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2008年2月 6日 (水)

やれ、やれ、は鬱陶しい

あれだよね。

子どもに勉強しろ、って言う前に、大人は、自分が勉強しなきゃね。

自分がやっても無い事をやれって言われたら、そりゃ、普通は、納得行かない。

んで、何でやらなきゃならないの、って疑問には、将来役立つから、なんて言う。

いや、ちょっと待ってよ。自分はやって無いんでしょ。別に役に立たないってのを、自分で証明しちゃってるじゃないか。これって、結構重要なんだけど、大人はそれを、都合良く無視したりする。

役に立つ、とか言って、どこにどう役立つか、説明出来る? それをちゃんと言えるくらい、ものを知ってる?

別に、自分が出来ない事を他人にやらせる、というのをしちゃいけない、という意味では無いんだけどね。でも、説得力はあまり持たない、っていう所は、考えといた方がいい、とは思う。だって、そうでしょ。大人が別の大人に同じ様な事言われても、やっぱ納得はしにくいだろうしね。

範を示す、って訳でも無いけどね。宿題で解らない所がある、って言ってきた所に一瞬で答えたら、何かが伝わるかも知れない。「凄さ」を感じさせる、と言うか。それは、何かをやれ、と言うより、有効かもね。「見せ付ける」って言うか。

尤も、見せ付けるには、相手がそれに興味をある程度でも持っている事が、必要な訳だけど。そのためにも、自分が知っといた方がいいよね。だって、知らない事の面白さを教えるなんて、ほとんど不可能でしょ?

自分の趣味を他人に薦める時を思い浮かべると良いかな。全力で、良さを薦める。あれこれ考えて、いかにその素晴らしさが伝わるかを練りに練って、プレゼンテーションする。その時の熱意って、結構凄いものがある。それで、相手が興味を示してくれないと、ガックリくる。

子どもに勉強をさせる時に、そんな努力をしているか、って事。全力で趣味を薦めても興味を持たれないんだからね。いわんや…だと思う。良い学校に入れるから、とかを熱心に説くのは、刃物を扱えないと、無人島に漂着した時死ぬぜ、って言うくらい、はずれてると、思ったりもする。全然説得力が無い。

え、理想論を言うな、って?

全然違う。

「そのもの」について教えないで、それを身に着けさせる、という方が、遥かに、現実と乖離した、無理がある考え方じゃない?

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何か、増田みたいになったなあ。

まあ、本音ではあります。若干中二病的ではあるけどね。

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「随想」カテゴリの記事

コメント

私はいつも勤務先の学生に、「弟子が師匠を越えないと文明は衰退する。だから、君たちは卒業までに私を越える義務がある」と言っています。うっとうしいでしょうか?

投稿: かも ひろやす | 2008年2月 6日 (水) 02:56

かも ひろやすさん、今晩は。

恐らく、鬱陶しがる学生さんは、多いでしょう(って、当然、推測ですが)。

で、何人かの学生さんが、「やってやろうじゃないか」、と思われる事でしょう。
そして、そう思う学生さんは、「解っている」、のだと思います。解るべき事を。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 6日 (水) 03:05

はじめまして。 いつも拝見させていただいています。

私は自分の子供たちにひょっこりひょうたん島の子供たちとサンデー先生の歌を聴かせます。 「ベンキョーなさい、ベンキョーなさい、大人は子供に命令するよ」ってやつ。 「エラくなるために、おカネ持ちになるために。 あーあー、そんなの聞き飽きた」という子供たちを受けて、サンデー先生は「いいえ、かしこくなるためよ。 男らしい男、女らしい女、人間らしい人間、そうよ人間になるためよ」と答えます。 お金のためではなく、かしこくなるため、いい男やいい女(ちょっと語弊が?)になるために勉強するのだ、と教えたいのですが...うっとうしいですかね? (← すいません、最後のは冗談です)
二番の歌詞の「良い子になるのは『大人のお気に入りになるため』ではない」ってメッセージも好きです。

投稿: kurita | 2008年2月 6日 (水) 04:08

 「勉強しよう!」というプレゼンテーション(←PowerPointとか使って本当にやる)の姿を想像して面白いなぁと思いました。やってみてもいいかも。

投稿: newKamer | 2008年2月 6日 (水) 09:44

kuritaさん、今日は。こちらでは初めまして、ですね。

理想的には、「面白いから」、と教えたい所ですね。後、かしこくなると、世の中がもっと面白くなる、とか。世の中全てがプラモデル、みたいな。なんだかよく解らないですけど(笑)

▼▼▼引用▼▼▼
「良い子になるのは『大人のお気に入りになるため』ではない」
▲▲引用終了▲▲
これはいいですね。

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newKamerさん、今日は。

私の場合だと、ゲームの面白さをプレゼンテーションソフトを用いて熱弁する、という事になりますね。
相手は3分くらいで、興味を失うだろうなあ(笑)

一番いいのは、取り敢えず何本かやってみて、て言う事かな。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 6日 (水) 11:55

「テストで満点取れればやる必要ないよ。」
ってのはどうでしょうか?

