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2007年2月24日 (土)

メモ:自己目的化

走り書きです。

そもそも、ニセ科学が「実証されていないのに実証されたかの如く主張される説」、「科学的根拠が無いのに、科学的だと広く認められている(誤解されている)説」である、というのを、事あるごとに、くどい位説明するのは、「ニセ科学批判の自己目的化」(昨日、コメント欄にも書きましたが、それが具体的にどういう現象なのか、という事も考えた方が良いかも知れません。よく考えてみると、余り意味のはっきりしない言葉です。※一応ここでは、「内容を詳細に検討せずに、誰かがニセ科学と言っているからそれに乗っている」、という意味で使います)を防ぐ為でもあるのですよね。要するに、「ちゃんと理解した上で言葉を使わないと、的外れになる」、という事を言っている、つまり、釘を刺している訳です。批判するからには、ちゃんと言葉の意味を押さえておきましょうね、という。

だから、ニセ科学を批判する事に対する危機感を持つのも、確かに意味はあるのだとは思いますが、それよりも、ニセ科学はこれこれこういう意味である、だから、○○はニセ科学と看做されているのだ、というのをきちんと説明する事が、大切なのだと考えています。

※「自己目的化」という字面からすると、「はっきりした根拠が無いのに、ニセ科学のレッテルを貼る」等してまで、何らかの説を批判する、とでもなるでしょうか。「自己目的」なのですから、批判行為そのものを目的とする、という意味ですよね。そこには、「内容を深く検討しない」という、ネガティブな意味も含まれているでしょうか。ちょっと、よく解らない所ですね。ニセ科学を批判する人が、わざわざそれらしい対象を探して難癖をつけ、満足する、という現象を想定しているのでしょうか。しかしながら、私が思うに、ニセ科学を批判する人は、楽しんで(というと、語弊があるか)それを行っている訳では無いし(嬉々としてニセ科学を論うなんて、想像も出来ないし)、的外れな意見があれば、それ自体を批判する、という事もあるのですよね(的外れなニセ科学批判を批判する)。又、「○○はニセ科学なんだって。知らなかったー。」という、いわゆる「批判を鵜呑み」にする人は、別に、「自己目的」なんて、積極性は持たないのではないでしょうか。となると、「批判の自己目的化」が、どういう現象なのか、いよいよ解らなくなってきます。

「ニセ科学」というのは、上に挙げた、ある程度はっきりした意味を持たされていて、その上、「科学と疑似科学の境界は曖昧」という前提がある訳ですから、その語を正確に使う事自体に、ある程度の認識力が必要とされるのですよね。

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コメント

「科学/非科学」の境界と同時に、非科学の中の「ニセ科学/疑似科学」の区分も重要でないかなあ、と最近は思っています。

「Aは非科学である」というのはただの指摘ですが、一方で、「Aは疑似科学か?、ニセ科学か?」というのは、Aが置かれた文脈に依存しているために、文脈の特定を省略した批判は誤解を招きやすい傾向があるのでは、みたいな感じがします。

http://8125.teacup.com/tyaco/bbs
Re: アマサイさま 投稿者:murak 投稿日: 2月18日(日)02時23分34秒

投稿: とりです | 2007年2月24日 (土) 08:51

自分のところで、琴子さんのエントリにかこつけてすこし自分のスタンスについて書いてみました。

とりあえずニセ科学批判は、かっこいいことではないですよね。最近他のブログに言及すると、うちのブログでもうろついている下司がそちらにも行きがちなので気が引けるし。

道化なりに真剣勝負、って感じの心境です。

投稿: pooh | 2007年2月24日 (土) 10:16

これは個人的印象なのですけれど、非科学が疑似科学ではなく、ニセ科学として受け取られているということが良く分からない場面で「ニセ科学だ!」と批判されているケースも多いような気がしているのです

http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1137495527#CID1172122466

投稿: とりです | 2007年2月24日 (土) 10:49

>■当記事は・・・。
>本来的には「プラスの言葉」の効用・・・etc・・を旨とするものであり、「水からの伝言」の科学的見地からの批判・無批判を目的とするものではありません。
>たねたね (2007-02-21 20:41:13)
http://ameblo.jp/taneichi-5910/entry-10025808905.html

>トンデモ本とは、単に中身が間違ってる本ではありません。著者の意図とは異なる見方で読んでみたら、とても面白い本のことです。UFO、予言、超古代史、さまざまな陰謀論……その広がりと内容は、読書することの楽しみとオドロキを私たちに教えてくれます。
http://www.togakkai.com/taisyou/index.html

