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2007年12月に作成された記事

大晦日。総括

もう、今年も終わりですねー。←定番

こちらを読んで下さり、また、コメントやトラックバックで言及して下さった皆様、誠にありがとうございます。皆さんからは、いろいろ教えて頂いたり、議論をする事で、知識が蓄えられ、間違いに気付かされ、認識を深める事が出来たと思っております。深謝。自分の身近の環境だけでは得られないものだったと思います。ブログが、時間的・空間的な制限を取り払ってくれるコミュニケーションツールとして、有効に活用出来る事を、痛感しました。

今年は(これからも続くと思うけれど)、ニセ科学についての議論の割合が、多かったですね。自分でも色々考えてエントリーを上げたり、コメント欄で議論したりして、大変勉強になりました。ニセ科学問題の難しさ――ニセ科学への批判、また、その批判活動自体への批判のあり方、など、考えるべき事は、まだまだありそうです。ニセ科学について考える事は即ち、「科学」について考える事を意味するので、必然的に、科学とはどういうものか、という所を考察せざるを得ない。そこでも、皆さんにご意見を頂きました。お陰様で、大分整理が進んできた気がします。ニセ科学批判批判についても、結構書きましたねえ。白熱したやり取りになりました。元は、ゲーム脳と血液型性格判断について調べていただけだったのが、「ニセ科学」問題に興味を持って、そこから、今まで注目出来ていなかった所に目を向けられたので、それは良かった、と感じます。何より、とても賢い皆さんのアドバイスを頂けた事は、貴重です。

ゲーム。私は、モンタばっかり(笑) ゲーム界全体としては、やはり、「任天堂」、ですね。アイデアが見事だったんでしょう。一旦乗ったら、勢いがつくんでしょうね。そして、ばっちり掴んだ。さすが。Xbox360は、もっと評価されていい。来年は、どうなるんだろうか。大きな動きは、特になさそうですけれど。

武術・身体運動。個人的には最も優先順位の高いものなのですが、今年はちょっと、考察に割くリソースは少なかったですね。ニセ科学問題を中心に、勉強していたので。もちろんこれは、「科学とは」という所を考えざるを得ないので、それが結局、武術を科学的に考えるとはどういう事か、という所にも繋がってくるから、基礎的な認識として重要な訳ですが。より一般的な認識が鍛えられれば、具体的な事を理解するのが、よりやりやすくなるのですよね。それに、武術はそもそも、学際的な現象以外では無いので、色々な分野を勉強する事自体、武術について考えるツールを集めているに等しい訳です。

とまあ、こんな感じでした、今年。来年も、似た様なものかな。

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さて、今日は大晦日。紅白観るかあ。でも、友人と出かけるかも知れないけど。

見るとしたら、平井堅さん、コブクロ、しょこたん、かな。

格闘技もあるなあ。舟木×桜庭 戦は、見なければ。後、ボビー×サップ。私は、サップが瞬殺されると踏んでいますが。

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んでは。

皆さん、良いお年をお迎え下さい。来年もよろしくー。

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ゲームで運動

遊鬱さんの所経由で⇒Wiiで子どもの肥満解消ならず、英研究チーム 国際ニュース : AFPBB News

妥当っちゃ妥当な結果でしょうね。

私としては、ゲームへの親しみの度合という変数が、結構効いてきそうにも思います。前にどこかに書きましたね。ゲームをやる人は、「仕組み」が解るので、必要最小限の動きに最適化するのですね。Wiiリモコンを「クイッ」とするだけで、充分有意味な信号を送る事が出来る、というのが解る訳ですね。対して、ゲームとかセンサーの仕組みに意識が向かない人は、思いっきりぶん回したりして、「無駄に動く」。そうすると、運動強度も上がるでしょうから、同じ「Wiiをプレイする」という現象に見えても、その実は、結構違ってくるかも知れません。

で、ちょっと話が変わりますが。
「無駄に動く」と上に書きましたけれど、これは悪い意味では無く、「楽しんでいる」って事なんですよね。ファミリーでワイワイガヤガヤやるんなら、一々細かい所に意識を向けずに、思いっきり動いて、爽快感を味わえば良い。だから、楽しみ方はそれぞれ、って事です。当然、任天堂の中の人は、ここら辺の論理を掴んだんでしょうね。

あ、私はもちろん、「クイッ」を追求する人です(笑)

いかにも「運動を頑張っている感」が無い遊戯の中で、減量効果がありそうなものとしては、サバイバルゲームとか、凄く動きそうですけど、どんなもんなんでしょ。私はやった事無いので(かなり面白そうだと思う)、よく解りませんが。サバゲーの場合、果たして、「屋外でのスポーツ」と、日本では認知されるのかな。

