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2007年3月に作成された記事

2007年3月31日 (土)

ムジュン

『逆転裁判』つながりで⇒Yahoo!インターネット検定 - 逆転裁判 4 Presents あなたの推理力検定 ~嘘を暴く快感~

ミステリィマニアとしては(嘘です。そんなに読みません)、やらざるを得ない!

結果は…8問正解。惜しい。ちゃんと問題読んどけばなあ(←言い訳)。

なかなか面白かったです。オススメ。yahooのアカウントが要りますが。

しかし、丸山弁護士、大活躍ですな(笑)

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制限

Yahoo!ニュース - impress Watch - 旅客機内でDSやPSPは使用制限、国土交通省が今夏めどにルール改正

意外でした。とっくに使用制限されてるものだと思ってたので(飛行機には乗る機会が無いのです)。今時の携帯ゲーム機は、電波通信出来るのが当たり前ですからねえ。

まあ、飛行機に乗ってる間くらいは、ゲームは我慢しましょう。って、通信しなければ、やっても構わない訳ですが。

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煌びやか

Yahoo!ニュース - ギズモード・ジャパン - セレブすぎるガンプラ(3000万円也)高貴な出で立ちで再現された純プラチナ製のガンダムが登場!! / ファミ通.com

おおっ! これは凄い。頭部にダイヤを埋め込んでるって…。

販売される訳では無いみたいですが、欲しがるマニアも、いるでしょうね。

欲しいとは思わないけど、目の前で見てはみたいですね。

で、GINZA TANAKAのサイトを見ると、こんなのまで⇒販売価格1億円 純金兜

1億て…。

何か、バリバリバリューの世界ですね(笑)

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2007年3月30日 (金)

逆転

カプコン、DS「逆転裁判4」第1話「逆転の切札」情報を公開!

CAPCOM|法廷バトル|逆転裁判 4(※音あり注意)

アドベンチャーゲーム史上、屈指の傑作です(私は、これと『クロス探偵物語』が、好きです)。

体験版もあるので、やってみて下さい。めちゃくちゃ面白いですから。

逆転裁判4(通常版)(特典無し) Video Games 逆転裁判4(通常版)(特典無し)

販売元:カプコン
発売日:2007/04/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

逆転裁判2 Best Price! 逆転裁判2 Best Price!

販売元:カプコン
発売日:2006/10/26
Amazon.co.jpで詳細を確認する

逆転裁判 3 PC (説明扉付きスリムパッケージ版) Software 逆転裁判 3 PC (説明扉付きスリムパッケージ版)

販売元:ソースネクスト
発売日:2006/03/31
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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メモ:合気。居付かない動き

以前、ノートに纏めたものを、書き直して載せます(参考文献:松井浩『高岡英夫は語る すべてはゆるむこと』他、高岡英夫氏の著作)。

○合気のメカニズム

  • 普通の人は、まともに押し返そうとするか、腕をずらして相手の力を躱そうとする。それはとても困難で無理がある→相手の力の方向をずらしたり、相手の力を利用して技を返す。これを、ベクトルずらしと言う。
  • 高岡氏の合気上げ―相手の力をずらさない。結果として、素直に肘が下がる様にする。身体全体にガチガチに力を入れて、腕の力で何とかしようとすると、普通の人がまともに押し返すのと同じになる。本当に全身の筋肉から力が抜けて、ゆるゆるになれれば、相手の力がどれだけ強くても、力が要らない。擬似流体構造優位の運動構造。
  • 超一流、天才と呼ばれる人達―筋肉が非常に柔らかい。そして、力を出す瞬間には、鋼の様に硬くなる。その差が大きいから、より大きな力を発揮出来る。「柔らかい」というのは、関節の可動範囲が大きいのではなく、筋肉そのものが柔らかい。
  • 合気上げ―腕を相手に握られると、ゆるゆるに全身の筋肉がゆるんでいる肩関節と肩甲骨がずり落ちる。と同時に、肋骨がひしゃげた様になる。肘が信じ難い程の滑らかさと重みをもって下がる。相手は、恰も突然、ダンベルを握らされた様な感じになる(シャフトが前腕で、プレートが上腕から肩甲鎖部)。相手は、それを支えようとして反射的に身体を浮かし、ガチガチに硬くなる。それが、「合気の掛かった」状態。技を掛けられる側は、自分で、爪先で辛うじて体重を支えているのに、コントロールは、技を掛ける側に委ねた状態。これを、「奪制御支体重」(体重は自分で支えているが、制御を奪われている状態)と言う。
  • 普通の人の合気上げ―上腕二頭筋のコンセントリック収縮(筋が短縮しながら筋力を発揮する収縮)、あるいは、三角筋のコンセントリック収縮で手首を持ち上げるという運動パターン。つまり、固定支点。これで上げるのは困難。人文・社会科学的メカニズムによって、上げられる。
  • 本物の合気上げ(一次局面)―肘と肩関節から支点が下方へと滑らかに揺動する事が不可欠。前腕は、相手の手の内を中心とする正円に近い円運動をする。その直後、定位した支点とは全く逆に、技を掛けられている側が握っている手の中を支点とする運動が起動する。肩関節もしくは肘関節が、その位置を滑らかに変化させている間は、支点が肩甲鎖部と肋骨の間のスライド運動の中に吸収されてしまう。支点が、技を掛ける側の肩から、掛けられる側の手へ移動→「支点転動」
  • 二次局面―技を掛けられる側に、反射が起きる。足首が伸びて踵が浮き、重心が浮いて腰と背中が反り、手腕が縮んで上がる。技を掛けられる側が自ら合気に掛かる。掛ける側の腕が、不安定を支える「杖」となる。

○居付かない動き

  • ふくらはぎの筋肉で蹴り、腰を動かして、と動くと、どうしても、一瞬止まってしまう。武道では、「居付く」と言う。特に刃物を扱う武術では、絶対に居付いてはならない。その間に斬られてしまうから。
  • 武道系の人も、居付くのがいけない事は知っている。だから、居付く時間を短くしていこうと考える。しかしそれは、「居付かない」動きを知らない故の発想である。
  • 人は動こうとする時、脚(足かな)から動く。ふくらはぎの筋肉で蹴って(つまり、足首を使って)、腰を動かして…と、必ず下から動いていく。しかし、それでは、いくら速く動こうとしても、限界がある。足から動いてから上体が動くまでに、「間」があるからである。従って、その「間」の瞬間だけ遅くなる。
  • だから、足から動くのではなくて、全身をゆるゆるにゆるめて、必要な筋肉だけ一遍に、ドンと力を入れる。ゆるゆるにゆるむと、放っておいても倒れ落ちるが、その倒れ落ち方に合わせて、「もっと倒れ落ちる様に」なりながら、必要な筋肉だけに力を入れる。そうすれば、本人は、ゆっくりやっても凄く速く動いてしまうし、相手には、消えてしまった様に見える。※必要な筋肉とは、たとえば「腸腰筋」。大腿骨を引き付ける筋肉。或いは、ハムストリングス(大腿後面の筋肉)。大腿骨を後方にスイングする筋肉。一般の人間は、「膝を伸ばして」前方に移動するという認識。そうすると、重心が前に出るまで時間が掛かるし、膝関節を、曲げなければならない。重心が前に出ない内に膝を伸ばすと、後方に移動してしまう。よって、高岡は、大腿四頭筋を「アクセル筋」と呼び、ハムストリングスを「ブレーキ筋(ブレー筋)」と呼ぶ。

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2007年3月29日 (木)

いい加減、「脳に良い」は、やめませんか

某ブクマ経由⇒ラジオは脳にきく。(A)

参考:芸能問題総合研究所Journal:ラジオと「ニセ科学」(B)、放送済み「ラジオ深夜便」 曲目・演目リスト 2/01木 脳のはたらきとラジオの効用 和歌山県立医科大学教授 板倉徹

心理学的には、ラジオを聴く時間と、想像力を測定する心理検査との成績の関連を見る、等の研究を、すべきかと思います。それで関連が見出されたとしても、「ラジオが脳に良い」なんて事は、直ぐには言えない訳ですが。

板倉氏は、「聴くだけで」(Bより引用)とか、「音だけの情報のため、足りない情報を想像力で補おうとし」(Bより引用)と主張していますが、”「本格的に脳を鍛えたければ、紙と鉛筆を用意してラジオを聴くことです」”(Bより引用)ともしています。ラジオを聴けば受動的に想像力が鍛えられると言っていると思いきや、内容に注意しながら聴くと良い、とも言っている訳ですね。ラジオを聴く事に、条件を付け加えています(Bで、批判されています)。心理学的な、注意の問題を、無視している様にも思えますね。たとえば、ラジオを聴きながら受験勉強をさせた直後に、番組の内容と勉強の内容について問う、という課題が与えられた場合には、認知機能のトレーニングに役立つかも知れません。結局、メディアの特性というより、取り組み方が、重要なのではないかと思います。

結局、「具体的にイメージを働かせながらラジオを聴くのが良い」、という主張に見えます。それはそうでしょう、という感じもします。そんな前提条件があれば。

思うのですが、イメージ(画像)を浮かべずに放送の内容を理解するなど、簡単な事ですよね。論理的な関係を把握するだけなら。具体的なイメージが「浮かぶ」のでは無くて、「浮かべる」のが重要なのでは?

ゲーム脳を取り上げる(Aを参照)のはいかんでしょう、どう考えても。

ゲームや漫画によく触れる人の方が、想像力に乏しい(とまでは言ってないか)、という論は、どうなんでしょう。様々な具体的イメージを観て、その経験を組み合わせたりする事で、想像力が鍛えられる気もするんですけどね。経験的には。

こういった論で、よく見られるのが、コンテンツの内容を無視しているものですよね。どんなメディアかによって、一括りにする。それじゃあ、話にならないと思います。

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正確さが問題でしょうに

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 不二家報道「一部正確欠く」=TBS「朝ズバッ!」

「証言の根幹部分については、信用できる根拠がある」と強調した。

いや、だから、それをちゃんと示さないと。今日辺り、何らかの説明があるのかな(この記事の執筆は、3/29の1時頃です)。

そもそも、「根幹部分」って、何でしょうね。当然、「小売店から回収した賞味期限切れのチョコレートを溶かして製品に再加工」の部分でしょう。それ以外、考えられません。という事は、それがあった事を裏付ける強い証拠があるという意味ですね。どんなものなのでしょう。客観的にそれが確認出来る資料なりで無ければ、話にならないと思うのですが。

しかし(引用は前後します)、

「正確性を欠くものだった」とした。

一体、何度、同じ様な事を言うんだ? 上の部分と併せると、何か、正確では無かったが、概ね合っているから(その根拠もあるから)良いじゃないか、という感じに読めます。あくまで、リンク先の記事を読んだ印象ですが。TBSのサイトを見ても、この件について、案内とか無いっぽいですね。

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2007年3月28日 (水)

ゲーム脳批判記事

気になる出来事: ゲーム脳 根拠なし!?気になる出来事: ゲーム脳 親子でルール作りを

「日大大学院泰羅教授」といえば⇒日大医学部・泰羅助教授に聞く(1)[www.tv-game.com]

随分、トーンが違うなあ、という感じ。尤も、インタビューから数年経っているので、意見が変わるというのは、あるでしょうけれど。いや、泰羅氏の意見そのものは、極めて真っ当です。しかし、森昭雄氏に対する評価は、現時点で判断すると、余り当たっていなかった様に思われます。それと、学者が世間に研究内容を発信するやり方への認識にも、ちょっと違和感を覚えますね。まあ、穿った見方をすれば、他にも解釈は出来ますが、憶測になっちゃいますね。

北海道新聞の記事の内容によれば(ソース未確認。上記リンク参照)、ゲームのジャンルによって、イメージング結果に違いが見出された、という事の様ですね。どういった研究なのかな。

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バージョンアップ

おー、機能が大分増えました。

  • 検索機能が付きました。左サイドバーに置いておきます。
  • コメントで、認証画像入力の設定が追加。今の所、コメントスパムは殆ど無いので、今まで通りにします。もし増えたら、設定を替えます。
  • トラックバックとコメントを、別々に承認制に出来る様になりました。TBスパムが減らない様だったら、承認制にします。

よろしくです。

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2007年3月27日 (火)

フィールドワーク

テレビゲームを批判する人は、ゲームをすべきなのですよね。「やっていない人間が口を出すな」と言うのは、余り宜しくないですが、事は、ある文化が人間に害を及ぼすか否か(その定量的評価)、という問題ですからね。その対象をしっかり分析しないと、話にならない訳です。

どの様なゲームがあって、それがどういった分布をしているか。ヒットしているゲームはどんなジャンルか。(ユーザーの)年代によって、どう異なるか、等々。それを、きちんと分析する必要があります。ゲームという文化自体、他の文化の要素が複雑に絡み合い、形成されているものですから、そこを考えないと。