投稿: とりです | 2007年2月24日 (土) 11:02

poohさん、今日は。

poohさんも書いておられましたが、ニセ科学を批判して優越感に浸る、というのは、私にも無いです。そういう状況というのも、想像がつきにくいです。

じゃあ、何故批判をするか。何ででしょうか。自分でも、はっきりとは理解していないです。これじゃあ、何かまずいぞ、という「感じ」と、実際にゲーム脳というニセ科学に関心を持っていた(非難される文化を愛好する者という点で、ある意味当事者に入る)個人的事情が、きっかけではありますが。

 >うちのブログでもうろついている下司
 >がそちらにも行きがちなので気が引け
 >るし。
この議論に余り関わっていない人の所にまで、行っていますね。ちょっとエスカレートしています。

投稿: TAKESAN | 2007年2月24日 (土) 12:04

>エスカレートしています。

今にはじまったことでもないような…

投稿: うま | 2007年2月24日 (土) 12:14

取り敢えず、アクセス禁止にしました。

投稿: TAKESAN | 2007年2月24日 (土) 12:25

「ニセ科学」の存在は、社会的不利益につながると僕は思っています。だからといって喜んで関わるなんてことはないです。できれば批判しなくてもよい社会になれば、どれほどよいことか。
僕は表現に関わる仕事をしていますが、様々な「ニセ科学」を観察していると「表現」ということを間違った方向に利用しており、人間の尊厳をないがしろにし、醜悪なものに感じます。
僕個人としては、まったく美意識に合わないという部分が、批判する動機かもしれません。

例の「下司」ですが、うちでは見つけるなり削除ということにしました。これ以上、コメント欄が汚くなっていくのが耐えられなかったです。
「美意識」になんの価値観も持たない人は大嫌いです。
アクセス禁止は賢明な判断だと思います。

投稿: corvo | 2007年2月24日 (土) 12:34

corvoさん、今日は。

 >できれば批判しなくてもよい社会にな
 >れば、どれほどよいことか。
本当に、そう思います。
批判者には、それぞれに動機があって、どういう「気持ち」で批判しているかも、様々だと思います。ただ、そこに通底するのは、corvoさんが仰る、「社会的不利益につながる」、という危機感なのでしょう。

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私自身は、あの程度の荒らしには慣れているのですが、他に読んで下さっている方々にとっても、甚だしく迷惑であると思われるので、やむを得ず、アクセスを禁止しました。

投稿: TAKESAN | 2007年2月24日 (土) 12:51

こんにちは。

うまさんの使っている意味での「自己目的化」とは違うと思うんですが、
「誰かに自分の気持ちをうまく伝えられない」という個人的な問題意識があって、それをある程度解決するための訓練という「自己目的」はありますね。

自分の気持ちを相手にきちんと伝えることができれば、ニセ科学の蔓延をある程度防ぐことができるとも思いますし(楽観的観測)、
「水伝」(水木ファンには検索関連で悪いことをしたなとも思いつつ)や「ゲーム脳」なんかに頼らず、自分の伝えたいことならある程度は自分で考えて伝えなよ、と身をもって訴えよう、という思いもあります。

ただし、これはニセ科学批判にかぎらず、人と対話する行為全般にわたる個人的なテーマですが。

投稿: No.4560 | 2007年2月24日 (土) 16:41

No.4560さん、今晩は。

 >それをある程度解決するための訓練
 >という「自己目的」はありますね。
これは、確かにあるでしょうね。
結局、一般的なコミュニケーションの仕方とかにも、繋がってくる事なのだと思います。批判をするという行動に、そういう目的が含まれているというのは、ありますね。

投稿: TAKESAN | 2007年2月24日 (土) 18:29

何かを批判しよう、批判したい、というのでは無くて、真面目に精確に、物事を考えてみようよ、という態度だと、私は自覚しています。他の方も、概ねそうなのだと、考えています。
と言うより、ニセ科学を批判する事自体に、何らかの快感なり優越感なりを得る、というのが、私にはよく解らないのですよね。「自分は賢く、ニセ科学信奉者はそうでない」と看做すと、前提しているのでしょうか。そうであるなら、わざわざ「ニセ科学批判」を手段にする必要も、独自のメリットも無い、と思います。

投稿: TAKESAN | 2007年2月24日 (土) 18:42

お邪魔します。
>ニセ科学を批判する事自体に、
>何らかの快感なり優越感なりを得る、
残念だけど中にはこういう人もいる感じがします。と学会ファンとかこういうタイプ多くないですかね?

