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2007年4月16日 (月)

「単に」塗る、って何?

ITmedia Biz.ID:単に「塗る」だけでは脳は活性化しない──三菱鉛筆が川島教授と検証

むう、こういう風に、他社製品との差別化を図るとは…。戦略として、上手いと言えば上手いけど、川島氏という「ブランド」のイメージを当てにしている、と言うのは、少々考えすぎでしょうか。

何でもかんでも脳・脳って。

塗り絵という娯楽って、手を精密に動かして、筆圧を細かくコントロールし、見本に近づけるのを楽しむものなんじゃないんですかね? 脳に良いとかは、別にどうでもいいんじゃないかと。

「塗り絵も楽しめて、脳も鍛えられれば一石二鳥」、という感じなのかなあ。いや、その事(消費者の購入の動機として)自体は、別に構わないと思いますけれど、この場合、絵画の技法に序列をつけている様にも感じるんですよね。脳が賦活するかどうかという、変な根拠で。

何か、どんな文化でも、取り組み方によって脳の活動の仕方は変わる、というのを言っているだけなんじゃないか、とも思います。そういう意味では、当たり前の話ですよね。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

こんにちは、TAKESANさん。

う~ん。私にとっては「単純な作業」というのは、常に「脳を休める」ためにやる事なんですけどね。昔、良くペーパークラフトとか作って遊んでたのだけど、指先を動かして紙を切ったり貼ったりしていると、雑念が消えて、心が安まるものなんですね。

なんだろうな、皆さんの脳って、そんなにわざわざ「活性化」しないと成らないほど「遊んでいる」のでしょうかね?

投稿: 柘植 | 2007年4月16日 (月) 10:04

「大きく活性化」と書いてあることから、脳の広範囲にわたって活性状態が見られるのは良いこと、という話みたいですね。

でも、仕事あたりの脳の活性範囲が狭いほど、脳が効率よく使われているってことになるんじゃないかと思うのですが・・・

だから評価するとしたら、一人に同じ作業をやらせたとき、前回と比べて仕事の精度が上がり、かつ活性範囲が縮小しているのが望ましいんじゃないかと思うのですけど、どうなんでしょう。

投稿: A-WING | 2007年4月16日 (月) 10:56

柘植さんへ。

何か、(ちょっと乱暴な言い方をすると)「脳が賦活する文化に触れないと、脳がぶっ壊れるよ」、と仄めかして、強迫観念でも煽りたいのかな、とすら思います。
勿論、生体ですから、そういう面はあるのかも知れませんけれど、安直に過ぎる気がします。真摯な神経科学者なら、心理学的測定も、併せて行うと思います(川島氏がやっているかどうかは、解らないですが…)。

初めは複雑に思えるものも、熟達化していけば、脳の活動も最適化され、コンパクトに纏まっていく筈ですが、そういう事は、ちゃんと言っといた方がいいと思うのですよね…。

 >皆さんの脳って、そんなにわざわ
 >ざ「活性化」しないと成らないほど
 >「遊んでいる」のでしょうかね?
こういう、何となくの不安感、みたいなものが、あるのかも知れません。そこに「つけ込む」と言ってしまうと、言い過ぎかなあ。

投稿: TAKESAN | 2007年4月16日 (月) 13:42

A-WINGさん、今日は。

結局の所、少し課題を複雑にすれば、慣れるまでは、脳の色んな所が活動する、という事ですよね。
こういうのって、学習科学や認知科学的な、熟達化の概念をちゃんと考えないと、駄目だと思うのですよね。そういうものと組み合わせて、脳活動を可視化するイメージング研究を、用いるべきですよね。

話は替わりますが、チェスで、盤面を瞬時に記憶する人は、典型的に現れる場面を纏まり(チャンク)として見て、効率良く記憶しているみたいですね。一流の人でも、全くデタラメに駒が並べられた盤面の記憶は、初級者と、余り変わらない様です。
そういった、学習の論理を、しっかり考えないといけないと思います。川島氏は、その程度の事は熟知している筈なので、メディアへの情報の出し方の問題、と言うべきでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2007年4月16日 (月) 13:53

こんばんは。
僕は子供のとき塗り絵が嫌いで,ほとんどやった経験がないです。
一枚の絵を描くプロセスというのは、けっこう膨大なものなのですが、ものすごく頭を使う段階と極めて作業的な部分とがあります。無心にひたすら手を動かすということも重要で、日々の訓練によって獲得した技術で作業を淡々とこなすという感じです。
復元画なんかを描いていると、ものすごく色々なことを考えたり想定しながら描かなくてはいけないことがあるのですが、そういった場合というのはとても筆が迷います。そうすると決して仕事の精度としては良くないです。何も考えずに作業に専念できる段階まで高めていければ、非常に素直に美しい線が引けたりします。なので、目の前にあるモチーフを描く時とは、まったく違った働きを脳がしているのかもしれません。
素朴な疑問として、川島教授監修とありますが、彼は普段、絵を描いたりするのでしょうか?

投稿: corvo | 2007年4月17日 (火) 03:00

とても参考になります。

一部の脳科学者の研究に、強い違和感を持つのは、文化を一括りにしてしまう事ですね。当然、科学者として、自分がやっている事が、現象を切り取って評価しているものだという事を、自覚している人もいるでしょうけれど、それを、マスメディア等を通じて発信する場合に、充分配慮しているか、という所に、疑問を持ちます。

超一流のスポーツ選手等の脳活動を調べると、A-WINGさんが上で指摘されている様に、領域としては狭く、最適化されている事が推測されます(確か、碁や将棋等では、確かめられていた筈ですね。ゲームでもそうです)。論理的思考を一々用いていては、それが「ノイズ」になってしまい、パフォーマンスを阻害してしまうから、ですね。
では、その様な現象をどう評価するか。どう評価するのでしょうねえ…。
脳を広い範囲に亘って賦活させたいなら、慣れない事をさせる、という簡単な事な気もします。

 >素朴な疑問として、川島教授監修と
 >ありますが、彼は普段、絵を描いたり
 >するのでしょうか?
どうなのでしょうね。恐らく、塗り絵をしている時の脳活動を調べてみた、という所をもって、「監修」なのでしょうね。これも、どれ程しっかりデザインされた研究なのかな、という感じもしますけれど。

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ちょっと変な言い方になりますが、何か好きなものがあって、それに取り組んでいる時間以外も、それを「行って」いるのですよね。
ゲームを立ち上げてコントローラを触っている時だけ「ゲームをしている」訳では無いし(文字通りにはそうですが。「○○の事を考えている」、でも良いですね)、伴奏に合わせて声を出す時だけが、「歌を歌っている」訳では無いのですよね。そういうのは、「研究する」と言うなら、踏まえておいて頂きたい所です。

投稿: TAKESAN | 2007年4月17日 (火) 13:50

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