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2007年12月22日 (土)

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相当素朴な感想です。

私は、ネット上に言論を開陳する際は実名で行うべきだ、という意見って、よく理解出来なかったりします。そういう類の事を言っていて、自分は凄まじく暴力的な文章を書く人も、たまーに見られますが、あれって、実名を公表しているから、という理由で正当化してるんですかね。よく解らんですが。

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コメント

>ネット上に言論を開陳する際は実名で行うべきだ
>そういう類の事を言っていて、自分は

こんな感じでしょうか。
「初心者はF1中継って、ヘルメット被ってて選手の区別が付かないのです。落ち着いて見れないのです。解説者間違えるなよ、なのです。
 何戦か見て、ようやく覚えたのです。気持ちは分かるので、解説者の言い間違いにも割と平気なのです。でも古館伊知郎、戻ってこいなのです。」

不安なのでしょう。
(私自信はF1に疎く、すぐに解説者の間違いに気づけないのが残念です。)

投稿: TAKA | 2007年12月22日 (土) 01:31

もちろんヘルメットを脱げば区別はつきます。(自信大ありです)

私も最初はHNに違和感を感じておりました。
相手はどんな地位なのかとか。
騙されているんじゃないかとか。
今は慣れましたね。
市井の人でなくても、書くだけなら憲法が保障してますしね。

TAKESANの「内容勝負」は納得です。

投稿: TAKA | 2007年12月22日 (土) 01:47

こんばんは、No.4560です。ちょっと話を逸らすかもしれませんが。

以前、Amazon.co.jpかどこかの、水伝関連本のレビューで、
「この本の批判をするなら実名で投稿するくらいの責任を持つべき」
というのがあって、読みながら、
「水伝関連本を肯定する場合でも、ある程度の責任を持つべきなんじゃないかな」
と思った記憶があります。
(「責任」ったって、もちろん実名でなくて良いんですが、そのレビュアーの方がどう思っていたかどうかは知りません。)


基本的には、実名匿名云々の問題ではなく、何かを人に伝えること自体に、ある程度で十分だから責任を持ってもらいたいです。

ただ、こんな考えが逆に、水伝やらゲーム脳やらの安易なコピペ的紹介文に繋げているのかな(ある意味自身の言いたいことを代弁してくれているので、責任の意識が希薄になりますよね)、とも思っていて、その辺が悩ましいところです。


追記:
多分この記事のネタ元は、某評論家界隈だと想像してるんですけど、公表するぞ側の先生に、僕、大学学部生時代に英語を教えてもらってました。

当時の個人的な感想は…匿名で書くとまずいのかな?(汗)
結構学んだ部分も多かったです。本名の英語表記を日本語と同じく「姓名」の順番にしたのも、この先生に指摘されてからですし、他にも覚えているのだけでもう1つあります。
ただ、良くも悪くも自分の意見を押し通す方でしたね。

投稿: No.4560 | 2007年12月22日 (土) 05:45

おはようございます。
ネタ元というのを知らないので見当ちがいかもしれませんが、匿名は議論の相手として認めません、と判断する論者がその範囲の相手とだけ議論する、というのは、それはそれでいいのではないでしょうか。

それをネットの原則みたいに言っているとしたら、その真意は私にもわかりません。インターネットにできているいろいろなコミュニティでは、その場所を管理したり面倒をみたりする立場の人がどうあってほしいか自由に決めることであろうと思います。

現実の社会でも、街で見知らぬ他人と言葉を交わすことがありますが、状況に応じて必要な情報は出し合うでしょうけれども、名を名乗り合わずに「善意の市民」同志の関係で済ますことも多いのではないでしょうか。一方、一般と異なる待遇を要求(期待)する人がいたとすれば、その人は何にもとずいてそういう要求をするかを示す必要が出てくるでしょう。どんなレベルの人がどんな根拠にもとづいて主張しようというのか明らかにしないまま、「俺は専門家だから耳を傾けろ」と言い張るような場合には、「お名前とご所属をお教え下さい」というのは有効な対策であろうと思います。

投稿: ちがやまる | 2007年12月22日 (土) 11:22

TAKAさん、今日は。

相手の属性が気になる、というのは、やはりありますよね。でも、議論を戦わせる場合に、その情報に大きく重み付けしてしまうと、判断を狂わせてしまうんじゃないかと思っています。

