« 専用 | トップページ | 純金、20周年 »

2007年11月14日 (水)

キゴウが嫌い

論理的な考えが身に着いていない、とか、それを好まない、とか、あまりものを考えない、という言い方がありますね(場合によっては、そうなった、と言われる)。

私としては、そういう事は無いんじゃないかなあ、なんて思っています。

ストーリーの複雑な物語とか、頭の体操的なパズルみたいな、いわゆる「頭を使う」ものは、それなりに、一定の人気があるんじゃないかなあ、と。コナン観て犯人を当てようとする、とか。

で、私が考えているのは、ムツカシイ事を考えるのが嫌いなんじゃなくて、「記号」が嫌いなのでは? という事ですね。

きっかけとしては、やはり、学校の授業や試験勉強かな、と。

公式なり記号なりが何を意味するかを充分咀嚼しないまま、取り敢えず型を憶えて使う。それは、内容をおざなりにして、表面をなぞるだけなので、身に着かない訳ですね。当然、「面白さ」なんて、皆無です。

興味無い人にとっては単なる意味不明な記号の羅列であっても、実際には奥深いものなのですよね。先人達の叡智の結晶。

本当は、そういうものを暗記するなんて、無意味とは言わないけれど(「試験に役立つ」とか、「後で勉強しようと思い立った時に、記憶に残っていると若干便利」、等の意味があるから)、かなりの程度、無駄な作業ですね。

じゃあ、どうすれば良いか、というと、その意味とか面白さを気付かせればいい、という事なのでしょうけれど、それを出来る人が、どれだけいるだろうか、と。先生も大変でしょうしね。

記号を嫌う教育をしてるんじゃないか、なんて感じるのは、さすがに考え過ぎかな。

毛嫌い、なんですよね。俗に言う「アレルギー」。何の役に立っているかがさっぱり解らず、しかも、それを解るためには、何らかのきっかけで、勉強してみよう、と思わなければならない。で、そんなきっかけなんて、滅多におとずれない訳で。

こういう時に、マスメディアが力を発揮するといいんですけどね。NHK教育なんかでは、いい番組とかありますね。後、たけしさんの数学の番組なんかも(ちゃんと見た事無いけど…)。そういうのが増えていけば、良い意味でのメディアの影響を、与えられるのではないですかね。マスメディアのエンターテイメントを付加する力は、やっぱり凄いものがありますからね。

あ、この間、インド式計算の本を、ちょっとめくってみました。

あれって、普通の計算ですよね。むしろ、あれが、一つのメソッド的なものとして捉えられている事に、びっくりしました。尤も、ちらっと見ただけなので、ちゃんと解ってないのかも知れませんけれど。

------

もっと言うと、「数学における記号が嫌い」、なのかも。

先入観とか、周りの人の意見とか(別に数学が出来なくても云々、とか)から、それを毛嫌いするのかな。で、それを一般化して、なんだかよく解らない記号っぽいもの全般を嫌いになる。

私は、小学4年だか5年だかの頃に、BASICを始めて、100%独学で、ちょっとしたプログラミングは出来るようになりました。そんな事、小学生でも簡単に出来る訳ですね。興味を持てば(言うまでも無いかもですが、動機は、「ゲームを作りたい」、というものでした)。

でも、数学は、もう、全く嫌いでしたね。まさに、「何の役にも立たないだろう」、という中二病的認識で。

プログラミングと、論理や数学って、本質的に繋がっているのですよね。なのに、プログラムは凄まじく面白かったけど、数学の教科となると嫌いでした。上手くいけば、プログラミングをきっかけにして数学にも興味を持つ、という方向にいけたのかも知れませんが、残念ながら、そうはならなかったんですねえ。

|

« 専用 | トップページ | 純金、20周年 »

「文系/理系」について」カテゴリの記事

「社会論」カテゴリの記事

コメント

TAKESANさん

おはようございます。

私の家族が算数を嫌いになったきっかけは「ハジキ」の法則だそうです。

この前フジのバラエティ番組でもバカドルがこの「法則」を引っ張り出していましたが、正解には辿り着いていませんでした。

私自身は教師からいろいろと教えてもらった記憶は無いのですが、教師の教え方も意外と大切なのかもしれないと感じた出来事でした。

投稿: Noe | 2007年11月14日 (水) 08:51

 小学~中学ぐらいのとき、プログラムで弾道の計算のため二次関数とか三角関数とか使ってたので、「数学(算数)は役に立つなぁ」と思っていました(笑)
 数学については、関数以外はそんなに得意じゃなかったですが。