と学会ファンはとんでも楽しんでるらしいですがこのとんでもを楽しむ人たちについては
以前からちょっと気になってます。


:こちらにはとりさんという方がいるんですね。私はToriですが紛らわしいかな。

投稿: Tori | 2007年2月24日 (土) 22:59

Toriさん、今日は。

論理的に、そういう人がいない、とは言えないでしょうね。

と学会の本は読んだ事が無いのですが、確か、対象は、「ニセ科学」を限定してはいなっかたのでは。よく知りませんけれど。

「笑う(象徴的表現)」という反応は、状況により、誰がやるかにより、メッセージを向ける対象により、有効かどうかは変わるでしょう。

--------

つかぬ事を伺いますが、以前、別のHNで書き込みされた事は、ありませんか?

投稿: TAKESAN | 2007年2月25日 (日) 12:19

私がニセ科学に興味を持つのはなんか変だ。
と思うのが理由。おかしなことがまかりとおる
ことの気持ち悪さというか。
他の方の動機も見てまわったことがあるんですがそんな感じだと思います。

個人的にはもうちょっと踏み込んで
なぜ誰も詐欺といわないのだろうとか。
と思ったりします。

残念ながらニセを楽しむという人も
結構多い気がします。
結局まじめに考えたりどうにかしないと
と考えることが面倒なんだと思います。

最初の頃とはたぶん違うハンドル
と思います。
私がこちらで書き込みするようになったのは
昨年末ぐらいだとおもいますが
その時は固定した名前が特になかったのでそれ以降はToriで統一してると思います。
同じ掲示板では名前は同じものにしてます。
名前が違ってる場合があるのは
他人のサイトに書き込みするようになったのは
つい最近なので名前が特になかったのが
理由です。

掲示板が違えば別の名前を使います。
昨年キクチ先生のところにも書き込みを
何度かしてますがこことは違う名前で
してます。

投稿: Tori | 2007年2月25日 (日) 19:27

キクチ先生×
きくち先生○

きくち先生のところは
科学の専門家でない人が
カキコミできる雰囲気がないので
参加することはあまりないです。

本当は今年からは
ニセ科学の問題には関心を
持たないようにしようと思った
のですが(あきらめ気分で)
あるあるの問題が表ざたに
なったのでまた考えるように
なってしまいました。

投稿: Tori | 2007年2月25日 (日) 19:43

こちらのブログには、複数のHNで書き込みをなさった、という理解でよろしいでしょうか。

出来れば、同一のHNでお願いします。
HNが別で文体も違う場合があると、ちょっと困りますので…。最近、色々ゴタゴタが起こった事もあり、確認させて頂きました。元々私は、自分の所への書き込みは、複数HNでも構わない、という考えですが、議論をする場合には、同一性が確認出来た方が良いので。

-------

詐欺と言われないのは、やる側が善意からの場合があるから、だと思います。

深く考えずに他を揶揄する、という事は、あると思います。だからこそ、どういう概念かを正確に理解するのが、必要だと思います。

きくちさんの所は、全員が科学者という訳では、無いかと。確かに、敷居が高い、という印象を持ってしまう事は、あるのかも知れませんが。

投稿: TAKESAN | 2007年2月25日 (日) 21:59

何か誤解されてるかもしれませんが
私がうっかり間違えてなければ
Tori以降はずっと同じです。
途中で変える事はありません。

議論の中で名前は変える事は
こちらのブログ以外でもありえませんので。

私はニセ科学批判者批判も
したいと思っています。
いわいるニセ科学批判の仕方になりますけど
これについてはまだ議論の余地はあるでしょう。

投稿: Tori | 2007年2月28日 (水) 21:50

Toriさん、今晩は。

いや、「Tori」さんで投稿される、以前の事ですよ。それ以降が統一されているのは、確認しております。私は、

 >以前、別のHNで書き込みされた事は、
 >ありませんか?
と書きましたので。うまさんと同一人物だ、と思っている訳では無いです(正直な所、そうかも知れない、と思った事もあるのですが)。

お気を悪くさせてしまったとすれば、大変申し訳無いのですが、あくまで確認として、伺った次第です。

---------

ニセ科学の批判の仕方を批判する、というのは、当然、議論されて然るべきかと思います。ただ、論点や概念をを明確していかないと、仮想敵相手の攻撃の様にもなりかねないので、注意が必要なのではないでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2007年2月28日 (水) 22:21

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