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2007年4月21日 (土)

何を言いたいのかな…

痛いニュース(ノ∀`):「ゲームは時間を奪う。ゲームで感動は難しい。ゲームなんて文化じゃない」… 内閣知財戦略本部コンテンツ専門委員会

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知はうごく:コンテンツ力(7-3)日本の戦略|エンタメ|カルチャー|Sankei WEB

「戦略的に全部やるのは大変だ。毛沢東がいうように一転突破全面展開が望ましい。ただ、実写映画は厳しい。ハリウッドとか中国の金のかけ方とか人のかけ方はすさまじい。それで、アニメとか漫画とかということになった。ゲームについては、ぼくは異論がある。アニメや漫画は感動をもたらすけれど、ゲームは、お金だけ持っていって、子供の時間奪ってますね。その人生にプラスアルファがない。宮崎さんとか他のアニメ見て、人生変わったという人はいると思います。心ふるえるほどの感動とか、ゲームは若干難しい。ビジネスとしてはいいかもしれないが、恨みをもたれる。かつてのエコノミックアニマルのコンテンツ番みたいにね。敬意も払ってくれない」

ふうん…。

どうなんでしょう。これ⇒BIT LITERACYとかこれ⇒浜野保樹の「日本発のマンガ・アニメの行方」 : Hotwired:第8回 グローバル・コンテンツの襲来とかを読むと、別に、ゲームに関して無知である、という事でも無さそうですけれど。

「私はそう思う」が、強く出過ぎに読めてしまいますね。少なくとも、日本のゲーム文化に批判的な意味合いではありますし。どの様な根拠での発言かは、知りたい所です。現状認識が妥当か、という問題でしょうし。でも、痛いニュースのタイトルは、無茶苦茶ですね。どこにも書いてない事(「ゲームなんて文化じゃない」)をタイトルにしちゃ、いかんでしょう。

震える様な感動を覚えたゲームなんて、数え切れない程あります。他の文化より圧倒的にね。だから好きなんですよ。ちょっと、侮辱されている感じを、読んだ瞬間に覚えました。あの言い方(書き方)だとね。

懐疑的に見ると、インタビューが恣意的に編集された可能性も、あり得ますけどね。宮本茂氏の発言を曲解した情報をそのまま載せた事も、ありますし。今回は、直接のインタビューなので、考え過ぎかも知れませんけれど。

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実は最初、このエントリー、浜野氏を強く批判するものでした。記事にあるインタビューの内容が、充分批判に値する、と考えたからですね。ただ、余り知識が無いのに批判すると、以前の坂元氏への反応と同様になってしまいかねないので、慎重な表現に換えました。

とは言え、「ゲームは、お金だけ持っていって、子供の時間奪ってますね。その人生にプラスアルファがない。」←この発言ですからね。過去に何を言ったか、という事を切り離しても、充分批判の対象になるとも思います。浜野氏の立場を鑑みれば。

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「ゲーム論」カテゴリの記事

コメント

このような記事を見ると、やはり、識者を含む多くの人は、「ゲーム」という言葉が抱える情報の膨大さを、ほとんど理解していないんだな、と感じますね。
どうかすると、映画も小説も全て取り込んでしまうぐらいのパワーをもったメディアだということが、あまり理解されていない。

投稿: A-WING | 2007年4月21日 (土) 11:40

A-WINGさん、今日は。

そう思います。
大変広い概念であるが故に、全体像を掴みにくい所も、あるのでしょうね。
子どもの頃からゲームをしている人は、凄まじい時間をゲームに費やしている訳で、その経験で得られたものを解って貰うのは難しいな、という歯痒さも覚えます。

先ず色々やってみてよ、と思うのですよね。反論としては、余り上等ではありませんけれど、ユーザーとしては、そう言いたくなる気持ちはあります。ゲームは、根拠不明な批判を受ける文化の内、最も、「それを知らないのに」批判される、というものである気がします。

