科学者は適当だバイアスの形成
科学者に対して、ステレオタイプを形成して、馬鹿にしたりする要因として、「テレビでの印象」が挙げられるのではないかと思います。たとえば、芸能人の数日分の食生活を調べて、どんな病気になるかを適当に言って、不安を煽ったりする医師とか、木の絵を描かせてそれを見て、性格がどうのこうのと「分析」する心理学者もどきとか。そういうのを観ると、ある程度認識力に優れた人は、「それだけじゃあ、どんな病気になるとか、はっきり言えないんじゃない?」とか、「木の絵を見ただけで、性格なんか解る訳無いじゃないか。」とか思うのですよね。ですが、そもそも専門家は、そんな判断(軽々しく断定的に語ったりする事。ああいう場で、安易に投映法らしきものをやらせたりするのは、とても早計だと思います)はしない訳です。
で、テレビに出ていた科学者を観た人は、「何だ、科学者といっても…」という認識を形成してしまうのではないかと思います。恐らく、専門書を紐解いて調べようという人は少ないでしょうから、科学者に対するネガティブなステレオタイプが、作られていくと考えられます。
特に学問に興味が無い人に対して、心理学者のイメージを聞き取り調査する等すれば、典型的なイメージは、得られるでしょうね。マスメディアの流布する姿というのは、かなり利いているのではないかと思います。
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コメント
TAKESANさんが懸念しているのは、専門家が安易に中途半端な情報をマスメディアで流すことでしょうか。
そのへんは、マスコミ側の都合であったり、その科学者がいい加減であったり、どちらかってことになるんでしょうね。
僕としては、「ある程度認識力に優れた人」が「科学者は適当だバイアス」を形成するのはたいして問題にはならないと思います。
むしろ科学者の言うことは正しいというバイアスを形成することのほうが、専門家依存を引き起こしうるのではないでしょうか。
案外、一般の方のほうが「冷静」であったりもします…。
投稿: 慶 | 2007年1月13日 (土) 17:13
とはいえ、専門家は信頼性がなければいけませんしね…。
観る側、マスコミ、専門家、三者が気をつけなければいけないってことですね。
投稿: 慶 | 2007年1月13日 (土) 17:42
慶さん、今日は。
>TAKESANさんが懸念しているのは、専
>門家が安易に中途半端な情報をマスメ
>ディアで流すことでしょうか。
この場合は、情報を安易に流す事(情報そのものの正確さ)と、科学者自身がネガティブなバイアスを形成する事(科学者集団への印象)、の2つですね。前者の弊害は、言うまでもありませんが、後者は、科学者が(誤解に基づいて)過小評価される、という意味です。適当な情報を流す事に協力していると、結局自分の首を絞めてしまうのではないかな、という。
たとえば、本文で挙げた様な医療を扱う番組等が、医学・医療不信を煽っている、と懸念している医療従事者も、かなりおられるみたいです。
>「ある程度認識力に優れた人」が「科
>学者は適当だバイアス」を形成するの
>はたいして問題にはならないと思い
>ます。
うーん、どうでしょうか。ここで、「ある程度認識力に優れた人」というのは、勿論、色々考えられると思いますが、社会的に影響力が大きいと考えられるが、科学には余り明るくない、という人も含まれますよね。作家でも政治家でも、芸能人でも。そういう人が、科学者のステレオタイプを語ったりするのは、余り宜しくは無いんじゃないかなあ、と思います。
>むしろ科学者の言うことは正しいとい
>うバイアスを形成することのほうが、
>専門家依存を引き起こしうるのではな
>いでしょうか。
これは、全くその通りであると思います。何事も、懐疑的に見るべきだと考えています。ただ、もし批判的な事を言うのであれば、せめて、当該分野について、ある程度調べるくらいはすべきですよね。結局、鵜呑みにしないのと、知ったかぶりをしない、という一般論になってしまいますが…。
投稿: TAKESAN | 2007年1月13日 (土) 17:53
やはり大切なのは、「自分が考える程度の事は、他の人も考えつく(ついた)だろう、と思った方が良い。それが謙虚さに繋がります
」、じゃないかと思います。そうすると、「自分はこう思ったけど、それは専門的には、どの様に考えられているのだろう。」となりますし。
投稿: TAKESAN | 2007年1月13日 (土) 18:06
あ、因みに、「科学者は適当だバイアス」は、私が持っていた認識を、説明してみたものです。本文にある、科学者や心理学者への態度も、実際、以前私が持った感想だったりします。
