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2007年9月に作成された記事

2007年9月30日 (日)

某氏へ。

ギャラリーは(どれくらいいるかな)、ちゃんと解っていると思いますよ。

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単なるメッセージなので、コメントは閉じます。

恥ずかしさを自覚出来ない人間にはなりたくない。

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観察力

A-WINGさんのブログで、漫画家の山本貴嗣さんのサイトを紹介して頂きました⇒あつじ屋(※軽い18禁コンテンツあり)

山本さんといえば、かなりマニアックな武術の知識に基づいた設定がある作品を描かれたり、ファミ通(『ファミコン通信』時代だったかな? 記憶曖昧)で連載されていたり、『メタルマックス』のキャラクターデザインをされた方ですね。

で、その山本さんのサイトですが、とても面白いページがありました⇒・武術のこと武術のこと 2武術のこと 3

そこら辺の武術家より武術の事を解っておられるな、という印象。それはもちろん、「身体で」、という事では無いでしょうけれど、非常に高い観察力と、それを分析し、記述する力を持っておられる。動きを観るセンス(註:私は「センス」という語に、「努力によらない」という意味を、含めません)が、ものを描くという行為によって、鍛えられたのでしょうね。

久々に、身体運動系で面白いページを見つけたので、嬉しくなりました。で、せっかくなので、山本さんの文について、引用して考察してみようと思います。※以下、山本さんに対する意見を書いている訳では無いです。

 無論なんらかの行動を起こすのに力がゼロでは動けない。なんらかの筋肉の緊張を伴うわけだが、実際に効果的な威力を出すのは「力む」ことと「完全脱力(糸の切れた操り人形状態)」の間にある状態であり、漫画や映画によく出てくる、筋肉や血管がびきびきとこれ見よがしに浮き出て膨れ上がった状態などでは断じてない。あれは武術的に言うなら使えない体、つまりは「死んだ」体である。

何もしていないのに、必要の無い筋肉を収縮させてしまい、「力を出している」という主観に満足しているかの様な人は、たまに見かけますね。当然それは、力学的にも不合理だし、エネルギーも無駄に消費する訳ですね。静止状態で、ある部分の筋肉を収縮させれば、拮抗筋も収縮しているのですから(だから静止している)、無駄なのですね。優れた身体運動とは、・必要な筋肉を ・必要なだけ ・適切なタイミングで収縮させる事なのですから。

ところで、こういう文脈で、「完全脱力」という語を、頻繁に見かけます。では、「完全脱力」とは何でしょう。これをちゃんと説明出来る人は、いないでしょうね。そもそも曖昧な概念です。たとえば、骨格筋を全て弛緩した状態、とすると、当然それは、不可能な事です。起立も出来ないし、何より呼吸(横隔膜や呼吸筋の運動の結果)出来ない。ですから、当然、それは前提としていない。では何を意味しているかと言えば、それは、目的の運動に必要な筋肉等を自覚する事無く、ただ「何となく」力を抜いている状態、という意味でしょう。即ち、構造化されていない、ごちゃごちゃした、偏った、等のイメージを含んでいる語、と言えます。科学的に脱力(に、高級な身体運動の前提の状態という意味を担わせれば)と言えば、必要な部分を弛緩させ、必要な部分を収縮させる、という事です(高岡を参照)。で、力を抜く、という所で重要なのは、「力を抜いていると思っているのに”抜けて”いない」、という部分。肩こりをイメージすると、理解しやすいでしょう。

 拙著『セイバーキャッツ』で主人公が力自慢の大男に腕を曲げてみろと言い、大男が必死に曲げようと試みるが曲がらない。しかし主人公の肩はまったくリラックスしていて自由に動くといった場面を描いたが、ああいう状態が実際にあるのである。

腕を曲げられない様にするには、腕を曲げる運動に拮抗する働きを持つ筋肉、即ち上腕の伸筋群を収縮させるのが必要です。しかるに、(これは、ちょっとプチ実験をやってみると実感出来ますが)「腕を曲げようとするから、曲げられない様に頑張ってみて。」と言って、相手の腕を曲げようとすると、多くの人は、力こぶが出る部分、つまり、「腕を曲げる」筋肉を、収縮してしまうのですね。これは面白い事です。筋感覚その他を総合した知覚に対する価値付け(頑張っている。力を込めている)と、解剖学的構造を合理的に用いる運動とが乖離する、良い例です。ちなみに、曲げられない方法は簡単。「力を抜いて、肘を伸ばす様にしてみて」、とでも言えば、力を出している感じが減り、前より遥かに頑張る事が出来ます。その時に上腕二頭筋に触れてみれば、ふわふわ柔らかいはずです。

その4 武術はクールに闘うものだ  2003 02 23

私も、武術に関心を持っている事もあって、涼やかな表情、表情筋の弛緩性が高い表情を好みます。イチロー選手や室伏選手がイメージしやすいかな。もちろん、室伏選手などは、ハンマーを投げ放つ瞬間は、物凄い表情をする訳ですが、それは、競技の特性もあるのでしょうし、爆発的にパワーを発揮する場面では、そういうのも必要になるでしょう。表情筋の弛緩度と、全身の筋肉の弛緩度に、どれ程の相関があるか、というのを考えるのも面白い(生理学的にはどうなっているのだろうか)。

 フィギュアからデッサン人形にいたるまで大半の、いやほとんど全てと言ってもいい「人形が」肩の付け根からしか腕が動くようにできていない。これでは実際の人間の可動ぶりを再現することなど不可能。
 本当は人間の肩は、腕の付け根である上腕骨の根元を後ろから支える肩甲骨と、前から支える鎖骨とで形作られた可動し変形する三角形で構成されている。

これは、とても重要。話は飛びますが、3DCGを見る際にも、この観点は大切です。ぱっと見、「何か違和感が…」と思った時、肩の動きを見ると、大概、肩関節から棒が出た様になっていて、そこが不自然に感じます。もちろんこれは、モデリングを複雑にする事によって処理が重くなるのを避ける、という面もあるでしょうから、それが一概に駄目だ、とか、解っていない証拠だ、という事では無いと思いますが、テクスチャ等によって、表面の質感がよりリアルになってくると、構造上の異なりは、より強く意識されてくるのではないかと思います。

ちなみに、と言うか。山本さんが書かれている肩の使い方の所に関しては、若干の注意が必要。たとえば、「肩を怒らせる」と形容される体勢はいけない、沈肩が重要、とありますが、これは、根本の身体の使い方を考えると、必ずしもそうとは言えない、と考えられます。つまり、同じ「肩を怒らせている」様に見えても、片方は、肋骨も引きつられる様に上がってしまい、背中側は、筋肉が癒着したかの如く、ごちゃごちゃに固まったまま、体幹が歪んだ様になっている。片や、肋骨のポジションはそのままに、上肢帯や背中の筋肉が弛緩し、肩甲骨や鎖骨を運動させる筋肉が適切に働き、体勢を作っている。もちろん、後者の運動が優れている訳ですね。外形的な所から姿勢の良し悪しを論じる際には、慎重になるべきですね。これは、「肩は下げるべきだ」と強く考え、肩甲骨・鎖骨をギッチギに固め、結局、肩周りをメチャクチャに拘束させてしまった経験がある人間の、言わば「忠告」です(笑) とにかく、「柔らかく」。

ボブ・サップ選手。最近は見ていないので知らないけれど、物凄く柔らかい身体を持っているな、という印象でした。肩なんか、ぐるんぐるん回っていて。そういう運動が出来て、しかも筋量が豊富であったから、相当な威力であったろうな、と思います。

以下、「武術のこと 2」より引用。

武田幸三選手。ムエタイ時代の映像を観て、おお、これは凄いかも、と思ったのですが、K-1での試合の時には、若干身体が硬くなっていた様な印象を持ちました。映像を観ての推測ですので、客観性には乏しいですが。

今は亡きお爺様は正座した状態からジャンプして部屋の天井を蹴破れたそうである。お父様は「残念なながら足跡をつけるのが精一杯でなあ」。
 ちなみにお爺様は柔術ではなくもっぱら柳生の剣を極められた方だったとか。
 私の知り合いである「息子さん」本人は
 「天井にキックなんか届きゃしませんよ」
 時代は流れてゆくことよ。

さて、どういう構造の部屋であったのか、とか、天井の素材は、とか、色々気にはなります。もちろん、現在の一般的な家屋の構造から考えると、そういう芸当は不可能、と言うのが、妥当ではありますね。と言うか、運動の過程が想像出来ない。

一般的に、野球指導者や評論家が勧めるのは、こんな投げ方だ。まず上半身をひねり、ぎりぎりまでためを作って、ボールを離す瞬間にそのエネルギーを爆発させる。しかし、桑田はそんな「ねじり」や「ひねり」が必要ないという。
 「今の僕の投球を見れば分かると思うけど。全然力んでない。ボールを離すまでの腕の振りは皆遊びなんです。どういう風にしてもよくて、最後に最大の力を出せればいい」
 その「最後」に、力を総動員するテクニックが古武術だという。

当たり前ですけど、桑田選手は、身体を「ねじって」いるし、「ひねって」います。当たり前ですね。人間の身体は、その様に出来ているのですから。で、ねじらないとかひねらないとかは、より合理的な身体運動を促すための言語装置であって、決してバイオメカニクスの概念に対応している訳では無い、という事は、きちんと理解しておくべきでしょうね。そういう武術的な言葉の用い方って、凄く慎重にしないといけないんですけどねえ…。たまに、スポーツと対比させるかたちでそういう事を言う人がいるので、控えて欲しいです。

溜めてるんですよね。見えにくい所で。残念ながら、その論理を詳しくバイオメカニクス的に論じられる程の知識を、現在の私は持っていないのですが。※山本さんがそういう部分を無視している、という事では無いです。上の引用部分の後に、ちゃんと書いてありますしね。

武術の動きをスポーツに応用、というのも、慎重に行うべきですね。何故なら、「そもそも違うものだから」。果たして、現代の武術家からスポーツ選手が得るものは、あるのでしょうか。

武術や格闘技の話をしていると必ずどこかで出てくるのが「どの武術(あるいは格闘技あるいは流派、門派)が最強か」という話である。

昔っから、格闘技・武術ファンの興味をかきたててやまない話題ですよね。まあ、とっても難しい問題です。流派とは何か。個人差は考慮するのか。ルールはどうするか。会場はどうするか。各流派の最強の人物を集めて大会を開いたとして、その大会で優勝した者が属する流派が最強、と言えるのか。等々の、様々な事を考えなければならない訳ですね。こういう所に興味がある人は、高岡英夫氏の、『武道の科学化と格闘技の本質』や、『空手・合気・少林寺』シリーズを読みましょう。山本さんの意見、なかなか手厳しいですが、至極正論ですね。

昔某局の「○レビジョッキー」とかいう番組の「ガンバル○ン」に武術家としてゲストで登場、たけ○軍団の若い者に稽古をつけるところが逆襲されていい恥をかいたらしいのだが、惜しくもその回は見逃した。どなたかご覧になった方はいらっしゃらないものか(笑)。

『スーパージョッキー』ですね。観ましたよー。まあ、詳しくは語りますまい…。知ってる人は知ってるでしょうし。しかしあれですな。伝書とか段位が欲しい、と思ってる人って、どのくらいいるのでしょうね。そういう記号だけ持ってたって、あんまり価値無いのに。

セクハラする指導者とかいるんですね。そういう道場って、消滅すればいいのにね。※セクハラの概念に関する議論などの問題は置いときます。

いや、夏目氏とのやり取り、実に興味深い。しかし、夏目氏は、実に丁寧で、思慮深い文章を書く方なのですね。感心しました。

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ふう…。武術系のエントリーは、長くなっていけないなあ。つい、調子に乗ってしまうのですね。

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2007年9月29日 (土)

豪華

痛いニュース(ノ∀`):【DS】「FF IV」声優発表 ゴルベーザは鹿賀丈史、パロム&ポロムは釘宮理恵

これは、近年稀に見る良キャストでは? 個人が持ってるイメージはあるでしょうけれど(ゴルベーザはもっと若い声かなあ、とか。ちなみに、鹿賀丈史さんは、凄く好きな役者さんです)、それを言い出したら、キリが無いしね。

山ちゃんカッコイイ…。

Video Games ファイナルファンタジー4

販売元:スクウェア・エニックス
発売日:2007/12/20
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病膏肓に入る

