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2008年1月17日 (木)

色々

やっぱ、「色々ある」のを知る方が、「正しい事だけを知らせる」とか、「有害な情報をシャットアウトする」、よりも、妥当だし、現実的だと思うんですよね。別に、何でも無責任に与えていい、と言いたい訳では、全く無いですけれど。

私は、多分5才くらいの頃に、こち亀やら『エコエコアザラク』やら奇面組やら『恐怖新聞』やら水島新司作品やら藤子不二雄作品やら手塚治虫作品やら、物凄く幅広く読んできたのですよね。もちろん、ちっちゃい頃なので、選んで読む、というより、そこにあるものを読む、という感じでした。

そうすると、色々あるのが解るんですよね。だって、奇面組と魔太郎って、まるで正反対の種類じゃないですか。知識も「広く」なるし(ギャグとホラーで、ベクトルの向きが違う)、いいんじゃないかな。幼児の頃から(記憶が曖昧なので、実際は、就学後かも知れないけど)漫画雑誌を講読していた様なものなのですよね。

なんか、有害情報を! と声高に叫んでいる人の言い分を見ると、細い道を作って、その上だけを歩かせようとしている様な、そんな印象。そんな事は無理だし、実現させようとすると、途轍も無く拘束的な環境を作り上げなきゃなりませんからね。いつまでも閉じた環境にいられるなら、まあ良いかも知れませんが、現代のような情報化社会では、かなり難しい気もします。

もし、触れたものの内容が、社会的に好ましく無い行為を正当化するように誤解させるようなものだったら、その時には、内容について話すなりすべきで。そういう時に、そんな下らないものを、と言ってしまうと、最悪ですよね。

どうして、「細く」、「狭く」しようとするんでしょうね。それより、色んなものに触れさせた方が、「豊かな想像力」が得られるんじゃないかな。「はみ出す」ものを恐れているのかも知れない。何からでしょうね。

……おっと。

最初は、子どもの頃から色んなものを読んだりした方が、物事を相対化出来て、メタな認識を鍛える素養になるのではないか、という話を書こうとしたのだけれど、微妙に寄り道してしまった。

やっぱ、一本道を歩くのは苦手みたいです。

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コメント

TAKESANさん こんにちは。

私も(「も」ではないか)「心霊写真集」を持っていました。

情報統制も永遠に続けられるなら意味はあるのかもしれませんが、どこかで開かなければならないなら、偏った情報を提示するよりも色々なものを提示しておいた方が実害は減る気がします。

ある程度頭が固くなってから変なものに触れるようになると、かえって取り込まれてしまいやすい気がします。

ところで、親が有害情報と感じるものは、子供に真似されると嫌なものが多いと思います(「そんなの関係ねえ~」は、困ってる親御さん多いだろうなあ)。

投稿: Noe | 2008年1月17日 (木) 13:04

Noeさん、今日は。

情報を統制しながら与える、というのは、不寛容・排他的認識を育ててしまう虞があるのでは、と思ってしまいます。それよりも、幅広い情報を注意深く与え、物事を相対化する考えを身に着けさせるのが、妥当だと感じます。

 >子供に真似されると嫌なもの

特に、お笑い系のは、真似されやすいですねえ。前に流行った、レイザーラモンHGさんのアレ、とか。困る気持ちは、解りますね。

前にも書いたのですが、私は、『うしろの百太郎』を読んで、守護霊を呼ぼうとした事があります。子ども時代は、かなり信じてましたね。精神的には、あまり良い影響は受けませんでしたけれど。←常に、超越的・非物質的・人格的存在に監視されているような精神状態だった。私が、水伝とかを強く批判するのは、この辺りの経験があったのも、理由の一つです。

投稿: TAKESAN | 2008年1月17日 (木) 13:51

>情報を統制しながら与える、というのは、不寛容・排他的認識を育ててしまう虞があるのでは、と思ってしまいます。

直接は関係ないかもしれませんが、子供は自分の知らない情報を他の子供が持っていると「それは自分の知らない情報だから間違っている」と判断するケースがあるような気がします(特に「ジャイアン」タイプに多い予感)。
一部の子供が情報を持っていて、その他の子供がその情報を持っていない場合、情報を持っている側がいじめの対象になるケースがありそうです。
正しい情報を持っていることが悪いことのような構図になっているわけで、正しい情報を得ようとする意欲をスポイルすることになるので非常に悩ましいです。

投稿: Noe | 2008年1月17日 (木) 15:32

それはあり得ますね。情報を持っている者に、ネガティブな印象を持つのですよね。大人の世界でも、見られたり…。
解りやすい言い回しだと、「理屈」に「屁」を付ける、とかですね。合理的で妥当な意見にまで、それをやってしまう。

悩ましいですね。

投稿: TAKESAN | 2008年1月17日 (木) 17:38

TAKESANさん
>どうして、「細く」、「狭く」しようとするんでしょうね。

今が広すぎるからなのでは無いかと考えます。今の若者は、携帯電話が普及するその前の時代の人達に比べて、携帯電話で様々な情報が素早く、そして簡単に手に入れられます。良い情報も、好ましくない情報も両方です。
一昔前の時代の人は戸惑うわけです。どう導けば良いのか。問題が起きて、その都度話し合っても後手に回るだけです。その様な、説得に失敗した経験を持つ人達と、最初から説得する気の無い人達が短絡的に、とにかく規制を強化した方が良い、と主張し始めるわけです。その様な主張を望ましく無いと思う人達は、常日頃から様々な情報を上手くさばいています。有益な情報とそうでない情報を見分ける能力に長けています。対立する主張を抑える為には、やはりTAKESANさんの様に、疑問を持つ人が自ら主張するのが肝要です。疑問を持ちながらも、黙っていたり、ただの愚痴を言ってる様な場合は、対立する主張になんら影響を与えないと、私は考えます。

TAKESANさん
>奇面組やら

約20年前の最終回、「きっと作者は全て無かった事にしたかったのに違いないと」、と思ったのでした。

投稿: TAKA | 2008年1月18日 (金) 22:05

あの最終回は、衝撃的だったのでした(これ以上書くと、ネタバレになるので(笑) )。

私が思っているのは、歩み寄りが大事だろうな、という事ですね。難しいですが。「バカにする」のでは、終わっちゃいますしね。
ただ、「狭い」人には、広くして貰わなくてはならないので、苦労するでしょうけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年1月18日 (金) 23:10

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