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2008年2月 1日 (金)

Genさんへ質問

※これは、言及先のブログに投稿しようとしたコメントを、エントリーとして起こしたものです。結構長文だったので、エントリーにしました。

疑似科学批判者は「何を批判しているか」自覚せよ参照

初めまして。

いくつか疑問に思った、と言うか、文意が判然としない箇所がありましたので、質問させて頂きます。

まず、

  • 「疑似科学批判」という言葉を用いる際に、具体的な批判活動なりを想定していたか。

という事です。疑似科学、あるいはニセ科学には、様々なものがありますが、具体的に、どのようなものに対する批判を想定して、疑似科学批判という概念を用いておられるのでしょうか。

「市井のふつうの人」がニセ科学を批判する場合、それはあくまで「2.道徳的・政治的な批判」であるといえます。

これは、科学者以外の人間が批判する場合には、実証科学的観点は入ってこない、という意味なのでしょうか。そもそも、ここで言う(亀@渋研Xさんの文章の解釈では無く)”「市井のふつうの人」”とは、どのような概念でしょうか。
科学的な観点を持たずに「ニセ科学批判」が行われる場合がある、という事なのでしょうか。あるとすれば、具体的に、どういった例が挙げられるでしょうか。

 自分の主張は、疑似科学批判側と疑似科学信仰者のあいだに芽生えている相互不信というかディスコミュニケーションを改善するために

ニセ科学を信奉している方と、実際にコミュニケーションを取った事はおありでしょうか。あるとすれば、その事例をご紹介して頂けると、参考になると思います。

「2.道徳的・政治的な批判」において、疑似科学批判者側が「自分たちは絶対に正しく、有能だ」と思う気持ちを封印して、より対話的な態度を取ろうではないか、ということでした。

「絶対に正しく、有能だ」という認識を戒めるべきだ、という部分には、全く同意ですし、異論はありません。ただ、ここで気になるのが、これは、単に一般論を改めて述べられただけなのか、それとも、具体的な例を想定して書かれているのか、という所です。誰かの主張を見て、その人が自身を「有能」だと認識しているのを見抜くのは容易では無いと思うのですが、いかがでしょうか。ともすれば、ニセ科学批判者は一般的に、有能感を持っており、自身の主張の正しさを確信している、と誤読されかねない文章なので、ご説明を頂きたいです。

ところで、私が読んだ限りでは、疑似科学(ニセ科学)を信奉する側、という意味合いの事は書かれているが、そちら側の人々でも、主唱者や、主唱者に心酔する人、あるいは、説を何となく信じている人、等の層がある事について、言及がなされていないように思われました。ニセ科学批判と一口に言っても、言及対象によって、批判の形態は変わります。そういった具体的な部分について、若干、考察が行き届いていないのではないか、と思った次第です。

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コメント

こんにちは、TAKESANさん。

事象の地平線に、現象を表すための数式を立てるときに、大事な項目を一つ抜かして式をたてているのに、その式が厳密に展開できているかどうかだけを気にして「どうだ俺の数式の展開能力はすごいだろう」と悦にいっている人なんて話をかきましたが、ここにもいたという事ですかね。

抜かされている要素とは「科学者も社会に生きている社会人であり、社会人として必要な社会常識は持っている」という項目だろうと思うわけです。

消防士は消防の専門家であって商取引の専門家でも法律の専門家でも無い訳ですが、消防署の関係者でもない業者が「消防署(の方)から来ました」と火災報知器を売りつける事は、社会において良くないことと考える社会常識は持っている訳です。だから、避難訓練の後のレクチャーで「住宅用火災報知器の設置が義務づけられました」と説明した後で、「消防署が売って歩くことは有りませんから、変な訪問販売には気を付けてください」と言うわけです。

別に消防士が商取引やら販売に関する法律の専門家ではなくとも、「これは良くないことだ」と思うのは「社会常識」による訳です。

投稿: 技術開発者 | 2008年2月 1日 (金) 17:23

技術開発者さん、今晩は。

Genさんの主張そのものは、一般論として、ある程度妥当なのだと思っています。

ただ、気になるのが、「何を踏まえているか」、という所と、読み手にどのような印象を与えるか、という所です。また、「何と絡めて」書いているか。要するに、ここをはっきりして頂きたいのですよね。実際の活動に対して意見を出すならば、事例を出したりするのは、重要になってくる訳ですし。

