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2008年3月 7日 (金)

『ゲーム脳の恐怖』を読む(5)

○ゲーム中の脳波、四つのタイプ

子どもたちにもみてほしいデータ

前章で、「(実験に参加した)痴呆者の脳波―β波/α波の値は低い」事が見出されたのを紹介した森氏は、本節で、

以前までは痴呆の程度は、質問紙などの結果から判断していましたが、この簡易型の脳波計を用いることで、脳の活動として痴呆を判定する可能性を示すことができました。(P68)

と主張します。しかし、前回指摘したように、森氏の実験は、極めて根拠不充分であり、方法的な不備等も批判されています。それをもって、「脳の活動として痴呆を判定する可能性を示す」とは、とても言う事は出来ません。

しかし森氏は、自身の方法をそのまま、テレビゲーム中の人間の脳波計測に適用し、論を進めていきます。

さて、まず森氏は、自身が開発した簡易脳波計によって、コンピュータゲームをプレイしている人の、主に前頭前野の活動を見ていく、と説明します。ここで、押さえておくべき重要な部分を、引用しておきましょう。

私は、β波の活動の大きさが、ゲームソフトによってこれほど変化するとは想像もしませんでした。(P68)

これは、よく森氏が批判される部分です。つまり、ゲームによって前頭前野が機能低下すると言っておきながら、ゲームによって違いがある事が見出された、と主張している訳です。もちろん、ゲームの大部分がβ波を大きくしないが、それでもゲームによって違いがある、と言っているようにも読み取れますが、森氏がどう考えているかは、次第に明らかになっていくでしょう。

・テレビゲームを全然したことがない人(図15)

ここから、前章にもあったようなグラフを示しながら、説明が進められます。(図○○)というのは、そのグラフを指します。

まず、テレビゲームの経験が無い人を対象に採ったデータです。

テレビゲームを全然経験したことがなく、ビデオやテレビもほとんどみない一八歳から二二歳の複数の大学の学生に協力してもらいました。(P69)

ここでは、4つのグラフが示されています。即ち、

  • A:横軸に時間(分)を取り、縦軸にα波・β波それぞれの割合(%)を取ったグラフ(つまり、α波のグラフとβ波のグラフが記入されている)。
  • B:横軸に時間(分)を取ってあり、縦軸に(恐らく)度数が取ってある折れ線グラフ(本書では「ヒストグラム」)。度数は0-100まで目盛ってある。横軸が、α%・β%であり、単位は(%)の誤植である可能性あり。参考として、グラフの画像を示します(P70より引用)。森氏の説明は、「BはAをαパーセント、βパーセントのヒストグラムで表したものです。」(P69)とある。
  • C:前章で出てきたグラフ(Dのグラフの下図)と同様。即ち、横軸に時間(分)を取り、縦軸にβ/αの値を取ったもの。このグラフが下に位置していれば、良くない(後で森氏の説明を引用)。
  • D:Cをヒストグラムにしたもの。横軸は、恐らくβ/α値(目盛りは0-6。単位未記入)、縦軸は度数。Mean(平均値)=3.3、SD(標準偏差)=0.4

以上のようなグラフです。この後は、各タイプにおける、上記のAとCに当たるグラフが、それぞれ紹介されます。

森氏は、B図で、α%とβ%のグラフが重なると、「痴呆の状態に近くなるということです。」(P69)とし、C図のグラフにあるβ/αの値の平均値(つまり、DのグラフのMean)が2.0以下になると、「脳の働きが悪いということです。」(P69)としています。ここでは明らかに、森氏が計測したデータから、脳機能の程度について判断が可能である、と主張されている訳です(「脳の働きが悪い」という表現から判る)。

森氏によれば、ここで例示されているグラフ(α波、β波に関する二つのグラフが大きく離れている)は、良い状態であるといいます(「平均値が二・五以上あれば、脳の働きはよいということなので」(P72) )。

・代表的な四つのタイプ(図16)

森氏は、「多くの大学生」(P72)に協力を得てデータを集めた所、前頭前野のβ波の活動状態から、4つのタイプに分類出来る事が判明したと主張します。そして、これらのタイプが、森氏の印象をまじえながら説明されます。それを引用しながら、纏めてみましょう。4つのタイプとは即ち、

