« 二刀、武術書 | トップページ | 教えて貰う事 »

2007年11月 7日 (水)

批判を受け容れる事

遊鬱さんのブログでのやり取りを見てました。
で、こちらのブログをご紹介⇒Tsukasa Blog | 湊屋さんとふみこの、ちょっといい関係

批判を受け容れて、それに対して誠実な態度をとったという、一つの事例なのではないかと思います。※ただ、「申し訳無い」というのを仰り過ぎな気もします。遊鬱さんも仰っていますし、私も別の所で、似たような事を書きましたが、批判の根拠というのは、自分が愛好しているものを非難されたから「だけ」では無いので。

そういう意味で、藁人形ばかり攻撃する人とは正反対かな、と。

坂元氏や浜井・芹沢氏の本を基にした記事などを書かれるのを、期待します。厳しい見方をすると、「単に謝意を表明した」、というだけに見られる可能性もありますので…。

※なんだかんだ言って、批判を受け容れるというのは、かなり難しい事です。

------

超余談。

ツカサ社長さんのブログを見てみて下さい。これ以上は説明しないけど…。

|

« 二刀、武術書 | トップページ | 教えて貰う事 »

「メディア論」カテゴリの記事

「文化論」カテゴリの記事

「社会論」カテゴリの記事

コメント

 批判や間違いの指摘をされたとき、謝らなければいけないとか、謝るべきだとかいう考え方があるようですが、これってあまり良くない文化だと思います。

 「批判や間違いの指摘をされること」=「悪い」みたいな感じになっちゃいますし。

 ここら辺ってなんとかならないかなぁと思いながらも、全く策がありません。「謝る必要はない」ということを説明するようにはしているんですが。

投稿: newKamer | 2007年11月 7日 (水) 09:31

newKamerさん、今日は。

そうなんですよね。
批判者に対して、批判された側が謝り、批判者がそれについて、それは必要無いですよ、と返す、という場面を、結構見る事があります。

もちろん、批判された側が、誰かを誹謗中傷していたり、特定の文化なりを非難していた場合には、謝意を示すというのは、誠実な態度であると思うのですが、批判した側としては、間違いを指摘しているのがメイン(動機は別にして)なので、あまり強く謝られると、そんなに謝らなくても、と思うのですよね。

投稿: TAKESAN | 2007年11月 7日 (水) 12:14

こんにちは、TAKESANさん、newKamerさん。

 別にきちんと謝らなくてはならないというほどのものではないのですが、ただ「表現をする」ということの根底にある「他者に同意・同調を求めたい」という意識はきちんと持っておいて欲しいわけです。

 poohさんのところでも少し書いたのだけど、「思想の自由」は無制限な自由だけど、「表現の自由」は「他者に影響を与える」事により制限を受ける訳です。順番に考えると間違った考えであっても「考えただけ」なら他者とは独立しており批判の対象とはならないというか、他者が知るところとはなりませんから批判が起こりようもないのですね。批判が起こるのはその考えたことが「表現された」ことによって起こるわけです。この「表現する」という事がその基本において「他者に何らかの影響を与えようとする」行為であるという認識があると、批判というのがその部分に対してなされたことであるということも理解できるのではないかと思います。

 それゆえ、自らが「表現する」という事を「他者へ影響を与えようとする行為」と理解していると、自ずと「影響を与えようとした」事の強弱に応じた謝罪の強弱もまた生ずるのだろうと思います。

投稿: 技術開発者 | 2007年11月 8日 (木) 04:36

技術開発者さん、今日は。

poohさんの所での、そのご意見は、参考にしています。ここの、別のエントリーでも、それを踏まえた事を書きました。

「他者へ影響を与えようとする行為」は、様々な可能性を持っている訳ですよね。方向性も色々だし、強さも色々。表現というものには、そういうベクトルがあるのだと思います。

だから、そこを自覚し、自説に対する批判を想定しつつ主張をする事が、肝要なのでしょうね。これが即ち、メタにものを見る、という事の一つ、なのだと考えています。

湊屋さんは、遊鬱さんや他の方々の指摘によって、自分の説を客観的に見直すきっかけを得た訳ですよね。これはありがたい事だし、それを受け容れた湊屋さんの態度は、真摯なものであったと感じました。もし、批判を基にした記事が書かれたりすれば、素晴らしい事ですね。当たり前といえば当たり前だけれど、難しい事でもあるので…。

投稿: TAKESAN | 2007年11月 8日 (木) 11:32

こんにちわ。

議論に一家言お持ちのTAKESANさんに良い事例という認定をいただき光栄でございます♪

あまりに謝意を表されると、批判内容ではなくて、振る舞い論・ココロの問題に矮小化されてしまいそうな懸念があったので再三注意させていただきました…それになんか私が怖い人みたいじゃないですか?(こんな子羊キャラなのに)

坂元教授、浜井教授の書籍を口だけでなく読まれるならば、その後の言説に如実に反映されるでしょうから、きちんとその点は監視させていただきたいと思います。

>ツカサ社長さんのブログを見てみて下さい。これ以上は説明しないけど…。

私も人のことはあまり言えないけれど…ですね(笑)

投稿: 遊鬱 | 2007年11月 8日 (木) 11:48

遊鬱さん、今日は。

 >議論に一家言お持ちのTAKESANさんに

いえいえいえ…。

 >振る舞い論・ココロの問題に矮小化されて
 >しまいそうな懸念
そこなんですよね。newKamerさんも、そういう所を仰ったのではないかと思っているのですが、あまり「謝る」事が前面に出ると、論を戦わせる、という部分が、蔑ろにされてしまいかねませんからね。

 >その後の言説に如実に反映されるでしょう
 >から
興味深い所です。あのマスターピースを手に取れば、認識は変わるでしょうから…。

 >ツカサ社長さんのブログ

あ、数日経っているので、ご覧になったのは、私が書いた所とは違っているかも。
10/29付の(ちょっと短めの)日記であります。某ニセ科学ウォッチャー氏も唸るかも知れない…。
後これ(この中の、あるシリーズ物)⇒http://www.222.co.jp/netnews/journalist.aspx?ID=890

投稿: TAKESAN | 2007年11月 8日 (木) 12:10

こんにちは。湊屋商事のイメージキャラクターとして記事を書いている湊屋史子と申します。

亀レスですが、その節は本当にお騒がせいたしました。。。

#今日になって初めてこのエントリーの存在を知りまして。。。

件のゲーム脳の話は、別所で別HNで既に執筆予定ですので、どうぞ今しばらくお待ちください。。。

余談:
http://duckmole.exblog.jp/7703744/

投稿: ふみこ | 2008年2月24日 (日) 10:13

ふみこさん、今日は。

ゲーム脳の記事、読ませて頂きます。

リンク先、読みました。なかなか興味深いと言うか…。

投稿: TAKESAN | 2008年2月24日 (日) 12:29

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/13103/8787185

この記事へのトラックバック一覧です: 批判を受け容れる事:

« 二刀、武術書 | トップページ | 教えて貰う事 »