------

※以下、このエントリーの補足、かつ、黒猫亭さんのブログへのnewKamerさんのコメントへの応答、でもあります。

トンデモという語を用いて信奉者を罵倒する人なんて、いくらでもいる訳です。2ちゃんねるとかを見ても、気分が悪くなるくらい、います。Genさんのブログを読んだ後に、掲示板等で罵倒している「実例」を見れば、それを「ニセ科学批判者一般」に敷衍してしまう虞もあるのでは、また、「トンデモ」の用法を徒に狭めてしまうのでは、という事です。
「批判者」という概念も難しいのですよね。それ自体、様々な層があるでしょうし。

だからこそ、言及する際に、「論点を絞って欲しい」のです。一般論を語ってはいけない、と言いたい訳では決してありませんし、メタな論を否定するつもりも、ありません(した事も無いはずです)。
他にも、そのタイトルは適切なのか、とかですね。

ところで、私のブログのニセ科学批判は、大部分はメタ議論、なのでしょうか。いや、この場に書かれてある割合で言うと、確かにそうなのかも知れませんね。実は、ニセ科学について書いてある多くの部分は、このカテゴリーでは無かったりする訳ですけれど…。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 1日 (金) 18:54

TAKESAN、はじめまして。
TBがなぜか飛ばないみたいなので、リンクを張らせていただきます。
http://plaisir.genxx.com/?p=184

>だからこそ、言及する際に、「論点を絞って欲しい」のです。一般論を語ってはいけない、と言いたい訳では決してありませんし、メタな論を否定するつもりも、ありません(した事も無いはずです)。他にも、そのタイトルは適切なのか、とかですね。

かつて所属していた心理学研究室で、身近な人間が「血液型性格論を信じる人への嘲笑」を繰り返していたので、その経験がベースにあり、あのような記事を起こしました。ご指摘のとおり、疑似科学信仰側も、批判側も、様々な人がいるわけですから、不用意な記述を多々用いてしまい、申し訳ありませんでした。以後は個別具体的な言及以外は控えることにします。ネット上での議論も勉強し直します。

”「生きる意味」をかけて「科学的事実という土俵」で戦いを挑んでくる相手に対して、その「生きる意味」を傷つけずに科学的事実における批判だけを行い対抗する上手い方法”を具体的に提言できるよう、今後考察を重ねていきたいと思います。

投稿: Gen | 2008年2月 1日 (金) 21:41

Genさん、今晩は。

TBは、届いていないみたいです。たまに、届いていても公開されていなかったりするのですが、それでも無かったみたいです。お手数掛けました。

ニセ科学論を全部押さえていなくてはならない、という事では無かったのです。それは、不可能でもありますし、私自身、それほどの数を、詳しく知っている訳ではありません。ただ、ある程度踏み込んで言及するならば、「疑似科学批判者」ステレオタイプが形成されないような書き方も考えられたのではないか、というのが、私の意見でした。
たとえば、きくちさんのように、極めて慎重で、思慮深い批判者もおられる訳ですよね。きくちさんは、最近の批判者の代表的な方だと言って良いと思いますが、そういった方の努力を蔑ろにしてしまう危険もある、と考えた訳です。

▼▼▼引用▼▼▼
かつて所属していた心理学研究室で、身近な人間が「血液型性格論を信じる人への嘲笑」を繰り返していたので、その経験がベースにあり、あのような記事を起こしました。
▲▲引用終了▲▲
との事なので、恐らく、「血ヲタ」という語はご存知だと思います。血液型性格判断を信じている人を、完全に見下した表現ですよね。2ちゃんねる等を見ると、ひどいものです。私は明確に言って、そういった表現には反対しますし、批判対象に対する嘲笑的な書き方は、抑えています。尤も、読まれ方というものは様々なので、ご批判があれば、甘んじて受けます。

きくちさんをご存知との事なので、kikulogは読まれていると思います。あの場でも、批判者の立ち位置は様々だし、批判者同士で批判し合ったりしているのですよね。
そういった所に思いを馳せて頂ければな、と思った次第です。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 1日 (金) 23:40

