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2007年12月12日 (水)

疑似科学、あるいはニセ科学とは何か、に関する先入観

亀@渋研Xさんのブログ(PSJ渋谷研究所X: 【種】芹沢文書「覚えておきたい、ニセ科学リスト」の読み方)にコメント入れようと思ったけど、長くなったので、エントリーに。

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ふと思いました。

私は、ゲーム脳や血液型性格判断について調べる内に、ニセ科学論に辿りついたのですが、それまでは、疑似科学や似非科学という言葉も知らず(多分、「見た事」は、あったでしょうけれど)、ガードナーやセーガンの本も、読んだ事がありませんでした。だから、きくちさんや他の方々が書かれたものを初めに読んで、あ、これがニセ科学なんだな、と、すんなり受け容れられたのだと思います。
後からガードナーの本を読んだりすると、現在日本で行われているニセ科学批判は、より「洗練されている」と感じました。言い方を換えると、言葉の意味をある程度「せばめる」事によって、読む方が納得出来る論理展開になっている、と。

で、今回、芹沢さんの文章を読んで、それを非難していた人は(finalventさんとかは特に)、疑似科学に関する古典等を読んだ記憶なり印象なりがバイアスを掛けて、最近日本のネットでそこそこ盛り上がりを見せたニセ科学批判を、それら(海外の疑似科学批判)と同質なものと看做してしまったのだろうな、と思います。そういう意味では、先入観がある見方だと言えるし、自分には、余計な先入観が無かったのだろうな、と。何しろ、ガードナーとかセーガンの名前を知ったのは、ここ3年以内の事ですからね。きくちさんや田崎さんが書いたものを参照する以外、やり方も無かった訳です。「きっかけ」、だったのですから。ハインズとかラングミュアの名前も、そういう経緯で知ったのですよね。

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ニセ科学性を、レーダーチャートで表現するのは、大変良い試みだと思います。それを図示する事によって、決して、単純に評価している訳では無く、色々な要素を考慮して判断しているのを、表す事が出来るのですよね。

で、それをやったとしても、批判は免れないのですね。たとえば、「物事を単純化している。レッテル貼りだ」、とか。要するに、リストを作る場合と、全く類の同じものですね。「分類する」、「纏める」、「判断する」、という共通点のみを見て、そこを批判の対象にする訳です。そういう観点だと、何だって批判出来るのです。

↑これは、将来批判が出てきた場合を想定した文だったりもします。その批判は想定済みですよ、という意味で。書いておいた方が、良いかも知れないので。

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