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2007年9月30日 (日)

観察力

A-WINGさんのブログで、漫画家の山本貴嗣さんのサイトを紹介して頂きました⇒あつじ屋(※軽い18禁コンテンツあり)

山本さんといえば、かなりマニアックな武術の知識に基づいた設定がある作品を描かれたり、ファミ通(『ファミコン通信』時代だったかな? 記憶曖昧)で連載されていたり、『メタルマックス』のキャラクターデザインをされた方ですね。

で、その山本さんのサイトですが、とても面白いページがありました⇒・武術のこと武術のこと 2武術のこと 3

そこら辺の武術家より武術の事を解っておられるな、という印象。それはもちろん、「身体で」、という事では無いでしょうけれど、非常に高い観察力と、それを分析し、記述する力を持っておられる。動きを観るセンス(註:私は「センス」という語に、「努力によらない」という意味を、含めません)が、ものを描くという行為によって、鍛えられたのでしょうね。

久々に、身体運動系で面白いページを見つけたので、嬉しくなりました。で、せっかくなので、山本さんの文について、引用して考察してみようと思います。※以下、山本さんに対する意見を書いている訳では無いです。

 無論なんらかの行動を起こすのに力がゼロでは動けない。なんらかの筋肉の緊張を伴うわけだが、実際に効果的な威力を出すのは「力む」ことと「完全脱力(糸の切れた操り人形状態)」の間にある状態であり、漫画や映画によく出てくる、筋肉や血管がびきびきとこれ見よがしに浮き出て膨れ上がった状態などでは断じてない。あれは武術的に言うなら使えない体、つまりは「死んだ」体である。

何もしていないのに、必要の無い筋肉を収縮させてしまい、「力を出している」という主観に満足しているかの様な人は、たまに見かけますね。当然それは、力学的にも不合理だし、エネルギーも無駄に消費する訳ですね。静止状態で、ある部分の筋肉を収縮させれば、拮抗筋も収縮しているのですから(だから静止している)、無駄なのですね。優れた身体運動とは、・必要な筋肉を ・必要なだけ ・適切なタイミングで収縮させる事なのですから。

ところで、こういう文脈で、「完全脱力」という語を、頻繁に見かけます。では、「完全脱力」とは何でしょう。これをちゃんと説明出来る人は、いないでしょうね。そもそも曖昧な概念です。たとえば、骨格筋を全て弛緩した状態、とすると、当然それは、不可能な事です。起立も出来ないし、何より呼吸(横隔膜や呼吸筋の運動の結果)出来ない。ですから、当然、それは前提としていない。では何を意味しているかと言えば、それは、目的の運動に必要な筋肉等を自覚する事無く、ただ「何となく」力を抜いている状態、という意味でしょう。即ち、構造化されていない、ごちゃごちゃした、偏った、等のイメージを含んでいる語、と言えます。科学的に脱力(に、高級な身体運動の前提の状態という意味を担わせれば)と言えば、必要な部分を弛緩させ、必要な部分を収縮させる、という事です(高岡を参照)。で、力を抜く、という所で重要なのは、「力を抜いていると思っているのに”抜けて”いない」、という部分。肩こりをイメージすると、理解しやすいでしょう。

 拙著『セイバーキャッツ』で主人公が力自慢の大男に腕を曲げてみろと言い、大男が必死に曲げようと試みるが曲がらない。しかし主人公の肩はまったくリラックスしていて自由に動くといった場面を描いたが、ああいう状態が実際にあるのである。

腕を曲げられない様にするには、腕を曲げる運動に拮抗する働きを持つ筋肉、即ち上腕の伸筋群を収縮させるのが必要です。しかるに、(これは、ちょっとプチ実験をやってみると実感出来ますが)「腕を曲げようとするから、曲げられない様に頑張ってみて。」と言って、相手の腕を曲げようとすると、多くの人は、力こぶが出る部分、つまり、「腕を曲げる」筋肉を、収縮してしまうのですね。これは面白い事です。筋感覚その他を総合した知覚に対する価値付け(頑張っている。力を込めている)と、解剖学的構造を合理的に用いる運動とが乖離する、良い例です。ちなみに、曲げられない方法は簡単。「力を抜いて、肘を伸ばす様にしてみて」、とでも言えば、力を出している感じが減り、前より遥かに頑張る事が出来ます。その時に上腕二頭筋に触れてみれば、ふわふわ柔らかいはずです。

