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2007年2月 3日 (土)

シンボル

Interdisciplinary: 展望に頂いた、ドラゴンさんのコメントを受けて。

もしかすると、的外れな意見かも知れませんが。

恐らく、ゲームに否定的な人は、それらの文化を、「子どもがやるもの」、言い方を換えると、「よい大人がやるようなものでは無い」と、看做しているのではないかと思います。「テレビゲーム」を、「幼稚」を象徴する記号と看做している、とも言えます。又、何の役にも立たない、という見方もあるかも知れません。

ゲーム脳は、それらの認識を正当化する装置なのだと思います。そもそもゲームに否定的な人は、森氏の言説に触れて、(潜在的にしろ)それが、自らの認識を客観的に証明する概念だと考え、「飛びついた」のだと思われます。で、そういう人は、たとえば「脳トレ」の様なゲームが出てくると、今までのゲームは駄目だったが、脳トレが出てきて、状況が良くなってきた、と考える、という事もあります。これも結局、権威に頼るという部分がありますね。

ゲームをやる人間として、自分の経験を振り返ってみると、ゲームは、仲間とのコミュニケーションを深めるツールであり、ゲームのストーリー、つまり、映画や小説と同様の、クリエイターの創造性が表現されたものを楽しむメディアであり、(結果的に)記号操作などを鍛え、論理的認識力を高める(あくまで経験的に、ですが)道具でもありました。そして、「大人に馬鹿にされる」文化でもあり、大人がやるものでは無いと、(こんな文章を書いているのに)私自身、思っていました。

メディアそのものメッセージ性というのは、「どの媒体で表現されているか」、という事実が形成するバイアス、と考えてよいと思いますが、今後、それがどの様に変化していくかは、なかなか予想しづらい所ですね。色々な分野の人の取り組み次第、だと思います。実際、川島氏の脳トレは、(過程はどうであれ)ゲームのイメージアップには、大きく貢献したと思います。それによって、「脳にも良いゲームがあるのだ」という認識は、ある程度は広まったと言えるでしょう(それが妥当かどうかは別にして)。もしかすると、教育目的で制作されたシリアスゲームが登場し、それが大きな成果を上げ、注目されるかも知れません。そうすれば、否定的な人も、評価を替えざるを得ないかも知れません。業界の取り組み、マスメディアの取り上げ方、等々が関わってくる、複雑な問題ですね。

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