『テトリス』と『ドラクエ』が全然違うのは、それこそ、低学年の小学生でも、容易に解る事です。そういう違いを論ずる事も無く、一括りにして扱うのがどれ程乱暴か…それは、ゲームをちょっと知っていれば、簡単に理解出来ます。にも拘らず、ゲーム脳等に乗っかる人が、結構います。他の、「暴力ゲームの影響」に関しても、そうですよね。実際、「心理学的」には、悪影響を及ぼす可能性が見出されている訳ですが、ゲームをする人は、一種類のジャンルのゲームをやる訳ではありません。ゲームがこれ程社会に浸透したのは、その多様性にも拠ると、考える事が出来ます。ソフトを交換する事で、全く異なるコンテンツを楽しめる、という構造です。そう、そもそも、圧倒的に「多様」なのです。

これは、半ば本気なのですが、岡田尊司氏や森昭雄氏やヤンキー先生に、あらゆるジャンルの代表的なゲームを、一通り、やらせて見れば良いのです。そうすれば、解る筈です。いかに自身が浅はかであったかが。ホラーアクションと思しきゲームを「ロールプレイング」などと表現する事の、駄目さが。

もし、それでも、「ゲームは単純」云々と言うのであれば、基本的な認識力が、不足していると言えますから、その場合には、論理的なやり取りが全く通用しないという事が、はっきりと論証された、となるでしょう。

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整理

― ブログ・発見の「発見」 ― 科学上の諸々の発見から「意味」を発見 - ニセ科学、疑似科学論議よりも具体的な批判を

取り敢えず、リンク。後で、本文に追記するか、コメント欄に何か書くと思います。

リンク先に、どっかで見た人がコメントしてますが、あまり気にしないで下さい。

「ニセ科学」を冷静に用いるべきというのは、その通りだと思います。そしてそれは、ニセ科学を批判する代表的な方々は、当然、強く意識しておられる訳ですね。

続きは、又後で。

以下、追記。

批判歓迎。

ニセ科学、疑似科学論議よりも具体的な批判を

「よりも」という表現が、今一つ、理解出来ません。ニセ科学批判や疑似科学についての議論というのは、当然、具体的な論証を含んでいる訳ですね。そもそも、科学っぽいが科学では無いもの、という概念が対象なのですから、そこでは、「科学とは」、という、科学哲学的議論が為される必要があります。

要するに完全な科学とか非科学といったものはないという言い方もできる。科学と非科学との間には科学性と非科学性とを様々な度合いで含んだゾーンがあるといった表現も出来るかもしれない。

これは、ニセ科学批判者が、いつも主張なさる事ですね。「グレーゾーン」という言葉で。そして、それとともに、明らかに黒に近い、と判断出来るものもある、というのも、言われている訳です。実際、精神分析などをどう判断するかは、難しい問題でしょう。

ただこのような表現は図式的であり、固定化して使われると問題がある。「ニセ科学」とか「疑似科学」といった、明確に定義された概念があると思わせるような言葉はそれ以上に問題が大きい。

ニセ科学は、ある程度、明確な定義があります。それは、現在認められた科学の方法に則って実証されていないのに、実証したと主張されるもの、或いは、広く世間に、そうだと信じられているもの、です。それは、社会的な手続きの部分も、含んでいる訳ですね。

ただ個々の「疑わしい」あるいは「科学とは思えない」ような言説を批判する際には問題点を具体的に指摘することなくニセ科学とか疑似科学とかいったレッテル貼りで済ませるようなことは避けて貰いたいし

それはそうです。当然の事です。それは、ニセ科学批判者も、心掛けている筈です。「問題点を具体的に指摘することなく」ニセ科学のレッテルを貼る言動に対しては、ニセ科学を論ずる人からも批判が出るでしょうし、又、そうあるべきです。と言うかですね。問題点を指摘せずにレッテルを貼る、というのが、よく解らないのです。問題点を指摘した上でニセ科学と判断された(レッテルを貼られた。←余り、ポジティブな印象では無いですね)ものを、よく調べもせずに信じる、というのなら、解るのですが。それを、「レッテルを貼る」と表現出来るでしょうか。

勿論、ご懸念も、理解は出来るのですね。「ニセ」という、強い価値判断を含んだ語が一人歩きしないだろうか、という事でしょう。であれば、批判者が用いる「ニセ科学」という語が、どういった意味であるかという事を、精確に理解するのを、心掛けるべきではないでしょうか。少なくとも私は、そうしています。

大切なのは捏造といった倫理的な問題がないかどうか、どれだけ真理、真実といった近づきがたいものに迫っているかということで、科学かニセ科学かという問題ではない。

いや、そうではなくて、ニセ科学はそもそも、現在認められる科学の手続きに則っていないのに、そうしたかの様に言われている、という所が、批判されているのです。問題は、「科学かニセ科学か」、です。

うーん、どうにも、整理出来ないですね。私が、quartaさんの仰りたい事を、ちゃんと掴めていないのかも知れません。

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2007年3月26日 (月)

大海に

自分自身の話。
私は、そこそこ認識力があると、自覚していたのですね(書いていて恥ずかしいです。でも、ありません? 自分は天才なんじゃないか、と思ったりした時期)。で、まあ、色々なきっかけで、自ら進んで、勉強をする様になりました。
それで、気付くのですよね。自分の駄目さ加減に。自分が考えていた程度の事は、古来、数え切れない程の人が考えてきて、基本的な知識だったりして、それを知って、いかに自惚れていたかが、解るのですよね。当たり前ですよね。それまで、積極的に知識を幅広く取り入れようという意識すら、無かったのですから。
重要なのは、「謙虚」になる、という事でしょうか。自分より上は、幾らでもいる。自分は、井の中の蛙かも知れない、と、常に自覚すべきでしょうね。
そうでないと、視野狭窄になるのですね。しかも、他人を馬鹿にしたりする。今振り返ると、本当に、駄目な認識だったと思います。

「無知の知」とは、ソクラテスも、上手い事を言ったものです。

前、こんなの書いたなあ⇒Interdisciplinary: 無知の知と既知の知と未知の知

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DBとか、対戦型脳トレとか

バンダイナムコゲームス、「ドラゴンボールオンライン」を正式発表

どうなんでしょう。私は、激烈にヒットするんじゃないかと思ってますが。

何しろ、ドラゴンボールですからね。知名度やら何やら、全く次元が違いますね。

まあ、ゲームシステムにもよりますが、少なくとも、注目度は、圧倒的ですね。

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バンダイナムコのサイトを見ていたら、こんなのが⇒バンダイナムコゲームス|みんなで鍛える全脳トレーニング

何だそりゃ。

最近ゲーセン行かないから、こんなのがあったなんて、知りませんでした。

私、この手のゲーム、好きなんですけどね(『タッチ・デ・ウノ-!』とか。これ、脳トレのはしりですよね)、実は。DSの脳トレは、微妙でしたが。

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因果関係

リヴァイアさん、日々のわざ: 不都合なタバコの真実@週刊東洋経済(読了して追記)

コメント欄で、タミフルについて、議論されています。厚生労働省の研究の不備について指摘されていて、興味深い内容なのですが、私には疫学の知識が殆ど無いので、議論についていけないです。

立花隆氏の記事(あのタイトルは早計だと思います)で、浜六郎氏の主張が紹介されていますが、それ自体がどれ程妥当か(又は妥当でないか)も、私には判断がつきません。

うーん、難しいな…。

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2007年3月25日 (日)

どうなりたいか

R行軍記 : 日本の小学生の「学ぶ意欲」が低いのは洗脳によるものです

うん、確かに、よく解ります。私も、ここに何度か書きましたけれど、同じ様な認識でしたね。「勉強だけが大切なのではない」、が、「勉強しなくても良い」、「勉強に打ち込むのは駄目だ」、となったのですよね。まあ、洗脳という言葉の使い方が適当かどうかは別として。

理想的には、マスメディアの情報ではびくともしない様な知識を身に着けるべき、という事なのでしょうけれど、事は、そう簡単ではありませんね。マスメディアは、生活に溶け込んでいますし、何から影響を受けるか、というのは、対象への重み付けによっても、変わってきますしね。漫画にウエイトを大きく割く場合も、あるでしょうね。私の場合、漫画とゲームだったかな。私は、こういう場合には、「なるべく幅広く知識を得る」のが重要だと思っています。そうやって、メタな認識を鍛えるべきかな、と。マスメディアや漫画(この時点で、あらゆる文化に敷衍出来ますし)の表現内容を気にするよりは、そちらの方が良いと思います。じゃないと、表現を拘束しかねませんしね。

これは推測ですが、「勉強する」というのが、権威に従うという意味を示す記号になっているのではないかと思います。それが、多数の持つ他のイメージとも結び付いて、よりネガティブな認識に繋がるのではないでしょうか。机にじっと座って、無理やり知識を詰め込まされて、将来何の役に立つのか解らない(もっと言うと、「受験に”しか”役に立たない」)勉強を「やらされる」という。その認識を、色々なメディアが助長する、というのは、あるのでしょうね。それが、どれくらいあるのかは、よく解りませんが。

で、そうやって、ネガティブなイメージを作り上げた人が、好きで勉強している人を、奇異の目で見たりするのですね(経験者語る)。何というのでしょうか、他の文化(スポーツとか)に打ち込む人に対する評価とは、若干違うのですよね。多分、「あんなつまらない事を一所懸命やるなんて、物好きだなあ」、という感じなのではないかと思います。自分がその文化に対して持っているイメージを、頼りにし過ぎるのでしょうね。勉強の所に、色々な文化を代入してみると、面白いですよね。

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因みに、元記事に関しては、私も以前、取り上げました⇒Interdisciplinary: 意欲低下か

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ラジオでゲーム脳批判

kikulogでも紹介したのですが、文化放送の『吉田たかよし プラス!』で、ゲーム脳について取り上げられました(水道橋博士氏が参加のコーナー)。ポッドキャストで聴く事が出来ます⇒たかよしの神出鬼没: ゲーム脳論争(リンク切れ)

これは、マスメディア上でのゲーム脳批判として、重要だと思います。森氏の論文についても検討しており、大変興味深いです。

しかも、来週は、水伝についても取り上げるそうです。関係者の中に、ニセ科学に関心を持っている人がいるのでしょうね。ゲーム脳は、水道橋博士氏が、関心を持たれた様ですね。

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どうでも良いですが、「博士氏」って、何か変ですね(笑) 「デーモン小暮閣下氏」とかと一緒か…。

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2007年3月24日 (土)

続行

前、休止するかも、と宣言しましたが、どうやら、更新は続けられそうです。

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最近のスパムは、なかなかです。一日100件くらいはありますかね。削除は、それ程手間では無いので、しばらくこのままにします。TBだけ承認制に出来ればなあ…。

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振り返って

私は、高岡英夫氏の本によって、ホーリスム(関係主義。一般的には、全体論と言われますね)の洗礼を受け、アトミスム(要素還元主義)に批判的になりました。

実感と合致していたのですよね。テレビ等の情報(健康番組でも何でも)で、本来もっと複雑な筈の現象を、単純化し、必要以上に簡潔に説明しているのを見て、いつも訝しく思っていた訳です。ですから、ホーリスムという、要素間の関係を重視し、システムとして現象を考えるというやり方を知って、「これだ」と思ったのです。

しかし、いけない事に、これが行き過ぎて、実証主義に批判的になってしまったのですよね。実験によってデータを収集し、それを解析して現象を研究する事そのものを、懐疑的に見る様になりました。「現象を無理に切り取って、それを分析したって、本質は解らない」なんて認識を、持ったのですね。還元主義が良くないのはその通りですが、だからと言って、実証科学の方法自体が駄目だとはならないのですが、過度に批判的だったのだと思います。そして、その認識が、実証科学的方法を採る科学者に対してまで、批判の目を向けさせる事になりました。まあ、典型的ですよね。私は身体運動に興味がありますから、それを自然科学的に検証したと称する文章を見ても、「数値化したって、本当の所は解らないよ」と、内容を詳しく読みもせずに、思っていたのです。

でも、要素還元主義を安易に用いる事が問題なのは、当の科学者が、一番よく解っているのですよね。だからこそ、統計学的方法が、様々な分野に取り入れられて、統計解析が発展したりしている訳で。

結局の所、実証科学批判を、「鵜呑み」にしてしまっていたのでしょう。ある対象を批判している文章を読んで、それが妥当だと、他の資料も参考にせずに判断するのですよね。著者に対する信頼度が高ければ、尚更です。