ありがとうございます。

公理となっており、議論対象として認識されない科学や学問の「隠れた価値判断」の問題も含めて、個別具体的に考えてみます。

投稿: Gen | 2008年2月 2日 (土) 00:11

ここには、ニセ科学の代表の一つであるゲーム脳関連のリンクも置いてありますので、ゲーム脳に関しては、参考になるかも知れません。

後、上でも触れていらっしゃいますが、dlitさんが紹介なさっていたwikiも、良いと思います。

追記
 
 >上でも

これ、ここじゃありませんでしたね。すみません。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 2日 (土) 00:24

補足ありがとうございます。
思い返してみれば、私も同じような「一般化」で、非常に気分が悪くなったことがあることを思い出しました。そのときの話は懐疑論者を揶揄するような話でした(実際にはエセ懐疑論者へ向けた揶揄だったのですが、対象がきちんと限定されていなかったということです)。
対象を明確にというのは重要ですよね。やっとすっきりしました。

実は、最近Genさんが指摘しているような不適切な自称懐疑論者をうんざりする程大量に見ているので、Genさんのエントリが「対象を限定しているか」という点に、気が回らなくなっていました。

投稿: newKamer | 2008年2月 4日 (月) 11:46

newKamerさん、今日は。

私が思うに、罵倒や中傷、見下し、というのは、「目立つ」ものだと感じるんですよね。どんなに慎重な論者がいても、その印象を吹き飛ばしてしまうくらいのインパクトを持ってしまう。
だからこそ、俯瞰した、一般論のようなものを語る際には、罵倒するのが普通であるかのような書き方は、しないで欲しいのですよね。

ゲーム脳なんかでも、「ゲームが悪い影響及ぼす訳無いだろ」、とか、「問題を起こすのは、元々そういう人間だったからだ」、なんて間違った批判があったり、「ゲーム脳”脳”」という、戦略的にもなかなか使いにくい言葉を使う人もいるのですよね。「森昭雄脳」という言葉まで使われる場合もあって、これは明らかに、まずいやり方です。
で、そういう表現で罵倒したり、って、物凄く多く見られるのですね。掲示板を見たりブログ検索をすれば、数え切れないくらいあります。

だから、色々な人がいる、という事なのですよね。出来れば、それを考えて欲しい、という思いがありました。

そういうのを踏まえて、一連のエントリーを書きました。野暮に捉えられるかも知れない、というのは、poohさんの所に書いた通りですね。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 4日 (月) 12:36

諸事情からコメント欄に書き辛いこともあるので、なんらかの非公開のコメント手段があるとうれしいのですが、何か方法は無いでしょうか?

投稿: newKamer | 2008年2月 4日 (月) 14:16

一時的に、コメントを承認制にします。
newKamerさんの書き込みを確認し次第、解除します。

ココログフリーは、全コメントを承認制にする以外に無いので、ご迷惑をお掛けします。

一旦テスト投稿を行ってから、コメントして頂ければ、ありがたいです>newKamerさん

一応、今回だけ例外的に、という事で、よろしくです…。
exciteみたいに、各コメントごとに、非公開コメントを受け付けられればいいのですが…。

後、こちらからのレスを、公開コメントに書くかも知れませんので、よろしくお願いします。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 4日 (月) 14:45

>newKamerさん

コメント、読みました。
非公開コメントへのレスなので、シンプルな書き方になってしまいますが。

お書きの事、参考にさせて頂きます。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 4日 (月) 17:02

>newKamerさん

TAKESANさんとのお話が終わったようですので、更めてご挨拶させて戴きます。過日は当ブログの記事に意義深いご指摘を戴きまして有り難うございます。少し反論的な論調でお返事を差し上げてしまいましたが、文脈の問題として解して戴ければ幸いです。

オレとしてもこの領域の論者の方々のごく一部しか識らないものですから、黒影さんの発言意図も確実に掴めていたわけではないので、newKamerさんのご指摘が大変参考になりました。ただ、ブログ上の新しい活動には新しい活動なりの実践的課題があるということもたしかなんではないかと思います。

