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2007年11月に作成された記事

2007年11月30日 (金)

無限ループ

うん、段々、論が崩壊してきましたね。

思った通りで、ほんの少しでも(部分的にでも)「同意」を仄めかした方のコメントを引いて、「同意した」と主張し出した。

私へのレス(穴埋め)、さすがに、誰が見てもおかしいですよね?

ループになるポイントが、解ってきた気がする。

仮想の全数調査の質問を投げようとも思うけど、ややこしい事になりそうなので、やめときます…。

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懐疑的

こういうのが出来てたんですねえ⇒ASIOS - 超常現象の懐疑的調査のための会 -

メンバーを見ると、よく見かける名前がちらほらと。

まだ、サイトも出来たてみたいですね。今後のコンテンツの充実に期待。

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2007年11月29日 (木)

自分が科学をあまりにも解っていなかった頃

もう、大分前の事です。

色々な経緯があって、勉強を始めました。※高校卒業後の、私の「勉強」は、色々なきっかけを基に何段階かに分けられて、これは、その二段階目です。

心理学にも興味があったので、心理学の入門書を、紐解いてみます。

そうすると、色々な事が書いてある。記憶の話、感覚・知覚の話、思考や認知の話、学習の話、等々。

で、それを読みながら、思う訳です。「何言ってんの?」とか、「そんなの、当たり前でしょ?」とか。常識的な事が、いかにも尤もらしく書いてある(ように見えた)。※なまじ、科学哲学的なものを齧っていた(と言うのもおこがましいけれど)ので、「ホーリスム」とか、そういう概念ばっかりアタマの中にあって、「これは全体を無視して要素を無理矢理切り出して」云々とか、テキトーな事を思っていたのです。

その頃はまだ、「実証」が科学の真髄である事を、全く解っていなかったのですね。当たり前と信じられている様な事でも、改めて言葉を定義し、実験や観察の仕方をデザインし、得られたデータを処理して様々な傾向を見出して、初めて物を言う。そういう科学の営みを、全然理解していなかった訳です。好んで読んでいたある本には、ちゃんと実証の重要性も書いてあったのに、別の部分に書いてある実証主義批判にばかり目を奪われていた、のかも知れません。

だから、何言ってんの? となる。自分は、自身の直観力の鋭さを信じていたような微妙な人間だったので、これは違うよ、と、文句ばっかり(脳内で)言っていたのです。

科学について、もっと色々考えて、ほんの少し、入り口が見えてきたかな、と思えたのは(それが当たっているかは知らない)、そのずうっと後、ここ数年の事です。

そういう過程を辿ってきて痛感したのは、「よく知りもしない事について、あまり批判的に見ていたりすると、ちゃんと物が見えなくなる」、という事でしょうか。誰かが言っていたから、とか、そういう理由で、ものを見てはならない。

まあ、そんな感じです。

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2007年11月28日 (水)

自分が天然・自然信仰者だった頃

一つの事例として、書いておきます。

  • 元々、添加物≒身体に悪い、というような認識は、何となく持っていた。テレビを観たり、親から吹き込まれたり、というのが影響していたのだろう。
  • 『美味しんぼ』を、よく読むようになる。それまでに読んだ事はあったが、纏めて読んで、ハマる。
  • 前から「本物志向」的な所があったので、書かれている事を、鵜呑みにする。そこでは、巧みに、人工物や添加物、養殖物や大量生産品に対する「偽物っぽさ」が、メッセージとして含まれていたから。
  • そこで形成された認識は、典型的二分法的思考。科学的定量的分析という事も知らず、ただ「何となく」、良さそうに思えたから、信じた。養殖ダメ、添加物悪者、大量生産品には心がこもっていない、既製品は食文化を破壊する、電子レンジで温めた夕食を食べるのはいけない(安全の観点では無くて、家庭の環境として)、等々。
  • 自分の食事に制限を掛ける。基準は、「何となく」。科学的思考の欠落。インスタント食品は食べない。チョコレートは口にしない、等。
  • 心理的に、窮屈な状態。全く必要の無い、自分自身への拘束をしているのだから、当たり前。論理的に言えば、身の周りにあるほとんど全てのものが、自分の身体を蝕む原因だと考える事が出来るのだから、恒常的な不安というのは、大変なものだろう。※自分の場合は、それほど強いものでは無かったかも知れません。あ、これは食べちゃダメだな、て、テキトーに思ってただけですし。原材料表示を見て判断するとか、そういうめんどくさい事をやったりした訳ではありませんからね。「本格的」な人は、物凄いんでしょう、多分。それをある種の楽しみとしている人も、いるかも知れませんが。
  • これは、大きな問題だと思われるが…。「他人をバカにする」、という認識も、形成された。即ち、自分が忌避しているものを好んでいたり、特に疑わずにいる人に対しての、優越感。もちろん、それは歪んでいる。本物志向的な人が、「物の解らない連中」を見下すという、極めてネガティブな感情。※こういうのにも、程度があるでしょうね。私のがどの程度であったか、というのは、よく解りませんけれど。文章にすると、なんか、「大丈夫かコイツは?」と思われそうな感じですが。

まあ、こういった所です。結構、同じ経験をした方もいそうですが、どんなものでしょうね。

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何の差か

なんで、「小さな差」、「大きな差」について、あれだけしつこく訊くか。

普通、「小さな差が認められた」というのは、「大きな差が認められなかった」という意味なのに、ABO FAN氏は、「小さな差が認められれば自動的に大きな差を認める事になる」、と主張している訳ですね。
という事は、異なる対象について言っている、としか考えられない。
で、訊いてみたのです。「同じものについて言っているのですか?」と。
そしたら、同じものだと仰る。しかし、数行先では、同じ対象とは限らない、と言ってしまっているのですね。これは、なかなか困ります。

母集団の性質に関しては、次のABO FAN氏の回答によっては、ABO FAN氏の認識が、一つ明らかになると思います。つまり、全く理解していない可能性がある。

母集団の平均が50であり、それが判っているとして、そこから標本を採って平均を推測する事に、意味は無いのですね。で、ABO FAN氏は、そういう事を言っている訳です。※正確に言うと、統計的方法によって、平均が50くらいであると推定された。そして、その推測によって得られた情報を、「既知」の性質と看做している、という事です。

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2007年11月27日 (火)

困ったなあ

ABO FAN氏の、私への最新のレスは、読んで、ちょっと困ってしまいました。

日本語として読解するのが難しい。

さて、どう返すべきだろうか…。

私へのレスの部分を抽出しておきます。(血液型と性格2のコメントより)

> 519. TAKESAN — November 19, 2007 @00:53:20

> という事は、ABO FANさんの主張は、
>  「”質問の回答率”に小さい差が見られれば、”質問の回答率”に大
>   きな差が自動的に認められる」
> ですね。

はい、おっしゃるとおりです。

> では、質問です。
> 「同じ対象に関して」、「小さい差が見られれば」、「自動的に大きな差をも認める事になる」、という主張の意味を、教えて下さい。

条件を変えれば、ということです。
例えば、性別、年齢などを変えれば、ランダムサンプリングで「小さい差が見られれば」、「自動的に大きな差をも認める事になる」という意味です。
もちろん、再現性があることが条件になりますが。
そういう意味では、必ずしも「同じ対象に関して」ということにはなりません。

> そもそも、「小さい差」が出た「質問の回答率」と、「大きい差が自動的に認められる」という「質問の回答率」とは、同じものを指していると考えても、良いのですか? 違うとすれば、どう違いますか。

