた、のではありませんでしたっけ。
と言うか、リンクされている過去記事にも、ちゃんと引用されてますよね。うーん、やはり読み取れない。

▼▼▼引用▼▼▼
ウソ--ニセ--擬似--仮説--真

みたいな,ガードナーの言う「連続体」が存在すると思います.
▲▲引用終了▲▲
ここには違和感が。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 01:52

”「疑似科学とか,とりつくろった言い方をしてもしょうがない」”が、「相反する概念」と解釈される論理が、私には掴めないのでした。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 01:56

少なくとも僕はニセ科学と疑似科学が「相反する概念」とは思いませんが、なぜそういう理解になったのかな。
実際、僕が寄稿した岩波「科学」の特集では編集部から「疑似科学に統一したい」と言われたので、僕も「疑似科学」と書いています。相反するなら、執筆そのものを断らないと。
 
概念として重ならない部分はあるわけですね。そこがあるので、「ニセ科学」のほうが自分としてしっくりくる(疑似科学は概念として広すぎる)ということです。
ニセ科学という言葉は疑似科学にくらべ、「単刀直入で身も蓋もない」「価値判断を明白に含む」という面があり、僕はそれがわかりやすいと思っています。「とりつくろってもしょうがない」はそういう意味ですが、逆にそれを嫌う人がいることも知っています。別に他人に対して「ニセ科学と呼べ」と強制しているわけではないので。
 
なんというか、いずれにせよきちんとした定義はないわけです。pseudoscienceの訳なら疑似科学でなくてはならない、と主張するかたもおられますが、pseudoscienceの訳として使っているわけでもないんですよね。実際、しゃべるときには、少しずつニュアンスが違うが似た言葉として、日本語では「疑似科学、似非科学、ニセ科学、病的科学」など、英語では「pseudoscience, fake science」などを並べて紹介します。

投稿: きくち | 2008年4月 8日 (火) 13:37

たとえば「相対性理論は間違っている」系の話を松田卓也さんは疑似科学と呼ばれるのですが(それはどうかなあという気もしますが)、少なくとも僕ならニセ科学とは呼ばないだろうなあと思います。
必ずしも科学的な「間違い度」の話ではないですから

投稿: きくち | 2008年4月 8日 (火) 13:42

ああ、読み直して、おっしゃりたいことはわかった気がします。コメントしておこう

投稿: きくち | 2008年4月 8日 (火) 13:48

きくちさん、今日は。

そうですよね。きくちさんが書かれたり言われたりしたものを素直に見れば、相反する概念のように主張されてはいない、と解釈出来ます。で、リンク先では、きくちさんの発言が引用された上で、相反する、と説明されているのですよね。だから、意味がよく解らない。

ニセ科学と表現するのはダメだ、という意見はよく見られて、議論も行われましたよね。価値判断を含めているが故に表現が強過ぎる、という意見で、一理はあると思いますが、私自身は、きくちさんや他の方々の主張に賛同しているので、ニセ科学という語を積極的に用いています。昨今盛り上がった日本での「ニセ科学批判」における「ニセ科学」で意味されるものが、たとえばガードナー等が主張している「疑似科学」でのそれとは必ずしも一致しない(が、重なる部分もある)ので、そこで言われる「ニセ科学」とは何か、という所の議論とセットにして論ずる事が重要だと思っています。

私が念頭に置いているのは、社会科学等が「疑似科学」と呼ばれたりする事があるし、科学哲学なんかで、疑似科学と科学の境界設定問題があったりする、という所です。で、最近言われる「ニセ科学」は、そこでの「疑似科学」とは全く同じ概念では無い、という所を強調するためにも、敢えて「ニセ科学」という語を用いています。

------

あ、あちらにコメントされるのですね。どういう事を主張なさりたかったのか、私も興味があるので、説明があるといいなあ。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 14:11

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