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2007年1月10日 (水)

手間を掛けるのが良い事か?

まいまいクラブ - ネット君臨 : 掲載記事(1月9日)検索――コピー――ペースト by まいまいクラブ

いよいよ、書いてある事が、無茶苦茶になってまいりました。

山王直子院長は「画像に流れている情報を見るだけでは頭の中を素通りする」と指摘する。

「画像に流れている情報を見るだけでは」という日本語の意味が解りません。

危機感を覚えた弓山さんは、昨年度からゼミ生にブログの開設を指導した。公表しても恥ずかしくない文章を練り、他人からのコメントにも対応するうちに文章力が上がるのではないか。

あれ、手書きが良いとか、そういう話では無かったのか…。

だがその後、ブログをやめ、仲間内だけで利用できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に移る学生が続出した。彼らは「知らない人のコメントが怖い」「SNSなら気軽に書ける」という。

”彼らは「知らない人のコメントが怖い」「SNSなら気軽に書ける」という。”というのは、極めて真っ当な感覚だと思うのですが。つまり、他人の目を意識出来ている訳で。私も、コメントが入っているのを見ると、未だに少し、どきりとします。基本的に、批判的な事を書いていますから、反論が来ているかな、とか考えるのですね(それ自体は歓迎ですが)。そういうのがあるからこそ、好き勝手に書かない様に、自制が働くのでは。

コピー・アンド・ペーストの要領で紙に書き写し、語尾だけ「ですます調」に変えた。先生にほめられ、学年集会の発表者に選ばれかけた。「でも苦労して調べてないし内容も理解していない」。後ろめたくて断った。

こんなのは、今も昔もあります(手軽に出来る様になった、敷居が下がった、というのはあるかも知れませんが)。先生は、内容について、質問等しなかったのですかね?

図書館に駆け込み、入門用解説書を手に取った。「読みながら自分で書いているうちに頭に入った」
 考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。

ある分野について体系的な知識が、ある程度の分量纏められている、という点では、書籍はやはり、便利です。でも、今時は、WEBで手に入れられますけどね。紙で読みたければ、プリントアウトすれば良いだけですし。「考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。」って、何でしょうね。時間を掛けないと、考えたとは認めない、という意味ですかね。

ネットに頼り過ぎて、モノが覚えられない健忘症になる可能性はある。

そりゃあ、可能性はあるでしょう。無いなどとは言えません。「頼り過ぎて」という前提条件になっていますし。

ネット検索が便利になって依存し過ぎると、モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。無意識のうちに脳のこの部分をだんだん使わなくなってくる。

この部分、意味が全然解りません。検索が便利になる事と依存する事と憶える必要があるかどうかというのは、全部違う話でしょう。何故それが、繋げられているのでしょうね。大体、「モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。」とありますが、じゃあ、何の為に検索するのでしょうね。憶える必要が無いなら、そもそも検索しない様な気もしますが。小泉氏は、WEBで検索して、情報を比較検討し、妥当そうなものを選択する、という作業をした事が無いのでしょうか。そんな筈も無いとは思いますが。

オン・オフの作業だけ続けるのも危険だ。例えば筆ペンで文字を書く時は、きれいな字体にするのに、どの程度強く押したらいいかや字のバランスを考えて線を引く。つまり脳で感じながら書いている。一方、パソコンで書く時は、キーボードをたたくオンとオフしかない。まだ実証データ不足だが、二つの動作で脳の働きは明らかに違う。

この事は、よく言われますね。これが妥当なのかは、私はよく知らないのですが、どうなのでしょうね。認知科学等で、研究はありそうですが。ただ、「脳の働きは明らかに違う。」というのは当たり前ですね。具体的運動形態が違うのですから。問題は、記憶の仕方に明らかに違いがあるかどうか、だと思います。経験的には、字を綺麗に書こうなんて考えていると、憶えはよくないと思うのですが。注意資源を、ものを憶えるのに使った方が良いのでは。認知心理学的には、そうなるのではないかと(適当です)。字を丁寧に書くなら、それ自体を課目とすれば良いでしょう。そもそもキーボードというデバイスは、思考を素早く出力する為に発明されたものだと思うのですが。丁寧に字を書いている暇などありません。ただ、手書きと「字を間違い無く書けるかどうか」は、関係ある様な気もします。でもこれは、字を書く必要があるかどうか、という事ですからね。正確な形状を記憶したいなら、手書きなり、徹底的に目で見て憶えるなりすれば良い話です。結局の所、「文字の形状を正確に憶える」事に対する重み付けの問題でしょう。それと、記憶一般の能力とを結び付けるのは、余り妥当では無いと思います。←本当は、私も、心理学的な研究を踏まえて書くべきなのだとは思いますが。

