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2007年10月 1日 (月)

人間の性質?

天下泰平: 水からの伝言

読み方1:水伝批判を批判している文として読むと――ごく短文でありながら(短文であるからこそ、と言うべきか)、「人間の性質が解っている」(少なくとも、「誰かが人間の性質について解っていない事を”解っている”」)、「水伝はあり得る」(これはちょっと引き出しにくい)、「”水伝は、水の性質からしてあり得ない”と誰かが主張している(※←ここは事実)と思っている」、「”記憶力科学者”がいる」、「記憶力科学者は”この手”である」、等の様々な情報(推測を含む)が引き出せて、なかなか興味深いです。

読み方2:実は水伝批判だ、として読むと(無理がある読み方)――「人間の性質を理解できてない」が、水伝説肯定者に掛かっていて、「この手の記憶力科学者」が、江本氏等に掛かっていると、解釈出来ない事も無い。これだと、水伝を主張しているのも科学者だ、と認識している事になりますが。もちろん、そう思っている人もいるかも知れません。もしそうだとすると(別にそうで無くとも)、「記憶力科学者」とはどういう概念だろうか、という疑問が出てきます。←ここまで読むと、「もしかするとそうなのかも」、と思ったりしません? しませんか…。

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水伝ってですね。言葉の性質からしてあり得ないんですよ。水の性質云々と言う前に。自然科学の研究者も、そう言っているんですけどね。どなたか、水伝があり得るという理論的根拠があれば、教えて頂きたいですね。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

なにか云っているように見えてなにも云ってないですね。

投稿: pooh | 2007年10月 1日 (月) 07:49

こんにちは、皆さん。

 基本の部分が間違っている訳です。私は「基本仕様と取説」みたいな言い方を良くします。自動車が制動距離というどうにもならない仕様を持つが故に、取説として「見通しの悪いところでは、先で起こった危険に対してできるだけ短距離で止まれるように速度を落として運転せよ」という取説が生まれる訳です。

 人間が「あらゆるものに意識のようなものがあり、それらが相互に影響し合う」という認識を持つのはある意味で基本仕様であるようにも思えます。原始的な宗教ではありとあるゆる物や現象に対して言葉で呼びかけ、その実りを祈ったり、その災厄を逃れようとしてきた訳です。原始的な医療では、病気に対して語りかけ、時にはごきげんをとってなだめすかし、時には脅すようにしてその病気と対峙しようとしてきた。

 しかし、同時に長い期間のそういう語りかけは、一つの知見をも与えた訳です。「実りには実りの、災厄には災厄の、病気には病気の原因があり、それは語りかけでは解決出来ない、もっと現実の厳しいものであり、それに対処するにはもっと厳しい現実的な対処が必要だ」とね。これが不合理性を内在するという基本仕様を持つ人間という生き物が合理性を持つための最低限の取説であったわけです。

そして、今、そり取説は捨て去られようとしているわけです。

投稿: 技術開発者 | 2007年10月 1日 (月) 08:30

poohさん、今日は。

実際、ほとんど意味が取れなかったのでした…。

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技術開発者さん、今日は。

なんと言うか、取説のアップデートがされていないのかなあ、と。最新の取説は分厚いし、そんなの読んでも仕方が無いよ、と言わんばかりの人もいて(←声のでかい人がこれを言うのは、凄く困りものですね)。

 >そして、今、そり取説は捨て去られようとしているわけ
 >です。
私自身は、どちからと言うと、取説なんか要らんよ、と言う声のでかい人が目立つ様になっているのかな、という考えですね。で、マスメディアが拡声器の役割を果たしてしまっている、と。

投稿: TAKESAN | 2007年10月 1日 (月) 12:11

 水伝の理論的根拠があるとすると、絶対的懐疑主義や絶対的独我論が正しい場合だけですね。(懐疑論や独我論は原理的に論破できない)
 自分の妄想が世界をつくるという思想。poohさんの懐疑論が完璧化すると、かえって水伝の理論的根拠になるかも・・・。

投稿: ピビュー | 2007年10月 1日 (月) 19:44

ピビューさん、今晩は。

なるほど。
懐疑論を突き詰めると、徹底的な相対主義になって、その中で、水伝の様なイデア的な概念を用いた説とどう整合させるか、というのも考えますね。独我論の場合は何でもありなので、論破は不能ですよねえ。もちろん、その前提で他者にどう共感を促すか、という疑問も出てきます。