「質問の回答率」ではなく、質問項目、あるいは質問の内容が同じということです。

---------------------------------------------

> 520. TAKESAN — November 19, 2007 @01:03:34

> では、「母集団の性質が既知である」という事を、ABO FANさんご自身の言い方で、ご説明下さい。

例えば、A型の母集団であれば、他の血液型(の母集団)に対して「神経質」や「几帳面」という回答が多いことが予想されます。これは、現実に坂元データで実証されているわけですし、ちがやまるさんとも合意したと考えています。

> それと、他の方々がどういう意味で書かれたか、という部分についての解釈と併せて、説明をお願いします。

う~ん、正直、これは回答に困ります。
私は例えば、上の文章のように考えました。
他の方がどのように考えたのかは、私にはわかりません。

何度か読み直して考えないと。

て言うか、これを読解出来る人がいるのだろうか。

あ、ただ、ABO FAN氏が、「母集団の性質が既知である」という部分について、全く解っていない、というのは、判明しました。

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2007年11月26日 (月)

料理

10年前の自分に教えたい料理の始めかた - good2ndの日記

あれです。料理そのものを楽しもうとするのが良いのです。

模型とかゲームとかと一緒。

何かの手段(誰かに美味しいものを食べさせたいとか、将来役に立つから、とか)では無くて、あたかもパズルをやる様に。プラモデルを組み立てる様に。

意識するべきですね。食材の様子がどう変化していくか、とか、そういう事を。「何となく」やってると、上達しにくい。

他の物事との共通性を考えるのも、良いかな。それこそ、上に書いた、模型とかと。そうすると、生活の大部分が、潜在的な、学習の機会になる訳ですね。別の事をやっているようで、実は底では繋がっている、という事です。学習論に、転移とかありますね。そんな感じ(←正確な使い方じゃ無いかも)。

後、味見。何回も見た方が良いですよね。調味料は少量ずつ入れる。

焦らないのも大切。火が通ったりするには、どうしたって、ある程度の時間が要るのだから、慌てちゃいけない。あれです。模型で、塗料が乾かない内に触りたくなりますよね。それと似てます。

下手な人は、何十年やっても下手ですからね。「上達しよう」という欲求が無いと、いつまで経っても同じ。

基本的には、「自分が食べて美味しい」と思える料理を作ろうとするのが、ベターなんじゃないかな。

なんか、何について書いてるのか、よく解らんですが。一般的過ぎるけど、これが大事なんですな。

もちろん、持論ですよ。

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2007年11月25日 (日)

ゼミ

<ベネッセ>ニンテンドーDSで「進研ゼミ」 来年1月から(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

これは、便利でいいんじゃないですかね。

スペースも取らないし、グラフィカルな表現も工夫出来るし。

色々出ますなあ↓

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2007年11月24日 (土)

アニメ検定

<アニメ検定>「ガンダムのメカデザイナーは?」 全国から1300人が受検(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

全国総合アニメ文化知識検定試験(※音あり注意)

ほー。こんなのあったんですか。

他の問題は、どんな感じなんですかね。

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2007年11月23日 (金)

せんにゅうかん

昨日、白い恋人が販売再開、というニュースをやっていました。

ほう、再開されるのかあ。あれは美味しいお菓子だよねえ。←脳内なので、脈絡無し

…。

…。

あれ?

え?

ああああ。

……はい、ニュースで映像を観る瞬間まで、別のお菓子と混同していました。え、白い恋人って、あれなの? て言うか、そのお菓子、白い恋人って名前だったの?

はい、アホですよ。何が凄いって、あれだけニュースで採り上げられていたんだから、商品画像も何度も流れていたはずなのに、全く気付かなかったのですよ。

私の中では、入力:「白い恋人」→全く別の商品想起 という結び付きが出来ていたのです。

以上、しょうもない話でした。

さて、ここで問題。

私が白い恋人だと思い込んでいた物は、実は何だったのでしょうか。

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イースポ

日本eスポーツ協会設立準備委員会、発足記念イベント開催決定。「ウイイレ2008」、「鉄拳5DR」、「フリスタ!」の日韓戦を実施

JESPA::日本eスポーツ協会設立準備委員会

電通スポーツ事業局竹田氏とGoodplayer.jp犬飼氏による「E-Sportsの現状と今後の展望」アジア室内競技大会のe-Sportsで金メダルを!

なかなか興味深いですね。ウイイレは、いかにも採用されそうなタイトルであります。

日本でも、どんどん普及していくといいですね。

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2007年11月22日 (木)

神の手。今ならまだ間に合う

もし、「神の手」と呼ばれる画像を調べるなりして、ここに辿りついた方がいらしたら。

こちらの記事、及び、関連リンクを読みましょう⇒PSJ渋谷研究所X: どこまで広がる「神の手」

何らかの神秘性をあの画像に見て取った後に、真相を知れば、計り知れないショックを受ける事でしょう。でも、このまま広まるのは良くないからね…。

元ネタと、今の流行りのイメージとのギャップが凄すぎるし。ググってみると、さも自分が撮ったかのように紹介しているものも、ありましたね。世の中には、そういう人もいますからね。注意深くものを考えたいものです。自戒も込めて。

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他人の目

星野奈津子、ブログに不適切発言で芸能活動停止(産経新聞) - Yahoo!ニュース

うーむ。

ブログを書くというのも、タレントとしての活動の一環なのでしょうから、事前に関係者がチェックするとか、そういう事をした方がいいんじゃいかなあ。不適切どころでは無い発言ですからね。ほんのちょっと想像力を働かせれば、絶対に書けない内容だし。もし、自分が事前に見せられたら、本気か? と思いますし。WEBに接続する環境がある人なら誰でも読む事が出来る、という部分は、認識すべきでしょうね。

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2007年11月21日 (水)

当たり前、に

ドラゴンさんのコメントへのレスも兼ねて。

私は、典型的な、学校の授業が嫌いな人間で、「微積分なんかやって何の役に立つのだ」、という考えを持っていました。

で、後になって、数学の凄さとか、面白さに、気付いてきたのですよね。それと、「役に立っている」という事に。

そういう経験から、自分が子どもの頃に、どういうものがあれば良かったか、とか、養育者や、学校の教員に、どういう教えられ方をすれば、興味を持てただろうか、というのを、よく考えます。

それにはまず、「嫌わせない」のが重要かな、と思っています。これは、経験的な、感想ですが、社会一般的に、「わざわざ嫌わせている」、という所が、ある気がしています。別に出来なくてもいい、とか、ああいうのは一部の「アタマのイイ」人がやるものなのだ、とか。

頭の体操とかパズルとか、そういうのを好きでやる人は、結構いるのに、数学という抽象的な知識の体系になった途端に、尻込みしてしまう。そんな事がありますね。具体的な現象と結び付けられるかどうか、というのが、ポイントなのかも知れません。前にも書きましたが、学校用のテキストって、綺麗過ぎるのですよね。解る人が見れば、すっきり良く纏まっているのは解るけれど、今から学ぼうという人が読むと、恐ろしく難しい。もちろん、教科書というのはそういうものだ、という見方も出来ますけれど。でも、特に数学なんかでは、あまりにも抽象的ですよね。一般化・抽象化した概念の汎用性とか凄さを本当に「解る」には、もっと身近の現象に結び付けるなり、した方が良いと思うのですよね。学習科学なんかで研究されている教材等は、そういう風にデザインされていますよね。

真面目な話、今の、ヨガやらピラティスやらの教室みたいな感じで、大人に算数から教える教室が、広く普及すればいいのにな、とか思っています。通信教育とか社会人向けの大学とかだと敷居が高いし、そもそもある程度の知識が要求されるので、ライトな感じのがあっても良いかな、と。大人になってから、「やっていれば良かったなあ」、と後悔する人は、いると思うんですよね。私もそうですが。しかし、よしやってみよう、と思い立っても、なかなか。独学より、他人と一緒にやったり、教師に教えて貰う方が、圧倒的に合理的ですものね。大人の場合には、一応、語は憶えたりしている訳だから、「あー、そういう意味だったのね。」となって、理解も早いでしょうし。

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2007年11月20日 (火)

ちょっとずつズレてるみたいな

勉強をしすぎで頭が悪くなる? タクシー運転手実験 - Ameba News [アメーバニュース]

何を言おうとしてるかは解るんだけど、この文章の組み立ては、どうなのだろうか…。

ところで、熟練ドライバーの脳の体積は大きいんですか? 脳の体積と認知機能って、そんなに強い関係があるのでしたっけ。て言うか、タクシードライバーという職業に就いた後に、脳が大きくなる、って事?