そういえば、この連載、まだ「第1部」なのですよね。一体、この先どうなるのでしょうか。

ところで、私は新聞をとっていないので判らないのですが、まいまいクラブにある取材班の意見の様なものは、記事に載っているのでしょうか? 新聞記事ではネットの負の面を強調しておいて、ブログでは、功罪両方を考えなければならないと書いているのだとすれば、かなり問題だと思うのですが。

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コメント

これ、読んでいて、「ネット叩き」に強引に結び付けているだけ、というものが多く見当たりますね。

>ネット検索が便利になって依存し過ぎると、モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。無意識のうちに脳のこの部分をだんだん使わなくなってくる。

これ、検索して調べればすぐにわかるものって、覚えておく必要が無い物のように思いますね。
少なくとも、検索して調べるには、「検索の仕方」を覚えている必要があって、しかも、「検索した内容が正しいかどうか、妥当かどうか」を判断する為の知識がなければダメですし。
これを言い出したら、国語辞典や百科辞典でモノを調べるのだってダメってことになりますよね。

この記事をソースにして、国語辞典を出している会社に「脳を衰えさせるから、発行をやめろ!」とかクレーム出したらどうなるんでしょう?(笑)

投稿: SST | 2007年1月10日 (水) 18:54

SSTさん、今晩は。

記事で取り上げられている例にしても、それがWEBを使う様になったから、などとは言えないのに、そうであるかの様に書いてありますね。

極端な話になると、電子辞書を使うのは駄目で、紙の辞書を繰る動作が大切なのだ、となってしまいますね。そんな事を主張した人がいたような気も。

確かに、字を手書き出来なくなったり、といういのは、ありうるのかも知れませんが、それは、単に手書きしなくなったから、と言うのが妥当だと思われます。何故記憶力一般に繋げるのか、全然解らないですね。

仰る様に、すぐに検索出来て、常に使う必要の無い知識は、憶えておく意味も無い訳で、その分のリソースを、他の知識に割り当てる方が良いと、私は思います。

そうそう、よく手書きする人でも、字を正確に書けない人はいますね。結局、ウエイトの掛け方の問題じゃないかなあ。

投稿: TAKESAN | 2007年1月10日 (水) 20:07

いろんな意味で考えさせられますね。
特に、これからの新聞の存在価値。
ネットでもたくさんの情報が手に入る中、有料の記事を売って生活できるのは、なぜでしょうか。
まず、ネットを使えない人たちを相手に商売していることが考えられますね。そんな人相手にこういう記事を書くのは、どうなんでしょうか。
次に、よく言われるのが「信頼ある情報」です。ネットで氾濫する情報は信頼できない、記者が取材し、校閲記者の目をくぐった信頼できる情報だから価値があるのだと。
そうしてこの記事を見るとどうでしょうか。
識者や取材した人の話をまとめただけです。裏取りなどもしたのでしょうか。とてもそうは思えません。
例えば、
>国語力低下を感じたのは90年代後半になってからだ。ゆとり教育と並行してネットが普及した時期と重なる。
教育の専門の立場から言わせてもらえれば、内容が大きく削減された学習指導要領は、2003年実施です。このころ大学生ということは、小中学校時代は6年間のコマ数(1コマ45分)が史上最高と言われた指導要領の次に多いコマ数です。ゆとりの時間が新設されましたが、まだ学習内容は多いものです。
また、たとえ学力低下に決定的な出来事があったとしても、すぐに反映されません。少なくとも数年はかかります。
ネットによる影響があるとしても、学生の場合は、中学生か小学校高学年のころのものです。大学生になってネットに触って急に学力低下したというのはありえません。
そうなると、その学生に影響をあたえたのはなんでしょうか。パソコン通信?多くの中学生がやっていたとはとても思えません。
また90年後半頃のネット事情を思い出していただければ、今とはずいぶん違うことがわかるでしょう。今のネット事情で昔を語ってしまっているのです。
というように万事がこんな具合で、とても信頼のできる記事とは言えません。
北海道で書かれた牛乳有害説も、新谷氏の発言をそのまま記事にしたものでした。
毎日新聞は、その昔、西山事件というのを起こして、読者の信頼を裏切り、大変な目にあっています。それだけに信頼の大切さを知っている会社のように思いますが、ここのところの記事を見る限りは、そうとは思えませんね。
でも、実は、新聞も陰ながら応援しております。やはり多様性は大事です。ネットだけというのは、実は世界がせまくなります。ネット、テレビ、新聞、本といろいろあるのがよいのです。