投稿: Noe | 2008年2月 6日 (水) 12:27

Noeさん、今日は。

お、それは面白いですね。やり続けざるを得ない(笑) もちろん、強制力が必要ですけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 6日 (水) 13:03

こんなことを書いたのは、昔書道教室に通っていたのですが、どうしても通うのが嫌になり、親に懇願したところ、「1級になったら辞めてもいい」といわれたため、その後物凄く頑張って、異例の速さで1級になったことがあったからです。
もちろんすぐ辞めましたが、今になって考えれば、もったいないことをしたかも。

投稿: | 2008年2月 6日 (水) 17:11

あれですよね。

「報酬」なんかで動機付けされると、「そのもの」に対する興味が持続しなかったりするんですよね。
私も、資格試験で、これ取っとけば、色々「有利」になる、と思って、いくつか取ったのですが、やった内容のほとんどが、記憶にほとんど残ってすらいないです。いかに、記号の表面的な所の結び付きだけを覚えて対処してたか、という事なんですよね。

で、私も同じく、あの時ちゃんとやっとけばなあ、と思ってます。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 6日 (水) 19:06

こんばんは。以前、僕のblogで独学についてのエントリーを書いたときに、コメント欄でのやりとりでがっくりきた事があります。
http://www.studio-corvo.com/blog/karasu/archives/2007/08/post_340.html
まがりなりにも絵を描く事で生計をたてて、基礎的な訓練を積み上げてきたという自負があるのですが、現在美大で学んでいる一学生を説得することが出来ませんでした。かなりかたくななタイプではあったと思うのですが、ここまで伝わらないのかと愕然しました。
興味があるというか、同じ分野の中であっても、教える、伝えるということは難しいのだなと痛感しました。
でも、今教えている高校生のほうがずっと分かってくれるかな。論理的な思考に長けている人間には、とても教えやすいです。やっぱり自分のやっていることを、きちんと説明できなくてはいけないのですよね。

投稿: corvo | 2008年2月 7日 (木) 03:55

>corvoさん

こちらを読む前にpoohさんのところに書き込みしたので、無理解な表現がありましたらすいませんでした。ようやくcorvoさんの専門領域がわかりました。

リンク先を読ませて戴きましたが、何というか、やはりこういう心境の相手には言葉が通じないんだなと思いました。このお相手は何かを自力で成し遂げることに最早希望を持っておられなくて、それが出来ないことを正当化することが議論の目的になっているような気がします。

周囲がもっと良くしてくれたら自分はもっとマシになれていたのに、というルサンチマンが核心にあって、それを教育批判という名分に繋げることで正当化しているように思います。学ぶということは教わるという受け身の問題ではなく、もっと積極的な行為だという意図がいつまで経っても伝わらない。

ぶっちゃけ「あんたは今自分が何かをする為の訓練を受けている段階なのに、訓練の仕方を批判していても意味はないだろう、文句があるなら自分でもっとマシな方法を思い附くべきだ」という話なんですが、その一番肝心な「何かをする」という強い意志が欠如していて、出来ない理由ばかり並べ立てている。

corvoさんの叱責を受け容れたのも、「自分がこんな半端な人間だからダメなんだ」という意味で、出来ない理由を自分の資質に振り替えただけのように見えます。「出来ない」という思い込みありきの相手には話が伝わらないし、その思い込みを払拭するのは他人ではなく自分自身のやることでしかない。

たとえばこういう話をしたのがcorvoさんではなく同じ美大生だったとしたら、「自分と同列のおまえに説教される筋合いはない」という話でしょうし、corvoさんなら「あなたは現在成功しているからそう言えるんだ」という話になるわけで、どういう立場の人間が言っても聞く耳は持たないのでしょう。

何というか、たしかに無力感を感じる話ではあります。

投稿: 黒猫亭 | 2008年2月 7日 (木) 09:20

corvoさん、今日は。

>corvoさん、黒猫亭さん

ちょっと話はずれてしまうかもですが。

ものを教える、というのは難しいですよね。

私は、「自尊心が邪魔をする」場合があると思っています。
自分が影響を受けた人の文章で、「大切なのは、自尊心では無く、向上心である」、という意味合いのものがあります。
もちろん、プライドが全く無いという事はあり得ないし、そこまで極端な状態など求めなくていい訳ですが、自尊心が肥大していると、他人の言葉を聞く時にフィルタにかけて、自身の都合の良いように解釈する事が、あると思うのですよね。

丁度さっき、A-WINGさんのブログの最新エントリーを読んだのですが、上で書いた事とも、ちょっと繋がってくるように思います⇒http://www.infosakyu.ne.jp/~ayame/logwing.cgi?article=weblog_1202290059

※自尊心が要らない、という事では無いです。それが無ければ、別の問題が出てくるでしょうしね。ルサンチマンとプライドがぐちゃぐちゃに混ぜられたような心性は、色々な意味できついだろうなあ、という感じですね。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 7日 (木) 13:04