それはたとえば、あの時オレが思ったのは、たった一カ月前後のこととはいえ、この領域の論者の方々と遣り取りさせて戴くことで、基本的な考え方やこの論壇の動向をレクチャーされていたオレでも少し読み解きに確信が持てなかったわけですから、たとえば検索一発で辿り着いた方にはなかなか通じにくいところもあるのかな、ということでした。

今回上げたエントリーで「外部」を採り上げたわけですが、本当はもっとその辺の関係も突き詰めたかったという心残りがあります。たとえばニセ科学問題に関心を持つ特定の論者とその常連読者を基本単位としたブログ領域において、共同体内部で言説の深度を深耕していくプロセスが一方にあるなら、本来広く論を発信する対象であるべきまったくの外部、たとえば今回の問題でいうなら庄内さんやGenさんのような方々とのコミュニケーションはどうあるべきなのか、どうやってそういう外部を巻き込んで行くべきなのか、そういうことを考えさせられました。

わかってない奴が聞いたふうな口を利くな、と言うのは簡単なんですが、外部からの視点で視ると結局伝わるのはその程度の限定的な内容なのかな、と。この種の論者には、ベタなコア的領域性に対する関心がそもそも存在しないわけだし、それを期待すべき理由もない。それでもニセ科学の問題というのは、そういう外部を取り込んで行くことでしか拡がりを持たないでしょう。だとすれば、それをまず前提として織り込んで対処していくしかない。

ここで「べき論」を語ってしまうと硬直した防衛的議論になることは明らかなんですね。ニセ科学批判の論の総体が、外部の個々の論者の反論を圧倒するだけの積み重ねを蓄積していることは明らかなんですから、どうしても高圧的な側面を有してしまう。そのように理詰めで圧迫することでベタなコア領域に関心を持って貰うというのは、反撥を招きこそすれ、まあ不可能なわけです。

庄内さんの論などはハッキリ言ってニセ科学批判に加えられた不当な「攻撃」と解釈出来るわけですが、おそらく無関心な論者の大方の反応のティピシャルなところを代表しているのではないかと思うんですね。だとすれば、ニセ科学批判という論の総体は、予め予期される典型的なリアクションに対するコミュニケーションの方法論を持たなければならないのかな、と。

この論壇の論者に知的活動の専従者の割合が多いことのメリットは、そのような業務一般に付随する手法の訓練があるから、通過した経験を知の抽斗の蓄積に出来ることだと思うのですが、今回の経験もそのような視座においてニセ科学批判の有効性を高める何らかの有益な実践的手法をもたらさないものかな、と期待しています。

一種それは、何某かのチュートリアルの開発みたいなところに落ち着くのかな、と予想しているのですが、まず外部の論者が陥りがちなパターンを揶揄的ではない論調で誘導して、最終的にベタなコア的領域への関心に繋げるとなると、なかなか難しいものがあります。

この辺、TAKESANさんの心理学に関する知見が使えないかな、と期待したりもするのですが(笑)、そうそう人間の心理が思い通りになるなら苦労はないですよね(笑)。

ただ、たとえばfinalventさんの三日の日記にはマイナスイオンと社会のルールに関する補足的記述があったりしますが、それはタイミングから考えてdlitさんのところの遣り取りを踏まえたものだろうし、それが彼に何某かの影響を与えたことは事実だろうと思います。外部を巻き込んでいくことは、いずれにせよネット上でこの領域に言及していく限り、外部とのコミュニケーション上の課題ではあるだろうと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2008年2月 5日 (火) 14:52

最初に余談。

その鋭い洞察には、舌を巻きます…。比較的メタなレイヤで行われている議論への言及を取っ掛かりとしながらも、そのような幅広い観点をきっちりと押さえ、ご自身の立ち位置をメタに認識する、というのは、なかなか出来ない事ですね。やはり、「知の蓄積」に敬意を払っておられ、また、個人の知の限界を意識しておられるから、なのでしょうね。