投稿: newKamer | 2007年11月14日 (水) 09:32

Noeさん、今日は。

 >「ハジキ」の法則

あー、ありましたねえ。私の地元では、別の憶え方でした。
ああいうのって、ビジュアルで展開するなりすれば、「意味」は解るものなんですよね。なのに、単なる記号の結び付きを暗記すると、そのアイドル(私もその番組、観たような)みたいな事になっちゃいますね。逆に、意味を解っていれば、そういった憶え方も、ちょっとうろ憶えの知識を引っ張り出して使う際に、大いに役立つ訳で。

私が数学を嫌いになったのは、中二辺りですかね。一体何を計算しているのかが、全く解らなくなった時。テストの点が、他の教科より20点近く低かったり…。

------

newKamerさん、今日は。

私も、もっと本気でやっていれば、色々関心を持っていたのだと思うと、残念ですねえ。

大人になってからやり直すと、目から鱗が出っぱなしであります。割り算の意味を知ったのも、20歳過ぎてからだし(笑)

なんで負数同士の掛け算は正数になるの、とか、分数の割り算で、割る数の逆数を掛けるのは何で、とか、ちゃんと(色んなレベルはあるにせよ)やるべきなんですよね。

投稿: TAKESAN | 2007年11月14日 (水) 13:00

こんにちは。

僕は幸運にも記号アレルギーにはならずにここまで来たのですが、僕の分野(言語学)にはちょっと面白いというか困ったパターンがあります。
言語学って、実は?記号がばんばん出てくるんですよね。意味論なんかほとんど数学みたいな分野もありますし。あと、分野によっては統計もきっちりできてないといけなかったりします。
で…
1.数学が嫌い/苦手で文系の学科へ進学
2.言語学と出会い、興味を持つ
3.院に進む
4.大量の記号に出会い、悩む
という人が結構います。

まあ、論理的な思考ができる人は大体きっちり乗り越えていくんですけど、そういう人に話を聞くと、やっぱり「ただキゴウが怖かった」って言ったりしますね。

コンピュータ、プログラムってのは記号に慣れる一つの良い機会だと思います。実際に何かが作れてそれが動くって楽しいですよね。

投稿: dlit | 2007年11月14日 (水) 18:49

dlitさん、今晩は。

やっぱり、「文系」に分類されている、という所から、そうなるのかも知れませんね。文系に含まれる心理学でも、統計は普通に使いますし、計量心理学みたいな分野もありますしね。

プログラムは、取り敢えず完成させないと、動かす事も出来ないし、ちょっとしたミスがあるだけでバグるので、論理的な思考も鍛えられるし、記号にも慣れる事が出来ますね。それでも、「数学」は嫌いでしたけど。
って、プログラミングは ほぼ忘れてしまった人間の意見ですが…。

------

ヘキサゴン観てますけど、下位の人達の、算数問題の答え、マジなのか演出なのか解らんなあ…。

投稿: TAKESAN | 2007年11月14日 (水) 19:46

高校に入ったばかりの時に風疹で3日休んで、登校してみたら数学が分からなくなっていたpoohです。

なんと云うか、日常で思考する経路と、記号を使って抽象的に考える経路って、当然ながらギャップがありますよね。そのギャップが自分のなかでどんなふうに(感覚的に)埋まるか、と云うことでもあるんだろうな、と思います。
プログラミングはその点、抽象的な思考であっても「実際に動くか、動かないか」と云うかたちで具体的に結実するので、そのギャップを埋めやすいのかも。

投稿: pooh | 2007年11月15日 (木) 07:57

poohさん、今日は。

数学にしろ物理にしろ、高度に抽象化されると、どんどん直感的認識とは離れていくのだと思いますが、そこにいくまでには、身近な現象と結び付けたりして教えるのがいいですよね。そういう意味で、教科書なんかは綺麗過ぎる、と思わないでもないです。尤も、それは教材だから、教員の教え方も関わってきますけれど。

その点、プログラムは、アルゴリズムと記号との結び付きをちゃんと理解しないと出来ないし、何をさせるか、というのを考えて組み上げていくので、良いですね。

投稿: TAKESAN | 2007年11月15日 (木) 12:30

言語学って あっちでなくてこっちのもんですよね
チョムスキーはMITの人だし(言語より政治の人って感じですが)

>大人になってからやり直すと、目から鱗が出っぱなしであります。割り算の意味を知ったのも、20歳過ぎてからだし(笑)