で、ですね。高岡氏の本をしっかり読めば解るのですが、実はそこでは、実証主義が重要だという事が、かなり主張されているのですよね。だから、「関係主義的実証主義」という概念が、提唱されたりしている訳ですね。高岡氏は、当時のスポーツ科学の方法が、素朴な要素還元主義的方法に頼り切っている(つまり、後れている)という主張と絡めて論じておられたので、批判の部分を、(私が)クローズアップしてしまっていたのでしょう。その、当時の身体運動を対象とした科学に対する批判が、どれ程当たっているかは、よく解らないのですが。

結局、何を主張したいのかと言うと、現在実証主義的方法を批判する人は、当時の私と同じ様な状況なのではないか、という事ですね。誰かが何かを批判しているのを鵜呑みにして、他の文献等を参照する事も無く、それに乗っかって、自身も、批判を繰り広げてしまってはいないでしょうか。

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心掛ける

読みました⇒KAGAKUDOJIN BOOKS ELL(【化 学】2007年4月号)

良い特集でした。

私が重要だと思ったのは、松田卓也氏の主張ですね。松田氏は、たとえ専門家であっても、分野が異なれば、容易にニセ科学だと判断は出来ない、という趣旨の事を仰っていましたが、これは、押さえておかなければなりません。ある特定の領域について、ある程度の知識がある人でも、別の領域については、なかなか、妥当かどうかは判別しにくいので、各分野について詳しい人が、出来る範囲で批判をしていくのが、大切だと思います。又、「専門家が言っている事なのだから正しいのだろう」という考えも、控えるべきですね。それは、思考の経済性を求めるという意味では、合理的な事もあるのでしょうけれど、残念ながら、専門家と称される(一般にそう捉えられる)人であっても、でたらめを言う事は、あるのです。

一々考えるのは、「面倒くさい」事なんですけどね。その面倒くささを、受け容れるべきなんじゃないかと思います。

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今回の特集では、きくちさん、こなみさん、apjさんの記事も載っています。必読です。

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2007年3月23日 (金)

強引に

前のエントリーの続きです。

「五感を通じて豊かな経験を積むべきだ」、という意見自体は、人間を自然科学的存在として捉えた視点としても、合理的なものだし、別に、それに反対する人も、余りいないでしょうね。

しかし、その事と、「現代社会の乱れ」、又は、「昔は良かった」、という考えとを結び付けるのは、早計なのですよね。
それを論ずるには、先ず、そもそもの議論の前提となる、現代社会のモラル崩壊とか、凶悪犯罪や少年犯罪が増えた、といった、実しやかに語られる説の真偽を、確かめるべきなのですよね。そして、それが妥当だと判明した上で、運動の量の少なさ(この事自体は、妥当だと思うのですが、どうでしょうか?)との関連を、検証しなければならない訳ですね。

私としては、現代人は、「身体が固まっている」(日常的な言葉を使うと、「凝りが強い」とでもなるでしょうか。不正確ですが、お許しを)と、考えています(理由は色々。輸送手段の発達によって、運動の量が下がったのも、一つの要因かも知れません。実証的根拠はありません。あくまで推測です)。そしてそれは、精神の状態とも、密接に関わっているでしょう。科学的にも、そう考えるのが、妥当です。しかし、それと、マクロな社会的事象との関連とは、単純に対応している訳では無いでしょう。そこを、一足飛びに結び付けてしまっているのですよね。一つの確証バイアスである気もします。自分が信じている説を正当化する為に、強引にロジックを用いているのでしょうね。

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ボタン社会とは

いきなりリンクを羅列して、何事か、と思われたでしょうね。

このリンクは、某ブクマ経由で知ったブログの記事(市井のディレッタント 冒険記 - 脳の退化から格差社会、プチ奴隷制へ……?)を読み、『AERA』に、「ボタン社会」なる概念で、「脳の退化」を説明した記事が載った事を知り、その説を論じた寺沢宏次氏と、説明の根拠に用いられた「GO/NO-GO課題」について、関連がありそうなものを上げたものです。

疑問なのが、脳の活動の仕方に、年代によって有意差が見出されたとして、それが実際の社会行動と、どの様に結びついているだろうか、という事です。つまり、一般化の問題です。課題の成績から、実際の生活状況に、どの程度敷衍出来るのでしょうか。又、あの様な研究結果から、「脳の退化」などという表現を、安易に用いて良いものでしょうか。反社会的行為とも結び付けて論じるには、社会学や社会心理学的研究とも突き合わせて、慎重に論じるべきです。

因みに、寺沢氏は、「ゲーム脳」の存在にも、ある程度肯定的な様です。記事では、森昭雄氏の説は、研究方法等が批判されている。だが、ゲーム脳があるか無いかはよく解っていない、と論じた上で、寺沢氏の、ゲーム脳はあるかも知れない、という意見を紹介しています。

そして、「ボタン社会」です。つまり、技術の発展によって、便利な道具が普及し、ものの仕組みを理解しなくとも、ボタン一つで何でも出来るので、深く考えたり、コミュニケーションを取ったりという事が、少なくなってきた。従って、脳が退化してきた、というロジックです。

私が考えるのは、ものの仕組みを理解するには、そのメカニズムが複雑過ぎる、という事です。道具の仕組みがブラックボックス化してきた、と言えるかも知れません。しかしそれを、思考を疎かにする事と結び付けるのは、どれ程妥当でしょうか。又、その事と、ゲームの普及とを関連付けるのも、早計だと思います。何故ならば、ゲームは、ボタン一つでどうこうする、という構造では無いからです。コントローラの各ボタンに恣意的に割り当てられた操作系を憶え、それを駆使していく訳ですから、そもそも、ボタン一つで便利に云々という、操作の簡素化とは、全然違う話です。

後、よく出る話ですが、「インターネットの普及で、検索が簡単になって、手っ取り早く、情報が得られる様になった」というのを、ネガティブな文脈で語る場合がありますね。これも、色んな事を、ごっちゃにしていませんか。何か情報を得たい場合に、手間が掛からない方が良いのは、当たり前だと思うのですが。重要なのは、得た情報をどう取り扱うか、なのですから(こちらの問題が、圧倒的に重要)。象徴的にこういう物言いをするのは、全く妥当では無いでしょう。と言うかですね。WEBで、本気で調べ物をしてみて下さい。1クリックで答えが出るとか、そういう問題では無いのが、よく解りますから。様々な情報が錯綜していて、それを取捨選択するのに、ある程度の認識力が、要求されますので。

この記事の最後辺りに、久保田競氏のコメントがありましたが、どういう意図からの発言でしょうね。捉え方によっては、結構凄い主張だと思いますが。

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メモ:

寺沢氏(他)の研究は、『脳内汚染』の元ネタの一つですね。上の、篠原氏のブログも参照。

上にも書きましたが、GO/NO-GO課題の結果を一般化する妥当な根拠は、心理学的に見出されているのでしょうか。

「ボタン一つで」云々という物言い自体が、現代社会を非難する陳腐な象徴表現だと思うのは、私の偏見でしょうか。

社会状況の変化(ネガティブな)の説明の根拠に、自身の研究結果を持ち出しておられる訳ですが、その前に、その社会状況の変化についての解釈が妥当であるかを、考察したのでしょうか。その前提が誤っていた場合、話にならないと思います。

ボタン一つで、って、電化製品でもイメージしているのかなあ。テレビ等のリモコンを見ると、「ボタン数十個で」、ですが。入力系は、寧ろ複雑になっている気もします。ネットは云々というのも、単なる印象ではないですかね。

身の回りの道具がブラックボックス化(言い方を換えると、分解した所で、メカニズムは解らない、という事です)する事と、その仕組みに関心を持つかどうかは、全然別の話ですよね。家族でテレビを観ていて、「テレビはどうして映るの?」という話題が出る事なんかは、考えていないのかな。

運動が重要なのは、私もその通りだと思います。人間も、自然科学のメカニズムに従う存在な訳ですから。でも、それを主張する余り、他の文化を非難する論調は、頂けません。

何か、神経神話って、脅迫に近いものを感じるんですよね。研究者の意図が、善意からのものであっても、です。脳のイメージング結果とか、課題遂行の成績のグラフとかを見せつけられれば、怯みますよね。だから、出来る限り慎重に、情報発信して頂きたいものです。

色々調べていたら、こんなページを見つけました⇒テレビ・ビデオ・ゲームの影響を考えよう …むう。

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2007年3月22日 (木)

同じか

遊鬱さんに、教えて頂きました⇒横浜市 緑区 報道発表「緑区健康づくり特別講演会」 福祉保健課

ふう…。

岡田氏が「ゲーム脳」をテーマに講演で、しかも主催が、「緑区医師会、緑区福祉保健センター」ですか。

レポートとか上がってないかな。岡田氏が、どういった内容の事を喋るのか、興味深い所です。

講演タイトルを何とかしてくれ。

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轟竜の咆哮

『MONSTER HUNTER PORTABLE 2nd』ネタです(何故か、プレイ出来ています。各方面に感謝)。以下、内容についてのネタバレありです。ご注意下さい。※こういう性質のゲームでは、余り「ネタバレ」は問題にならないと思うのですが、一応書いておきます。

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集会所★8のクエスト、「異常震域」(ティガレックス二匹を討伐)をクリア。5・6回失敗して、やっと終わりました…。

○装備

武器:鬼神斬破刀

防具:リオソウルシリーズ一式

○スキル

攻撃力UP 【大】 ※装飾品によって発動

耳栓

○食事

アイルー5匹。乳製品&酒:体力+50・スタミナ+50

○ステータス

体力:150、スタミナ:150

攻撃力:936、防御力:341

○アイテム ※記録していないので、ちょっとうろ覚えです。何回も、試行錯誤しながらやったので、ごっちゃになってるかも…。

調合書1~4、回復薬、回復薬G、秘薬、栄養剤G(秘薬調合用)、マンドラゴラ(秘薬調合用)

力の護符、力の爪、守りの護符、守りの爪

ペイントボール、モドリ玉、ホットドリンク

閃光玉、光蟲(閃光玉調合用)、素材玉(閃光玉調合用)

シビレ罠、ゲネポスの麻痺牙(罠調合用)、トラップツール(罠調合用)

砥石

角笛(頂上で、ティガレックスに気付かせる為)

○戦闘(これも、記憶を元にしています)

ティガレックス(以下「ティガ」)の、基本攻撃パターン:

  • 突進(時に、ターンする)
  • 噛み付き(かなりリーチが長い)
  • その場で回転
  • 跳びかかり
  • バックステップ
  • 咆哮(大。攻撃判定あり)
  • 何かよく解らない行動(笑) 怒る直前のアレです。あれって、何してるんでしょう?
  • 雪球投げ付け

ティガ戦では、基本的には、突進を躱して後ろから攻撃(尻尾の攻撃判定が長いので注意。うっかり攻撃しようとして、尻尾に払われて大ダメージ、という危険性があります)、噛み付きの際に横から攻撃、怒り動作の際には、複数回の、攻撃チャンスです。エリアによっては、壁に噛み付いたまま、しばらく離れなくなりますので、大チャンスです。

基本戦法は、上に書いた通りです。今回は、罠等は、使える時に使い、とにかく片方を早く討伐する、というやり方で行きました。

ソロの場合には、閃光玉の使い方が、重要だと思います。ティガは、怒り状態の時には、とんでもなく動きが速くなるので、回復する暇がありません。エリア移動も、難しい場合があります。その時に、閃光玉を使って足止めし、調合、研ぎ、回復の時間に充てます。又、閃光玉で動きを止めておいて、攻撃をする場合もありますが、ティガは、閃光玉を食らっても、突進以外の攻撃はしますので、結構危険です。私は、閃光玉とシビレ罠を使い、先ず尻尾切りを優先し(閃光玉を使って尻尾切りは、ダメージを覚悟で)、尻尾が切れたら、閃光玉でひるんでいる所を、左前脚に斬り付けます。そうすれば、ティガの攻撃も当たりません。回転攻撃も(その後の風圧も)、上手くはずれます。回転しそうになったら、斬り下がりをすれば、より安全です。

怒り状態の攻撃力は、かなり高いので、閃光玉は、その時に集中して使うのが、良いと思います。防御340程度だと、怒り噛み付きで、体力を殆ど持っていかれます。

今回は、スタート時に8番(ティガの初期位置。もう一方は1番)だったので、そのまま戦闘。閃光玉と罠を使い、尻尾切りを優先します。途中2匹が合流。合流の仕方で、かなり難易度が変わりますね。8番での合流は、頂上にてやり過ごします。角笛を使って同士打ちダメージを狙ったのですが、これは微妙だったかも。

しばらくして、片方が移動。ちょっと戦っていたら、もう一匹も移動。高台がある所だったので、上で様子を見ます(雪球が当たるので注意)。私は、2匹共重なるくらいの位置に来たら、閃光玉を使い、降りて左前脚を攻撃しました。こうすれば、同士打ちダメージも狙えますし、片方を攻撃している間に、もう一匹にやられる、という事も、起こりにくいです。