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やる前

かくし芸の直前の特番を観ていて思う事。

「いかに頑張っているか」を前もって知らせて、ていうのは、どうなんだろうか。

本放送が終わった後に、「いかに頑張っていたか」をやるなら、まだいいと思うけれど。

事前に、感動させるための準備をしているようで、そこに思い至って冷めてしまう人も、結構いそうな気がする。

あれです。

あ、こんな事を短期間で出来るようになったんだから、相当努力したのだろうなあ、と、「見せずに」感じさせるのも、一つの演出ではないかと、考えたりする訳です。

もちろん、私が今観ているかくし芸の番組は、それほどでも無い、という意見もあるでしょうけれど。

と、昔、SMAPの空手を観て感動したり、とんねるずの鎌ヌンチャクを観て、すげー、と思った人が、書いてみました。

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新設、お猿さん

なんとなく、新しいカテゴリーを作ってみました。エントリー溜まるかな…。

で、MHFの話。

最近、資金稼ぎのために、ソロで、「逆襲!2頭の牙獣」をやってます。お陰で、剛力珠6 7個出ました(大体、剛体珠と半々くらいの割合)。

んで、今日、ナルコレプター改を作ったので、それで行ってみました。20分針(約24分)でした(スキル:高級耳栓・攻撃力UP大・見切り+3・火事場力+2)。捕獲のタイミングが今一つだったので、きちんと効率よくやれば、ぎりぎり15分針行けるかなあ。つわものだと、どれくらいのタイムが出るもんなんでしょ(スナイプだと、10分針なのかな)。ちなみに、他の武器では、アイスディバイダー改(火事場あり)とゴールドマロウ(火事場無し)で、25分針~30分針でしょうか。うーん、微妙。

それにしても、睡眠属性の大剣は、爽快ですね。火事場発動すると、なかなか(笑) 逆猿だと、特にやりやすい。パーティだと、ちょっと使い所が無いかもですが。

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バカ売れ

家庭用ゲーム機 国内販売額が過去最高を更新(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

やりますなあ、任天堂。

Xbox360は、もっと評価されていい。

PS3……。

来年はやっぱり、バランスボードを使うゲームが増えてくるんですかね、Wii。ソフトのラインナップによっては、消え去っていくデバイスにもなりかねないですが、かといって、標準のデバイスにもなりにくいでしょうしね。あまりにも動くのは(立つというのは、動くって事です)、なかなかね。ゲームは、寝転がったり座ったりしてやるもの、とも言えるし。座って足を乗せてバランスを取る、ってのなら、アリかもしれないけれど。

Xbox360は、もっと評価されていい。

PS3は。

MGS4か、取り敢えずは。PS3専用って決まったんでしたっけ?

FFは、どうなんでしょうね。最早、強い求心力があると言えるのかどうか。

ゲーム、来年はどうなるのかなあ。

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メモ:もっと分けて考える

  • ある言説について、ニセ科学かどうかを考える。温泉の効能書き、ゲーム脳、水からの伝言、血液型性格判断、マイナスイオン、等々。
  • 対象が含む概念の内容を考える。「何を指しているか」。
  • 主唱者はいるか。いた場合、検討は、比較的容易。ゲーム脳は森昭雄氏、水伝は江本勝氏。
  • いない場合。例:温泉の効能書き。論理的には、各温泉場で掲げられているものが含まれる。傾向的なものはあるかも知れないが、ある程度広がりを持つのではないか。
  • 概念の論理構造を分析するのが重要かも。○○を△△すれば□□になる、という類の、単純な構造の説ならば、検討は容易。
  • 血液型性格判断はどうか。主唱者→代表的なのは能見氏。だが、血液型から性格を当てる(逆も)という知識は、社会に浸透しているように思われる。そこでは、「誰が言ったか」は、知られていないだろう。ニセ科学として批判される「血液型性格判断」は、分布が偏っているという説。

…脳がダレてきたので、取り敢えずこれくらいで。

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分けて考えてみる

皆さんのご意見を、是非伺いたいです。批判歓迎。

私は、「ニセ科学」には、「一般の多くの人が”科学的”だと誤解する知識」と、「誰か主唱者がいる、科学を装った」言説の、二つを考える事が出来るのではないかと思いました。

まず後者から。

これは、たとえば、ゲーム脳や水伝など、ある主唱者がいて、著作や講演などで、自説を開陳している場合です。当然これは、その言説を評価すれば良い。もちろん、実際に被害が出ているかどうか、というのは、考慮する必要は無い(それは、批判対象として採り上げる際の根拠、と考えるのが妥当)。つまり、科学の方法によって実証されていないにも拘わらず、それがなされたかの如く主張している訳ですから、それだけで、「ニセ科学」と判断される事になる。また、学術的専門概念を、本来の定義を無視して誤用する言説なども、対象となるでしょう。

次は前者。

これは、多くの人に、「科学的根拠がある」と思われているにも拘わらず、実はそういった事実は無い知識、といった所でしょうか。

これは、初めには、誰か科学者なりが主張したのかも知れないが、それが社会に広まった結果、常識的な知識として、かつ、「科学的に根拠があるもの」だと誤認されている、というものです。一般に浸透したもの、ですね。

この場合には、当然、「一般の人が思う”科学的”」とはどういう事か、などが、問題になってくるでしょう。また、「多くの人が誤解する」、という主張が妥当である事を示すには、定量的に評価なされなければならないでしょう。ここでは、心理社会的な観点が必要とされます。端的に言って、非常に難しい。

さて、これらを踏まえて。

ニセ科学を批判する人、また、その活動そのものを批判する人の両方に、何かを「ニセ科学」と判断する場合に、「社会一般に、科学的であると誤認されている」事が、必要条件だと看做している人が、いるように思われます。

