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知能

IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実 Book IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実

著者:村上 宣寛
販売元:日経BP社
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知能とは何か、心理学ではどのように研究がなされているか。それを概観した、一般向けの書。なかなか読みやすく、面白いです。

相変わらず、著者の村上氏は超毒舌なので、そこら辺、好みが分かれる所でしょうけれど、良書だと思います。

そういえば、kikulogで以前、IQ300の人がいるとか主張してた方がいたなあ…。

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コメント

TAKESANさん
>kikulogで以前、IQ300の人がいるとか主張してた方がいたなあ…。

この主張に私は納得です。聞く所によると、同じくIQ300の某女子学生は、突飛な事を言うらしいですから^^;。IQ360と主張する人も、居ました。こちらの場合、その場でぐるりと一回転した、という事かな。
しかし、世界をまたに架ける天才的な人の知能自慢は、こういう仕方なのでしょうか。天才と呼ばれる人に出会った事が無いので、良く分からないのです^^)。

投稿 TAKA | 2008年1月19日 (土) 00:31

なあに,ルチ将軍の知能指数は1300。
↑もう知ってる人少ないかな。

投稿 中猫 | 2008年1月19日 (土) 03:48

 小学校の頃、知能テストなるものをやらされたのを思い出しました。なんか、関連を見つけて線でつないだり、図形とかを見て○つけたり、っていう、1つのパターンに二十問とか三十問とか並んでて制限時間内でできるところまでやれ、という、割と簡単なテストだったような……。
 その時は、何でこんなゲームみたいなテストをさせられるのかわからなかったし、時間内に全部終わってしまったパターンのものも結構あって、何か遊びとしてもあんまり面白くは無かったような。
 多分、知能指数出してたんじゃないかと思います。本人には知らされなかったけど。

 結局、簡単な図形やら関連性やらを認識できる能力を試しているので、学校の教科書の勉強を楽にできるかどうかということであれば、知能テストは指標になるかもしれません。反復テストを効率よくこなせるか、なんてことには反映されそうです。しかし、天才を拾い出せるかというと無理ではないかと。
 結局、あの手のテストは、その年齢の平均的な水準に比べて抽象思考がどれだけできるかというものを見ていて、それは(前にも書いたけど)早く背が伸びる人とそうでない人がいるのと同じで、個人差があるものでしょう。でも、子供の頃の個人差は、大人になれば縮まる方向にいきます。二十過ぎれば只の人効果とでも言いましょうか。
 しかし、世の中で天才と言われるような人は、単に抽象思考が平均より早くできるようになっただけの人なんかではなく、全く新しいものを見つけたり構築したりしてしまう人だったりするわけで。

投稿 apj | 2008年1月19日 (土) 04:16

>TAKAさん

高ければ良い、って思ってる人、いそうですよね。いくら何でも、300は言い過ぎだろ、と…。

と思ってたら、中猫さんのコメントが。

------

中猫さん、今日は。

せ、1300…。
ググって初めて知りました(笑)
これに較べると、IQ300など、大した事はありませんねえ。

------

apjさん、今日は。

私は結構、楽しんでやってました。時間内に全部終わるのは、ほとんどありませんでしたが(笑)

元々は、知的能力の一部を測るものなのですよね。もっと遡ると、学習能力が後れている子を判別して、早く適切なフォローを行えるようにするために作り出されたものなのに、いつの間にか、知的能力に序列を見出す装置のようになってしまった、と言うか。

▽▽▽引用▽▽▽
 しかし、世の中で天才と言われるような人は、単に抽象思考が平均より早くできるようになっただけの人なんかではなく、全く新しいものを見つけたり構築したりしてしまう人だったりするわけで。
△△引用終了△△
よくテレビで、天才と持て囃される子どもがいますが、私は、ああいうのって、嫌いなんですよね。大概は、「天才」では無くて、単なる「早熟」であるので。あまり騒ぎ立てると、本人のためにもならないと思うんですけどね…。