こんにちは。取り上げてくださってありがとうございます。はてな経由のアクセスがどかんと増えていたので、「わっ」って思いました。なにかやっちまったのかと(笑)

たしか高校生ぐらいのときに読んだ富野由悠季氏のインタビュー記事に、「自信は必要だけど、邪魔でもある」といったようなことが書いてあって、今でもそれをよく思い出します。

投稿: A-WING | 2008年2月 7日 (木) 16:43

A-WINGさん、今晩は。

はてブ付いてましたねー。

ちなみに、「自尊心が肥大」というのは、かつての自分に対する評価であり、この言い回しは、ダスティ・アッテンボロー提督の言葉で印象に残っていて、それをよく使っているものであります。多分、ビッテンフェルトを評した言葉だったかと(記憶曖昧)。

その、監督の言は、的を射ていますねえ。

アッテンボローの名前を、今の今まで、「ダスティン・アッテンボロー」だと思ってた…。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 7日 (木) 18:24

こんにちは。
ずいぶん古いエントリーへのコメントで恐縮なのですが、ここでコメントした例の美大生ですが、いまだに解決できない闇を抱えているようです。僕を批判するのはかまわないのですが、僕のblogに書き込みをしてくれているコメンターにまで批判の矛先をむけることには、怒りを覚えます。
http://antihoneyisgreat.blog31.fc2.com/blog-entry-34.html#comment31
A-WINGさんが大人の対応をされていますが、おそらく何も届かないのかもしれません。

投稿: corvo | 2008年8月20日 (水) 13:30

corvoさん、今日は。

今読みました。

結構読みにくい文なので、よく解らず、トピックについても深い関心を持っている事柄では無かったので今一つ読み解けなかったのですが(エントリー本文については、corvoさんの文を変な風に引用していますね。後、推測が多くて、それが妥当な論理なのかが解らない)、取り敢えず、(2008/08/19(火) 08:22:05 | URL | フジイ)を読んで、ふーん、と思いました。後段については、随分と書くものだ、と。
人格攻撃してはいけないと言っているすぐ直後に、そう読み取れる文を書くのは、なかなか興味深いものではあります。

まあ、一番やり取りしたくないタイプの書き方ですね、全体的に。
多分、アクセスログを辿ってこちらに来られても、やり取りしないでしょうね。論宅さんよりも面倒。

後、「解決できない闇を抱えている」という類の言い回しは、あまりされない方が良いかと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年8月20日 (水) 15:06

「解決できない闇を抱えている」は失言ですね。以降、気をつけます。

投稿: corvo | 2008年8月20日 (水) 15:36

相手の思考についての推論などは構わないと思うのですが、もっと深い所の心理状態一般に関わる推測は、WEB上のコミュニケーションにおいても、非常にデリケートな問題であると考えています。とても難しいので、控えた方が安全かな、と。

投稿: TAKESAN | 2008年8月20日 (水) 16:01

どうもこんにちは。フジイと言います。

相当な変人だと思われているようですが、少しだけ。

僕のブログにもリンクが張ってありますが、僕が美術教育を批判している最大の理由が書かれている専門家のサイトを紹介しておきます。

http://zeroken.org/thesis/index.html

こちらを読まれてから、今回の確執を客観的に理解してくださると助かります。

肝心の美術教育の問題に関しては誰も積極的に議論しようとしないのです。その代わり、僕が言い訳や責任転嫁で「美術教育批判をしている」とのことです。

僕は環境問題や政治経済の問題と同じように美術教育問題を批判しているのですが、そのような見方をしない人がいてとても残念です。

それと全ては僕の旧ブログが発端となっています。こちらものぞいてください。

http://hiroakifuj.exblog.jp/

基本的に、今のところ議論はしないつもりですので、何らかのコメントを頂いても返事はしないつもりです。

最後に

>まあ、一番やり取りしたくないタイプの書き方ですね、全体的に。
多分、アクセスログを辿ってこちらに来られても、やり取りしないでしょうね。論宅さんよりも面倒。

このような発言も「摩擦」や「軋轢」の原因になりますから、あまり適切な発言ではないかと思います。
相互理解とは程遠いですから。

ちなみに、僕の会員制ブログ、メールでのやり取りではcorvoさんに対する強い批判を書き込まれている方が何人もいます。別の場所では批判の対象がcorvoと僕で、完全に摩り替わっているという事実があり「みんな自分が正しいと思っている。」という「考え方の違い」が浮き彫りになっているようです。

旧ブログでのcorvoさんの発言もあまりほめられたものではないですよ。読んでみてください。以上です。

投稿: フジイ | 2008年8月20日 (水) 16:53

フジイさん、今晩は。

相互理解するつもりもご紹介のリンクを参照するつもりもありませんし、フジイさんとの間に摩擦や軋轢が起こるか否か、というのもどうでも良い事なので、どうかお引き取り下さい。

投稿: TAKESAN | 2008年8月20日 (水) 18:15

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