今回の研究ではさらに、タクシードライバーにいくつかの記憶学習テストを実施した。普通に考えると、彼らの脳は大きいから、記憶力もよくなるだろうと予想されたが

むー。こういう論理展開なのかあ。普通に考えると、タクシーの運転に直接関わらないものは、そう簡単には憶えないだろう、とか、何年もかけて憶えたものと、比較的短期(と思われる。推測)の記憶は違うんだろうな、とか思いますが。

 脳には限界があるようだ。勉強もほどほどに、ということなのだろうか。

なんでこんな締めくくりなんだろう…。飛び過ぎな気が。

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2007年11月19日 (月)

何がおかしいかって

母集団の性質を調べる方法を使って、母集団の性質を推測したのに、今度は、そこで推測されたものを、母集団の既知の性質と看做して、他のサンプルでは「原理的」に差が出る、と言っている所。

統計的方法によって推測されたものを、「原理」などと言う所。

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2007年11月18日 (日)

メタぶりっく

メタぶるのは何故か、というのを考えてみました。

一言で表現すると、「具体的な勉強をせずとも、解っているように思われる(と思っている)から」、かな。

色々な分野の、それぞれを概観した本なりを読んで、表面的な知識を得て、メタ的な事を言っていれば、「解っているかのような」表現は、出来るから。

「自分が解っていない事を他人に気付かれたく無い」、という心理でも働くのでしょうか。それで、クイズに答えられるような、知識の蓄積は進むけれど、それを「理解」している訳では無い、という。

言葉というのは、よほど統語が破綻していたり、まるで意味がはずれた使い方をしていなければ、読む事は出来るのですよね。必ずしも、書き手がちゃんと解っているので無くとも、それなりの文章が成立する事は、あり得る。

自分が以前に書いた文を読んで、「あの頃は、ちっとも解っていなかったはずだけど、結構良い事書いてるなあ。」と思った事、ありません? たまたま、用語の使い方とかが上手くいって、後から読んでも、まあまあの文章が書けているように見えるという。その対象に関する理解度はまるで違うのに、今同じテーマについて書いたとしても、同じ様な文になるだろうな、と思う、とか。

メタ的な内容であればあるほど、そういった傾向がありそうな気もします。具体的になってくると、誤魔化しが通用しなくなる。細かい所に突っ込まれると答えられないとか。

だから、なるべく一般論を書いていれば、よほどはずさない限りは、ある程度は読める、解っていると感じさせる事が出来るのだと思います。

具体的な事を、勉強しなくて済みますからね。楽と言えば、楽なのでしょう。

より「解っている」人は、簡単に見抜いたりするんですけどね。概念に対する注意深さのレベルが違うから。「解っている」人は、「解っていない人」が、文章なりに、「自分が解っていない事を気付かせるような含みを持たせている」事も、解ったりしますが。

なんか、取り留めの無い文章ですね。ホントに解ってるのかねえ。

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エアボッツ

飛行ロボ「エアボッツ」、クリスマス商戦に出動せよ!(産経新聞) - Yahoo!ニュース

空中戦機エアボッツ公式サイト

これは…。

イイかも。

空中ベーゴマ、って感じ?

ある程度自由にコントロール出来る凧、みたいですね。

流行るかも。

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2007年11月17日 (土)

難しげなキゴウの省略

先日の、記号嫌いについてのエントリーに関連して。

統計の本で、Σを使わないのを強調しているものが、ありますね。
そういうのが、記号嫌いの人への配慮だというのは解るのですが、個人的には、一見小難しい記号も、すっきり便利に物事を表すものだ、というのを書いた方がいいと思うのですよね。
私の考えとしては、Σを省略したって、どうせ後で、分散の計算とか出てくるんだから、とにかく丁寧に解説するのを重視するのがいいだろうな、と考えています。記号が嫌いなのは、「記号が何を意味しているのか解らないから」だと思うので、そこをフォローするべきかな、と。

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2007年11月16日 (金)

宮本武蔵の像

紙本著色宮本武蔵像

本エントリーは、以下の資料を参考に書きます。内容は、ほぼ資料に従います。※高岡氏の著作には、いわゆる「トンデモ」な記述も散見されますが、大変深い洞察に溢れています。参考にしない手は無いでしょう。ただし、注意深い読みを要します。

武蔵とイチロー (小学館文庫) Book 武蔵とイチロー (小学館文庫)

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天才の証明―天才・英雄・名人の〈能力の設計図〉 Book 天才の証明―天才・英雄・名人の〈能力の設計図〉

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Book 極意化の時代―高岡英夫の極意要談〈2〉

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究極の身体 Book 究極の身体

著者:高岡 英夫
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この画は、武蔵の「自画像」では無いようですが、いずれにしても優れたものだと思いますし、当時の高度な身体運動を体現した人間を描いた作として、注目に値する物だと考えています。

刀を持つ手の力がかなり抜けている――人差し指側が、空いている。太刀の方が、よりダラリと垂れ下がっている。

後重心――ぱっと見ると、「後に倒れちゃうんじゃ?」と感じる様な姿勢。大腿の裏側の筋肉で支える。

上体のリラックス――胸が突き出ず、腰が入らない、ニュートラルなポジション。首は、軽く前へ出ている様に見える。武術で鍛えた達人の姿勢を見ると、横や後からは「猫背」っぽく感じるのに、前から見るとスッと綺麗な姿勢に感じる。背中の筋肉が程よく発達し、かつ、基本的に弛緩しているので、ふわりとした印象を与える。肩回りが柔らかく、肩が落ちているので、なで肩の印象。しかし、背骨は真っ直ぐに立っているために、前から見ると、猫背の様には感じない。(現代の解りやすい例:野茂英雄選手)

足――いわゆる「ベタ足」に見える。重心が後方にあるので、そう見える。足首の底屈をなるべく使わないため。「リアレバー」(上記資料参照の事)。

肩――刀は重い物体だから、素早く振りかぶり/振り下ろしを行うには、強い上肢帯の筋力が必要だと思われるが、何故に、なで肩風か。刀の構造を考え、いかに有効に遣っていくか、というのを考えると、その論理が解ってくる。※ここら辺の論理を、ちゃんと力学的・バイオメカニクス的に認識したいものです。残念ながら、そこまで至っていません。簡単に説明すると、自分を中心にして刀を振るのでは無く、「刀を中心にして」身体を動かす、という事。上記資料を参照。

