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2007年7月28日 (土)

無知の知

これは、何度か書いた事があるのですが。

(あくまで思考実験ですので、細かい所に突っ込まないで…)たとえば、今の時代に、現代科学について全く勉強をせず、観察と思弁によって、アリストテレス的な自然学の体系を作り出した人がいたとします。
その人は多分、天才と言って良いのだと思います。とんでもない認識力を持っている訳ですから。でも、現代という、数え切れない人が長い年月を掛けて積み上げてきた、科学という知の体系が存在する時代に、アリストテレス自然学の論理を持ってきて、「自分は、自然がこうなっていると考えている」、と言ったって、「勉強してこい」、と突っぱねられるのは、あまりに当然の話なのですよね。その場合に、自然科学を勉強せずに、「科学者は頭が固い」と言うのは、駄目過ぎるのです。

子どもの頃は、「発見」の連続です。でも、その「発見」が、実は、ずっと昔に知られた事だったりするのを、教えられる訳ですね。そして、積み上げられた知識の膨大さに驚嘆し、また、その一端に触れる事が出来たという事実に、嬉しくもなるのです。

だから、重要なのは、「知る事」。そして、「知っている人」がそばにいるのが、望ましいですね。凄く乱暴な事を言うと、「自分の馬鹿さ加減を教えてくれる人」がいた方が、ありがたいのです。

でもまあ、知らないまま、独自の論を展開させるのが、「楽」ではあるのですね。で、その「楽」さを維持する、また、自身の無知を認めないために、聞く耳を持たなくなる。大人だと、「自分の馬鹿さ加減を教えてくれる人」が、「自分の画期的な考えを認めたく無いがために攻撃を繰り広げる、愚か者」、とか、「旧来の思考に凝り固まり、柔軟な考えを持てない可哀想な人」、等、自身に都合良く変換される訳ですね。こうなると、厄介です。ある意味、完璧な論法ですから。

前、こんな事を書きました⇒Interdisciplinary: 無知の知と既知の知と未知の知

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

共感したり関連していろいろ思い出してもどかしくなったりしたのでエントリを起こしました。
いやもう、毎度考えるキッカケをいただいて、ほんとにお世話澤まです(^^;)

投稿: 亀@渋研X | 2007年7月28日 (土) 16:23

亀@渋研Xさん、今日は。

いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、色々学ばせて貰っています。

他の人が何を考え、どんな知識が積み上げられてきたか、というのを知らないと、「自分は天才じゃなかろうか」、という肥大した自尊心を持っちゃうんですよね。オトナになってもそのままだと、凝り固まってしまって、厄介ですね。だから、小さい頃から、なるだけ色々考えさせて、幅広い知識を教えるのが、大切ですよね。
一番肝腎なのは、オトナ自身が勉強する事、だと思っていますけれど。

投稿: TAKESAN | 2007年7月28日 (土) 17:42

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無知の知(Interdisciplinary 2007年7月28日) http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_bb60.html 過去の資産を知らずに手前勝手な論を紡いだものが「間違っている」という指摘を受けたとき、それを入れられるかどうか。 そうい..... [続きを読む]

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