なんで負数同士の掛け算は正数になるの、とか、分数の割り算で、割る数の逆数を掛けるのは何で、とか、ちゃんと(色んなレベルはあるにせよ)やるべきなんですよね。

言いたい事、痛いほどよく解ります はい。

---某ドラマのセリフより引用---
数字をわざとややこしくして、いったい将来何の役に立つのか
私は今まで連立方程式や平方根を使ってる大人を見た事がない
そんな勉強、無駄じゃないのだろうか。
---引用終---
(google it up すれば何のドラマかすぐ分かります)

解りやすく簡潔にしている記号が わざとややこしくしてると感じるのでしょうね。

ガリレオ教授のヒラメイタ時に書く数式はなんなのかよくわかりませんが、たぶん一休さんのピィーーンを具体化したイメージなんでしょうね
でもガリレオはまってますわ。

---
ヘキサゴン、あれ電卓使ってるんですね。
プライスレスとか素晴らしすぎます
---

投稿: 躯 | 2007年11月15日 (木) 14:40

ううう…。

コメント書いてて、間違って、タブを閉じてしまった…。

気を取り直して。

------

躯さん、今日は。

一見ややこしく感じるものも、実はやってみると面白いものなのだ、というのを知らしめるのが肝腎かな、と思います。
「自分の」将来に、どう役立つか(実際、役立たない事がほとんどだろうし)、より、それが役立てられて生み出された物が身の周りに溢れている、というのを教えるのが良いですよね。工業製品なんかは、科学技術の発展無くしては存在し得ない訳ですしね。
きっかけは何でもいいんですよね。雑誌の付録のテルミンから音が出る原理を知りたい、とか。

ガリレオ、最初の方を見逃してしまったので、観ていないのです…。観ようと思ってたんですけどねえ。

ヘキサゴンは、凄いですね。Paboとか、つるの・上地・野久保の三羽烏とか。

投稿: TAKESAN | 2007年11月15日 (木) 15:29

私はこの記号嫌い(数学嫌いといってもいいかも)に関しては、やはり学校教育に問題があると考えています。
正直な話、カリキュラムにも教科書にも工夫が足りないと思うんですよ。
特に中学高校あたりの。
これは私の個人的な体験談なんですけど、高校の頃に微分の概念が分からずにつまずいてしまったんですね。
で、そういう時に教科書を読んでも教師に聞いてもハッキリとは分からなくて。
それで独学でなんとかしようと本屋で高校レベルの参考書を買ってきて読んでみたんですが、これもどれも似たり寄ったりの内容でまた理解できなくて。
それで私は、「大学レベルの数学の本なら、また違った記述の仕方をしているかも」と思って、解析学の本を買ってきて、それのイプシロン・デルタ論法の解説でようやく微分の意味が分かった事がありました。
つまりかなり抽象的な数学を使っても、もっとわかりやすい問題へのアプローチってあるし、それは出来るはずだと思うんです。
以前、数学者の遠山啓の「水道教育」の話をここでした記憶があるんですが、小学生でもインド式数学よりも初歩的な集合論のほうがイメージしやすいのではないかと。
そろばん教育の延長線上にある算数教育より、ずっと豊かな教育だと私は思っているんですけども。

投稿: 内海 | 2007年11月15日 (木) 22:50

>TAKESANさん
>>ヘキサゴン観てますけど、下位の人達の、算数問題の答え、マジなのか演出なのか解らんなあ…。

私はハロプロファンなので、デビュー直後から里田まいの事を見てきているですが(^_^;)
少なくとも里田はふざけたり、演技であの答えは出していないと断言できます(^_^)
あれは本気です。
彼女がヘキサゴンでブレイクする前に、里田が出演するイベントに参加した事があるんですが、そのイベントのクイズコーナーで「8×7はいくつ?」という問題が出たとき、里田は思いっきり「49?49だよね?」と最前列の観客に答えを聞いていました。
正直な話、こんなエピソードは里田は山ほど持っていると思いますf(^ー^;

投稿: 内海 | 2007年11月15日 (木) 23:16

内海さん、今晩は。

前のコメントへのレスが、ちょっと長くなったので、エントリーにしますね。

------

それはなかなか凄いエピソードですねー<里田さん

躯さんも書いておられましたけど、昨日のヘキサゴンでの「プライスレス」(野久保さんの答えだったかな)は、いいセンスでしたね。つるのさんの授業っぷりが、光ってました。

ふと、めちゃイケを思い出しました。hamaguche氏の最強伝説が懐かしい…。今なら、逸材が一杯ヘキサゴンで見出されたから(リングスみたい)、復活して欲しいなあ。

