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2008年2月13日 (水)

水伝を用いるパターン

kikulogに書いたコメントを、こちらに抜粋⇒倖田來未舌禍事件または想像力の欠如について(TAKESAN February 12, 2008 @15:15:26)※文脈は、前後のコメントをご参照下さい。

パターンとしては、
 1.水伝を全く事実で無いと認識しながら授業に用いる
 2.もしかしたらあり得るかも、と認識しながら授業に用いる
 3.完全に本当だと認識しながら授業に用いる
 
これらが考えられますよね(2.は、1.よりと3.よりがあるかも知れませんが)。これらのパターンの比率がどうなっているのかは判りませんが、2.と3.は、基本的な科学の知識が無いという所が問題で、更に共通しているのは、言語や道徳への無理解・無思慮であると思います。
 
それで、1.の場合ですが、これは、事実で無いと知っておきながら、児童・生徒の行動を制御する装置として有効に働く事を期待して用いている訳ですから、極めて悪質であろうと思います。自分は事実で無いと知っているのに、子どもには本当であると思い込ませるのですから。要するに、短期的・限定的な有効性を取って、その他の事を蔑ろにしている訳ですね。極めて限られた空間で、極めて短い期間のコミュニケーションを円滑にする可能性が、極めて低いながらもあり得る、という程度の効果しか無い。
 
基本的に水伝は、不寛容・排他的な構造なのですよね。また、水伝の紹介から、”ただ単に”、「良い言葉を使おう」と認識するのも、考えにくいと思われます。A-WINGさんも仰るように、「実験」と「良い話」が、密接不可分の関係にあるのですから、そんなに都合良く情報を捨象するのは考えづらいですよね。

事実で無いとちゃんと認識していながら授業に用いている人が、どのくらいいるかは、不明ですね。私は、その実例を、今の所知りません。もちろん、それが全く有効では無いのは、コメントでも書いた通りです(corvoさんのブログに言及した際にも、ここに書いた)。

簡単に言うと、水伝のような主張が有効に働くには、「皆が同じ」にならないといけない訳です。で、当たり前の話、そんな事は不可能。でも、それを実現させようとするのですよね。

水伝は、排他と善意の両面価値的な構造だと思います。表面の主張は、「良い言葉を使いましょう」というものですが、それはつまり、「悪い言葉」等を強烈に排除する、というのを意味する。「良い」言葉を使おうと言っているのだから、善意ではあります。でも、本質的に恣意性を持つ言語の、語意と語義を無理矢理に結び付けようとする。だから、「死海」のような件が起こる訳で。

もちろん、信じ方は様々だから、浅い所にいる人は、別の認識かも知れません。まあ、「軽く」信じる、と言うか。でも、主張のコアの部分を見ていくと、上のような論理が浮かび上がってくるのですね。つまり、「本気」で信じれば信じるほど、排他的・不寛容な論理を「受け容れざるを得ない」訳です。

ここで、ちょっと想像をしてみましょう。

「軽く信じた」、もしくは「本気で信じた」人が、「本気で信じた人」に、悪意を持っている場合、どういう事が起こり得るか。前者が後者よりも「力」を持っていたら、何が起こるか。

言葉が「武器」になるのですね。もう、文字通りの。あらゆる所で飛び交っているものが、そうなる。これがどういう意味を持つかは、少し想像力を働かせれば、容易に思いつくはずです。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

学校の先生が、「水伝」に頼りたくなる気持ちは、実はよく分かります。子供が汚い言葉を覚えてくるのはたいてい幼稚園や学校ですから。
親御さんから突き上げがあると言うのもよく分かります。いくら家できれいな言葉遣いを教えてやっても、学校で発言力の大きな子が汚い言葉を使っていたら、その影響から逃れるのは困難ですから(悪貨は良貨を駆逐するっていう感じ)。

ですから、TAKESANさんの例はいずれも実際にあるんだと思います(さすがに1番は少ないとは思いますが、実態は分かりません)。

ただ、3番以外で「水伝」を利用している先生方は、子供を侮りすぎていると思います。子供らの悪意ってそんなに底の浅いものではないですよ。知識は大人ほど無いかもしれないけど、思考方法まで稚拙とは限りません。「水伝」を悪用したいじめなどは、杞憂ではなく実際に誰でも思いつく程度の話だと思います。
(それでもそういった悪用の事例はあまり聞いた事がありません。これは私のアンテナが錆付いているだけかもしれませんが、そんな授業をする先生方よりも賢い子が多いということなのかな?)