論理的に言えば、”ある程度の科学的知識の理解を前提としているが、実は科学的には妥当では無い、人口に膾炙した「俗説」”も、”誰か主唱者がいて、科学的に実証されたと「言い張っている」説”も、両方が(もちろん、排反するものでは無い)、「ニセ科学」と考えられると思いますが、そこを踏まえずに、後者をニセ科学だと判断する人に対して、「いや、社会一般に誤認されていないではないか」、と反論したりする、というのがあるのではないかと。

ごくシンプルに纏めると。

・科学的で無いが科学を装っているものが、ニセ科学

・主唱者がいるものは、著作なりを参照し、それを現代科学の基準に照らせば、判断は、比較的容易。科学的概念を誤用したり、「実証・検証された」と言ったり、実験を行った、などが主張されているのを指摘すれば良いのだから。

・科学的に検証されていないが、社会一般に科学的であると誤認されている説、の場合には、その立証は難しい。多くの人が、という所は、量的な評価だから、調査なりを行うべきだし、「科学的だと誤認する」というのがどういう事か、というのも問題になる。

・もちろん、両方を満たす説もあるだろう。

・「ニセ科学である」と判断する事そのものには、多くの人に広まっているとか、実害が出ているか、というのは、考慮する必要は無い。

と、こんな感じでしょうか。

こう考えると、多少すっきりするようにも思いますが、どんなものでしょう。文そのものが解りにくいという突っ込みが入りそうですが、私もまだ整理し切れていないので、コメントなりでご指摘頂ければ、ありがたいです。

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必然

宮本茂とWiiFit - せんだって日記 - 楽天ブログ(Blog)

これは面白い。

で、こちらを読んでいて、そういえば、こんなの書いたなあ、と、このエントリーの事が、頭に浮かんだのでした⇒Interdisciplinary: 展望

まあ、予想通り、といった所でしょうか。Wiiのコンセプトを考えて推測すれば、当たり前に考え付く事でしたね。「面白いものを作りたい」と考えている人は、めざといのでしょう。これは使える、と思ったものは、どんどん柔軟に採り入れていく。

Wii Fit、かなり売れているみたいです。数は把握していないけれど、売り切れ続出とか。近所の店に行っても、品切れでしたね。

任天堂の仕掛けるタイミングが、実に上手いですね。勢いがある内に、年末商戦に合わせて、ファミリーでワイワイ参加出来てしかも「ゲーム」をあまり感じさせない(既成概念を崩し、ネガティブなイメージを持たせない)ものを出す、という。やるなあ、と。

今後はどんなのが出てくるんでしょうね。楽しみ楽しみ。

Wiiフィット(「バランスWiiボード」同梱) Video Games Wiiフィット(「バランスWiiボード」同梱)

販売元:任天堂
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美声

Music 名曲撰 ユメミゴコチ

アーティスト:諫山実生
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2007/12/12
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音楽配信系のサイトでこのアルバムを探したら、『月恋花』だけ収録されていない件。

ボーナストラックだから、か…。この曲が聴きたかったのに。これ、名曲ですよ。

ベストアルバムだから、他の曲は、もうあるんですよねえ。

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メモ:ニセ科学の定義とか

ニセ科学の定義と判定について考える :: 事象の地平線::---Event Horizon---

熟読玩味の事。

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触発されて、ちょっと考えてみた。以下、走り書き。相当カオス。青文字は補足。apjさんが書かれている事とは ずれてくる所もあると思う。

「ニセブランド品」の喩えをお借りします。

ニセ科学について論じる際、「出す側」と「出回り方」の、二つの視点があるように思った。

つまり、売る側賛同者、流布する人達が、ブランド品であると謳って科学的であると主張する販売するか。この場合、解っていて売る場合←故意と、信じ込んで売る場合←確信がある。大元には、「作る」立場の人間←主唱者。新奇の説の提唱者なりがある。

「出回り方」、もしくは、「受け取り方」。ちょっとアナロジーが不正確になるが、そのまま続ける。

「ニセブランド品」を、「ブランド品と信じ込んで」買ったり使用したりしているか。←科学的と感じているか。受け取る側には見分けが付かないいかにも高級な店構えの、「それっぽいショップ」←大学教授、○○研究所、「科学的に実証」などの文句で売られているもの。

それとも、「胡散臭い店」で売られているものか。←肩書きの無い人。専門の研究機関で無い組織誰にでもニセモノと判るのか。←科学的とは感じない。それまでに蓄積した知識によって、科学的では無い、あるいは、信憑性が低い、と看做す

どちらにアプローチするかで、批判の内容は異なる。「売る側」・「作る側」についての言及の場合、それを売ったり作ったりする事自体←科学的な手続きに則って検証していないにも拘わらず、検証されたと言う。故意かどうかは問わないを批判。「受け取る側」についての場合、ニセブランド品をブランド品だと信じ込んで買う人が多いという事を問題視。←「”科学で無いもの”が、”科学的である”と、多くの人に思われている」状態。つまり、社会的認知の問題「そんなもの、誰でもニセモノって判るだろ。」←ニセ科学など批判するもんでも無いだろう、という非難と主張する人は、「どうせ誰も本物だとは思ってないんだから」、と考える。←社会一般に、「科学的」とは認識されていないんだから、と主張する

