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2006年12月に作成された記事

2006年12月31日 (日)

今年も

お世話になりました。

来年も、よろしくー。

では、良いお年を。

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理屈・理論・理合

古流武道を後世に伝える難しさ 3 - 一 樂 庵 - 楽天ブログ(Blog)

実際に動く事を疎かにして、考えるばかりではいけない、というのを戒める、その気持ちは解るのです。しかし、それを主張する余り、科学的分析に対して、嫌悪の様な感情を抱くべきでは無いと考えます。以下、引用文は、強調等ははずします。「ある剣術流派の故ご宗家」の発言は茶色で。

現代武道だけでなく古流においても技一つ一つ科学的な分析をして理論を確立させないと受け入れられないのが現状です。

「理論を確立させないと受け入れられない」のが本当かどうかは、よく知りませんけれど(そうであれば、好ましいです)、何かをやるに当たって、それが論理的に体系づけられているか、又、それが科学的に妥当であるか、という所を確認するのは、極めて健全な態度と言えます。

最近の若い方々は、このようにした方が有効なのではないかとか、こうした方が理にかなっていると言って、勝手に理合いを無視して技を変えてしまっています。

古流の技は先人たちが自分の命を懸けて作ってきたものであり、長い年月をかけて研ぎ澄ませて理合いとして私たちに伝えられているものです。

中途半端に理解している段階で、自分勝手に技を変えたり、というのが駄目だというのは、確かにその通りなのですよね。それは、どんな文化だって同じです。一般論ですから。ただ、ですね。それを言う為に、「理合」を用いて、とにかくやっていればいずれ解る(出来る)、とするのが、果たして妥当か、という事なのです。つまり、間違っている事をやっているのを見て、それをちゃんと指摘出来るか、又、その指摘は正しいか、それは、何を根拠とするか、という意味です。

物事には必ず順序があります。
そしてその順序に従って進んでいかなければ必ず間違った所へ到達してしまいます。
また順序を飛び越えて進んでいくと落とし穴に嵌ります。
正しい順序で確実に進んでいかない限り、決して正しい結果には辿り着けません。

それはそうです。正しい順序を守らなければ正しい結果にならない、というのは、当たり前です。ですから、正しい順序とは、何を以って正しいと言えるのか、他に合理的なやり方は無いのか、という事を、考えなければならないのです。果たして、武術関係者の中に、それをやっている(やろうとしている)人が、どれ程いるでしょうか。

古流武道では理論・理屈は必要ありません - 一 樂 庵 - 楽天ブログ(Blog)

古流武道は”理論・理屈”ではありません。

こういう事は、書くべきでは無いのですよね。恐らく、「理論・理屈」と「理合」は違う、という意味なのでしょうけれど、科学的分析をすべきでは無い、という文脈での使用なので、どちらにしても、妥当ではありません。

今、昔から伝えられてきた武術が科学的に研究されるようになって、それぞれ理論が確立されることによって非合理的な点が少なくなり、合理的になって発展してきているように言われているようです。

これは、今一つ意図を掴みにくい文章ですが。「非合理的な点が少なくなり、合理的になって」というのは、体系が洗練されて、より優れたものになった、という意味でしょうか。それとも、武術のメカニズムが科学的に解明されてきている、という事でしょうか。

また現代武道の技術は、一つ一つ科学的な分析をして理論を確立させないと、世間には受け入れられない状態です。
そのため自分の体を動かして覚えることが少なくなり、頭を使って「力学的に考えると、こうした方が良いはずだ。」とか「こうした方が合理的だ。」と考え、先人たちが命を懸けて作り出してきた技を変えてしまっています。

上にも書きましたが、「一つ一つ科学的な分析をして理論を確立させないと、世間には受け入れられない状態」なら、それは望ましいと思います。多分、そういう傾向にはなっていると思われます。ここでは、先人が作り上げた体系が、そもそも高い合理性を持っている、という前提があります。本来、それ自体を論ずるべきであり、それを分析するのが、他ならぬ、科学です。ところで、頭を使う事と、身体を動かす事は、相反しません。時間配分の問題なので、そういう傾向にはあるかも知れませんが。しかしそもそも、「頭を使わずに、身体だけ動かしていれば良いのか?」という疑問が出てくる訳で。

でもいざお互いに真剣を持って命懸けの真剣勝負を行うとしたらどうでしょうか。

これは、全くナンセンスな喩えです。現代剣道は、そもそも「真剣を持って命懸けの真剣勝負」など想定していません(この様な議論が成立するのは、現代剣道家が、現代剣道の体系の学習によって真剣の扱い方も習熟出来る、と主張した場合ですが、その様に言う剣道家がどのくらいいるかは、判りません)。又、現代社会において、真剣での戦いを想定するなどというのは、武術に全く関心の無い人からすると、かなり困惑する文章でしょうね。

古流武道では”理論・理屈”を二の次にして、とにかく師の教えるままにひたすら稽古をします。
そのため”理論・理屈”は知らなくても自分の身を守る技術は完全に身に付けることが出来ます。