投稿: Noe | 2008年2月13日 (水) 08:52

こんにちは、皆さん。kikulogの方で出したたとえ話を整理しておきたくなりましたので書きます。

「良い言葉遣いをする」というのは、一種の公式の様なものです。円の面積の公式さえ覚えて使える様にしておくなら社会出て円の面積を出すという時に困らないのと同じで「良い言葉遣いをすれば良い」とだけ覚えていても、社会のいろいろなシーンで「丁寧な人だ、使えるかも」と思って貰えるかもしれません。

でも、実は円の公式の証明まできちんと理解する事は、それから先の数学の理解の上ではとても大事です。円を小さな三角形に分けて並べ替えることで、半径と円周の1/2よりなる長方形に近似するという証明方法は、微分の基礎ともなる考え方だからです。もしも、「円の公式を覚えやすくして上げよう」と覚えやすいけど、嘘の証明で教えたら、円の公式は覚えるけど微積分のところでつまずく事になるかもしれません。

実は「良い言葉遣い」という社会公式の後ろにも一種の「将来につながる証明」のようなものがあります。それは「人にされて嫌なことは自分も人に対してしない」という事です。この道徳の基本は、大人に成るに付れて、もっともっと複雑な社会倫理観の醸成につながる訳です。

今、「良い言葉遣いをさせたい」というだけを重視して嘘の証明で単に「言葉遣い」だけを良くさせるなら、将来は、電話勧誘やキャッチセールスで「丁寧な言葉で人の金を騙し取る」事になんら罪悪感を持たない人を育てる事になるのかもしれません。もちろん、親御さんが「うちの子は犯罪者になろうがかまいはしない。言葉だけていねいであれば」と望まれるので、こういう教育が流行るのだろうと思っています。

投稿: 技術開発者 | 2008年2月13日 (水) 09:23

Noeさん、今日は。

仰るように、子どもを侮っている、あるいは、みくびっている、というのは、あると思います。表面的な「善意」でコントロール出来るほど「素直」では無いし、実際、言葉を攻撃の手段として使うなど、いくらでもある話なので、その物理的根拠を与えてしまうようなもので。

 >それでもそういった悪用の事例はあまり聞
 >いた事がありません。
そもそも水伝授業が子どもに受け容れられるケースが少ないか、もしくは、悪用されても、それが水伝の影響であるかを把握するのは難しい、という事かも知れません。「お前の水の結晶が壊れるぞ!」と明示しなくとも、水伝の論理を認識に取り入れて、攻撃的に言葉を使うというのは、あり得る事ですしね。

------

技術開発者さん、今日は。

「社会的に、こう使おう」と規定されている(いつの間にか規定されてきた)言語について、意味と語形とを強引に結び付け、更にその根拠として、物質の振る舞いに原理を求める、という論理ですよね。
言葉というのは、発した人間の意図・感情と、社会的な、「どのような言葉を用いるのが望ましいか」、という両方を考えなければならないのに、それを蔑ろにする訳ですね。

もしかすると、「良いとされている言葉遣い」をしていれば、精神性も「善くなる」という、凄まじく素朴な認識なのかも知れませんね。ひとたび自身の内面に目を向けるならば、心の蠢きが解って、事はそう単純で無いという所に、思い至りそうなものですけれど。そういう心掛けが無い人、あるいは、そういう心の余裕が無い人にとっては、ストンと落ちてしまうのかも。

投稿: TAKESAN | 2008年2月13日 (水) 11:47

こんにちは、TAKESANさん。

>もしかすると、「良いとされている言葉遣い」をしていれば、精神性も「善くなる」という、凄まじく素朴な認識なのかも知れませんね。

日本にある感覚として「形から入る」という部分がありますからね。形から入れば中身が付いて来るというのは私は幻想ではないかと思うわけです。「放送禁止用語」なんて問題で、戦争中の日本のなしたことを描いた映画を放送するときに、中国や韓国の人を蔑視した言葉を全て「ピー」に変えて放送することが、果たして効果があったのだろうかと思ったりする訳です。その映画で描かれた日本人がその蔑視表現を口にする姿を「醜い」と感ずる心を醸成することなく、単に言葉だけを「ピー」に変えることはとても愚かしい事に思えたりしたわけです。

言葉遣いの丁寧な悪徳商法従事者の話を書きましたが、実際にいます。徹頭徹尾丁寧な言葉遣いを崩さずに人を騙して金をむしり取るものが居ます。多くの場合、被害者自身が「あの人、最後まで丁寧な人だったけど、悪い人だったのだろうか」と悩まれる様な場合もあります。私は、そういう被害者に「でも結局はお金は取られているし、手元には役に立たない資格教材だけが残っているでしょ」と指摘する様な事をやってきた訳です。私は、皆さんのお子さんをそんな悪徳商法従事者にして欲しくはないし、皆さんもそうお考えだろうと思っています。