ニセ科学は、科学の手続きに則られていないのに、それがなされたと主張されれば、成立する。喩え――「元祖・○○」的なお菓子があるとする。それは、ちゃんと製法を守って作らなければ名乗れない。製法を守っていないのに、「元祖・○○」とラベルを貼って売ってはならない。製法を守ったと思い込んでも、実は誤ってしまっていた、という事もあり得る。そして、売ったという事実そのものが、批判の対象となる。必ずしも、それが沢山売れたという事実が要る訳では無い。つまり、「多くの人が」という量的な評価を問題にするのでは無い。「これが出回ってしまってはまずいぞ」的な批判もある、という事。そして、批判対象の、批判の優先順位は、批判者の問題意識や興味関心のある分野によって、異なってくる。かなり出回ってしまっているから駄目だ。あれはニセモノだと知らしめないと、というのもあれば、まだ広まって無いかも知れないけど、影響力が大きいメディアが採り上げているから何とかしないと、というのもある。量的には少ないかも知れないが、ある程度広まる事自体が、他の文化に対する不当な先入観を植え付ける虞がある、と判断する場合も。

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取り敢えず、こんな感じで。

ふう…。何か、脳をフル回転させたから、爆発しそうだ(笑)

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占い? 科学?

ちょっとした疑問です。

私は、「血液型性格判断は、占いと同様のものである(場合がある)」という主張の、意味がよく解らないのですよね。
一般的に言って、血液型で性格が判る、というのは、ある性格類型なり特性と、生物学的因子である所のABO式血液型とを結び付けた主張です。

ちょっと視点を変えてみて、「占い的な血液型性格判断」というものを考えてみると、それはつまり、「今日、○型の人はこういう運勢だ」、という類のものなんかですよね。血液型選手権みたいな。

ところが、血液型性格判断は、論理的に、分布に関する言及である訳です。要するに、○型の人にはこういう性格の人が多い、という事実があれば、それは成り立つ。

で、ですね。
血液型性格判断を信じている人は、当然、生物学的な連関を前提しているはずです。何故なら、社会心理学的メカニズム、つまり、思い込みや自己成就現象によって分布が偏る事がある、などという知識がある人がそれを信じるというのは、論理的に考えにくい。尤も、星占い等と融合させた主張の場合なんかは、また違ってくるとは思いますが。そういう方向で、何らかの論理体系をなした場合、それは、いわゆる疑似科学的主張だと看做すのが、妥当でしょうか。すなわち、現代科学の体系に全く矛盾する、という意味で。

従って、血液型性格判断を信じている人の多くが、何らかの(自然)科学的論理を前提としているだろう、と推測しています。

で、ここまで読まれて、誤解されるといけないので、補足。
上に書いた話は、「ニセ科学」論そのものではありません。ニセ科学として批判の対象となるのは、そもそも科学を標榜している主張や、マスメディアによる、「実験」や「調査」を行ったと称するミスリーディング等なので、これらをニセ科学と批判するのは、全く妥当です。特に、情報発信の面で非常に強力であるマスメディアによる流布というのは、重要な点です。

何か、文が激しく纏まっていないですね。取り敢えず、このまま上げます。意味不明な箇所のご指摘や、批判歓迎。

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ゲーム感覚

とても良いエントリーをご紹介⇒PSJ渋谷研究所X: これぞ「ゲーム感覚」!?

「ゲーム感覚」というのは、とっても大事です。もちろん、ポジティブな意味で。

ところで、ゲームの話をする際(ゲームの悪影響を語る文脈でよく出てくる)、「ゲームより面白いものがある」と知らしめれば、ゲームからは離れていくよ、という言い方がなされる場合があるのですが、あんまり良く無いんですよね。そうじゃ無くて、「ゲームも面白いが、こっちも面白い」とか、「これとゲームは、実は同じ様なものなんだよ」、とか、そういう風に言わないと。
はっきり言って、ゲームより面白いものなんて、そうは無いですからね。それに、ゲームをしない人からそんな事言われたら、「ゲームの面白さを知らんでしょ?」なんて思ったりするのです。

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仮定を理解しない人

kikulogへ最初に投稿しようとしたコメントを、載せます。あちらでは、ちょっと書き直しました。青文字は補足。

▼▼▼▼▼こ こ か ら▼▼▼▼▼

もうちょっと訊いてみます。

ABO FANさんへ。
 
 >私には、「有意」を使わずには説明できません。
 
駄目です。統計的推測の話はしていないので、有意という概念を使わなければならない、というのは、通用しません。もう、この答えの時点で、おかしい。統計的推測の概念が無いのだろうか。
 
 >「全数検査」でという意味でしょうか?
 
