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2008年3月 1日 (土)

『ゲーム脳の恐怖』を読む(3)

前頭前野の機能低下

この節は、「キレる」という事に関して言及されています。まず、「私の知人である都内某所の痴呆専門病院院長が、最近キレてしまうことが多い高齢者が急増していると話していました。」(P23)と、知人の医師(この「知人」について、この方ではないか、という心当たりがあるが、断定出来るだけの情報は、本書には載っていない)の話から、高齢者の「キレる」例が増えていると言い、次に、福島章氏の著書(『子どもの脳が危ない』)から引用し、殺人者の脳の糖代謝(前頭葉内部の)が低下していたのを見出した研究、また、脳画像に異常が認められたという研究を紹介しています。

そして次に、「前頭前野の機能低下と思われる身近な例」(P25)を挙げます。これは、大変重要な箇所なので、引用します。

 前頭前野の機能低下と思われる身近な例も挙げてみましょう。たとえば、人目を気にせず電車内で化粧をしている人、公衆の面前で抱き合っているカップルなど。人間らしさを表現する場所である前頭前野が働かず、理性、道徳心、羞恥心、こんなことをしたら周囲がどう思うだろうということを、考えられなくなってしまっているのです。

 公共の場である電車のなかでパンを食べたり、水を飲んだりしているのも同じことです。まわりの人を不愉快にさせるのではないか、といった他人を想う気持ちや、がまんするという抑制心がなくなっているのです。(P25・26)

そしてこの後、電車の出入り口(電車の扉の事か?)に座り込む若者の例を出し、「脳の問題なのです。」(P26)と言い切っています。

さて、森氏はここで、いわゆる「マナー」の問題を採り上げ、それがなっていないのは、「脳(前頭前野)の機能低下」によるものだ、と言っている訳です。そして、道徳心や羞恥心等が無くなってしまっている、と論を進めます。

しかし、これが極めて飛躍した論理である事は、明らかです。まず、いわゆるマナーは、そもそもは、社会科学的な観点で考察されるべき問題です。電車内で化粧をするべきでは無い、物を飲食してはならない、というのは、社会的に決められた事であって、それ自体が客観的なものでは無い訳です。たとえばこれは、記号論や文化人類学の入門書等に載っている、ごく初歩的な事ですが、「あいさつ」という機能を担うものとして、「手と手を握り合う」、「頭を下げる」、「頬と頬を合わせる」等の、様々なパターンの行動が、各文化ごとの価値体系の中に、組み込まれているのです。

道徳心、羞恥心等というものは、社会的価値体系から離れて論ずる事は出来ないのですから、それを詳細に考える事無しに、即「脳機能の低下」に原因を求めるのは、飛躍です。「公衆の面前で抱き合っているカップル」が仮に増えているとして、最も妥当な解釈としては、「他文化についての情報が流布し、それが受け容れられた結果」、というものでしょう。

また、「脳機能が低下した結果、問題行動を起こした」人間がいるとして、「問題行動を起こしたのは、脳機能が低下しているからだ」、とならないのは、論理的に当然の事です。森氏は、意図的か否かは判りませんが、このような、非常にまずい論理展開を行っているのです。

睡眠不足の子どもたち

この節では、近年の子どもの睡眠時間が減っている事が、NHKの調査等を引きながら、紹介されています。また、別の調査による、テレビゲームをやる回数についての割合のデータも載っています(「ほぼ毎日」~「今まで1度もやったことがない」の6つのカテゴリー)。

この節での森氏の文を、いくつか引用してみましょう。

 (引用者註:この文の直前に、東京都立川市の調査による、夜遅くに寝る児童・生徒の割合が多い事を指摘) 睡眠不足ぎみの子どもがたくさんいることになります。もしもテレビゲーム中毒になってしまうと、朝の三時ぐらいまですることにもなりかねません。とくに次の日が休みとなると、夜更かししてしまい、大学生ぐらいになると友達といっしょに徹夜ということもあるでしょう。(P27・28)

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テレビゲームばかりで育った子は10年後、20年後には、体も弱く、まわりの人に気配りできない大人になってしまうでしょう。(P28)