投稿: 技術開発者 | 2008年2月13日 (水) 14:04

違う視点で考えてみました。はたして水伝は子どもに効果のある教材なんでしょうか。
次のリンクでは、38人のすべての子どもが、「よい言葉を使う」という主旨を達成していません。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kyouzai/ronbun/a50.htm
水を大切にしようとか、水は言葉がりかいできるとか、そのような結果です。
教材としても、たいしたことがないんです。

水伝を取り入れた教師のほとんどは、安易なんだろうと思います。ちゃんとした教師は、一つの教材で劇的に子どもを変えるなんてできないことを知っています。

水伝を取り入れる教師は、すぐに痩せる、すぐに英会話ができる、すぐに金持ちになる、というのに飛びつくのと似ているように思います。
学問に王道はありませんし、教育にも王道はありません。

投稿: ドラゴン | 2008年2月13日 (水) 18:44

>技術開発者さん

「形(型でも)」がどうなっているか、どんな構造とか機能を持っているか、というのを考えるのが大切で、しかも言語は物凄く複雑なものなのですよね。それを無視して「絶対の形」を押し付けると、破綻するしか無いのですよね。

当然、丁寧とされる言葉遣いを積極的に用いる事で、認識に良い変化をもたらす事は、大いに考えられる訳ですが、それは、心理社会的に考察する問題であって、水伝のような主張が入り込む余地は、全く無いのですよね。

------

ドラゴンさん、今晩は。

きくちさんもよく仰る事に、「ウソだと見抜いた子どもがいたらどうするか?」というのがありますよね。
先に出た、「子どもを侮る」という所にも、繋がってくると思います。つまり、子どもの「悪意」を過小評価し、子どもの「科学に関する知識」も過小評価する訳ですね。
で、当然、一つのクラスなりなんなりの中でも、信じ方(全く信じないのも含め)にはバラツキが出るのですよね。それを何とかしようとすると、懐疑的な子どもを叱責したり、という事さえ起こり得る訳で(実際起こった訳で)。

リンク先の、子ども達の感想、興味深いですね。大変興味深い。34とか…。

しかし、水道水が汚い結晶を作る、って、水を綺麗な生活用水にすべく努力している人々に対して、感謝の気持ちが不足していると思います。て言うか、最悪ですよね、実際。自分の生活が様々な分野の人の地道な努力によって支えられている、というのを教えるのが、先決でしょうに。

投稿: TAKESAN | 2008年2月13日 (水) 19:05

TAKESANさん。
皆さん。
こんにちは。

♪もうすぐ春ですよ〜〜〜
マスクをしませんかぁ〜〜〜
という心境で、この頃ハラハラのせとです。
毎日花粉情報とニラメッコ。

と、言うことで、ご無沙汰していましたが、バッチリ拝見していました。
あの後、poohさんにもお返事していないし、ちょっと気にしていました。
poohさん>今、受験シーズンゆえバタバタしているのでごめんね。またお話させてください。

さて、それでも今日のエントリーはROMだけでは惜しい。
私も仲間に入れてください。

私の経験上、子どもは「したたか」です。
水伝が道徳で取り入れられても、信じる子はドラゴンさんの仰るとおりたいしたことはないと思います。
作文の指導で「平和」とか「環境」とか耳触り(この言葉もTAKESANさんちで教えていただいて、得した気分♪)の良い言葉が題材になった場合、
みんな実にそつなく書きます。
子どもはちゃんと心得ているんですね。
どうすれば先生が喜ぶか。

私は寧ろ、スピリチュアルというのですか、
あの辺りの本にさりげなく水伝が紹介されていたり、「掃除力」なんて本に何気なく書いてある方が気がかりです。
不安な社会ゆえ、つい占いやスピリチュアルに頼る、、、
多くの方は、何かと誰かと「つながっていたい」という願望の現れの一つに水伝が食い入っていると考えると、
その罪の深さ(つまり科学を装い、人から考えることを奪うという意味、権威に安直に頼るという意味などなど)を今更ながら感じます。
ゴチャゴチャ書いて失礼しました。
また考えてみます。


