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2008年3月 6日 (木)

『ゲーム脳の恐怖』を読む(4)

○2章 人間らしさは前頭前野にあり

・「新しい脳」が発達している人間

・脳の役割は「知」「情」「意」

・高度な働きをする連合野

・あきらかになる大脳の役割分担

・円柱状にまとまっている機能

・脳の働きは脳波でわかる

これらの節では、脳の生理的構造・機能が解説されていて、一般的な生理学等のテキストに載っているような内容なので、省略します。

・β波を数量化する機器を開発

この節ではまず、α波が注目されてきた事を挙げ、β波を用いた研究がほとんど無かった、という事を紹介します。次に、それまでの脳波計測は一般的には、外部からの電波をシールドした場所で行われていたとし、森氏が、シールドされていない場所でも簡易に計測出来る機器を開発した、と主張します。

そして、本書では、その脳波計(特にα波とβ波を分析出来ると主張)を用いて得られたデータを分析する、としています。

・α波とβ波が重なると痴呆

森氏はここで、前述の簡易型脳波計を用い、痴呆者のα波・β波を解析した所、「研究の結果、痴呆者の脳波の特徴について興味深い結果が得られました。」(P59)と主張します。その研究内容を、箇条書きで示します。

  • 研究対象:痴呆のある高齢者(70~91歳)。特別養護老人ホームに入居している患者37名。アルツハイマー型痴呆および脳血管性痴呆含む。
  • 脳波記録:長谷川式知能評価スケール(本書では、「長谷川式簡易型知的機能検査スケール」)の聞き取り中(開眼状態)に計測。
  • 計測状況:入居者用個室において、実験者と被験者が対面状態。聞き取りは、同じ実験者。
  • 対照:健常な高齢者(68~87歳。身体的に不自由が無く、毎日一時間以上の歩行をしている)。聞き取りは、開眼安静時および、聞き取り時。
  • 痴呆者への計測は、聞き取り時のみ。痴呆者では、一定の安静時において、5分以上の記録が困難であったため。

以上のようです。そして、計測したα波とβ波についてのデータをグラフにしたものを示しながら、研究結果の解釈が、説明されていきます。

ここで、図について説明します。

図は、A:痴呆者へ聞き取り中 B:健常者へ聞き取り中 C:健常者の安静中 D:痴呆者へ聞き取り中(時系列によるデータ) となっています。A~Cまでは、それぞれ、「α%とβ%の比較」および、「β/α値のヒストグラム」という二種類のグラフが載っています。後者は「ヒストグラム」となっていますが、実際は折れ線グラフです。「α%とβ%の比較」グラフは、「・横軸:10-60(%) ・縦軸:0-16 単位はP(発生度数)」で、「β/α値のヒストグラム(実際は度数多角形)」は、「・横軸:0-6 単位は(β/α) ・縦軸:0-40 単位はP(発生度数)」です。Dのグラフは、同様のものがこちらにあるので、ご参照下さい⇒携帯メールでも脳が壊れる? 拡大する“ゲーム脳”汚染 ※上の方にある画像をクリックで拡大 単位は、横軸:(分) 縦軸:(%)

説明不足で甚だ解りにくいグラフですが、このグラフを解説しながら、森氏は説明を進めて行きます。Aの上(痴呆者―α%とβ%の比較)のグラフの、α%とβ%の分布が、一部が完全に重なるほど近くにあり、健常者における安静時(Cのグラフ)と同様の状態を示している事を指摘します(B、つまり、健常者における聞き取り時のグラフでは、分布が大きく離れている)。そして、「これをみると、痴呆者は作業をしている状態であるにもかかわらず(A)、健常者の安静状態(Cのボーッとした状態)と似ていることがわかります。」(P66)と言います。

次に、この研究によって得られたデータ(β波/α波の値)と長谷川式のスコアとの間に高い相関が見られた事を指摘します。そして、「つまり、痴呆の症状が重い人は、脳波の値(β/α値)も低いという関係がみられたのです。」(P66)と結論します。

本章の概要は、以上の通りです。

森氏の主張に関して、そもそも脳波に関する知識が素朴である、という指摘があります。私が不充分な知識を元に検討し、不正確になってしまってはいけないので、有名な批判をご紹介します。

斎藤環氏に聞く 『ゲーム脳の恐怖』1[www.tv-game.com]

脳波のなぜ?:“ゲーム脳”の脳波について (1)

この章で重要なのは、森氏の、自身が開発した脳波計によって、痴呆者を判定する事が出来た、という主張です。これは、ゲーム脳説を主張する根拠となるものですので、当然、その正当性が充分に認められなければ、ゲーム脳という概念自体が成り立つ基盤を失う、と言えるでしょう。