水伝の場合、やはり科学を仄めかす所があるので、どうしても、矛盾が出てくるんですよね。科学に足を突っ込んでいる、と言うか。それが特徴である訳ですけれど。

投稿: TAKESAN | 2007年10月 1日 (月) 23:20

おいら懐疑論者なんでしょうか。意識したことはないですが。と云うか懐疑論ってなんなのか厳密には分かってません(^^;。

多分相対論者ではないと思います。いや、相対論者なのかも知れませんけど、少なくともそうあろうとはしていません。

投稿: pooh | 2007年10月 2日 (火) 00:00

あ、そうそう。私も、poohさんの書く事のどの部分なのかな、と思いました。

一応補足。もちろん、上の私のコメントにある懐疑論についての言及には、poohさんの主張とかについては含まれて無いので、よろしくです。

ニセ科学とかを論じる際の文脈で出てくる「懐疑論者」だと、こういう感じですかね⇒http://www.skept.org/FAQ/faq.html
この意味でなら、そうありたいとは思います。
哲学的な文脈では、厳密には、また異なった意味を持つ事もあると思いますが、あまり詳しく無いので…。

投稿: TAKESAN | 2007年10月 2日 (火) 00:25

こんにちは、皆さん。

>私自身は、どちからと言うと、取説なんか要らんよ、と言う声のでかい人が目立つ様になっているのかな、という考えですね。で、マスメディアが拡声器の役割を果たしてしまっている、と。

なんて言いますか、人類が築き上げてきた「文化」というのは人類の持っているさまざまな「性質」に対して、「矯正」を施しているものだという概念が認識されなくなっている気がするんです。「矯正」の部分を持っているから、体感的には「嫌なことをさせられる」面があるんですね。狭い道を「見通しが悪いから」と低速で走るのは「面白くない」わけです。「誰も飛び出しはしないだろう。飛び出しても止まれるだろう」と速度が上がりやすいものなんです。

投稿: 技術開発者 | 2007年10月 4日 (木) 04:22

技術開発者さん、お早うございます。

技術開発者さんがよく出される飛び出しの話は、解りやすいです。

うーん、「変化」としては、どうなんでしょうね。そういう人がある程度いる、とは思いますけれど、「そうなってきている」か、という所は、ちょっと保留ですね。

投稿: TAKESAN | 2007年10月 4日 (木) 11:11

こんにちは、TAKESANさん。

>うーん、「変化」としては、どうなんでしょうね。

人が変化している訳ではなくて、文化の価値観が変化していると考えた方が分かりやすい気がします。人が狭い道でもついスピードをあげてしまいやすいからこそ、免許の書き換えの度に生活道路で幼い子供が跳ねられた話をビデオを見せたり、制動距離の話を繰り返したりするわけですね。

人が「超自然的な現象を『あったら面白いな』と思う」ようにできているからこそ、「そんなものは無いんだぞ、面白がるだけにしておけよ、下手に信じると酷い目に遭うぞ」と戒める文化が育ったわけです。

つまり文化というのは人の本来の性質に対して枷をはめる形をも持っている訳です。でもって、商業的なメディアが「受けを狙う」ときには、枷をはめる文化に従うよりも人間の基本的仕様に対して働きかける方がはるかに受けます。その時、形としては「思いこみから解き放たれて自由になった」という気がするのは当然なんです。ただ、それは、人類にとって「生き延びやすい」方向への解放ではなく、過去に犯してきた過ちから置かれた「ここへは進入禁止」の札を無視する時の開放感にすぎないというだけです。

投稿: 技術開発者 | 2007年10月 5日 (金) 08:29

技術開発者さん、今日は。

私が思うのは、
たとえば、マスメディアが「受けを狙う」方向性に行っているというのは、強く感じます。これは、地上波の、主に民放の放送を観ていれば、ある程度傾向が判断出来る事だと思います。で、メディアの影響の大きさ(声のでかさ)を考えるなら、それは看過出来ないと感じます。

それと同時に、私が考えているのは、社会総体として見た場合、どの様な状況にあるか、という所ですね。インターネットの拡大によって、相対的に、マスメディアの力が弱まっている、と考える事も出来るし、まだまだメディアの力は大きいから、それによって社会全体の認知も、技術開発者さんが仰る様な方向にいっているのかも知れない。

これについては、私は、確固とした意見を持っていません。「よく解らない」というのが、率直な所ですね。

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私は、どちらかというと、楽観的な考えなのかも知れません。それは、「このままでいいだろう」、では無くて、「それほどおかしくなってきている訳では無いのかな」、という程度の意識です。しっかりした根拠はありません。

多分、安原さんや遊鬱さんの所を読んでいるから、そういう認識なのだと思いますけれど。

投稿: TAKESAN | 2007年10月 5日 (金) 12:12

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