元々は、そういうのを結構気にする人間だったので、それを戒めるためにも、強く意識するのかも知れません。

------

No.4560さん、今日は。

 >何かを人に伝えること自体に、ある程度で
 >十分だから責任を持ってもらいたいです。
そう思います。後、自分の文章が、いつでもどこの誰にでも見られる可能性がある、というのを「意識」しておくのも重要ですね。

 >安易なコピペ的紹介

なるほど。どこぞの誰某が言っていた、とする事が出来る訳ですね。確かに。

 >多分この記事のネタ元は、某評論家界隈

そうですね。率直な感想としては、思いっきり引くような行為をする人なのだな、と。あ、暴力的な文章云々は、別の人にも掛かっています。よく書く事なのですが、私は、言葉遣いに力を持たせようとするかの様な文章には、凄い違和感を懐くのですね。

投稿: TAKESAN | 2007年12月22日 (土) 11:30

ちがやまるさん、今日は。

▽▽▽引用▽▽▽
匿名は議論の相手として認めません、と判断する論者がその範囲の相手とだけ議論する、というのは、それはそれでいいのではないでしょうか。
△△引用終了△△
あ、これはもちろん、その通りです。で、今回の「ネタ元」は、その主張を押し付けた結果として、ちょっとどうかと思うような行為に至った、のですね。そこに違和感を覚えたのでした。

ローカルルールとしてそれを決める、とか、それ以外の所には干渉しない、と言うなら、構わないかな、と。で、そうでは無くて、それが一般的に適用されるべきだ、と主張する人も一部いるので、そこには賛成しかねる、という感じです。

と、いう訳で、ネタ元を紹介しておきますね。
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20071220/p1

投稿: TAKESAN | 2007年12月22日 (土) 11:45

dlitさんが書いておられましたが、ああいう方(実名であるべき、と言う人達)って、査読とかどう考えているんでしょうね。
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20071221/1198226967

投稿: TAKESAN | 2007年12月22日 (土) 12:00

こんばんは。

自己正当化する訳ではありませんが、私は「固定ハンドル≒ペンネーム」と考えています。ですから「実名/匿名」みたいな二分法をする時点で違和感を禁じえないんですね。

私がこの問題を最初に意識したのはもう十年以上前に、今は亡きnifty-serveで作家の栗本薫氏に対して批判が起こった時の事です。その際に栗本氏が「匿名批判はけしからん」みたいな事を(その場ではなく御自分の本のあとがきで)仰ったのを見て、深い失望を覚えました。
理由は他にも幾つかあるのですが「自分もペンネームで活動しているのにそれは無いだろう」というのも大きな理由です。

ただ、勿論、一般的に言って「実名で行う発言の方が重い」という傾向があるのは確かだと思います。しかしその事と「匿名はけしからん」というのは似ているようですが別の問題とすべきでしょう。

投稿: PseuDoctor | 2007年12月22日 (土) 23:52

PseuDoctorさん、今晩は。

実名、匿名の他に、筆名を考えるという視点も、確かにありますね。ここら辺、侃々諤々の議論がなされていて、なかなか難しい所なのでしょうね。

▽▽▽引用▽▽▽
ただ、勿論、一般的に言って「実名で行う発言の方が重い」という傾向があるのは確かだと思います。
△△引用終了△△
これは、その通りだと思います。仰るように、そこから実名であるべし、という意見に繋げるのは、私も違和感を持ちます。

ちょっと余談。

昔存在したライブドア掲示板では、IDの他にハンドルネームが10個設定出来て、それを利用したマネハンが横行したりしました。で、ID以外での投稿を認めないなどのトピックごとのローカルルールが出来たりしました。「実名を明かさない」といっても、それ自体に、色々なパターンが考えられるのですよね。だからこそ、実名であるべし、という解りやすい主張をするのかな…。
私は、非実名である事のメリットとデメリットをよく考えるべきなのだと思っています。

投稿: TAKESAN | 2007年12月23日 (日) 00:12

これって、以前法政のバカ助教授と大喧嘩した時にも書いたのですが、実名書くことが金になる評論家という馬鹿の中には、実名出すと他人に迷惑がかかるので、出さない人の存在を認めないって風潮があり困り者ですなあ。