こんな所。

しかし、よくこんな画が残ってますね。凄い資料だと思います。なんでも、昔、この画に関して、体育学者間で論争が起こったとか。よく知りませんが。武蔵ほどの一級のアスリートが、これほど後重心なのは何故か? 予備緊張がほとんど見られないのは何故か? という話だったみたいです。簡単に言うと、重心を前に出してから足首で地面を押すのでは無く、身体を中心から「折り畳む様にして」動く訳ですね。特に、武術の様な、比較的狭い攻防空間でのやり取りでは、いかに「早く」動き出すか、というのが、とても重要なのですね。じゃないと、斬り殺されるので。筋肉的に言うと、腸腰筋。武術家によっては、倒れ込む様に、といった表現をする人もいます。本来的には、武術の型というのは、そういう身体運動を構造化せしめるための課目なのですが、果たして、それが達成されているかどうか…。

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嫌わせない

Interdisciplinary: キゴウが嫌い、の内海さんのコメントへのレス。

私も、内海さんと同じ様な考えだと思います。

で、学校教育においては、生徒・児童――教員関係という構造があって、それは、心理社会的な事でもあるのですよね。
教師が頑張ろうとしても、子どもがほんのちょっとでも関心を持てなければ、努力が徒労に終わるかも知れないし、個人的な、キャラクターに対する「好き嫌い」も関係するのでしょう。好きな先生であれば、保護者から(記号や数学に)ネガティブなイメージを植え付けられていたとしても、積極的に興味を持つかも知れない。

※私自身は、学校の教員には同情的です。様々な拘束を受けながら、カリキュラムを進めていくのは、至難の業でしょうし。だからこそ、科学を一般に普及させる事にも努力すべきかな、と。
なんか小難しいですが、要するに、「嫌わせないようにする」って事ですね。

やはり、学校教育の次元や家庭教育の次元、また、影響力のあるメディアや人間の情報発信など、様々な要因が絡み合っているのでしょうね。

数学の知識も身近に役立っているのだ、というのを知る事が、一番重要なのだと思います。算術平均だって、立派な数学的な概念ですが、私達は普段、あまり意識する事無く使っていますものね。コメント欄にも書きましたが、「どう(何に)役立つか」、では無く、「どう役立っているか」、というのを教える方が、面白さが解るでしょうし。「何に役立つか」という観点だと、「受験に役立つ」とか、そういう、「何かの手段」という面にクローズアップし過ぎる事になって、その「何か」に関心を持っていない人にとっては、全く動機付けにならないですよね。

私も、集合とかを、早い内に、しっかりやるのがいいと思います。結構解りやすいし、面白さを理解させる工夫も出来る気もします。
私は、大村平氏の、『論理と集合のはなし』をはじめとした名著を読んで、数学の面白さに触れました。
いつも思うのは、もっとやっときゃ良かったなあ、と。プログラミングは、やっといて良かったです。論理の基本を小学生で憶えるのは、かなり役に立つと思いますね。前に話が出ましたが、昔は、小学校で、集合論やってたんですよねえ。

私が、絶対に子ども(若い人)に言わないように心がけたいと思っているのは、「数学なんか出来なくても良い」、なんて「教える」事です。

数学なんかに対するネガティブなステレオタイプを解体すべきでしょうね。たとえば、

「何の本読んでるの?」

「論理学の本。面白いよ。」

「…。」

なんてやり取りにならないようにしたいものですね。私自身、好きで色々勉強してる、と人に言った場合、大抵、物好きな人間だな、という感じの目で見られます。こちらの思いとしては、いや、面白いからやってるんだけどね、と。つまらん事を積極的にはやらないよ、って。

追記:一番上の本、看過出来ない量の誤りがあるとの指摘あり。自分でそれがきちんと検討出来るようになるまでお勧めは保留します。2011年1月10日

Book 論理と集合のはなし―正しい思考の法則

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Book 微積分のはなし 上巻―変化と結果を知るテクニック (1) (大村平の本当にわかる数学の本)

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2007年11月15日 (木)

純金、20周年

ITmedia +D LifeStyle:純金製の“世界一高価”なリモコン

純金製の“おそらく世界一高価”なリモコン

ほう。

価格は5万5000米ドル。日本円に換算すると約611万円だ。

…。

買う人がいるんだよなあ、こういうのも。

メガヨットって何?

…。

調べてみた。なるほど、メガヨットな人なら、このリモコンも買うか、と思った。

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生みの親によるトークショーも! 『ロックマン』20周年記念イベントのステージスケジュールが決定 / ファミ通.com

もう20年も経つのかあ。

昔は結構やりましたねえ。シビアなアクションの代名詞みたいなものでした。ほとんどクリア出来なかったし(笑) あのシステムは、斬新でしたよね。

もう20年か…。なんか、ちょっとびっくり。

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2007年11月14日 (水)

キゴウが嫌い

論理的な考えが身に着いていない、とか、それを好まない、とか、あまりものを考えない、という言い方がありますね(場合によっては、そうなった、と言われる)。

私としては、そういう事は無いんじゃないかなあ、なんて思っています。

ストーリーの複雑な物語とか、頭の体操的なパズルみたいな、いわゆる「頭を使う」ものは、それなりに、一定の人気があるんじゃないかなあ、と。コナン観て犯人を当てようとする、とか。

で、私が考えているのは、ムツカシイ事を考えるのが嫌いなんじゃなくて、「記号」が嫌いなのでは? という事ですね。

きっかけとしては、やはり、学校の授業や試験勉強かな、と。

公式なり記号なりが何を意味するかを充分咀嚼しないまま、取り敢えず型を憶えて使う。それは、内容をおざなりにして、表面をなぞるだけなので、身に着かない訳ですね。当然、「面白さ」なんて、皆無です。

興味無い人にとっては単なる意味不明な記号の羅列であっても、実際には奥深いものなのですよね。先人達の叡智の結晶。

本当は、そういうものを暗記するなんて、無意味とは言わないけれど(「試験に役立つ」とか、「後で勉強しようと思い立った時に、記憶に残っていると若干便利」、等の意味があるから)、かなりの程度、無駄な作業ですね。

じゃあ、どうすれば良いか、というと、その意味とか面白さを気付かせればいい、という事なのでしょうけれど、それを出来る人が、どれだけいるだろうか、と。先生も大変でしょうしね。

記号を嫌う教育をしてるんじゃないか、なんて感じるのは、さすがに考え過ぎかな。

毛嫌い、なんですよね。俗に言う「アレルギー」。何の役に立っているかがさっぱり解らず、しかも、それを解るためには、何らかのきっかけで、勉強してみよう、と思わなければならない。で、そんなきっかけなんて、滅多におとずれない訳で。

こういう時に、マスメディアが力を発揮するといいんですけどね。NHK教育なんかでは、いい番組とかありますね。後、たけしさんの数学の番組なんかも(ちゃんと見た事無いけど…)。そういうのが増えていけば、良い意味でのメディアの影響を、与えられるのではないですかね。マスメディアのエンターテイメントを付加する力は、やっぱり凄いものがありますからね。

あ、この間、インド式計算の本を、ちょっとめくってみました。

あれって、普通の計算ですよね。むしろ、あれが、一つのメソッド的なものとして捉えられている事に、びっくりしました。尤も、ちらっと見ただけなので、ちゃんと解ってないのかも知れませんけれど。

------

もっと言うと、「数学における記号が嫌い」、なのかも。

先入観とか、周りの人の意見とか(別に数学が出来なくても云々、とか)から、それを毛嫌いするのかな。で、それを一般化して、なんだかよく解らない記号っぽいもの全般を嫌いになる。