その4 武術はクールに闘うものだ  2003 02 23

私も、武術に関心を持っている事もあって、涼やかな表情、表情筋の弛緩性が高い表情を好みます。イチロー選手や室伏選手がイメージしやすいかな。もちろん、室伏選手などは、ハンマーを投げ放つ瞬間は、物凄い表情をする訳ですが、それは、競技の特性もあるのでしょうし、爆発的にパワーを発揮する場面では、そういうのも必要になるでしょう。表情筋の弛緩度と、全身の筋肉の弛緩度に、どれ程の相関があるか、というのを考えるのも面白い(生理学的にはどうなっているのだろうか)。

 フィギュアからデッサン人形にいたるまで大半の、いやほとんど全てと言ってもいい「人形が」肩の付け根からしか腕が動くようにできていない。これでは実際の人間の可動ぶりを再現することなど不可能。
 本当は人間の肩は、腕の付け根である上腕骨の根元を後ろから支える肩甲骨と、前から支える鎖骨とで形作られた可動し変形する三角形で構成されている。

これは、とても重要。話は飛びますが、3DCGを見る際にも、この観点は大切です。ぱっと見、「何か違和感が…」と思った時、肩の動きを見ると、大概、肩関節から棒が出た様になっていて、そこが不自然に感じます。もちろんこれは、モデリングを複雑にする事によって処理が重くなるのを避ける、という面もあるでしょうから、それが一概に駄目だ、とか、解っていない証拠だ、という事では無いと思いますが、テクスチャ等によって、表面の質感がよりリアルになってくると、構造上の異なりは、より強く意識されてくるのではないかと思います。

ちなみに、と言うか。山本さんが書かれている肩の使い方の所に関しては、若干の注意が必要。たとえば、「肩を怒らせる」と形容される体勢はいけない、沈肩が重要、とありますが、これは、根本の身体の使い方を考えると、必ずしもそうとは言えない、と考えられます。つまり、同じ「肩を怒らせている」様に見えても、片方は、肋骨も引きつられる様に上がってしまい、背中側は、筋肉が癒着したかの如く、ごちゃごちゃに固まったまま、体幹が歪んだ様になっている。片や、肋骨のポジションはそのままに、上肢帯や背中の筋肉が弛緩し、肩甲骨や鎖骨を運動させる筋肉が適切に働き、体勢を作っている。もちろん、後者の運動が優れている訳ですね。外形的な所から姿勢の良し悪しを論じる際には、慎重になるべきですね。これは、「肩は下げるべきだ」と強く考え、肩甲骨・鎖骨をギッチギに固め、結局、肩周りをメチャクチャに拘束させてしまった経験がある人間の、言わば「忠告」です(笑) とにかく、「柔らかく」。

ボブ・サップ選手。最近は見ていないので知らないけれど、物凄く柔らかい身体を持っているな、という印象でした。肩なんか、ぐるんぐるん回っていて。そういう運動が出来て、しかも筋量が豊富であったから、相当な威力であったろうな、と思います。

以下、「武術のこと 2」より引用。

武田幸三選手。ムエタイ時代の映像を観て、おお、これは凄いかも、と思ったのですが、K-1での試合の時には、若干身体が硬くなっていた様な印象を持ちました。映像を観ての推測ですので、客観性には乏しいですが。

今は亡きお爺様は正座した状態からジャンプして部屋の天井を蹴破れたそうである。お父様は「残念なながら足跡をつけるのが精一杯でなあ」。
 ちなみにお爺様は柔術ではなくもっぱら柳生の剣を極められた方だったとか。
 私の知り合いである「息子さん」本人は
 「天井にキックなんか届きゃしませんよ」
 時代は流れてゆくことよ。

さて、どういう構造の部屋であったのか、とか、天井の素材は、とか、色々気にはなります。もちろん、現在の一般的な家屋の構造から考えると、そういう芸当は不可能、と言うのが、妥当ではありますね。と言うか、運動の過程が想像出来ない。

一般的に、野球指導者や評論家が勧めるのは、こんな投げ方だ。まず上半身をひねり、ぎりぎりまでためを作って、ボールを離す瞬間にそのエネルギーを爆発させる。しかし、桑田はそんな「ねじり」や「ひねり」が必要ないという。
 「今の僕の投球を見れば分かると思うけど。全然力んでない。ボールを離すまでの腕の振りは皆遊びなんです。どういう風にしてもよくて、最後に最大の力を出せればいい」
 その「最後」に、力を総動員するテクニックが古武術だという。

当たり前ですけど、桑田選手は、身体を「ねじって」いるし、「ひねって」います。当たり前ですね。人間の身体は、その様に出来ているのですから。で、ねじらないとかひねらないとかは、より合理的な身体運動を促すための言語装置であって、決してバイオメカニクスの概念に対応している訳では無い、という事は、きちんと理解しておくべきでしょうね。そういう武術的な言葉の用い方って、凄く慎重にしないといけないんですけどねえ…。たまに、スポーツと対比させるかたちでそういう事を言う人がいるので、控えて欲しいです。