ここなのです。ここに、擁護システムの存在を窺う事が出来るのです。即ち、「師の教えるままにひたすら」、「”理論・理屈”は知らなくても」、等の教示によって、修行者の分析的・反省的思考を鈍麻させ、上位者の教授方法、又、体系そのものに対する懐疑的精神を、失わせるのです(高岡英夫氏の著作参照)。「知らなくても自分の身を守る技術は完全に身に付けることが出来ます。」ならば、論理的には、稽古したものは、全員正しい技術を身に着けた、と言えますが、果たしてそうでしょうか? 勿論、そんな事はありません。それは、承知している事でしょう。では、「何故身に着けられないのですか?」と問われれば、上記の様な認識を持っている人は、どう答えるでしょうか。簡単です。「修行が足らんのだ。」、「やり方が違っていたのだ。」です。ね、恐ろしい矛盾でしょう? 理屈を知れば身に着けられないと言い、身に着けられない人には、「稽古が足りない」、「頭で考えているだろう」と言うのです。

私は、頭で考えもせず、ひたすら身体を動かす稽古、というのが、最も駄目な稽古だと考えます。それだと、センスの良い人が、「たまたま」上達する、という事になります。それでは、何のために武術をやるのでしょう?

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衣装?

総重量1トン小林幸子の豪華衣装 - 芸能ニュース : nikkansports.com

よく突っ込まれますが、衣装と言うより、セットですよね。完全に。

鳳凰→龍→火の鳥に変化するイメージの衣装

何か、RPGの最後の敵みたいだ…。旧スクウェアとかの。

今年の紅白も、観たい歌手がいないなあ。平井堅さんとかが出れば、観たいですけれど。視聴率の点では、昨年、色々な事をやり尽くした感がありますので、厳しいんじゃないですかね。いや、特に高視聴率を取って欲しいという訳ではありませんが。私は格闘技観ますし(笑)

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2006年12月30日 (土)

環境の変化

浮遊工作室(エッセィ制作部):「新入生へのコンピュータガイダンス」

バーチャルが云々とか、古き良き時代のコミュニティが大切だ、と言う人に、真賀田博士の研究所の環境を教えたら、さぞかし立腹する事でしょうね。

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2006年12月29日 (金)

問題点の指摘の問題点の指摘

template <class kuenishi> - ゲームリテラシーだってよ

1. 記事の事実関係では、シューティングゲームの実験結果についてのみ言及されているのに対し、記事の論調はゲームの全てを批判するように書かれている

「ゲームの全てを批判するように」というのは、主観的評価なので、読み手の解釈によるだろうから、一概には言えないけれども、記事では、「主人公が魅力的に描かれている場合、個人差はあるものの、暴力シーンが多いシューティングゲーム」と書かれている。ここでは、シューティングゲームに、「主人公が魅力的」、「個人差はあるものの」、「暴力シーンが多い」等の条件が追加されている。これは、慎重な指摘に努めた、と見るべきである。ただ、恰もそれが、ゲーム一般に当てはまるかの如く読まれる、という所に関しては、もっと配慮が必要であったと思われる。

2. 「シューティングゲーム」や「暴力」、「暴力的傾向」など、曖昧な言葉が定義なしに用いられている

これは当たらない。心理学的研究においては、測定したい概念は、そもそも直接的に観察不能(構成概念)であるから、それを定義しなければ、研究自体が始まらない。ただし、記事において、「暴力」や「暴力傾向」の定義なりが触れられていないのは、配慮不足であったと言えるかも知れない。「暴力」とは、日常的に用いられる言葉であり、読む側が、学術概念として捉える事は、少ないであろう。注意深さを求めるならば、注釈を設けるなりして、誤解を解くべく努力すべきだろう。尤もこれは、記事の書き方の問題であるので、どこまで求めるか、というのは、又別に考えなければならないだろう。

3. センセーショナルなゲーム批判とは一線を隔(引用者註:原文ママ)しているように見えるが、実際はセンセーショナルなゲーム批判でしかない

記事そのものの評価であれば別だが、もし坂元氏に対する評価だとすれば、これは全く当たらない。坂元氏は、「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」の委員であり、早計な表現規制に対して、学者としての誠実さを以って、歯止めを掛ける役割を果たされているのである。又、著作を参照すれば解るが、ゲーム等のメディアが及ぼす悪影響に関しては、努めて慎重な書き方をされている。それらを踏まえれば、「センセーショナルなゲーム批判でしかない」とは、全く不当な評価であると言わざるを得ない。

4. 『暴力が正当化される理由は何か▽なぜ、主人公は暴力を振るわないといけないのか▽倒された者の家族はどんな気持ちか??など、「ゲームに描かれていないもの」を考える』など、ゲームの実態を理解しているかどうか疑わしい記述がされている

