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2007年5月 2日 (水)

書く

finalventの日記 - うまい文章?

何か解る気がする。でも、全然解って無い気もする。

 あと、なんども書いたのだけど、ある種の雰囲気、詩情的というのか、あるいは偉そうなスタイルというのか、そういう気分に依存した文章は一見一読うまそうに見えるのだが、ネットで言うところのオナってやつだろう。たぶん、そういう文章を書く人は実はただの永遠に読者という人なのだ。特定の文章ばかり読んで、あるいはよいと思う筆者の文章ばかりよいと思っていることの延長でしかない。

ここなんか、同感ですね。何と言うんですかね。「型をなぞっている」って感じかな。違う?

でも、改めて、「上手い文章」とは何ぞや、と考えてみると、結局、「自分が上手いと思った文章」な訳ですけどね。

文章のスタイルというのは文章の身体性に似ている。しかし、たぶん文章の身体性というのはまさに生き身の身体性から出てくるものなので

解る様な解らない様な。「身体性」って、便利な言葉です(笑) 批判じゃ無いですよ。

前にも書きましたが、私が「良い」と判断する際の基準は、とても身体的なものです。だから、どういう言い回しをしているだろうか、とか、そういうのも、勿論考えますが、基本的には、直観的に見るなり聴くなり読むなりして、身体が「震えた」ものが、良い作品だと判断しています。「理屈じゃ無い」、じゃ無いです。それは、滅茶苦茶理屈なんですね。意味不明ですが。

MORI LOG ACADEMY: 何のために書くのか

唸らされますね。

 ちなみに、世の中に一番数多く溢れかえっている文章とは、「僕はこんなに良い人ですよ」という趣旨のものだ。

どきどき。

はてなブックマーク - MORI LOG ACADEMY: 何のために書くのか

森博嗣の文章が、一番頭に入りにくい。何度読み返しても新鮮で面白いのだけど、自分が成長できていないことを実感できるので、とても凹む(nokiieさん)

え。森さんの文章、素晴らしく明快だと思うんだけど…。こんなに頭に入り易い文章は、余り無いのでは。

随分頭の悪いエントリ。入試の小論文の話がいつの間にか脈絡なく作家になるための話になっている。強引すぎて統合失調気味。ブログのエントリを書くときは「何のために書くのか」を明確にしてから書いた方がいい。(xevraさん)

…わざと、じゃ無いですよね、真面目にブクマ、とか書いていますから。…む、この方、「随分頭の悪いエントリ」というのを、極り文句っぽく使ってるなあ。

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「随想」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、TAKESANさん。

私は良く「言語というのは伝達の道具であると同時に思考の道具でもある」ということを言います。

何かの刺激を受けて何かを「思い」、そしてその「思い」を人に伝達したいときに話したり、文書にしたりする訳です。でもって、私が言うのは、その「思う」という作業の時に「言語」は用いられている訳です。何か人に誤解されたという刺激だとしましょうか。「違うんだ、自分はそんな事を言いたかったんじゃあない」と「思ったり」もする訳ですが、その時、頭の中では「違うんだ、自分が・・・」の言葉が組み上がってもいるわけです。「腹立つな~、もっときちんと読んでくれよ」なんて言葉も組上がるかも知れません。

そういう「思う」という作業の時に頭の中で組上がる言葉の的確さというのは「思い」の整理がうまく行くかどうかにも関係してしまうものの様に考えられるのです。

あるレベル以上の文章の上手い人というのはその「思う」という作業で頭の中に組上がる言葉が多く、同時に的確なのじゃあ無いでしょうかね。

投稿: 柘植 | 2007年5月 2日 (水) 17:47

柘植さん、今晩は。

材料が沢山あるか、という面と、それを上手く組み立てられるか、という面があるのだと思います。

幾ら材料があっても、それを、ちぐはぐに組んでしまっては、何にもなりませんし、そもそも材料が無くては、「思い」が、整理されていない、混沌としたままで、それを、「かたち」に出来ないのでしょうね。

それを組み立てる作業は、とても難しいですね。

で、恰も、自分の頭の中の材料を外から引っ張り出し、それを綺麗に組み立てたかの様なものを見せつけられると、感銘を受けますよね。「そう、それが言いたかったんだ!」という感じで。

投稿: TAKESAN | 2007年5月 2日 (水) 18:15

引用の引用になりますが、

>>ちなみに、世の中に一番数多く溢れかえっている文章とは、「僕はこんなに良い人ですよ」という趣旨のものだ。

 「来るなら来いや受けて立ってやろーじゃないかゴルァ!」ではない、ということなんですね(笑)。まあこれはオーバーな表現だとしても、何か主張があって書いた文章を見ていることが多かったので、ちょっと意外でした。

 最近、私は、うまい文章を書くのはあきらめて、実用的な、というか戦力になる文章を目指すようにしています。どこまでできているかは自分ではなかなかわからないのですけど……。

投稿: apj | 2007年5月 3日 (木) 02:02

apjさん、今日は。

「当たり障りの無い」、と言うか、そんな感じのものが、実は殆どなのかも知れませんね。私は、そういうのは余り読みませんけれども。

 >実用的な、というか戦力になる文章を
 >目指すようにしています。
apjさんの文章は、「武装されている」、と言うか(←何じゃそりゃ)、強靭な印象があります。後、明快。

投稿: TAKESAN | 2007年5月 3日 (木) 12:16

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_1b58.html

うん、意味が解らないですね。

 >単に大先生のカキコだからと礼賛する
 >のは止めたほうがいい

はあ、そうですか…。

投稿: TAKESAN | 2007年5月 4日 (金) 02:58

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