一番目に引用した文章、これは、明らかにおかしな論理です。睡眠不足の子どもがいる事が、即「ゲーム中毒」の子どもが多い、という事を意味する訳ではありません(ここでの中毒という概念が曖昧だが、恐らく、前頭前野の機能が低下し、「止められない状態」になった、という意味合いだと思われる)。もちろん、「睡眠時間」をどれくらい取るべきか、というのも別の問題ですから、以前より平均睡眠時間が減ったとしても、それだけでは、その事が良いとか悪いとかは、言えない訳ですね。そして最後に、大学生の話が出てきます。一般に、何かに没頭して徹夜する、などという事は、あるのですから、それを「ゲーム」に限定する必要はありません。尤も、それらが「ゲームのせい」であるのを示すために本書が書かれている、とも言えるのですが。

二番目の文章。これもおかしい。テレビゲームばかりやるというのは、「運動をしない」等の、身体機能を低下せしめる習慣を持つ、というのを、必ずしも意味しません。また、「気配りできない大人」になる、というのも、飛躍です。

そして、森氏は最後に、上で表明した懸念が、ゲーム機器がある国に共通する問題である事を仄めかし(「理性的にものを考える、冷静になるという能力が世界中で低下してしまったら、その結果はどうなるのでしょうか。」(P28) )、更に、「脳研究者として警告します。」(P28)と結びます。

次回へ続く

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コメント

 お疲れさまです。論理の飛躍もさることながら、ほんとうになんといっていいのか・・。「理性的にものを考える、冷静になるという能力が世界中で低下してしまったら、その結果はどうなるのでしょうか。」(P28) ってそのまま返したい気分です。

>「私の知人である都内某所の痴呆専門病院院長が、最近キレてしまうことが多い高齢者が急増していると話していました。」(P23)と
高齢者自体の母数が増えていて、「痴呆」なんでしょうから、認知に障害があるわけで、それを「キレて」と表現しているのを、100歩譲って「怒ってしまう」と読みかえても、それはある意味当然のことでしょうし。そのために認知障害のレベル思考にあわせてコミュニケーション方法(介護方法)をとるような具体的な実例というのはいくらでもあるわけです。認知の障害は話を理解するのにすさまじい集中力がいるわけだから、たとえば「本を読み終えたらここに戻してください」ではなく「本はここにおいてください」とか極力物事をシンプルに伝えなくてはいけない。ただ、何もしらないと、介護する側は「こんなふうにずけずけとものをいったら嫌われるかもしれない」とか対象者が健康であったときと同じレベルで尊厳をもって話をしてるつもりが逆効果になったりする場合もあるわけです。尊厳をもって話しているのに逆に話しをされている側は尊厳を傷つけられる結果になったり、患者さん自身もプライドや感情がなくなってるわけじゃないですから。それが伝わらない、「どういう障害なのか」を理解がベースにないとわけがわかりませんし、あったとしても、人間ですから、イライラもするわけです。大事な人間関係であるほどつらいはずです。それでお互い「キレ」たりするわけです。例えば森殿が目指されている(?)一般的な意味でいう「気配りできる大人」になっても患者の高齢者が「キレる」か「キレない」かとはまた別の話で、病気に対する理解と情報とフォローがないと、まずきっとほとんど人は患者も介護者も一度は「キレ」るんじゃないかと思います。

 そういうことを全部捨像しておいて、「ゲームやめればいい」なんて話をもっていくのは、おかしすぎます。で、こういう人が「来る高齢者社会に備えて当事者の気持ちになりましょう」とか適当なことはいうんですよ(→言い過ぎ)。

投稿: 安原 | 2008年3月 1日 (土) 21:11

安原さん、今晩は。

本当は、おかしな所を全部引用してしまいたいくらいなのですが、そうすると、ほとんど全部の森氏の意見を引いてしまわなくてはならないので、キリが無いのですよね。それくらいにひどいです。

森氏の主張に共通しているのが、過度の一般化、過度の単純化ですね。全てが、「前頭前野の機能低下」が原因とされる。そうすれば、考えるのは楽ですし、「考える事が出来た」気になれるのでしょう。しかし、それで、「考えなくてはならない」事を、蔑ろにしてしまうのですね。

私がこのシリーズを書いたのは、「元々”ゲーム脳”を言い出した人がどんな事を主張しているのか」、というのを知らしめるため、だったりします。どのようにでも解釈して、独自の考えを「ゲーム脳」と呼んでしまうケースが見られるので。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 2日 (日) 01:12

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