自分がおかしな事を言っているのを指摘されているのに、それに気付かず、益々詭弁を重ねて、泥沼に入っていく。

少しでも、他人の話を真面目に聴こう、という意識があれば、自分の言っている事のおかしさを自覚出来るかも知れないのに、頑なになって、聞く耳を持とうとしない。

自分の正しさを確信しているから、他人が言っている事は、全部戯言に感じるのかも知れない。閉じてしまって、結局、どうしようも無くなる。そこから抜け出すのは、難しいのだろう。

だから、そういう認識に陥らないための基本的認識として、自分が他人より圧倒的に賢いと思い込まない事。自分を含めた数少ない人だけが、ある真実を知っている、と勘違いしない事。自分が知っている程度は、他にとっくに考えた人がいるだろう、という事――これらの自覚を持つべきだろう。謙虚さというのは、そういう事なんじゃないかと。

で、そういう自覚を持つために、圧倒的な実力を持つ人に接するという経験が、重要かも知れない。ああ、これは凄い、自分なんて全然ダメだ、という風に。なるだけ若年の時に味わった方がいいのかな。なかなか得がたい事だとは思うけれど。

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2007年9月28日 (金)

ゲームで学ぶ・学ばせる

硬い頭を軟らかく『算数パズルで磨く 学研 大人の思考センス』 / ファミ通.com

まあ、この種のゲームがよく出て、訳が解らなくなってますね(笑) でも、こういう「いわゆるゲーム性(なかなか曖昧)」には乏しいけれど、頭の体操に良さそう、というゲームが出ているのは、いいかな。そういうのは昔からありましたが、DSになって、目立ってきた、という印象。脳トレと、DSの入力デバイスのおかげ、かな。

シリアスゲームの国内外の動向と、ビジネスとしての課題

これは面白い記事。

どの対象をユーザーとして想定するかによって、ビジネスの形態も変わってくるのですね。

 ここからDSのゲームの話にうつり、「現在はブームだが、盛んに出ている知育ゲームがユーザーに飽きられてしまうのではないか」、「知育ゲームはコストが抑えられており、ゲーム性も薄く、ゲームを作りたいという開発者のモチベーションを下げかねない」、といった意見、「勉強にゲームを使うとしても、それが当たり前になったらやっぱり子供はいやがるのでは?」、「高齢者など新しいユーザー層が生まれている。もっとターゲットを絞れば企画は生まれてくるのではないか」、「知育ゲームは通常のゲーム以上に長いスパンで売れ続ける」などなど、立場に加え、家庭での体験も含めた意見が出てきた。

これらの疑問は、尤もですね。ゲームで教育、というのは、面白く無いと思い込んでいる勉強と、よく馴染んでいるゲームを結び付ける、という面がありますから、やはり、ドリルをそのまま突っ込んだ様なゲームは、すぐに飽きられるでしょう。現在売れているのは(売れているのかな? 果たして)、やはり、「目新しさ」ゆえ、という所もあるのだと思います。あるいは、「ゲーム機」という解りやすさ。携帯して持ち運び出来、カートリッジを入れ替えれば、複雑な操作をしなくても、別のコンテンツを簡単に楽しめる。つまり、「汎用性が無いがゆえの敷居の低さ」も、ポイントなのかも知れません。

で、そういうのは、いずれ飽きられるから、「ゲームならでは」、と思わせる事の出来るコンテンツが、求められるのでしょうね。ゲームのインタラクティブ性・エンターテイメント性、それとシリアスゲームに求められる要素を、どう兼ね合わせるか。

生粋のゲーム好きは、他の知識なりを学ばせる手段としてゲームを用いるのを、好まないかも知れませんね。薬を糖衣に包んで飲ませる様な、そういう「ごまかし」を感じる人も、いるかも。

私は、学校でマンガを教材に使っても良い、とか言う人間なので、色々あっていいんじゃない、という立場ですけれど。

ところで、私は、シリアスゲームについてあまり勉強していないので、よく知らないのですが(なので、適当です)、ある纏まった知識を学ばせるためにゲームを用いるとすれば、その知識そのものを前面に出して、それについて進めていくものと、「それとは知らずに」、ゲームを終わらせればいつの間にか知識が身に着いている、というタイプのものに、分けられそうな気がします。前者の例としては、レイトン教授みたいな感じで、ストーリーの合間に、色々な課題がさしはさんであって、それをクリア出来なければ先へ進めない、という構造。だから、動機付けとしては、ちょっと外発的な所があるかも。ストーリー等のエンターテイメント性に魅力が乏しければ、課題を達成しようとする意欲も喚起されない訳ですね。後者としては、私のイメージとしては、ある知識体系があるとして、その論理構造をそのままにし、それをストーリーやゲームシステムに「埋め込む」様なかたちにする、というものですね。たとえば、ミステリーで論理性が鍛えられる事がありますが、そういうのを、よりシステマティックに、構造を厳密にして、ゲームに埋め込む。そして、ゲームをクリアした頃には、知らず知らずの内に、何らかの知識が身に着いている、という。そういう要素は、今までのゲームにも、当然含まれている訳ですね。桃鉄で日本地図や地方の名産を憶えたり、『三国志』や『信長の野望』で、武将等の名前を憶える、とか。そういうのは、他の文化にも、あるでしょうね。マンガでも小説でも。それを、より正確に、厳密に、考証をしっかりして作る、という事です。

私がシリアスゲームの概念を知った際に、後者の様なゲームが出てくる可能性に期待したのですね。要するに、「勉強しているなどとはこれっぽっちも思わない」ゲーム。まあ、でも、そういうのは、「シリアスゲーム」と定義出来るのかは、判りません。それに、「面白いゲーム」と「正確な知識の伝達」を両立させるのは、とても難しいでしょうね。言うは易し、です。

もちろん、前者の様なものもあっていいし、一番上の記事で紹介されているものもあっていいと思います。色々あっていい。「勉強を毛嫌い」している人に、「ゲームという糖衣」で包んで与えるのもアリだと思うし。で、売れなきゃ消えていくだけ、ですからね。

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2007年9月27日 (木)

オススメ

右サイドバーに、「オススメ」のリンクとして、PseuDoctorさんが書いて下さるコメントへのリンクを貼りました。

読みましょうー。

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リファインと、現状

カプコン、WIN「モンスターハンター フロンティア オンライン」10月のアップデート情報を公開。有料の追加サービスも開始

ランスの三連ステップが追加されるのは大きいですね。

武器の性能を考えて、ステップの性能は下げたと思っていたのですが。実装されると、ランスが益々やりやすくなりますね。バックステップ→サイドステップも、出来るのかな。出来れば大変ありがたいですけれど。

スキルで「ステップ性能」とかが出てくるんじゃないかと、思ってたんですよね。

新武器…。ギャラリー大会、ほとんどやってないのですよ。ぶっちゃけメンドクサイ。下の方も、HR81以上とか言ってるし。今の所、全然関係無いなあ。

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そういえば、まだラージャン討伐してない…。忘れるんですよね。他の行ってると。

今は、リオソウルとディアブロSの強化をせねば。

よく使う武器は、ハンマー:ウォーバッシュ、ガンランス:スノウギア=ドライブ、弓:オオバサミIII(IVはまだ…)、大剣:フルミナントソード(ターリアラート辺りを作りたい)、太刀:鬼斬破(鬼神斬破刀作らないと)。今は、最近作った、ランス:トライデントがマイブーム  といった所かな。今回、片手剣と双剣は、ほとんど使って無いなあ。

レイアレウスには、ハンマーがベスト。バサルモス・グラビモスには、専ら弓。ガノトトスには、ランスとか弓で。その内、回避性能付けて、太刀装備して、ガノス相手に自己満足な戦いを繰り広げたいですね。タックルをするする避けて。

動画でもアップしたいのですが、残念ながら、ウチのPC、MHFを動かすのがやっとなくらいのスペック(10fps程度しか……カックカクですよ)なので、キャプチャなんて、とんでもないのです。

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2007年9月26日 (水)

問い

某ブクマ経由⇒医学書院/医学界新聞【〔新連載〕生身の患者と仮面の医療者(名越康文)】(第2727号 2007年4月9日)

大変に面白い文章。かなり読ませます。

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逆効果

ある対象を全否定したいがために、全く別の話を持ち込んで、結局、完全に的外れな非難を繰り広げる。

いかんですね。

Aについて○が語っているのを見て「これはおかしい」と思い、○と議論(らしきもの)を行う。で、今度は、○が言っている事一般を非難する事によって、Aについて○が言っている事もおかしいのだ、と主張しようとする。それをするために、○が、BやCに言及している所を採り上げる訳ですね。要するに、○はBやCについてもおかしな事を語っている。従って、Aについての言及もおかしいに違い無い、と。ところが、その、BやCに対する○の言及がおかしい、という主張をするために、○を非難する△の意見を援用してしまった。で、その△の主張は、的外れどころでないものなんですよね。元々の、○によるBやCへの言及を参照せず(参照してあれだったら論外)、○を否定したいという目的が先にあり、一見○を批判出来ているように感じられた△の意見に、同調する。

結果、Aについてはそれほど詳しく無いが、BやCについてはそれなりに知っている人にまで、自身の認識力のレベルを晒す事になってしまう。Aについては、「Aの事はそんなに知らないけど、なんか、意見の展開の仕方が変だなあ。」、としか思われていなかったのに、Bについて書いてしまったために、「え、何これ。メチャクチャじゃない。」と、Bについて知っている人に、印象付けてしまう。

筋が悪いです。論理展開の。

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2007年9月25日 (火)

ゆる饂飩(←この字は固いな)

今年の夏はコレ! 「明星ゆるうどん」 | エキサイトニュース

明星食品ホームページ:ゆるうどん

ほっほっほ。これは良い。

って、明星の中の人、ゆる体操知って(やって)るのね。

結構広まってるんだろうか。

今度、食べてみましょうかね。

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嫌いになる

これは、個人の経験の紹介です。
私は、ずっと前、オトナになってもゲームする奴はバカだ、とか、ゲームに熱中する人に対して、何やってんだ、一体、とか、そういう凄まじくネガティブな認識を持った事があります(何故そうなったか、という所には、明確な理由があるのですが、プライベートに深く関わる事なので…)。
で、そんな時の、自分の心のただれ具合と言うか、そういうのは、よく憶えているんですよね。とってもネガティブで、自尊心が高く、不寛容。何かを嫌いになったら、その何かに関わる人をも嫌いになる。かなり最悪です。

という訳で、何事かを「嫌いにさせる教育」というのは、そういう危険性を孕んでいるんじゃないかなあ、と思うのでした。ゲーム云々だけでは無く、一般論として。

ゲームは良くないから取り上げる、ってやり方には、慎重にならないとね。

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分析

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <京都父殺害>逮捕の次女「ギロチンにしようと…」

 こうしたことや、次女が「ギロチンにしようと思った」と供述しているしていることについて、野田正彰・関西学院大学教授(精神病理学)は、「父に対する憎しみが高まっていったのが基本にあり、ゴスロリのイメージが殺害の形態を修飾した。だが(凶器におのを選んだのは)弱い者が強い者に対抗するには包丁や首を絞めるのではだめで、決定的なものでないといけないという合理的判断だ」と分析する。

うーん。

よく、限られた情報からここまで推測し、それをメディアを通して発信出来ますね…。

なんでしょう、こういうケースで、「こうではないか」、という推測を立てた所で、どういう意味があるのか、今一つ解りません。何か特定の文化をネガティブに捉えて言及した場合は、良くないとすら言える場合があると思います。

「ゴスロリのイメージが殺害の形態を修飾」って。ファッションとして考えるんじゃないんですか? そういうのって。必ずしも思想的な事と絡めている訳では無いと思うのですが。当然、可能性としてはあり得るのかも知れませんが、それにしてもなあ…。

解釈というのは、かなり多様に行う事が出来るのですから、慎重にやるべきではないかと思った次第。

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2007年9月24日 (月)

てぃーじーえす

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 まんたんウェブ - レトロゲーム大賞:「スーパーマリオ」に 「魔界村」に有野がクレーム?