これは、ゲーム一般に当てはまる論理を記述しているのでは無い。坂元氏の真意は結局、保護者と子どもが共に考える事が重要だ、というものである。「なぜ、主人公は暴力を振るわないといけないのか」等の問いには、様々な次元での答えが用意される。これは、もし、暴力が正当化される様なゲームがあったら、そう疑われる様な言動を子どもが行ったら、という場合に対して、保護者がちゃんと教えてあげられるのが望ましい、という事であろう。子どもが「単なるゲーム(微妙な表現だが)」としてやっている所に、わざわざストーリーの深い所を考えさせる、という意味では無いと考えられる。即ち、ケース・バイ・ケースだという事である。ゲームに関しては、「ゲームに子守をさせて云々…」という文脈で、ネガティブに語られる事もあるから、坂元氏の発言は、そういう批判を受けない様に、親子で共に楽しみましょう、という意図からであったと思われる。そういう意味では、ゲーム文化擁護(不当な批判からの)の発言とも取れるであろう。

僭越ながら、「ショッボイ研究にしか見えない」(template <class kuenishi> - ゲームについて)などと評するのであれば、坂元氏の活動なり著作なりを参照してから仰るべきであると思うのだが、いかがだろうか。

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いい値段

バンダイナムコゲームス、PS3「鉄拳5 DARK RESURRECTION」ダウンロード販売開始。価格は2,000円

おお、安い。…って、もう発売してるし!

GTHDもですが、ネット接続環境が無い人は、どうなるのでしょうね。何か考えられているのかな? よく知りませんけれど。

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分かったつもりになるとは、どういう事でしょうね

汗を流して体で覚えろ! - 一 樂 庵 - 楽天ブログ(Blog)

うう、悩ましい…。コメントで質問でもしようか、とも思ったのですが、議論にならないと思うので(他のエントリーを読んで、ちゃんと答えて頂けないと推測)、エントリーで(TBもしません)。コメント欄もご覧下さい。科学を勉強されている皆さんは、驚かれるかも知れませんね。一体この人達は、何を言っているのだろう? と。

一言で言えば、科学的に分析する事と、分かったつもりになる事とは、別ですよ。

それと、解ったつもりになっているかどうかは、どう判断するのですか?

こんなんじゃ、いつまで経っても、武術は…。

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博士、ありがとうございます!

わしの大発明(ニセ科学判別装置)を見るのじゃ:匿名じゃ(研究会から戻った)さん(←バレバレ)のコメント。

最後辺りにご注目。

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2006年12月28日 (木)

お笑いとバーチャル

たかぎFさん、GJです⇒WEBダ・ヴィンチ 水道橋博士の「本、邪魔か?」(25)いじめ問題

前に言及した、北野武氏のエッセイの文章が、引用されています。

で、前半の、お笑いの構造の解説については、特に異論はありません。自分も、そう思って楽しんでいますし(だから、そうなんだよ、と教えるのが重要でしょう)。ただ、問題なのは、後半。えー、という感じです。昔(←曖昧)の人はそれが解っていた、今の人はゲームをやっていて、バーチャルと本物の違いがわからない云々、というのは、何か、確たる根拠でもあるのですか? そういう意味では、お笑いがいじめの原因だと言う事と、余り変わらないでしょう。

個人的には、バラエティを見慣れていると言っても、こりゃいかんだろう、と思う様な、やり過ぎ感みたいなものを覚えるものはあります。それは、一部のゲームなり小説なりを見て、嫌悪感を覚えるのと同じです。そういう事では? バーチャルと現実がどうのこうのと言う前に、どうなっているのかを教えればいいでしょう。その方が、余程現実的ですよ。

余談。以前、遊鬱さんのブログに、最近のバラエティの作り方が気になる、と書いたのですが、これは、そもそもバラエティ(お笑い芸人が出るもの)は、人の欠点を笑ったりするのを楽しむ構造を持っていますから、そこは、ちゃんとメタにみるべきだろう、という意味ですね。

※水道橋博士さんの文章へのリンクですが、それ自体の趣旨に賛同しているという事では、全くありません。念の為。

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誤解では?

痛いニュース(ノ∀`):「ゲームが暴力を助長。"倒された者の家族の気持ち"などを考えさせるゲームリテラシー教育を」…専門家

【こども 生活改革】「ゲームリテラシー」教育を-リビングニュース:イザ!

坂元氏に批判的なレス、ちょいと曲解誤解してませんか?(いや、2ちゃんのレスなので、こういう書きぶりなのは、しょうがないですけれど。←批判にあらず)

結局、ゲームをやる時(と言うか、ゲームについて)に認識すべきなのは、それが単なる記号である事、物語は仮構であって、それは現実生活とは全く異なる、という事でしょう。それは、メタな視点として身に着けるべきだと考えます。しかし、それと共に、物語に没頭し、キャラクターに感情移入する事もある訳ですよね。実際の生き方に示唆を与える場合もあるでしょう。それは、どんなメディアも一緒です。子どもがゲームについてどう考えるかは、それぞれの子ども次第だと思います。だから、それを踏まえた上で、保護者が子どもと共に考えていく、というのは、妥当だし、望ましい事だと思うのですが。坂元氏の真意は、どんなゲームにも物語性があって、それを考えさせるべきだ、というのでは無く、保護者も一緒に考えましょう、という一般論の主張でしょう(これは推測ですね。坂元氏が具体的にどう考えているかは、解りません)。確かに、格闘アクションをやっている時に、「このキャラクターには家族がいて…」と言う必要は無いとは思います。この場合は、真似するなよ、程度で良いでしょうね。坂元氏が仰りたいのも、そういう事なのでは?

