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2007年7月 3日 (火)

イメージ力などでは無い

七田 眞 ウェブログ: 七田の子ども達のイメージ力(1)

子どもにこんな事をやらせるか?

正直、ぞっとしますよ。もう、滅茶苦茶じゃないですか。

イメージが外界に直接的な影響を与える、という信念が、どれ程恐ろしいか、考えてみるべきでしょう。

こういう実験の様なもので「成功」した子ども達が、どういう認識を形成するか、想像すると、暗澹たる気分になります。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

七田のおっさんは、ディプロマミルの教授やっているってだけで十分怪しいのに、お母様方は何でこの情報知らないのだろう?

あと、2ちゃんねるで昔、七田の息子は馬鹿だから効果ないって晒されていたのがあったと思います(^^;。

投稿: JosephYoiko | 2007年7月 3日 (火) 11:56

JosephYoikoさん、今日は。

養育者によっては、超能力があったら良いな、という、期待と言うか、願望の様なものが、あるかも知れませんね。

口コミなんかで知って通わせた人なんかは、普通の(というのも変ですが)早期教育として、見ているでしょうね。現場によるでしょうけれど、導入部では、あまり怪しく無い事をやらせる、という所もあるみたいですし。

DMに関しては、「大学教授」は全部同じ様なもの、という思い込みが、あるのかも。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 3日 (火) 12:39

昔の人が、魔法や黒魔術を忌むべきものとしたのは、生活の知恵だったのかもしれませんね。

投稿: A-WING | 2007年7月 3日 (火) 12:51

これはもうカルトといっていいかと。

投稿: newKamer | 2007年7月 3日 (火) 12:56

A-WINGさん、今日は。

今回採り上げたエントリー、まさに、魔法が出来るようになる、と言っているに等しい訳で、もう完全に、駄目ですよね。
比較的軽めの(やらないよりはやらせた方がマシかな、という程度の)気持ちでお子さんを預けている人達が、こういう事実を知ったら、どう思うでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 3日 (火) 13:07

newKamerさん、今日は。

そう思います。特に、教育法とも絡めて主張しているので、かなり酷いものだと考えています。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 3日 (火) 13:10

 超人ロックの何巻だかで、ロックのクローンに超能力のトレーニングをするシーンとか、地球へ…のあのコマとかあのシーンとかを思い出しました。

 リアルでやるなぁぁぁぁ!

投稿: apj | 2007年7月 3日 (火) 18:59

連投失礼。

 アニメやゲームが子供に影響を及ぼすことが問題なのではない。
 アニメやゲームのような教育をしている方がよっぽど問題なんじゃないか。

 アニメやゲームの影響をもろに受けているのは七田氏の方では?

投稿: apj | 2007年7月 3日 (火) 19:02

apjさん、今晩は。

実際にやっちゃいかんですよねえ。こんなの、「かめはめ波が撃てるようになるかも」、とか言ってる小学校低学年生と、変わらないですよね。そんなのを大真面目に…。

 >アニメやゲームのような教育をしている
言い得て妙ですね。寧ろ、仮構と現実の区別が出来ていないのは、こういう人達ですよね。
バーチャルと現実の区別が…とか言っている人で、超能力なんかがあるかも知れない、と考える人も、いそうですけれど。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 3日 (火) 20:04

こんばんは
 
>アニメやゲームのような教育をしている
 
あほな思い込みを教育と謳っている内容が、アニメやゲームのようで、どっちがどっちのパロディだか。
 
「注意!!願望と空想と現実は別のものです」って看板立てたくなりますね。

投稿: FREE | 2007年7月 3日 (火) 21:39

FREEさん、今晩は。

ですね。ああいうのは、「本気」な所が恐ろしいです。

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定番のツッコミ。
ろうろくの火を消したいんなら、風を起こせば良いのに。
本の内容を知りたいなら、開いて見れば良いのに。

