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2007年7月11日 (水)

ゲーム脳の恐怖(1)´ ゲーム脳の恐怖(2)´

追記:日付を、7/11に変更しました。元々7/10付けのエントリーだったのですが、奇跡のメンテがあったので、変更。

私が以前書いた記事を採り上げ、それを自分で批評する、というシリーズをやってみようと思います。

今とは認識が違う所、論理的に不明確な所、知識不足故の的外れな意見もあるでしょうから、それを指摘するのは、意味がある事だと考えます。また、まだお読みで無い方もいらっしゃって、そういう方に、過去にこんな記事を書いていたのだという事をお見せするのも、面白いと思います。ログが膨大で、全部の記事を読んだ人は、多分私しかいないでしょうしね。

自分の記事なので、全文そのまま載せて(アフィリエイトリンクは除く)、それを読んだ感想を、青文字で書きます。

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Interdisciplinary: ゲーム脳の恐怖(1)

さて、「ゲーム脳の恐怖」についてです。

その前に、お断りしておきます。

これから書く内容は、『ゲーム脳の恐怖』を読まれた方を対象にしています。従って、読んでいることを前提として論を進めていきますので、その点はご了承下さい。未読の方には、是非原典に当たられることをお勧めします。(私は、本書を初めて読んだ時に、目から鱗が落ちました。「この様な非科学的な本を公刊することが出来るのか。」と。何か凄い事書いてますね

閑話休題。本題に戻ります。

まず、本書全体に亘る問題点を列挙してみましょう。(類似の主張の殆どに当てはまることでもあります)

  1. 「ゲーム脳」という概念の学術的定義が為されていない。 これは、私がよく書く事ですね。未だ、明確な定義がなされているのを、見た事が無いです。
  2. 統計学的(社会調査的)妥当性に乏しい。 社会調査と書いてあるので、寝屋川調査の様なものを想定していたのでしょう。森氏の主張は、自然科学的なものですので、実験科学的根拠が少ない事を挙げれば、充分な批判になります。
  3. 2.に関連して データの恣意的な解釈、見落とし、あるいは意図的な無視が見られる。 これは、各所で指摘されています。
  4. 主観的印象・既成観念の過度の一般化、つまり、そもそもゲームは良くないものだと思い込んでおり、それを正当化するために論述をすすめている。これは、著作を読んだ上での推測です。

以下は、批判者もあまり指摘しない点です。

  1. そもそも「テレビゲームとは何であるか」という視座が無い。(「テレビゲームの心身に与える影響」等を論ずる際に、最も重要である視座) これも、よく書く事です。ゲームに関する研究なのだから、ゲームについて、ある程度考察すべき。
  2. 「ゲーム脳」という表現の問題―メールやパソコンのディスプレイの長時間の注視でも症状?が出ると主張している※のに、「ゲーム」脳という表現をするのは妥当性に欠ける。強い光刺激の恒常的な受容とでもすればよいのに、ゲームやメール・チャットなどを出してくるのは何故か。スポーツにおける肘の障害を、全て「テニス肘」と呼ぶ様なものか? 何か違うかな。森氏としては、最初にゲームで見出されたから、「ゲーム脳」という概念にしたのだ、という認識なのかも知れません。

等です。

※この主張は、『ゲーム脳の恐怖』の著者である森昭雄氏の、『ITに殺される子どもたち 蔓延するゲーム脳』等によって展開されています。

次回以降、上記について、一つ一つ具体的に見ていきたいと思います。特に、今までの批判者が余り具体的に論じていない、B-1の「そもそもテレビゲームとは何であるか」ということについて、又、その心身に与える影響について考察するには、どの様にすれば良いか、ということについては、詳細に書きます。

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ゲーム脳の恐怖(2)

A-1:「ゲーム脳」という概念の学術的定義が為されていない。

A-2:統計学的(社会調査的)妥当性に乏しい。

について、です。(森昭雄:『ゲーム脳の恐怖』,2002,第3章を参照)

本書を通読すれば解りますが、「ゲーム脳とは何々である」という明確な説明がありません。あるのは、ゲームを普段、長時間している人に現れる特有の脳波パターンに対して、「ゲーム脳タイプ」と名付ける、という記述です(78頁)。そして、主観に基づいた「傾向」らしきものを、並べるのですね。

さて、ここで問題があります。

上に「特有の」と書きましたが、ゲーム脳タイプの脳波(と名付けられたもの)が、果たして著者が言う様に、ゲームを長時間する人間に、特異的に現れるものであるか、ということです。ゲームを長時間する人によく現れ、それ以外の人には現れにくいか、という事。

脳波のパターンが、脳活動を反映したものであることは当然ですが(著者が用いた脳波計が正確であったかどうか、という重要な問題はありますが)、それが果たして「テレビゲームを長時間(習慣的に)しているから」かどうかは、又別の問題です。仮に、計測機器がある程度正確だとしても、条件を統制して実験を行わなければならないですね。

脳波計測の際に用いられたゲーム(おそらく「テトリス」と思われる)に対する興味、ゲームに対する慣れ、実験に協力する際の取り組み方等を考慮せずに、無理矢理短絡されている様に読み取れます。様々な条件をコントロールして考えないと、変数の交絡を見過ごす場合があります。相関関係を見出して、そこから干渉変数の存在の可能性を考慮せずに、因果関係を論ずる等。

又、実験に協力した対象を、どの様にして抽出し、得られたデータにどの様な統計学的操作を加えたか、等については、殆ど書かれていません(「多くの大学生」(72頁)としか書かれていない)、サンプルサイズなど、書かれてすらいません。森氏に好意的に見れば、新書だからしょうが無い、となるでしょうか。もちろん、森氏は、まともな論文自体、出していない訳ですが。