ほう、こんなイベントがあったのか。

「たけしの挑戦状」(タイトー)

くっくっく…。やはりこれは、入ってくるかあ。インパクトは凄いからなあ。今のちびっ子にやらせたら、3分持たないでしょう。

「スペランカー」(アイレムソフトウェア)

くっくっく…。やはりこれは、入ってくるかあ。インパクトは凄いからなあ。ゲーム史上最高クラスのよわよわ主人公ですな。

有野課長に、あの有名クリエーターも登場した「レトロゲーム・アワード2007」【TGS2007】:デジタルARENA

 まずは最優秀新人賞の発表。これは当時、新人だったクリエイターを20年経った今表彰するというもの。これには『メタルギア』シリーズや『メタルギアソリッド』シリーズで知られるコナミデジタルエンタテインメントの小島秀雄さんが選ばれてステージ上に登場。大いに会場を沸かせた。

そういえば、ソリッド以前のは、やった事無いんですよねえ。ていうか、最初にやったのは、MGS2……なんたるにわか。

 続けて発表されたのは、有野さんが番組中にプレイしたタイトルから選出される審査員特別賞。これには16時間プレイしたのちにギブアップしたファミコンの『魔界村』が選ばれた。

傑作ですよね。まともにやってないけど(笑) どうでもいいけど、『魔界島』ってのもありましたね。

 最後に発表されたのが優秀賞。エニックス『ドラゴンクエスト』、任天堂『ゼルダの伝説』、アイレム『スペランカー』、任天堂『スーパーマリオブラザーズ』、エニックス『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』の4タイトルがノミネートし、それぞれのクリエイターから寄せられたコメントが紹介された。

 この中から栄えある大賞に選ばれたのは任天堂『スーパーマリオブラザーズ』。受賞に際しては同社の専務取締役宮本茂さんが現れ、思わぬサプライズに会場全体が大きく沸いた。

ほほう。ドラクエが2作品も入ってますね。しかし、この中に『スペランカー』が入っているとは。まあ、マリオはもう、ゲームの象徴ですな。

ゲイムマンさん、なんだかすっごい暑そうな格好…。

『アサシン クリード』プロデューサー ジェイド・レイモンドさんを直撃!【TGS2007】:デジタルARENA

友人に教えてもらって映像を観て、超衝撃を受けたゲーム。物凄いグラフィックです(人間の動きとかですね)。ゲーム性は窺えませんが。馬の動きとかがいい。そしてamazonのレビューが(笑) そりゃ、当該商品のレビューじゃ無いでしょうに。

Video Games アサシン クリード

販売元:ユービーアイ ソフト
発売日:2007/11/29
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2007年9月23日 (日)

公開講座

安原さんにご紹介頂きました⇒高校生のための金曜特別講座高校生のための金曜特別講座:東京大学大学院総合文化研究科・教養学部:超常現象 vs 科学――不思議をつくりだす方法――

いいですね。

高校生向けですが、一般参加も可能だそうです。無料というのもいい(これ大事)。

こういう公開講座は、どんどん開催されて欲しいですね。科学を身近に感じてもらうのは、大切だなあ、と思います。他にも、親しんでいるおもちゃのメカニズムを教える、とかね。

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ゲームと教育

テレビゲーム教育論―ママ!ジャマしないでよ勉強してるんだから Book テレビゲーム教育論―ママ!ジャマしないでよ勉強してるんだから

著者:藤本 徹,マーク・プレンスキー
販売元:東京電機大学出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する

これは面白そう。読んでみようかな。

ここに、コンテンツ紹介が⇒Serious Games Japan: 「テレビゲーム教育論」発売開始

すごく面白そう。つい先日、脳力が低下とかなんとか言っている本が出たばかりなので(未読)、比較してみるのもいいかも知れませんね。

ところで、藤本氏と言えば、これの著者ですね↓

シリアスゲーム―教育・社会に役立つデジタルゲーム Book シリアスゲーム―教育・社会に役立つデジタルゲーム

著者:藤本 徹
販売元:東京電機大学出版局
Amazon.co.jpで詳細を確認する

こちらも未読ですが、近い内に読むつもりです。

こちらは、藤本氏のブログ。さっき見つけました⇒Another Way - 教育・学習、シリアスゲーム、留学生活のブログ

ゲームの教育への応用、シリアスゲームについては、あまり知識が無いので、色々勉強せねば、と思っています。

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2007年9月22日 (土)

アドヴェンチャー

アナタヲユルサナイ│AQインタラクティブ

「アナタヲユルサナイ」(音あり注意)

これは、なんか良さげ。

音楽、植松さんですね。良さげ。聴いた瞬間に、植松さんの音楽だ、と思ったのは、先入観があったからでしょうか。

PSPを縦にして使うので、操作はしにくそうですが、どうなんでしょうね。

アドベンチャーは、いいですね。

という訳で、私的な、アドベンチャーセレクション。コマンド選択が少ない(主観で決めます)のは除く。 

クロス探偵物語 公式ガイド (The PlayStation BOOKS) Book クロス探偵物語 公式ガイド (The PlayStation BOOKS)

販売元:ソフトバンククリエイティブ
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クロス探偵物語1 前編 クロス探偵物語1 後編

超傑作。これはやりましょう。センスがいい。画がいい。オープニングがいい。声がいい。

※ソフトはリンク貼れなかったので、画像は攻略本で。下の方は、amazonのリンク。以下、同じ様なのあり。

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ダブルキャスト ― オリジナル・サウンドトラック ダブルキャスト ― オリジナル・サウンドトラック

アーティスト:ゲーム・ミュージック,梶浦由記
販売元:アニプレックス
発売日:1998/11/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

やるドラシリーズ ~ダブルキャスト PlayStation the Best

やるドラは、当時は、かなり画期的だったと思います。ストーリーも面白かった記憶が(あまり憶えて無いけど)。ルートを100%にするのは難しいですね。

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かまいたちの夜 特別編

サウンドノベル、ですね。『弟切草』は、やってないです。敢えてキャラクターをシルエットにするという演出は、良いですね。音の効果は大きい。

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逆転裁判 PC 1・2・3セット (説明扉付き辞書ケース版) Software 逆転裁判 PC 1・2・3セット (説明扉付き辞書ケース版)

販売元:ソースネクスト
発売日:2006/03/31
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逆転裁判4(通常版)(特典無し) Video Games 逆転裁判4(通常版)(特典無し)

販売元:カプコン
発売日:2007/04/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

超傑作。友人は、4は今一つだと評していますが、私は、全部傑作だと思います。4が一番な気も…。

※何故かPC版を貼ってみました。

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普及版1,500円シリーズ 探偵 神宮寺三郎 灯火が消えぬ間に 普及版

三郎シリーズ。これは、バランスが良いですね。演出も良かった。やっぱ三郎は、大塚明夫さんですよ。

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SuperLite2000恋愛アドベンチャー Ever17 ~the out of infinity~ Premium Edition Video Games SuperLite2000恋愛アドベンチャー Ever17 ~the out of infinity~ Premium Edition

販売元:サクセス
発売日:2004/10/28
Amazon.co.jpで詳細を確認する

何を書いてもネタバレになるかな。おー、と思った記憶があります(細部は憶えない人なのです)。

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すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER (講談社文庫) Book すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER (講談社文庫)

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

すべてがFになる~THE PERFECT INSIDER

森作品で、最初に触れたものです。実は、ゲームが最初だったんですねえ。その後に、友人に原作を借り、一気にシリーズを読みました。Vシリーズとか未読だったりするんですけどね。中途半端。

※こちらは原作を。なんと強引な。

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シャドウ・オブ・メモリーズ 公式ガイド Book シャドウ・オブ・メモリーズ 公式ガイド

販売元:コナミ
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Shadow of Memories(コナミ ザ ベスト)

誰も知らないかも。何気なくやってみたら、かなり面白かった。

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アスキー・カジュアルコレクション シルバー事件

なんか、雰囲気が独特で、良かったです。ストーリーが難解で、よく解らなかった(笑)

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ファミコンミニ ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島 前後編

とても懐かしいですね。これをプレイしていた時の部屋の様子とかも、思い出せるくらい。なんか、ジーンと来ますです。

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続・御神楽少女探偵団~完結編~

第一作じゃなくて、これが面白い。推理トリガー。

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ポートピア連続殺人事件

これをはずすわけにはいかない。衝撃。これも、やってた時の状況を、憶えています。なっつかしいなあ。

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『さんまの名探偵』はどうした! などの苦情は受け付けません(笑)

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2007年9月21日 (金)

デキ婚とは

一部の方にしか解らない話。

そもそも「できちゃった結婚」って、どういう意味なんでしょうね。

女性の妊娠が結婚に先行した、であれば、「できちゃった婚」と呼べるのですよね?

だとすれば、百害あって一利無し、ってのは、全然当たりませんね。

もしかして、「無計画」である事を、定義に含めている? それは違いますよね。あの論理展開からは、そんな含みは読み取れない。デキ婚は一般的に計画的では無い、というのは、ある程度言えるのかな。よく知りませんが。「できちゃった」はよくないから言い換えよう、なんて話もあるみたいですが。

もし百害あって一利無し、なら、それは論理的に、今までデキ婚をした人全てが、全く何の益も得ていない、という事ですからね。それくらい、極端で、物凄い主張をしてしまっている訳ですよ。

どう考えても、「純潔」とやらを正当化するために、無理矢理こじつけているでしょう。違います?

できちゃった結婚に、勝手に色々な条件を付加して、それを非難していますよね。あんなんじゃ、話にならない。まあ、話にならない事ばっかり書いている訳ですけれど。

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2007年9月20日 (木)

SEARCH

昨日採り上げた本から、興味深い所を要約して、ご紹介します。引用文献は、下部に示します。

著者は、検証(SEARCH)公式と称するものを、それを利用する事によって、様々な不思議現象を査定するガイドとして、呈示しています。

 最初に簡単に描いておきたいと考えているのは、あなたが出くわすどんなにトンデモない主張についても、それをすべて一歩一歩評価するための手助けとなる手続きである。これは公式になっており、すでに論じた原則をもとに、合理的な結論が導き出せるようにガイドしてくれる。公式は(「十戒」のように)石に刻まれた絶対的なものではない。これは、あらゆる通常の(あるいは、異常な)主張を理解しようとするなら、私たちの誰もが用いなければならない原則の一運用例に過ぎない。(P232)

    1. 主張の言明(State)。
    2. 主張を支持する証拠(Evidence)の検証。
    3. 代替(Alternative)仮説の考察。
    4. 査定(Rate)――妥当かどうかの基準(Criteria)に従い、各仮説(Hypothesis)を評価。(P232-233)

では、順に見ていきましょう。

○ステップ1:主張の言明(State)

主張が曖昧で、不明瞭であってはならない。たとえば、”「幽霊は現実のものである」は、考察の対象にふさわしい文章ではない。なぜなら、それは曖昧で的確ではないからである。”(P233)。主張の内容を明確にし、語の意味を限定する。

○ステップ2:主張を支持する証拠(Evidence)の検証

主張を受け容れる理由を考察する。主張を支持する「証拠」があるのか。理由について正確な評価を下すための必要な事は、

  1. 経験的証拠の正確な性質と限界を決定すること――証拠が何であるか、という事以外に、「その評価を疑う合理的な理由があるかどうかを評価しなければならない。」(P234) たとえば、知覚や記憶の歪み(錯覚や幻覚。偽りの記憶等)、また、実験におけるバイアス(実験者バイアス等)や曖昧なデータ(極端にサイズが小かったり母集団を代表していない不適切なサンプリング、等)が無いか。
  2. 無効とみなされた方がよい理由がないかどうか判断すること――”希望的観測、信仰、根拠のない直観、主観的確信”(P234)等が含まれていないか。それらは、主張を支える合理的な根拠とはならない。
  3. 議論されている仮説が実際に証拠を説明しているかどうか決定すること――”よい仮説とは、それが説明しているはずの証拠にとって適切なものでなければならない”(P234) ちょっと解りにくいですね。

○ステップ3:代替(Alternative)仮説の考察

ある現象を説明する仮説について議論がなされている場合、”事実を説明する可能性を持った代替の仮説と、それを認める理由についても、ハカリにかけなければならない。”(P234) それら代替の仮説に対しても、ステップ2を適用する必要がある。

本書で出されている例(要約 P234-235参照)

仮説:「サンタクロースのそりを引いて空を飛ぶ赤鼻のトナカイさんは、実在し、北極に住んでいる」 

証拠:

  1. 多くの人(主に子ども)が信じている。
  2. クリスマスの間に、そのトナカイの複製が、至る所に現れる。
  3. トナカイは、長い間を経て数多く存在したのだから、突然変異等で、空を飛ぶトナカイが生まれたというのは、ありそうな事だ。

