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2007年3月23日 (金)

強引に

前のエントリーの続きです。

「五感を通じて豊かな経験を積むべきだ」、という意見自体は、人間を自然科学的存在として捉えた視点としても、合理的なものだし、別に、それに反対する人も、余りいないでしょうね。

しかし、その事と、「現代社会の乱れ」、又は、「昔は良かった」、という考えとを結び付けるのは、早計なのですよね。
それを論ずるには、先ず、そもそもの議論の前提となる、現代社会のモラル崩壊とか、凶悪犯罪や少年犯罪が増えた、といった、実しやかに語られる説の真偽を、確かめるべきなのですよね。そして、それが妥当だと判明した上で、運動の量の少なさ(この事自体は、妥当だと思うのですが、どうでしょうか?)との関連を、検証しなければならない訳ですね。

私としては、現代人は、「身体が固まっている」(日常的な言葉を使うと、「凝りが強い」とでもなるでしょうか。不正確ですが、お許しを)と、考えています(理由は色々。輸送手段の発達によって、運動の量が下がったのも、一つの要因かも知れません。実証的根拠はありません。あくまで推測です)。そしてそれは、精神の状態とも、密接に関わっているでしょう。科学的にも、そう考えるのが、妥当です。しかし、それと、マクロな社会的事象との関連とは、単純に対応している訳では無いでしょう。そこを、一足飛びに結び付けてしまっているのですよね。一つの確証バイアスである気もします。自分が信じている説を正当化する為に、強引にロジックを用いているのでしょうね。

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コメント

因みに、「現代人の身体が固まっている」という論は、高岡英夫氏の論考に、依拠しています。だから、ただ闇雲に身体を動かせば良い、という主張では無いです。

運動にも「質」の違いがある、という事です。

投稿: TAKESAN | 2007年3月23日 (金) 23:36

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