母集団において、差がゼロで無ければ、とうかがっています。誰も、「過去や未来の人」を全数調査するなどという事は、言っていません。「ある時点」での、ある集団において、血液型ごとの差がゼロで無ければ、「関係ある」と、ABO FANさんは判断なさいますか?当たり前の話ですが、私は、母集団における分布がどうであるか、という事を言っているので、調査がどうのこうのというのは、全く的外れです。仮定ですね。もしこうなら、という。
 
------
 
 >ひょっとして、これだけ引用を渋るところを見ると、統計に詳しく
 >ないのかもしれません。
PseuDoctorさんがこのコメントを読んで、失笑もしくは苦笑を催されるのが、目に見えるようです。ABO FAN氏のお顔の皮膚は、果てしなく厚い、あるいは、相当硬い物質で構成されているのでしょう。

▲▲▲▲▲こ こ ま で▲▲▲▲▲

kikulogでのコメント、あんまりうまく無いなあ。あれくらいしか書けませんでした。仮定や喩えを色々出したいのですが、そこから更に拡散される虞があるので、慎重になってしまいます。

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解りやすい

よく、解りやすいテキストとか、「マンガで解る」系について語ってますが、最近2ちゃんねるのまとめサイトでよく見る、「やる夫で学ぶ」系のやつは、一つの理想の形だと思います。馴染みのあるマンガのキャラなんかを組み合わせて興味を引き、掲示板ならではのテンポの良さも相俟って、グングン惹き込まれる。実に巧い。身近の物事と結び付けていて、物凄い解りやすさです。

尤も、ああいうのは、あのような場で書かれるからこそ良い、という面があって、あまり狙い過ぎてしまっては、白けるし、厭きられもするでしょうね。

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既視感

相変わらず、堂々巡りです。

私の質問には、答えてくれませんね。

やはり、実際にわずかでも差が存在すれば「関係ある」と看做す、という事なのかな。で、それを言ってしまうとまずいというのを、認識しているのだろうか。

他の方と私は認識が異なっているかも知れませんけれど、私としては、ここら辺(差に関する議論)について、ABO FAN氏は「解っている」、と思っています。でないと、あそこまで頑なに回答を拒むというのは、ちょっとおかしいかなあ、と。もしABO FAN氏が、差が0で無ければ「関係あると言える」、と宣言すれば、議論は終結しますからね、恐らく(←誰がみてもおかしい事が解るので、ABO FAN氏の主張が崩壊する)。

どうやら、まだやり取りは続きそうです。もしかすると、コメント1000を突破するかも知れませんね…。

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ぷれぜんと

痛いニュース(ノ∀`):「お勧めのガンプラ教えて下さい」ガンダム好きの夫へ妻がクリスマスプレゼント

ガンダムに詳しい方教えて下さい。 : 生活・身近な話題 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

こりゃあ、ええ話ですな。

やはり、「嬉し度」で言うと、PGか。PGのZかMk-II辺りなら、狂喜するんじゃないですかね。

百式とかフリーダム系のフォルムが好きと仮定すると、GP01とか。ウイングガンダムは違う?

自分を驚かせ、喜ばせようとして贈られたものなのだから、何であっても、メチャクチャ嬉しいでしょうねー。

意表を突いて、木彫りガンダムとか。…いや、つい最近、店頭に展示してあるのを見かけたのです。

しっかし、掲示板、アツいなあ。

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属性

相当素朴な感想です。

私は、ネット上に言論を開陳する際は実名で行うべきだ、という意見って、よく理解出来なかったりします。そういう類の事を言っていて、自分は凄まじく暴力的な文章を書く人も、たまーに見られますが、あれって、実名を公表しているから、という理由で正当化してるんですかね。よく解らんですが。

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臨床心理学における―2

臨床心理学における科学と疑似科学 Book 臨床心理学における科学と疑似科学

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ざっと目を通しました。

良書だと思います。巷に溢れる心理療法について、どのような科学的研究がなされているかを紹介し、それが科学的に効果があるのか無いのか、という評価を行っています。

ただ、それほど読みやすい本とは言えないかも知れませんね。一般向けの本では無いので、心理学・実験科学の術語が、当たり前のように出てきます。

タイトルからは、挑発的な内容か? と思われるかも知れませんが、私としては、穏当で、中立だと感じました。

なかなかのボリュームで、心理臨床における様々な方法と、その科学的根拠についてを概観するのに、うってつけの本であると言えます。

参考:安原さんの書評⇒「臨床心理学における科学と擬似科学」|女子リベ 安原宏美--編集者のブログ

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未確認飛行物体 龍球

しょこたん“UFO肯定派”の町村官房長官を一喝!(産経新聞) - Yahoo!ニュース

ほう。

メリン-しょこたん☆ぶろぐ(※しょこたんのブログはベリーヘビーです。)

ヨーゼフ-しょこたん☆ぶろぐ

さめざめ-しょこたん☆ぶろぐ

…ほう。

色々な意味でカオス。

て言うか、産経には驚かされますな。まあ、あの記事自体をネタと捉えてくれ、って事なのかも知れないけど。

それから。

しょこたんは、懐疑論者の本を読んだ方がいいですね。しょこたんの賢さなら、セーガンの本でも読めば、琴線に触れるでしょう。よく解らんけど。

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実写版映画『ドラゴンボール』亀仙人役はチョウ・ユンファに決定(シネマトゥデイ) - Yahoo!ニュース

さあ、面白くなって参りました。

なんか、身体が震えるほどの作品に仕上がりそうな予感。

そうそう、実写繋がりで。

男塾のトレイラーが、Gyaoにありました。塾長は不破恒大麿さんでしたね。結構ハマり役かな。

え、観た感じどうだったかって? 実にいいB級アクションに仕上がっていそうです。

ところで、「B級アクション」って、どういう意味?