坂元氏の主張に対してこういう批判が出るのは、予想出来た事ですが。だから、

暴力シーンが多いシューティングゲームをやることで、プレーヤーの暴力的傾向が助長されるという。

この様な言い方をする場合にも、気を付けないといけないのですよね。ここで坂元氏は、心理学的概念として「暴力」を用いている訳ですが、読む側は、そうは取らないでしょう。自分が「暴力的」だと感じる人なりを思い浮かべて、それに当てはめて認識するでしょうから。

ところで皆さん、表現規制に歯止めを掛けているのは、他ならぬ、坂元氏ですよ…。

見出しをもうちょっと考えて欲しい。

2006年12月29日追記:イザ! の記事に、TBを送りました。坂元氏については、Interdisciplinary: ゲーム・ゲーム脳関連リンク集に、関連するリンクがありますので、ご参照下さい。「曲解」を「誤解」に訂正。「曲解」だと、意図的な、という意味合いを持つので、替えました。

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2006年12月27日 (水)

3割?

asahi.com:アダルト漫画ネット販売、大手6社に対策強化要求へ - 社会アダルト漫画、「子供」との性行為が3割~書籍販売サイトに販売停止提言(INTERNET Watch) - goo ニュース

ちょっとメモしておきます。

欲しくも無い「クリスマスプレゼント(by遊鬱さん)」、最終報告書が公開されました。議事録も、早く上がらないかな。

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看做し

何か批判を行うと、それを即、相手を見下している等と判断してしまう、という事が、結構ありますね。相手の知識不足や曲解を指摘する事と、相手の人格を貶す事とは、同じ意味では無いのですが、そこを混同してしまう、という。

ただ、そうなってしまっているのでは無いか、というのは、常に反省するべきだとは思います。流れていってしまわない様に、気を付けねば。

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2006年12月26日 (火)

何を求めるか

プロ合気道家トム・モリゾーの上手くなるブログ道場:合気道って何 その5

コメント欄での議論が、実に興味深いです。

武術の本質論、つまり、「どうあるべきか」というテーマの議論は、やはり難しいものがあります。武術のどの側面に着目するかによっても、その回答は異なるでしょう。身体能力の開発法としての面を強調するか、又、あくまで「術」、即ち、襲われた際にどうするか等の、実用的側面を重視するか。或いは、格闘技としての面を考え、他の格闘技に対処が出来るか、という所が重要だと捉える人もいるでしょう。

私は、基本的には、トム・モリゾーさんの仰る立場に近いと言えます。武術に何を求めるかは、正に、「人それぞれ」としか言いようが無いと思います。何が正しいとは、断言は出来ないし、するべきでも無いでしょう。それを踏まえた上で、自分の目標を定め、そこに達するべく努力すべきではないでしょうか。

その上で、私個人としての考えを述べますと、私自身は、親爺ファイター さんが仰る事に、大部分同意します。武術を、暴力から身を護る手段だと考えるのは、武の定義からしても妥当ですし、既成の武術を単なる身体開発法と捉える必要など無い、と考えるのも、同意出来る部分ではあります。武術でなくとも、幾らでも、開発法は存在するのですから。実際に誰かに襲われる、という場面は殆ど無いにしても(現代社会で護身術などやっても、余り役立てる機会が無い、とも考えています。そもそも、そんなものを役立てる機会が多い様な社会は、来るべきでは無いですし。ですから、多分に「趣味の問題」でもある訳ですが)、「他者の攻撃から身を護り、相手を制する技術」として武術を捉えるのは、重要な視点だと思います。ただ、どこまでそれを追求するか、どこまでの汎用性を求めるか、という部分は、やはり、それぞれの考えでしょう。たとえば、道端で襲われたとして、そこに棒切れが落ちていたとします。この時、剣術や杖術等をやっている人なら、それを有効に使えるでしょう。しかし、体術しか習っていない人ならば、それを武器として認識出来ないので、使えないという事になります(この喩えは、高岡英夫氏の著作を参照)。ですから、「武器技は必要か否か」という議論も起こります。突き詰めるならば、銃火器の使用法にも精通していなければならない、という考えにもなりうるのです(そういう武術家もいます)。

