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2007年8月 8日 (水)

水伝の呼び方とか

テクノラティで、「水伝」で検索すると、批判的なブログがヒットし、「水は答えを知っている」で調べると、概ね肯定的な紹介が見られます。

「水伝」が、ニセ科学について議論している人の間で使われる専門用語?的用いられ方をしているから、でしょうね。そういう議論を知らない人は、「水伝」と略す事自体も、知らないのですね。批判的に捉えている人には、「水伝」という略称が定着しているのでしょう。

ブログ検索をすると、水伝を肯定的に捉えているブログが、やはり一定数見られますね。信じるのは自由だ、としか言いようがありませんが、もうちょっと、「言葉」について考えてみて欲しいですよね。自然科学以前の問題として。dlitさんのエントリーを読んだりすれば、水伝のおかしさには気付けると思うのですが、そこまで辿りつく機会が、なかなか無いのでしょうね…。悩ましい事です。批判的な意見を冷静に見られるか、というのも、関係するでしょうし。ソシュール読んでみれば、と言う訳にもいかないしなあ。

一番いいのは、こーださんとかが、「『一般言語学講義』、おもろい!」とか言ってくれる事なんですけどね。…はい、妄想ですよ。でも、カリスマ性の高い人が、勉強するのを促して欲しい、という部分は、結構本音だったりします。良くも悪くも、影響は大きいのですから、科学的・論理的思考の大切さを促したりする様な人がいれば、いいですね。

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コメント

自分のエントリを読み返してみたら、「水は答えを知っている」の方のフレーズは出てきませんでした。
確かに、批判する場合は「水伝」と略さなくても、「水からの伝言」の方をよく使ってるような気がします。今からでも一応エントリの方に書き込んでおこうかな…

>こーださんとかが、「『一般言語学講義』、おもろい!
日本、未曾有の言語学ブームに!?
ならないと思いますが(笑)、もうちょっと”勉強するのちょっとカッコイイかも”みたいな認識も増えてくれると良いなあ…

実は僕のブログでは以前は言語学関連のことにはあまり詳しく触れないようにしてました。
でしが、最近水伝+αの様々な出来事を通して、言語学の知見があまりにも&予想以上に知られてないことに驚かされまして、もっと情報発信していこうと思っている次第です。

投稿: dlit | 2007年8月 8日 (水) 04:53

例えばブログの文章の中でどんな言葉を選ぶか、と云う話をすると、単語レベルでは「その話題について何らかの知識を得たいひとが、どんな言葉を選んで調べようとするか」と云う要素が加わってきます。

「水からの伝言」を「水伝」と略して云うひとは、おっしゃるとおり批判的な方が多いと推測されます。で、例えばぼくが自分の文章をどんなひとに届けたいかと云うと、むしろ「批判と肯定の間で揺れ動いているひと」に届けたい。
結果として、ぼくは自分のエントリの中で「水伝」と云う略称はほとんど使いません。テクノラティを含めたサーチエンジンの検索結果に「水からの伝言」で表示させたいからです。
(本当はその他の細かい仕掛けもしています。自慢げに云う話じゃないんでここでは書きませんが。ぼくのブログはそもそもそういう部分についてのケーススタディのツールとして始められたものですので)

そういう意味ではdlitさんのおっしゃるように、「水は答えを知っている」や「結晶物語」と云う言葉もできるだけ頻繁に使用したほうがいい、と云うことになります。また「江本」と省略せずに「江本勝」とフルネームで書いたほうがいい。これは文章のターゲット層をどう想定するか、と云う話に絡んできます。

これはサーチエンジンの仕組みと利用のされ方を考えて効果的な情報発信をする、まぁ何と云うかネットマーケティング的な発想ですね。

ついでに云うとサーチエンジンの技術は「人間に代わって機械がいかに精度の高い文章の解析をするか」というものです。ですので実際、dlitさんの専門分野ととても近接した技術だったりもします。

投稿: pooh | 2007年8月 8日 (水) 08:31

dlitさんへ。

何だか、真面目に勉強するのはアホらしい、とか、勉強して何になるんだ、という認識を持っている人が、ある程度いると感じています。そういう社会的認知の形成には、マスメディアが関わっているので、芸能人なんかの発言も、大きな影響を持つのだと思います。
勉強するかしないか、って、ちょっとしたきっかけだったりするので、その(勉強する)きっかけを与えるという意味で、影響を及ぼして欲しいです。

でも、昔よりはマシになっているんじゃないかな、という気もしたり。よく判りませんが。

投稿: TAKESAN | 2007年8月 8日 (水) 11:29

poohさん、今日は。

SEOと言うのでしょうか、対象を想定した上での情報発信を行う際、そういうのを意識するのは大切ですよね。

よく考えると、私は、水伝に触れる人は、大抵『水からの伝言』経由でそれを知った、と思い込んでいたのかも知れません。江本氏の本は、結構沢山出ているので、そうとは限らないのですよね。こーださんが(雑誌だかで)紹介したのも、『水は答えを知っている』でしたっけ(うろ憶え)。

投稿: TAKESAN | 2007年8月 8日 (水) 11:53

ちょっとテクノラティで調べてみたら…「水からの伝言」で検索して僕のエントリは25ページ目(10件/1ページ)でした。
テクノラティから来る人がほとんどいないわけだ(^^;

>poohさん
実は(?)サーチエンジンとかの原理には結構疎いです。
文章解析の理論なんかは一応わかるのですが、それをランキングなどとどのように関連付けてるかとか、面白そうです。

>TAKESANさん
メディアの影響はホント大きいですよね。
いろいろ勉強してる芸能人も結構いると思うので頑張ってほしいところです。ただ、テレビなんかで「知的」っていうと、大体「人の知らない知識の披露」だけだったりするからなあ…

投稿: dlit | 2007年8月 8日 (水) 16:30

テレビで「賢い」、「知的」というのは、「クイズで良い成績をとる」、とかだったりもしますからねえ。ヘキサゴンみたいに。でも、勉強出来なくても頭は良い、という言い方もされたりしますね。そういうのが歪んで、「勉強なんか別にしなくてもいい」、になっちゃったり。

昔は、少年漫画誌に、科学者の話とかが載ってたらしいですね。そういうのが、「憧れ」を促したりしていたのかなあ。私の年代だと、環境汚染とか科学万能主義とかと絡めた、科学・科学者批判が、メディアとかフィクションの世界では、よく見られた様に思います。

「勉強」から、
 ・学校でやる(やらされる)勉強
 ・受験の為の手段
 ・何の役に立つか解らない。むしろ、何の役にも立た
  ない
 ・公害や環境破壊、戦争という悲惨な出来事の原因
  となった、科学者や科学技術
 ・フィクションで描かれる、勉強が出来る=決まりきっ
  た事を憶えるのが得意なだけの、融通が利かない人

等の、様々なネガティブな連想がなされるのかも知れません。と言うか、私が持っていた偏見なのですが(笑) kikulogでやっていた、科学者のステレオタイプ像も、影響しているでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2007年8月 8日 (水) 17:02

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