しばらくその戦法を続けていたら、片方が移動。降りて戦闘します。

それを繰り返していたら、残り時間30分程度で、片方が体を引きずったので、攻撃していたら、そのまま討伐。

後は、もう一匹と戦闘です。今回は、一匹目を討伐した辺りで、支給品が届いたので、モドリ玉を使って、取りに行きました。これは、かなり時間ロスですね。なるべく確実に行きたかったので、慎重にやりました。

で、もう一匹と戦っていたら、ティガの怒涛の攻撃を食らい、痛い一死。これは勿体無かったなあ…。しかも、運の悪い事に、秘薬が尽きてしまいました。この時点で、回復薬や回復Gが、結構残っていたので、ちょっと配分が甘かったですね。

秘薬が尽きた所でもう一死したらシャレにならないので、慎重(というか、ビビリ)に戦い(閃光玉も尽きてました)、まだかと思っていたら、残り時間が17分頃に、討伐完了。うーん、疲れました。

○反省

角笛は、全然要らない。

閃光玉は、もう少し、慎重に使った方が良かったかも。怒り状態に集中すべきか。

ペイントボールも、別に要らないかな。そうすれば、回復系を、もっと持っていけたなあ。

出来れば、パーティでやった方がいいですね(笑) 実は、パーティで経験済みだったのですが、狩猟笛のお陰もあって、12分程度で討伐出来てたんですよね。解り切ってた事ですが、ソロだと、そう簡単にはいきませんでした…。

ここは違うんじゃないか、とか、こうした方が良い、という所があれば、ご教示頂ければありがたいです。

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トラバ

現在、スパムの嵐を食らっております。

ココログフリーは、トラックバックとコメント、どちからだけ承認制にする事が出来ないという、よく解らない仕様なので(ですよね?)、閉じるのもちょっと…(コメントは、承認制にしたくないので)。

で、ついで、と言ってはなんですが。

トラックバックは、当ブログへの言及が無い場合、削除する場合があります。今までは、いかにもスパムなTBでも、話題にかすっていれば、消さずにおいたのですが、残す必要も無いので、消します。勿論、言及リンク等を要求するものでは無いです。はっきりとしない場合に、消してしまう可能性があるので、出来れば、解り易く書いて欲しいなあ、という感じです。

よろしくお願いします。

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2007年3月21日 (水)

優先順位

uumin3の日記:なぜエセ科学をネタとして採り上げる方々は「タバコ有害論」を採り上げないの?

何故と言われても、という感じもします。

あれよりもこれを、というのは、余り言わない方が、よろしいのではないでしょうか。

「敵」とか「わくわく」とか…。意図的な書き方なのかも知れませんが。ニセ科学を批判する人は、その人なりの動機があって、それを行っている訳ですよね。それを先ず、考えるべきかと。

ところで、私は、喫煙の害について、殆ど知識を持っていません。川端裕人さんのブログで、よく取り上げられているのを見るのですが、そちらで得た知識があるくらいです。だから、この問題について、詳しく論ずる事は、出来ないです。勿論、個人的に思う事は、ありますが。ただ、煙草の有害論に挑む前に、その本が妥当かどうかを、しっかり確かめた方が良いのでは、という気がします。それも含めて、「挑む」という事なのかも知れませんけれど。

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2007年3月20日 (火)

こねこね

MORI LOG ACADEMY: もっと理屈を捏ねろ

そうだそうだ。

でも、理屈の捏ね方が中途半端で、ガチガチの頭になる事もありますよね。

だから、大人は、「理屈を捏ねるな」、では無く、「理屈の捏ね方が足りない」、と言うべきなんじゃないかなあ、と思います。そうすれば、自分がどれ程捏ねているかを、評価させる事にもなりますし。

て、森さんと同じ事を言ってるだけだ…。

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多分違う

血液型人間学(吉岡英介氏のサイト)

何度か読んだ事があるのですが、ちょっとどうかな(どころじゃないか)、という論理展開です。と言うか、意味がさっぱり解らないです。

吉岡氏って、きくちさんやこなみさんやapjさんが批判しているものを擁護する、というのが、基本姿勢みたいですね。

で、それはともかく、と言うか。

能美正比古

では無く、「能見正比古」氏ですよね? 表記を替えた、という事ではありませんよね。いや、「能美」で統一されているので、もしかしたら、その時期もあったのかと思いまして。ググっても、十数件しかヒットしないし、誤字だとは考えてますが。

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見抜く

月刊「化学」インフォメーション: 今月の特集は「ニセ科学を見抜くための基礎講座」.月刊「化学」4月号は17日土曜日発売!

これは面白い特集ですね。読まねば。

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世の中にゃ 色んな人が いるもんだ

私は以前、「ライブドア特設掲示板」という、超カオスな所に書き込みしていた事があるので、マネハンが跋扈して、滅茶苦茶に荒れる、という状態には慣れていますし、そういう人間も存在するのだな、程度に思っています(あそこを読んでいた方は、理解して下さると思います)。荒らしはそれくらいに見ておいて、自分がしっかりした書き込みを行う、という認識じゃないと、やってられない、という所もあります。

ただ、今回は、一つの閉じた場では無く、明らかに他人の名を騙って、あちこちのブログにコピペをし、更には改変を行っている訳ですから、レベルが、全然違います。悪質であるという事には、変わりありませんが。

現在、人格的にどういう状態にあるかは知りませんが(余り興味も無い)、反応される事に、喜びを見出しているのでは無いでしょうかね?

このエントリー自体、反応だ。

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2007年3月19日 (月)

予告

もしかしたら、事情により、数日後から、更新を、一時中断するかも知れません。

まだはっきりとは判りませんが、短くて数日、長くて数ヶ月になると思います。中断自体、しないかも(←何だそれ)。

勿論、引用やリンクは、ご自由にして頂いて構いませんし、コメント欄も、お使い下さい。トラックバックも、と言いたい所ですが、スパムが酷いので、閉じると思います。

一応、予告という事で。何事も無かった様に、毎日更新するかも知れませんが(笑)

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質問

養老伝説(第一回構造構成主義シンポジウム) - 西條剛央のブログ:構造構成主義 - 楽天ブログ(Blog)

肩こりは、日本特有の感覚という話は有名だが、これは外国では肩こりという構造(名)がないため、肩こりという感覚が生じないのである。日本に住むようになり、肩こりというカテゴリーを獲得した外国人が肩がこり始めるということはあるのだ。
これは身体感覚に、言語や文化が否応なく織り込まれていることの傍証に他ならない。

この(外国では云々)お話、結構よく聞きますね。

で、詳しい方に伺いたいのですが、これって、本当なんでしょうか←私達が日常的に「肩凝ったなあ」と言う様な感じで、外国で(「外国」って言っても、広いですけれど)、「後頸部から肩、および肩甲部にかけての筋肉の緊張感を中心とする不快感、違和感、鈍痛などの症状、愁訴」(頭痛大学:肩凝りを医学的に定義すると 参照)が話題に上る事は無いのか、という意味ですね。

「肩こりという感覚が生じない」という表現、ちょっと誤解を招きそうな気がします。「感覚が生じない」と言うよりは、肩の周りに生ずる感覚(上の定義参照)に「肩凝り」という名を与えなければ、それが恒常的に認知される事は無い、つまり、日常的な言葉を使えば、「気にならない」、と言った方が良いと思います。後は、「顕在意識に上らない」とか。細かい事ですけれど。勿論、「身体感覚に、言語や文化が否応なく織り込まれている」(西條氏)という部分には、賛成します。高岡英夫氏の概念を借りれば、身体意識の構造は、身体意味構造に規定される、といった所でしょうか。

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へそ曲がりですいません

『サンデープロジェクト』で、陰山英男氏のメソッドの紹介を、やっていました(す)。

で、「早寝・早起き・朝ごはん」の重要性が主張されていたのですが(脳パワーアップの秘密、とか出てます)、まあ、ある生徒の生活習慣を見て、それだけきっちり勉強すれば、成績も良くなるでしょうな、という感じでした。テレビ視聴と偏差値の関係とか睡眠時間と偏差値(就寝時刻と学力も。どちらか一方だったかも)の関係を、棒グラフで表して、負相関するという事も、言っていましたね(睡眠時間は、ちょっと複雑ですが)。

あ、今、朝食をとる頻度と「知能指数」の関係を、グラフで出してます。「食べさせれば食べさせる程良い」なんて、滅茶苦茶な事を言ってるぞ…。誰も、疑問に思わないのかな? まあ、中には、怪しげに見ている人も、いるでしょうね。

観ながら書いているので、実況風で(笑)

サンプルは、山陽小野田市の全小学校(13校)だそうです。

先ず、皆さんの統計リテラシーを、どうにかした方が良い気が。せめて、相関と因果の違いとか、擬相関と干渉変数の論理くらいは、知っておくべきかと。

「名門校に入った」というのを、効果を示す為に持ち出すのは、どうなんでしょうか。

「早寝・早起き・朝ごはん」を心掛けている人は、自殺・いじめが少ないらしい。

「早起き」の定義が、よく解らないなあ…。始業時刻を基準にしていますよね。19:00から仕事の人も、「朝」起きなければならない、って事ですかね。学生にだけ当てはまる、という意味? だったら、そもそも普遍性に欠ける気が。朝9時頃に始まる仕事以外は全部脳に悪い、と言うのかな?

経験:私は、10代の頃は、「早寝・早起き・朝ごはん」でしたけど、全く、状態は良く無かったですね。今は、「遅寝・遅起き・一日二食」ですが、現在の方が、圧倒的に頭の回転は良いです。所詮は個人の主観ですが。研究者とか技術者とか、完全にアウトじゃないですか?

何か、「音読で前頭前野が…」というのも言っていましたね。

そもそも、グラフの縦軸の目盛り方は、あれでいいのだろうか。

ところで、百ます計算って、教育心理学とかで、効果は検証されているのでしょうか。

これも主観:私は(多分)、ドラゴンさんが主張される様なやり方に共感を覚えるので、陰山メソッドの様なやり方を見ていると、どうにも受け付けられないです。と言うか、子どもの頃にあれをやらされたら、絶対抵抗しただろうな、と思います。

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2007年3月18日 (日)

自身を知る

※3/17に、誤って、一旦アップしてしまいました…。

Interdisciplinary: メモ:武術とトレーニング。と、色々の補足。

必要無い筋肉を固めてしまっている訳ですから、一旦その力を抜いてから運動しなければなりませんし

こう書いていますが、もっと詳しく説明すると、「筋肉を弛緩させようと”思って”も、如何ともしがたい」場面もあります。たとえば、肩凝りのある人に、「凝っている所を弛緩させて下さい」と言ったとして、それが無茶な要求であるのは、当たり前ですよね。それが出来れば、肩凝りなんて存在しません。ですから、随意的に働かせられる骨格筋といえども、単なる能動的意識では、どうにも出来ない(言われた途端にどうこう出来る程簡単では無い)場合があるという事を、認識すべきですね。ここが、人間の身体の、面白い所です。ですから、「自分の身体のあり方」を、考える必要があります。どこがどのくらい固まっているか、それはどの様な運動に関わるのか、そこが固まっている事によって、どうパフォーマンスを阻害するか、等を認知し、その、固まった身体のあり方にネガティブな評価を与え、改善を志向し、全身のリラックスを促すのですね。このフィードバックは、心理学的・生理学的に(もっと学際的にも)、大きな現象だと思いますし、研究対象としても、興味深いものでしょう。バイオフィードバック等に相当するでしょうか。

丁度、月刊『秘伝』誌の4月号で、高岡氏が、サッカーについての話に絡めて、この辺の事を論じておられます。「ゆるむ」の定義についても載っています。興味のある方には、参考にされる事をお勧めします。

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これは!

cactus_f's favorites on del.icio.us経由⇒岩盤をくりぬいて作ったストックホルムの地下鉄駅 - GIGAZINE

か、かっこいい…。フォトリアルな3DCGにしか見えないなあ。凄い。

何か、『FF7』みたいです。

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2007年3月17日 (土)

ニセ科学って言うか

赤星の徒然日記♪ : 紅茶の咳止め効果

なかなか面白い(興味深いって事ですよ)やり取りだなあ。書き方が上手いですね、皮肉たっぷりで。

民間伝承はニセ科学、では無いですよねえ、仰る通り。民間伝承をニセ科学に「昇格」させる場合は、あるかも知れませんが。

咳が止まった理由は、よく解りませんね。そういえば昔、「アイスクリームを塊で呑み込むと、咳が止まる」というのを、信じてたなあ…。

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百貨店の包装紙

何か、「言葉遣い」に力を持たせようとする人って、いますよね。

わざわざ難解(と一般に思われる)な言い回しを多用したり、漢字を多く使って、いかめしい感じの文章にしたり。で、そういう文章を「高級」だとか「高尚」だと考えて、そうでないものを、幼稚だとか、ものを知らないとか、そう看做しているのではないかと思います。

