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2007年10月12日 (金)

どうしてだろう

医学の専門家の方に、ゲーム脳についてどう考えているか(理論的な考察とか、森氏の論の展開についての具体的な考察とか)、訊いてみたいですね。

と言うのも、小児科の医師とかが、ゲーム脳について肯定的に取り扱った講演会を行っているという情報を、たまに見かける事があって、「(主に生理学等の)総合科学の専門的トレーニングを積んだ人が、ゲーム脳を肯定するのは、どういう論理からなのだろう」、と考える事があるのですよね。ゲーム脳レベルの主張は、それこそ、素人でも解るような脆弱な論ですよね。専門家といっても、色々なバイアスがあるのは判るのですが、それにしても、程度というものがありますよね。免許を持っている人は、少なくともエンストはさせないだろう、というレベルの(しかも医師は、モータースポーツのプロとか、一流のタクシー運転手とかに、なぞらえられるでしょう)。ゲーム脳って、そういう段階の話では無いのですかね。

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コメント

こんにちは。
あの理論を肯定する、と言う医師もそうですけど、同時に、論文すら書いていない理論であるにも関わらず同調を示す研究者にも聞いてみたいですね。
大学の教員など、「論文を書き、学会で発表してナンボ」の世界で生きているはずの人々の中にまで、それをしていないで「証明された」とするゲーム脳を肯定してしまう、と言うのが不思議でなりません。

投稿: たこやき | 2007年10月12日 (金) 12:25

たこやきさん、今日は。

まともな査読を経ていない(それが必要条件とは言えないかも知れないけれど)という所に、無関心なのかも知れませんね。あれだけ騒がれたんだから、科学的に実証されているに違い無い、という先入観があるとか。

論文のある無しに拘わらず、ゲーム脳のおかしさが解らないのかなあ、という感じですね、ゲームを知っている者としては。理論的に色々考えても、かなり荒唐無稽なのですよね。

投稿: TAKESAN | 2007年10月12日 (金) 13:00

はじめまして。石田と申します。

「ゲーム脳」を真に受けてしまう医師が、本当に居るとしたら、ちょっと驚きますね。
石田は「ゲーム脳」の話は、自分の頭でちょっと考えれば、並みの常識を備えてる方であればデタラメと見抜くことができる、ずさんなウソだと考えています。
医師の中にも、自分の頭で考えることはやめてしまった方がいらっしゃるのだとしたら、ちょっと怖いことですね。まぁ、自分の頭で考えない市民が、たくさん居る時点で社会としてすごくマズいんですが。

石田は、最近子供が通っている幼稚園から、「ゲーム脳」を肯定的に紹介するチラシをもらって、どんよりしてたりします。チラシを作ってるのは幼稚園のPTA関連の組織のようで、その幼稚園自体が「ゲーム脳」を真に受けてるわけじゃないんで、まだましなんですが。

投稿: 石田剛 | 2007年10月13日 (土) 02:24

石田剛さん、今晩は。kikulog等で、ご意見、拝読しております。

色々の分野の専門家が、ゲーム脳を肯定的に取り扱っているのを、結構見る事があります。基本的には、新奇の文化に対する過剰な恐れから、具体的に考えるのを蔑ろにしているのかな、とも思います。しかし、ゲーム脳の「極端さ」というのは、かなりなものであるので、そこに何故気付かないのかな、というのは、ある意味不思議ですらあります。

▽▽▽引用▽▽▽
石田は、最近子供が通っている幼稚園から、「ゲーム脳」を肯定的に紹介するチラシをもらって、どんよりしてたりします。
△△引用終了△△
先日、石田さんのブログで確認しました。ニセ科学の内、ゲーム脳は、公の機関が主催する講演会で取り上げられる事が多いので、大変問題であると感じます。

投稿: TAKESAN | 2007年10月13日 (土) 03:30

> kikulog等で、ご意見、拝読しております。
あ、そうですね。石田も kikulog で TAKESANさん のご意見読ませていただいてます。
石田なんぞは、 kikulog では科学の議論はせずに、たまーに脱線気味の茶々入れてるだけですが。。。(^^;

kikulog での皆さんの議論の経過は、科学や科学的な議論に関する、とても良い教材になってると考えてます。こういう物が簡単に読めるようになった辺りは、 World Wide Web の重要な功績ですね。

投稿: 石田剛 | 2007年10月15日 (月) 05:14

石田剛さん、お早うございます。

ホント、そうですよね。ああいった、中身の濃い議論が容易に読めるというのは、大変ありがたいです。kikulogでは、いつも、勉強しています。

お蔭様で、こちらにも、色々な方から有用なご意見を頂けて、とても助かっています。

WEBについては、弊害が取り沙汰される事も多いですが、有効に使っていきたいものです。

投稿: TAKESAN | 2007年10月15日 (月) 11:14

こんばんは。ちょっとご無沙汰です。

「医者には案外トンデモさんが多い」という命題は、感覚的にはかなり正しいように思われます。その是非はともかくとして、理由については普段から少し考えている事がありますので、ちょっと書かせてください。論点は概ね以下の3つです。

