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2007年7月26日 (木)

メモ:美容整形を嫌う心理についての考察

身近の人の話を聞いたり、マスメディア経由で得た情報を総合して、推測。

  • 「自然」、或いは、「手を入れていない」ものに対する志向。たとえば、「親から貰った顔に…」、「顔に異物を入れるなんて…」、「顔にメスを入れるなんて…」、「自然のままがいい」等
  • 「必要性」についての認識。上に書いた様な事を言う人でも、事故によって損傷を受けた顔を手術する事には、反対しないだろう。つまり、同じ様な行為でも、「美容」と「治療」という目的の違いによって、線引きを行う。
  • 部位。「顔」に手を加える事を忌避する。上記にも繋がるが、骨折の治療の為に、体内に金属を埋め込む事に、反対はしないだろう。二重瞼の手術や鼻を高くする手術には反対でも、審美的な歯の矯正等は許容する人もいる。どこに手を入れるのを許容するかという線引きは、恣意的である。たとえば、ピアス(耳)、刺青(全身)等。耳へのピアスを許容する人でも、鼻やヘソへのそれは、忌避する場合がある。刺青は一般的(日本では)に、許容されにくいだろう。これは、刺青が、反社会的認識の象徴と看做されるからではないか。
  • 「元に戻せるかどうか」。整形には眉をしかめる人でも、元に戻す事の出来る、いわゆる「プチ整形」は許容する場合がある。
  • 「親と似ているかどうか」。たまに、「整形した人に子どもが出来、親と似ていなかったらどうする」、という論法で、整形を非難する人がいる。これも、人工的なものに対する忌避と、繋がっているのだろう。ちなみに、その様な非難に対しては、「親と子の容姿は似ていなければならないのか?」という反論が考えられる。

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