尤も、あの手の人達は、能力の万能性や共通性を謳うので、イメージでろうそくが消せる様になれば、他の色んな事が出来る様になる、という主張なのでしょうけれど。

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ちなみに、武術の世界なんかでは、「あんな程度」の主張は、よく見ます。武術の場合は、元々科学に否定的な人が多いので、初めからオカルトっぽいのですが。
七田式の場合、それを科学っぽい概念と結びつけようとしたり、早期教育と絡めているので、またややこしいですね。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 3日 (火) 22:58

こういうのは「子供が面白半分でやって、大人に怒られる」というものだと思ってたんですが、大人が主導してる時点でダメダメですね。何ていうか、現実と虚構の区別がつかない大人というのは「オタク未満」だと思うのですね。せめて「正しいオタク」のレベルまで成長してくれないものか。

また、もし「願うだけで実現する」のであれば、ある意味最強というか、誤解を恐れずに言うならば、人類共通の願いと言えなくもないでしょう。
まともに考えればおかしいと解る筈なのに、こういうのに騙されちゃうっていうのは、「必ず儲かる投資話」に引っかかる心理状態と似ているように思います。

投稿: PseuDoctor | 2007年7月 3日 (火) 23:28

場合によっては、「こんな事を大真面目に語っている大人」を、軽く見下す子どもも、出てくるでしょうね。冷静でメタな見方なら、それは良いのですけれど、バカにするというのは、ちょっと頂けないですね。

「強く願えば(思えば)叶う」、というのは、水伝にも通ずるものがありますよね。それは、個人内で閉じてしまうので、良く無いですね。
この話題に少し関連して、以前、apjさんの所で、こんなやり取りがありました(コメント欄。結構熱い議論です)⇒http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=2267

投稿: TAKESAN | 2007年7月 3日 (火) 23:46

「願うだけで実現する」は、水伝にも百猿にも共通するものですね。一部の人には、なんか重要なキーワードなのだろうと思います。

ひょっとすると虚構とか詩的表現とかを理解できないオトナが大量にいるのではないでしょうか。で、比喩とかアニメネタとかを真に受けるそういう「オトナ」が、彼らでさえ虚構だと気づくようなフィクションを見ると仰天する。あるいは気づかないでいて恥をかく。その結果、「アニメやゲーム(やホラービデオや劣悪テレビ番組や小説や本)は有害だ」と言い出す……という構図ではないかと疑いたくなって来ます。

七田はオカルトなのかニューエイジなのかというと、もうミソもクソもごっちゃで、なんでもありになっていますね。フィンランドメソッドまで取り込んで「七田式フィンランドメソッド」とか言い出しているようです。ただいま、買わずに現物を確認すべくジタバタ中。
チャイルドアカデミーはカルト化しているという風聞はときどき目にします。入っちゃうとのせられちゃう構造はkikulogのコメント欄に見る通りなのでしょう。

投稿: 亀@渋研X | 2007年7月 4日 (水) 09:29

連投深謝。関連ネタのうちのエントリのURLです。

「水伝」を受け入れるということ
http://shibuken.seesaa.net/article/30224390.html

検索かなんかでここにたどり着いた、「イメージが外界に直接的な影響を与える」とか「願うだけで実現する」が、いい話のような気がしている方は、読んでみて欲しいので、失礼して投下。

投稿: 亀@渋研X | 2007年7月 4日 (水) 09:41

亀@渋研Xさん、今日は。

願うだけで…というのは、他に何もせずに、という所に行ってしまいかねませんよね。閉じながら外側を志向する、という。そういう心性を持っていた事がある者としては、実感として、それはまずいと知っていたりします。

オトナに対する考察、私もそれを感じる事があります。愛好している人は充分解りきっているのに、外から眺めている人からすると、虚構と現実が…と感じてしまうのでしょうね。悪い意味で、「真に受ける」、と言うか。

