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2007年10月に作成された記事

印度式

まだまだブーム続行!脳トレ最新アイテム(日刊ゲンダイ) - Yahoo!ニュース

インド式計算、って、最近よく聞きますが、内容を全く知らなかったりします。

で、そういうのが流行るのは、別にいいと思いますが、やっぱり、脳トレ的なものと結び付けて捉えられるものなんですねえ。

みんな、そんなに脳を活性化させたいのかな。

て言うか、本当に、脳を活性化させるという売りに乗って、ドリルなりを買っているのかな。計算の効率化が出来る、という事なんじゃないか、という気もしますけれど。それは実は、元祖脳トレにも言えるのかも。なんだかんだ言って、脳を鍛えるという部分より、やってて面白いから、というのがあるんじゃないかと。

でもあれですね。脳トレ系のゲームが流行るというのは、総合的に見ると、有益な事かも知れません。それらには、ほぼ必ず、計算問題とか、図形処理の問題が入っているので、そこら辺のセンスを磨くのに、なかなか良いツールなのかも。頭の体操の本が流行るのと同じ様な意味で。DSとかWiiの普及率を考えると、ケタ違いですしね。かなり贔屓目に見ると、ですが。

そういえば、近所の本屋で、インド式の本のコーナーがあって、何故かそこに、カレーの本がありました…。単に、「インド」って括りなのか。

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フルCG映画

『バイオハザード』が初のフルCG作品に! カプコンとソニー・ピクチャーズ エンタテインメントが共同制作 / ファミ通.com

株式会社カプコン | プレスリリース 2007年度

ゲームだから、そりゃあフルCGでしょう……と思ったら、劇場公開作品を制作、という事ですか。見出しをぱっと見たら、全然意味が解らなかった。

どんな感じになるんでしょうね。やっぱり、フォトリアルな方向でしょうか。バイオだし。トゥーンレンダリングとかだったら、違う意味で興味深いけど。

ゲーム原作のフルCG映画といえば、ファイナルフ……。

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しかし、今になって、何でまた、フルCGの映画を作ろうという企画が通ったのかな。実写映画もあるのに。バイオのCG映画を求める人がいるのだろうか…。

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ダメな正当化

ニセ科学の議論でも陰謀論の議論でも、よく出てくる話ですが、「自分を、世間に認められない悲劇の存在」と看做し、高名な科学者等に準える場合がありますよね。

よく引き合いに出されるのが、コペルニクスとかガリレイとか、ウェゲナーとか。

批判を「攻撃」と看做し、それが多くなるにつれて、「理不尽に攻撃されている自己」を、ガリレイの糾弾に重ね合わせたりする訳ですね。

たとえば、ちょっとダメになってしまった私が、次の様な主張を行ったとしましょう。

「掌にある皺の総ての長さの合計は、知能と高い相関関係がある。知能には、太陽から降り注ぐニャントロ光線を受け取る量が密接に関わっており、掌の皺は、ニャントロ光線を吸収する重要な部分なのである。」

この様な主張を唱えれば、ただちに、「何を言っているのだ」、「小学生からやり直せ」、「ムーの読み過ぎだ」、「はいはいわろすわろす」、等の罵倒の雨が、降り注ぐ事でしょう。もちろん、奇特で誠実な人間であれば、その主張のおかしさを、丁寧に指摘し、自覚を促す事でしょう。

しかし、ちょっとダメになってしまった私は、その様な批判を受けて、次の様に訴えるに違いありません。

「私の説に罵詈雑言を浴びせる批判者達は、新たな科学的原理を認めようとしない、愚かな存在である。その様な存在ばかりであるのは、悲劇的である。しかしながら、かつてガリレイがそうであった様に、私の説は、今後の科学的実証研究によって、必ずや、科学的真理の地位を獲得するであろう。その時に、批判者とその追随者達は、激しい悔恨の情に見舞われるに違い無い。」

ここで私は、既存の科学的理論等、全く意に介していない訳です。あるのはただ、持説に対する強い確信、理不尽に自分を糾弾する攻撃者に対する嫌悪、等の感情。そして、自分が真理を掴んだという強い自信。その真理を掴んだのが自分のみであるという、肥大した自尊心です。

まあ、そうなってしまうと、周りが見えなくなってしまうのでしょうね。他人の言う事など聞かないのです。自分が死んでから証明されるかも知れない、とか考えていれば、安心して死ねる訳ですし。

そこには、謙虚さのかけらもありませんね。他者の批判に耳を傾ける事も出来なくなってしまう。説得は難しいのでしょう。

なかなか悩ましい話です。

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わかりやすく

poohさんのブログでも、ちょっと触れられていましたが(以下、関係しているようで、全然違う話です)。

「解りやすい文章」を、書きたいものですね。

「入門書」の話を含めて、ここには、何度も同じ様な事を書いていますけれど。

そういう強い気持ちを持つのは何故かと言えば…

自分が、ものを読むのが大嫌いだったから、なのです(笑)

で、本をよく読むようになったのは、20歳前後なのですが、色々なものを読んでいると、自分の言いたい事を本当に解って欲しくて書いているの? とか、誰が読むかを想定しているの? とか。読者の対象がはっきりしているのに、その内容は無いんじゃない、とか、そういう文章が、目に付く訳ですね。