社会調査において、これらについて明記することは必須の条件ですが、本書では、この点がとても曖昧です。社会調査に限らず、統計解析を行った場合には、記述すべきですね。せいぜい、サンプルサイズと採り方、母集団についての説明は欲しいものです。

仮に、(統計学的に)充分な妥当性を備えた研究によって、ある脳波と、テレビゲームをする時間との相関が見出されたとしても、テレビゲームが特有の脳活動を引き起こすメカニズムを、明らかにしなければなりません。これは言い過ぎですね。メカニズムが解らなくとも、統計学等の方法によって、ものを言う事は出来ると思います。問題は、どの様な方法を用いたか、という事。即ち、「テレビゲーム」という文化の、どの部分が、どの様に作用し、脳の特有な活動を生み出すか、ということの因果関係を、明確に記述する必要がある、ということです。同上。そして、その考察を進めるためには、「テレビゲームとは何か」という視座が欠かせないものとなります(このことについては、後日詳述します)。ここでは、単なる統計学的認識ではなく、広く社会科学的な認識が必要とされます。ここら辺は、ゲーム脳云々より、ちょっと視点を広げています。ゲームという文化にどう関わるか、という問題なので、社会科学的な視座も、大変重要です。

勿論、そもそも本書で「ゲーム脳タイプ」とされる脳波が、「悪い(という言い方もおかしいですが)」脳波であるかどうか、という問題もあります。この点については、斉藤環氏等が、批判を加えています。(参考:斎藤環氏に聞く ゲーム脳の恐怖1[www.tv-game.com]

森氏を初めとした、森氏と類似の主張をする人々は、物事を単純化し、複雑な「認知」の問題を棚上げにして、結論を短絡します。彼・彼女等は、行動主義的人間観を持っているのかも知れません。ここで行動主義という概念を持ち出すのは、ちょっとまずいですね。行動主義者が単純にものを見る、という様にしか読めない。ゲーム脳系の人達が、認知の問題についてあまり考えていない様に見えるのは、今も変わらないです。それはもちろん、単純な認知を想定する事も含みます。たとえば、ホラー系のゲームをやると、身を守ろうとしてナイフを持ち出すかも…等の、憶測としか言い様の無い考え。

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コメント

こんばんは
 
ゲームに対する批判なのか、コンピュータに対する批判なのか不明ですね。
ゲームに対する批判であれば、ボードゲームでもゲームブックでも将棋でもクロスワードでも起きるのかということになりますし、コンピュータに対する批判なら、同様に発行する画面を見るテレビや、暗闇で見る映画・コンピュータを使って運営する社会システムやコンピュータなしでは研究が難しくなっている科学者などはどういう位置づけになるのでしょうか。
 
テレビゲームというきわめて狭く、限定したものを前面に出す事の曖昧さと狡さが、覆い隠しているものの匂いを感じます。社会に必ずしも必要ではなく、且つコンピュータゲームに不快感を持つ世代に媚を売るような感じが否めません。
 
まず「脳波で脳や意識をどこまで語れるのか」の境界が極めて不明瞭なまま進めている事から何とかしてほしいです。

 

投稿: FREE | 2007年7月11日 (水) 00:06

 >ゲームに対する批判なのか、コンピュータに対する
 >批判なのか不明ですね。
そうなんですね。そして、その曖昧さこそが、森氏の説をしっかり批判するのが難しい理由なのですよね。そもそも一体何を言っているのかが、判然としないのですね。

森氏は恐らく、
 ・ディスプレイから発せられる光刺激の影響
 ・ゲームが単純な操作の繰り返しである
という事を、念頭においている筈です。ですから、他著において、目に優しい出力装置が出てくれば良い、という意味の事を書いています。2番目については、単なる無知によるものですね。で、この様な信念が、脳波計測の結果と相まって、ゲーム脳論を構築したのだと思われます。

 >社会に必ずしも必要ではなく、且つコンピュータゲ
 >ームに不快感を持つ世代に媚を売るような感じが
 >否めません。
全くその通りだと、私も感じています。コンピュータゲームは、本質的に娯楽ですから、批判し易いのでしょうね。そして、かなり新しい文化なので、毛嫌いしている層があるのでしょう。その様な人達に対しては、大変に説得力を持つものなのでしょうね。

 >まず「脳波で脳や意識をどこまで語れるのか」の境
 >界が極めて不明瞭なまま進めている事から何とか
 >してほしいです。
神経科学者は、どんどん積極的に批判すべきですよね。最近になって、ようやく声が上がってきたかな、という印象です。
そもそも、脳機能イメージングで、果たしてどこまで語れるだろうか、というのは、神経科学者が、最も心得ている筈なのですよね。で、「神経科学者で無い」森氏が、何故だか脳の専門家であるかの様に紹介されていて…。

投稿: TAKESAN | 2007年7月11日 (水) 01:27

某ブクマ経由⇒http://forum-arch.spaces.live.com/Blog/cns!38C73CDBC9B78C30!693.entry

「ゲームに子守をさせると良く無い」、という意見、結構見ますけど、そりゃそうですよね。だって、ゲームに子守をさせてるんですから。

思考実験として、将来、乳幼児の行動に応じてバラエティ豊かに反応する、本物の人間と区別がつかないくらいのインタラクティブなメディアが出来たらどうなるか、というのを考えるのも面白い。技術的には、可能な気もしますが。乳児向けなら。

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全然関係無い話ですが、某ブクマ、ニセ科学フォーラムの日付が、2006.7.7 になってますね。

投稿: TAKESAN | 2007年7月11日 (水) 03:00

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