で、ですね。別に、著作とか文学作品で、そういう事をするのは、まあ、スタイルとして、別に構わないと思うのですが、ブログとか掲示板の、文字のみのコミュニケーションでも、いかにもそんな感じの言葉遣いをする人が、いますよね。そういうのを見る度に、何だかなあ、と考えるのです。せっかく、性別も年齢も職業も関係無く議論出来る(可能性のある)場なのに、わざわざそんな事をして、どうするのだろう、と。

そう思いません? 言葉遣いで武装する前に、内容の論理性とかをよく考えて、いかに、自分が考えている事を相手に正確に解って貰うか、というのを、心掛けた方が良いのではないでしょうか。

目的が違うのかも知れませんね。元々、相手を言い負かして優位に立とうとか、そういう事を考えているのかも知れませんし、単に、言葉のぶつけ合いを、楽しんでいるのかも知れません。私は、自分の知識や認識力を高める為に、ネットでのコミュニケーションを用いていますので、相容れませんね。

うーん、読み返すと、幼稚な文章だなあ(笑)

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2007年3月16日 (金)

参考に

名古屋大学の伊勢田哲治氏のページです⇒Tetsuji Iseda Website (Japanese)

「業績リスト」から、いわゆる線引き問題や、実在論に関する論考等、伊勢田氏の文章を読む事が出来ます。大変参考になります。

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動機付け

適当です。

勉強をする(知識を得る)、という場合、ただ「ものを知りたい」というのと、「恥を掻きたく無い」という、二つの動機があるんじゃないかと思います。一方は、いわゆる知的好奇心というやつで、もう一方は、他者からの評価を気にする、という事ですね。心理学的には、内発的動機付けと、外発的動機付けの違い、といった所でしょうか(デシの実験とか参照)。後者は、「褒められたい」という意識とも繋がりますね。

尤も、峻別出来るものでは無いですが。重み付けの問題もありますしね。余り他人の評価を気にしないような人でも、自分が尊敬する対象からは褒めて貰いたい、という意識が働くかも知れませんしね。他にも、最初は褒められたくて勉強していたけど、どんどんのめり込んで、その面白さに目覚める、というのもあるでしょうね。

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メモ:武術とトレーニング。と、色々

プロ合気道家トム・モリゾーの上手くなるブログ道場:読者の質問箱 その20

これは、物凄く難しい問題なのですね。このシンプルな問いに答えるには、大変広範な知識と、深い認識力が、必要とされます。

つまり、次の様な疑問に答えられなければ、充分とは言えません。

  • ウエイトトレーニングとはどういう概念か。これは、スポーツ科学等の、身体運動に関する科学で論じられる。
  • 合気道は、どの様な運動構造を持っているか。それを踏まえた上で、どの部分の筋力を鍛えるのが望ましいかを見出す。
  • 上と関連して。そもそも、合気道にとって望ましい動きというのは、どの様なものを指すのか。一般的なスポーツと異なり、評価基準が、大変解りにくい。流派にもよるし、何を武術に求めるか、という所も関わってくる。一口に「合気道」と言っても、各体系には、大きなバラツキがある。武器術の有無、試合の有無、気の流れを重視するか、固い稽古を重視するか、等々。
  • 状況から切り取って、特定の筋肉を選択的に鍛える事によって、パフォーマンス全体に、どの様な影響を及ぼすか。それは、全体として調和すべき「合気道の技術」を、崩す事にはならないか。これは、多くの武術家が感じている懸念であると考えられる。

他にも色々あるでしょうけれど、キリが無いので。

はっきりと言えるのは、「優れた身体運動」とは、「必要な場所の筋肉を適切に収縮させ、必要無い所の筋肉を弛緩させる」、という事です(使用筋配分)。自然科学的には、そうなります。

しかし、人間は、単なる機械的存在では無く、複雑な認知機能を備える存在です。事は、そう単純ではありません。たとえば、パフォーマンスに必要な筋肉をウエイトトレーニングで鍛え、筋力が高まったとしても、それが、実際の状況において「使えるかどうか」というのは、別の話です。これは、高岡英夫氏の論の参照ですが、ウエイトトレーニング等は、実際の種目における動きとは、全く別のものなのです。従って、重要なのは、トレーニングが必要かどうか、という所では無く、実際の状況において適切に使える事が出来るか、という事です。単に「必要か」という問いなら、トム・モリゾーさんと同じく、「体系による」としか、答えようが無いのですね。ある部分の筋肥大がパフォーマンスの向上に役立つとはっきりしているならば、適切な処方によってトレーニングすれば、良い効果が得られるでしょうし、そもそも強大な筋力が必要とされない種目なら、トレーニングが悪影響を及ぼす場合もあるでしょう。筋が肥大する事自体が、運動に邪魔になる場合もあります。

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えっと、何か、集中力に欠けていて、全く文章が纏まらないので、以下は、余り厳密さを考えずに、日常的な言葉も含めて書きます。何か、話題もずれてますけれど。

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大事なのは、バランスですね。どこかの筋肉を鍛える、という考えでは無くて、全体として調和の取れた鍛え方をする、という事です。それを踏まえた上でやらないと、弊害になる場合もあるでしょうね。

又、「脱力」の概念、これがとても重要です。一般に「脱力」というと、ただ単に「力を抜く」というイメージですが、正しい脱力というのは、上にも書いた通り、収縮すべき筋肉を適切な強さで収縮させ、弛緩させるべき筋肉をしっかり弛緩させる、という意味です。ですから、「必要な筋肉を収縮させる」という部分も含めて、脱力なのですね。これは当たり前ですね。人間は、立つだけでも、筋肉の収縮が必要な訳ですから。だから、最も少ない筋力発揮で動く、という考えが、必要になるのです。具体的には、腸腰筋(腰椎と、骨盤・大腿骨を繋ぐ筋肉。大腿骨を引き付ける、又、上体を屈める、つまり、大腿を屈曲させる働きを持つ)や、ハムストリングス(大腿の後面の筋肉。大腿を後方にスイングする、つまり、大腿を伸展する働き、及び、膝関節を屈曲させる働きを持つ)が重要ですね。より中心に近い所の筋肉の収縮・弛緩を繰り返しながらバランスを取って動く、という事を心がけるべきです。多くの人は、全身の筋肉を不必要に固めて、身体を彫像の様にして立ち、運動するのですね。そうすると、元々必要無い筋肉を固めてしまっている訳ですから、一旦その力を抜いてから運動しなければなりませんし(殆どの人は、必要無いのに、肩甲骨周りの筋肉を、持続的に固めています。そうです、「肩凝り」の事です)、エネルギー的にも、とても無駄です。最近では、コア・トレーニングという考えが、ある様ですね。結局、常に必要最小限の筋出力に留めておいて、目的の運動に適切に応じる事の出来る身体のあり方を、求めなければなりません。感覚的な表現をすると、普通に地面に立っている時でも、綱渡りをしているかの様なバランスのとり方をする、という感じですね。

しかし、大部分の人は、自分のどこに力が入っているか、というのは、意識(認知)した事すら、無いと思います。肩凝りくらいは、たまに感じる機会はあるかも知れませんが、それが全身に存在するというのは、考えていないでしょうね。ここで、内観が重要になります。自分のどこの筋肉が固まっていて、どこが柔らかいか。さすってみたり、マッサージしたりして、その分布を感じます。ただ、内観は、主観であるだけに、間違う事も、かなりあります。「○○筋を感じる」と言ったり、「ハムストリングスを使って立っている」と言って、実は全く出来ていなかったり、という感じで。指導者の立場の人でも、往々にして観られます。ですから、内観は重要ですが、それと共に、外部からのチェックも、した方が良いでしょう。たとえば、圧力板に乗って重心の動きを測定したり、筋電位を測って、筋収縮の度合いを測定したり、といった具合に。勿論、コストの問題もあり、なかなか難しいですが。武術の世界にも、言っている事とやっている事が違う人は、結構いるのですね。それは、直接観察するのが難しいので、間違っている事に、本人も気付きにくいのですね。余り、主観に頼り過ぎると、そうなってしまいます。ですから、内観によって、自分の身体のあり方を捉えつつ、それが誤っている可能性に、常に気を配る事が、必要でしょう。

自分でもびっくりする程、散漫な文章だ…。じゃあエントリーを上げるな、と言われそうな気もしますが。

お勧め文献。

鍛練の理論―東洋的修行法と科学的トレーニング Book 鍛練の理論―東洋的修行法と科学的トレーニング

著者:高岡 英夫
販売元:恵雅堂出版
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鍛練シリーズは、読むべきですね。難しい本ですけれど。

究極の身体 Book 究極の身体

著者:高岡 英夫
販売元:講談社
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「運動進化論」というのは、概念としてどうなんでしょう? それはともかく、組織分化の考えとか、多重中心構造とか、大変参考になります。

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2007年3月15日 (木)

善意でも

poohさんの所にコメント入れようとしたら、長くなり過ぎた…(←何度目だろう、これ)。

悩ましい、のですよね。

私の話をしてもしょうがありませんけれど、以前、とても近しい人が重い病気にかかって、余命いくばくも無いと解った、という事があったのですが、そういう時って、色々考えるのですよね。医師の技量は充分なのか、とか、実は他に有効なものがあるのではないか、とか。民間療法にも何かあるのでは、とすら考えました(探したりはしていません)。
やっぱり、そういう事って、あるのですよね。だから、ニセ科学に縋る人を否定したり、科学リテラシーの無い人をバカにしたりとかでは、全く無いのですね。
前の(poohさんの)エントリーで、corvoさんも、ニセ科学的言説に傾倒していた時期があった、という事を仰っていましたが、ニセ科学を批判する側にも、色々な経験があるのですよね。決して、ニセ科学に縋る人を、無知蒙昧と看做して見下す訳では無いのです。

しかしそれでも、ニセ科学は批判しなければならない。それは、科学という文化に対する誤解を招き、徒に現代科学への不信を煽り、場合によっては、救えるかも知れなかった命を失わす事すらあるのですから…。

poohさんが言及なさっているIEさんのブログは、大変興味深いです。コメント欄のやり取りも含めて。

もう一つのエントリーで、伊勢田氏の本を紹介しています。ニセ科学と科学との関係に興味がある方に、お勧めします。要約でもしようかな…。

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疑似科学と科学の哲学とニセ科学

伊勢田氏の本を、再読中

疑似科学と科学の哲学 Book 疑似科学と科学の哲学

著者:伊勢田 哲治
販売元:名古屋大学出版会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

田崎さんの書評⇒Hal Tasaki’s -<log p>:擬似科学と科学の哲学

きくちさんの書評(感想と仰ってたかも)⇒捏造日記2003年2月(2/5分です)

科学とは、反証可能性があるものである、なんて、素朴な考えを持っている人は、この本を読んだ方が、良いのではないかと思います。事は、そう簡単じゃ無いですね。当たり前ですが。

読み易いですよね。切り口も、他の科学哲学の本とは、ちょっと違いますし。

そういえば、きくちさんの日記にもある、高橋昌一郎氏の本も、面白かったですね。内容忘れたけど…(←何だそりゃ)。

そうそう、丁度昨日、ニセ科学関連で、とっても解り易い文章を見つけたので、ご紹介します。名古屋大学の、前澤宏一氏の文章(セミナーに用いたスライド)です⇒BasicSeminar(前澤氏のWEBサイト)

私が読んだ、科学哲学関連の本を、ご紹介。読んでも意味が解らなかったものは、載せませんが(笑)

科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる Book 科学哲学の冒険―サイエンスの目的と方法をさぐる

著者:戸田山 和久
販売元:日本放送出版協会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Book 科学の哲学

著者:野家 啓一
販売元:放送大学教育振興会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

科学哲学のすすめ Book 科学哲学のすすめ

著者:高橋 昌一郎
販売元:丸善
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Book 科学哲学

著者:小林 道夫
販売元:産業図書
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2007年3月14日 (水)

本物って?

カテゴリー、どれにすればいいか解らない…。

これも痛いニュース経由で⇒Ameba News|美輪明宏 スピリチュアル批判に「江原さんは本物」

2ちゃんねるの書き込みにもありましたが、

人を脅かしたり

と言っておいて、

「ニセモノは物凄い死に方をする」

って…。大体、「物凄い死に方」って何ですか?