後、言葉遣いに力を持たせようとしている、と言うか、堅い言い回しで、文を高尚に見せようとしているんじゃないか、という学術書を見かけたりも。それ自体は特に構わないのですが、それでいて論理がムチャクチャだったりすると、目も当てられなかったりする訳です。語の選択はともかく、読点がほとんど無くて、どの語がどこにかかっているのかさっぱり解らないのもありますね。

私は、どういう語を用いるか、とか、文章に漂う雰囲気を大切にするとかいう事では無く(それは重要で、切り離して考えられる訳ではありませんが、一応ね)、考えている事をいかに適切に伝えるか、というのを重視しているので、とにかく、自分が何を考えているかを、正確に記述しようと心がけています。難しいですけどね。

もちろん、ジャンルにもよるので、どういうのがいい、とは一概には言えないものです。でも私、どんな分野のものでも、同じ様な評価の仕方なんですよね。無駄を削ぎ落としたシンプルさに、美しさを感じるのです。

親子の会話の水伝編なんかは、水伝について、いかに解りやすく説明出来るか、というのをテーマにしたものですが、なかなかに難しい。言うは易し……という感じ。

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バリエーション

静岡子育てニュース:食育のすすめ

コショクが日本を駄目にする - opeblo

服部栄養専門学校 - JFNオープンセサミ「服部幸應の『食育の時間』」がポッドキャスティングを開始しました

やー、こんな種類があるんですね、「コショク」とやらには。

他の所には、一理ある気もしますけれど、「粉食」はどうなんだ。こじつけに見えるし、これは、他国の食文化に対していわれなき非難になると思うのだけど…。

「濃食」…。これを「コショク」とするのは、いくらなんでも。

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有害情報

「漫画・イラストも児童ポルノ規制対象に」約9割──内閣府調査 - ITmedia News

興味深い記事です。

という事で、元ネタ⇒「有害情報に関する特別世論調査」の概要(PDFファイル)

さて、この手の調査で気になる事の定番といえば、標本の抽出法。えっと、抽出法は……あれ。ここには書いてないなあ。保留。て言うか、それは、どんな資料にも書いとくべきだと思うんですけど。

個別面接って、どうなんでしょうね。無記名で集計したとしても、回答時には、バイアスが掛かる気も、しないでも無いです。

思うに、このワーディングはいかがなものかと。「有害情報」というのは、害をなす情報という意味だから、「規制すべきか」と問われれば、普通、「すべきで無い」とは答えないものでしょう。私も、「有害」な情報があれば、規制すべきと思いますよ。……ところで、「有害情報」って何? 資料に載っているのは、定義とは言えないでしょう。ともかく、面接という状況もあいまって、そういう傾向が出る事は、考慮する必要があると考えられます。

単純所持については難しいですね。知識もあまり持っていません。保留。

アンケートの並びも気になる所です。21と22の内容を続けている所とか。

ところで、ITmedia Newsの方の、”「漫画・イラストも児童ポルノ規制対象に」約9割”というのは、妥当かな。「国として規制すべきだ」と、「各都道府県の条例で規制すべきだ」を纏めるのは構わないかも知れませんけれど、「規制の対象にすべき」と、「どちらかといえば対象とすべき」を纏めて、タイトルの様に表現するのは、ちょっとどうかな、と。「どちらかといえば」というのは、回答にあたっての情報が不足していて、答えに困っている場合に、取り敢えず回答したのも、含まれているのかも知れません。

これも定番ですが。

こういう調査をもって、「世の中(日本)の9割の人は」なんちゃら、とは考えるべきでは無いでしょうね。

有害、というと、あの方を思い出します。氏は、このニュースを採り上げるんじゃないかな。

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いんたびう

二次元至上主義!さんで紹介されてました⇒ゲーム研究データインデックス | テレビゲームへの正しい理解を

なんか、すっごくちゃんとした事を言ってるんですけど。

まあ、養老氏のゲーム好きは有名ですし、インタビューを受けてる媒体がCESAなので、あまり毒舌は炸裂させられないのでしょう。

養老氏は、身体を使うという事を、凄く重視しているのですよね。甲野義紀氏とも交流を持っていて、共感を表明しておられます。

しかし、身体が重要だというのには賛同するとしても(強く思いますよ、それは。ここに、武術・身体運動カテゴリーがあるのは、そういう理由からでもありますし)、その後の論理展開が良くない(ノスタル――かな)。一足も二足も飛んでいるのですよね。もっと慎重になって頂きたいものです。

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元々は

ゲームを学問的に云々するとか、そんな野暮な事してどうすんの? とか思ってたんですよね。

なんでしょう、ゲームについて、なんか思想的な事と絡めたり、そういう、無理矢理に「高尚」なものの様に持っていったりする意見とかに、凄い違和感を覚えていたのですね。(ここに関しては、未だにそう思っているのですが…)

また、もっと狭く、実証科学的に考えるという部分にも、嫌悪感を憶えていました。実証研究=現象を無理矢理切り取って解った風な事を言う不完全な考え方、という物凄い偏見を持っていたのです。これは、大変駄目な認識であるというのが、明らかになったのですが。