このエントリーで紹介した本は、薄いですが、知能研究の概観が掴めて、なかなか良いと思います。著者の村上氏のインタビューを見つけたので、貼っておきますね⇒http://book.asahi.com/author/TKY200710100225.html

投稿 TAKESAN | 2008年1月19日 (土) 11:52

皆さんこんにちは。何というか、世の中で所謂天才と言われている人と、「天才少年現る」みたいな話はあんまり関係ないんじゃないですかね。オレの場合は、天才というのは業績の内容基準で結果的に語られるもので、天才少年というのはTAKESANさんが仰る通り単に物凄く早熟な子供だと思います。

そこを偉人的な意味合いの天才は「栴檀は双葉より芳し」的に子供の頃から優れているはずだ、みたいに視たがる世間の関心があるというだけなのかな、と。エジソンの話なんか、子供の頃は劣等生でも将来なんかわかんないよね、くらいに受け取っておけばいいと思うので(笑)、そういう発想法と業績を因果関係で結び附けることはないと思うんですが。

投稿 黒猫亭 | 2008年1月19日 (土) 12:39

天才という概念自体が、価値的・相対的なものなのですよね。もちろん、ある程度客観的な指標もあるとは思いますけれど(心理学者は、それを追究しているのでしょうね)、一般的には、その時々での評価、あるいは、過去を振り返ってみて、他人と比較した場合の評価、だと思います。

アインシュタインなんかも、子どもの頃は特に優秀では無かった云々、という話がありますね。
天才と呼ばれる人を、後から振り返って見て、その人の環境全部が重要な因子だ、という風にものを言うのも、見られますよね。貧しい環境をバネにして(反対:経済的に豊かだったから、充分に能力を伸ばす事が出来た)、とか、学校の画一的な授業に囚われなかった(反対:学校の勉強をきっちりと身に着けた)から、とか。なかなか都合の良い見方ですが。

投稿 TAKESAN | 2008年1月19日 (土) 13:26

何にでもすべて成功に至る必然的な理路があるんだという人間の現実の解釈の仕方って、ビジネス書なんかの「戦国武将に視る人心掌握術」みたいなものにも通じるような気がしますね。現実的に考えれば、ホントはそうしないほうが好かったけれど、偶々結果オーライだった事例なんかも「凡人とは違う独創的な発想」扱いされてしまうという(笑)。他人の経験というのはたしかに参考になりますけど、それが成功を約束してくれるわけでは勿論なくて、解釈次第の恣意的な部分は何処までも附き纏いますね。

まあ、実際には早熟なほうが教育面で有利ですからそのアドバンテージは否定出来ませんが、まあそれだけの話で、エポックメイキングな業績を残す「所謂天才」というのは、知能面に限って言えばやっぱり普通に努力した結果偶々業績から遡ってそう言われるもんだという気がしますね。

寧ろ、芸術とかスポーツのように、努力の量が同じなら最終的に天与の資質が決定的に物を言う分野のほうが、よっぽど「天才」という呼称がリアルだと思います。

投稿 黒猫亭 | 2008年1月19日 (土) 14:50

そう思います。後付けの解釈、て言うか。この間触れた、イチロー選手の「ルーチン」の話なんかも、そうですよね。

なので、私は、成功者とか天才と呼ばれる人を分析したものって、あまり好きじゃ無くて、その人自身が語ったものであったり、他人による分析でも、それをした人自身が凄い、と思えるようなもので無いと、読まないのですよね。

社会的な業績という点も考慮するなら、「タイミング」というものもあるし、今の時代だと、マスメディアによる情報も、重視するべきだと思います。何をしたかはよくは知られてないけど、天才と評価されているという情報は流布している、とか、ありますしね。

わたし的な「天才な人達」の中には、ソシュールとか宮本武蔵とか宮本茂氏とか、そういうマニアックな人(武蔵は、知名度は高いですが)が、入ってたりします(笑)