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世話

ケータイ小説と、それを読んで感動した、と言っている人を罵倒したりするのって、「もっと良いものを知った方がいい」、という「老婆心」なんじゃないですかね。ものすごーくポジティブな表現をするとね。

つまり、素組みしたガンプラを見て感動するとか、合気道で2級を取り立ての人の演武を観て「すげー!」と思う人とかに対して、石川雅夫氏の超絶パール塗装を施した物を見ろ、とか、塩田剛三師範の演武を観ろ、と言うとか、そんな感じかな。

色々なものを知って、感激の閾値を上げるのを望んでいる、と言うか。

もちろん、「自分は良いものを知っている」という自尊心もあろうとは思いますが、それは置いときます。

※私自身は、ケータイ小説の罵倒の仕方には、全く賛同していません。誰でも読める場に書く、という意味では。プライベートではいいかも知れませんが。amazonの書評で、「いかに下らないか」を書いているものを見かけますが、私には全く理解出来ない。それと、ケータイ小説に関して個人的な感想は、持っていません。何故なら、ちゃんと読んだ事が無いから。「ケータイ小説」と括るのがどれほど妥当か、という気もしますが、まあ、ベストセラーになっているものを指しているのでしょうね。

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解説のあり方

興味深い話題⇒So-net blog:Chromeplated Rat:荒川静香の解説(フィギュアスケート)

コメント欄のやり取りもどうぞ。私のコメントは、poohさんの主張にほぼ同意した上で、大部分は、菜々子さんに対して意見したものだったのですが、ほのかに誤解されたような気も、しないでも無いです。私が書いた、

明らかなのは、我々には、よほど近しい関係で無い限り、対象の胸の内など、推測しか出来ない、という事です。解説の仕方をどう感じるかは、多分に、私達の受け取り方、つまり解釈次第と言えます。

この部分は、たとえば、荒川さんが浅田選手に個人的にネガティブな感情を持っている云々と考えるのはほとんど無意味なのではないか、という意味合いでした。もちろん、荒川さんを非難している人に対して掛かっています。私自身は、具体的に淡々と解説する事は、それ自体を歓迎すべきだろう、と思っています。そこに、絶妙な実況のスパイスが加わるのがいいですね。

ちなみに、実況云々の部分(切り出さない云々)は、実況担当者が解説者からどのように「引き出す」かもポイントかな、という意味ですね。実況が的外れな事ばっかり言っている横で、丁寧で淡々とした解説が続くと、視聴者は「噛み合って無い」感を憶えるだろうな、と。

軽く関連しそうな、私が書いたエントリー↓

Interdisciplinary: 過剰

Interdisciplinary: 華美

前者は、競技中の実況・解説や、競技直前の選手紹介の事も念頭に置いて、書きました。

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内在

読みましょう⇒「いっちょ有効なニセ科学批判批判論でも考えてみるか→すぐに挫折」から考えたこと - 思索の海

深く納得。

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ちょっとした余談。

たとえば、ニセ科学論について纏めを作ろう、という議論で、なかなかスマートにはいかない、という話が、poohさんの所で出たりしました。スマートにするという事は、解りやすくするという意味で、それは結局、色々なものを削ぎ落としてしまう、という事でもある訳だから、批判の仕方そのものをも批判の対象にしよう、という部分が、抜け落ちてしまう可能性があるのですよね。かと言って、それを詳しく論ずると、決してスマートにはならない。そういったジレンマがあるので、なかなか悩ましい。だから、「両方」必要なのでしょうね。解りやすい纏めを作りながらも、各論に誘導するようにする。「めんどくさい」のが嫌いな人は、なかなか突っ込んで調べてくれない。だから、階段の一段を低くするような努力が必要なのかな、なんて思っています。

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取り組み

山陰中央新報 - ノーテレビ実践 松江の家庭ルポ

 ゲーム漬けで脳機能が低下する「ゲーム脳」に警鐘を鳴らす講演を聞いたの機に、玉湯幼稚園の保護者がゲームの機会を減らそうと結束。子どもたちは最初は「なんで」と不満そうだったが、じきに外で鬼ごっこをしたり、おもちゃで遊んだりするようになった。(引用は、原文ママ)

うーむ。この時点で、何か重大な事を、見落としているような。

子どもたちは他家でゲームに触れる可能性があるため、成功のカギは一家庭にとどまらない「地域ぐるみでの取り組み」だと実感したという。

そこまでして、ゲームから離すのか…。

ゲーム時間を減らす事そのものには、別に反対はしません。リズムを作るのは、大切かも知れないし。でもそれは、地域ぐるみでやる事なのだろうか。しかも、わざわざ、ゲームとテレビに限定して。

中2は平日平均118分、休日同147分で、全国より9分と5分長かった。

9分と5分…。ばらつきは?