投稿: TAKESAN | 2007年11月15日 (木) 23:33

>TAKESANさん
社会学でも分野によって統計は使いますよね。
今はソフトの使い方さえある程度マスターすれば統計の結果は出せてしまいますが、自分が使った検定がそもそも何をしているのかとか、この状況でこの検定は使えるのか、といったようなことには結構疎い人がいたりしますね。
うちの分野や心理学は、文系/理系の区別と縦割り研究科行政の悪い影響をまともに被ってるとつくづく思います。

>躯さん
おお、おっしゃるとおりで。
チョムスキー以前にも、構造主義や論理実証主義の時代にも実は科学論の前線の方で議論を提供したりしてたんですけどね。
日本だと変な日本語系テレビ番組などのおかげで?日常生活では「昔の言葉とかを良く知ってる人たち」ぐらいの扱いですね(^^;

数学関係の雑誌に載る第一線で活躍してる数学者の思い出話なんかを読んでると、高校や大学の初期の方では数学が苦手だったとか、ついていくのがやっとだった、みたいな記述を結構見かける気がします。

投稿: dlit | 2007年11月16日 (金) 14:59

dlitさん、今晩は。

ブラックボックスの中身に無頓着過ぎて、どういった操作がなされているかを解らずに使う人も、いるみたいですね。
某生物統計の本をちらっと見たら、必ず有意差の出る検定があると思ってるキャラがいたり。現実にも、似た様な考えの人が、いたりするのかな…。あ、kikulogに約一名、興味深い方がいらっしゃいますね。

▽▽▽引用▽▽▽
日本だと変な日本語系テレビ番組などのおかげで?日常生活では「昔の言葉とかを良く知ってる人たち」ぐらいの扱いですね(^^;
△△引用終了△△
町田健氏とか、まさにそう思われてるかもですね。タモリさんのあの番組で、ソシュール関連の話でもしたら、おおっとなるのですが。

昔、生成文法関連の本を眺めて、ナンダコレハ? となった事があります。バリッバリの「記号」でした。

話は替わって、現代思想なんかでは、数学や物理を変に援用してしまう事も、あるみたいですね。ソーカルとブリクモンの本で批判されていましたけれど。ゲーデルの不完全性定理なんかは、そんな風に使われる代表なのかな。
武道関連でも、よく見ますね。概念の意味を全く解ってないでしょ、的なのとか。

投稿: TAKESAN | 2007年11月16日 (金) 18:40

日本はおはようございます、ですね。

>統計
僕も統計は基本的なところしかやってないので、ここでのTAKESANさんとちがやまるさんのやりとりとか、kikulogの議論は非常に勉強になっています。実際にお相手をされている方々は本当に大変だと思いますけど…

>町田先生
町田先生は大学でも学生に非常に人気のある方のようですが、一般受けする話が上手「すぎる」ところがあるような気がします(^^;

>数学とか
言語学にもまさに数学などの間違った形での輸入という問題はあって、生成文法の文献などでも、本当に数学や哲学への造詣が深い人が書いた興味深いものもあれば、よくわからずに(あるいは誤解して)ただ記号を書き散らしているような人もいます。
まあ生成文法自体の体系すら誤解して使ってしまうような人もいますけど…なんかネガティブキャンペーンになってますねえ(笑)

ただ、ある程度抽象的な議論を考えるようになると、数学や物理の概念や議論が非常に魅力的に映るというのは痛いほどわかります。自分も昔不完全性定理にはまった時期がありましたが、学生時代で良かったとつくづく思います。

投稿: dlit | 2007年11月17日 (土) 10:19

dlitさん、今日は。

ちがやまるさんには、教授を頂いている、という感じです。ありがたい事です。
kikulogの皆さんは凄いですよね。私は、書き方があんな風なので、比較的、気は楽ですけれど。

町田氏は、喋りも聞きやすく、説明も明快で、視聴者にも受けが良いでしょうね。

やはり、色んな分野で、妥当で無い援用は、行われるのですねえ。
メタファーとして使いやすい場合もあるのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2007年11月17日 (土) 12:03

放送大学のこの科目の、講義概要とシラバスの説明に書いてある文には、まさに、激しく同意ですね⇒http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/kyouyou/ippan_shizen/1135503.html

http://www.u-air.ac.jp/hp/kamoku/kyouyou/ippan_shizen/s_1135503.html

大学に行って初めて、数学や科学の面白さが解った、と言う人もいますよね(私も、面白さに気付き始めたのは、20歳過ぎてから)。それは、現行の学校教育(特に、中学・高校)の問題点を暗示している、とも考えられるのかな。

投稿: TAKESAN | 2007年11月18日 (日) 02:37

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/13103/8906877

この記事へのトラックバック一覧です: キゴウが嫌い:

« 専用 | トップページ | 純金、20周年 »