代替仮説:「赤鼻のトナカイさんは、クリスマスソングの中で作り出された想像上の動物である」

証拠:

  • トナカイさん実在仮説は、既存の生物学的理論と矛盾し、新種に関する前提・仮定を立てる必要がある。しかるに、ここに示した代替仮説ならば、その様な、既存の理論との不整合も起こらない。

○ステップ4:査定(Rate)

競合する仮説を検討し、妥当な仮説を判断する。

妥当性の基準

不思議現象の場合、証拠がないことが多いので、その証拠を正しく理解できる他の要因について考え、証拠がまったくない場合でも、仮説を測る手助けにする必要がある。7章で論じたように、この有力な要因が妥当性の基準である。(P236)

  • テスト可能性――テスト不能な仮説は価値が無い。本書の例:「頭の中に発見不可能なグレムリンがいて、それが時々、頭痛を引き起こしている」という主張。この仮説は意味をなさない。何故ならば、グレムリンは発見不可能、という定義がなされており、テストのしようが無いからである。この仮説は、何の情報ももたらさない。
  • 豊饒性――仮説が、新しい現象を説明するか、検証可能な驚くべき予測をもたらしているか。たとえば、アインシュタインの理論から予測された現象が、エディントンの観測によって検証された例。
  • 範囲――仮説がどれくらい多くの現象を説明出来るか。たとえば、ニュートンの理論とアインシュタインの理論との関係。”他の条件が同じであれば、最大の範囲を持つ仮説が、すわち、最も多くの異なる現象を予測し説明するものが、最もよい仮説である”(P166)
  • 保守性――よく知られた、しっかりした根拠に基づく信念と、矛盾していないか。”経験的証拠――信頼が置ける観察と科学的検証から導かれた結果や、自然の法則や、すでに確立されている理論――と矛盾していないか”(P237)。ニセ科学の議論でも、よく出てくる話ですね。つまり、数多くの人が長い時間をかけて積み上げてきた科学の体系と矛盾するかどうか、という事です。
    • 同様に、もし誰かが極めて確固とした理論と矛盾する仮説を出してきた場合、その仮説が正しく、理論が間違っていることを示す、よい証拠が出されるまで、その仮説は信憑性がないとみなさなければならない。超常的主張というのは、定義からしてありそうもないことである。したがって、そうではないというよい証拠が提出されて初めて、この判定を覆すことができるのである。(P238)

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本書では、これらの見方を用い、各種の不思議現象(ホメオパシー、ダウジング、死者との交信、臨死体験)について、検討されています。これに倣い、SEARCHの公式を使って、水伝を検討してみましょう。

○主張の言明(State)

水伝の仮説は、「綺麗な言葉を水にかけたり見せたりした後に凍らせたら、美しい氷が出来た。言葉には、水を綺麗にする何らかの効果があるだろう」、といった所でしょうか。ここでは、「綺麗な言葉」(具体的には「ありがとう」等だが)や「美しい氷(結晶)」という定性的評価しかなされておらず、それがどの様な意味を指すのかが、明らかでありません。

○主張を支持する証拠(Evidence)の検証

具体的実験条件が不明、論文も無し、評価の方法も恣意的。全く定量的な定義も実験もなされておらず、極めて証拠に乏しい、と言えるでしょう。

○代替(Alternative)仮説の考察

これは、様々なものが考えられるでしょう。たとえば、美しいと実験者が感じた物を、選択的に採り上げた、等。と言うより、ここを考慮する必要も無い訳ですが。

○査定(Rate)――妥当かどうかの基準(Criteria)に従い、各仮説(Hypothesis)を評価

妥当性の基準

  • テスト可能性――不能。後の保守性の問題と関わります。部分的な主張を取り出して、心理学的な実験を立てる事は、可能かも知れませんが。たとえば、文字を見せたり聞かせたりした氷の美醜を評価させ(二重盲検法によって)、それを統計解析する、等。水伝の反証実験を行うべきである、という意見は、これを念頭に置いているのでしょう。
  • 豊饒性――思いつきません。水伝によって、何が予測され、どんな現象を説明するのか。ダムに「ありがとう」を聞かせれば水が綺麗になる、というのは、予測と言えるでしょうか。もちろんそんなものは、後の保守性の観点から見ても、ナンセンスです。
  • 範囲――これも、豊饒性と同じですね。言葉が水を綺麗にする、という仮説は、何事をも説明しようが無い。
  • 保守性――既存のあらゆる理論に矛盾する。ある言葉を別の言葉とどう見分け、聞き分けるか。刺激を受容し、信号に変換し、それを情報処理(音や光のパターンを分節し、他の語と区別し、意味を認知)する過程を、水がどうやって行うのか。自然科学以前に、言語学の論理に完全に矛盾する。即ち、文脈依存性・恣意性・離散的性質とその認知(参照:思索の海 - 水に答えを聞く前に)。

こんな感じです。

色々な仮説を、ここで挙げた観点から総合的に検討し、妥当なものかどうかを判断するのは、大変便利だと思います。

参考・引用文献:

クリティカルシンキング 不思議現象篇 Book クリティカルシンキング 不思議現象篇

著者:T・シック・ジュニア,L・ヴォーン,Lewis Vaughn
販売元:北大路書房
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2007年9月19日 (水)

見事な詭弁

皆さん、ちょっと考えてみて下さいませんか。

私が、

「血液型と性格は関係ある」って、どういう意味ですか?

と質問したら、

まず、心理学者の論文をお読みください(笑)。
一応、簡単に示しておくと、

松井さん データに差がない→血液型と性格に差がない
坂元さん データに差がない→思い込みによるもの→血液型と性格に差がない

もちろん、松井さんと同じ論理が大部分です。私も基本的には同じですが、二重三重にデータをチェックしています。

という答えが返ってきました。

これ、凄いですよね(コメントは、血液型と性格の、”TAKESAN  — September 19, 2007 @00:34:40”と、”ABO FAN  — September 19, 2007 @00:45:08”)。

最もシンプルな類の質問をしてみた訳です。「血液型と性格は関係ある」という言明の意味を問う、というかたちで(”「血液型と性格は関係ある」”がABO FAN氏自身の発言だというのが、ポイント)。で、その答えが、ああなのですね。

どうでしょう。かなり解りやすく、「破綻を示せた」と思うのですが。血液型性格判断を全く知らず、日本語がある程度読解出来る人に、上のやり取りを見せれば、「おかしい」と思うはずです。

なんか、鰻を掴もうとしているみたい。やった事無いけど。

ちなみに、もう一回、全く同じ事を訊ねようとしましたが、恐らく、全く同じ答え方をされるだろうから、止めておきました。

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クリシンのことか――――っ!!!

タイトルは、by悟空(こう書いても、解らない人は解らない)

クリティカル進化(シンカー)論―「OL進化論」で学ぶ思考の技法 Book クリティカル進化(シンカー)論―「OL進化論」で学ぶ思考の技法

著者:秋月 りす,道田 泰司,宮元 博章
販売元:北大路書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ドラゴンさんにご紹介頂いた本。

面白いですね。テキストもそこそこ平易で、読みやすいかな。

何より、漫画が面白い。元々読んだ事無かったので、凄く楽しみました。

クリティカルシンキング 不思議現象篇 Book クリティカルシンキング 不思議現象篇

著者:T・シック・ジュニア,L・ヴォーン,Lewis Vaughn
販売元:北大路書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

今、7/10くらい読みました。

実に良い本。『疑似科学と科学の哲学』と『不思議現象 なぜ信じるのか』を、足して2で割った様な感じ(何だこの表現は)。ホント、オススメです。科学哲学的な説明、心理学的論理、医学的研究方法等が検討されていて、盛り沢山。採り上げられているトピックも、ニューサイエンス(フリッチョフ・カプラやライアル・ワトソン)、創造論、N線、ヴェリコフスキー、ESP、臨死体験、ルナエフェクト、等々。かなり色々ありますが、それでも、原著から削られているとか。偶数ページに、古今の科学者・哲学者・思想家・作家等の名言も書いてあって、これもいい。

是非一読を。

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2007年9月18日 (火)

伝説の男

Yahoo!ニュース - スポーツニッポン - ヒクソンVS桜庭!大みそか実現へ

ほう。

これは大変興味深いですね。

ヒクソン、47歳かあ…。

個人的には、ヒョードルやノゲイラとの対戦を見たいとも思います。

ヒクソンの実力に関しては、懐疑的な見方もあるでしょうね。

日本での最後の試合から、7年も経っていますので、その間に競技人口が増えて選手層も厚くなり、技術的な研究も重ねられた事でしょう。その結果、トップに君臨した選手の実力は、まさに突出したものだと言えます。その最高峰の選手を、是非ぶつけて欲しい。こう思うのは、個人的に、ヒクソンの実力に大きな興味を持っているから、ですが。

まあ、相手は日本人選手に決まりそうですけれど。やはり、桜庭選手になるのでしょうか。それも大変、面白そうではあります。グレイシーハンターの異名を持つ選手ですしね。

ちょっと追記。

自分へツッコミ。

競技人口って、増えたのだろうか。増えたとして、プロになる選手も増え、それが全体のレベルを底上げする、というのは、必ずしも言えないかな。
技術的な研究が進む、というのは、ある程度言えると思います。情報の伝達の問題でもありますし。

総合格闘技に注目する人が増え、それが莫大な金を得るビジネスの対象として捉えられると、優れた選手を発掘しようという動きも活発になるでしょうから、結果、強い選手が多くなる、というのは、言えるかな。

もちろん、頂点のレベルの選手の話ですから、個人のセンス(肉体的資源含め)による所も大きいでしょうね。それと技術の進歩との相互作用。

ヒクソンは、体格は、決して恵まれているとは言えないし、年齢も、50手前なので、体力的(機能的)な衰えも、出てきているでしょうね。後は、持っている資源を「どの様に合理的に使うか」、というのがポイントです。しかし、ヒョードルなんかは、尋常じゃ無いですからね(身長はさほどでも無いけれど)。ヒョードルvsヒクソンというカードは見たいですけれど、組まれる事は無いだろうなあ。っていうか、ヒクソンは、もう日本で試合はしないと思っていましたし。また見られる可能性があるだけ、良いかな。

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2007年9月17日 (月)

いかがなものかと

Yahoo!ニュースを見ていて思うのですよ。

頼むから、試合結果を見出しに書かないでくれ。

ちょっと前には、「○○の結果」とだけ書いて、本文読まないと解らない様になってたんですけどね。

勘弁して欲しい。

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2007年9月16日 (日)

何で調べるか

漢字の調べ方、辞書より携帯…10~30代で多数派に : ニュース : ネット&デジタル : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

文化庁のサイトにはまだ上がって無いようなので(国語に関する世論調査)、詳細が解らないのですが、記事を読んでの感想をちょっと。詳細不明なので、誤解が含まれるかも知れないです。

わからない漢字を調べる場合、何を使うかを聞いたところ

とありますが、どの様に訊いたのでしょうね。文字通り、「あなたは、わからない漢字があった場合、どうやって調べますか。次の中から選んで下さい(複数回答可)。」とかかな?