投稿: TAKESAN | 2007年4月21日 (土) 12:44

http://d.hatena.ne.jp/choumi/20070420

この意見、共感出来ますね。

しかし、リンク先にあるウメハラ氏のブロッキング、何度見てもカッコイイですね。
ギャラリーの歓声も相まって、鳥肌ものであります。IIIシリーズは全然やりませんが、凄さは何となく解ります。

投稿: TAKESAN | 2007年4月21日 (土) 17:31

ぼくはゲームをやらないので、基本的にTAKESANさんのこう云う方面のエントリにはあまりコメントしなかったのですが。

ゲームに対する思い込みとして、なんか閉じていて、他のコンテンツと較べて外部性がない、と云うような偏見があるような気がします。

実際は特定のゲームがカルチュアを派生させるベースになることだって起きうるのに、と、その昔唯一VirtuaFighterIIにはまったことのあるぼくは確信を持って云えるのですが(あれは最終的に、アーケードでプレイヤー同士が強さでも技術でもなくて「風格」を競い合う、と云うとんでもない事態になってました)。

投稿: pooh | 2007年4月22日 (日) 09:15

poohさん、今日は。

ゲームに、一人で完結させられるコンテンツが沢山あるのは、事実なんですよね。つまり、他者とのコミュニケーションは必要条件では無い、という。それで、「テレビに向かってピコピコやっている」、という、変な見方が出てしまうのだと思います。
次の日学校で、友達とゲームについて語り合うとかは、考えないのでしょうね。私はくどいくらい書いているのですが、ゲームをプレイしている以外の時間も、ゲームをネタにコミュニケーションを取るというのは、あるのですよね。

それに、一人で…という文化は、読書なんかでもそうなのに、ゲームは特に、批判に晒されます。ここが、一つの先入見と言うか、文化として見くびっている、というのが窺えます。「本ばっかり読んでないで…」と言うのと、「ゲームばっかりしてないで…」と言うのとでは、ニュアンスがありますね。

 >その昔唯一VirtuaFighterIIにはま
 >ったことのあるぼくは確信を持って云
 >えるのですが(あれは最終的に、アー
 >ケードでプレイヤー同士が強さでも技
 >術でもなくて「風格」を競い合う、と
 >云うとんでもない事態になって
 >ました)。
格闘アクションでは、常に他者を意識する、という所がありますよね。CPUのロジックを読んで攻略するだけでは、面白くも何とも無いですしね。
バーチャIIは、カリスマな人達がいましたねえ。ブンブン丸氏とか新宿ジャッキー氏とか。懐かしい(笑)

投稿: TAKESAN | 2007年4月22日 (日) 12:41

ゲームについてのバイアスは、ここで書いてありますね⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_c748.html

実際、ゲームは、インタラクティブなマルチメディアな訳ですから、上でA-WINGさんが仰っている様に、物凄い可能性を秘めているのですよね。それを認識しないと、どうしようも無いのですけどねえ…。
こんなのも書きました⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_77bc.html

投稿: TAKESAN | 2007年4月22日 (日) 12:48

>TAKESANさん
>>それに、1人で・・・という文化は読書なんかでもそうなのに、ゲームは特に、批判に晒されます。
何の本で読んだか失念してしまいましたが、明治時代の評論家や知識人はこぞって読書の害を喧伝していたそうです(^_^;)
読書をすると夢中になって働かなくなるとかいう論理で。
要するに、自分達が気に入らない新しい文化を、何らかのもっともらしい理由を付けて批判する輩は時代を問わずにいるのでしょうね。

投稿: 内海 | 2007年4月22日 (日) 14:31

内海さん、今日は。

昔は、小説とかが、叩かれていたみたいですね。後、野球とか。

サブカルチャーにどっぷり浸かった人間としては(笑) 嫌いなら放っておけば良いのに、という感じでもあるのですが、ややこしい事に、お節介な人は、「危機感」を覚えるのですよね。
それならそれで、ちゃんと、実証的に語って欲しいものです。

「嫌い」なものを「害があるもの」として認識したい、というのは、かなりあると思います。直感を正当化する根拠が欲しいのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2007年4月22日 (日) 15:47

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