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2007年10月10日 (水)

あったまいい

Spherical-moss.net » 頭がいいとはなんぞや

以下、纏まりに著しく欠ける文章。

私にとって、「頭がいい」とは、自分の認識の隙に気付ける事、かな。メタ認知ってやつです。自分が何を考えているかを考える。何を知っていて何を知らないかを知る。何を知るべきかを知る。知るためには何をすべきかを知る。等々。

どっかに書きましたけど、自分の知識を超巨大なジグソーパズルだとすると、どこにピースがはまっていて、どこにはまっていないかを知る、という事。

だから、知識の量とは、必ずしも関係無いですね。自分はこれのここを知らないな、と感じる事が出来て、それが妥当な場合は、頭がいい、って判断するのでしょう。あまりにも知識が無い場合(ピースが足りなすぎるという事)、論外な訳ですが。「この人は、あの分野についての知識を多く持ってはいないけど、すごく頭がいいな」、と感じる事は、ありますよね。

わたし的には、膨大な量の知識を蓄えている人を、「頭がいい」と評する事は無いかな。「知っている事」と「解っている事」の違い、て言うか。

ところで、この考え方だと、一つ、ある面白い論理が導かれるのですが、解ります?

それは、ある程度頭のいい人じゃないと、「頭がいい人」の判断が出来ない、って事です。

だって、メタじゃ無い人が、他人のメタ性なんて、解る訳無いじゃないですか。

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余談。

極めて個人的な経験から思った事を、書きます。学術的な根拠とか全く無いので、よろしく。軽く精神分析風かも。そんなもの、誰でも考えつきますけどね(精神分析を考えつく、と言ってるんじゃ無いですよ)。

頭がいい人は、自分と語る事が出来る人。

何かを思いついたとする。その瞬間、「自分」が、その思いつきを、吟味する。仮想的な、別の人格の様なものでも良い。実在する人格の言動パターンを想定して、それに批判させるのもある。どちらにしろ、それは「自分」。

最も辛口な批判者を自分にする事。自分の思いつきを、自分が持っている知識を掻き集めて、全力で批判する。他者による評価は二の次。

子どもの頃の育ち方にも、関連するかも知れない。あまり他人から構われなくて育った人。そうすると、自分と会話する時間が多くなる。内面を見る、というやつ。

そうで無い人には、奇妙に思われる。なんだこいつは、という感じで。発言が少なくなる訳だから。

そういうのが、かなりネガティブなスパイラルを形成して、卑屈になったり、他を見下したり。でも、自分との会話ばかりしているのだから、認識力は鍛えられる。それが良い方向へ行くかどうかは、後の環境次第。

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読み返すと、何か、デタラメにピースをはめたパズルの様な文章ですね(笑)

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「随想」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、TAKESANさん。たまには自分の仕事の話しでもしてみますね。

>最も辛口な批判者を自分にする事。自分の思いつきを、自分が持っている知識を掻き集めて、全力で批判する。他者による評価は二の次。

例えば、急に社会で利用され始めた新しい材料があるとするわけです。新しい材料ですから、その中の不純物とかを測定する分析方法も確固としたものが無いわけですね。でもって、その分析方法を提案しようとしたしてください。とりあえず、「こうやったら溶けるかな」と分解方法なんぞを考え出して、溶液化したらこちらのものと溶液中の不純物を測る方法でとりあえず分析値を出してみるわけです。そうすると1つの材料から5個切り出した試料の値がほとんど同じになったとします。別なルートで入手した材料だと違う値でやはり5個の値は近いなんて結果だと、「ちゃんと測れた」ような気がする訳です。

 でも、実はそこで「分析方法ができた」なんて言うと技術開発者としては失格なんです。例えばその分解方法で必ず含有量の1割の誤差が出るようなバイアスがあれば、それぞれの試料で5回の測定が揃った、それぞれの値がでる事はあり得るからね。

 だから何をするかというと、全く別な分解方法も考えてやってみるわけです。溶液中の分析方法ももう一つ別な方法でやってみる訳です。その結果が、同じようだったらそこではじめて「測定方法が開発出来た」と考えても良いわけですね。原理的に異なる分解方法で誤差のバイアスが全く同じになる確率は極めて少ないからです。

 私が一番知って欲しいと思っているのは、研究者のそういう「まず自分の『できた』という意識を押さえ込んで、間違いの可能性をまず自分で探して潰していく」という姿勢です。

投稿: 技術開発者 | 2007年10月10日 (水) 08:23

技術開発者さん、今日は。

人間には、自分を優れた者だと思いたいという欲求が、一般的にあるのだろうな、という気がします。だから、自分がダメだろうとは、誰しも思いたくは無いのですよね。

だけれども、ものを知りたい、という欲求に強く動機付けられると(社会的責任なんかもそうかも知れませんが)、自分の考えを自分でチェックする、という能力が鍛えられるのかな、と。

そういうのが発展すると、「自分が考えた程度の事は他人も考えているだろう」、という認識にいたるのだと思います。

投稿: TAKESAN | 2007年10月10日 (水) 12:27

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