本当は、趣味として、カタく考えずに、楽しんでいたかったのです。

でも、色々な事を言う人が出てくるもので。

自分が好きな物事に、不当な、としか思えない批判を繰り広げる。そんな事をされると、やっぱり、どこがどうおかしいのか、という部分を、考えざるを得なくなるのですね。特にゲームの場合、初めから、バッシングされたりしていた訳で。

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スイソク

ABO FAN氏の主張する「関係がある」、あるいは、「差がある」というものが、母集団におけるわずかな差の事を言っている、というのが明らかになった場合(もうすぐ、はっきりするか?)、その後、どの様に議論が展開されるのでしょうね。

当然、ほんの少しの差などあって当たり前でしょうから、そんな事は別に、誰も否定していない訳です。

で、仮に、ABO FAN氏に、「いや、ほんのちょっとでいいんなら、それくらいの差、あるでしょうよ。」などと言ったとして、果たしてそこから、「程度問題」に関する議論に展開するでしょうか。ここが非常に難しい。ABO FAN氏にとっては、「自身の意見に同調した」、あるいは、「関係がある事を認めた」、と認識されるでしょうから。

簡単な喩え。

A型の人間(全部)の平均身長と、B型の人間(全部)の平均身長に、8mm違いがあった事が判明した場合、「血液型と身長には関係がある」と、言うのだろうか。また、「差がある」と言うのだろうか。

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ビーム・カタナ

ITmedia +D Games:ビーム・カタナでメッタ斬り――「ノーモア★ヒーローズ」

ITmedia +D Games:なぜ51本? 公式サイトで動画を配信――「NO MORE HEROES」

これはなかなか面白そう。「爽快感」ってやつですか。

51本のムービー、ここですね⇒NO MORE HEROES : SPECIAL

↓なんか、「ゲッコーケン」って聞こえる。「月光剣」? て言うか、ムービー、何気無く、全部観てしまった。結構良さげ。

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新説?

先生と青い鳥: ゲーム脳

これは新しい。

あまりにも新しいので、思わず唸りましたよ。

いや、似たような事を言っていた人が、いた気もしますが、ちょっと憶えて無いですね。

ともかく、新しい。

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至る

apjさんの掲示板(ニセ科学掲示板:一般用の、「みなさんの、ニセ科学批判や懐疑主義の元になった体験は?」スレッド)に書いたコメント(http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/psbbs/general/tree.php?n=14)を転載。

私の場合は、小さい頃から、「少数派」側に属していた、というのが、素地になっていたかも知れません。
余りポピュラーでは無いものに興じていたりすると、バカにされたり、色眼鏡で見られたりする訳ですよね。そうすると、自分を客観視せざるを得ません。それで、常識と社会に思われている事でも、疑ってかかる様になったのだと思います。
後は、テレビばっかり観たのも、影響していますね。ワイドショーなんかを観ていて、同じ対象でも、局によって、全然言っている事が違っていたり、情報が不正確であったりするのを学習するのですね。そうして、マスメディアの情報も疑わしい、という認識が出てきました。

ニセ科学批判については、ゲーム脳と血液型性格判断がきっかけですね。
ゲーム脳は、正に、非難されている文化を愛好する当事者ですし、血液型性格判断の方は、経験的に、全く信頼に足らない、と思っていました。これらについて、調べている内に、apjさんやきくちさんの書いたものに当たり、「ニセ科学」という概念がある事を知りました。それまでも、物事を懐疑的に見ていた方ではあったと思うのですが、ニセ科学というのがクローズアップされて批判されている事に、強い関心を持ち、今に至っています。
それと共に、自然科学を学ばないといけない分野に興味を持ったのも、きっかけの一つですね。それまでは、懐疑的ではあったが、科学的では無かった、と言えるかもしれません。超常現象を信じていた時期もありますし…。

少数派に属していると、「違いを知ろう」とする、また、「理由を探ろう」とするのですね。なんでこうなの? という感じで。そうすると、物事を相対化してみるようになる訳です。認識が内側を向く、と言うか(内向? ユング読んで無いから知らないけど)。

そうすると、何でもかんでも疑ってかかるんですよね。また、自虐的にもなったり。必ずしも、科学的な懐疑的思考では無いけれど、物事を鵜呑みにしない性向は、そうやって育まれたのかも知れません。それが、現在の認識の素地になったと、分析しています。

尤も、そういうのが、ちょっと方向性を誤ると、懐疑と言うよりも、猜疑と言った方がいい様な認識に陥る可能性もあるのですね。と言うか、なりました。懐疑と自虐と妬み嫉みが合体した、物凄くいびつな認識。

それを解消するのは、「他人の事はどうでもいい」、と思う事。自分を高めるのが大切であって、他の人の位置なんか気にしたってしょうが無い。嫉妬した所で、自分の力が向上する訳ではありませんしね。うーん、なんて合理的なんでしょう。

あ、でも、「無関心」とは、ちと違いますね。それから、無理矢理そう思い込もう、というのとも、異なる。心の中で蠢いているものがあるのに、無理矢理思い込もうとするのも、凄くきついですからね。だから、「思い込む」んじゃ無くて、「なる」んです。

