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2008年1月 6日 (日)

問題の切り分け2

Interdisciplinary: 問題の切り分け。まん延に、poohさんが応答して下さいました。ありがとうございます⇒So-net blog:Chromeplated Rat:Re: 問題の切り分け。まん延

ここで、私自身の考えを、書きたいと思います。現在の認識を整理するという意味でも、書いておいた方が良いでしょうし。

○ニセ科学とは何か。

一般的には、「科学を装っている」が、「科学では無い」もの。狭義には、科学的に実証されていないのに、それがなされたかの如く主張される言説。科学的専門概念の誤用を基に組み立てられた論理体系。「科学的」とは、現代の実証科学の基準に従う。敷衍すると、特に主唱者がいない説も、含む事が出来るだろう。それを積極的に「ニセ科学」と呼称するかは、別の問題。※後半は、ちょっと難しい部分ですね。

○ニセ科学を批判するのは何故か。

ニセ科学の言説が、科学の論理体系について、誤解させる、つまり、「間違った知識を流布する」虞があるため。また、特定の文化を不当に貶める根拠として用いられる場合があるため。

○ニセ科学はどの程度広まっているか。

「どのくらいの数の人間が」、という所は不明。だが、ゲーム脳説を肯定的に扱う講演が、公的な機関によって主催されたり、血液型性格判断を紹介する番組が多く放送されたり、といった例がある。前者は、それ自体が問題であるし、後者は、マスメディアの情報発信の規模を考えると、少なからぬ影響を及ぼしていると推察される。

○ニセ科学が広まっているとすれば、それは何故か。

もし、量的に、以前より広まっていると仮定するならば、色々な理由が考えられる。たとえば、社会総体の科学的リテラシーの低下。あるいは、高度情報化による、情報伝達の形態の変化、等。前者を前提しなくとも、後者の理由によって大きく広がる事は、あり得る。

○(上と関係するが)ニセ科学的言説が肯定的に(つまり、批判的に検討されずに)伝達される場合、その理由は何か。

心理学的な論理。「科学」という文化に対する無知・誤解・恐れ・見くびり、等の感情。それが認知に影響すると考える。ニセ科学を意図的に、「だます手段」として用いる場合には、受け手が「真に受ける」ように仕向ける、という場合もあるかも知れない。人間の心の状態は、決して一定・一貫している訳では無いから、「タイミング」というものがあるだろう。

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現状の私の認識は、このようなものです。

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コメント

便乗エントリへの反応、ありがとうございます。

と云うかうちとここって同傾向のブログに分類されがちだと思うんですけど(それが不服だとか云うわけでもないんですけど)こうやって列挙すると相違が明解で面白いです。

投稿: pooh | 2008年1月 6日 (日) 10:24

結構、違いってあるんですよね。技術開発者さんと私も、ちょっと見解が異なっていたりしますし。
そういうのを無視して、一枚岩であるかの如く看做して、それを非難する人もいますけれど…。

投稿: TAKESAN | 2008年1月 6日 (日) 13:09

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