  • 「ノーマル脳人間タイプ」――テレビゲームをしてもほとんど脳波に変化が無い。テレビゲームを全くした事が無い人。「脳が正常に働いていることがわかります。」(P72) 「私の印象として、この人は礼儀正しく、学業成績は普通より上位でした。」(P72)
  • 「ビジュアル脳人間タイプ」――テレビゲームはほとんどした事が無いが、テレビやビデオを1・2時間毎日観ている人。テレビゲームをやる事によって、β波が減少。「このタイプの人のなかには、某大学で四年間成績がトップで、特待生の人もいました。」(P73)
  • 「半ゲーム脳人間タイプ」――テレビゲームを行う前後とも、β波がα波レベルまで減少。グラフが重なる所もある。”C(引用者註:A-Cは、それぞれのタイプのグラフの例を指す)のようなデータを示す人たちには、少しキレたり、自己ペースといった印象の人が多くなってきます。ゲーム中に声をかけても、「うるさい!」程度の返事しか返ってこないでしょう。日常生活において集中性があまりよくなく、もの忘れも多いようです。”(P73・78 ※途中グラフを挟む)
  • 「ゲーム脳人間タイプ」――β波レベルがα波レベルよりも下がる。
    • 「このタイプにはキレる人が多いと思われます。ボーッとしていることが多く、集中力が低下しています。学業成績は普通以下の人が多い傾向です。もの忘れは非常に多い人たちです。時間感覚がなく、学校も休みがちになる傾向があります。」(P78)

以上のようです。

P74~P77に、各タイプのグラフが示されています(A:ノーマル脳人間タイプ、B:ビジュアル脳人間タイプ、C:半ゲーム脳人間タイプ、D:ゲーム脳人間タイプ)。それぞれ2枚ずつで、1枚は、横軸:時間(分)、縦軸:α%・β%のそれぞれ値で(一つの図に2種の折れ線グラフ)、もう一枚は、横軸:時間(分)、縦軸:β/αの値のグラフです。ここで、Aのグラフだけが、縦軸のスケールはそのままで、横軸のスケールが異なっています。他のグラフは1分刻みで目盛ってあり、ゲームプレイ時間は約5分であるのに対し、Aのグラフは0.5分刻みの目盛りで、ゲームプレイ時間は半分ほどです(つまり、グラフの横幅はほぼ同じ。他のグラフと幅を揃えるために、スケールを変えて引き伸ばした、とも思える)。Aグラフの被験者のゲームプレイ時間が何故短いのか、その理由は定かではありませんが、比較のために出されているグラフで、一つだけスケールを変えるのは、妥当ではありません。

さて、それぞれのタイプの説明の際に、森氏は、そのタイプに入る人達の、心理・社会的な行動傾向についての言及をまじえています。ここは、大変重要な箇所なので、詳しく見ていきましょう。

森氏は、「礼儀」・「学業成績」・「集中性」等の心理的・社会的な現象についての説明を加えています。しかし、いずれも、「例」です。即ち、学業成績が良い人がいた、とかは、各タイプ(と森氏が分類する)にそのような人間が多い、という事は全く意味せず、ただ単に、そのような人がいた、という事実を示すだけに過ぎません。また、学業成績などは、ある程度明確な概念ですが、心理学的な部分、つまり、キレるであるとか自己ペースであるとかは、森氏の主観です。これも同様に、そのような人の割合が、各タイプごとに異なっているか、というのを、定量的に研究しなければならない訳です。それは、集団の傾向を推測する統計的方法によらねばなりません。しかるに、森氏はそのようなデータを全く示しておらず、その点については、根拠不充分と言わざるを得ないでしょう。

次に、ゲーム脳論の最重要な部分を見ていきます。

最重要の部分、それはつまり、「ゲーム脳の定義」、です。

本書が出版されてから、マスメディアが森氏の説を採り上げ、色々な人が、それに言及してきました。そこでは、森氏による心理・社会的現象に対する言及、つまり、ゲームをやると、「キレやすくなる」、「(前のと被りますが)暴力的になる」、「無表情になる」、等の部分のみを捉え、それを「ゲーム脳」としています。しかしこれは、明らかに妥当ではありません。