しかし、バードは勇者だなあ…。

これは関係無い話ですけど、美輪さんのパフォーマンスは圧倒的なんですよねえ…。歌とか。鳥肌が立つくらい。

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本当に痛い

痛いニュースでチェックしていたのですが⇒J-CAST ニュース : TBSまた不祥事 2ちゃん映像「捏造」

TBSは今後「イメージ映像であることを明確に表示するよう厳しく指導する」としている。

これで済まそうとするのが物凄い。

報道で取り上げられるかな…。TBSのサイトには、上がって無いっぽいですが。そりゃそうか。

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2007年3月13日 (火)

理科教育で

事象の地平線::---Event Horizon--- :: 指導要領解説

むむ、ここまであからさまに、相対主義が主張されるのか。

小柴氏のお話は、成る程な、と思いますね。確かに、本質を突いている。

しかし、「自然の特性は人間の創造の産物」なんて載るとは…。

私が相対主義的言説を知ったのは、高校を卒業して大分後、ですからねえ。しかも、最初は、価値相対主義的考えとか、言語相対性仮説とかで、「ふむふむ、成る程」と思ったくらいで、自然現象にまでそれを適用するという言説を知った時には、驚いたものです。いや、それより前に、観念論的考えとかを見て、「ほー、こんな考えもあるのか」とか思ったりした事もありますが、自然科学の論理を学んでいくと、実在論に落ち着いたのでした。

しかし、こういう考えを、小学生から教えるのは、まずいのではないでしょうか。しかも、理科についてですし。コメント欄で田部さんが仰った様に、どういう根拠かが解らないです。

でも、こういうエントリーを見て、素朴だとか、実在論も一つの世界観に過ぎない、と考える方も、おられるのでしょうね。しかし、自然科学を教えるのに、相対主義的世界観を同時に教えるというのは…。しかも、それがスタンダードであるかの様に主張している訳ですよね。そうなんですか?

前にも、全く同じ様な話が、川端裕人さんのブログで取り上げられたんですよね⇒リヴァイアさん、日々のわざ: 理科教育に入り込んだ(?)、「現代の科学観」という名のトンデモ

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2007年3月12日 (月)

爽快だあ

PSJ渋谷研究所X: よいものを見たのでおすそわけ経由⇒教育の窓・ある退職校長の想い:育つ初任者(9) パワフル算数! - livedoor Blog(ブログ)

ああ、素晴らしい。

頭の中が、洗われていく様な気分。とても気持ちが良いです。

ホント、微妙な文章を読んだ後に(←又、こんな余計な事書いて…)これを見て、良かった。感謝です。

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メモ:ゲーム脳が仮説から脱却するには

ちょっと視点を変えて。例によって、走り書き。整理されていないし、重複部分もあります。

  1. 脳機能イメージングによって、高い確度で認知症が診断できる事を、論証する。
  2. ゲームによって、同様の脳活動が見出される事を、論証する。
  3. 或いは、ゲームプレイ時間と、認知機能に関する心理尺度のスコアとの相関関係を、論証する。
  4. ゲームプレイ中に賦活しない事が見出されたとすれば、それが恒常的である事を論証する。
  5. あらゆるゲームにそれが見られるか、それとも特定のゲームで起こるかを、論証する。
  6. あらゆるゲームで起こるならば、そこに共通する要因を見出す。
  7. 特定の種類のゲームで起こるとするならば、普及しているゲームの大部分が、それと同様の特性を持っていなければならない。そうでなければ、ゲームをやると脳機能が低下する、という仮説が成り立たないからである。
  8. ゲーム以外では起こらない、或いは、ゲームプレイによって著しく起こる事を論証する。そうでなければ、「ゲーム」を術語に含めるのが不適当だからである。

せめて、これくらいは、やって下さいね。

そもそも、ゲーム脳に定義がありませんからねえ…。森氏のロジックは、認知症がイメージングの結果によって診断出来るらしい→ゲームをやると、同じ様な結果になるらしい→ある脳波の状態を「ゲーム脳」と名付けた→ゲーム脳人間は、色々問題がある(悉く主観)。というものですから、論理的に批判する事自体が、難しいんですよね。

端的に書けば、脳の「機能が低下」する事を「ちゃんと測れる」方法を用いて、それが「ゲームによって」引き起こされる事実を見出して、「ゲーム以外では起こらない」と論証しなければ、ならないのです。

ところで、『ゲーム脳の恐怖』をお読みになっていない方の為に、本の腰巻に書かれている文章を引用します。※著者がその内容に関わっているという事では無いでしょうから、本そのものへの批判と取って下さい。

テレビゲームが、子どもたちの脳を壊す!

脳波データの解析で、その恐ろしさが明らかに。

まあ、これ程あからさまに、特定の文化を否定するものも、そんなに無いでしょう。駄目ですよね、どう考えても。

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わざわざ書く事でも無いけど

最近poohさんと議論(と言っていいのかな)している方(osakaecoさん)のブログと、そこのコメント欄を読んで、かなーり嫌な気分になったりしているのでした。エントリーのほうは、率直に言って、読解出来ない。何を主張したいかすら、全く理解出来ない。これは、私だけなんですかね。どの言葉が何を指しているのかが、さっぱりです。

algebroさんのコメント、あれは煽りか?

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2007年3月11日 (日)

苦言か

「マリオ」生みの親・宮本茂氏、安易な暴力ゲームに苦言|エンタメ|カルチャー|Sankei WEB

宮本氏の発言という事で、注目すべきですね。詳細な内容が解らないので、何とも言えない所もありますが。要約の仕方によって、ニュアンスも出てくるでしょうし。

色々な捉え方があるでしょう。2ちゃんねるでは、予想通りと言うか、宮本氏に批判的な意見も多く見られます。

追記:これは、記事の要約の仕方が違うとかいうレベルでは無いので、是非、コメント欄もお読み下さい。

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感動の仕方

cactus_f's bookmarks on del.icio.us経由⇒加藤典洋の21世紀を生きるために必要な考え方

うん、確かに、スピリチュアルに関しての部分、成る程、と思いました(水伝への言及は、ちょっとよく解らないです)。

そういう番組を観て、芸能人の生活史を知り、それを自分に重ね合わせて感動する、という事なのだと思います。だから、必ずしも(←これ大事。”両方いる”、という事です)、江原氏等の能力? に関して感動する、という訳では無いのですよね。質問者さん(銀河望遠鏡のBOOK-Cafe: 加藤典洋さんへの三つ目の質問)は、「危うく涙を流すところだった」と書いておられますが、多分、「引きずり込まれる」様な危機感を覚えたのでしょうね。自分が懐疑的に捉えている人が出演している番組を観て、不覚にも感動してしまった、という所でしょうか。そういう感覚は、よく解ります。たとえると、大嫌いな俳優が出ているドラマを観て感動「してしまった」とか、大嫌いな歌手の曲を聴いて「泣いてしまった」のと、同じというか(何か違う気もする…)。ネガティブに捉えていた対象に対して、「感動」という、肯定的な情動が起こってしまった時の、あの、何とも言えない感じ、ですね。

ところで、加藤氏の連載、ログも読んでみたのですが、なかなか読ませますね。結構面白い。加藤氏の事は、全然知らないのですが…。

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区別

昨日のエントリーについて、返答を下さっていますね⇒研究とか日記とか : 疑似科学(エセ科学?)とか

えっと、「外部に知られる」についてですが、Technoratiとかでブログ検索して、気になったものに言及しています。

やっぱり誤解なさっているかも。
ニセ科学に対する批判は、「科学らしさ」を標榜したり、科学的根拠があると広く信じられている説(だが根拠不充分な説)に対するものですから、民俗科学を現代の実証科学の視点から批判するのとは、ちょっと違う訳です。水伝にしろ、ゲーム脳にしろ、自然科学的に実証されたと主張されており、その点を批判されているのですから。

血液型性格判断については、能見親子等が、実証されたと主張しましたが、それを心理学者が追試2007年11月1日追記:追試、とは言えないかして、反証された訳です。勿論、性格をそもそも測定出来るか、という心理学的問いは成立しますが、それは又、別の文脈です。状況が大きく変わらなければ、性格もある程度一貫していると想定して、それは、性格検査では、ある程度の確度で測定出来る、と、私は考えています。人格心理学的には、色々な議論があるでしょうけれども。

まー結局は反証不可能性?ということでエセ科学ってことになってしまうんでしょうけど,反証不可能な理論って,実は人文系とかにはたくさんあるわけで。

前にも議論になりましたが(Interdisciplinary: 血液型性格判断はニセ科学 コメント欄)、反証不能だからニセ科学、という事では無いですね。ニセ科学は、「見かけは科学のようでも、実は科学ではないもの」(ニセ科学入門)であり、実証されていないのに、実証されたかの如く主張される説、の事です。血液型性格判断は、反証されているのに、実証されているかの様に思われている説(余りにも一般に流布されていて、そこに、明確な「科学性」がイメージされているとは限りませんが、血液型という生物学的因子をもって、性格を説明する、という考えですから、そこに科学的な根拠は意識されている、と見るのが妥当だと思われます。社会心理学等で、そういう実態を調べた研究があるかも知れません)、ゲーム脳は、そもそも主張する側が、充分な根拠を提出していないものです。水伝の場合は、現代科学と著しく整合性を欠く、或いは、価値観を自然科学的論理に求める、という所が、ニセ科学であると批判されている訳です。

人魂とかUFOとか占いとかのしょぼい仮想敵ではなくて

UFOはともかく、人魂とか占いを、「ニセ科学」批判の文脈で語る人は、いないと思います。上記の菊池氏の文章より引用します。

 一方、「ニセ科学」という言葉で超能力やオカルト、心霊現象、あるいは星占いのたぐいを思い起こす向きもあろう。この中で超能力(テレパシーや予知、念力など)については「超心理学」という学問分野まで存在するので「ニセ科学」と呼べるだろうが、オカルト・心霊などはそもそも「科学的」な外観を持たないので、ニセ科学とは呼ばない。オカルト信者自身、オカルトを「科学」とは考えていないだろう。

こういうものをどう扱うべきか、という事に関しては、科学者も、色々な態度を取るのではないでしょうか。それは、ニセ科学批判の文脈とは、異なると思います。私は、少なくとも、テレビ等で、ゴールデンタイムに積極的に流すべきでは無い、と考えていますが。

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2007年3月10日 (土)

対象が判然としない

研究とか日記とか : 疑似科学と科学

仰りたい事は、解らないでも無いんですけどね。大槻氏に対する印象は、私も同じ様なものですし。

疑似科学ではなくて、ニセ科学ですね。「疑似科学」は、ニセ科学批判者が使う「ニセ科学」と同義に用いられる事も、当然ありますが、区別されていない場合もありますね。

血液型占いにめくじらを立てなくても、と書いていらっしゃいますが、これは、血液型性格判断の事でしょうか。それとも、ワイドショーとかでやってる様な、今日の○型の運気はどうこう、というやつでしょうか。後者なら、私も、別に良いかな、と思わないでもないです(ランダムに割り当てられるだけでしょうから)。ですが、ニセ科学批判の文脈で扱われているのは、前者である訳で。それは、ABO式血液型で、その人の行動傾向を決め付ける、という部分がありますから、明らかに問題ですよね。要するに、差別に容易に結び付く、という事です。

”子供のままごとを見て「その泥団子は本当のご飯じゃないんだよ」って大の大人が横から言ってる感じ”という比喩は、当たらないんじゃないでしょうか。ニセ科学を信じるというのは、泥団子を本物のご飯だと思って呑み込む事に、等しいのですから。※この比喩が、「血液型占い」にのみ掛かっていて、「血液型性格判断」を指していないとすれば、話は変わりますが、その場合だと、ニセ科学について誤解しておられる、という事になります。何故ならば、「占い」は、そもそもニセ科学では無いですから。

後、

しかし,この疑似科学を攻撃する科学者のなかに,いまいち攻撃になってないようなことをネット上で発言されている大先生みたいなヒトも多い。

うーん、誰の事だろう、気になるなあ。ネット上でニセ科学を批判する科学者って(「大先生みないな」というのは、実名を出している事を示している)、そもそもそれ程多くないでしょうから、かなり限られてくると思いますが。「攻撃になってない」というのも、よく解らないなあ…。いや、純粋に、誰の事を言っているのかな、と思って。

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難しい話です

ジンルイ日記 2007年1月:■アカデミー賞の見識が問われる

こういう話があったのは、知りませんでした。

色々考えさせられました。

ここはこうではないか、という事すら言えない。余りにも知識不足だし、考えが、ちゃんと纏まらない。

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2007年3月 9日 (金)

最も苛烈な批判者たれ

corvoさんや柘植さんのご意見を伺って、評価する側の要求水準の高さが重要だ、という所に、共感を覚えました。

で、私は、それと共に、自己評価のレベルも肝心なのではないかな、と思います。つまり、どんな他人よりも、自分自身が、自分を厳しくチェックする、という。自己を客観視する事ですね。その様なメタな視点も、大切です。まあ、それが過ぎると、完全主義的認識に陥ってしまう危険性も、ある訳ですが…。