私は、小学4年だか5年だかの頃に、BASICを始めて、100%独学で、ちょっとしたプログラミングは出来るようになりました。そんな事、小学生でも簡単に出来る訳ですね。興味を持てば(言うまでも無いかもですが、動機は、「ゲームを作りたい」、というものでした)。

でも、数学は、もう、全く嫌いでしたね。まさに、「何の役にも立たないだろう」、という中二病的認識で。

プログラミングと、論理や数学って、本質的に繋がっているのですよね。なのに、プログラムは凄まじく面白かったけど、数学の教科となると嫌いでした。上手くいけば、プログラミングをきっかけにして数学にも興味を持つ、という方向にいけたのかも知れませんが、残念ながら、そうはならなかったんですねえ。

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2007年11月13日 (火)

専用

写真で見る“シャア専用ケータイ”「913SH G TYPE-CHAR」 (1/2) - ITmedia +D モバイル

“シャア専用”ケータイ登場、充電台はモノアイが光るザクヘッド──「913SH G TYPE-CHAR」 - ITmedia +D モバイル

“シャア専用”ケータイ、予約受付開始──価格は新規10万円、限定5000人 - ITmedia +D モバイル

やっぱり、一瞬で売り切れるんですかね。なかなかイイ値段ですけれど。充電台がまた、マニアックですね。

根強い人気ですよねえ。

シャアが来る Music シャアが来る

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1/100 MG MS-06S シャア専用ザク Ver.2.0 Toy 1/100 MG MS-06S シャア専用ザク Ver.2.0

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発売日:2007/05/27
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HG UNIVERSAL CENTURY 1/144 シャア専用ズゴック Toy HG UNIVERSAL CENTURY 1/144 シャア専用ズゴック

販売元:バンダイ
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HCM-Pro SP-02 シャア専用リック・ドム スペシャルペインテッド Toy HCM-Pro SP-02 シャア専用リック・ドム スペシャルペインテッド

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発売日:2007/03/25
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MG 1/100 MS-14S ゲルググ Toy MG 1/100 MS-14S ゲルググ

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MG 1/100 サザビー MSN-04 Toy MG 1/100 サザビー MSN-04

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ちなみに、私が好きなMSは↓

ZEONOGRAPHY #3008 グフカスタム Toy ZEONOGRAPHY #3008 グフカスタム

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MG 1/100 Sガンダム Toy MG 1/100 Sガンダム

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ZEONOGRAPHY #3011 ケンプファー Toy ZEONOGRAPHY #3011 ケンプファー

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HG UNIVERSAL CENTURY 1/144 キュべレイ Toy HG UNIVERSAL CENTURY 1/144 キュべレイ

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OOの中では、ガンダムキュリオスがいいかな。膝がバッファローマンみたいになってるけど。

HCM-Pro48 ガンダムキュリオス ~ガンダム00(ダブルオー)シリーズ~ Toy HCM-Pro48 ガンダムキュリオス ~ガンダム00(ダブルオー)シリーズ~

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無駄にエントリーが長くなった…。

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2007年11月12日 (月)

やっと解った!

かなりどうでもいいんですが。

ポッキーのCM観てて、この曲誰が唄ってるんだろう、て思ってたんですよ。

なんか、某ビジュアル系バンドのボーカルの声に似てるなあ、なんて思ってました。

で、別のCMで知ったんですが、絢香さんの曲だったんですねー。全然気付かなかった。ちょっと驚きました。あんな声出るんですねえ。男性の歌だと思ってたのに。人の声を聞き分けるのは結構出来る方なんですけどねえ。

で、何が言いたいか。

ちゃんと画面見ろよ>自分

誰の歌かは出てるんだから…。誰だろう、と初めに思って、どれだけ経ってるんだ。

ところで、ガッキーの相手役(CM中の漫才の)は、誰なんだろう。なんか気になる。

Why / CLAP & LOVE (DVD付き生産限定盤) Music Why / CLAP & LOVE (DVD付き生産限定盤)

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ピッキーとポッキー (幼児絵本シリーズ) Book ピッキーとポッキー (幼児絵本シリーズ)

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脳トレ批判

『週間朝日』の脳トレ特集、読みました。

批判はごもっともでしたね。

川島氏の反論と言うか釈明と言うか、は、あれはどうなんでしょう。あれほど名前を出していて、あの説明か…。うーん。言い分は、解らないでもないのだけれど。氏がかなり慎重な物言いをされるのは、解っている事ですしね。しかし、DSの脳トレ(脳年齢)はグレーだ、と言っていましたね。片や任天堂は、川島氏の研究をベースにしていると明記している、と。

Interdisciplinary: ちょっと余計な…のコメントでFREEさんが書いて下さった事が、参考になりますね。提唱者がどこまで責任を負うか、どこまで慎重になるべきか。社会にどう情報が捉えられるか、という部分に、どこまで気を遣うべきか、等々。

ポイントは、消費者が、どこまで、

  • 単なるゲームで無く、シリアスゲーム的な要素(つまり、認知機能の改善・強化等に役立つ)を認めていたか。
  • 認知症の人に対する学習療法の効果とは別に、それ以外の人にも積極的な効果があるのだと思っていたか。
  • 脳年齢なる概念が、単なるゲームのスコアの言い換えでは無く、ある程度でも科学的な根拠があるものと考えていたか。

ここら辺を認知していたか、という事でしょうね。もちろん、昔からゲームをやっている人は、脳トレが、クラシカルなゲームのエッセンスを取り出した様な構成のゲームだというのは解っているし、脳年齢が単なるスコアの言い換え(『やわらかあたま塾』の、脳の重さと同様に)だという事も、認識していたでしょうけれど、DSの脳トレは、今までにいなかった層にゲームを普及する役割を果たした訳ですね。つまり、比較的高年齢の人々(正確なデータは把握していないけれど)。そういう人達が、どのような認識を持って、脳トレを求めたか。ゲームという、そもそもライトな文化と捉えられるもののコンテンツだから、脳トレにも、「マジメな」機能を求めたのでは無く、まあ、ゲームやって、脳にそこそこ良いならやってみようかな、というくらいの気持ちだったのか、それとも、もっと積極的に、脳に良いものがゲームで手軽に出来るのか、と思ったか。ちなみに、私の知っている50代の人は、いわゆるボケ防止的な効果がある、と思っている風でした。

こういう場合の「科学性」というのは、とても難しいですね。単なる娯楽のコンテンツなのか、未科学を売りにした、グレーゾーンのものか、それとも、ニセ科学にもっと寄っているものなのか。ともかく、判断が困難なのは、確かでしょう。

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続編

映画なんかでは、大ヒット作の続編はつまらない、と言われる事が、結構ありますよね。

対してゲームでは、あまりそういう事は、言われないような気がします。続編が売れる、というのも、よくありますし。

やっぱり、ゲームの場合には、グラフィック・サウンドの表現の大きな発展に伴って続編が作られるので、そこら辺が、関係しているのかな、なんて思います。表現のレベルアップ自体がインパクトを与えている、と言うか。

でも、そういう表現の進歩があまり無い内に、ばんばん続編を出すシリーズもあったりする訳ですね。特に最近は、グラフィックやサウンドの表現が飛躍的に高まるという事は、あまり無いから、そこのインパクトは薄れて、映画と同じ様な見られ方がされているのかな、とも感じています。

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2007年11月11日 (日)

ウォー

ITmedia +D Games:怒りと憎しみが織りなす壮大なる叙事詩――反逆の英雄が咆吼する (1/2)

この間、CMやっているのを観たのですが、なかなか良さげ。キャラクターの動きも。

アメリカではポピュラーなんですねー。なんか、キャラがかなり濃い(笑)