溜めてるんですよね。見えにくい所で。残念ながら、その論理を詳しくバイオメカニクス的に論じられる程の知識を、現在の私は持っていないのですが。※山本さんがそういう部分を無視している、という事では無いです。上の引用部分の後に、ちゃんと書いてありますしね。

武術の動きをスポーツに応用、というのも、慎重に行うべきですね。何故なら、「そもそも違うものだから」。果たして、現代の武術家からスポーツ選手が得るものは、あるのでしょうか。

武術や格闘技の話をしていると必ずどこかで出てくるのが「どの武術(あるいは格闘技あるいは流派、門派)が最強か」という話である。

昔っから、格闘技・武術ファンの興味をかきたててやまない話題ですよね。まあ、とっても難しい問題です。流派とは何か。個人差は考慮するのか。ルールはどうするか。会場はどうするか。各流派の最強の人物を集めて大会を開いたとして、その大会で優勝した者が属する流派が最強、と言えるのか。等々の、様々な事を考えなければならない訳ですね。こういう所に興味がある人は、高岡英夫氏の、『武道の科学化と格闘技の本質』や、『空手・合気・少林寺』シリーズを読みましょう。山本さんの意見、なかなか手厳しいですが、至極正論ですね。

昔某局の「○レビジョッキー」とかいう番組の「ガンバル○ン」に武術家としてゲストで登場、たけ○軍団の若い者に稽古をつけるところが逆襲されていい恥をかいたらしいのだが、惜しくもその回は見逃した。どなたかご覧になった方はいらっしゃらないものか(笑)。

『スーパージョッキー』ですね。観ましたよー。まあ、詳しくは語りますまい…。知ってる人は知ってるでしょうし。しかしあれですな。伝書とか段位が欲しい、と思ってる人って、どのくらいいるのでしょうね。そういう記号だけ持ってたって、あんまり価値無いのに。

セクハラする指導者とかいるんですね。そういう道場って、消滅すればいいのにね。※セクハラの概念に関する議論などの問題は置いときます。

いや、夏目氏とのやり取り、実に興味深い。しかし、夏目氏は、実に丁寧で、思慮深い文章を書く方なのですね。感心しました。

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ふう…。武術系のエントリーは、長くなっていけないなあ。つい、調子に乗ってしまうのですね。

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コメント

「せんだって日記」さんで、塩田剛三翁が採り上げられていたので、お邪魔してコメントした所、レスで、山本貴嗣氏の話題を出して下さったので、TBを送ります⇒http://plaza.rakuten.co.jp/sendatte/diary/200802060000/

『セイバーキャッツ』は良い作品ですね。武術に対する真摯な姿勢が反映されていると思います。

あの頃のマンガだと、これとか『なつきクライシス』(の13巻辺りから後)が良かったですね。最近では、『ツマヌダ格闘街』が、なかなか頑張っていると思う(←えらそうだけど気にしないで下さい)。

あ、大きな声では言えないけど、せんだって日記さんに、塩田先生の動画へのリンクが貼られています(ここに貼らないのは、『HANA』の時と同じ理由です…)。「武術の本物の動き」に興味がある方は、ご覧になるのが良いでしょう。もしかすると、衝撃を受けるかも知れない。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 1日 (土) 03:50

TBをありがとうございます。

未熟な語り口で塩田剛三先生のことを取り上げてしまい、弟子のかたなどの不興を買うのではないかという不安もありました。

『セイバーキャッツ』はまごうことなき傑作ですね。『なつきクライシス』は序盤でのあまりのパンチラ押しに引いてしまって、読むのをやめてしまったのですが、そうですか後半よくなったのですか。もったいないことをしました。

これからもよろしくお願いします。

投稿: せんだって日記 | 2008年3月 1日 (土) 09:58

せんだって日記さん、お早うございます。

塩田先生の演武は、誰が(と言っても、見方には色々ありますが)見ても、凄さが解るものですよね。「何か凄い…」と感じる。スポーツなんかをやってる人は、特にそう思うかも知れませんね。
掴み手等には、神秘性を感じる人がいるかもですが。私も、メカニズムは解っていません。
剣の動きなんかは、比較的ゆっくり動かれるので、体捌きが解りやすいですよね。体術は、あまりに絶妙過ぎて、なかなか気付きにくい。

『なつきクライシス』は、後半から、ちょっと変わってきました。宇城憲治師範との交流がきっかけになったようです。

こちらこそ、よろしくです。

投稿: TAKESAN | 2008年3月 1日 (土) 10:47

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受信: 2008年3月 1日 (土) 09:59

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