七田式は、いかんですね。導入部が怪しげで無さそうに思えたりする所が、いかにも巧妙です。

 >「水伝」を受け入れるということ
もし主張が正しいとしたら、と考えていくと、矛盾だらけである事は、直ぐに解るのですよね。でも、「あったらいいな」、という「願望」の前では、合理的な思考が蔑ろにされたりして、悩ましい所です。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 4日 (水) 11:57

TAKESAN こんばんは。

七田は本当にダメダメですね。
なんとなく思っていることなんですが、世間が、楽な方へ流れているというか、そんな感じです。もちろん、私も楽な方が好きです。
亀@渋研Xさんも指摘されている「願うだけで実現する」なんて、その典型だと思います。
学力を上げるには、勉強をするのが第一ですが、「朝食」を持ち出したりすることもそうだと思います。
子どもを説得するのに「ゲーム脳」や「水伝」を使うのも楽なんですよね。
健康についても、規則正しい生活がいいんでしょうが、そうしないで何とか水とか怪しい食品に頼ったりとかもありますね。
七田に子どもを通わせている親も、子どもをよくしたいという願いからだと思いますが、その背後には「楽に」という言葉があるように思うのです。

投稿: ドラゴン | 2007年7月 4日 (水) 17:59

こんにちは、皆さん。

なんだか、子供の能力を伸ばすのに超能力を訓練させるような事をやりたがる意識が分から無いのです。

SFの世界では超能力者は迫害を避けるために、ひっそりと世に隠れて生きるのが定番なんですよね。物語の世界がそうなっていて、読者が違和感も無く読めるというのは、やはり社会が超能力みたいなものを持っている者が居れば、どこかで怖がったり嫌ったりする面があるからでしょう。親は子供が将来、「気味悪がられて嫌われる」事を望んでいるんでしょうかね。

一面で超能力に限らないんですよ。普通に言う「頭がよい」だって、人からかなり外れた能力の人が人の前で能力全開で振る舞ってごらんなさい、怖がられたり嫌われたりするからね。怖がられたり嫌われたりしたくなければ、能力を示すのをセーブして、人にその能力が必要な時に、「私は決してこの能力をあなたを害するのに使ったりしませんよ。あなたの役にたつために使います」と分かる形で使うしか無いんです。そうでないと嫌われるんです、別に害をなさなくても、「並はずれた能力がある」だけで嫌われるものなんです。

投稿: 技術開発者 | 2007年7月 4日 (水) 18:13

ドラゴンさん、今晩は。

楽な方向へ行ってしまう、というのは、ありますね。もちろん、同じ効果があるなら、楽な方が良いと思いますが、それを求めるあまり、何かを見落としてしまっている様です。

減量なんか、典型的ですよね。運動の量を増やして食事を制限すれば、「体重を落とす」という効果(スポーツ選手やモデルなんかは、「痩せ方」というものがあると思いますので、除外)は、簡単に得られます。なのに、「より効率良く(楽をして)やせられる」商品を、追い求めています。そんな事に時間を使う暇があれば、運動すればいいのに、という感じですよね。それが最も合理的な訳ですから。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 4日 (水) 18:56

技術開発者さん、初めまして。←一応(笑)

これは、私が推測している事で、特に根拠がある訳では無いのですが、(七田式が超能力開発を謳っているのを知っている)子どもに高い能力を得させたいという養育者には、優越感に浸りたいという感情が、少なからずあるのではないかと、考えています。論理的には、イチロー選手やタイガーウッズみたいなスーパースターの様な能力を望む、という事と、同じですよね。それと超能力云々を同次元に考えているという所が、大変にナイーブなのだと思います。具体的に超能力を得たとして、それが何になるのかを、果たして想像する事があるのか、疑問です。

実際、もし超能力の様な、他と隔絶した能力を得られるとすると、技術開発者さんが仰る様に、必ずしもそれが、「幸せ」な事であるとは、限らないのですよね。そういう、望まぬ能力を持った人間の悲劇、という話は、それこそフィクションで、よく語られる話でもあります。