私は、大東流合気柔術の、故・佐川幸義師範に私淑しているので、木村達雄氏の『透明な力』に、強い影響を受けたのですが、それを読むと、佐川師範の、凄まじい「厳しさ」を、垣間見る事が出来るのですよね。全く妥協を許さない姿勢、一つの事に打ち込みながらも、他の研究を怠らない柔軟さ。そこに、感銘を受けました。

こんな事を書いてはいますけれど、言うは易く…、なのです。

透明な力―不世出の武術家 佐川幸義 Book 透明な力―不世出の武術家 佐川幸義

著者:木村 達雄
販売元:講談社
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悪い意味で真剣

以前の私の認識。

人間、自分が取り組んでいる事を真剣に勉強して、他には目を向けるべきでは無い。そうでないと、真の上達は望めない。

まあ、こんな考えを持った人が陥るのは、視野狭窄、独善、排他、不寛容、といった所です。狭い狭い。自分が何かに真剣に取り組んでいる、と確信する事によって、安心するのですよね。要するに、正当化の為の準備です。「一所懸命やった。それに時間を費やした。それでも出来なかったのだから、仕方無い」と。言い過ぎか。

積極的に他分野を学んで、そこから色々なものを吸収すべきなのですよね。それまで考えもしなかった事が論じられていたり、新しい視点を持てたりしますし。本当に認識力を高めたいなら、そうした方がよろしいと思います。

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2007年3月 8日 (木)

意欲低下か

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <学習意識調査>日本の小学生は中韓より「学ぶ意欲」低い

そもそも、学校で勉強するという事に対する考え方が、違うのかも。

で、元ネタはこれなんですが⇒財団法人日本青少年研究所:小学生の生活習慣に関する調査-東京・北京・ソウルの3都市の比較ー(PDFファイル)

「勉強のできる子になりたいか」の所を見ると、

1)そう思う―東京:43.1 北京:78.2 ソウル:78.1

とあって、毎日の記事にも書いてある通りなのですが、そこには、

2)どちらかというとそう思う―東京:33.1 北京:14.9 ソウル:16.2

とも書いてあって、合計すると、東京:76.2% 北京93.1% ソウル:94.3% となって、ちょっと印象は変わりますね。差が大きい事には変わりないですが。まあ、ちょっと細かい事ですが。「将来のためにも、今がんばりたい」も、「2)どちらかというとそう思う」を含めると、77.2%になりますし、「言われなくても宿題をする」は、65.7%で、「3)したりしなかったり」も含めると、84.4%です(ソウルも85.4%になる)。「先生に好かれる子になりたい」は、かなり低いですが、これは別に、そう考えるべきだ、という事でもありませんしね。4件法ですから、回答の見方によって、印象は、結構変わりますね。日本の児童は、「どちらかというと」とか、「ときどきする」を選ぶのが多い、という印象があります。

こういう調査は、社会的望ましさが意識される場合もありますし、”日本の小学生は中韓より「学ぶ意欲」低い”という見出しにする様な事かな、と思わないでも無いです。そもそも、「勉強のできる子にになりたいか」の回答結果を、「学ぶ意欲低い」に、結び付けられますかね?

この調査自体は、結構面白いと思います。そんな事も訊くんだ、という項目もあったり(笑)

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ロールプレイング?

これは、森昭雄氏が批判される際に、よく触れられるのですが、森氏は、ゲームのジャンルも、ろくに把握していないのですよね。『ゲーム脳の恐怖』を未読の方もおられると思うので、引用します。

 ロールプレイングゲームにもいろいろな種類がありますが、前頭前野の活動を増大させたソフトは、単にファンタジー的なものではなく、ホラー映画のような、スリルと恐怖感を抱かせるものでした。自分が敵にみつかって殺されないように敵陣に進入し、相手を威嚇しながら画面上で突き進んでいくというゲームだったのです。(P104)

ゲームをしない人にはピンと来ないかも知れませんが、よくやる人は、「この人は何を言ってるんだ?」となると思います。勿論、各ジャンルを厳密に定義するのは、大変難しいのですが、共通了解として、「ホラー映画のような、スリルと恐怖感を抱かせるものでした。自分が敵にみつかって殺されないように敵陣に進入し、相手を威嚇しながら画面上で突き進んでいくというゲーム」、というくだりを読んで、「ああ、RPG(ロールプレイングゲーム)ね」、と感じる人は、いないでしょう。恐らく殆どの人は、『バイオハザード』の様なゲーム(ジャンルとしては、「アクションアドベンチャー」等でしょうか。RPGに含める人は、いないでしょう。バイオハザードで、HPとか、各パラメータを数値で表したりしたら、「アクションRPG」にはなり得ますが、RPGの典型例としては、ドラクエやFFでしょう)を、イメージした筈です(実際に何を用いたかは不明。情報希望)。

まあ、「単なる勘違いかも知れないし、それ程本質的な問題では無い」、という見方もあるかも知れませんが、ゲームプレイの脳に与える影響を研究すると主張するならば、その程度の知識くらいは、当然、身に着けておくべきだと思います。

これは何度も書いていますが、「ゲーム」が与える影響を調べるのなら、ゲームそのものを分析するべきです。もし、ジャンルを全く問わず、ゲームに普遍的に共通する要素が悪影響を与えると主張するのだったら、それを明らかにすべきです。しかし、森氏は、ゲームによって差があると、自ら言っているのですよね(最近の、DSに関する発言にしても)。そういう所も、矛盾している訳です。

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上にも書きましたが、ジャンル分けは、難しいですよね。『モンスターハンター』シリーズは、「アクション」ではあっても、「RPG」に含める人はいないでしょうし、『ゼルダの伝説』シリーズの場合は、もうちょっと曖昧ですね。シリーズのどれを見るかによっても違いますし。『聖剣伝説』シリーズは、アクションRPGと捉える人が多いでしょう。色々な要素が絡み合って、認知されるのですよね。いわゆる「ストーリー性」を重視するかにもよるでしょうし、そもそも、メーカーの発表の影響も受けるでしょう。そういった意味で、大変曖昧です。ただ、『探偵 神宮寺三郎』シリーズをアクションと考える事はあり得ないし、『バーチャファイター』をサウンドノベル(これはそもそも、テキストと音声をベースにしてグラフィカルな情報を制限して、プレイヤーの想像に任せる、というコンセプトな訳ですから)と見る事も、あり得ません(笑) そういう意味では、はっきりと区別出来るものも、あります。

そう言えば、昔は、『グーニーズ』(古っ)なんかを、「アドベンチャー」と、言ってませんでしたっけ? 記憶違いの可能性大、ですが。

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2007年3月 7日 (水)

偏った見方かも知れないけれど

poohさんの所にも、似た様な事を書きましたが。

理系白書ブログでの、元村氏に対する批判。私は、穏当な部類だと思っているのですよね。

と言うかですね。柘植さんやJosephYoikoさんや、他の、高い知性と幅広い知識を持った専門家の方々が、「わざわざ」忠告している訳です。JosephYoikoさんのコメントなんかは、確かに超辛口ですが、単なる誹謗とは、全然違いますからね。必ず論理的な批判が含まれている。これって実は、かなり「ありがたい」事だと思うのです。おかしな所とかを、チェックしてくれているのですから。あちらのコメントを見ると、元村さんが誹謗中傷を受けている、みたいに捉えている方も、おられる様です。

元村さんは、批判に対して異論があれば、反論すれば良い、と思うのですよ。そうじゃなくて、いつも、はぐらかす様な書き方や、無理に一般論に持っていこうとなさるのは、如何なものかと感じるのです。

理系白書ブログ: メディアと科学

男社会で第一線で活躍中の”おんな”に対する”できないおとこ”の嫉妬、やっかみ、いじめ、の形を変えたものでは?・・・・・はうがちすぎでしょうか(3月6日 14:05の、遅れ痴さんのコメント)

こんな考え方をするんですねえ…。こういう、いかにも「無意識」を問う様な物言いは、ダメダメです(柘植さんのレスの様に答えざるを得ないので)。

※「忠告してるんだから感謝すべきだ」、と言っている訳ではありません。

※元村氏への批判というより、理系白書ブログに寄せられるコメントの一部を読んで、思ったりした事を、書きました。

※これは、理系白書ブログの最新のエントリー(「再び大阪」)を読む前に、書いたものです。

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2007年3月 6日 (火)

脳トレ批判

以前もご紹介したブログに、かなり興味深いエントリーが上がっていました⇒大「脳」洋航海記 » 脳ブームへの懸念:Nature NeuroscienceのEditorialより

こちらも興味深いです⇒『脳トレ』ブームと川島隆太さん:生命の理解、そして「理解」の理解。冗談を休み休み言いたい。 - 批判力を鍛える大人のおもちゃ

やはり、専門的に勉強されている方の分析は、とても、参考になります。

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意図的では無いにしても

子どもを守る有害サイトフィルタリング | Yahoo!あんしんねっと

有害サイトから子どもを守ろう! - Yahoo!あんしんねっと

「2005年12月 Yahoo! JAPAN調べ」(リンク先より)なのに、「39.4%の子どもが有害サイトに遭遇」と書くのは、ちょっとミスリーディングな気も、しないでも無いです。

せめて、判り易い場所に、サンプリングの仕方なんかを書く等すれば、色々検討出来て、良いと思うのですけれど。「見たくないページ」というのも、具体的にどんなページなのか、解りませんし。例がありますが、もっと詳細に知りたいですよね。そもそも、リンク先で挙げられている例は、子どもが好んでアクセスしたケースですよね。冒頭の設問とは、ちょっと意味合いが違う様な。(保護者が)「見せたく無い」と、(子どもが)「見たく無い」は、全然異なりますし。

勿論、子どもが、その手(曖昧な表現ですが)のサイトにアクセスしてしまわない様に、色々方策を考えるべきだとは思いますが、その場合、客観的なデータを基にする必要があるのではないかと思います。

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一番目のリンクでは、

有害サイトを見てしまった経験のある子ども

二番目のリンクには、

インターネットをしているときに、見たくないページが出てきて、イヤな思いをしたことがある

という設問だったと書いてあります。この設問(「見たくない」という、曖昧な問い方。設問がこの通りだとすると、主観が入り過ぎる。設問の要約だとすると、説明不足)だと、有害サイト(リンク先に説明あり)に含まれないものも、入ってくると思うのですが。いや、詳しい内容が判らないので、あくまで推測ですけれど。

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敢えて科学論で

corvoさんのブログで知ったのですが、と学会の例会で、

が(笑) 紹介されたみたいです。

コメントで、耕ちゃん さんも仰っていますが、ここはひとつ、京アニクオリティで…。

イメージキャラを見ていると、桃井はるこさんの声が脳内で生成されるのは、私だけですかそうですか。

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2007年3月 5日 (月)

どっちもどっち

受身 - 一 樂 庵 - 楽天ブログ(Blog)

いくつか思った事。

何で、「合〇道」なんて、変な伏字の使い方をするんでしょうね。意味不明。検索回避か?

合気道の人。何故受身が違うかとか、ちゃんと説明したのですかね。いや、読んだ限りでは、頭ごなしに否定した様に思われますが。

柔道の人。柔道の価値観で合気道の技術を判断していますね。まあ、売り言葉に…、という面もあったのでしょうけれど。

そのためこの受身に関しては、柔道を修行している方には絶対に敵いません。

これはどういう意味なのでしょうね。柔道は試合があるので、型稽古より自由度が高いから、より多彩な投げを、充分な予測が出来ない内に掛けられる。従って、とっさの状況に応じる受身の技術も高くなる、という事でしょうか。柔道選手の受身の技術が高いというのは、ある程度言えるとは思いますけれど。「絶対に適いません」というのは、よく解らないですね。

それなのに合〇道の先生はその受身を否定してしまったわけですから。

教え方はともかくとして、新たに別の武術に入門するのですから、ある程度従うのは、当然だと思うのですが。

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2007年3月 4日 (日)

100%忘れる? 詭弁 15分

SSTさんに頂いた情報で、以前ご紹介した、森昭雄氏の講演会に参加された方の記事に、追記があったのを知りました⇒たこの感想文: 潜入! ゲーム脳洗脳セミナー!!