記事の推し方が凄いなあ。

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2007年11月10日 (土)

メモ:血液型性格判断と血液型性格連関(相関、関連、関係、等)2

Interdisciplinary: メモ:血液型性格判断と血液型性格連関(相関、関連、関係、等)

を、もうちょっと整理します。

基本的な仮説:血液型から性格を言い当てたり、性格から血液型を言い当てる事が出来るくらい、関係がある。

作業仮説:上の仮説から論理的に導出され、定量的に把握出来る仮説。あるいは、作業仮説が検証されれば、上の仮説が確証される。記述的な論証(分布がどうなっているか)。これ自体には、メカニズムに関しての言及は含まれない。

母集団:1)観察した時点での、日本に住むある程度の年齢の人間 2)他の国に住む人間 3)世界中の人間 4)全ての人間  の、いずれか。4)は、血液型と性格の、強い生物学的関連のメカニズムを想定。それ以外は、必ずしも、それを前提としない。

時間的変化:経年によって、著しく研究結果(分布の仕方)が異なっていた場合――1)いずれかの時期の研究が妥当で無かった 2)いずれの研究も妥当な方法であった  2)の場合、時期によって分布の仕方が異なるという事だから、社会科学的メカニズムが強く働いている事を示唆。そして、仮に、「判断」が可能であった事が示されようとも、それは生物学的な普遍性ゆえでは無い、と言える。

作業仮説について:性格類型は、状況によらず一貫しており、それは、いくつかの類型に分けられ、高い妥当性で測定されるとする。そして、各血液型における性格類型の分布がどう違っているか、あるいは、どの様な構成比であるか、というのを設定する。それが設定されたら、後は、推定なりを行う。問題は、どの様な分布であれば、「血液型(性格)から性格(血液型)が高い確率で当てられる」と言えるか、という事。これは、多分に心理学的な問題。他の研究によって、確かめるか?

研究方法:理想的(それはつまり、ほぼ不可能、非現実的である、という事)には、全数調査。全ての対象について、性格検査を実施し、血液型検査をすれば、分布は、ほぼ(様々な理由で誤差が出る)完全に、明らかになる。次に考えられるのは、推定。ここで理想的なのは、各血液型の人から、完全無作為抽出を行い、性格類型の構成比を推定する事。当然これも、非現実的(母集団の全ての要素について、血液型が解らなければならないため。そんな台帳は存在しないはず)。←こちらは、全数調査に較べれば、ほんの少しは、実現の可能性はあるかも知れないけれど…。従って、検定を行う。実際には、多くの性格特性と血液型との連関を検定したが、有意であるものはほとんど無く、あっても、経年によって変化が見られるために、強い関係は無いという事が示された。若干のステレオタイプの形成を示唆するという見方もある。

メカニズムについて:「世間」では、どの様なメカニズムが意識されているか。当然、生物学的な関係だろう。信じている人が、「思い込み」の影響など考慮しているはずは無いからである。従って、上に挙げた作業仮説というのは、一般に言われる所の説から、「言い当てられる」という部分を抽出したものと言える。という事だから、社会一般に浸透している血液型性格判断説とは、「生物学的メカニズムによる強い連関を原因とする分布の異なりによる」血液型性格判断である、と表現出来る。※メカニズムと言えるか解らないが、「偶然」という事もあり得る。極端な例を出すと、何らかの理由で、日本から多くの人が出て行き、結果、高い確率で判断が出来る様な分布が形成されるように日本人が残れば、日本においては、成り立つ(最初、物騒な例を思いついたけど、顰蹙買うのでやめました)。

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2007年11月 9日 (金)

厳しさ

MORI LOG ACADEMY: Macとバーベキュー

 TVなどで、「厳しい訓練」「厳しい教育」「厳しい職場」などと表現されるのは、どうも「大声で罵倒する口の悪い下品な教官や上司がいる環境」という意味らしい。丁寧な言葉遣いでも、汚い言葉遣いでも、「厳しさ」には無関係だと思うのだが、世の中のほとんどは、言っている内容(コンテンツ)ではなく、言い方(メディア)なのだな、ということか。

私、「口数は少ないし、声を荒げる事は無いが、極めて厳しい」、という達人なんかをフィクションで見たりして、そういうのに肯定的な評価を与えています。私の先輩も先生も、大声を出す、という事は全く無かったけれど、とても厳しかったですね。その厳しさというのは即ち、「妥協を許さない」という事。それは、他人がやっている事を指摘する、という意味もありますが、それ以前に、自身に途轍もなく厳しい、という意味でもあります。淡々と精確な仕事をしている職人の様な、そういう感じ。それを見ていると、自分のダメさ、いい加減さを、思い知らされる訳です。

声を荒げて指導して、それが「厳しさ」だと思っている人は、いますね。うんざりします。問題は、中身なのにね。私の先輩は、ちょっと文脈は違うけど、「激しさ」と「厳しさ」を分けておられました。「激しさ」は、相手の事を考慮していない、自己満足的なやり方、といったところでしょうか。

私がここに、言葉遣いに力を持たせたりする事や、朝生とかを批判しているのは、そういう理由からです。戦術的には、ある程度許容出来るかも知れないけれど、そればっかりではね。中身がスッカスカじゃあ、しょうが無いし。

どうでもいい話ですが、私が文章を書く時も、上のような事を念頭に置いています。

まあ、静かなのが好きなんですよ、多分。※幼少期の環境も影響を与えているけど、それはまた、別のお話…(どっかのドラマみたい)。

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2007年11月 8日 (木)

カギ?

母乳育児でIQ上昇=カギとなる遺伝子特定-欧米の研究チーム(時事通信) - Yahoo!ニュース

母乳育児でIQ上昇=カギとなる遺伝子特定

この日本語の意味が解らなかったのは、多分私だけでしょう…。

て言うか。

「上昇」じゃあ無い、と思う。

こういう研究は、科学的に意義があるものなのだと思うけど、ここから、母乳育児を殊更に持ち上げる、なんて事にはならないで欲しいな。考え過ぎかも知れないけど。

ところで、知能指数の様な概念を遺伝子レベル説明する研究(←なんか、凄く変な書き方な気がする)って、どういう分野なんでしょう。ここら辺の方法に関する本なんかがあれば、読んでみたいですね。行動遺伝学とは違いますよね? 肥満に関する、とかの特性ならともかく、知能みたいな複雑なものを、というのが、気になります。

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教えて貰う事

こんなアツイやり取りがあったのですねー⇒幻影随想: 趣味レベルとはいえ…※コメント欄を

幻影随想: 科学と非科学の境界

幻影随想: 天動説が科学でない理由

幻影随想: それは間違ってすらいない―Not Even Wrong―

かなり濃いですね。

うーん、私が思うのは…

主張のおかしな事を指摘されたのなら、それを真摯に受けとめるべきなんじゃ、という事ですね。

後、よく知らない事について、あたかもちゃんと知っているかの様に書くのは、控えるべきでしょうね。

で、自分が「ある程度解っている」と思い込んでいれば、書いてしまう、というのはある訳ですね。誰だって、そうだと思います。

その場合には、「知っている人」から、批判を受けます。

その批判を真摯に受け容れられるか、というのが重要だと思います。

自分が明るく無い分野に関して書いた事の誤りなり、主張の甘い部分なりを、専門的知識を持った人に、指摘されている訳です。これ、本当は、金を払って教えを請うて教えて貰うのが、普通ですよ。時間を掛けて多くの知識を蓄えてきた人に、レクチャーを受けてるのだから。

