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2007年2月20日 (火)

理科離れ。批判はネガティブ?

某ブクマ経由⇒参議院会議録情報 第150回国会 文教・科学委員会 第2号

これも、話には聞いていましたが、読むのは初めてでした。しかしこれは…。余りにもあんまりなので、ちょっと長いですが、引用します。

○松あきら君 ありがとうございました。まさに私もそのとおりだというふうに思います。
 ここに水を研究していらっしゃる江本さんという方が書いた「水は語る」という本がございます。心とか命とか、そういうものを理解するためにこの本を少し紹介したいと思います。
 まず、写真をごらんになっていただきたいと思います。両方からカラーの方もお回しいたしますので。(資料を示す)
 この写真は山梨県の三分一の湧水の氷結結晶写真なんですね。とてもきれいな結晶なんです。札幌の水道水ですとか名古屋の水道水、いろいろあります。
 そこで、これは実は、透明の瓶に精製水を詰めまして、いろんな言葉をその瓶に張るんですね。これは「ありがとう」という言葉を張った結晶、これは「ばかやろう」という言葉を張った結晶なんですね。それで、何とか「しようね」というふうに書いたのがこの上で、「しなさい」というとこの下になるとか、これだけではなくていろいろ出てくるわけでございますけれども、実験ではぶっ殺すとかむかつくとかいう言葉でもこの「ばかやろう」というのに近いような結晶が出てくる。音楽も実はここに入っているんですけれども、数え上げたら切りがないぐらいたくさんいろいろ実験で出ているんですけれども、やはり水も言葉がわかるのかしら。
 例えば、人の体の七〇%は水分だそうで、そうしますと自分の心だけじゃなくてそういう水分という面から考えてもいろいろな言葉にあるいは反応するのかな、こういうことも思うわけでございます。やはり安易に心を傷つけるひどい言葉が使われているとしたら、そういうことは単に心だけじゃなくて、いろいろなことからそれが起こってくる。
 そしてまた、学校の先生は、教師は授業をするわけですけれども、その教員免許を取得する過程では心理学というものは割合にさらっと通り過ぎているようでございます。今、カウンセラーは二千五百名ほど学校に配置されております。私もカウンセラーが非常に大事ということで申し上げているんですけれども、やはり学校の先生は、教えるということだけでなくて、一人一人の子供の生命状態を把握して理解できるようにならなければ本来いけないのではないかなというふうに思うんですね。
 アメリカのノースカロライナ大学では、落ちこぼれはなくせるといいまして、脳科学の成果を生かそうと頑張っている小児科のお医者様がおります。メル・レビーンさんという方なんですけれども、これは、従来の画一的な指導法では多くの子供たちが落ちこぼれになってしまう、生徒は一人一人みんな違うんだ、教師がその違いを理解すれば一人一人に合った指導ができるようになるとおっしゃっているんです。子供の学習したものについては、その脳に膨大な知識が蓄積されているのに現場の教師にその扱い方が行き渡っていない、つまり扱い方がわかっていらっしゃらない方もいるとこのレビーンさんはおっしゃっているんですね。例えば、子供の脳の発達に関する最新の研究は個々の事例の解決に役立つとも言っておられるわけでございます。この方は、以前なら養護学級に送られていたかもしれないそういう多くの生徒を教室で実際に助けることができたと体験を述べられているわけでございます。
 こういった脳の科学が教育の現場に役立つ、あるいは反映されるのであればこれも喜ばしいと。そしてまた、少子化がこれからはどんどん進むわけですから、一人一人の子供をしっかりと見ていただいて、教師がカウンセラー、臨床心理士だけに頼らないで、教師の仕事の一つとしてやはり適正な対応あるいは理解ができるようにならなければ本来はいけないのではないかというふうに思うわけです。
 そういった意味で、心理学あるいは脳の科学の専門知識を持たなくてはいけないと言っているわけではなくて、教員養成の中でそういった点も学べるような環境をつくる努力を行政はするべきだと思いますけれども、この点についての大臣の御所見を伺いたいと思います。
○国務大臣(大島理森君) まず冒頭に、この写真でございますが、拝見してみて、これはボトルに張るだけでこういうふうに変わるというのは……
○松あきら君 そうなんです。
○国務大臣(大島理森君) 科技庁にも命じてちょっと勉強を……
○松あきら君 ぜひ実験してみてください。
○国務大臣(大島理森君) はい。まじめにちょっとやってみたいと思います。ちょっと驚きでございまして、なるほどなと、こう思って見ております。
 まず、総論的に申し上げますと、今、先生がおっしゃったように、いじめとか切れるとか、あるいはさまざまな子供たちの犯罪あるいは問題というものに対して、情緒的にとらえてはならぬと私は文部省に参りましてから常々申し上げてきております。やっぱり科学的に分析するという側面を持たなきゃいかぬ、それから数字的な客観性も持たなきゃいかぬという一つの考え方を申し上げて、今起こっているいろんな事件とか問題点をそういう観点からもきちっと科学的にも分析しながら対応を考えるという、そういう時代に入ったということは同感でございます。