七田式は、そういう所へ、「なだらかに」誘導する危険性があるのではないかと、考えます。「いかにもオカルト」というより、始めたきっかけは、塾に通わせる感覚で、段々…という風に、進んでしまいかねません。これは、危惧すべき事ですね。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 4日 (水) 19:11

どんな親でも、子供の幸福を願ってるんです。それこそ盲目的に(場合によっては、近視眼的に)。そこに乗じておかしな商売を始めるのは、許していいことには思えませんよね。

投稿: pooh | 2007年7月 4日 (水) 22:27

poohさん、今晩は。

養育者は、子どもによく育って貰いたいと思っているのですよね。
そこにつけ込んでいるのが、やっぱり駄目です。たとえ善意であったとしても。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 5日 (木) 00:21

こんばんは。
前回ご紹介のエントリを見てみました。昨年の今頃というと、まだapjさんのブログを見始める前の筈ですが、何故か見たような記憶があります。
これもなかなか凄いケーススタディですね。ちょっと本筋とはズレるかもしれませんが「議論の噛み合わなさ」について考えるところがあったので、かなり長くなりますが書かせて頂きます。

最初に結論を簡単にまとめておきます。
1.信念が強過ぎるとロクな事が無い。
2.自分の思考の枠組みを越えるのは難しい。
の2点です。こう書くとシンプルですね。

まず1.については、信念・思い込みが強過ぎると「信念さえあれば、あり得ない事でも可能にできる」という考えに取り付かれてしまうのではないでしょうか。水伝も、七田も、百匹猿も、村上和雄センセの「遺伝子オン」の話にしても全部そうですよね。
信念が強いというのは「純粋である」という事だとも思うんですが、どうしてこういう人が出来てしまうのでしょうか。一つの可能性としては「強く願えば必ず叶う」とか「想いが現実になる」とかの一見前向きで明るいメッセージ(もう少し拡張すると「努力は『必ず』報われる」というのも類似のメッセージと言えるでしょう)ばかり与えられ続けると、子供も大人も妙に純粋で世間知らずなままになってしまうのかもしれません。日本がもう少し貧しく厳しい国であったなら、やがて「甘くない現実」に直面するのでしょうが、純粋なままでも生きていけてしまうのが「経済的な豊かさの影の部分」なのだと思います。それも徐々に崩壊しつつありますが。

次に2.については、単に信じる対象が何かというような話ではなくて、もっとメタ的な「考え方のクセ」みたいなものを想定しています。要するに「思い込みが強い」とか「疑り深い」とかの話なんですけど、どうも我々は無意識に「他人も自分と同じ思考様式で考える筈」と思ってしまうみたいです。
例えば私なんかは「ビリーバーでも理を尽くして論証すれば説得できる筈」と信じ込んでしばしば失敗しています(爆)
逆に「思い込みが強い」タイプの人は理屈なんかどうでもよくて、異論はすべからく「敵認定」で「存在する」事すら許せない。そのうえ、相手もそういう思考様式だと無意識に思い込んでいる節がある。だから、自分の「考え方」を批判されただけでも、存在そのものを攻撃されたかのように判断して感情的に反撃してくる。
つまり、思考様式が異なる人の間では議論を成立させるのが非常に難しい。最低でも、自分とは異なる思考様式(や価値観)の存在は認めないといけません。それすら認識できずに自分の思考の枠に嵌め込んでしまうようだと、議論は決して噛み合わないわけです。何か当たり前っぽい結論ですが、つくづくそう感じました。

で、おまけなんですが、個人的には上の1.2.のような事を最も効果的に学習できる体験とは「失恋」だと思うんですね。もう、失恋を重ねていくと「想いが強ければ叶う」とか「自分と同じように相手も考えてくれる筈」なんてのは妄想に過ぎないって事を、嫌という程思い知らされますので(注:実話に基づく)。
いや、マジで良い勉強をさせてもらったと思ってますよ>私を振った女性陣

