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2007年1月 2日 (火)

リアルとエッセンス

MORI LOG ACADEMY: 語られるリアリティ

ゲームもどんどんリアルな画面になっているけれど、最初にウィザードリィのダンジョンへ入っていったときの興奮は味わえない。リアリティっていうのは、かように主観的なものか、と再認識。

そうですよねえ。で、あの時代のグラフィックのレベルを知っているからこそ、現在の超精緻グラフィックを見て、「凄い時代になったもんだ」なんて感想を持つ訳ですね。今のゲームに慣れた子に、ファミコンのゲームとかやらせてみたら、どう反応するか、とても興味深いですね。

つまり、機関車の音を出したり、ゲームの動画が綺麗だったり、といったことは、実物に近づけるというだけのリアリティであって、本来のその世界が持っていたリアリティとはまた別物だ。子供は、おもちゃの機関車や、ゲームの低解像度の画面の中に、自分の世界を作る力がある。それだから、そんな別の世界のリアリティを持ち込んでほしくない、と感じるかもしれない。

以前、コメントで指摘を頂きましたが、ゲームより小説等の方が、(具体的な情報が無い分)想像力を鍛えられる、という考え方もありますね。こう考えると、昔のチープなグラフィックのゲームなら、より想像力を高める力があっただろう、と言う事も出来ますね。個人的には、両方楽しめばいいでしょ、という考えですけれど。ファミコンのゲームだって、今でも出来ますしね。

魅力ある世界のリアリティを創造することが本来であるのに対して、既にある実物へ近づこうとする行為は、ようするに(目標が定かな分)簡単だし、誰にもそれが理解できるから、一時的には評判になる。映画の「ファイナルファンタジー」みたいに。だけど、「凄いでしょう?」「リアルでしょう?」という話題にはなっても、誰も「面白さ」を語らない。

こういうのって、技術の高度化を確かめるとか、そういう意味合いもあるのでしょうね。「今のCGはどれくらい凄いんだろう?」とか。リアルに近づけるというのは、一つの方向性ですね。私は、こっちもとても好きですね。フォトリアルなCGを見たりすると、素直に感動します。『ファイナルファンタジー』の面白さを誰も語らない、というのは、森さんの皮肉でしょうね(笑) だってあれ、「語れない」んですから。映画館に観に行ったので、よく解ります…。

何か、WiiとPS3との対比の話にも繋がりそうですね。

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