時間を減らすのはいいけど、せめて、「嫌わせない」ようには配慮して下さいね。積極的に遠ざけると、それを嫌悪する、というのは、往々にしてありますから。

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ニネーン

多分、今日で、ブログ開設2周年です。

我ながら、よく続いているものだな、と。ほぼ毎日書いてるし…。

このブログの97%は、皆さんのコメントで出来ています。

これからも、忌憚の無いご意見を、バンバンお願いします。

こんごとも よろしく・・・。

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いつの間にか

アクセスログ見てたら、 Wikipediaからアクセスがあったので、辿ってみたのですが。

疑似科学 - Wikipedia

何故か、ここへのリンクが。代表的…。

しばらく読んでいなかったのですが、履歴を見ると、かなり頻繁に更新されているのですね。結構情報が充実していて、いいですね。相当ニセ科学論について押さえていらっしゃる方が更新しておられるように、見受けられます。「ニセ科学」という語の用法も、きちんと説明されていますし、良くない疑似科学批判についても、触れられています。

追記:この件に関しては、コメント欄必読。

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どこに学識があるの?

何か事件が起こると、識者と「称されている」・「呼ばれている」・「どこかの誰かが言っているかも知れない」人達が、自分の経験を基に犯人像を想像し、自説をテレビなりで開陳しますね。

あれ、相当程度に危険だと思うのですよ。色々な意味で。たとえば、視聴者にバイアスを掛けてしまったり、(バイアスという意味で、前者と重なるけれど)特定の属性を持つ人々に不当な印象を植え付けたり。

そもそも。

大部分の「識者」と呼ばれている人は、ある組織の中で、仲間と連携し、様々な情報を得られる環境にあったればこそ、良い仕事が出来た訳で(だから、元○○という肩書きは、ほとんど意味を持たない)。特に、精神分析系の人が、ごくごく限られた情報から犯人像を導くのは、あれはダメでしょう。普通の認識力があれば、「それだけじゃあ、何も解らん」、となるはずです。

で、それが当たれば、優れた洞察力の持ち主として、評価される。はずれたとしても、情報が充分で無い事そのものは、皆解っているのだから、目立った批判は無い。そもそもメディアが訊いている訳ですから、メディアがその人を批判するというのは、考えにくいのですよね。何故か、民放各局で、同じ人を見たりしますし。

経験や実感を過度に一般化するものでは無いと、私は思います。

しかし、上に書いた、報道の構造。巧みと言えば巧みですね。もちろん、ネガティブな意味を込めて、ですが。

最後に本音。

恐らく大部分の事例に当てはまるであろう事を尤もらしく並び立て、さも優れた洞察と知識を持っているかの如く持論を開陳する、誰が認めたか定かで無い「識者」・「専門家」がしたり顔でものを言う状況は、正に、笑止千万であると言えましょう。

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停滞

kikulogの件。

ABO FAN氏、ひたすら答えませんね。何故だろう。他の事は、結構すんなり答えたのに。

以下、私のコメント(TAKESAN  — December 15, 2007 @01:03:46)の解説。

ABO FANさん
 >ひょっとして、母集団云々の話ではなく「血液型と性格に関係が
 >ある」の定義ですか?
両方です。

定義は何度も訊いたけど、わざわざあちらから水を向けてこられたので、両方、と答えた。

まずは、全数が調査出来て、割合に違いがあったら、という話です。全部調べたとして、差が0で無ければ、「関係がある」と言って良いのか、と訊いています。

核心かも知れない。ちなみに、常識的に考えれば、「それだけでは関係あるとは言えない」、となるはず。しかしABO FAN氏は、恐らく、そう答える事は出来ない。何故なら、差が有意であったから関係があると言える、という前提が崩れてしまうから。ちなみに――私のこの質問、かなり素朴に見えるかも知れません。何の割合か、とか、母集団は何か、とか、書いていないので。しかしそれは、わざとです。「ABO FAN氏が考える」所の差で良い訳です。私が知りたいのは、差が0で無い→関係あり、と認めるかどうか、なので。詳細をこちらが書くと、そこから拡散される可能性がある。

 >それなら、私だけが認めても意味がありませんので、この質問は無
 >意味です。
いいえ。
初めから、ABO FANさんの定義を知りたいと思っているのです。「関係ある」の定義はお持ちでしょう?

他の方が云々というのは、いつものやり方なので、さらりと流しておきましょう。「”関係ある”の定義」を「持っていない」、とは絶対言えない。定義も無いのに「ある」とは言えない。

 >どういう条件なら他の人が認めるのか、という質問であれば回答し
 >ます。
 >よろしいでしょうか?
よろしくありません。
他の人の事が知りたいのなら、他の人に伺います。ABO FANさんがどう考えるのかを、知りたいのです。

これを認めると、「有意差」という語が、また出てくる。ループしてしまう。

※念のため。
「定義」は、「有意」という語を用いないで説明して下さいね。

ループさせないための念押し。有意差が見られる事が定義だ、というとんでもない事を言わせないようにした。

普通、自身の認識がナイーブに取られないように、注意深く言葉を用い、入念に文の整合性をチェックして、ある程度長文になっても、補足を入れるなどして、文を構成しますが、ABO FAN氏とのやり取りでは、敢えて、ごく短文、質問は少数、他の方から素朴と見られても構わない、という書き方をしています。とにかく、ABO FAN氏が何を考えているのかを、知りたいのです。