さて、その研究は、参考文献にも挙げられている事から、森昭雄・大友英一 『脳波による痴呆の解析』、という論文(参照⇒CiNii - 脳波による痴呆の解析  学会誌 Vol.3 No.1|認知神経科学会)を指しているものと思われます。先日頂いた、ちがやまるさんのコメントによる情報(私は原著未読)と照らしてみると、間違い無いでしょう。

その研究では結局、被験者である痴呆者の(β波/α波)値は、健常者の安静時の値に近く、長谷川式のスコアとの間に高い相関関係(ちがやまるさんによると、相関係数:0.995)が見られた、という事です。当然、これだけでは、β波/α波の値によって、痴呆者が判定出来る、などとは言えない訳です。痴呆者に特異的に現れるパターンで無ければ、それ以外と区別を付けられないのは明らかですし、現に、「健常者の安静時」にも同じようなパターンになる、と、森氏自身が言っているのです。にも拘らず、「α波とβ波が重なると痴呆」とするのは、誤謬であると言えるでしょう。仮に、痴呆者の多くが、「α波とβ波が重なるパターンを示す」としても、それは、「α波とβ波が重なれば痴呆である」、というのを意味しないのは、至極当然の話です。

次節からは、本章の論を踏まえて、「ゲーム脳」論が開陳されていく訳ですが、本章における論証が、これほど脆弱なのですから、本来、この時点で、科学的には信頼に値しない、と言っても構わないであろうと思います。

森氏の論は、「痴呆者の多くに、ある脳波のパターンが見られた」→「痴呆者を、脳波によって判定する事が出来る」→「ゲームをやっている人は、痴呆者と同様の脳波のパターンを示す」→「ゲームをやっている人は、痴呆者と同様の心理状態を呈する。また、前頭前野の機能が低下している」  と、このように、完全に捩れてしまっているのです。人間が、様々な活動をしながら生活している存在である事を考えれば、仮に、ゲームをやっている最中に一定の脳波のパターンが見られるとしても(これは、森氏自身が反証している。次回以降を参照の事)、それが生活全般に亘ってみられるとは言えませんし、更には、その脳波が認知機能を正確に反映している、という前提すら、全く根拠不充分なのです。

次章からは、いよいよ、ゲーム中の脳波の分析に入っていき、「ゲーム脳」が(学術的には不充分に)「定義」されます。

次回へ続く。

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コメント

私が最も疑問に思う事。

認知症に関する著作も多い大友氏が、何故に、このような不充分な研究を元にしたゲーム脳に賛同するに至ったか。

長年研究しているのであれば、その現象の複雑さも深く理解している、というのが普通だと思うのだけど。

自身も関わった研究なのだから、「相関関係(共変関係)即ち因果関係とは言えない」、というのは、よーく解るんじゃないのかなあ。

特定の文化に対するステレオタイプのなせる…なのだろうか。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 6日 (木) 01:07

大友氏の著書を1冊ですが、読んだことありますが、統計的な部分ではちょっと「?」というところがあったんですよね。
大友氏は、「アルツハイマー型が増えている」ということをいい、問題視しているのですが、これは本当に増えたのかちょっと疑問に思う部分があって…。
というのは、大友氏は、脳梗塞予防の薬品などで、従来型のものはかなり防ぐことが可能になった、と述べているためです。現在、日本人の高齢化の中で分母が増加しているわけで、そうなれば、認知症の絶対数も増加することは当然ですよね。その中で、従来型が防げるようになれば、自然、アルツハイマーの割合が増えます。ところが、どうもその辺りが曖昧で、アルツハイマーの割合が増えたことを問題視しすぎているように感じる部分がありました。
大友氏自身が著書の中で、「犬を飼うと犬にしか興味を示さなくなって認知症になる」とか、凄まじい偏見の連呼があるので、ステレオタイプによる部分もあるのでしょうが、それと同じように統計センスの問題もあるんじゃなかろうか、と感じました。

投稿: たこやき | 2008年3月 6日 (木) 18:28

たこやきさん、今晩は。

なるほど…。

コラムであのような事を書いているのだから、特定の文化に対するバイアスが強烈に掛かっている事が、推測されますね。

社会心理学や疫学の研究をすっ飛ばして、脳波によって…というのが、(全くの専門外ならともかくも)何とも信じがたいのですよね。ある現象を明確に判定出来る方法に対する欲求の大きさと、特定文化へのステレオタイプが、関わっているのかも知れませんね。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 7日 (金) 00:45

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