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2007年5月 9日 (水)

紋切り型

むしろ科学者のほうが保守的で、めったに意見を変えようとしない狭い心をもった退屈な人種だと、一般大衆の目には映っているだろうからである。本当のことをいうと、これほど真相からかけ離れた印象はほかにはありえないだろう。ここ三〇年ほどの期間、科学研究は激しい変化の波に翻弄されていた。新しい理論が次つぎと登場し、しばらく有効であったかと思えば、新しい事実やデータの出現に阻まれ、不十分との烙印を押されて、より新しい理論に席を譲っていったのである。このように科学は急速に変化していて、自分の分野ですら最新の知識に追いついていくことは容易でない。当然のことながら、一度いいだしたら、ほとんど自説の変更を許さない疑似科学の信奉者とは大違いだ。繰り返しいうことになるが、科学者と疑似科学者双方の現実の行動を見比べれば、どちらのほうが開かれた精神を真にもっているか、その答えは歴然としている。(テレンズ・ハインズ『ハインズ博士 「超科学」をきる』 P13)

これは、よく認識しておかなければならない所です。社会一般には、全く逆の印象を持っている人も、多いのでしょうね。又、お決まりの、「科学は万能で無い」、「科学では解っていない事がある」、という批判もあります。でも、実は科学には、未だ解らない事が沢山あり、万能でも無い、という事は、当の科学者自身が、最もよく心得ているのですよね。先日、『ニュースの深層evolution』でも、きくちさんが強調なさっていました。又、別の回で、大槻義彦氏も、同じ様な事を仰っていましたね。勝手に「科学者」のステレオタイプを作って、それを、批判しているのでしょう。やっぱり、フィクションで描かれる「科学者像」を、一般化するのかな。テレビで観る「科学者」を、典型と看做すのかも知れません。かく言う私も、そう思ってましたしね。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

これは本当にそうですね。
単純にニセ科学の信奉者ときくちさんや田崎さん達を比較しても、どちらが自由な精神の持ち主かは一目瞭然だと思いますが。
やはり一般人が持つ科学者や数学者等の理系の学者に対しての、ステレオタイプなイメージ像がやはり強固なんでしょうね。
なんていうか、一般の人々に理系の学者が普段行っている研究がどんなものなのかという知識がほとんど無いのでは、と思うときがあります。
未だに映画とかアニメとか小説で、白衣にフラスコの博士が出てくるのを見かけますからねf^_^;
本当に100年くらい前のSFから思い描くイメージが止まったまま、ここまで来たのかなと。

投稿: 内海 | 2007年5月 9日 (水) 10:05

こんにちは、 TAKESAN さん。

>社会一般には、全く逆の印象を持っている人も、多いのでしょうね。

その印象をもたらす一つの要因に私が「専門知識による第一次スクリーニング」と呼ぶものがあると思うわけです。

専門家である以上、あまりに当然なのでいちいち説明することが面倒な専門知識というのがあるわけです。例えば農家の人は、その作物の苗にちょうど良い植え付け間隔というのを「当然のこと」として知っていますよね。そこに「倍の密度で植え付けたら倍とれるハズだ」なんて話が来たら、詳しく検討なんてしませんよね。「ダメですよ」の一言が普通で、「根の張りが喧嘩する」とか言ってくれたら親切という所でしょう。実は半島の北の方の将軍様が、そういう専門知識を無視した命令をして、飢饉を加速したりしたのですけどね。他にも「ジャガイモを同じ畑で作り続けろ」と命令して連作障害を出したという話もありますけどね。

なんていうか、そういうあまりに基本的な一次スクリーニングの段階では、あらゆる専門家が「ニベもない」回答をしてしまう面は有るわけですね。そういう部分だけ取り上げると、「保守的で、めったに意見を変えようとしない狭い心をもった退屈な人種」に見えてしまうわけです。ところがそういう農家でも農家同士で「この品種のスイカは孫づる2本立てじゃなくて3本立てでも大丈夫だ。収穫が増えるぞ」なんて話が出たら「それは良い話を聞いた、やってみよう」と飛びつく訳です。この違いは、専門知識による第一次スクリーニングの前後の違いなんですね。

投稿: 柘植 | 2007年5月 9日 (水) 10:29

内海さん、今日は。

テレビの影響は、大きいのでしょうね。様々なかたちで、ステレオタイプ形成を、促していると思います。
科学者の地道な取り組みを紹介しても、派手さに欠けるから、解り易くて面白い個性を持った人を紹介したり、フィクションで作り上げたりするのかも知れません。

多分、ステレオタイプ形成に、大槻さんも、一役買ってしまった訳ですけれど…。

投稿: TAKESAN | 2007年5月 9日 (水) 13:04

柘植さん、今日は。

よく解ります。
ある「印象」が強くあって、それを、同じ属性を持った人(この場合、「科学者」)や、そういう人の行動パターンに一般化する事が、あるのでしょうね。
”「ニベもない」回答”とか、「頭ごなし」の否定、とか、そういう印象なのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2007年5月 9日 (水) 13:09

どうでもいいけど、このエントリーの広告リンクに、

 ダーウィン進化論の終焉
 科学の新パラダイムID 第1集 ID理
 論を日本で初めて詳細に紹介

っていうのが…。
ハインズ博士の本の紹介のエントリーに、これが貼られるのが、何か面白い(笑)

投稿: TAKESAN | 2007年5月10日 (木) 01:22

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