で、

こうした傾向について、文化庁国語課は「携帯電話の変換機能では漢字の意味までは分からない。求めている漢字を正確に選び出せるかどうかは使う人の国語力にかかってくる」と指摘している。

という指摘が。なんか変な気がする。解らない漢字を調べる場合、普通、意味は知っているのでは? 同音異義語がそれほど多くなければ、当たりをつけるのも、そんなに難しく無いでしょうし。それから、これは、質問の仕方にも関係しますが、携帯電話で調べるというのは、変換機能だけなのかな。辞書機能のあるケータイも、沢山あるでしょう。後、複数回答ありだから、ケータイ(の変換機能)で解らなかったら辞書を引く、という事も、あると思います。「携帯電話の漢字変換機能を使う」のは、「携帯電話の漢字変換機能以外を使わない」事を、意味しないですし。

個人的には、紙の辞書は使っていられないです(調査は、なんで、辞書と電子辞書が、分けられてるんでしょうね)。アクセスに時間がかかりすぎるので。紙の辞書を引く時間があれば、ポータブルの電子辞書(広辞苑)と「goo 辞書」とWikipediaを参照出来るので。

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やりとり

『お水のお店』 omizu_nooMISE 海洋深層水 マハロ:ゲーム脳と読書 ~誉めて育てる

コメント欄が興味深い。

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エラー

そうめんが茹でてあったのですよ。で、それを食べようと思ったのです。

近くに、黒っぽい液体が入った瓶があった訳ですよ。で、それをそうめんにかけたのです。つけ麺にするのがメンドウな時は、直接つゆをかけるのです。

実は、瓶が目に入った時から、「違和感」を覚えていたのです。なんかフタの色が違うような…、と。麺つゆは冷蔵庫から出しっぱなしにしないよなあ…、と。

その瓶、上手い具合(としか言いようが無い)に、ラベルの正面が「向こう側」を向いていた訳です。

で、恐る恐る、瓶を、約67°回転させてみたのです。

……。

……。

「ポン酢」

……まあ、似た瓶の形状、液体の色合い、冷蔵庫に常備されているもののラインアップを鑑み、何となく解っていました。

瓶のフタをはずし、麺にかけるまで(かけた後も)、ラベルが目に入らないというのが見事です。

そして、私も大概アホなので、「もしかしたら、いけるかも…。」と思い、一口食べてみたのです。

うむ。

不味い。

当たり前ですね。その後、そうめんを洗い、麺つゆをかけて、再びトライしてみたのですが、時すでに遅し。麺に染み込んだ酸味は、取れるはずが無いのです。

教訓:瓶のラベルは確認しましょう。

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2007年9月15日 (土)

奇跡

ミラクル↓

Ss1

あまりにもどうでもいいですね…。

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ぬいぐるみ

某氏のページ経由で⇒エンジンぬいぐるみのパイオニア | ロケットcraft

これはヤバイ。いい。

「その他」カテゴリーが凄い。なんか凄い。

「エンジンのぬいぐるみ」なるものが存在するのを、初めて知りましたよ。

クモとカブトガニの裏側を見て、ゾゾッと来ました…。うう。

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パズル

知らない事を知らないと言うのは、ちょっと恥ずかしいけれど、知らない事を知っているかの様に言うのは、もっと恥ずかしい。

知りもしない事について「知っている」、と言ったって、言った瞬間に知識が脳に流れ込む訳じゃ無いから、素直になればいいのにね。

知っていると「思い込んでいる」場合もある。自覚としては、ある程度の知識を持っている、と。でも、実は全然知らない(知識が足りない)という事は、ある。

そこに気付くかどうか、だと思う。それを気付かせてくれる様な助言があったり、本を読んだりして、自分が知らないというのを知る。

無知に気付くためには、自分の認識を俯瞰で見る能力が必要なんだよね。何を知らないかを知る、という事だから。超巨大ジグソーパズルで、どのピースがはまっていないかをちゃんと把握する様なもの、か。

無知を「嫌がる」人は、そうならないんだろうなあ。知識を増やす事もせず、自分が知らないのを認めたがらない。でも、ピースがはまって無い所を手で覆い隠して、はまっている、と言っても、指の隙間から、ちゃんと見えるんだよね。はまって無いのを自覚してはいるのだけれど。

負けず嫌いなのかな。

他人に負ける/勝つ よりも、世の中の事についてどれだけ知っているか、というのが、大切なんじゃないか、と思う。

とまあ、そんな事を、ふと考えたのでした。自分は出来てるのか、と問われれば、ある程度出来ていて、ある程度出来ていない、と言えるでしょう。なんじゃそりゃ。

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2007年9月14日 (金)

空気

Spherical-moss.net » 空気読み力テストを見て、面白そうだったので、やってみた⇒socioarc | 空気読み力テスト αver.

で、結果↓

Ky_2

むー。当たってるのかよく解らないなあ…。自己評価と他人からの評価は、違うかも知れないし。会話柔軟力、低っ。人間観察力は、そこそこ高いかな、と自己分析してますけど。

余談。

PseuDoctorさんのコメントに、「KY」と書いてあって、何の事か解っていなかったのですが、こちらを見て、把握出来ました。なんたる偶然。

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目撃

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <長野県警>防犯メールに和田アキ子風の髪…不適切とおわび

不適切かどうかはよく判りませんけれど(まあ、不適切なんでしょう)、ちょっと観点を替えて考えてみると。

和田さんは、日本中のかなりの人が知っている人でしょうから、とても強くイメージが固定されると思います。で、場合によっては、もし目撃しても、先入観があるが故に、見逃してしまう可能性も、ありますよね。

もちろん、初めの目撃者が、個人の名を挙げたくらいなので、「相当似ている」のかも知れませんが。和田さんの髪型は、それ程頻繁に見かけるものではありませんしね(私は見た事無い)。類似度が高い場合は、効果は絶大でしょうね。

予言。

次回の『アッコにおまかせ!』で、この件に触れられ、和田さんは、これを笑い飛ばす事でしょう。

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2007年9月13日 (木)

論文の読み方

昨日ご紹介した本に、研究論文をクリティカルに読むためのチェックリストが載っています。大変参考になるので、少々長いですが、引用します(『クリティカルシンキング 研究論文篇』 P163-164)。

  1. 研究上の問いは明確に述べられているか?
  2. 導入,問題の陳述,文献の概観は,読み手に適切に設定されているか? またこの題材は研究上の問いと一致しているか?
  3. 研究上の問いや題材からみて,仮説は適切で,明確に述べられているか?
  4. 鍵となる術語はきちんと定義されているか?
  5. 独立変数はこの研究上の問いに適切か? 独立変数の水準は適切か?
  6. 独立変数の基準や基準測度は適切か,妥当か,信頼性があるか?
  7. 従属変数は,この研究にとって適切か?
  8. 従属変数の基準や基準測度は適切か,妥当か,信頼性があるか? 得点化,評定,判定の手続きは妥当で信頼性があるか? 装置が用いられている場合,それは正確で信頼できるか?
  9. 統制は適切か? 結果は統制されていない変数に影響される可能性がないか? 統制群や比較対照群がある場合,それは適切に選ばれているか?
  10. 研究デザインは仮説の検証に適しているか,また研究上の問いに答えるものか?
  11. 方法や手続きは理解され追試できるよう十分な詳細さをもって明瞭に記述されているか? 参加者は適切に方向づけられ,動機づけられているか? 彼らは課題をどのように理解しているのか? 教示は十分に明瞭で正確か? 参加者間のコミュニケーションが,結果への影響要因のひとつになっていないか? デザイン,データ収集,査定,分析,報告の中に実験者バイアスの徴候はないか?
  12. 参加者は適切に選ばれているか? サンプルは対象をきちんと代表しており偏りがないか? 手続きは,実験参加者を保護するための指針を遵守しているか? サンプルの人数(N)は適切か? 参加者をグループ,処理,あるいは条件に割り当てるのに適切な手続きが使われているか? マッチング,均等化,ランダマイズのような群の等価性を確立するための適切な技法が使われているか? 参加者の欠落が生じているか? また生じている場合,それはサンプルを偏らせていないか?
  13. 統計的検定は適切か? そして,その使用の前提条件に合っているか? 自由度は正しいか? 誤差の測度は妥当か? 計算や統計的な結果の表示に間違いがないか?
  14. 表や図ははっきりと凡例がつけられ正しく表示されているか?
  15. 結果は正しく解釈され,適切に報告され,意味づけられ,きちんと書かれているか?
  16. 考察はデータの概観からみて適切か?
  17. 結論はデータからみて妥当であり,データによって保証されるものか?
  18. 結果の一般化は妥当か?
  19. 引用文献は本文の中の引用と対応しているか?
  20. 倫理的な基準は研究のすべての段階で遵守されているか?
  21. この研究を改善し,再デザインするとしたらあなたはどうするか?

こういったチェックリストを参考にしたり自作したりして判断するのは、大変便利ですね。もちろん、各項目に照らして判断出来る様に知識を蓄え、意味を理解するのが、先決な訳ですが。

必ずしも論文の話ではありませんが――とても偏ったサンプリングをしておいて、そこから得られた結果を一般化しているもの、見かけますよね。有意確率の小ささを強調して、変数間の「強い関連」を主張する人とか。そもそもサンプルサイズが書かれていなかったり、母集団に関する言及がまるで無いもの、等もありますね。グラフで印象を誘導しているのも、結構見ます。概念の定義が無いのもありますねえ。それで、世間に言葉だけが広まってしまい、めちゃくちゃ多義的に用いられている、という。インパクトが強いので、流行に乗りやすいのでしょうね。そう、アレの事です。

で、そういう駄目なものを参照して、また駄目なものを書いたり、とかも。それが、マスメディアでそのまま紹介されて、変な情報が広まってしまう事も、あります。

おかしな所を突っ込まれると、新書向けだから専門的な記述を省いた、と言う人もいますね。ちゃんとした論文も書いていないのに。まあ、言い訳ですね。

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論文の読み方、と言えば、kikulogのドライヤーエントリーの、PseuDoctorさんの(研究論文についての)コメント、最後らしいですね。うーん、残念。大変簡潔に纏められており、解りやすく、とても勉強になるので、続きを楽しみにしていたのですよねえ…。

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ゲーム脳の提唱者&支持者は、上のチェックリストで求められている事を、どのくらい満たした上で、主張しているのかな?

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2007年9月12日 (水)

批判的思考を鍛えるために

クリティカルシンキング―研究論文篇 Book クリティカルシンキング―研究論文篇

著者:ジュリアン メルツォフ
販売元:北大路書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

まだ途中までしか読んでいませんが、実に良い本です。

この本のユニークな所は第二部です。そこでは、創作した架空の「欠陥のある論文」の例が出され、一体、その論文のどこがおかしいのか、というのを、クリティカルに検討していくという、面白い試みが、なされています。

ただ、ちょっと難があるのが、章によってはかなり文章が読みにくい所、ですね。用語の使い方が統一されていない部分も、若干見られました。

とは言え、研究論文を批判的に見る際の、大切なポイントが纏めてあり、大変勉強になります。オススメ。

「クリシン」シリーズ、他の本も読まないと。

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2007年9月11日 (火)

ニセ科学批判批判への対応

的外れなニセ科学批判のパターンを集めた、「”駄目なニセ科学批判”集」とか、ニセ科学批判に対する疑問を想定して、その問いへの答えを纏めたQ&A方式の、「ニセ科学批判 想定問答集」とかを、作るべきですかねえ。

もちろん、それらの議論は、何度も何度も繰り返されてきている訳ですね。ただ、それは、ブログや掲示板等での議論や、講演で触れられているもので、纏まったコンテンツとしては、あまり見かけないので、ニセ科学にある程度興味を持った人が簡単に参照出来る様に、目の留まりやすい所に、纏めておくべきかも知れません。

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2007年9月10日 (月)

探し物

うーん…。

Googleで、合気の技法を科学的に考察しているページを探してみたのですが、見つからないですねえ。

たとえば、合気上げについて、物理学や生理学・心理学的概念を用いて説明している所とか、無いかなあ。

どれも、科学的概念とは程遠い、独自に造語したものとか用いていて、今一つです。内田樹氏の様に、意味のよく解らない分析をしていたり、とか。

科学と武術の両方に関心を持っている人が、あまりいない、という事なのでしょうか。

もしご存知の方がいらしたら、教えて頂けると、ありがたいです。

そういえば、この本、まだ読んでないなあ↓

武道の達人―柔道・空手・拳法・合気の極意と物理学 Book 武道の達人―柔道・空手・拳法・合気の極意と物理学

著者:保江 邦夫
販売元:海鳴社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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掘り出し物

やばい。おもろい⇒サイエンス チャンネル | シリーズ紹介:アルティメットクラブ

『なつきクライシス』クラスにおもろい(言い過ぎ)。

何が面白いって、サイエンスチャンネルでこのストーリーってのが、イイです。

テーマソングもなかなか(笑)

いいもの見せてもらった。

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2007年9月 9日 (日)

適当な分析

いわゆる「はっきり喋らない人」というのは、頭の中で、物凄く内言が飛び交っていて、そこから、「自分が納得する」言葉を選択するのに、時間が掛かるんですね。言葉を発する前に、自分の発しようとしている言葉を、「自分で聞く」訳です。そして、自分で自分の言葉を検討するんですね。で、そうすると、ある程度認識力の高い人、完全主義的な人は、なかなか「納得出来ない」訳です。その不完全なものを出してしまう事によって、自尊心が傷付く感じがするんですね。だから、なかなか言葉が出てこない。