森氏は、脳波計によって得られたデータの傾向によって、分類を行った訳です。ですから、狭義には、ゲーム脳とは、「森氏の簡易脳波計によって得られたβ波/α波の値が低い状態」、と言う事が出来ます。これを、取り敢えずは「定義」とします。

しかし、ここからがややこしいのですが。(だから、「取り敢えず」と書いた)

森氏はそもそも、

  • ゲームによって前頭葉の機能が低下する、という生理学的現象。
  • 無気力、キレる、忘れ物が多くなる、暴力的になる、等の、心理学的現象。

これらを判断出来る方法として、簡易脳波計による計測を編み出した、と主張している訳です。つまり、痴呆者の多くがある脳波のパターンを示す、という所から、そのパターンを示している人は、脳の機能低下が起きている、と判断し、そこから、そういうパターンを示す人は、心理・社会的な問題行動起こすだろう、という論理展開です。ですから、これらの主張が絡み合って、「ゲーム脳」という概念が形成されている訳ですね。従って、ゲームが心理学的・社会学的に与える影響だけを取り出して論じても、それは「ゲーム脳」を論じている事には、ならないのです。

ですから、たとえば、社会心理学的に、ゲームが行動に何らかの悪影響をおよぼす、というのが「仮に」明らかになったとしても、それは決して、「ゲーム脳」が立証された事を意味しないのです。

しかし、森氏は、脳波のパターンに関する主張とともに、心理学的・生理学的な状態をも、ゲーム脳の概念に含めています。それは極めて定性的で、根拠は主観的な、「印象」です。ですから、厳密に考えれば、ゲーム脳には、科学的批判に耐えうる「定義」は実は無い、と言えるでしょう。この、まともな定義が無いという所が、「様々なゲーム脳」概念を生み出すという状況を作り出している訳です。それぞれの人が直感する「ゲームの悪影響」を指す概念として、「ゲーム脳」が「持ち出される」という、捩れた状況になっているのです。

※先に挙げた「狭義の定義」、つまり、「脳波の特定のパターン」は、「ゲーム脳」という概念にはなり得ない。何故なら、ゲームをやらない人にも現れるパターンであるから。語に「ゲーム」を含める妥当性が認められない。心理学的・生理学的・社会科学的概念と絡めて論じないと、論が構成出来ない。しかし、それを絡めると、広く心理学的・社会科学的な検証をしなければ、理論としては認められない。従って、ゲーム脳は、定義もあやふやで、まともな理論の体をなしていない、と言える。

次節からは、それぞれのタイプの人の脳波のパターンが、ゲームによって異なる事が、示されます。

次回へ続く。

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コメント

ちがやまるさんにアドバイスを頂いたので、それを元に、修正予定。

別のエントリーの場合とは違い、修正を行った場合には、青文字で追記せず、コメント欄で修正箇所を記録します。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 7日 (金) 13:39

こんにちは、TAKESANさん。

 「ゲーム脳の恐怖」の問題点の一つは脳波の専門家でも無い著者がかなり勝手な「空想」を脳波の意味に加えた事なんですが、その部分というのは脳波の専門家でないとなかなか詳細に否定出来ないのですよね。

 ネットというのは便利なもので、専門家のコメントをリンクすることができますから、そういうのも適宜リンクを交えたりしても良いのではと思います。

 私のお薦めとしては
http://www.kenn.co.jp/qa/game/eeg_5.htm

なんかですね。

さらに、私のような「蔓延化の問題」の視点からは、この「ゲーム脳の恐怖」という本は、著者が国際会議(学会)で内容を発表する前に書かれ、学会に発表する前に本の宣伝も兼ねてプレス発表された本だと言う経緯もどこかで議論してみたい部分です。つまり、「他の専門家に見せて意見を聞く」と言うことなどが行われていないうちに著者の思いだけで書かれている訳です。

