どうなりたいか
R行軍記 : 日本の小学生の「学ぶ意欲」が低いのは洗脳によるものです
うん、確かに、よく解ります。私も、ここに何度か書きましたけれど、同じ様な認識でしたね。「勉強だけが大切なのではない」、が、「勉強しなくても良い」、「勉強に打ち込むのは駄目だ」、となったのですよね。まあ、洗脳という言葉の使い方が適当かどうかは別として。
理想的には、マスメディアの情報ではびくともしない様な知識を身に着けるべき、という事なのでしょうけれど、事は、そう簡単ではありませんね。マスメディアは、生活に溶け込んでいますし、何から影響を受けるか、というのは、対象への重み付けによっても、変わってきますしね。漫画にウエイトを大きく割く場合も、あるでしょうね。私の場合、漫画とゲームだったかな。私は、こういう場合には、「なるべく幅広く知識を得る」のが重要だと思っています。そうやって、メタな認識を鍛えるべきかな、と。マスメディアや漫画(この時点で、あらゆる文化に敷衍出来ますし)の表現内容を気にするよりは、そちらの方が良いと思います。じゃないと、表現を拘束しかねませんしね。
これは推測ですが、「勉強する」というのが、権威に従うという意味を示す記号になっているのではないかと思います。それが、多数の持つ他のイメージとも結び付いて、よりネガティブな認識に繋がるのではないでしょうか。机にじっと座って、無理やり知識を詰め込まされて、将来何の役に立つのか解らない(もっと言うと、「受験に”しか”役に立たない」)勉強を「やらされる」という。その認識を、色々なメディアが助長する、というのは、あるのでしょうね。それが、どれくらいあるのかは、よく解りませんが。
で、そうやって、ネガティブなイメージを作り上げた人が、好きで勉強している人を、奇異の目で見たりするのですね(経験者語る)。何というのでしょうか、他の文化(スポーツとか)に打ち込む人に対する評価とは、若干違うのですよね。多分、「あんなつまらない事を一所懸命やるなんて、物好きだなあ」、という感じなのではないかと思います。自分がその文化に対して持っているイメージを、頼りにし過ぎるのでしょうね。勉強の所に、色々な文化を代入してみると、面白いですよね。
----------------
因みに、元記事に関しては、私も以前、取り上げました⇒Interdisciplinary: 意欲低下か
| 固定リンク
« ラジオでゲーム脳批判 | トップページ | 因果関係 »
「メディア論」カテゴリの記事
- 茂木健一郎氏の世論調査観(2011.09.23)
- よく出てくる(2009.04.22)
- 暴挙(2009.04.11)
- ねじれている可能性(2009.03.21)
- 1割?(2009.03.18)
「社会論」カテゴリの記事
- メタスパイラル(2011.12.14)
- すさまじい(2011.12.09)
- ひとまずまとめ――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について(2011.12.06)
- 資料――患者調査において、「宮城県の一部地域及び福島県の全域について調査を行わない」事について(2011.12.03)
- 歪んだ正当化(2011.12.01)
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
一発逆転=金持ちの評価の高さと
地道にコツコツ=社会的成功
を比べても面白くないですか。
株やFXで金持ちになる本はたくさん売られていますよね。地道にコツコツは・・・いわゆる人生哲学みたいのしか見たこと無い。
一発逆転は一見ローリスクハイリターンでなおかつ原資(努力)がそれほどいらないように見えます。実際は人生をかけているのでハイリスクハイリターンですが。
一方地道にコツコツは原資(努力)が必要で過去はローリスクミドルリターンだったわけで、だから皆いい会社へ入りたいと言う少し歪んだ形であっても勉強したんだとおもいます。
地道にコツコツがハイリスクローリターンに見えるようになったと言うことでしょうか?
投稿: FREE | 2007年3月25日 (日) 21:53
少し論点はずれるかも知れませんけど、ぼくのところでFREEさんと少し議論したことも関係しているかも。
「こつこつ」が意味を持つのは、ある程度世の中がプラスサムで廻っているということに対する信頼が必要なのかもしれないです。ゼロサムを前提にすると、それこそトンデモを含む「一発逆転」を期待する心情が表面化しやすくなるのかも。
投稿: pooh | 2007年3月25日 (日) 23:13
FREEさん、今晩は。
「地道にコツコツ」は馬鹿馬鹿しい、というイメージが、あるのだと思います。それが増えたのかどうかは、よく判らないですけれど。マスメディアが「今の若者は、真面目に努力を積む事を忌避している」という情報を流しているのを見て、それを、皆が鵜呑みにしているのかも知れません。それが実際に、社会的認知の形成に、関わっているという事も、考えられます。
そういう意味でも、マスメディアのメッセージの威力は、大きいと思います。
どうなのでしょう。「何となく」というのは、結構ある気がしますね。どうも世の中、コツコツやっていても、将来報われないみたいだ。それなら、一発当ててやろう、という感じで。これも印象ですが。仰る様に、ハイリスクローリターンに思われているのかも知れないです。その印象を強化するのに、メディアが一役買っている気はします。
この、「何となく」というのは、重要なのではないかと思います。宝くじは期待値が小さいのに、そういった論理を考えようともせずに、儲かろうと思って買う、みたいなものでしょうか。心理学的な問題でもありますよね。「自分だけは」上手くいくかも知れない、という、非論理的な「自信」の様なものが、あるのかも知れないです。FXなんかでも、ちょっと調べてみると、「こりゃ、素人にはリスクが大き過ぎるな」、となりますが、調べるコストを掛けずに、安易に乗ってしまっている、と言うか。
投稿: TAKESAN | 2007年3月26日 (月) 00:25
poohさんへ。
「真面目にコツコツやっていれば、それなりに上手くやっていける」、というメッセージが多くあって、そういう「雰囲気」が形成されているかどうかが、ポイントなのだと思います。それを形成するのは、色々あるのでしょうね。筆頭は、マスメディアでしょうか。
論理的思考の脆弱さも、あるのかも知れないです(脆弱化では無くて)。
上にも書いた様に、「何となく」というのは、あると思います。「深く考えない」という事ですよね。そしてそれは、こちらでもよく話題にする、論理的思考を深める事に対するネガティブなイメージとも、結び付いているだと考えています。理屈を言うのは野暮だとか無粋だとか、そういう感じで。
投稿: TAKESAN | 2007年3月26日 (月) 00:32