それで、そういう人の行動が観察されると、結構、ネガティブな評価を受けます。何か変わっている、とか、はっきりしない人だ、とか。考え過ぎる人だ、とか、頭の固い人だ、とか。で、そう評価されるというのは、本人も自覚しているので、益々、積極的に言葉を発しようとは、しなくなります。

子どもの頃から、強力に拘束的に、言葉の使い方を注意された人は、そうなりやすいのかも知れません。つまり、適当に言葉を発する事が、出来なくなるのですね。ある意味、教育のたまものです。強い内省を促すのですから。物事を批判的に検討する訓練を、自分自身の言葉を使って、行っているのです。

で、色々勉強して、幅広い知識を得、見識豊かな人とやり取りしていくと、「開き直る」事が出来るんですよね。ある程度の所まででいいから、それを出そう。間違っていたりすれば(程度問題ですけど)、後で修正すればいい。個人の人間の能力なんぞ、たかが知れているので、他の人の知恵を借りて、高めていけば良い。誰も、自分の認識に完璧など求めていないのだから、そんなに気にする事も無い。と、こんな感じで。良い意味で「適当」。力が抜けている。

そうで無く、狭い知識しか持たず、色々な分野について勉強せず、他人を見下す様な認識が形成されたままだと、かなり苦しむんですよね。ちょっと間違うと、自分を天才だと思い込んだり、他者を見下す態度がどんどん強化されたり。自分が考える事が正しいのだ、と考えるのでしょうね。そこまで行かない、極度に内省的かつ言葉に拘る人は、自身の言葉を縄にして、自縄自縛に陥るんですね。で、他人の言葉と言葉の「間」とかに、異常に敏感になります。凄まじい深読みをする。その「間」に、ネガティブな意味を読み取ってしまうと、途端に、締め付られる様な感覚を覚えたりするのですね。相手は自分を駄目人間だと思っている、とか、要らん事を考えたり。

何が言いたいか。結局、あまり力む必要は無い、という事です。その時点でおかしな事を言ったとしても、後で改めれば良いし、そういう機会はある。言葉というのは、ぎちぎちに固められたものでは無いし、そんなに拘らなくても良い。最善は尽くすべきだけれど、完璧はあり得ないという「開き直り」も、大切だよね、という。そうじゃないと、とってもきついです。心が持たなくなってしまう。

聞く側としては、あ、色々考えているんだな、と、温かい心で接したいものです。一所懸命ものを考えていて、その人自身は、「誠実」なのでしょうから。聞く側の態度が、大変重要なのです。

なんか、よくわからん文章ですね。

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ひいろお

Yahoo!ニュース - スポーツ報知 - キムタク「HERO」の“航海”にドキドキ

HERO

観に行こうかなー。テレビ版は全話観たんですよね。面白かった。

封切られましたが、観客の入りは、どんな感じなんでしょうね。

そういえば、最後に映画館で観た映画は、『容疑者 室井慎次』だったなあ…。随分前だ。私はあまり、映画を観ない人なので。踊るシリーズは、全部、映画館で観ましたけど(笑)

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2007年9月 8日 (土)

位置づけ

ふと思った事。

勉強時間と視力の相関関係って、調べられてるんでしょうか?

直感的には、負の相関関係が見られるのではないかと思っています。

で、仮に、それが確かめられたとして、「目が悪くなるから勉強はするな」、とは言いませんよね、多分。

「目が悪くなるから、あまりやり過ぎない様にね」、という感じになるのかな。

でも、マンガやゲームだと、「するな(読むな)」に近い注意のされ方になるんじゃないかな、と。言い方は、様々でしょうけれど。

前に書きましたが、社会にとって役立つか、あるいは、身に着ける事によって、社会的に高い評価を得られるか、という視点で、判断されるのだと思います。勉強の場合、「仕方が無い」と看做されて、ゲームなんかの場合、「何の役にも立たない事で…」となる気がします。

まあ、当たり前と言えば、当たり前ですね。

プロの格闘家に対して、「怪我する可能性があるからやるな」、とは、あまり言いませんよね。暴力に対する嫌悪感が強い人は、言うかも知れませんが。一般的には、怪我をしているのに頑張る選手とか、応援するじゃないですか。下手すると、取り返しがつかない状態になるかも知れない怪我を抱えている選手を、応援したり。

結局、文化が、社会一般にどう見られているか、という。位置づけ、ですね。ゲームやって腱鞘炎になった人には、「…バカ?」となるでしょうけれど、料理人が重い鍋を揺すったりして腱鞘炎になったら、「大変だねえ…」と言われるでしょうね。

ちょっと別の例で。同じマンガでも、読み過ぎで肩が凝った、という人は、「…バカ?」と言われるでしょうけれど、漫画家が、激務続きで肩がパンパンになった、というのを聞いたら、「大変だねえ…」となるでしょう。

そういうものなのだと思います。「メシが食えるか(メシを食っているか)どうか」、ですね。

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2007年9月 7日 (金)

WRYYYYY――!

キタね⇒Yahoo!ニュース - 時事通信 - 人気漫画、米科学誌表紙に=日本人研究者論文、イメージ化-「ジョジョ」荒木さん

Cell Online(表紙が見られます)

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このアニメが傑作なんですわ。声が素晴らしい。あの渋めのキャスティングは見事。画もいい。そして、ホル・ホース最高。

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答えられないと答える

So-net blog:Chromeplated Rat:胡散臭い科学者

よく知らないだろう事についても、適当な話をする人って、ワイドショーなんかのコメンテーターとかで、いますよね。

ちょっと考えてみると、毎日色んな事があるのだから、それぞれについて意見を求められたって、そう簡単に、答えられる訳無いんですよね。

でも、「いやー、それについてはちょっと解らないので…ゴニョゴニョ。」なんてやったら、それこそ顰蹙ものなんでしょうね。

私自身は、ワイドショーなんか観ていて、「知らないなら喋るなよ。(私が知っている事について、激しく的外れな意見を言っているのを観たりすると)」と、よく思うんですけどね。基本的にああいうのは、事実を淡々と報道してくれれば良い。

「いや、よく解らないんで…」と言うのを、「お、この人は慎重だな。」という風に、肯定的に、視聴者が観る様になれば、良いんですけどね。

人間、そんなに色んな事について、網羅的かつ深い知識は、手に入れられるものではありませんよ。テレビのコメンテーターは、そういう数少ない優れた人なのだ、というバイアスが掛かっている人は、いそうです。そうすると、その人の言う事にウエイトを割いて、「この人が言っている事だから、まあ信用出来るだろう」、と、思考を節約、悪く言うと、停止してしまうんですね。中身を検討せずに。もちろん、ある程度は、そういう見方はしても良いと思いますけれど(色眼鏡の使い方)。

後、コメンテーターも、何にでも答えなくちゃならないから、「知ったかぶる」人とか、出てきます。いかにも自信ありげに発言したり。あまりに何も知らないと、答える事自体出来ないから、取り敢えず、浅い知識だけは集めたり。「知識の自転車操業(by『美味しんぼ』)」ってやつです。

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2007年9月 6日 (木)

わからんなあ…

apjさんのブログのコメントを読んでいて、思ったのですが↓

コメント整理中 :: 事象の地平線::---Event Horizon---#com6305(中澤さんのコメント)

コメント整理中 :: 事象の地平線::---Event Horizon---#com6309

コメント整理中 :: 事象の地平線::---Event Horizon---#com6310(mimonさんのコメント)

水伝に関して、

内容自体は非常にいいこと言っていると思う。(中澤さん)

とか、

あの本が幼児向けの絵本であれば(mimonさん)

とか、意味がよく解らないのですよね。

「あの本」とは、江本氏の本の事でしょうけれど、「あの本が幼児向けの絵本であれば」って、どういう事なんでしょう。幼児に向けて、どういう風に書きますか。ここの「であれば」の仮定が、解らない。それと、中澤さんの、「内容自体」。内容自体、って、何でしょう。水伝から何を切り落とし、何を残したものが、「内容自体」とされるのでしょう。正直、さっぱり理解出来ないのです。

それと、mimonさんの出された活水器の例、妥当な喩えなのでしょうか。そういう製品というのは、そもそも、水質を変化させる、という機能を謳っているものなのですよね? 対して水伝は、事の始めから、道徳的問題と絡めて論じられる主張です。我々が良い言葉だと思っている言葉は実は、水をキレイにさせる力を持っていたのだ、という言い方なのですから。もしかして、「水は美味しくなる」という部分と、「良い言葉」を対応させているのかな。もちろん、美味しさというのは、味覚と密接に関わっている認知で、言葉の良し悪しというのは恣意的に決まっている事なのですから、かなり異なった問題です。

私が水伝の間違いは、道徳的(主観的)な面が二次的だと言うのは、客観的な部分での間違いのほうが、より大きい問題であると感じるからです。

私は、どっちが大きい問題であるか、などという事は、そもそも言えない、と考えているのですが、どうでしょう。どちらの方が、という言い方は、違うんじゃないですか。そもそも、がっちり絡み合っているのですから。

中澤さんの、

頭から否定して糾弾するだけなら魔女狩りと同じじゃないかな。

この喩え。魔女狩りを持ち出すのは、適切なのかな。仮に、「頭から否定して糾弾するだけ」、という行動が、「魔女狩りと同じ」、とするのが、妥当だとします。その場合、「頭から否定」とはどういう事か、とか、「糾弾するだけ」、とはどういう事か、という疑問が出てきます。頭から否定、って、どういう意味なのでしょうね。ちょっと良く解らない。

水伝に関して、内容は良いのだから、と言う意見は、たまに、見る事があります(kikulogで議論もした)。でも、どの部分の事を言っているのか、判然としないのですよね。「良い言葉を使いましょう」、という所なのでしょうか。しかしそれは、水伝でも何でもありませんよね。

うーん、わからん。

皆さんのご意見を、伺いたいです。

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2007年9月 5日 (水)

必修化

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <中央教育審議会>「武道」必修化を大筋了承

何故、武道を必修化しなければならんのか、よく解らない。

体育の授業で武道をやって、

「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養う」

という目標が、達成出来るんですかね?

弓道の様に高度に形式的なものはともかく、武道って本質的に、暴力と重なる所がありますからね。人を投げたり、竹の棒で相手を打ちつけたりする訳ですから。そういう所は、よく考えるべきだと思うのですよね。

-----------

ここからは、極めて個人的な意見。

私は、武道の必修化など、する必要は無いと考えます。

より身体能力の基礎的な部分を向上させる体操なりを開発し、それを組み込むべきでしょう。

武道は、相手を攻撃し、また、攻撃から身を守る術、即ち、「技術」です。そういう技術を身に着ける場合、必ず、「心構え」をも鍛えなければなりません。

幼少の頃から、優れた指導者の下で武道をやってきているならともかく、中学の体育の授業でやるなどという、「付け焼刃」なやり方が良い効果を及ぼすか、甚だ疑問です。

上に「心構え」と書きましたが、当然、「指導者の心構え」も、問われる訳です。本質的に暴力である武道を子ども達に教えるのだから、優れた精神性を持った指導者でなければなりません。その様な指導者を、確保出来るのでしょうか。体育の教員に、研修でもするのでしょうか。武道というのは、具体的な技術と、様々な理念との集合です。短期間だけ学んだ人間が、それを正確に理解し、実践出来るのでしょうか。

現に、武道をやっている人間が、

「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養う」

この様な態度を身に着けているのですか? ここで言われる「伝統と文化を尊重」とは、どういう意味でしょう。それは果たして、武道を行う事によって、確実に養われるのでしょうか。

※誤解されると何なので、書いておきます。

別に、武道を体育でやるべきでは無い、といっている訳では無いです。必修化は要らないでしょう、という事。

もしなったらなったで、体育の授業だから、まあ、楽しんでやればいいんじゃない、という考えです。たまに、武道が、暴力性の象徴であるかの様な事を言う人がいますが(私が書いたのは、実体的には暴力だ、という意味)、私は、その考えには、与しません。そこから関心を持てば、歴史なりを学べば良いし。ですけれど、何で、「伝統と文化を尊重」したりする「ために」、やらせなくちゃならないんですか、と思うのです。そういうのは、家庭の教育に任せる範囲の事でしょう。伝統文化に触れさせるのも良いし、新しいものを学ばせるもの良い。だけど、学校でわざわざやる事か? という感じです。