------

奇しくも、亀@渋研Xさんが、水伝関連FAQを作成なさっており(あのまとめには、頭が下がります。興味のある方は、渋研XへGO)、それは、黒猫亭さんの仰るチュートリアル的なものの一環となる、と思います。
「外部」の人達を、コアでベタな部分に関心を向けさせ、誤解を解く、というのは、まさに戦略的な問題でもあろうかと思います。当然、対象の論調や過去の発言傾向などから類推して、適確な言及を模索していく事が肝要だと考えます。もちろん、そのような一般論を言うのは簡単ですが、実際は、なかなかに難しいものがありますけれど。
やはり、まとめwikiやFAQに誘導して、それまでに蓄積された議論や知識を参照して貰う、というのが、ベターなのかも知れません。

 >TAKESANさんの心理学に関する知見が使え
 >ないかな、と期待したりもするのですが
いえいえ。私の心理学的知識など、素朴なもので…。今までに得られた知見で確実なものは、「人間の心理は様々で、一筋縄では行かないものである」、といった所でしょうか。

投稿: TAKESAN | 2008年2月 5日 (火) 16:29

頭にクエスチョンが20個くらい浮かんだ。(←解る人向けのコメント)

投稿: TAKESAN | 2008年2月13日 (水) 23:53

「詫びるほど ふんぞり返る ニヒリズム この皮肉でさえ 折り曲げるのか」

「その概念がどの様な物なのかは、私には理解できません。ただ人の話を聞き入れた様に見せかけるのに有効である、という事だけは理解しました。見せ掛けの謝罪など、ただ迷惑なだけです。逆切れして、ギャーギャー騒がれた方が、まだマシです。しかしこの言葉も、届くことは無いのでしょう。あのお方には。」

「使い慣れた安楽椅子を捨てるのは、そう簡単では無い。」ということなのか。

投稿: TAKA | 2008年2月14日 (木) 03:30

TAKAさん、今日は。

読んで率直に思ったのが、「何言ってるのか解らない」、でした。

後、一体今までのは何だったのかな、と。

投稿: TAKESAN | 2008年2月14日 (木) 12:07

あ、やっぱりあれのことか。

>一体今までのは何だったのかな

激しく同意しつつ、まあ、ああいう人もいるってことだなあ、などと。共感できそうな部分もあったので、残念だし寂しいですけど。

(ほんとに同じものについて語っているか、まだ少し不安)

投稿: 亀@渋研X | 2008年2月14日 (木) 14:28

亀@渋研Xさん、今日は。

poohさんの所の、dlitさんのコメントを読んでみて下さい。何だかなあ、です、ホント。

投稿: TAKESAN | 2008年2月14日 (木) 17:21

Genさんに言及する必要性は、もう無いですね。
という訳で、よろしくです。

投稿: TAKESAN | 2008年2月14日 (木) 18:09

ここにコメントした後、poohさんちの話題に気づきました。
んで、これ読む前に、準備中だったエントリでちょっとだけ触っちゃった(^^;;

まあ、正面から採り上げるようなものでもないし、えんがちょするほどのものでもない、って感じで。
だけど、ああいう温度差のことは念頭に置いておかないと、いろんなときに足下をすくわれる可能性がありますよね。技術開発者さんや酔うぞさんがapjさんちで書いていた「素人には見えないところでも、職人がちゃんと仕事している」みたいなことは、世間にたくさんあるわけで、自分だってうっかりすると、いつどこで地雷を踏むかわからないし。くぅちゃん失言問題も、なんか似たところがあるような気もしています。

投稿: 亀@渋研X | 2008年2月14日 (木) 18:27

言及しない、って言ったけど、もうちょっと書きますね。

面白いのが、デイトレーダーを揶揄した発言に対する批判エントリーでした。Genさんが私達に感じた熱意と、あのエントリーの熱意は、どんな風に違うものなのかな、って。

そんなに「熱く」見えたのかあ、というのを思いました。もちろん、当該対象に熱意を注いでいるのはその通りなのですけれど、まるで、それを私達が全く自覚していないかのように書かれるのは、ちょっと残念ではあります。

なかなか難しいですよね。どこまで抑えるべきか、とか。「どう見られるか」というのは、戦略的にとても重要な事ですしね。
足をすくわれないためにどうするか、というのも、悩ましいです。もちろん、ここら辺が妥当かな、というラインを考えて、自分なりにやっている訳ではありますけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年2月14日 (木) 18:44

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