後、自分が何か、深く興味を持って追求している分野があるとして、自分を批判している人は、そういう努力を、科学論や物理学に注いでいるのだ、というのを認識するのが重要でしょうね。

批判というのは、本来、ありがたいのですけどね。自分の認識を高めるきっかけになるかも知れないのだから。

当然、ブログに書いたりするという事は、ある程度確信を持って、これが正しいのだ、と思っている、という事なので、それに対して批判が投げかけられるのは、「面白く無い」。それはまあ、解ります。

でも、あれだけ懇切丁寧に説明を受けているのに、あの論の展開は…。

物理学について、かなり突っ込んだ事を言ったのだから、物理の教科書なりを読むのが、筋だと思います。て言うか、そう指摘されているのに。

TAKAさんのコメント(すっごく大切な事が書いてありますよね)、自分の事が書いてあるみたいに思えました。こちらにいらした際にも感じた事ですが。

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2007年11月 7日 (水)

批判を受け容れる事

遊鬱さんのブログでのやり取りを見てました。
で、こちらのブログをご紹介⇒Tsukasa Blog | 湊屋さんとふみこの、ちょっといい関係

批判を受け容れて、それに対して誠実な態度をとったという、一つの事例なのではないかと思います。※ただ、「申し訳無い」というのを仰り過ぎな気もします。遊鬱さんも仰っていますし、私も別の所で、似たような事を書きましたが、批判の根拠というのは、自分が愛好しているものを非難されたから「だけ」では無いので。

そういう意味で、藁人形ばかり攻撃する人とは正反対かな、と。

坂元氏や浜井・芹沢氏の本を基にした記事などを書かれるのを、期待します。厳しい見方をすると、「単に謝意を表明した」、というだけに見られる可能性もありますので…。

※なんだかんだ言って、批判を受け容れるというのは、かなり難しい事です。

------

超余談。

ツカサ社長さんのブログを見てみて下さい。これ以上は説明しないけど…。

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二刀、武術書

<全日本剣道選手権>二刀流の山名六段が1勝 五輪書熟読(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

これは興味深いですね。

剣道で二刀を遣って一刀に渡り合う、というのは、格別な難しさがあるでしょうね。

『五輪書』は、身法についての要訣が書かれている、名著ですね。新陰流柳生派の伝書も、なかなかいいですね(いくつかの伝書を纏めた本を読んだのです。柳生延春 『柳生新陰流道眼』)。『天狗藝(芸)術論』とかも読んだなあ。内容忘れたけど…。武術書を数百冊所蔵していた先輩に貸して頂いたり、図書館に通ったりして、結構読みました。甲野善紀氏の本で、松林左馬之助の伝書も読みましたね。ここ数年、そっち方面の文書は読んでないなあ。今は、科学の本ばかりですね(武術を科学的に論じている本含む)。後何年かで、武術書に関して、かなりの程度、科学的に解読する事が出来ると思います。それまでは、特に読む必要は無いかな。

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2007年11月 6日 (火)

いずれ

自分が見ているのが実は藁人形だった、という事に気付けるかどうかが、とっても重要だと思います。

あなたは藁人形を相手にしていますよ、と外から言ったところで、それを受け容れるのは難しいのですね。

だから、丁寧に、色々な角度から、藁人形であるのを気付かせようと努力したり。もちろん、ほとんどの場合には、ほっとく訳ですけれど。

基本的には、本人の姿勢の問題ですよね。普段から、メタにものを見るように訓練しておかないと。

本当は、外から言ってくれる人がいるというのは、とてもありがたい事なのですが、それは「その場」では、解らない。

何年か経ってから、認識が変化し、指摘された事を思い出す、というのがあれば、充分なんでしょうね。

でもまあ、藁人形に色々言うのがエスカレートすると、何だかなあ、となる訳ですが。特に、その藁人形の中に、自分が含まれていたりすると。

しょうが無いですね。

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2007年11月 5日 (月)

どこがおかしい?

ABO FAN Home Page:懐疑論者の自己矛盾!?についての考察。※強調等はそのまま。

○”結論の要約”について。

ここに、kikulogでも話題によくのぼるグラフが、載っていますね(伊勢田さんがよく言及なさる、アレです)。「性格分布のイメージ図」。

この図が何を意味しているのかは、なかなか解りにくいですね。横軸が比率で縦軸が頻度とは、一体どういう意味だ? と。正規分布だ、というのなら、仮想的に、横軸に、「ルールや慣習や秩序を重視する度」を連続量として置き、クラスをいくつかに分け、縦軸を頻度にしてヒストグラムを書く、とするなら、まだ理解出来ます。しかし、横軸に「肯定率」を取っているのですね。これ、「ルールや慣習や秩序を重視する」という質問に肯定的に答えた人の割合、の事です。おかしな話ですよね。何故、その比率を平均として、正規分布を描けるのか。

さて、ABO FAN氏は、続けて、

平均を中心に正規分布のグラフを書いてみると分かりますが、ある基準以上(または以下)の人の割合は血液型によって数十パーセントは違うからです。具体的には、BやCより大きい部分だけで比較すれば、確かに「強い関係」はあるといえます。下がそのイメージ図です。本当は数学的に厳密にいうと違うのですが(AB型の41.2%のところやO型の57.7%がピークになる保証はありません)、わかりやすくするためにわざとそう書いています。

と主張します。件のグラフを前提にして、論を展開している訳ですね。ここら辺の論理が、読む者の脳を大きく揺さぶります。「BやCより大きい部分」とは、一体何を意味するのか。「ピークになる保証はありません」という部分は、誤差の事を言っているのだとも読み取れるけれど、だとすると、やはりグラフの意味が解らない。

○”懐疑論者の主張…「強い関係」はない?”について。

「ポイントはここです!」の部分。ここで引用されている長谷川氏の文は、両方同じ様な意味ですね。全く関係無いかは解らない、と言うのと、あるかも知れない、と言うのは、同じです。

きくちさんの文章に対する言及を見ても解りますが、きくちさんや長谷川氏の論と、従来の心理学者の主張を異なったものであると、強調している訳ですね。即ち、「関係が無い」という言明の部分。ここに関するABO FAN氏の引用・言及の仕方は、かなり恣意的であると思います。「ニュアンスが違うようです」とか、わざわざ書いてある部分は、そうですね。

○”論理の矛盾?”について。

実は、この程度の差でも「強い関係」と言える差が出ると考えるのが自然です。というのは、平均を中心に正規分布のグラフを書いてみると分かりますが、ある基準以上(または以下)の人の割合は血液型によって数十パーセントは違うからです。具体的には、BやCより大きい部分だけで比較すれば、確かに「強い関係」はあるといえます。下がそのイメージ図です。本当は数学的に厳密にいうと違うのですが(AB型の41.2%のところやO型の57.7%がピークになる保証はありません)、わかりやすくするためにわざとそう書いています。言うまでもなく、細かいところは違っても、大筋で違うことはありません。

またしても、件のグラフ。悩ましいですね。さて、ここでABO FAN氏は、「ある基準以上」と書いています。これは、どう解釈すべきでしょうか。私が上に書いた、「ルールや慣習や秩序を重視する度」的なものを、イメージしているのでしょうか。難しい所です。ABO FAN氏はまた、「具体的には、BやCより大きい部分だけで比較すれば、確かに「強い関係」はあるといえます。」とも書いています。これはどういう意味でしょう。推測するに、これは――追記:コメント欄をどうぞ→例を挙げると、あるテストを□県と△県で実施したところ、□県:平均60点、標準偏差15点 △県:平均67点、標準偏差20点 だった、というデータがあったとして、平均は7点しか違わないが、□県の下位の点数と△県の上位の点数を較べると、その差は大きい。従って、平均の差が小さいとしても、それは、大きな差を否定した事にはならない――というロジックでしょうか。追記:コメント欄をどうぞ精一杯正確に解釈しようとすると、そうなりますが…。もちろん、それは詭弁です。尤も、合っているかどうか、判りませんけれども。

ちなみに、「強い定義があいまい」、という部分についてですが、明確な定義は、誰もしていないですね、確か。ただ、きくちさんは、標準偏差に較べて平均値の差が大きいか、という事を仰っていますね。定義は難しい、とは思います。

○”ホームラン王の血液型”について。

見ればわかるとおり、圧倒的にO型とB型が多く、AB型が1人いないことがわかります。しかし、プロ野球の選手全体の血液型は、ほぼ日本人の血液型に一致しているそうです(否定論者も含めて何回か調査がされています)。しかし、本当にO型とB型はホームラン王になりやすいのでしょうか?