従って、そもそもそういう線引き自体、恣意的であると考えます。ですから、私の意見としては、先ず、指導者なり体系なりが、何を目指しているかを調べた上で、批判を行うべきだと思っています。健康体操として合気道を行っているならば、それはそれで、構わないと思うのです。そういう人に対して実戦性と説いても、仕方がありませんし、そもそも失礼です。ですから、実戦性を触れ込んでいる人に対して、「そのやり方では駄目なのではないか」と言うべきなのだと考えています。つまり、(象徴的な書き方ですが)「自分は強く掴まれても動ける」、或いは、「相手がどんな攻撃をしてきても捌ける境地を目指している」と主張している人に対して、「そのやり方で果たして達成出来るのか?」と批判するのは、構わないという事ですね。その場合には、何を目指すかという共通認識があるので、それについて議論を深めていけば良い訳で。しかし、「自分は運動不足解消の為に合気道をやっている」という人に、「実戦に使えない合気道など意味が無い」と言ったり、逆に、「実戦に使えてこそ武術だ」という人に、「今の時代にそんな事考えてもしょうがないよ」と批難するのも、どちらも的外れではないかと思うのです。

余り、「こうあるべきだ」と強く思うと、排他的な認識を持ってしまいがちです。色々な価値観を認め、多様なあり方を許容するのも、重要ではないでしょうか。

因みに、私の武術に対する認識としては、身体開発:実用性が、6:4といった所でしょうか。当然、これらは相互作用しますし、割り切れるものでもありませんが(これがとても重要。実用性は、ハードウェアとしての身体のあり方に依存する)。結構適当です。

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もやもや

404 Blog Not Found:どうせ信用するならエセでない科学を

ちょっと、文句っぽくなりますが。

むう…。結局何が仰りたいのか、さっぱり解らないです。初めのkikulogに対する批判(道徳の話とか)は、どこに行ったのだろう。

柘植さんがよく仰っている事に近い気もしますが、よく解りませんね。

某ブクマで、「このイヤな感じはなんだ。」と評されていましたが、確かに。何でしょうね。小飼さんの、「そう来ると思っていたよ」と言わんばかりの書き方かな。それとも、色々な事をひっくるめて、「メタぶって」書いている所でしょうか。

そもそも、きくちさんが仰りたかったのは、自然主義的誤謬の戒めでは? 自然科学的に「こうなっている」から「こうすべきだ」となる、という。2007年1月26日追記:この「自然主義的誤謬」の用法は、厳密には妥当では無いようです(ムーアの用法に照らすと)。「こうなっている」から「こうすべし」と飛躍するのは、「ヒュームの法則」の様です。←これについても、細かい部分で色々議論があるみたいです。私の手には負えません。社会を形成する場合に、自然科学的論理を踏まえるのは当たり前ですが、それは別に、道徳やしつけの「根拠」では無いのでは? 違うかなあ。

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2006年12月25日 (月)

刷り込み

長年信じていた事が、実は俗説であった事が判明しました…。偉そうにニセ科学批判を論じているくせに、情けないです。余りに恥ずかし過ぎるので、何を信じていたのかは書きません。あんな知識、一体どこで仕入れたんだか。漫画かな。

恥の記録として、書いておきます。

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悲劇

はてなブックマーク - 萌えたコピペ <妻からの間違いメール>(※お断り。物凄く重い内容です。それと、下に18禁広告があるのでご注意を)

うう、これはあんまりですよ…。

人間の、色々な感情が凝縮されていて、読むのが辛いですね。

昨日貼ろうと思ったのですが、ルーさんブログの直後にこれは、ちょっとありえないので、今日にしました。

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ワンセグ辞書(←意味が変わる)

ITmedia +D LifeStyle:シャープ、初の“ワンセグ対応”電子辞書PW-TC900|生活総合タイプ|電子辞書 パピルス:シャープ

欲しいかも。辞書コンテンツを、もうちょっと増やして欲しいですが。

私の持ってる電子辞書は、5年くらい前に買った物なので、機能的に、ちょっと物足りないなあ、という感じです。今のは、その頃とは比べ物にならないくらい、安くて高機能ですね。

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2006年12月24日 (日)

笑いを

皆さん、最近、笑ってますか?

笑いが足りないと感じている、そんな貴方に、お薦めのページをご紹介しましょう。

おっと、その前に。お食事中ではありませんか? 口の中には何も入っていませんね?

準備は宜しいですか? では、どうぞ⇒あえてサイト名は載せません

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脱帽

asahi.com:「塾は禁止」 教育再生会議で野依座長が強調 - 社会

第3回 規範意識・家族・地域教育再生分科会(第2分科会)(PDF)

野依氏の認識に、激しく脱帽。

委員の発言に、激しく脱帽。

思い付きの物言いが、かなり見られます。それが悪いという事ではありませんが、余りに、主観を一般化する意見が目立ちます。

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元村有希子氏関連リンク集

毎日新聞記者、元村有希子氏(ゲーム脳関連の記事を書いた方です)についての関連記事を集めました(ゲーム脳関連のみ上げます)。元村氏のブログはこちら⇒理系白書ブログ

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2006年12月23日 (土)

