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2007年1月31日 (水)

展望

適当に考えてみました。

「ゲームの進歩」、というのを想像してみると、それは、大きく、高画質化・高音質化、そして、入力デバイスの形態の変化、に分けられると思います。この内、画質と音質については、想像がつき易い所です。グラフィック面では、フォトリアリスティックなものが追求され、より精緻になっていくでしょうし、音質は、オーディオ技術の発展を、そのまま取り入れていくでしょう。それは、一つの方向性ですね。では、入力形態はどうなるでしょう。現在は、Wiiが、赤外線ポインタと加速度センサーをリモコンに組み込み、二つのリモコンを同時に操作するという、新しいゲームスタイルの可能性を拓きました(それを標準デバイスとした点が大きい)。この先は、どの様な展開が考えられるでしょう。もしかしたら、現在バイオメカニクス研究や3DCG制作で用いられているレベルのモーションキャプチャが安価になり、ゲーム用のデバイスとして採用されるかも知れません(場所の問題あり)。フォースプレート(圧力板)を用いて、荷重を入力信号とするものが、現れるかも知れません(より精緻なものが、という意味です)。その様な入力機器と、それらからの信号を充分に処理出来るハードウェアが安価で供給されれば、極めて多様な情報を入力出来るゲームが、誕生する事になります。

こういった事を踏まえると、ゲームの進歩というのは、近い内に、「行き着く」と考えられます。そうなると、私達は、「ゲーム」に、何を求めるでしょうか。私達は、少なからず、ゲームに対して、「技術の進歩の反映」を期待する所があると思います。ある程度先が見えた所で、皆がゲームに「飽きる」か、それとも、ある時点で、メディアとして完成形と看做されて、安定した状態になるか。或いは、徹底的に人工現実を求めていくのか。

果たして、どうなっていくのでしょうね。結局、売れなければ話になりませんから、ユーザーが何を求めるかというのが、大きく関わってくるでしょうね。現在大学で研究されている様なVR(AR)技術が、ゲームに取り入れられたとして、それを受け容れるかどうかは、よく判らない所ではあります。

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「ゲーム論」カテゴリの記事

コメント

TAKESAN、こんばんは。
 
私は、ゲームはあまり詳しくありませんので、違っていたらご容赦ください。
 
>ある時点で、メディアとして完成形と看做されて、安定した状態になるか。或いは、徹底的に人工現実を求めていくのか。
昔、メディア論とかコミュニケーション論に関心があったので、アランケイなんか読んでいました。当時、計算機と思われていたコンピュータをメディアと発想したのは、すごいことだと思います。
そんなわけで、実際どうなるかイメージできませんが、これからのビデオゲームは、メディアの概念を広げてしまうんではないかと思うのです。
車を発明したとき、物を運ぶ手段しか考えてないはずですが、ドライブという新しいレジャーが生まれました。
そんなふうに、ゲームとして進化してきた技術が、いろいろなものの境界を薄めて、新しい概念ができるのではないだろうかと思ってみたりもします。
具体的には思いつきませんが、オンラインゲームの方法を応用すれば、新しいコミュニケーションができるように思います。

投稿: ドラゴン | 2007年2月 1日 (木) 19:55

ドラゴンさん、今晩は。

私も、ちょっとした趣味、という程度ですので(笑)

ゲームは、色々な可能性を秘めているメディアですね。シリアスゲームは教育目的にも使えるでしょうし、大学で、研究も進められているようです。当然、オンラインゲームも、益々広まるでしょう。オンラインゲームは、ゲーム性と、他のプレイヤーとのコミュニケーションを組み合わせたものという、新しい形態ですね。今までのゲームとは、やはり一線を画するものと言えるでしょう(最近出てきた、という訳ではありませんが)。

メディアそのものの発展と、それが何に使えるかという目的の、両方を考えていくべきなのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2007年2月 1日 (木) 20:51

TAKESAN、こんばんは。
 
昨日は、TAKESANの「メディア」という記述に触発され、何か頭に浮かんだのだけど、思いつきそのままで書いてしまいました。
メディア論で有名なマクルーハンに「メディアはメッセージである」という言葉がありますね。
メディアは、そのものもにメッセージ性があるということです。例えば、性器の写真が掲載されいても、教科書では学術的になりますし、エロ本では、そのままの意味ですね。不真面目な教科書をつくろうとしても、教科書自体に「教科書」というメッセージがあるので、真面目なものとして理解されてしまうのです。
さて、ゲームをメディアとしてとらえたとき、そこには、どんなメッセージがあるのでしょうか。そこがよくわからないのです。
ただ、ゲーム脳支持者は、ゲームには否定的なメッセージを読み解こうとします。まったく同じものであっても、教科書の付録の教育ソフトとして、ゲーム脳支持者にあたえると、きっとよい脳波がでるでしょう。そんな気がします。
ゲームがメディアとして進化していく可能性は大きいと思いますが、それ自体がもつメッセージはどう読み解かれていくのでしょうか。

投稿: ドラゴン | 2007年2月 2日 (金) 19:38

ドラゴンさん、今晩は。

すみません、レスを書いていたら、ちょっと長くなっちゃいました(笑)
なので、明日、エントリーに上げますね。

投稿: TAKESAN | 2007年2月 2日 (金) 20:46

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