 その中で、特に心理学という問題につきまして、私どもも教員になられるそういう方々には、やはり知識ということを単なるデリバリーするだけではなくて、最後は子供たちの心を引きつけ、子供たちの心に先生の言葉が入っていかなけりゃならぬ。そういたしますと、子供たちの心理状況、こういうものがどういう状況になり、子供たちがこういう心理になったときにどういう行動形態をしていくかということを少なくとも先生の立場ではきちっと基礎的には踏まえなきゃなるまい。そういう意味で、おっしゃったように、我々は心理学の知識を先生になろうとする方々にはしっかりと身につけさせることの重要性を認識しております。
 そういう意味で、初任者研修において、その基礎を踏まえながら実際にカウンセリングというものをどういうふうにしたらいいか。このことは、カウンセラーだけではなくて一般の先生方にもしっかりその基礎論あるいは方法論というものを身につけて、心理やカウンセリングに関する内容などをきちっと取り組めるようにさらに充実をしていかなければならぬと、こう思っております。
 そういう意味で、そういう児童心理という側面での先生方の知識あるいは対応というものがますます重要になってくるのではないか、そのための対応をしっかりしていかなきゃならぬという思いでございます。
○松あきら君 私も実は次にその科学的なということを御質問しようと思っていたんですけれども、私もこのお水の実験を実際してみたいなと思うんですけれども、例えば授業の中で子供たちに、こういう人がいてこういう実験をしたらこうなったんだってよと、水でもわかるのかしら、このクラスでも一遍やってみようかとか、そういうことも子供たちが心というものを考える、あるいは命というものを考える一つの手助けになるのかななんという気がいたします。
 それから、今まさに先に大臣がおっしゃられたので私の質問と重なるというか、次に申し上げようとしていたことは、今本当にさまざまな社会体験あるいは自然体験、そしてボランティア、いろんなことで子供たちの心の情操を助けていきたいというのがあるんですけれども、その一方で私が申し上げようとしていたのは例えば低血糖の問題、子供たちが今飲み物ですとか袋菓子とか、御飯を食べないでこういうものを、間食ですか、残念ながらそれが主食に取ってかわろうとしているぐらい今の子供たちは飲み物ですとか袋菓子を食べているらしいんですね。そうしますと、そういうものに全部糖分が多量に入っている。含まれている。
 そうすると、糖分がたくさん入るとどういうふうになるかといいますと、低血糖になるそうなんです。要するに、砂糖を大量にとると低血糖になる。そうするとどうなるかといいますと、これを繰り返していきますと、いらいらが募り、頭痛がして疲労感が広がり、それが異常な行動の引き金になっていると、こういうことも指摘をされているわけでございます。
 もちろんこれだけではありません。食べ物の中にも、あるいはダイオキシンあるいは環境ホルモンあるいは空気、水、すべてそういうものも関係はしてくると思うんですけれども、要するにそういったむかつくあるいは切れる、異常な行動をするという中で、私はやはり科学的にしっかりと研究をして心の教育と両面でこれをぜひ進めていただきたい。これを申し上げようと思っていたんですけれども、再度よろしくお願いいたします。
○国務大臣(大島理森君) 実は、松委員は御承知でそういう御質問をしていただいたと思いますが、アメリカの中で今お話しされたような低血糖状態がいろんな形で子供たちに影響しているんじゃないだろうか、こういう長い議論があります。まだそのことについて、低血糖だから明確にそういうふうに切れるとかあるいはおかしくなるとかという、そこのところは依然として議論があって、WHOなんかでも、結論として糖が子供の行動や振る舞いを有意に変えるという仮説を示唆する客観的な証拠は余りないねというWHOの報告はあるにしても、いずれにしろ、先ほど申し上げましたように、食生活それから睡眠のあり方とか、あるいはその他子供たちを取り巻く食事から体力からそういうふうなものについてやはりきちっと分析をしなきゃならぬのじゃないか。
 そういう中で、我々は切れる子供の生育歴に関する研究というものを立ち上がらせて今やっております。その中に、例えば国立教育研究所に今やらせておるのでございますが、生徒指導、教育心理、発達心理、社会学、さらに公衆衛生、それから小児科の先生、こういうドクターの立場から、医学の立場から、あるいは精神科医、臨床心理士、そういうふうな医学的な観点からの分析も、いろいろな問題があるかもしれないと。プライバシーをきちっと尊重しながらも突っ込めるところだけは突っ込んで、やはりそういう問題に科学的知見をきちっと持った上で対策をとることの方が、いろんな御批判をいただくかもしれないけれどもむしろ国益に合うことではないか。こういうことで、具体的な事例の場合においてそういう多方面からの分析、研究を今させているところでございます。そういう問題が出て、結果としてこのようだといったら、またいずれ国会の場で御論議をいただくことにしております。
 何回も申し上げて恐縮ですけれども、情緒的におまえたちはしっかりしなきゃならぬと言うだけではこの対応にはならぬという思いは一緒でございます。