では、、、またね。

投稿: せとともこ | 2008年2月13日 (水) 19:21

せとともこさん、今晩は。

花粉症にはなった事無いんですけど、時々鼻炎にはなりますね。あれはきついです。

どうすれば相手が喜ぶか、って、子どもは結構やるんですよね。「素直に見せる」事って、よくあります。そういう所をちゃんと考えないといけないのにな、と思っています。

掃除力関連の本で江本氏の説が出てきたのは、私も見た事があります。kikulogでも紹介したのですが、いくらなんでもこの内容はな、という中身でした。

水伝は、本当に、あらゆる意味で、問題なんですよね。ここの所を、冷静に指摘していくのが重要だと考えています。

投稿: TAKESAN | 2008年2月13日 (水) 19:54

ドラゴンさんのリンク先を見ると、これは伝え方の順番を間違った感じになってますね。子供たちにははじめの水道水のインパクトが強くて、最後の方で持ち出した言葉の結果までは関心を維持できていないみたいです。

先生は気付いてないのかもしれませんが、ほとんどの子が「先生はこういうことを言いたかったのだろう」と推測しているのがいいですね。コミュニケーション力の強化にはなっているのかも。

「水を大切に」ってのは、水伝抜きならまあいい結論ではないかと。

投稿: Noe | 2008年2月14日 (木) 08:36

おはようございます。

水伝の抱えている倫理学的な指摘というか問題があります。

「水の結晶が規則的になる(彼らの言葉で美しい結晶)になるから正しい」
なのか
「正しいから水の結晶が規則的になる彼らの言葉で美しい結晶)」
なのかというどなたか検討されているのでしょうか?
この問題は水の部分を神に変えると、プラトンだったかアリストテレスだったかは忘れましたが、ギリシャ哲学の時代から問題とされている話です。元は「神が命じるから正しいのか、正しいから神が命じるのか」です。
前者なら「神の命令理論」の焼き直しで、理論が循環してしまいますし、後者ならそもそも正しい事が初めから決まっているので水は関係なくなります。
 
こう考えると水の無謬性の証明だとか、水の実体だとかまさに「神学」ですね。

投稿: FREE | 2008年2月14日 (木) 10:30

連投失礼します。
 
道徳と不寛容は相性が良いかもしれません。定言命法で道徳的な正しさを見るカントや「神の命令理論」なんかは不寛容です。

 個人的には公私の区別が薄い思想は不寛容な面が多いと思います。

投稿: FREE | 2008年2月14日 (木) 10:36

Noeさん、今日は。

先生の言いたい事を推測する、というのは、子どもがかなり色々考えている、というのを示していますよね。

色んな意味で、微妙な授業例だと思いました。

------

FREEさん、今日は。

あ、なるほど。

確か江本氏は、プラトンのイデア論だかを援用していたようにも思います。色々な思想をつまみ食いして組み合わせている、という感じでしょうか。

うーん、どうだったかなあ…。江本氏著作を参照すれば、もう少し具体的に解ると思いますが、今手元に無いもので。

まず言えるのは、「それほど深く論理的に詰めていない」、という事ではないかと。

FREEさんの仰る通り、「焼き直し」という面があると思います。焼き直しとつまみ食いで、信念体系の整合性も全く取ろうともしていないですね。なにしろ、科学までつまみ食いしているのですから。主張全体として見れば、全く整合的で無い訳ですね。モザイクみたいな感じで。で、それを無理矢理に、「水」で串刺しにして繋ぎ留めている、という印象です。だから、色んな宗教で用いられる言葉を見せたりしているのですよね。

 >個人的には公私の区別が薄い思想は不寛容
 >な面が多いと思います。
そうですね。水伝も、まさにそうなのだと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年2月14日 (木) 12:25

公私の区別なくだらしない私です。

>焼き直しとつまみ食いで、信念体系の整合性も全く取ろうともしていないですね。なにしろ、科学までつまみ食いしているのですから。

「見境ない」という言葉が浮かびました。望むべくもないか。
もしもその辺も受け入れられやすい要素なのだとすると、ほんと社会に幻滅しちゃいそう……(;_;)

投稿: 亀@渋研X | 2008年2月14日 (木) 14:38

変な喩えですけど、「良い言葉を使う」という芯があって、それを「科学」でコーティングして、様々な思想とか哲学とかの部分切り取ってきて串刺しにしている、という感じです。
だから、色んな面に触れるのですよね。で、そこに共通しているのが、「水は変わる」、と、「良い言葉を使う」という所で。それだけ共通していて、他の説明は、「何でもあり」になってしまってる。あっちで言った事とこっちで言ってるのが矛盾している、なんて、どうでも良いのかも知れませんね。信じる人は、信じたい所をクローズアップして、「勝手に」信じるのでしょうしね。
表面に触れて「いい話」だと思ったら、細部にまで意識は回らないのでしょうね。だけど、どこに触れても、「事実」と仄めかしている部分は共通している。厄介。