長文失礼しました。

投稿: PseuDoctor | 2007年7月 5日 (木) 01:04

 >「信念さえあれば、あり得ない事でも可能にできる」
多分、こういう思考が働くのでしょうね。その確信と、「科学では解らない事がある」という信念が相まって、科学への排撃、または、中途半端な科学理論の援用(断片的に援用し、万能であるかの如く謳う)、等が起こってくるのかも知れません。

2.に関しては、先のストローマンの話とも、繋がってきますね。脳内で作り上げた藁人形というのは、自身に「都合の良い(批判し易い)敵」である訳で、自己完結したままで、成立してしまうのですよね。それを解体して、俯瞰でものを見る事が出来なければなりませんが、それはなかなかに難しい。そもそも、自身がそういう状態に陥っている事など、自覚出来ていないのですから。

と、こんな事を書いていますが、これは、「願えば通ずる」、という確信を、自分自身が持っていたから、ある意味、以前の自分に向けている様なものなのですよね。15年前に水伝や七田式に触れていたら、ビリーバーになっていたかも知れない、というのも、よく考える事です。だから、そういう心理を分析して書き記し、色々な人の目に触れる所に置いておくのも、(ほんの小さな効果でも)意味がある事なのかな、と。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 5日 (木) 01:49

>「信念さえあれば、あり得ない事でも可能にできる」

 少年ジャンプの格闘系漫画のクライマックスあたりだけの話な気がします。

投稿: apj | 2007年7月 5日 (木) 20:25

apjさん、今晩は。

本来なら、「漫画の読み過ぎ」(←この言葉、ちょっとネガティブな意味合いを持つので、あまり使いたくないですけど)と言って片付けられる事なんですよね。
なのに、大真面目に言う人がいて、それを信奉する人もいて、なんだかな、です。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 5日 (木) 23:04

なんとなく、少し前にぼくがやり取りさせていただいた三等兵さんの『ニセ科学と「1+1≠2」』と云うエントリを連想しました。

http://semiprivate.cool.ne.jp/blog/archives/000652.html

なんと云うか、多分やっぱり先に、紋切型の言説に思考が支配されている、と云うのがあるような気はします。それこそ「努力・友情・勝利」系の。

投稿: pooh | 2007年7月 5日 (木) 23:36

poohさん、今晩は。

あるでしょうね。
これはしつこいくらい(poohさんの所にも…)書いていますが、私は、こういうステレオタイプ的認識を打破するには、科学の偉大さ(敢えてこう表現します)を認識するのが重要だと思います。巨大で、精密で、数え切れない人が積み重ねてきた知識の体系を知り、それがどう社会に役立てられているかを知る――その認識が、肝腎ではないかと。

ちと乱暴な言い方かも知れませんが。

投稿: TAKESAN | 2007年7月 5日 (木) 23:44

このエントリーには全然関係ありませんが(無いとも言えないかな)。

http://d.hatena.ne.jp/uumin3/20070724#p1

 >似非科学を批判する類の記事に「これが成り立った
 >ら物理法則が全部ひっくり返ってしまうぜ~」みた
 >いな書き方がされていました。
そういった書き方が妥当かどうかは、文脈によるでしょうね。他に何が書かれていたか。

もしこれが成り立ったら云々、と言うのは、自然科学の体系が巨大で精密である事を主張する意味合いを持つ訳ですね。新奇な説が正しいと認められるには、まず自然科学と整合しなきゃ駄目だよ(あまりにも他の理論と矛盾しちゃ駄目だよ)、という。
何に対して言ったのか、もポイントですね。水伝についてだったのなら、水伝を認めれば科学の体系が崩壊する、というのは、全く事実なのですから(それくらい強い主張なので)、そういう面から批判するのは、妥当だと思います。
議論にはレベルがある訳ですね。温暖化についての議論等は、また別の話なのだろうと思います。それは別に、自然科学の論理を否定するとかでは無く、自然科学の体系を基盤としてなされている議論なのですよね?