実際、そういう認識(完全に、というのは無理だけど)に至ると、「楽」になれます。ある人が言っていました。大切なのは、自尊心では無く、向上心だと。

とか何とか言って、自分がどこまで出来ているか、というのは、微妙な所ですけれど。でも、上に書いた様な事を考えられるくらいの余裕は、あります。

あまり自分の心を締め付けても、しょうが無いのですよね。

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…一体、何について書こうとしたんだろう。

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後半について。

物事を疑ってかかるからといって、また、論理的にものを考える傾向にあるからといって、それが「科学的」であるとは、必ずしも言えないですね。何故なら、知識にも依存するから。これ、事あるごとに書いてるなあ。

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手段

痛いニュース(ノ∀`):亀田父「あの頃ミニ四駆が流行っててな、いつも興毅が優勝すんねん。俺がさすねん。モーター改造して」…変わらない反則

あれですよ。定められたレギュレーションのもとで、知恵を絞って改造し、マシンを競わせるから、面白い訳ですよ。

公式ルールで、ハイパーダッシュモーターを使えず、ハイパーミニモーターまでしか搭載出来ないという条件があるから、その分、本体を軽量化したりして、少しでも速くしようと試みる訳ですよ。

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地元の(公式では無い)大会に出たら、コースの壁が低すぎて、ハイマウントローラーが何の役にも立たなかったり。

ワンウェイホイールが、役に立っているのかどうか解らなかったり。高級なパーツを付けてるんだ、ていう見栄もありましたですね。

ボールベアリングとか、異常な値段でしたね。ミニ四駆用のドライバーセットなんて、+/-ドライバーとヤスリのセットで、600円くらいしたなあ。今でも持ってますよ。高いだけあって、かなり丈夫です。

アバンテJr.(ググりましょう)が欲しくて模型屋回っても、全く売り切れか、抱合せ販売しか無かったり。

…現在のミニ四駆の画像が載ってるけど、何だあれは? なんかカッコイイぞ。

なんだか、書いてたら、ミニ四駆欲しくなってきたなあ。

ミニ四駆PRO TRFワークスJr. ミニ四駆PRO TRFワークスJr.

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ミ…ミニ四駆PRO? 何それ?

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今はこんなのがあるのかー。

ミニ四駆グレードアップパーツ MSシャーシ用 ハイスピードギヤ (4:1) Toy ミニ四駆グレードアップパーツ MSシャーシ用 ハイスピードギヤ (4:1)

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こういうの、あったなあ。

ミニ四駆情報

懐かしいですな。ホライゾンとか、もう売ってないのかな。プロトエンペラーとかあったなあ。

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エピデミック

エピデミック: 書籍: 川端裕人 | 角川書店・角川グループ

これは読まねばなるまい。

なんか、めまぐるしくストーリーが展開しそうですね。

疫学を、どう物語に組み込んでいるのか、楽しみであります。わくわく。

川端さんのこの本、かなり面白いです↓ ゲームやネットをする人には特に、「解る」と思います。

The S.O.U.P. (角川文庫) Book The S.O.U.P. (角川文庫)

著者:川端 裕人
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生き死に

Interdisciplinary: スイッチは余り関係無いんじゃ?のコメントに投稿しようと思ったけど、長くなったので、エントリー上げます。軽くガラが悪いです。

掘り出しニュース:中学生の2割「死んでも生き返る」 - 毎日jp(毎日新聞)

この調査については、別の所に書いた気もするけど、どこか忘れたので(もしかしたら、全然違う話かも。似たようなのが多いので)、ここへ。

なんか、本になったそうで。

2割って、めちゃくちゃ少ないよね。(調査対象の)8割の人が、人間は死んでも生き返らないと考えているのが、ある意味脅威的だ。

▽ゲームを毎日3時間以上する小学校低学年児童は「死んでも生き返る」と答える割合が多い

勘弁してよ。なんでいきなり、こんな話が出るの? どう見ても、印象誘導じゃないか。
ゲームに全く興味の無い人にも聞きたいけど、こういうのって、おかしいと思いません? だって、「だからどうした」、としか言いようが無い話じゃないですか。

復活とか輪廻とか、死=自我の消滅とか、そういうのって、そんな簡単に、どっちが良い、とかいう問題じゃ無いだろうに。そもそも、皆が思ってる「生き返る」って、全部おんなじ意味なの?

こういった調査からは、一般論は引き出しにくいと思う。どういう属性の人はこういう傾向がある、という類のね。で、そんな調査の対象の内部で見られたデータにおける傾向の話をしてどうするの、という感じです。大体、ゲームを3時間やる人は、全体の何割なんだろうね。で、その中の何割が、死んでも生き返る、と答えたのかな。

仮に、一般的に、ゲームをやる時間が長い人は、生き返りを信じている、という傾向があったとして、それをどう解釈するかは、また別問題。

東京大名誉教授で解剖学者の養老孟司さんが「命の大切さを実感させるには、死んだ人を見せればよい。『理解』するのではなく『実感』させることに意味がある」などと説いた提言も盛り込まれている。

そんな単純な問題か? いや、死を身近に感じさせるのが重要という意見には、特に反対はしないんだけど。まあ、抜粋された文なので、このくらいで。

あ、ふと思いついたけど。
「命の大切さを実感する」事と、「生き返りを信じる/信じない」って、関係あるのかな。そもそも、「命の大切さを実感する」とは、どういう意味?