投稿 TAKESAN | 2008年1月19日 (土) 16:07

そうですね、その辺で別エントリーに附けたコメントとも関係してきますが、たとえばイチローが凄いスポーツ選手だということを説明し得る学問の領域というのは幾らでも考え附くわけですから、逆に学問の研究対象として「凄いスポーツ選手としてのイチロー」を掲げる領域というのは現実的な研究の手法面では凄いことになるよな、というのがあのコメントの真意なんです。

それをたとえば、イチローの伝記的な生い立ちの分析やチチローの語る教育信条に根拠附ける見方というのは、結構ナイーブだけど、代替医療的な世界の見方なのかな、と思います。厳密に考えれば、たとえばチチローの教育信条のせいで、イチローがもっと凄い選手として早期に開花していた可能性が阻害されたとか、そういう物の見方もあるはずなんですけどね(笑)。

この辺、poohさんが仰っている「ものがたりを選ぶこと」と関係してくるのかもしれませんが、人々が仰ぎ見る憧れの対象としての「所謂天才」に纏わる物語性に関する問題になってくるのかもです。

投稿 黒猫亭 | 2008年1月19日 (土) 17:24

あと、ミーハー的に言うなら、ソシュールというのは文化英雄としてのイメージという観点で視ると割とフロイトと似ているのかな、とか思ったりしますが、この辺TAKESANさんなら詳しいですよね。

投稿 黒猫亭 | 2008年1月19日 (土) 17:30

▽▽▽引用▽▽▽
たとえばチチローの教育信条のせいで、イチローがもっと凄い選手として早期に開花していた可能性が阻害されたとか、そういう物の見方もあるはずなんですけどね(笑)。
△△引用終了△△
論理的には可能ですよね。一般には、お父さんの存在があったればこそ、「イチロー」選手が「生まれた」、という認識な訳ですね。厳密に考察すれば、そう結論するのは、なかなかに難しい。あ、もちろん、私自身も、お父さんの指導・教育が上手く働いた、というのは大きい、とは思っていますけれど。学問的には恐ろしく困難な問題なのですよね。

ソシュールやフロイトは、現代思想に影響を与えた巨人、という風に捉えられる事が多いのかも知れませんね。伝播の広さという所では、かなりのものだったみだいですし。
あ、私は、そんなに詳しい訳では無いです(笑) 勉強したのも、大分以前ですしね。恣意性の概念に衝撃を受けたのは、はっきり憶えていますが。

投稿 TAKESAN | 2008年1月19日 (土) 20:12

ソシュールにしろフロイトにしろ、自然科学の基準で視たら、こういう最上流の位置附けにある研究者は相対的な評価しかされないはずなんですが、人文系の学問だと新しい枠組みを発案することのほうに意味があるということになるのかなと思います。こういう仕事は業績基準で成立する天才神話の典型ですかね、なんか、この種の「最初に知をもたらす巨人」的なポジションは知能が高水準なら到達可能だという気がしませんし、寧ろ英雄性の次元の物語性なのかもしれません。

そういえば、自然科学の領域で世間的に知能面の天才っぽいイメージが活きている分野と言えば、数学なんかそうかもしれませんね。俗流のイメージなのかもしれませんが、画期的な仕事が出来るのは三〇歳くらいまでって言われていますし。この辺、囲碁や将棋の天才のイメージと重なるところがあるんじゃないですかね。

投稿 黒猫亭 | 2008年1月20日 (日) 02:00

黒猫亭さん、お早うございます。

イメージって、大きいと思います。
もしかしたら、専門の人にとっては、それほど「大袈裟」な事とは取られていないのに、外から見ると、凄い大業績だと見られたり。

フロイトなんかは、現代思想に大きな影響を与えた重要な人物として考えられている一方、疑似科学的な言説を広めてしまった張本人として、批判される事もあったりしますね。それだけ、影響力が高かった、って事なのでしょうけれど。

投稿 TAKESAN | 2008年1月20日 (日) 11:10

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