これは貴重な情報ですね。引用します。

 本文にも書きましたけれども、いきなり司会の男性の紹介から「ゲームの悪影響を」と始まり、幼稚園協会会長は「教育に生かして欲しい」と挨拶。さらに、講演後にも肯定的な言葉で締める、と完全に好意的に扱っていました。もしこれが「こんな考え方もある。自分で判断して欲しい」という主旨ならば、もっと言うべき事は沢山あるはず。この内容が「こんな考え方があることを紹介する講演会」で通るのであれば、集会を行っての実演販売であるとかも通ります(実際、会場で森氏の著書を売っており、黒山の人だかりができていました)。流石に、このコメントには呆れました。

これは、理系白書(理系白書’07:第1部 科学と非科学/5 過熱、脳ブーム)の、

市教委は「(ゲーム脳という)考え方があることを紹介する講演会。判断は聞いた人にゆだねたい」と話した。

この部分を受けてのものです。まさに詭弁。

次に、”「15年間、ゲームを毎日7時間やってきた大学生は無表情で、約束が100%守れない」”の部分。ちょっと細かいですが、これについて感じる疑問。

  • ゲームを毎日7時間というのは、どの様にして調べたか。自己申告か。家族や友人に聞き取りを行ったのか。
  • 小・中・高時代に毎日7時間ゲームをするのは、時間的に、とても困難である。通学しながらも、それ程長時間行ったのか。
  • 毎日とは、文字通り「毎日」か。ゲームをやらない日はどの程度あったのか。
  • 「約束が100%守れない」とは、どういう意味か。約束を忘れるという事か。憶えていて守らないという事か。誰に対してもそうなのか。「100%」とは、「忘れる事がある(100%”は”守らない)」という意味か、それとも「守る事が無い(100%”を”守らない)」という意味か。
  • そもそも「約束」とは、何を指しているか。森氏との約束か。友人やアルバイト先、家族との約束にまで亘るのか。森氏と5回約束して5回忘れても、「100%」ですよね。

大体、「100%○○だ」、なんて、日常会話では、誇張表現として用いられるのが一般的、ですよね。普通、冗談でしょう。それを講演会とかで、真面目に紹介するなんて…。尤も、聴衆がどの様に受け取ったかは、よく判りませんが。

で、このエピソードは、森氏の話で、結構出てくるものですが、記事によって、表現が微妙に異なります。

  • たとえば私が調べたある青年は小学生のころから毎日7時間ゲームをやってきたが、約束はほぼ100%忘れる。アルバイトもゲームセンターで、就職はゲーム関連の会社を受けたが、すべて落ちてしまった。いまは音信不通」という。(携帯メールでも脳が壊れる? 拡大する“ゲーム脳”汚染
  • 脳波の検査をするといっても、約束をすぐに忘れてしまう。小学一年から毎日7時間ゲームをしてきた学生は、約束は100%忘れてしまう。(第6回読売NIEセミナー

森氏が、どれ程とんでも無い事を言っているかは、VOD Service:教職員登場・森昭雄教授「ゲーム脳からの解放」を観れば、よく解りますよ(13分30秒辺りに、「小学生の場合、ゲームは15分くらい」という発言あり)。

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2007年3月 3日 (土)

興味深い事例

『 「 水からの伝言 」 を信じないでください 』 - いつかどこかで - 楽天ブログ(Blog)

ちょっと、どの言葉がどの部分に掛かっているのかが、判りにくい部分があったので、誤読しているかも知れませんが…(ご指摘頂ければありがたいです)。

息子らは学校でそれが “ ニセ科学 ” であること、
単に科学的に正しくないばかりではなく、
道徳教材として何が問題であるか等、話を聞いていたそうです。

これは、学校において、「水伝がニセ科学である」と教えられた、という事ですよね。つまり、ニセ科学に関心を持っている先生がいて、それを(どういうかたちかは、判りませんが)取り上げた、という。

一方、その小学校の教員をしておられるお母さんは
『 道徳 』 の授業でそれを使うことを、どうしたものかと検討されていたそうです。
家で本を眺めていたところを息子さんが見咎め
学校で聞いてきたことをお母さんと話し合ったということです。

その息子さんは、自分が小学校の時、実際にその授業を受けたそうです。
「 あの時は僕も本当だと思ったもの 」 と言います。

これも、実に興味深い。小学生の時に(恐らく肯定的に)水伝の事を教わって、その後、水伝のニセ科学性を、学校で知った。そして、水伝を教材として用いようとされた、小学校の教員である親御さんに注意を促した、という事ですね。

「 あの時は僕も本当だと思ったもの 」

ここは、注目すべきですね。

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振り返り

以前から付けていた覚書(今は、このブログに書いています)を、ちょっと読み返してみたのですが、余りに酷い内容で、びっくりしましたね。

言葉の使い方が甘く、批判の仕方も的外れ。思弁的過ぎる所があり、独り善がりの部分も多々見られました。他人が書いた文章だと言われて読んだら、強く批判するでしょう。

あ、でも、今そう思うという事は、ちょっとは上達した、って事かな? それなら、まあ良いか。

何年か後には、ここのログを読んで、同じ事を思うのでしょう。そうなれば良いですね。

ブログの場合は、常に他人に読まれるので、かなり緊張して書いていますが…。

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2007年3月 2日 (金)

呼び方

Yahoo!ニュース - 西日本新聞 - 「オイ・ワイ禁止条例」構想 市役所へ賛否続々 佐賀・武雄市

うーむ、何だか凄いな…。

全く関係無いとは言いませんけど、わざわざそんな事を決める必要は、無いのでは。

と言うか、お互いの呼び方なんて、当事者同士が決めるものでしょう。

て、男性配偶者は、何と呼んでもいいのか?

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解りにくいテキスト。解り易い教え方

最近、某「マンガでわかる○○学」系の本を、手に取ってみたのですが、かなり微妙な内容でした。本の中で、類書に寄せられる批判を紹介して、その欠点を考慮して解り易く書いた、という意味の事が書いてあったのですが、それにしては、マンガと学習内容が、完全に乖離していて、「マンガ要らないんじゃ…」と思ってしまう内容でした。

入門書を書く人は、それを手に取る人の「解らなさ」を、もっと考えた方が良いのではないかと、思います。勿論、どんな人にでも解って貰えるテキストなどというのは、不可能ですが、それにしても、もうちょっと、手に取った人が、元々どの程度の知識で、どんな動機で読んだか、というのを、想像するべきなのではないかと。

私は、「解り易い」テキストというのに、とても拘る人間なのですが、多分、自分が、本を読むのが大嫌いだった事も、関係しているのでしょうね。「ホントに読む人の事考えてるのか?」と思うのも、しばしばです。

そうそう、それとは別に、「○○学入門」という本を読んだのですが、こちらも、元々その「○○学」が解っている人が読んで、「よく纏まっているな」と思われる様な内容でしか、ありませんでした。で、著者を見たら、上で取り上げた本と、同じ人だったんですねえ…(マンガの方は、原作者)。

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亀@渋研Xさんが、kikulogに、とっても良いお話を書いて下さっていますね(kikulog:今夜の視点・論点:亀@渋研X — March 1, 2007 @23:17:31)

お子さんの感動する姿が、目に浮かぶ様です。ああいうやり取りから、面白さに目覚めるんじゃないかなあ、と思います。

たとえば、竹ひごで円を作らせて、別の竹ひごを直径の辺りに当て、直径の長さに切る。そして、円を作っていた竹ひごをほどき、直径の長さに切った竹ひごと長さを比べる。そうすると、円を作った竹ひごの長さが、直径の長さの竹ひごの3倍とちょっとだ、というのが、はっきり、視覚的にも判ります。
そして、今度は、色々な長さの竹ひごで試してみて、実はそれ(円周と直径の比)は、どんな円でも同じになる、という事を考えさせれば、ある「普遍性」に気づく訳ですよね。それが「円周率」なのだという事をひとたび理解すれば、円周を求める公式を掴むのは簡単ですね。「2πr」とか「直径×円周率」とかをただ暗記するのでは無くて、「円周から直径を何回切り取れるか」という感じで憶えておけば、上に書いた例の記憶とも結び付いて、すんなり理解出来るのでは無いかと思います。
勿論、別に竹ひごで無くても、PCを使ってディスプレイに表示させても良いし、そこら辺にある輪ゴムを使っても良いと思います。
それが、工夫ですよね。

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2007年3月 1日 (木)

理系白書にゲーム脳

ついに、理系白書において、ゲーム脳が取り上げられました⇒理系白書’07:第1部 科学と非科学/5 過熱、脳ブーム

私は以前、どの様に取り上げられるかを予測したのですが(Interdisciplinary: 予測)、初めに予測した通りの内容になり、後から立てた予測は、はずれました。

さて、記事の内容ですが、私は、全く不充分であったと考えています。以下、ゲーム脳に関して書かれた部分を引用して、考察します。

単純明快なストーリーはマスコミに乗って広がり

マスメディアは時折、この様な、まるで、自分達が含まれないかの如き書き方をします。一因として、元村氏の記事があった事を、説明すべきです。あれ程指摘されたにも拘らず、その事には触れていません(後で、理系白書ブログのコメントに言及します)。

市教委は「(ゲーム脳という)考え方があることを紹介する講演会。判断は聞いた人にゆだねたい」と話した。

市教委のコメントですが、これは話になりません。この論法だと、どの様な暴論でも、「教育委員会主催・後援」において、流布される事が可能になってしまいます。聞いた人に判断を委ねるというのは、自分達がその説を支持している訳では無い、という正当化でしょう。では何故、その様な説を主張する論者に講演を依頼したのでしょうか。対象がどの様な評価を受けているかを調べるのは、余りにも当然の事です。

科学界からの声に森教授は「脳波を知らない人や、ゲーム業界の支援を受けている人の主張だ」と反発する。「電極を増やした精密計測も進めており、論文はいずれ書く」とも話した。最近になって「ゲームはいけない」との主張を「1日15分なら大丈夫。共存も考えなければ」と変えた。こうした一貫性のなさも不信を持たれる一因だ。

前半は、『サンデー毎日』の記事、後半は、まんたんウェブの記事(特集:脳トレ・DS“ゲーム脳理論”の森昭雄教授に聞く「良い効果の可能性も」 (まんたんウェブ))の参照でしょう。しかし、この書き方は、恰も、最近森氏が主張したかの様です。詳しく知らない人は、新たに森氏に取材をした、と誤解するかも知れません。脳波を知らない~、論文はいずれ書く(こちらは、もっと以前から言っていたはずです。記事なりが見つからないですが)、の部分は、昨年のインタビュー、「ゲームを一日15分」と言い出したのは、特に最近ではありません。余りにも、取材不足です。ゲーム脳に関して書かれた物に当たって書いただけ、としか思えません。

理系白書ブログ: 3月

こちらにある、一技術屋さんのコメントが、適切な批判です。

そして、元村氏のコメントです。

本当にそうだと思います。あの頃は科学記者として未熟でした。科学は万能・・・とまでは思ってませんでしたが、「いい加減な科学」が、自分の取材する範囲にあるとは思っていなかったところがありました。だまされるのは自分に科学や研究のバックグラウンドがないからだ、記者として失格だと思ったことが何度もあります。

 宗教団体による「クローン赤ちゃん誕生」報道も含めて、科学記者としての能力の限界を感じ、反省することばかりです。いくつかの失敗経験を通して、よい意味で「疑う」作法を学んでいるところです。
 「一技術者」さんにも、長い目で見ていただけたらと思うのですが・・・。
先ず、何故この内容を、新聞記事に書かないのでしょうか。一見、過去を反省している殊勝な態度に思えますが、無理に一般論に転換しています。「科学や研究のバックグラウンドがない」とは、どういう意味でしょうか。元村氏が指摘されているのは、ゲーム脳について、具体的な釈明をすべきだ、という事です。何故、「仄めかす」様な書き方しかしないのでしょうか。また、「長い目で見ていただけたら」という部分も、おかしい。これは、「記者としての見識が身に着くまで見守ってくれ」、という事なのでしょうか。駄目でしょう、これは。ある意味、「長い目で見た」から、ゲーム脳がこれ程蔓延した、というのも言える訳です。
正直な所、(ある意味予測通りだったとはいえ)大変腹立たしいです。ここまではぐらかすとは。今後、元村氏は、徹底的に批判されるでしょう。それも、仕方が無い事です。

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別次元

サッカー世界一になりたい人だけが読む本―RELAXED SOCCER Book サッカー世界一になりたい人だけが読む本―RELAXED SOCCER

著者:高岡 英夫,松井 浩
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読みました。

そして、本書に載っている、ジダン選手の写真の数々を見て、衝撃を受けました。

あんな凄まじい身体を見せ付けられたら、却って、やる気が削がれる人も、いるかも(笑) あ、でも、イチロー選手も以前は固まっていた、等の話も、ちゃんと書いてありますが(高岡氏の主張は、「からだには希望がある」ですから←同名の書籍あり)。

ところで、あの本に書いてある主張をまともに取り上げるサッカー関係者は、どれくらい いるのでしょうね。とっても大切な事が、書いてあるのですが。

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