死生観ってのは、単に科学の問題では無く、様々な、思想的・宗教的なものが、関わっているはずで、それは、とても複雑な事だ。調査を行うのは意味が無い、なんて言わないけど、やるんなら、しっかりやるべきだよね。

こんな書き方をしていると、「もし、しっかりとした研究がなされていても、難癖をつけるに違いない」、と思われそうですが、そんな事は、全くありませんので。ただ、ゲームという「メディア」の影響というものは、コンテンツを考慮しなければ論じられないので、少なくとも、ゲームはこうだ、という、時間的に普遍な、固定した影響を言う事は、不可能です。メディアそのものの特性の影響力を論じないのであれば。そこら辺が、化学物質の生体に与える影響等の現象との違い、なんでしょうけれど。

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たとえ話

Interdisciplinary: 思考実験:血液型性格判断 関連

喩えをもう一つ。

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4色の饅頭があります。全部で1300個。内訳は、赤(520)・緑(390)・青(260)・黄(130) 色による味の違いはありません。

で、それぞれの饅頭には、4種類の餡が入っている、としましょう。餡の種類は、こしあん・つぶあん・うぐいすあん・白あん です。

で、饅頭を渡されて、食べたり割らずに(当たり前)中身を当てます。もちろん、饅頭は何度も食べた事があり、その人なりの経験から、「赤い饅頭には、うぐいすあんがよく入っている」、なんて信念を持っている訳です。

で、各色の饅頭におけるあんの種類の割合が、どのくらい ずれれば、「関係ある」、と言えるか。また、高い確率で中身を当てる事が出来るか。

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こんな感じで。

我ながら、しょうもない事に拘るなあ…。

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差別発言

ノーベル賞博士、差別発言(産経新聞) - Yahoo!ニュース

ワトソンの発言という事で、大きな論争を起こしそうな予感。

っと、ググってたら、こんなのが⇒CNN.co.jp : ノーベル賞のワトソン博士、黒人差別発言を謝罪   - サイエンス

DNA研究のパイオニア、ジェームズ・ワトソン博士の「黒人はバカ」発言、波紋を呼ぶ |世界の三面記事・オモロイド

黒人差別発言で講演中止に ノーベル賞のワトソン博士(共同通信) - goo ニュース

こういう問題を考える上で、せめて、これは読んでおくべきでしょうね⇒

人間の測りまちがい―差別の科学史

凄まじく読みにくいですが、大変示唆に富んだ本です。

この問題については、まだ知識不足なので、もっと勉強せねばなりません。

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ストフォー?

【イメージ映像も公開】『ストリートファイター』シリーズ最新作『ストリートファイターIV』がついに始動! / ファミ通.com

STREET FIGHTER WORLD

ついに、ナンバリングタイトルの新作が。IIIから、10年も経つのか…。

うーん、ゲーム画面を見たいなあ。やっぱり2Dかな。個人的には、その方がいいです。

昇竜拳を出すのに四苦八苦していた頃が、懐かしいですな。「歩きながら波動拳」、とか言って。

初めてストIIやった時は、震えましたよ。あまりに面白くて。

スーパーファミコンで発売された時には、ひたすらやってたなあ。友人を家に呼んで。

思い出のゲームの一つ、です。

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公式狩猟試験

『モンスターハンターフロンティア』の話。このゲームでネタバレというのは、あまり考えなくていいと思いますが、一応。以下、ある程度進めないと解らない情報が書かれています。て言っても、公式サイトには載ってるんですけどね。

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HR50から受けられる試験(ミラボレアス討伐)を、ソロでやってみました。

ググったら、アンフィスバエナでソロで討伐した、という報告を見つけたので、私もそれでやってみたのですが、上手くいかないですね(ちなみに、その前に大砲ハメを試みて、時間切れ失敗)。

壁ハメに追い込む頻度が少ないとか、スキル不足とかでしょうね。いや、スキルはまあ、そこそこなので、結局の所、武器の火力不足かな。とは言え、討伐は出来るっぽいので、立ち回りに無駄があったのでしょう。

結局、残り30秒で討伐出来なかったので、リタイアしました。

途中2死。壁ハメ中、前転で間合いを詰めたら腹下に入ってしまった、という失態を…。

ちゃんと、顔も狙って、タルも持っていくべきだったかなあ。

まあ、猟団の人達がHR48になるまで、のんびり挑戦してみます。

紅蓮双刃でも作るかなあ。でもそれには、やつの紅玉が…やつの塵粉が……めんどくさい(笑)