投稿: TAKESAN | 2007年1月13日 (土) 18:11
>後者は、科学者が(誤解に基づいて)過小評価される、という意味です。適当な情報を流す事に協力していると、結局自分の首を絞めてしまうのではないかな、という。
まったくもって同意です。
このことについては情報を提供する側が、正しいという信念を持っていることで、科学的に誤った情報であると認識していないことが考えられます。
それに対して誤りであると判断できる者、専門家、識者は異を唱える必要があると思います。それはその情報を発信する者が愚かである場合もあるし、その学問(科学)自体に問題がある場合が考えられますから、まず学問的な問題提起をする必要があります。
そしてマスコミ、情報を媒介する側は、もちろん専門家ではないので、情報を媒介して提供したことに対する責任は負うべきですが、情報の内容そのものに対する責任を負うことはできないと思います。
僕としては、医療なら複数の医療関係者とマスコミ、学問なら複数の学者とマスコミなどによる機関を設けて、VTRなどの検閲をすることで、視聴者への不適切な情報が軽減されるのではないかと、素人ながらに考えたりもします。
>うーん、どうでしょうか。ここで、「ある程度認識力に優れた人」というのは、勿論、色々考えられると思いますが、社会的に影響力が大きいと考えられるが、科学には余り明るくない、という人も含まれますよね。作家でも政治家でも、芸能人でも。そういう人が、科学者のステレオタイプを語ったりするのは、余り宜しくは無いんじゃないかなあ、と思います。
「ある程度認識力に優れた人」の定義が難しいのだと思いますが、TAKESANさんが言う政治家、作家、芸能人らのなかに共通するのは、「科学者を疑う者」ってことになりますかね。(科学者を嫌う者とはもちろん別です。)それ自体はバイアスであっても、視聴者や他の者に自己判断力を植えつけるよい機会になるように思います。
ここで問題にしなければいけないのが、視聴者、一般人が「科学者嫌い」になることです。物事を論理的、科学的、専門的に判断する技量が少ない場合や出来ない場合、やはり専門家の信頼性があってこそ、専門家に任せようという気になるのですが、ただ感情的に嫌いであると正常な区別がつかなくなりますよね。そこは教育の問題でもありますし、専門家が専門家としてのあり方の問題でもあります。
>ただ、もし批判的な事を言うのであれば、せめて、当該分野について、ある程度調べるくらいはすべきですよね。
これについては、調べられるなら調べるべきなんでしょうね。批判の内容に妥当性や信頼性が増すでしょうから。
投稿: 慶 | 2007年1月14日 (日) 20:24
慶さん、今晩は。
>正しいという信念を持っていること
>で、科学的に誤った情報であると認識
>していないことが考えられます。
いわゆる確信犯的、というケースですね。確信的にやっている場合と、計画的(ニセ科学的、と判っていて)にやっている場合、又、テレビだから適当な事を言っても良い(誤解されるかも知れないが、まあ良いか)、と考えているケースがありますね。たとえば⇒http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1143965799
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1143965799#CID1144125758
>「科学者を疑う者」ってことになりま
>すかね。
そうですね。それで、問題になるのは、科学者も当たり前の様に認識している事を主張して、科学者を批判したりする事ですね。たとえば、「科学は決して万能では無い」と言って、科学者を批判する等(そして、それを主張する根拠が薄弱な場合)。それを言う人が、ある程度影響力を持っていたりすると、科学者への誤解が形成されるのだと思います。
勿論、ここに書いているのは、「そうなる事があるだろうな」、程度の考えですね。喩えを出すと、倖田さんが水伝の話を出した際、少なからぬファンが、「良い話」と受け取った、という話がありますが、それくらいのカリスマ性を持っている人の意見の力は、かなり大きいのだと思います。
>視聴者、一般人が「科学者嫌い」にな
>ることです。
そうです。科学者の人格に対しても思い込みを持つ場合があるのでしょう。これが一番の問題だと思います。批判精神であれば良いのですが、単なる「不信感」であれば、やまりまずいですね。
投稿: TAKESAN | 2007年1月15日 (月) 00:53