お母さんの威厳と意外過ぎるニュース

Wiiに賭けた「母親の復権」:ITpro

これ、面白いですね。とても微笑ましいです。ああ、良いコミュニケーションだなあ、と思いました。

ゲーム慣れしている息子は投球のコツをさっさと飲みこみ,時速150km超の速球をどんどん投げ込んでくる。あまり体を動かさず,手首だけ返して加速度を出しているところが憎い。

これが、ゲームをよくやる人の学習能力です(笑) 「コツ」ですね。

J-CAST ニュース : セガ「DC」復活か! 新作登場でファン騒然

ドリームキャストは、何年か前に売りました。いいハードでしたねえ。しかし、時代を先取りし過ぎていた感もあります。

「ドリームキャストに期待の新作発表で、PS3、Xboxマジ脂肪」

噴いた(笑)

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2006年12月22日 (金)

ごちゃごちゃ

先日の『視点・論点』について書かれているブログ等を読んで思ったのですが、ニセ科学と疑似科学とオカルトを混同している人が、かなりいますね。ニセ科学というのは、科学的に実証されたかの様に装っている説を言うのに、ニセ科学批判者が占い等をも批判しているのだと、誤解している人もいるみたいで。

それから、きくちさんが「○○はニセ科学」と言ったのを聞いて、それを鵜呑みにするとか。きくちさんが仰りたかったのは、何事も、懐疑的に考える(本当にそうなのか、と疑ってかかる)のが大切だ、という事だと思うのですが。「ゲーム脳はニセ科学」、というのを聞いたら、「そうなのか、じゃあ、色々調べてみよう」となるのが、理想ですね。

こういう、伝言ゲームの様な、ズレの連鎖というのは、コミュニケーションにおいて、避けられない事だと思います。だから、同じ内容でも、根気よく続けていく必要があるのでしょう。

仕方が無いと言えば、仕方が無いですね。なんせ、放送時間がたった10分でしたから。寧ろ、たった10分間に、あれだけの内容を入れられたというのが、見事なくらいで。ですから、「こういうのも話して欲しかったなあ」等の希望を言ったりとかは構わないと思いますが、「これを話すべきだった」というのは、それこそ、「多くを求め過ぎ」です。放送時刻や時間、局がNHKであった事等を、よく鑑みるべきでしょう。大概、「ここはこうすべきでは」と言われたら、「ええ、それは心得ています」となるのですね。1喋るために、100くらい勉強している訳ですからね。それを考えた方が良いですね。

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森昭雄氏の講演@世田谷区

2006年3月に行われた、森昭雄氏の講演、「テレビゲームと子どもの脳」についてのリンク集です。実際に参加された方が書かれたものを載せます。後、私が書いた記事にもリンクしておきます。

リヴァイアさん、日々のわざ: 世田谷ゲーム講演について、ブログ内のリンクをまとめます(作家の川端裕人さんのブログ。こちらで取り上げられたのが、この講演会が話題になったきっかけです。関連エントリーのリンク集です)

森昭雄日大教授講演会「テレビゲームと子どもの脳」(講演会のレポート。かなり詳細です)

森昭雄博士の講演「テレビゲームと子どもの脳」@世田谷に行ってきました - せんだって日記 - 楽天ブログ(Blog)科学者ではない、あるいは科学者の風上にも置けない拾遺、あるいは森昭雄博士のゲーム脳講演に対する私の印象(講演の総括と、自身の感想を纏めたもの。参加した人がどの様に「感じた」か、というのは重要です)

All Tomorrow’s Girls:3/6の「ゲーム脳 講演会」の感想3/6の「ゲーム脳 講演会」の感想:続き3/6の「ゲーム脳 講演会」の感想:続きの続き(実際に参加された親御さんの感想。コメント欄も必読。「拍手」については、色々な感じ方があるでしょうね。バイアスもかかるでしょうし)

――――――――――――

以下は、私が書いたエントリーです。

Interdisciplinary: またしてもゲーム脳!!

Interdisciplinary: 森昭雄氏の講演会

Interdisciplinary: 続・森昭雄氏の講演会

Interdisciplinary: 森昭雄氏の講演会(3)

Interdisciplinary: 森昭雄氏の講演会(4)

Interdisciplinary: 森昭雄氏の講演会(5)

Interdisciplinary: 森昭雄氏の講演会(6)

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2006年12月21日 (木)

めちゃくちゃ

わざわざkikulogに貼るのも何なので⇒ボールの回転について

この方、きくちさんやこなみさん達を批判する為には、どんな論理展開でもやっちゃいますね。前提条件を変え過ぎですよ。

どうでもよいですが、「閑話休題」の使い方、間違っていますよ…。この誤用、結構見かけますね。まさか、野球話が本題とか。

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ほどほどに

あ痛!プレステし過ぎで欠場した中継ぎエース-スポーツニュース:イザ!