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思考実験:血液型性格判断

血液型性格判断について、論理を単純化し、ある理想的な研究が可能だったと想定して、それから何が言えるのか、どう考えるべきか、というのを、書いてみたいと思います。

まず、いくつかの仮定。

  • 性格は、状況によらず、一貫していると考える。
  • 性格は、性格検査によって、適切に測定出来る、とする。
  • 性格は、4種の類型に分ける事が出来ると仮定する。それを仮に、タイプI・タイプII・タイプIII・タイプIVの4種類とする。それは、誰もが認め、科学的にも妥当な考えだと保証されている、と仮定する。
  • 人は、他人の性格を、行動のパターンから、適切に分類する事が出来る、とする。

次に、ある大規模な研究を仮想する。

  • 日本に居住するある程度(適当です)の年齢以上の人について、血液型の検査と、性格検査を施す。つまり、悉皆調査を行うと仮定する。
  • 調査対象の100%について、適切なデータが採れたとする。
  • そうすると、各血液型ごとの、性格類型の割合が判明する。

さて、この様な研究によってデータが得られたとして、

  • 割合に、どの程度の差があれば、「性格と血液型は関係する」、と言えるか。
  • また、割合にどの程度の差があれば、「血液型から性格を当てる事が出来る(と認識される)」という現象が、成立し得るか。

A型におけるタイプIが○○%だとした場合、他の血液型でどの程度の割合であれば、「関係する」と言えるか。仮に、完全に対応しているとすれば(たとえば、A型-タイプII 100%、B型-タイプIV 100%、O型-タイプI 100%、AB型-タイプIII 100%)、関係がある、と言える。血液型から性格を言い当てる事は、完全に出来る。←あくまで仮想なので。

そもそも、「関係する」、と、「血液型から性格が当てられる(逆も)」というのは、同じであるのか。違うとすれば、どう違うのか。どこに線を引くべきか。

ABO FAN氏が「関係ある」と言う場合、何を想定しているのか。少しでも割合に違いがあれば、関係がある、と看做すのか。そこの所が、非常に解りづらい。「強い関係・弱い関係」云々と発言する事はあるが、とても曖昧な言い方。少しでも違いがあれば「関係ある」と判断するとすれば、「関係無い」と言えるのは、ほとんど考えられない(ここら辺が、ABO FAN氏のロジックなんですかね。0で無ければ「ある」と言える、という類の。よく解りませんが)。

ここまで単純化すると、後は結構簡単な話かな…。

色々ごちゃごちゃ考えている事はあるけど、取り敢えずはここまで。

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と思ったけど、脳に残っている内に、ちょっとメモ。

血液型と性格、とするから、解りにくくなるのかな。

金・銀・銅・木で出来た箱があり、その中に、赤・緑・青・黄の玉が入っているとする。玉の合計は1300個。

それぞれの箱に入っている玉の割合は→金(520)・銀(390)・銅(260)・木(130) 箱には、4色の玉が混合されて入っている。

玉を渡されたとして、色を見て、それがどの箱から取られたものかを当てる。

それぞれの箱に、どういう割合で玉が入っていれば、「高い確率で玉の色から箱の種類を当てる」という現象が成立するか。ベイズの定理を使うのかな。

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その割合を設定出来れば、血液型と性格がその様に分布している、という仮説が、「血液型性格判断」の仮説、と言えるのか。

後は、無作為に抽出したサンプルから、血液型ごとの性格の分布を推定して、あらかじめ設定した割合と著しくかけ離れていれば、血液型性格判断は反証された(いや、反証されてるんですけど)とし、適合していれば、「成り立っている」と結論する。

これが、「血液型から性格を言い当てる」という点を考慮した仮説構築とその検証、と言える…のか?

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シリアスゲームの本

シリアスゲーム―教育・社会に役立つデジタルゲーム Book シリアスゲーム―教育・社会に役立つデジタルゲーム

著者:藤本 徹
販売元:東京電機大学出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する

読みました。

実にいい本だと思います。とても読みやすくて、ゲームやシリアスゲームについて、よく纏められています。

poohさん風に言うと、「マスターピース」ですね。

ゲームの定義、それを踏まえた上でのシリアスゲームの定義の説明から始まり、シリアスゲームの開発・研究がどの様に展開されているか、というのが、丁寧に解説されています。

全てのゲームはシリアスゲームと言える、というのは、私も考えた事がありましたが、その部分についても、書かれています。

ゲームを教育に用いるとはどういう事か、という所に興味がある人にとって、必読の一冊と言えるでしょう。

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是非、遊鬱さんやたこやきさんにも読んで頂いて、書評を書いて貰いたいなあ、なんて。

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臨床心理学における―

後藤和智さんのブログ→安原宏美さんのブログ経由で知りました↓

臨床心理学における科学と疑似科学 Book 臨床心理学における科学と疑似科学

販売元:北大路書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

これは、読まねばなりませんな。

なかなか大部の本で、読み応えがありそうです。

安原さんが本書を採り上げたエントリーはこちら⇒「臨床心理学における科学と擬似科学」|女子リベ 安原宏美--編集者のブログ

私は未読で、その内読もうと思っている本も、ついでに紹介しておきます。

「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た Book 「心理テスト」はウソでした。 受けたみんなが馬鹿を見た

著者:村上 宣寛
販売元:日経BP社
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IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実 Book IQってホントは何なんだ? 知能をめぐる神話と真実