何というか、「自分は科学の事は良く解らないが、こういう話があるので調べてみてくれ。よろしく」と言わんばかりのこの認識は、駄目でしょう。

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水は何もいいひんでぇ~パート2|みずちの夢現

うーん、

だからといいそれを批判している人達を肯定しているわけでもない。批判から生まれるものはネガティブなものだけで、建設的に何かが変わっていくことはない。

批判はネガティブなものしか生まない、という認識は、改めた方が良いのではないでしょうか。おかしなものが出てきた場合には、放っておかずに、適切に批判するのが健全だと、私は思います。

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コメント

こんにちは。なんだか頭が痛くなるような国会審議ですね。まあ、国民が「国がやる事は自分の税金を使うこと」という意識がなくて、何でも「国にやらせろ」という態度だから、そこが選んだ代議士も、国民の税金でやっとってる科学者に「どんなくだらない思いつきで真面目に検討させれば良い」と思うのだろうけどね。なんていうかな、数年前に我々も国家公務員では無くなった訳だけど、その説明会で「ということは、我々はこれから先は『国民全体の奉仕者』でなくて良いのですね」と質問して説明者をたじろがせてしまったのは、私です(笑)。国民の代表である代議士が、「真面目に検討しろ」というならどんなくだらない事でも検討しなくてはならないのが公務員という立場ですが、こういうのを見ると「立場を離れて良かった」なんて思ったりもします。

批判というのはとても大事でして、量子力学に確率論が入るのが気に入らないアインシュタインが出した「EPRパラドックス」なんてのは、非常に優れた批判でして、「確率論が入るとこんなに変なことが起こることになる。だから違うんだ」と言いたかった訳だけど、物理学者が「確かに理屈上おこってしまうはずだな」なんてその起こりそうにない変なことを探し求めて1980年代に、実験的に起こることが確認されたりしているわけです。このあたり、きくちさんの方が詳しいけどね(量子テレボーテーションの基礎理論であるEPR相関という言葉までしか私は知らない)。

投稿: 柘植 | 2007年2月20日 (火) 08:51

柘植さん、今日は。

国会議員(松あきら氏)があの様なやり取りを行ったという事実に、ちょっとしたガックリ感を覚えたのでした。
水伝の場合は、駄目さ加減が余りにも強いですから、それを真剣に取り上げるべきだ、という認識は、驚きですね。

 >「EPRパラドックス」

相対性理論の啓蒙書なんかで、何度か読んだのですが、さっぱりです(笑) つい2日前にも読んだのに。
批判にも、誰が見ても的外れのものと、鋭く本質に切り込むものがある、と思います。そして、的外れな批判をしない為には、地道な勉強が必要ですね。

投稿: TAKESAN | 2007年2月20日 (火) 11:55

批判や反論と、非難や中傷って、どうして一緒にされてしまうのでしょうね。簡単に区別できない場合があるのは確かですが。
「建設的な批判というのは代案つきのものだけ」というのもありますね。「代案がついているかどうか」というのは、建設的か否かのひとつの見分け方ではあるでしょうけれども、どうしようもない代案だってあるわけですから、それだけで区別がつくわけではない。
最近流行の「二元論」「二分化」の問題ともからむのかもしれませんが、「条件分岐が2つ以上ある命題はたくさんある」ということって忘れられやすいのかもしれません。