1)医学教育と科学教育の違い
2)学会の権威に対する医者のナイーブさ
3)医療に内在する不合理性

まず1)について。ひところよりは「考える力」を重視するようになってきたとはいえ、まだまだ「医者になる為の勉強」は記憶力が勝負といえます。つまり、どれだけ知識があるかが試されるわけであり、科学教育とは似て非なるものです。
このような状況の下では「与えられた情報を無批判に受け入れる能力」を発達させた方が、医者になる為には有利です。このあたりにトンデモを取り入れ易い土壌があるように思います。

次に2)ですが、通常どの医師であってもいずれかの学会に所属し(複数の学会に所属する事もごく普通です)、一定の条件を満たした場合にそれらの学会から認定を受けます。こうした「認定医」「専門医」といった制度は広く行き渡っており、医者になって何年も経つのに認定医も専門医も持っていない、というのはかなり恥ずかしい状態です。言い換えれば、学会の権威というのは医者になった後の段階においては極めて重要になってきますので、普通の医者は滅多な事では学会の権威を疑いません。
一方で医療の専門性が増すにつれて学会の数も増加してきており、自分の専門外の分野に関しては、どんな学会が存在するのか把握すらしていない医師が殆どでしょう。つまり、例えば「日本行動科学会」という尤もらしい名称の学会名を聞いた時に、その学会の言う事を(具体的に検証する前に)信じてしまう可能性も無きにしも非ずなのです。

最後に3)ですが、私はこの点では医師全般に同情的です。医療とは人の健康を守り取り戻すものである筈ですが、現実には薬石効無く亡くなられていく方は幾らでもいらっしゃいます。ですから、真面目で真摯に取り組むほど、医師は己の無力さや病の不合理さに正面から向き合わなくてはならなくなります。そうした不合理さに耐えるのはかなりのストレスであり、多くの医師は「必要以上に感情移入しない」という手段で自らの精神を護っていると推察されます。
よほど強い宗教や思想のバックボーンを持っていれば別ですが、そうではない(おそらく大多数の)医師達は、潜在的に非合理的な思想を受け入れ易い部分があるのではないかと考えています。

但し、以上述べた点はいずれも「臨床医」に当てはまる点であり「医学研究者」には適用し難いとも考えられます。

投稿: PseuDoctor | 2007年10月16日 (火) 22:41

PseuDoctorさん、今晩は。

ありがとうございます。大変参考になります。

1)~3)のそれぞれの分析、なるほど、と思いました。

たとえば、教育の現場にいる人や、若年者を主に診る医師等が、ゲーム脳に飛びつく(という表現でいいと思います)のは、やはり、何がしかの「実感」があるからなのだろう、と推察しています。いわゆる「子ども達が変わった」、という類のものですね。それを説明するものとして、ゲーム脳は、強い説得力を持つ論として、受け容れられるのでしょうね。実際、ゲームは物凄く普及しており、比較的新しい文化ですから、結び付けやすいのかも知れません。

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これは余談。

医学の専門家、と言えば。
私は、ある医師の講義を何回か聴講する機会があったのですが、その時に、聴講者から、トンデモの類の説について、質問があったのですね(医学・医療に関する質問なら何でも受け付ける、という進め方だったので)。その質問を受けて、その医師は、その説は論文になっているのか、とか、ちゃんとした論文が無いものは相手にされないのだ、という風に答えておられました。
その当時は、聞いていて、へえ、そんなもんなのか…というくらいの印象しか無かったのですが(他の部分の、医学と医療の違いとか、人体を科学的に捉える事等は、とても興味深いものでした)、今になってみると、なるほど、実は大変重要な事を仰っていたのだなあ、と思います。

その講義を受けた経験は、私が科学的・懐疑的思考を意識するきっかけとなった、重要なものでもあります。

投稿: TAKESAN | 2007年10月16日 (火) 23:35

メモ

http://pub.ne.jp/kisseiengineer/?entry_id=1025701

「安全を証明」とはどういう意味か、とか、「安全が証明された」ものはどういうものか、とか、色々疑問。どういう側面についての話?

メディアの特性と、メディアとどう付き合うか、というのは、分けるべき。「テレビを観ながら授乳」などというのは、テレビというメディアの性質とは関係が無いので(授乳を疎かにさせる効果があるのだ、とでも言うのかな)。

「確実に人格異常になる」? これは衝撃的な発言でしょう。

ニートとは、就学・就業に関する社会学的概念であって、心理学的な特性は、定義に含まれていないのでは。

一週間に一度の「ノーメディアデー」。それほど悪影響の強いものが、週一の休みを入れるだけでねえ。ゲーム脳にはお手玉等が効く、といった話を思い出す。

「電磁波」? 要するに、原因は電磁波だという事ですか。

ゲーム脳に関しては省略。

そもそも、「メディア」という表現は、広すぎるでしょう。

…ああ、どこかで見た文章に似ている、と思ったら、正論一喝氏の文章に、そっくりですね。

投稿: TAKESAN | 2007年11月 9日 (金) 15:27

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