体育の授業でやるのだから、色々な種類の身体運動があるのだ、というのを教えるためにやらせるのなら、それは別に構わないと思いますけれど。実習は選択にして、保健の授業で、歴史なりをやるのが良いですかね。

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2007年9月 4日 (火)

解説――或る親子の会話:水伝編

どの様な事を含ませながら書いたのか、というのを記してみるのは、かえりみる、という点でも、書き手の認識を正確に伝える、という意味でも、有効かも知れません。

Interdisciplinary: 或る親子の会話:水伝編

「今日学校で、先生に、面白い話聞いたんだけど。」 想定は、小学校高学年から中学生にかけて。中学で水伝話があったという事例は、あまり聞きませんが。水伝のおかしさを簡潔に纏めようという趣旨なので、特に決めていません。

「どんなの。」

「えっと、水に何か言って凍らせたら、それの形が変わる、とかいうやつ。」

「へえ。」

「で、なんか、水が入ったビンに、字を書いたシール?を貼っても、そうなるんだって。」

「ふうん。変わるって、どんな風に。」

「ありがとうだったらキレイになって、ばかやろうだったら、汚くなるらしいよ。」

「そうなんだ。で、その話聞いて、どう思ったの。」

「え、どうって?」

「うん、いい話だなー、とか、何かおかしいな、とか。」

「え、いい話だと思ったけど。だって、ありがとうって、いい言葉でしょ。それに、言葉で水のかたちが変わるなんて、なんか凄いよね。」 一応、あまり深く考えずに何となく信じた、というパターンを想定。

「ホントに、そう思う?」

「うん。」

「うーん、じゃあ、ちょっと考えてみて。日本語でありがとう、って書くんだよね。」

「うん。」

「だったら、他の言葉は。英語とか、中国語とか。」 ある意味を示すのに、厳密に決まった語形がある訳では無い事を示唆。

「あー、それなら、サンキューもキレイになる、とか言ってたなー。」

「でも、それって、変じゃない? だって、ありがとうとサンキューって、全然違うじゃない。聞いた感じもそうだし、同じ記号だと認識されても、物理的には全く異なる場合がある、という事を気付かせる。大体、字が違うよね。書いた字でも、キレイになるんでしょ。書く字は、人によってかたちが全然違う、というのを教える。」

「うーん。」

「それに、同じ言葉でも、人によって違うよね。声も違うし、日本語を習ったばっかりの外国人だと、発音が違うでしょ。”アルィガトゥオウ”、って感じで(笑)」 いわゆる、「片言の日本語」を具体的にイメージさせるための仕掛け。

「そだね(笑)」

「字もそうでしょ。だって、”ありがとう”って言っても、漢字もひらがなもカタカナもあるし、ローマ字だってあるじゃない。それに、字が下手な人と上手な人がいるでしょ。それを、どうやって分けてるのかな。」 記号の多様性。漢字でも、様々な書体があります。書の専門家で無ければ判別出来ない、という文字もあるでしょう。象形文字は、大概の人は読めないと思いますが、使っていた人は、意味が解っていたのですよね。当たり前ですが。

「確かに。でも、何かあるんじゃない? 言ったり書いたりした時のこころとか。」 いわゆる「波動」の様な概念に、子ども自身に発想して貰う。

「でもそれだと、字を書いたり声を出したりする意味が無いよね。」 たとえば、文字を書いたり読んだりした時の「心」や「気持ち」(想念波動とかでも)がどうこう、と言うなら、声を掛けるとか、文字を書いた紙を貼って見せるとかとは、矛盾する。そんなものは、要らなくなるから。

「こころが、字とか声に乗っかってる、とか。」

「それだったら、何の字を書いてもいいし、どんな音でもいい、って事にならない?」

「そっか。うーん…じゃ、ありがとうのこころは、ありがとうって言葉にしか乗らない。どう?」 想念等が、ある語形と緊密に、必然的に結び付いている(恣意的で無い)、という考え。

「それだと、さっき言ったのは? 外国語はどうなる、とか。音だって全然違うのに。どうやってそれを、見たり聞いたりしてるのかな、水が。」 水伝は、自身で、外国語だろうが水に変化が起こる、と言うので、恣意性を否定している、とは考えられない。もしそうならば、多数の言語が存在するという前提を、否定しきらなければならない。

「そっか。うーん、じゃあ、ありがとうって言ったら、キレイに見えるんじゃない? なんか、気分がよくなるとかで。」 心理学的に、「キレイに見える」、という可能性に言及。

「それじゃ、最初に言った、水がキレイに”なる”って話とは、違ってきちゃうよね。先生、人は水で出来てるから…とか言ってなかった?」 水伝はそもそも、氷という実体が言葉の影響を受けて変化する、という主張だから、キレイに「見える」などという話は、全然違う。

「あー、言ってた。人は沢山水で出来てるから、ありがとうを言えば、体にもいい、って。」 人体の数十%は水で…という話が出る事からも解る様に、実体としての水に働きかける、という主張なのですね。そもそも。

「でしょ。それって、キレイに見えるとかとは、全然違うよね。」

「あー、そうだね。…あれ、何で、人が水で、とか、そんな話、知ってんの?」

「結構有名な話だからね。知ってたよ。」 水伝話を知っている親が、子どもが水伝についての情報を得た事を知り、子どもに自ら考えさせる事によって、認識を深めさせようとする方略。

「えー、そうなんだ。」

「で、言葉ってね…一つ言葉があったとしたら、ちゃんと意味が決まってる、とか思ってない?」 言語の恣意性について理解させるための準備。

「うん。」

「でも、違うんだよね。うーん、何があるかな……りんごって言葉あるよね。果物。」

「うん。」

「あれって、”りんご”って言わなくてもいいんだよね。アップルって言ってもいいし、なんでもいい。別に、テキトーに言葉作って、明日からそれを使っても。りんごを明日から”ロンギ”って言います、って決めても、別にいいし。」 語形と語義の結び付きの恣意性。「ロンギ」って、「ringo」のアナグラムです。単純だなあ(笑)

「でもそれじゃ、知らない人は、困るんじゃない。ロンギ食べる? って言っても、何それ、ってなるよね。」 言語は恣意的体系だが、個人が自分勝手に体系を変える事は出来ない、という所への気付き。

「そうそう、だから、みんなが知らなくちゃいけないんだよね。日本語でも英語でも、今使ってる言葉は、みんな一緒にこう使いましょうって、約束してるだけなんだよね。」 恣意的だが、社会の成員の約束によって、言語の体系は維持され、変化される、という論理。

「じゃあ、言葉は何でも使っていい、てこと?」

「というか、この言葉はこうで、他の使い方はしちゃいけない訳じゃない、ってこと。でも、みんなが自分勝手に決めちゃったら、何も通じなくなっちゃうから、これはこういう意味で使いましょう、って、とりあえず、決めてるんだよね。ほら、ロールプレイングに出てくる魔法とか呪文とかって、知らない人には訳分かんないけど、同じゲームやってる人には、ちゃんと分かってもらえるよね。そんな感じ。RPGやる人にとっては、解りやすい喩えかと…。あと、方言ってあるでしょ。何々弁ってやつ。あれもそうだよね。他の所に住んでる人には、通じなかったりするよね。ニュースとかでもやってるよね。事件があった場所に住んでる人にインタビュー、とかで。一応、ゲームに明るく無い人に対しての、補足説明。統語の構造は共通していても、語形が著しく異なるので、理解が難しくなる。」

「あー。」

「だから、大事なのは、この言葉を聞いたら相手はどう思うか、とかをちゃんと考えよう、ってことだね。自分はこうだ、と思っても、相手は違うかも知れない、ってね。」 ちょっと、纏めが早いですね。相手はどう思うか、というのはつまり、同じ語を用いていても、意味がずれている可能性があるから、それを常に意識しましょう、という事。リジッドに考えてはいけませんよね。脳内辞書は、一人一人、違っている訳です。

「相手のことを考えましょう、ってことだね。」

「そうそう。水がどうなる、とかじゃなくてね。だって、変でしょ。水がキレイになるからいい言葉使おう、って。いい言葉って何かとか、ちゃんと考えようね、って話。こういうことってない? 自分が言ったことを勘違いされて、そんなつもりじゃなかったのに…ってなったこと。」 言葉というのは、人間と人間との関係性によって、用い方を考えていくべきもので、水がどうなるから、という問題では無い、という事です。相手が言った言葉を誤解してしまって、不愉快な気持ちになる事、ありません? それって、お互いにとって、良くないですね。もちろん、言葉の厳密な定義を重んじる、科学的議論などは、また別です。そういう事も含めて、「(社会的な)文脈」を考える必要が、あるのです。

「うん、ある。」

「そういうことなんだよね。同じ言葉使ってても、ちょっとズレちゃう。だから、どんな意味で言ったんだろうなあ、とか、そういうのを考えないとね。」

「そっかー。」 そうだよー。

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信じ方’

Interdisciplinary: 信じ方

水伝(に限らず、ニセ科学全般に言える事だと思いますが)を「信じている人」、と一口で言っても、その認識の内容には、ばらつきがあると思います。これ、重要だと思います。

友人に薦められた等して江本氏の本を読み、深く納得して、信仰心に近いものを持った人。何となくテレビを観ていたら、自分の好きな芸能人が出ていて、その人が水伝の話をしているのを聴き、「ふーん、そうなんだ。」と感じた人。綺麗な結晶が出来るかどうかは判らないが、音が影響を与えるかも知れないな、と感じる人。等々…。たとえば、こーださんがテレビで喋っていたのを観て、信じた、とか。発信者の属性に依存する、というのはあり得ます。尊敬する先生から紹介された、とかでも、ですね。もちろん、既有の知識の量も関係しているので、非常に複雑な話、だとは思いますけれど。変な話、大嫌いな芸能人が言っているのを聞けば、全く信じないかも知れません。尤も、嫌いな人の話を真面目に聞くか、という考え方も、出来ますが。

水伝の主張を受け容れる人が皆、最初に挙げた例の様に、積極的に江本氏の本を読んで、その上で信じている、という訳ではありません。江本氏の著作を読んで、とは限らない、という事。ですから、江本氏はこんな事まで主張しているのだよ、と教えれば、その主張を、荒唐無稽なものだと考え直す事もあると思うのです。例えば、水に「ありがとう」という言葉を聞かせれば綺麗な結晶が出来る、という説を受け容れる人でも、文字を「見せて」綺麗な結晶が出来る、という説には納得はしないかも知れませんし、文字を見せる事をも受け容れる人でも、「日本の神の名前を見せたら、結晶が御札の形になる」(書いてて頭が痛くなってきますが…)という主張を知ったら、疑うかも知れません。より深く信じる可能性も、無くは無いですが、どうでしょうね。これは、何回も出しますけれど、「阪神優勝」は、無いですよね。ある意味、合理的認識をチェック出来る一つのテスト、と言えるかも知れませんが。(阪神優勝と書いた紙を貼ったら云々、という話を信じたとすれば、水伝の論理のおかしさを認識するのは、かなり難しいでしょう。)参照⇒Masaru Emoto's Website:■ 2003年9月16日(火) 阪神優勝

これらを踏まえると、専門家(つまりプロの科学者)が追試をして反証し、その結果を広く公開する、という事も、決して無駄ではないのでは、と思います。勿論、江本氏等は、様々な理由を付けて、反論を行うでしょうけれども、「何となく信じている人」とか、「そういう事もあるかもなあ。」と思っている人達に対しての、有用な情報にはなるのではないか、と考えています。これは、その後も、田崎さんの文章に対する(反証実験の是非)議論があったし、apjさんのブログでも議論がありました。現在の私は、水伝に関する厳密な意味での追試は、そもそも出来ないし、行ったとしても、水伝の支持者側は、様々なアド・ホックな、姑息の言い訳をして、批判を逃れようとする可能性があるので、敢えて科学的に妥当な実験は行うべきでは無い、という考えです。ちなみに、他のニセ科学はともかく、水伝に関しては、まず、言語学的論理から導かれる批判に、答えなくてはなりません。それが出来ない内は、自然科学的実験云々などという段階には、全く進めません。参照⇒思索の海 - 水に答えを聞く前に ←端的に言えば、1)他の言葉との関係を無視して言葉を切り取って、意味を云々する事は出来ない。 2)そもそも、言葉の音やかたちは、意味と、必然的に結びついていない 3)物理的に無数のパターンが存在する音や画像が、どうやって、水に「理解」されるか(AさんとBさんが書いた文字は、全く同じというのはあり得ないはずだが、それを「同じ」文字であると、水はどうやって「知る」のだろうか) という事です。