著者:村上 宣寛
販売元:日経BP社
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フロイト先生のウソ (文春文庫) Book フロイト先生のウソ (文春文庫)

著者:ロルフ デーゲン
販売元:文藝春秋
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ロールシャッハテストはまちがっている―科学からの異議 Book ロールシャッハテストはまちがっている―科学からの異議

著者:ジェームズ・M. ウッド,スコット・O. リリエンフェルド,M.テレサ ネゾースキ,ハワード・N. ガーブ
販売元:北大路書房
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後藤さんの所にまで、あの人の物と思しきコメントが出現してますね。後藤さんは事情をご存知無いでしょうから、訳が解らないのではないかな…。

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メモ:下肢の使い方

武術では、「足を使わない」動きが良い動きだ、と言われる事がある。

これは、端的に言うと、足首関節の底屈を主には用いない、もしくは、先行させない運動。

半身で立ってみる。そのまま、「足裏を地に着けたまま」、足底の前側で、地面を押す(つまり、足首を底側に回転させる)。当然、普通に足首を曲げれば、踵が浮く。しかし、足裏を着けたままという条件があるので、他の部分の筋肉を収縮させて、見かけ上は運動していない様にする必要がある。そうすると、下腿の辺りに充実感を覚える(筋感覚等が基になっているのだろう)。それを、「力(←武術的に肯定的な意味での)が充実している」、と捉える場合がある。ある知覚に、好ましい意味付けを行う訳である。

しかるに、その運動は、ただ姿勢を維持するためには、エネルギーを無駄遣いしているし、何より、本来他の目的に用いられるべき筋肉を、「余計な事に使っている」という意味で、力学的にも不合理である。

「下肢を動かすには、まず足首を底屈させる」、という運動は、無意識のレベルまで刻み込まれているスキーマであると考えられる。尤も、それを確認するには、実証研究が必要であるが(体育学等で、なされているかも知れない)。

骨盤から下の解剖学的構造を考えてみると、身体を移動させるために、まず足首を動かすのが不合理である事は、すぐに解る。四つんばいになってみて、手で地面を押して身体を浮かせようとしてみれば、解りやすい。肩を上げて上腕を回転させるのを先行させるのが良いのは、当たり前と思うはず。

だが、下肢の場合、なかなかそうはいかない。理由は何故だろう。常に接地しているからだろうか、手は細かい作業を行うので、上肢帯は、どんな人でも、ある程度は自由に動くのだろう(個人差は大きいが)。それが、下肢の適切(より合理的)な運動を気付かせない(思い出させないと言った方が良いか)のかも知れない。当然、社会的な理由、即ち、「教育」の効果も考えられる。つまり、歩く時は足で地面を蹴って進みましょうと教えられれば、それを学習する、という事である。

下肢の場合も、上肢と同じく、「根元から」動かすべき。そのためには、足首の運動を先行させずに(固めるという意味では絶対無い。これ重要。「足を使わない」というのを忠実に守ろうとして、ギチギチに固める場合が見られる)、大腿部を先行させる。

足首の運動を先行させないためには、あまり重心を前に置くべきでは無い。前に出過ぎると前方に倒れるから、強めに足首で地面を押して、倒れない様に修正しなければならない。だから、もっと後ろに重心を置き、足首を微細にコントロールし、倒れない様にする(ほうきを逆さにして、柄に掌を当ててバランスをとる遊びがあるが、それをイメージすると、解りやすい)姿勢を、デフォルトにするべきである。そうすると、「グッと足で地面を押している感じ」が無くなり、重心がゆらゆらしているさまを味わえる様になる。これが古来、「浮身(これは、全身の”感じ”に着目)」や「足を使わない(下肢に着目)」等と呼ばれた身法なのであろう。

即ち、「体幹主導系(被制御体幹系)」(高岡英夫による)の運動。体幹部の大きな筋肉を先行して用い、四肢はそれに従って動かす。手をつかわない、足を使わない、という類の教えは、この構造を身に着けさせるものだろう。

さて、大腿を先行させる、と先述したが、これを考える際、注意しなければならない事がある。

それは、「腿を上げる」積極的な意思を持って行うと、却って良くない運動になる場合がある、という所である。

大腿を挙上させる筋肉は、深部にある腸腰筋や、太腿(こっちは「ふともも」と読んで下さい)の表面にある大腿四頭筋であるが、腿を上げろと指示されてそれを行う場合、後者が積極的に使われる場合がある。大腿直筋は、二つの関節をまたがっているから、股関節の屈曲(挙上)と共に、膝関節も伸展させる。これを、最小限に抑えなければならない(下腿は自由に動いた方が、より精密な運動が出来る。力学的な問題もあるだろう)。だから、ただ単に太腿を上げて、腸腰筋を使うようにする、というトレーニングを見かける事があるが、あれは、「使えるようにする」という点においては、あまり好ましく無い。たとえば、太腿の表面に触れながら、そこが硬くならない様に注意しながらゆっくり腿を上げる、等の配慮が必要だろう。

