ふざけるのも大概にしたほうが良いと思う
犯罪被害者の身内(遺族等)が、超能力に縋ってでも…という事を言い出したら、それを宥めて、考えを改めさせるべきだろう、どう考えても。
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コメント
TAKESANさん、こんばんは。
この件はリンゼイさんの家族が持っているであろう日本の警察の組織捜査への不信感にTV関係者がつけ込んだところもあるんでしょうが、それよりも圧倒的に今の視聴者サイドが「犯罪被害者の憤りや無念の思い」を、冷静な分析、論理的な思考や地道な捜査より優先する事をマスコミが見抜いていて、その世間の空気に乗っかっていれば視聴率も稼げるし叩かれる事も多分無いと計算しているのではと私は考えます。
で、私はこうした被害者の藁にもすがりたい感情につけこんだ超能力捜査番組を生み出している要因に、最近のマスコミの犯罪被害者へのシンパシーを過度に煽る事で、犯罪加害者に対してならどんな制裁を加えてもかまわないというような報道というのが関係していると見ていて、このような報道を見ている視聴者層が、元来多様で複雑な背景のある犯罪事件に、わかりやすい何らかの「解決」を望む直情的で安易な思考を持つ事が問題では、と考えているんです。
投稿: 内海 | 2007年7月 1日 (日) 03:27
番組を見ていないのでなんともいえないので,このたとえが適切かどうかわかりませんが。
たとえば犯人が某地域にいるというような「透視」のようなことをしたとして,事実とそれが違ったとしたならば(あるいは一致していたとしても),かえって容疑者を見つけ出すことの妨げになる可能性があるような気がしています。たとえば,まさにそこに容疑者が潜伏していていつも接している人がいたとして,その場所にいないという誤った確証をその人に与えてしまったら,その人は容疑者の存在に気づきにくくなるでしょう。
投稿: 中猫 | 2007年7月 1日 (日) 04:54
内海さん、今日は。
そう思います。まさに、被害者の近親者や視聴者の感情につけ込むというやり方で、非常に悪辣であるとすら考えています。勿論、制作者が善意を持っていたとしても。
kikuklogでも書きましたが、藁にも…という所に、藁ですら無いものを掴ませるやり方です。更に、警察の捜査への不満を、徒に煽りかねない等、様々な問題があると思います。
投稿: TAKESAN | 2007年7月 1日 (日) 13:04
中猫さん、今日は。
まさに、そういうかたちで弊害が起きる事を懸念します。
テレビ番組で発信された情報が、どれ程の影響を持ちうるか、という事だと思います。当然、それが容疑者逮捕に繋がる場合も考えられますが、それはあくまで結果論であって、その過程として、超能力などを持ち出したり、警察の捜査の杜撰さを仄めかしたり、という事をするのは、明らかに、駄目ですね。誤った信念を植え付け、それが、捜査に支障をきたす場合すら、あるのですから。
投稿: TAKESAN | 2007年7月 1日 (日) 13:12