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弁別

産経妙に、ニセ科学関連記事⇒【産経抄】12月14日 - MSN産経ニュース

きくちさんのお名前も出ています。

で、記事に、ちょっと反論。

 ▼一方で、製造年月日の表示が消費期限や賞味期限に変わったことの弊害を指摘する専門家もいる。かつては、日にちがたった食品のにおいをかいだり、味見をする光景はどこの家でも見られたものだ。今や食べられるかどうかの判断を、すべて作り手にゆだねてしまった。五感の衰えは、本物とニセモノを見分ける力の低下につながっている。

特に後半。ちょっと違うと思う。
五感の衰えとかでは無くて。

期限を超過しても品質にさほど違いは無いだろう、という信念が、自分達の行為を正当化した、と考えるのが、妥当かと思います。結局、どうせ気付かれないだろう、という微妙なラインを狙って、やっている訳ですから。そういう意味で、物凄く悪質なのですね。

消費者にそういう能力を求めるというのは違うと、私は思っています。前に、人造ダイヤ云々の話を書きましたが、食品の味を、しかも消費期限とかを数日ずらした、という所を区別出来るように見分けられるか、というと、そんな事は無理でしょう。と言うか、一般的に、味やにおいに顕著に違いがあるものなど、売る訳が無い。

消費期限が過ぎたお菓子とかを、においを嗅いでみたり、ちょっと食べてみたりして、「うん、大丈夫だ。」と言って食べる人って、いますよね。基本的に、そういう感覚で、やっているんだと思います。売る側がそういう事をやるから、極めてあくどいやり口と言えるのです。

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超弩級

痛いニュース(ノ∀`):【mixi】“ゴキブリラーメン”書き込み騒動で、バーミヤン激怒…問題の大学生の父親「あいつ、また何かやったのか…」

ZAKZAK:今度はバーミヤン激怒“ゴキブリラーメン”騒動勃発

うーむ。

なんか、凄いですね。色々な意味で。

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NKHH

こしだのITジャーナル ●ニセ科学批判批判?に思うこと

感想。

  • 議論において、誠実な態度を保とう、というお考えだという事は、窺える。
  • 文章を慎重に書こうとするあまり、表現が過度に婉曲になってしまい、文の趣旨が、とても見えにくい。
  • どの部分が校正されたのかが明示されていないので、校正前との比較がしにくい。追記部分以外も、修正してありますよね?
  • 言及先ブログの管理者(poohさん)及び、コメンテーターの方々の発言の要約が、あまり正確で無いように思える。皮肉の意味合いを付加してしまっているように、私には感じられました。例↓
    • ”その方が曰く「コメント欄ににぎやかな人がおいでになっているだけのようですが、何か?」。”←「~が何か?」って、一般的に、かなりネガティブな表現で用いられると思います。
    • ”しかしニセ科学批判の側の方々から「であなたは炎上でないものを炎上みたいに書き立ててバラエティー記事でも書こうとか?」という非常に不本意な方向に話が進みそうなので”←このカッコ内の部分、どこの事なのか、判らない…。

後、これは、poohさんのブログのコメント欄を読んでいて思った事なのですが。

あまり、謝罪を繰り返すのは、よろしく無いように思います。不快に思われたかどうか、という所にクローズアップし過ぎているような印象を持たれるかも知れません。以前、別のブログ(冬枯れの街)でも、同じ様な事がありました。不快感を与えたというのは事実でしょうけれど、その根拠には、妥当で無い読まれ方をされた、というのがある訳で。尤も、こういう「態度」の問題に、あまり口出しすべきでは無いのかも知れませんが。

ところで、炎上という概念、なかなか難しいですね。捉え難い。個人的には、投稿者の数の多さ、というのが条件に含まれる気もしています。後、言葉遣いの苛烈さとか、投稿者の論理性の乏しさとか。無理に定義する必要も無いでしょうけれど。

最後に、koshidasuiさんに申し上げたい事。

ニセ科学を批判する人間には、科学者で無い人も多く含まれる、というのも、念頭に置くのが良いと思います。

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ごくん

とあるネットラジオを聞いていたら、学力低下とかの話が出ていました。

どうやら、パーソナリティの方は、(テレビか新聞かは判りませんが)メディアの報道をそのまま受けて、学力は低下している、そして、それはゆとり教育が原因、というのを信じていたみたいですね。後、モンスターペアレントの話もしていました。で、だから日本はダメになってしまう、という意味合いの感想で結んでいましたね。

それを聞いていて、ああ、メディアの情報を鵜呑みにしてしまうのは、やはりあるのだな、と、改めて、思った次第。そこからは、なかなか、ホントに学力って下がってるの? とは、考えないものなのでしょうね。結構それは、一般的な認識なのかも知れません。

たとえば、マスメディアの報道なりを見て、それに関する情報をネットで確認する、という癖があれば、色々な角度から考える事が出来るのですよね。メディアによって、ちょっとずつ内容は違うから、それらを総合して考えられる。場合によっては矛盾が見られたりして、ではどれが妥当なのか、という所に、認識が至る。

そういう意味では、まず鵜呑みにしない、というのが、メディアリテラシーの重要な因子なのかな、なんて思います。

よく噛んで食べないとね。