えっと、プロ野球選手全体の血液型分布が、日本人全体のそれと一致しているのが合っているとして(私はよく知らないです)、ホームラン王云々という例を持ち出してどうこうするのは、妥当ではありませんね。よく指摘される所は、「何故上位10名か」、とか、「そもそもホームランをよく打つ人は、性格が似ているのか」、とか。

……出てきた、イメージ図。さて、これは難解です。今度は、横軸が、「ホームランを打つ確率」。まあ、確率にすると、意味が解らなくなるので、打撃力(ホームランに関する)、とでもしておきましょう。横軸に本塁打数をとって、縦軸に頻度をとったヒストグラムを書く、というのでもいいかな。血液型別にそれを書けば、比較は出来るでしょう。試合数とかルールとかが変更されているので、そこら辺は、ややこしいですが。※これを踏まえると、一番上で言及したグラフとは、そもそも性質が違う、と言えるかな。こちらの場合は、ちょっと設定を変えると、比較的まともに考えられるかも知れない。て言うか、横軸を、ホームランを打つ確率、にするって…。

先に引用した所でもそうだったように、この様なグラフをイメージとして出すに至る部分が、ABO FAN氏の思考を知る手がかりになるのかも知れません。

○”結論”について。

出ました(もう出てるけど)、ABO FAN氏の主張の最も肝の部分。

またこういうことも言えるはずです。差が1%程度の「弱い関係」がある可能性を認めてしまえば、「強い関係」がないことを否定することはできなくなってしまうのです。

これです。これはやはり、私が上で推測した様な論理展開からの、帰結なのでしょうか。もしそうだとすると(自信は無いですが)、分散が極めて小さい分布同士でなければ、「小さな差とは言えない」、という事なのか? しかし、そもそもこの議論、肯定者割合の話ですからね。更に、数ある質問の内、有意であったのが少数で、それは、各年で安定している訳では無い、というのが、重要な部分なのですが。そこからいきなり、例のグラフの様なものを出す論理展開。そこがポイントでしょうか。

”おまけ”の部分は、ちゃんと読んで無いです。今度読もうかな…。結構重要な気もする。

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2007年11月 4日 (日)

忘れてた

よし、アニメ観るぞっ! と、嬉々としてブラウン管の前に座り(←表現が古い)、いざ始まってみると、総集編だった…という時の、あの微妙な感じは、どうすればいいんですか?

はい、つい最近の話です。『電脳コイル』の時ですよ。

先週の予告を観たのですけどね。すっかり記憶から消去されていたのです。これはもしや、誰かの仕業…。

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2007年11月 3日 (土)

あの本に

『わしズム』に、水伝に関連する記事が載っている模様⇒吉田豪「豪さんのポッド」: ■緊急速報(テレビ&ラジオ出演情報、仕事報告)

これか?⇒小学館:わしズム 秋号

[主義なベイビー]芸能界に蔓延する「怪しい水」ブーム 吉田豪

読んでみるかな。

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メモ:血液型性格判断と血液型性格連関(相関、関連、関係、等)

○「血液型性格判断」説:「状態」に関する説。

状態とは:分布のあり方。各血液型ごとの性格傾向の構成比が、大きく異なっている、という状態。つまり、社会が「どうなっているか」、という仮説。これ自体には、血液型と性格との因果関係に関する主張は含まれない。

定性的な定義:各血液型における性格傾向の割合は、大きく異なる。そしてそれは、短時間の行動の観察から、高い確率で血液型を当てたり、血液型から性格傾向が当てられたりする程のものである。

定量的な定義:不明。どの様な根拠で定義を行うか。

○血液型と性格との連関のメカニズム:1)生物学的――ABO式血液型が、遺伝的・生理学的等の機構により、性格の形成に関連している。 2)社会科学的――社会的認知による、ステレオタイプの形成。知識が流布する事によって、その知識が性格形成に関与し、実際に分布が偏る。

血液型性格判断説とは区別して考える必要がある。

○統計解析。

母集団:標本を得た時点での全体。(たとえば、日本に住む○×歳~△□歳の男女) 経年による分布の変化が見出されれば、それは、社会的認知の影響を示唆する。それは論理的に、生物学的関連性の小ささを示す。

推定:各血液型ごとの、性格傾向の構成比を推定する。

検定:血液型と性格傾向との連関を、検定によって調べる。

この本を読んでいて、考え付きました↓

現場で使える統計学 Book 現場で使える統計学

著者:豊田 裕貴
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結構良い本だと思います。ただ、統計の基本的な文献をある程度読んでいないと、ほとんど意味は解らないですね。直感的な理解を促そうとするあまり、かなり説明を端折っている所もあります(著者はそれを断って書いています)。尤も、何かを勉強しようとする場合に、何冊も参考書を読まないというのは、考えにくい訳ですが。

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2007年11月 2日 (金)

新設

カテゴリーに、「血液型性格判断」を追加しました⇒Interdisciplinary: 血液型性格判断

うーん、結構書いてるなあ。今読むと、随分微妙な事も書いてたり…。

水伝のカテゴリーも作ろうかなあ。

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2007年11月 1日 (木)

ベル

よく、正規分布の説明で、「釣鐘状の」、という表現が出てきますよね。

私は、それを見る度に、うーん、となっていたのです。

釣鐘というと、寺にあるあれを思い浮かべますよね。108回打ち鳴らす、あれ。

あれはどう見たって、Uを引っくり返した形じゃないですか。つまりこんな→∩

でも、正規分布って、左右に裾を引いていて、どうしても、「釣鐘」には見えなかったのです。

ところが、最近、ある統計の本を読んでいた所、正規分布の説明で、「呼び鈴」と書いてあるのを見かけたのですよ。

それを見た瞬間、はたと膝を打ったのであります。なるほど、呼び鈴ならば、得心がゆく。そういえば、正規分布は、ベル・カーブと言うではないか。何故今まで、考え付かなかったのだ。

いや、裾を引いた形をした釣鐘もあるでしょうし、∩みたいな形の呼び鈴もありますが。前もって形成されたイメージというのは強いなあ、と、言いたかった訳です。授業で先生が使うアレも、呼び鈴ですしね。

どうでもいい話でした。

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ショットガンみたい

で、「原理」って何?

論述が飛び過ぎて、最早、何について議論しているのか、解らなくなってきた。

これまでのやり取りから、私は、「原理」なるものが、ABO FAN氏の思考の核だと見ているのですよね。物理の法則に準えるくらいだし。だから、そこに焦点を絞るのも良いかと思います。

やっぱり、「差」に関する所が、重要かな…。

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