投稿: 技術開発者 | 2008年3月 7日 (金) 14:24

技術開発者さん、今日は。

あ、そのリンク、「『ゲーム脳の恐怖』を読む(4)」に貼ってたりします(半分辺りの所に)。

脳波についての専門的な観点から、ゲーム脳説を批判しているのは、こちらとか斎藤環氏とか、数えるくらいしかありませんね。もう一つありますが、多分、纏まった文章にはまだなっていないかな(もしテキストになったものがあれば、教えて頂ければ)⇒http://blog.lv99.com/?eid=670024#sequel

▼▼▼引用▼▼▼
著者が国際会議(学会)で内容を発表する前に書かれ、学会に発表する前に本の宣伝も兼ねてプレス発表された本だと言う経緯もどこかで議論してみたい部分です。
▲▲引用終了▲▲
これについての森氏の釈明は、どこかにあったような気も。『サンデー毎日』の特集でも、何か言っていましたね。
自身が設立した「学会」で論文らしきものを発表しただけ、というのが、現状だったりしますね…。
この観点からの擁護(と言っていいと思います。現在どうお考えかは解りませんけれど)として、こんなのもありますね⇒http://www.tv-game.com/column/clbr01/index.htm

私は、この泰羅氏の意見は、かなり良くないものだったと思っています。だって、森氏が書いているのは、そんなレベルではありませんしね。泰羅氏自身の認識は至極真っ当でも、森氏の本に対する理解は、違うでしょう。なんか、最近kikulogでも、似たようなものを見たような。……っと、余談でした。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 7日 (金) 14:44

本文を修正。

「B:横軸に時間(分)を取ってあり―」の部分を修正。
修正前の文章↓
▼▼ここから▼▼
B:横軸に時間(分)を取ってあり、縦軸に(恐らく)度数が取ってある折れ線グラフ(本書では「ヒストグラム」)。度数は0-100まで目盛ってある。このグラフが何を表しているか不明。森氏の説明は、「BはAをαパーセント、βパーセントのヒストグラムで表したものです。」(P69)とある。
▲▲ここまで▲▲

投稿: TAKESAN | 2008年3月 7日 (金) 19:53

ちょっと、それによって何かが変わるのか、というところはあるのですが、一応、指摘しておいた方が良いのかな、と思う部分が…
図16で、4つのタイプの脳波があるわけですが(74頁~77頁)、この中で「ノーマル脳」だけが単位が半分になっているんですよね。そして、他のタイプが5分程度、ゲームをやっているのに対して、「ノーマル脳」だけ、ゲームをやっている時間が半分の2分半程度。
明らかに「ノーマル脳」だけ、計測が異なっているんですよね。

投稿: たこやき | 2008年3月 9日 (日) 15:03

たこやきさん、今日は。

これは重要なご指摘です。ありがとうございます。

縦軸のスケールはそのままで、横軸は目盛りが半分ですね。つまり、他のグラフを横に引き伸ばした形。

後で、本文に追加します。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 9日 (日) 15:29

たこやきさんのご指摘を受けて、本文に追加。

以下、追加した部分を示します。

▼▼ここから▼▼
P74~P77に、各タイプのグラフが示されています(A:ノーマル脳人間タイプ、B:ビジュアル脳人間タイプ、C:半ゲーム脳人間タイプ、D:ゲーム脳人間タイプ)。それぞれ2枚ずつで、1枚は、横軸:時間(分)、縦軸:α%・β%のそれぞれ値で(一つの図に2種の折れ線グラフ)、もう一枚は、横軸:時間(分)、縦軸:β/αの値のグラフです。ここで、Aのグラフだけが、縦軸のスケールはそのままで、横軸のスケールが異なっています。他のグラフは1分刻みで目盛ってあり、ゲームプレイ時間は約5分であるのに対し、Aのグラフは0.5分刻みの目盛りで、ゲームプレイ時間は半分ほどです(つまり、グラフの横幅はほぼ同じ。他のグラフと幅を揃えるために、スケールを変えて引き伸ばした、とも思える)。Aグラフの被験者のゲームプレイ時間が何故短いのか、その理由は定かではありませんが、比較のために出されているグラフで、一つだけスケールを変えるのは、妥当ではありません。
▲▲ここまで▲▲

投稿: TAKESAN | 2008年3月 9日 (日) 15:58

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