投稿: 亀@渋研X | 2007年2月20日 (火) 13:55

酷過ぎますね…これは…。
水伝もそうですし、低血糖だとかについても否定的な意見の多い論ですよ、これは…。
大体、「むかつく」「切れる」って言葉自体が定義のない曖昧な言葉じゃないですか。科学的に検証云々ていうのならば、まず、その定義の確定、そして、ちゃんとした調査からしないとだめでしょうに…。
昨年9月に発表された、校内暴力件数で小学校が激増とか言っていましたけど、神奈川県だけで全国の4分の1を占めているような調査なんかじゃ参考にもなりませんからね。

http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/18/09/06091103.htm
参考にどうぞ。

「情緒的にとらえてはならぬ」って、ちょっと資料を見ればおかしいことに気づくものを無視して「悪くなっている」という前提で語る時点で思いきり情緒的ですって…。

投稿: SST | 2007年2月20日 (火) 13:57

亀@渋研Xさん、今日は。

 >批判や反論と、非難や中傷って、どう
 >して一緒にされてしまうのでしょうね。
本当に、そう思います。kikulogでも話に出ていましたが、「理屈を言うな」というのが、罷り通っている、と言うか。論理的で無い、余り考えられていない、的外れな批判をする事への戒めなら構わないのですが、論理的批判そのものをも、嫌ってしまう事があると思います。前に、ここに書いたのですが、「感覚重視」が、論理的・合理的認識軽視に、繋がってしまっているのかも知れません。端的に言って、両方重要だと思うのですが。

投稿: TAKESAN | 2007年2月20日 (火) 14:12

SSTさん、今日は。

 >大体、「むかつく」「切れる」って言
 >葉自体が定義のない曖昧な言葉じゃな
 >いですか。
そうなんですよね。たとえ、まともな研究で、操作的に定義されていたとしても、それが果たして妥当か、という疑問は出てきますしね。年代によって、これらの語への印象も、変わってくると思いますし。

 >参考にどうぞ。

SSTさんや遊鬱さんが、よく取り上げておられますが、この手の調査は、結構曖昧な場合がありますね。いじめの件数の問題も、話題になりましたね。

しかし、水伝を実験してくれ、ていうのは、あんまりですよねえ…。

投稿: TAKESAN | 2007年2月20日 (火) 14:22

こんにちは、亀@渋研Xさん。

>「建設的な批判というのは代案つきのものだけ」というのもありますね。

必ずしも代案がなくても、「問題点を明確に指摘する」批判であれば建設的にはなれる訳です。その問題点まで「自分で探せ」だと、さすがに建設的にはなれない気がしますね。

私は学生時代「錯体化学」と言われる分野の研究室にいたのですが、この分野の開拓者であるウェルナーという化学者の話を先生から良く聞かされた訳です。なにせ、ウェルナーから数えて先生たちの年齢が孫世代にあたる程度に「新しい分野」だったものですからね。

ウェルナーは27歳で、無機化合物には「配位結合」というそれまでは考えられたことのの無い結合があるという論文を発表する訳です。それに対して、大物の学者が「この化合物は君の配位結合説では説明出来ない」とか批判して、若いウェルナーはそのたびに実験をして、配位結合の存在を証明して行くわけです。そのためノーベル賞を受けた時にはほとんどの無機錯体の配位結合は証明できていたという話です。つまり、「錯体化学」という今では何千人もが研究している分野の骨格をウェルナーがほとんど作り上げてしまったわけです。彼がそこまでの偉業をなしとげるのには、「これが説明出来ない」という批判は重要な役割を果たしている様に見えますね。

投稿: 柘植 | 2007年2月20日 (火) 17:55

確かに、お二方が仰る様に、代案無き批判は駄目な批判とは、言えないと思います。柘植さんの言われる”「問題点を明確に指摘する」批判であれば建設的にはなれる訳です。”が重要だと思います。
真っ当な批判に対して、「代案が無いのに言うな」という、批判を躱す戦術として、用いられる事があるのかも知れません。

投稿: TAKESAN | 2007年2月20日 (火) 18:05

ちょっとややこしい日本語でした。
 
 >確かに、お二方が仰る様に、代案無き
 >批判は駄目な批判とは、言えないと思
 >います。
これは、「代案が無い批判が駄目な批判という訳では無い」、という、亀@渋研Xさんと柘植さんの意見に賛成、という意味ですね。

投稿: TAKESAN | 2007年2月20日 (火) 18:09

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