ちょっと考えが甘いでしょうか?甘かったですね。「科学者の実験によって反証されている」、というのは、科学としての体裁になりそうなもの、つまり、ゲーム脳等については、有効でしょうけれど、水伝に関しては、安易に行うのは、却って良くない場合がある、と考えます。

それにしても、水伝は、自然科学的メカニズムを云々する前に、先ず人文・社会科学的に批判すべき内容だと思うのですが、そちらの専門家からは、批判の声は挙がっていないのですかね。挙がりましたねえ。いくつかの「マスターピース」(by poohさん)も、生み出されました。多分、「知らない」のでしょうね。何を隠そう、私も、水伝を知ったのは、数ヶ月前ですからね(忘れていただけかも知れませんが。もっと前かも)。正確な事は失念。「ニセ科学」や「疑似科学」等に特別な関心を持って、アンテナを張り巡らせないと、なかなか詳しく知る機会は無いのでしょうね。私が関心を持ったのは、「ゲーム脳」や「血液型性格判断」について調べたのがきっかけです。

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2007年9月 3日 (月)

メモ:「ゲーム」研究について’

Interdisciplinary: メモ:「ゲーム」研究について

「ゲーム」についての論評――「ゲーム」を、一様な性質を持っている文化と看做し、影響が云々と論を進める。つまり、ゲーム文化の複雑さを無視している、という事。

「ゲームを対象化」する――「ゲーム」という概念の必要十分条件を明らかにする。難しい。ここで言うゲームは、コンピュータゲームの意味。幾つかの条件によって定義された、「ゲーム」概念が、どの様な広がりを持ちうるかを考察する。我々は、どこまでを「ゲーム」として認識するか。古くはゲーム&ウォッチから、現在のPS3用のハイクオリティゲームまで、含み得る。たまごっちも、アーケードゲームも、PCゲームも、「ゲーム」と言われる。多くの論評は、一部のゲームに見出される性質(つまり、必要条件では無い)を、他のゲームにも共通する性質であると看做す(過度の一般化)、という誤謬を犯している。例えば、「サッカーはスポーツである」と教えられた人が、「スポーツとはボールを扱う文化である」という誤りを犯す様なもの。この論理は、「ゲーム」だけでは無く、他の文化にもあてはまる。ゲームを全然知らない人が持つ典型的なイメージとして、昔のシューティングゲームなんかが当てはまりそうですが、どうでしょうね。後、擬音で「ピコピコ」なんてのも。今時言わないかな。過度の一般化について――よく書く事ですが、たとえば野球やサッカーについて調べて、「スポーツ」一般の話をしたら、誰だって、「スポーツにも色々あるのでは?」と思いますよね。それが、ゲームの場合には、あまりなされない。文化の普及の仕方が違う、というのもあるだろうし、「身体運動」として、変化が無い、というのも、あるかも知れません。要するに、ゲームをやらない人が、ゲームをやっている人を見ると、「ディスプレイを前にして、コントローラをかちゃかちゃやっている」、と映る訳ですね。コンテンツの違いは無視する。本を読んでる場合だと、「何を読んでるか」、というのは意識されると思うんですけどね。「漫画」も、「ゲーム」と同じ様な印象を与えるかも知れません。

「ゲームを批判する」論者と、「ゲームを批判する人を批判する」論者との視座の違い――前者は、「ゲーム」を、狭く、単純な文化であると考え、後者は、幅広く、多様性を持つ文化であると考える。認識のズレ。「一口で言えない」という所を認識しているかどうか。

「ゲーム」を取り巻くもの――ゲームの攻略記事を、雑誌やWEBで読む。ゲームについて、友人や家族と語らう。ゲームがきっかけで喧嘩する。ゲームを創る。ゲームを売る・買う。ゲームの「影響」について議論する。これ、重要。ディスプレイの前でコントローラを触るだけが、ゲームに関する行動では無い。ゲームという文化の、発達や認知に与える影響を考えるならば、無理に切り取らずに、システマティックに捉えなければなりません。単純化して考えたい人は、ゲームに「強烈な悪影響」があると論ずるのですね。それこそ、薬物に匹敵する様な。そうすれば、一般論(単純な論理で色々なものを説明出来る)を語れるから、便利なのでしょう。

文化に格付けをする事の危険性――ある文化を「劣等」と看做し、その文化を愛好する者や、当該文化の創造に関わる者を、非難・差別する。その認識を助長する概念装置が開発され、それがマスメディアに載って流布する。「ゲームばっかやってると、ゲーム脳になるぞ」、という類の言明。ゲーム脳になる、と言うのは、脳の機能が衰える、というのと同義で、それは、科学的な根拠が不明確なものなのだから、ゲーム文化に関わる色々な人に対する、謂れ無き非難です。

局面――一つのゲームソフトでも、様々な「局面」が存在する。それを無視してはならない。特に、近年のゲームはそう。RPGでも、フィールド探索・戦闘(ザコ)・戦闘(ボス)・エピソードの進行・ミニゲーム…等々、色々考えられる。たとえば、「RPGをやっている時の脳活動を…」という文章を読んだ場合、ゲームする人は、「どのソフト? それって、戦闘の時? フィールド歩いてる所?」等、沢山の疑問が出るはず。

熟達度――ゲームにも、「上手・下手」がある。上達の度合いによって、認知活動に差が出る。パズルやアクション、シューティングで顕著だと思います。2D格闘アクションを例に出すと、ある程度の水準のプレイをしながら会話する事なんて、簡単です。しかるに、初心者の場合、憶える事が一杯あるので、注意資源を、「上達」に割かなければならない。もっと解りやすい喩え。車を運転する際、助手席の人と、会話出来ますよね? その時、車の運転に対する意識は、ほとんど無いはず。

勝手な前提――ゲームについて語る際、「部屋に閉じ篭って」とか、「一人で」等の条件を、勝手に付け加える場合がある。それらは、「他の人間とコミュニケーションをとらずに」という、ネガティブな印象を含んでいる。大部分は、それらの条件を持つ(一人でプレイ出来、狭い空間でプレイ出来る)と考えられるが、それは、「一人でしかプレイ出来ない」という事を意味しない(「行動空間が狭い」事は、かなり一般的にあてはまると思われる)。多くの場合、一人でプレイ「可能」というのは、言えると思います。RPGなどは、代表かな。オンラインゲームを一人で(MMORPG等を、人間とパーティを組んで)やっているのを、「一人」と看做すかは、また別の問題でしょうけれど。小学生なんかで、一人で籠もってゲームをやってる子は、どれくらいいるかな。その場合、他の子どもとのコミュニケーションに注意した方が、良いと思います。「ゲームをやっているから」、というのでは無くて。

生活の時間配分――一日のどの程度の時間を、ゲームプレイに充てるか。置き換えの話、です。よく話が出る(最近も出た)、ゲームプレイ時間と学業成績に負相関が見出された、というのは、勉強に割く時間が少ないからだろう、という推測の方が、妥当に思います。もちろん、詳しく調べるべきですが。

積極的悪影響論と消極的悪影響論――前者は、「ゲーム脳」論に代表される、ゲームが、心理・生理的に、薬物が与える様な(悪い)効果を持つと考える。ゲーム脳や脳内汚染。後者は、運動をする時間が少なくなる。他人とのコミュニケーションの機会が減る、寝不足になる、等の主張をする。後者が主張する現象が現れる原因として、前者の主張する論を挙げる場合もある。後者は、当てはまる場合も、結構あるでしょう。しかし、マスメディアが「ゲーム」をクローズアップするのが、目立つ印象があります。スポーツに割く時間との関係なんかは、ニュースとして採り上げる事は、あまり無いと思います。つまり、ゲームを特別に採り上げる理由があるだろうか、という疑問ですね。

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2007年9月 2日 (日)

よくわからないアンケート

某ブクマ経由⇒ジャストコミュニティファーム - Foresight of Trend : 平成18年度第4回安全・安心モニター調査結果について(農林水産省) by kagawa

思うのですが。

「100%安全な食品はない。」

とか、

「科学技術が発展することによって、食品分析技術も向上し、今まで見つからなかった有害物質が食品から発見さ
れることがある。」

とか、

「食品の安全を確保するためには、事故が起こってから対応するのではなく、事故が起こらないよう予防することが
必要だ。」

とか、

「食品のリスクについて考えるときは、食品を食べることによる健康への影響がどの程度大きいのかと、それがど
のくらいの確率で起きるのかの両方を考えないといけない。」

とか訊かれたら(引用は、リンク先に貼られているPDFファイルより)、普通、「そう思う」って答えるんじゃないですかね。常識的に考えると、これらの質問に「そう思わない」と感じる事自体、理解しにくいかと。

後、

また、「健康によい食品は、食べれば食べるほど健康になれる」という設問について、「そう思わない」・「どちらかといえばそう思わない」との回答を合わせると 75%であったが、「そう思う」・「どちらかといえばそう思う」との回答も23%もあり、どんなに健康によいと言われている食品でも、極端に多く食べると健康に悪影響を及ぼす可能性があるということを、より広く理解して貰う必要があることが分かった。

これって、「設問の意味が判然としなかった」という回答者の意識を、反映しているんじゃないかなあ、と。「食べれば食べるほど」、の部分ですね。物凄く曖昧な表現だと思うのですが。設問を文字通りに捉えれば、「そんな訳無い」じゃないですか。「何でこんな当たり前の事訊くの?」、「食べれば食べるほどって、どういう意味よ?」と感じた人も、いるんじゃないかなあ。

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大学の講義

質疑応答公開 :: 事象の地平線::---Event Horizon---

とっても興味深いです。勉強になりますね。

こういう講義(質疑応答の内容から推測)を受講出来た学生さんは、かなり得したんじゃないですかね。身近の事と結び付けて説明されて、解りやすかったでしょうし。物事を懐疑的に見る事の大切さを思い知ったのではないかと、感じました(混乱したり、不安がったりしている学生さんも、おられたみたいですが)。本当は、高校までにもそういう授業があれば良いのだと思いますが、高校までの授業のカリキュラムで学ぶのは、なかなか難しいのでしょうね。出来たとしても、優秀な先生が、「余談」として話す事、に含まれるのかな。「面白い先生」というのは、生活に即した話を、授業の内容と絡めつつ話す先生、ですよね。

高校までの授業って(少なくとも、私がいた所は)、洗練された知識を憶え込まされる、という所があるので、面白く無いんですよね。無駄が無さ過ぎる。それをどう工夫するかが、教師の腕、なのかも知れませんが、受験に必要な知識を詰め込む、という事もしないといけないので、大変でしょうね。私の場合、進学校ではありませんでしたが、資格試験を受けさせられる学校でしたので、やっぱり、知識の暗記、でしたね。今や、ほとんど記憶にありません(やり直せば、全く勉強した事無い人よりは、理解までの時間は、短くてすむでしょうけれど)。

前、テレビで、どっかの高校が、良い授業しているのを見かけたなあ。どこだったかな。まずテーマを決めて、それについて、生徒が自主的に研究していく、という進め方をする授業だったのですが。

どうでもいいけど、ビリーズ・ブートキャンプが絶賛されていたのが、なんか可笑しかった(笑)

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2007年9月 1日 (土)

少年。声

レベルファイブ、DS「レイトン教授と悪魔の箱」と「イナズマイレブン」のスクリーンショットを公開

任天堂 DS ソフト | レイトン教授と悪魔の箱

前作は、なかなかに良いゲームでしたので、これもやってみたいですねえ。やってると、頭が疲れますが(笑)

ちびっ子には、こういうのをやらせたいかな。センスもいいし、佳作ですよね。クイズとストーリーの関連が全然無い、というツッコミもありますが、まあ、許容範囲だと思います。総合的には、とても面白いです。

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んで、レイトン教授を紹介した直後で何ですが。

これ⇒痛いニュース(ノ∀`):山寺宏一がアニメ作品への安易なタレント起用を批判

チーズ山寺さんには、1800%同意せざるを得ませんね。

話題作りは別に構わないけど、上手な人を使って下さい。お願い。

とは言え、声の演技が駄目でも、その「下手さ加減」が良かったり、声質が良かったりする場合もあるので、そこは考慮するべきかな、とは思いますが。

美輪さん@『もののけ姫』は、凄く良かったと思う。「だまれ小僧!」

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