まあ、言及されたサイトにどう書いてあったのかが解らないので、それ自体には何も言えませんけれど。

▼▼▼引用▼▼▼
言い方を変えますともっと科学(的思考)は柔軟だろうと、どんな事実をも否定せず飲み込んでしまうのが科学じゃなかったかと思えるのですが…
▲▲引用終了▲▲
(「どんな事実をも」、「飲み込んでしまう」の意味が掴めていませんが)それと同時に、あまりにも駄目過ぎる主張を突っぱねるのも、科学なのですよね。技術開発者さんが、よく仰る事ですが。

もちろん、uumin3さんの仰る事は、一般論として正しい、と思います。

たとえば、こういうのはどうでしょう。

 イメージでロウソクの火が消せるのなら、物理法則が
 全部ひっくり返ってしまうぜ~

投稿: TAKESAN | 2007年7月24日 (火) 10:58

Amazonのレビューが痛ましい事実報告の場になっているようで、やりきれないですね。この著者は同じようなタイトルの本を2001年以来毎年出していることがAmazon内の検索でわかります。そして、2003年以来昨年まで、同主旨のレビューが繰り返しつけられています。いたちごっこ……。

版元の創栄出版、星雲社、新風舎はいずれも自費出版を手がけている出版社で、つまりはオンライン書店が扱わなければほとんど全国流通はされない書籍と言えましょう。少部数の出版物にチャンスが与えられるのも、読者による評価が公開されて共有できるのもオンライン書店のメリットではありますが、今年5月にも同主旨の本が出ているのを見てしまうとデメリットについても考えてしまいます。
なにか歯止めになるような仕組みが必要なのではないか、とまた考えてしまいますね。

ところで「物理法則が全部ひっくり返ってしまう」の件は、文脈の問題もさりながら「『全部』ひっくり返る」とはあまり言わないんじゃないかなんて気も。
「かなり重要な部分が根こそぎ」とか、そんな言い方をするんじゃないかな、科学畑の人なら。

投稿: 亀@渋研X | 2007年7月24日 (火) 12:11

亀@渋研Xさん、今日は。

出版の事情を教えて頂いて、ありがとうございます。
なるほど、少部数で、全国に出回っている訳では無いのですね。
という事は、これを七田氏が改めて採り上げて推薦するという所は、かなり問題ですね。七田氏の支持者は、それなりにいるでしょうし…。

科学畑の人なら、言い方にはかなり慎重になるでしょうね。「水伝クラス」に対してなら、強く言い切るでしょうけれど。
テクノラティでブログ検索して読んだりしてみると、いかにも揶揄する様な感じで言い放つのも見かけるので、そういうものに対するご意見だったのかな、とも思います。

投稿: TAKESAN | 2007年7月24日 (火) 12:38

何となく、感想。

なおこさんのコメントに、批判的なレスがつかなかったのは、そもそも皆さんが、七田式に興味を持つ人、子どもを通わせる人そのものを「批判しているのでは無い」から、だと思うんですよね。
多くの教室は、七田氏が超能力を肯定的に扱っているという事自体を、仄めかしてすらいないのかも知れません(知らないスタッフもいるのかも)。そういう意味では確かに、他の早期教育の教室と、あまり変わらないのかも知れません。

ですが、七田氏が超能力について語っているのは事実だし、色々書いてもいる訳ですよね。そこは批判するべきだと思います。

「効果があった」という部分について。様々な早期教育法には、当然重なる部分があって、その共通部分が何がしかの影響を与えている、という可能性もあるのだと思います。要するに、他のメソッドと全く重なり合わない体系というもの自体、考えにくい訳で。

あのコメント欄、ちゃんとそういう事も、触れられているのですよね。もちろん、七田式に子どもを通わせているという事実だけで、その養育者を軽蔑し、非難する人もいるのかも知れませんが、少なくとも自分は、そんな認識は持たないです。そして、あのエントリーにコメントされている方々も、同様の考えなのではないかと感じています。

投稿: TAKESAN | 2007年8月 4日 (土) 23:59

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