何か凄いなあ。

「Wiiエルボー」って…。力入れ過ぎですって。

ゲームをやって、腕がおかしくなったりというのを自覚した事は、無いですね。でも、左手の親指の皺の所に、胼胝は出来ています。昔、格闘アクションに燃えていた頃の名残です。私は、方向キーは、(ソフトにもよりますが)指先で押さないので、そこに胼胝が出来ます。皺の部分をキーの中心に置いて、親指を傾けて操作する感じですね。

でも、全身が固まってしまう傾向は、かなりあると思います。コリを助長する様な感じですね。勿論、他に身体を動かす機会が無い場合ですが。

まあ、何事も、ほどほどにしましょう。

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解らないから面白い

きくちさんが、『視点・論点』で仰っていましたが、ニセ科学は、二分法的な、とても解り易い説明をするので、(社会一般が持つイメージとして)本来の科学よりも「科学的」に見えるのでしょうね。

しかし、科学を、少しでも真面目に勉強すれば解りますけれど、現象というのは、そもそも複雑に出来ているのです。真摯な科学者は、物事を軽々しく断言したり、良い/悪いと安易に言ったりは、しないのですよね。だからこそ、科学は面白いのですが。

私は、子どもの頃から、「物事はそんなに簡単じゃないよ。」と、断定的な物言いを聞く度に、思っていました。何故でしょうね。どうしてその様な認識が形成されたのか、不思議です。多分、強く内省的で、自分の性格をある程度自覚していた所に、外から単純なレッテル貼りをされる事によって、そのズレを理解したのでしょう。だから、現象の複雑さを意識する様になったのかも知れません。こういうのは、心理学や精神分析の対象ですね。

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2006年12月20日 (水)

ゲーム・ゲーム脳関連リンク集

ゲーム脳や、他のゲームに関連するWEBページで、参考にしたものを集めてみました(というか、ブックマークしていたものです)。リンク切れがあれば、教えて頂けるとありがたいです。

○ゲーム一般

○ゲーム脳関連(否定的)

○ゲーム脳関連(肯定的)

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2006年12月19日 (火)

蔓延

NHKの『視点・論点』で、大阪大学の菊池誠氏(きくちさんです)が、ニセ科学について論じておられました。

個人的には、ゲーム脳が取り上げられていたのが、良かったと思います。ゲーム脳批判がマスメディアに乗る事は、滅多に無いですから(私は、観た事無かったです)。

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リンク集を追加

エントリーで、リンク集の様なものを作りましたが、そのままでは埋もれてしまうので、判り易い様に、横に追加しておきました。ゲーム脳関連のもの等も、その内入れたいと思います。

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そんなもんやってて何になるんだバイアス

アトミスティックに頂いたコメントに関連して。

スポーツは一般的には批判されないけれど、ゲーム等は…、という話については、確か、以前書いたのですが、やはり、(物凄く単純化して書きます)「飯のタネになるかどうか」というのが、大きいと思います。

ゲームを「やる」とか、漫画を「読む」事は、結局、生産的な行為として看做されない訳で、それが褒められないというのは、ある意味当然ですね。ゲームのプロというのも認知されておらず、それをやっていても意味が無い、という認識が、一般にはあるのでしょう。だから、攻撃し易いのだと思われます。対してスポーツは、マスメディアでスポーツ選手が取り上げられたり、年俸がどうだと騒がれる、言わば、「華やか」な世界です。又、ゲームをやった事が無い人は沢山いても、スポーツをやった事が無い人は殆どいません(スポーツの定義にもよります)から、よく知っている、という所もあるでしょう。そして、ゲーム等は、「訳が解らない」世界、と看做している、という。そういう認識を持っている人は、文化内の差異に目を向けません。同じスポーツでも、野球とサッカーとテニスとバスケットボールが全く違うという事は、誰でも知っていますが、それが自分の知らない世界になると、一緒くたにしてしまうのです。『ドラゴンクエスト』と『バーチャファイター』と『バイオハザード』と『ぷよぷよ』と『ファイヤーエムブレム』と『逆転裁判』と『ときめきメモリアル』と『グラディウス』は全く違うのに、理解しようともしない(知っていても、大した違いは無いと看做す)のですね。

たとえば、運動系の部活で問題行動が発覚しても、それは、そのスポーツをやる事によって促されたのだ、と考える人は、恐らくそれ程いないでしょう。寧ろ、その様な部活において形成される人間関係の歪み等に焦点が当てられます。そういう意味で、至極真っ当な認識です。しかるに、何か行動を起こした人間が、ゲームや漫画を好きだったという事実が明らかになると、途端に注目されます。それが「心の闇」を作り出したのだ、とか。これは、文化に対するイメージの違いを表す、端的な事例でしょう。

訳の解らないものに、好ましくないレッテルを貼るのは、まさしく差別の構造ですが、それに気付かず、確信犯的に、ゲーム等の害悪を流布する人がいるというのは、嘆かわしい事態です。

勿論、自分が知らない文化に対して、こういう安直な見方をしてはならない、という自戒も込めて、書いています。私は以前、偏見の塊の様な人間だったので、いかにそれが他人を傷つけ、歪んだ自尊心を大きくさせるかを、知っています。だから、客観的に物を見つめ、冷静に判断出来ているかどうかを、常に省みなければならないと考えています。