投稿: ドラゴン | 2007年1月10日 (水) 20:52

ドラゴンさん、今晩は。

毎日新聞は、私にとっては、『脳内汚染』とゲーム脳を肯定的に紹介したという印象が、やはりとても大きいですね。にも拘らず、未だにこの様な特集を組んで、ネットの負の面ばかりを語るというのは、問題だと思います。

ネットに馴染みの無い層が対象なので、インターネットやWEBの成り立ちを紹介する様な特集を組んだ方が、余程有意義なのではないかと思います。

記事にある様な、学力低下を個人の経験から語るのは、傍証にしかならないと思います。それを一般化して、あまっさえ、WEBの利用と結び付けるのは、全く妥当では無いですね。90年代後半と言えば、まだ大部分が、ダイヤルアップでネットに接続していた時代ですね。利用者も、比較的高年齢の層なのではないかと思います。

あの特集、ようやく一部が終了したみたいですね。今後、どうなっていくのか、興味深い所です。

投稿: TAKESAN | 2007年1月10日 (水) 21:24

あれなんですよね。そもそも、漢字を正確に書き取れる能力が必要か否か、という、根本的な問題でもあるのですよね。まいまいのコメントを見ると、ワープロを使っていれば書き取りが出来なくなる、という意見がありますが、そもそも、それが必要かどうか、という視点も考えられるのですよね。そういう所も考察していかないと、駄目だと思います。手書きしていると、圧倒的に、出力の速度は下がりますが、それをどう考えるべきか、とか、考える事は、いくらでもありますね。

これは、経験を振り返って思う事なのですが、もしWEBを用いていなければ、知識量も認識力も、圧倒的に低いままだったと考えています。実際、こうやって皆さんとコミュニケーションして、情報をやり取りする事が、どれ程有意義であるか…。

投稿: TAKESAN | 2007年1月10日 (水) 21:42

これは、あくまでも私個人の経験談として書きます。

私の出身高校って、過疎地域のトップ校という妙な立場の学校なんですが、毎年、物凄い勢いで偏差値が下がっています。
理由は簡単で、地域の生徒数が激減しているからです。
単純に比較しても、私の中学生の頃の半分くらいしか、現在の中学生っていないんです。ところが、高校の募集人数って変わってないんです。
募集人数が300人で、地域の生徒が3000人ならば、上位1割しか入学できませんけど、2000人になれば、1割5分が入学できるわけです。当然、全体のレベルも下がる、と…。

90年代後半からって、丁度、団塊ジュニア世代が終わって少子化が始った時期ですよね。しかも、大学の学部・学科なんかの新設も相次いでいる時期。(特に私立などは)大学経営のために、入学者数は減らしていませんし、そう考えれば、全体のレベルが下がった、と言っても当然のような気がするんですよね。

あくまでも私の個人的経験を元にしているので根拠は薄いとは思いますけど、ゆとり教育のせいとかよりは、よほど説得力があると思ってます(笑)

投稿: SST | 2007年1月10日 (水) 22:24

学力低下というのは、とても難しい問題でしょうね。私は、余り知識が無いので、実際の所がどうなのかは、よく解っていないのですが。前に安原さんがブログで言及されていましたが、国際的な調査の結果だけで、低下したとはっきり言えるのか、という問題もあるでしょうし。

ただ、大学教員のブログ等を見ていると、実感として、学生の知識は下がっている、というのはあるみたいですね。確かに、経営的には、一定数の学生を確保しなければなりませんから、結果的に、学力が低い人も受け容れなければならないという事情もあるでしょうね。そういう意味では、教員の皆さんは大変だなあ、と思います。

ちょっと話はずれますが、個人的には、とにかく、理科教育を徹底すべきだと思います。これは、相対的な変化の問題は別にして、底上げをしなければならないと考えています。ニセ科学の問題を調べていると、強くそう感じます。これは、社会的認知の問題でもありますよね。社会全体に、科学的知識の重要さが広まるかどうかという。私なんて、「数学なんて、一体何の役に立つんだ」という、ある種典型的な認識を持っていましたし(笑)

投稿: TAKESAN | 2007年1月11日 (木) 00:10

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