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2007年4月 4日 (水)

不適切な発言

人殺しの練習・異常言動・遺伝子…知事発言も様々 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

うーむ。

こういうのって、○○という言葉を使ったから駄目だ、という事では無くて(これ重要)、「今ここで、こういう言葉を使ったら、どういう反応があるか」、というのを想像する能力が、問われている訳ですね。言葉を発する前に、ほんの少し、それをイメージする時間はある訳ですから、もうちょっと、「気を遣う」べきでしょう。

必ずしも、発言そのものが、発言者の差別的認識等を端的に表している、という事では、無いと思います。語感の違いによる認識のズレなんかも、あり得る訳ですし。文脈(状況)も、考慮すべきです。尤も、文脈に関わらず、言い訳など全く通用しない発言も、あるのですが。”「悪い遺伝子を持った方」”という発言なんて、釈明するとか、そういうレベルのものでは無いですし。

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「社会論」カテゴリの記事

コメント

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/951586.html

やっぱ、想像力が足りんのですかねえ…。

昔悪い事をした、というのを、武勇伝の如く語る人がいますけど、あれは何なんでしょうね。悪い事をした経験自体は、しょうがないですけど(過去は変えられない。誰にだって、一つや二つ、そういうのはある)、悪いと思ってるなら、それをわざわざ言うべきじゃないですよね。

悪い事、って、行為によっては、される対象がある訳ですからね。そこの所を、よく考えないと。

投稿: TAKESAN | 2007年4月 4日 (水) 19:08

鈴木紗理奈の場合は「昔悪い事をした=それをしなかった普通の人より人生経験が豊富」というような思考パターンからの発言だろうなと思いました(^_^;)
だからこそ、わざわざ口に出さなくて良い「悪い事」を自慢話のように言ってしまうんだろうなと思います。
ただ、浅いですよね。
幼稚というより、浅いです、考え方が。未成年でタバコを吸った、酒を呑んだ、街中を暴走した(これは彼女が昔ラジオで話していた事ですが)。
それは誇ったり自慢げに話すような人生経験でも何でもなくて、ただ自制心や自らを客観視する能力が昔乏しかったという事でしかないんですけどね。
本当の「悪い事」を若い頃から行ってきた人間は、それを普通の人達に水戸黄門の印籠のように見せつけたりはせずに、ただ人間には普通とは違う生き方もあるという事だけを言葉や行動で示すものなのですが。
彼女がそういう事に気付く時は来るのかなf^_^;

投稿: 内海 | 2007年4月 4日 (水) 22:07

内海さん、今晩は。

「悪い事」の経験を、「ひけらかす」事は無いのですよね。反省して、他人にしない様に促すのが、大人の態度、だと思います。他人がしなかった事をいくつかやったのが、「貴重な経験」と考えているのかも知れませんね。それは、その人の中ではそうなのかも知れませんが、傍から見ると、正当化に思えるし、余り良い態度とは言えないですね。

紗理奈さんは、「体制」といったものに、反発感みたいなもの持っている、という印象はあります。太田総理とか観てても。それは大いに結構なのですが、もう少し深慮した方がいいかな、と…。いかにも感覚的に発言している、という風ですし。

投稿: TAKESAN | 2007年4月 5日 (木) 00:03

こんばんは。ちょっと話がずれるのですが、例の喫煙問題について、こんなエントリーがありました。
http://elmundo.cocolog-nifty.com/elmundo/2007/03/post_e22a.html
僕もあまりにまわりの大人の配慮のなさというものを感じます。「表現の自由」には大きな責任が伴うことを、もっと強く自覚していく社会になっていくべきなのでしょうね。
「表現者」としての教育も、学校教育の段階で必要なのかもしれません。

投稿: corvo | 2007年4月 5日 (木) 00:59

上田知事というとどうしても、「ゲーム脳」の信奉者というイメージが。

投稿: ゲイムマン(府元晶) | 2007年4月 5日 (木) 01:00

こんばんは。

通っていた学校の関係で、通算3年ほど「人を殺す練習していた」よいこちゃんです(^^;。

政治家のくせに、どうしたら、こういう頭の悪い言葉が出てくるのかさっぱり分かりませんねえ。偶々日本には徴兵が無いから、経験している人が少ないだけなのに。

投稿: JosephYoiko | 2007年4月 5日 (木) 01:02

corvoさんへ。

私も、メディアの表現の仕方には、かなり疑問を持っています。そして、それに慣らされてしまっているかも知れないという事も、いつも思います。

何と言うか、足を引っ張る事に精を出したり、感動を演出したりして、どうするの、という感じだったりします。それによって、引っ掻き回される対象が、いる訳ですしね。

余談ですが、加護さんについては、同情出来る所は余り無い、という感じでしょうか。前、週刊誌の記事での、反省の弁を読んだ事があっただけに。周りの人が止めるべきだろう、とも思いましたけれど。

投稿: TAKESAN | 2007年4月 5日 (木) 12:04

ゲイムマンさん、今日は。

私も、先ずそれを、思い出しました。
何だかなあ、ですね。

投稿: TAKESAN | 2007年4月 5日 (木) 12:07

JosephYoikoさん、今日は。

ほんのちょっと思考を巡らすだけで、色んな想像は出来ると思うんですけどねえ…。それが、政治家に求められる能力の一つでもある、と。

投稿: TAKESAN | 2007年4月 5日 (木) 12:09

私の前の合気道道場にも「わしも若い頃は無茶した」と呟く指導者がおりました。
伝え聞く所では稽古中にムキになって相手を何人も怪我させたということだそうで。
それで「クラッシャー」とか「殺し屋」などと呼ばれ、さる関西の大道場を放逐された人物です。
ことさら自慢する風ではないにしても、どこか「勲章としてしょってる」的な勘違いを感じるんですよね。
相手を何人も怪我させるというのは、合気道家として、ましてや指導者としてはこの上なく恥ずかしいことだと思うのですが、どうもそういう感覚はないらしいんですね。
ちなみに私が膝を怪我し手術する羽目になったのもその人物のせいです。

投稿: 夢草の剣 | 2007年4月11日 (水) 01:29

夢草の剣さん、今晩は。

夢草の剣さんのご意見は、武術の稽古における、基本的な心構えにも繋がってきますので、新しくエントリーを立てて、その観点から論じさせて頂きました。

多分、怪我をさせるくらいの稽古が、「甘くない」稽古だと、認識する人がいるのだと思います。そうやって、正当化するのでしょうね。
本質的に、稽古が乱暴で、相手の事を考えていない行為だと思います。

投稿: TAKESAN | 2007年4月11日 (水) 02:51

> 多分、怪我をさせるくらいの稽古が、「甘くない」稽古だと、認識する人がいるのだと思います。そうやって、正当化するのでしょうね。

正に仰るとおりです。
その御仁は「武道の厳しさ」とのたもうていましたが。武道の厳しさとはそんな愚かなものでは無いと思います。根本的に履き違えていると思いますね。

投稿: 夢草の剣 | 2007年4月12日 (木) 00:07

夢草の剣さん、今晩は。

私もそうだと思います。本当の厳しさとは、相手を慮らない事では無いと、考えています。

投稿: TAKESAN | 2007年4月12日 (木) 01:50

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