投稿: TAKESAN | 2008年2月14日 (木) 17:31

適当にここら辺に。

ちょっとメモ⇒http://brainscience.blog92.fc2.com/blog-entry-141.html

そもそも、水伝関連で、二重盲検したのなんて、ありましたっけ? 祈りが水に影響を与えるか、ってあれかな。でも、「彼の実験」、というのがあるな…。
それにしても、否定も肯定もしなかった、って。こういうのは、肯定されなければ即保留、肯定されない結果が蓄積されれば、否定、という流れだと思う。大体、二重盲検をした、と言っているので、それで肯定的な結果が出なかったんだから、仮説は支持されなかった、となるはず。だって、否定も肯定もされない、というのは、実験計画が充分で無かった、と言っているようなものだし。明確に判断したいから、二重盲検という方法を選択した訳でしょう?

もちろん、リンク先で指摘されているように、水伝には反証実験は要らない(不可能)訳ですが。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 12:42

ありましたよ.「東京からアメリカに置いてある水に向けて祈る」っていうアホな論文が,ニューエイジだか代替療法だかの雑誌に載ったって話が…えーと…コレです↓
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1163435860#CID1164089277

投稿: たかぎF | 2008年4月 9日 (水) 13:22

たかぎFさん、今日は。

ああ、それですそれです。「三重盲検法」っていうのがめちゃくちゃ印象に残ってたんですよねえ。

でもこれは、いわゆる水伝の実験とは、若干違っているのですよね。だから、参考書の記述(原典未参照です)は、もしリンク先のまとめに省略が無ければ、誤っている可能性がありますよね。

それにしても、Z会の参考書って、結構有名どころなんですよね? 知識として広まっちゃいそうな…。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 15:43

> でもこれは、いわゆる水伝の実験とは、若干違っているのですよね。だから、参考書の記述(原典未参照です)は、もしリンク先のまとめに省略が無ければ、誤っている可能性がありますよね。

んー,その参考書を見てないし,Z会がどこから話をひっぱってきたのかわかりませんが,江本氏等の主張をそのまま載せてるのかもしれませんね.
まぁいずれにせよ,記述が誤っているとかいう以前の問題な気がしますが.

投稿: たかぎF | 2008年4月 9日 (水) 18:15

 >まぁいずれにせよ,記述が誤っているとかいう以
 >前の問題な気がしますが.
確かに。
何でまた、水伝話が載ったのかなあ。しかも、シンプルな、「水伝はいい話」系では無くて、もっと積極的に、科学の話(しかも、現代科学批判)に絡めてますものね。水伝に感銘を受けた人が、執筆者だったのだろうか。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 18:22

こんにちは。

僕もこのシリーズは愛用していたので、今回のことを知って残念に思っています。

ですが、個人的には「結構極端な意見の記事も載せるよなあ」という感想を持っていたので、「そんな!信じられない」という程ではありません。それでもこの選択はアウトだと思いますが。
確か新聞などの色々な媒体から記事を拾ってくるという形を取っていたと思うので、大元の記事がどれぐらいの規模のメディアに、どういう形で掲載されたものなのかが気になっています。

投稿: dlit | 2008年4月 9日 (水) 19:33

うっきー、そうですか。
実はZ会の小学5年生向け通信教材の国語に僕が朝日新聞に書いた記事が使われたので、喜んでたんですけど・・・

投稿: きくち | 2008年4月 9日 (水) 22:30

dlitさん、今晩は。

>dlitさん、きくちさん

元ネタは何でしょうねえ。参考文献とかで載って無いのかな。

しかし、「二重盲検」とか、いかにも「それ(科学)っぽい」表現ですよね。

きくちさん
 >Z会の小学5年生向け通信教材の国語に僕が朝
 >日新聞に書いた記事が使われたので
おお、そうだったのですか。

それにしても、水伝が(比較的肯定的)参考書に載るってのは、いかんですねえ。

投稿: TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 23:06

手数をお掛けするといけないので、ここに。
「初めまして」というタイトルでコメントしたのですが、初めましてでは無かったみたいで、失礼な事をしてしまいました…。

参照元は明記されていなかったそうです(教えて頂いて深謝)。

投稿: TAKESAN | 2008年4月10日 (木) 20:58

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