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2008年1月27日 (日)

新解釈?

※重要な追記あり。下の青文字部分を参照下さい。引用文献の誤りです。

興味深いブログを見つけたので、ご紹介⇒本と音楽とその他

いくつかのエントリーを。

本と音楽とその他: ESPは存在した?

まぐれで51枚が当たる確率が5%を少し超えると言うことは、何らかの能力によって51枚が当たる確率は95%弱!なのです。※リンク先より孫引き。文字修飾は はずしました。引用元は、「週刊文春 1月17日新春特別号の連載」との事です。

これは…。奇跡的な解釈。そりゃまあ、「何らか」の能力ではあるでしょうけど。言葉を発する能力、とか。竹内氏って、こんな感じなんですか。て言うか、超能力系にも肯定的なんだ…。

本と音楽とその他: 福岡伸一は統計学の基礎を理解していない

仮説を立ててそれを検証しようとある実験を行うと、多くの場合、いや九五%以上は、期待したような結果にはならない。それは仮説が間違っていたから実験結果がそうならないのだ、つまり、仮説が誤っていたと判断される場合が、実験科学「第一種の誤り」。これはシンプルかつ素直な解釈である。
 ところが、多くの場合、いや九九%以上の科学者は、ああ、そうか、仮説が間違っていたのだとすぐには認めない。むしろ、私の仮説は正しいのだか、実験の方法か適切でないから期待する結果とならないのだ、と考える。つまり、実験のやり方が間違っていると判断されるのが「第二種の誤り」。※リンク先より孫引き。引用元は、福岡伸一 『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一 『もう牛を食べても安心か』

これは…。まさか、「統計の話では無い」というトリック、って事は無いですよね。この用語をこんな風に使うのを、初めて見たんだけど…。しかも、後の方で、挙げたパーセンテージは主観、とか書いてあるし。

本と音楽とその他: 「オーラの泉」問題 所感

 ちょっと気になったのは、「ニセ科学批判」の人たちの反応が案外鈍かったこと。一段落ついてから振り返って冷静に議論しようということなのかも知れないけど、せっかくのチャンスを見逃しているように見える。

これは多分、基本的には、「ニセ科学論とは文脈が異なっているから」、なのではないかと。必ずしも、両方(に関心を持っている人は、ある程度いるでしょうけれど)積極的に批判するとは、限らないですよね。まあでも、これはかなり大きい話題なので、(たとえば)kikulogのエントリーに、もっとコメントが入ってもおかしくは無いかな、とは思いました。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。a-geminiと申します。ブログに言及してくださってありがとうございます。実はTAKESANさんのブログとかkikulogはいつも目を通してまして、いつかTAKESANさんのアンテナにひっかるかな、なんて思ってました。
「ニセ科学論とは文脈が異なっているから」ではないか、というのは実は私も考えたのですが、kikulogでも「オーラの泉」関連の話題が出ていたので、もっと反応があってもよさそうなのにな、と感じたわけです。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: a-gemini | 2008年1月27日 (日) 12:29

a-geminiさん、今日は。

 >実はTAKESANさんのブログとかkikulogは
 >いつも目を通してまして
あ、そうだったのですか。それはありがたいです。a-geminiさんのブログは、テクノラティで見つけて、とても興味深かったので、言及させて頂きました。

 >もっと反応があってもよさそうなのにな

そうですね。結構静か?でしたね。もしかすると、あまりにも「解りやすい」流れなので、敢えて取り上げる事も無い、と、皆さん思われているのかも知れませんね。

こちらこそ、よろしくです。

投稿: TAKESAN | 2008年1月27日 (日) 12:38

あ、後一つ。福岡伸一が「第一種の誤り」「第二種の誤り」について書いているのは、「生物と無生物のあいだ」ではなく、「もう牛を食べても安心か」の方です。

投稿: a-gemini | 2008年1月27日 (日) 12:43

あ、早速ご指摘頂き、ありがとうございます。修正・追記をしました。

お読みの方に誤解させてしまった事を、お詫びします。

引用文献を間違えるとは、最悪でした…。

投稿: TAKESAN | 2008年1月27日 (日) 12:54

うーん。この引用中の仮説検定に関する「第一種の誤り,第二種の誤り」,これはおななしにならないほどの誤用ですね。

ポイントは,「仮説が真であるのに棄却→第一種,仮説が偽であるのに採択→第二種」でなければならないのに。つまり仮説の真偽が重要なことなのに。

投稿: 中猫 | 2008年1月28日 (月) 00:04

ちょっと補足というか訂正。

「間違って棄却したり,採択したり」というところが重点でした。失礼。

投稿: 中猫 | 2008年1月28日 (月) 00:07

中猫さん、今晩は。

そうなんですよね…。

何をどうやったらああいった用法が出てくるのか、よく解らないくらいで。一種と二種を逆に憶える、とかはありがちな気もしますけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年1月28日 (月) 00:15

a-geminiさんのエントリにはアンサーを挙げようとも思ったんですよ。「もっとも下品なニセ科学批判を展開する論者」としては(^^;。
端的に云うと、「ニセ科学批判」の文脈に「ほんもののペテン師」は乗らない、と云うだけの話なので、没にしたんですが。

投稿: pooh | 2008年1月28日 (月) 08:21

曾孫引き

>まぐれで51枚が当たる確率が5%を少し超えると言うことは、何らかの能力によって51枚が当たる確率は95%弱!なのです。

・・・全く意味が分かりません(いやマジで)。私の頭がおかしいのでしょうか?
この論法でいったら、%が低ければ低いほど「何らかの能力」で当たる確率が上がっていきますよね?

投稿: Noe | 2008年1月28日 (月) 11:51

poohさん、今日は。

あ、そんな感じかもです。
なんていうか、解りやすいんですよね。
って言っても、テレビしか参照しない人には、情報は行き渡りにくいですけれど。

------

Noeさん、今日は。

私も、まるで意味が解りませんでした。

それと、たとえ帰無仮説が棄却されたとしても、それをどう解釈するか、というのは、また別問題ですしね。

「何らかの能力」って何だよ、という。

投稿: TAKESAN | 2008年1月28日 (月) 12:16

poohさん。はじめまして。poohさんの方のブログもいつも見ています。

>端的に云うと、「ニセ科学批判」の文脈に「ほんもののペテン師」は乗らない、と云うだけの話なので、没にしたんですが。

了解です。
確かに「科学」を標榜していないものまで「ニセ科学」の範疇に含めてしまうのは行き過ぎのようですね。だまされる側の心理的メカニズムは「水伝」も「霊視」もあまり変わらないような気はしますが。

投稿: a-gemini | 2008年1月28日 (月) 22:27

連投失礼。
竹内久美子に関してですが、この人は「千鶴子には見えていた!―透視は、あっても不思議はない 」という本も出していて、「透視」についても肯定的な書き方をしています。立ち読みしただけなので、引用はできませんが。「トンデモ」の人といっても間違いないと思います。

投稿: a-gemini | 2008年1月28日 (月) 22:33

a-geminiさん、今晩は。

確かに、ニセ科学を信ずるのと「オーラ」系を信ずるのとでは、信じ方の構造に、似通った所があると思います。いわゆる、「不思議現象」を何故信じるか、というやつですね。菊池聡氏等の。

 >竹内久美子に関して

むう、そうなのですか…。
血液型性格判断とか、生物系について書いている、というのは知っていたのですが、超能力も、ですか。

投稿: TAKESAN | 2008年1月28日 (月) 23:21

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