また、大腿四頭筋をゆるめ、足首を柔らかく使うために重心を後ろにすると、腿の裏側が使える様になる。ほとんどの人は、前側に重心があり、前に倒れるのを防ぐために、足首の底屈や膝関節の伸展を使っているが、上手く身体を使えている人は、逆に、後ろに倒れるのを、股関節の伸展(大腿骨を、後方に回転)によって防ぎ、身体を支えている。「出来る」人は、普段何気無く立っている時も、腿の裏が張っているはずである。

この様にして、身体の中心が使えてきて、末端を微細にコントロール出来るようになってくると、独特の「感じ」が出てくる。古来、武術を修めた人は、この「感じ」を、何とか言語化しようとしたのであろう。それが、「浮身」であったし、「無足」である。「抜き足」や「差し足」も、その一種なのかも知れない。

参考文献:

究極の身体 Book 究極の身体

著者:高岡 英夫
販売元:講談社
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サッカー日本代表が世界を制する日―ワールドクラスへのフィジカル4条件 Book サッカー日本代表が世界を制する日―ワールドクラスへのフィジカル4条件

著者:高岡 英夫,松井 浩
販売元:メディアファクトリー
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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ちょっとした、もしかしたら一時的かも知れない変化

こないだ郵便局に行ったら、対応が若干丁寧になっていて可笑しかった。

それまでが、ダメ過ぎたんですけどね。超つっけんどんで。

荷物を送るために行ったんですけど、職員が外にいて、中に荷物を運んでくれました。そんなの初めてですよ(笑)

民営化直後だから、あんな感じなんでしょうけど。その内元に戻るのかどうなのか。

なんか、授業参観の時だけ良い子を演じる児童みたい。恒常的になればいいんだけどなあ。

サービスが良くなるのなら、それは歓迎ですね。

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求めない

「じゃあ、水伝を科学的に検証するには、どうすればいいんですか?」、「そんなに否定するなら、実証(反証)して下さいよ。」という類の発言に対する返答。それは……

そんなもん、知らんがな。

でしょう。乱暴な言い方ですけどね。

あれです。江本氏等は、「自分はこんな事を思い付いた。それを確かめるために、こんな事をやってみた。そうすると、こんな結果が出た。だから、”こんな事”は正しいだろう。」と言っている訳です。

それで、その「(二番目の)こんな事」が、全く検討に値しない代物なのですよね。つまり、無くてはならないもの(しっかりとデザインされた実験)が無い。

で、「思い付き」を、「科学的知識(あ、ポエムとかファンタジーとか、そういうのは無しね)」として認めて貰おうと思うんなら、自分でやらなきゃ。単なる思い付きなら、無数に出てきますからね。

適切な実験計画を立てて、それに基づいて実験し、論文に纏めて、ちゃんと他者の批判に耐える様なものを作り上げて、それを発表する。それが、第一段階でしょう。

それが無いから、「相手にされない」訳です。

要するに水伝は、「それ以前」の問題な訳ですね。認めて貰いたいなら、自分できちんと考えましょう。結局、「こちらで考えてあげる必要など全く無い」のです。尤も、思い付きに対して何らかの興味を持ち、それを積極的に検証したい、という人はいるでしょうが、それは、個人の興味・関心の問題であって、「求める」ものでは無いのです。

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メモ:一教~三教

一教(表)――脈部を捕る。上腕の、最も肘寄りの部分を捕る。手は鷲掴み。鷹の爪って言い方もあるかな。上腕が抜けそうな方向へ入る。腕は使わず(つっかえ棒の様に)、体捌きで。かと言って、ガチガチに固めては、絶対ダメ。

一教(裏)――他の全ての技に言える事だけど、肩関節の運動、肘関節の運動は、積極的には「使わない」。でも、固めない。両手に雑巾持って、窓を拭く様な感じかな。

二教(表)――一教と一緒。肘を押さえる手を疎かにすると、手首を持った手を甲に掛ける時に、返される。

二教(裏)――お辞儀する様に(極めの部分)。眠気に襲われて「ガクっ」となる様な感じで、上体を倒す。手でぐりぐりねじろうとしてはいけない。添えるだけでも効く。

二教(交差取り)――紐でも何でもいいけど、細長いものが、相手の前腕をぐるぐる巻く様なイメージで、手刀を使う。相手の前腕を回内させる技だという事を忘れないようにする。

三教(表)――途中までは、一教と一緒。肘を持った手を、相手の手を三教に捕るべく移動させる時注意。手首の極めは、相手の前腕が綺麗に回る様に、力を働かせる。相手の前腕が垂直で無ければ、それに応じて極める。

三教(裏)――途中までは、一教裏と同じ。極めから相手を引き倒す時、ちゃんと、相手の身体全体を見て崩す。極めを利用する。

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WAKARU

Spherical-moss.net » 「わかるわかる!」が嫌いです

はてなブックマーク - Spherical-moss.net � 「わかるわかる!」が嫌いです

「わかるわかる」、と、同じ語を連続すると、ちょっと軽く感じますですね。

何の話をしているか、という文脈でも、変わってくるでしょうね。

文字にすると同じ「わかるわかる」でも、誰が言ったかとか、どの様に言ったか、とかで、また違いますね。

そもそも、実は、「わかるわかる」のシニフィエが、違うのかも知れませんよ? TsumuRi