そう言えば、「歳とらないぞの鬼」も実名出せと言い張ってましたなあ(^^;。

投稿: JosephYoiko | 2007年12月23日 (日) 01:06

JosephYoikoさん、今晩は。

そうですね。実名を公表してメリットを享受する人と、その他の、様々な理由からそういうメリットが無い(もしくは、デメリットが大きい)環境にいる人を同様に扱う所に、無理があるように思います。

 >以前法政のバカ助教授と大喧嘩した時

この時のエントリーは、参考にさせて頂きました。

一般論として、「自分がこうだから他人もこうすべきだ」、という意見は、慎重に検討する必要があると思います。

投稿: TAKESAN | 2007年12月23日 (日) 01:22

こんにちは。
どうも実名にこだわる人の気持ちがわからない私です。「固定ハンドル」みたいな形で連続性みたいなのがある程度確保されていれば、いいじゃん、という感じ(捨てハンとかマルチハンドルみたいなのは、話の筋道が追えなくなるだけではなくて、そういう意味でもイヤですけど)。
だって、わたしのように世間的にろくろく認知されていない身の人間は、実名が出てようがいまいが「無名」って言われますよね。実名をさらしたって、ほとんど「なにかが明らかになったりはしない」ってことだと思うんですよね。だからぼくは、必要かもしれないと思うときには、職業とか子どもの有無とかの属性をわざわざ記事中に書くわけでして(知ってる人にしてみればくどいはずなんですけどね)。

そうそう。ぼくは「亀尾」なんていう名字で、今住んでいる東京にはあんまりいないと思うんだけど、だからっていってそれを悪用される気もしない。そんで、たまたま共著があったりして隠す意味があまりないところへもってきて、営業上いいことがあるかもしれないってんで、探せば簡単に出てくるところに実名やらおよその住所をさらしてあるんです。そういう情報を出しているかいないかで、仕事が来るか来ないかが変わるかも、なんていうスケベ心です。
でも、未知の編集者とかから仕事のオファーが来ても、宛名はハンドルだったりするところを見ると、実名をどっかに出してあっても、あんまり関係なさそうです(当然、常に実名でやってれば違うとは思うのですが(^^;;)。

一方で、「ほとんどの場合、実害がなさそう」だからといって、誰でもどこでも実名で、ってのは無茶です。今の渋谷研究所(この名前での連載は終わった)とか亀@渋研X(それまで使っているハンドルではなく、連載での登場人物名を使っている)なんかもそうなんだけど、「認知されやすそうな名前を名乗る」ってのは、ふつうの判断としてありだと思うし。
もちろん、今回の話題の主のように仕事上の悪影響を考えたら実名で発言できなくても、だからといって連続性がある程度確保されていれば、その内容というか価値が損なわれるわけではないと思うし。

実名ってのは確かにある程度のリスクはあるんだろうと思います。だからそこからの想像ですけど、「オレが実名でやってんだから、お前も」という主張が対等・平等を求めているように本人には思えるんじゃないでしょうかね。それ以上の根拠は、実はないんじゃないかしらん。

きゃー、また長くなっちゃった。すいません。

投稿: 亀@渋研X | 2007年12月23日 (日) 02:53

亀@渋研Xさん、今日は。

▽▽▽引用▽▽▽
「固定ハンドル」みたいな形で連続性みたいなのがある程度確保されていれば、いいじゃん、という感じ
△△引用終了△△
私もそう思います。実名であるべし、という意見にも、一理あるとは感じるのですが、それだけでは、説得力が無いですよね。何故極端に振れるのかな、と。

今回の件でまず感じたのが、「え、実名に関する情報を明かして、それが一体何の役に立つの?」でした。意味が全然解らなかったのでした。

▽▽▽引用▽▽▽
「オレが実名でやってんだから、お前も」という主張が対等・平等を求めているように本人には思えるんじゃないでしょうかね。それ以上の根拠は、実はないんじゃないかしらん。
△△引用終了△△
そうですよねえ…。私もそう思いました。なんで、「~すべし」になっちゃうんだろうなあ。

投稿: TAKESAN | 2007年12月23日 (日) 11:25

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