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2006年12月18日 (月)

アトミスティック

1So-net blog:エゾ狂人日記:「『ゲーム脳』脳」の恐怖、2エゾ狂人日記:桑原清四郎先生へ

(こういう話題では、コメントしたのが本人か、というのが問題になったりしますが、一応、そうであると判断します。リンク先のブログでのやり取りについての感想なので、どちらでも構いません)ぱらいそさんの丁寧な説明にも拘らず、今一つ、議論が噛み合っていない様に思われます。桑原氏は、コメントで、森昭雄氏を擁護なさっていますが、果たして、森氏の各所での発言をご存知か、或いは、そもそも『ゲーム脳の恐怖』をお読みになったのか、疑問です。森氏の経歴等は、ここでは全く関係の無い事です。問題は、ゲーム脳などという、およそ学術的概念とは言えない説を提出し、それを新書で一般に流布し、更には、講演会等で自説を広めている、その事なのです(桑原氏の活動については、詳細が判らないので書けません)。桑原氏は、神経科学の成果を基に教育方法を組み立てる事を企図されている様ですが(1のコメント欄より)、これは、悪い意味での要素還元主義(アトミスムの方法自体の批判ではありません。念の為)に陥る可能性があるでしょう。即ち、○○をやらせたら脳波(PETでもfMRIでも)がこうなった、から、○○は脳に良い/悪いと、短絡してしまう危険性を秘めているという事です。そこの所は、考えておくべきでしょう。文化の良し悪しが、脳の活動の仕方によって根拠付けられるというのは、怖い事ではないでしょうか。

そもそも人間にとって、どの様な能力を高める(あるいは「高めない」)のが「良い」事なのか、それを考えれば、問題の複雑さが、判ってくると思います。

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2006年12月17日 (日)

祝。多謝

多分、ブログを始めて一周年経ちました。いや、12月12日だと思っていたのですが、ログを見たら、17日になっていたので、おそらくそうなのでしょう(笑)

一応、ほぼ毎日書いています。エントリー数は、結構凄かったり。

いつも、私の書く駄文をご覧下さっている方に、感謝申し上げます。…なんて書くと、却って失礼だったりしますね(笑) だって、駄文をいつも読んでいる、と判断してしまっている事になりますから。でも、へりくだるのは、日本の文化(うわ…)ですから、こういう書き方で、謙虚な気持ちを表しているのでしょう。実際、自分の文章を読み返して、こう書けば良かったなあ、と思う事は、しばしばです。書くの遅いですし。もっと、精進しなければなりません。

という訳で(どういう訳?)、今後とも、よろしく…(←元ネタ、解ります?)

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2006年12月16日 (土)

メモしておきます

運動科学総合研究所のパンフレットに、高岡英夫氏の発言として、「降って間もない雪はマイナスイオンに満ち満ちています。」という記述がありました(運動科学総合研究所の、「ゆるスキー」の案内パンフレットより引用)。

他の内容については、半分賛成、半分疑問、といった所でしょうか。

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戦術。究極

PSPで『ファイナルファンタジータクティクス 獅子戦争』が発売決定 / ファミ通.com

私、このシリーズ(含む『オウガバトル』)は、やった事無いのですが(SRPGは好きなのに)、かなり傑作らしいですね。

人気コミックのレシピが収録されたゲーム! 『美味しんぼDSレシピ集(仮題)』 / ファミ通.com

これはなかなか良いですね。至高のメニューも入っているのかな?

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2006年12月15日 (金)

イメージダウン?

読者モデル「甲南女子大」公表ダメ イメージ低下懸念

大学側としては、苦労も多いのでしょうね。ターゲットにしている層があるのでしょう。そこにアピールして、希望者を確保しよう、という。

個人的には、そんな事で大学のイメージが低下して、入学希望者が減るかどうかは、よく解らないですが。皆、大学に何しに行くのですか? 大学は、学生に何をさせたいのですか?

こういうかたちで取り上げられる事自体が、マイナスイメージに繋がると思うのは、私だけでしょうか。

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色々考えるなあ

気になるe-Toy遊んでレポート

脳も身体も鍛えられて、一石二鳥、という感じでしょうか。なかなか面白いですね。いや、特に目新しくは無いですが。

何か、(前から思っていましたが)川島氏が、ブランドみたいになっていますね(笑) ちょっと可笑しさすら感じます(批判ではないですよ)。

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終了

今日で、ライブドア掲示板、閉鎖ですね…。

あちらでは、色々勉強させて頂きましたし、特設での議論も興味深いものでした。私も投稿して、とても楽しいコミュニケーションをする事が出来ました。終わるとなると、寂しいですね…。

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2006年12月14日 (木)

再生って何でしょうね

【解答乱麻】首相補佐官・山谷えり子 教育再生へ「志を立つ」|学校教育|教育・福祉|Sankei WEB

ベネッセの調査では、今の子供たちは1日平均2時間テレビを見ているという。また全国高等学校PTA連合会の調査では、小学校低学年のときにゲームが1日3時間以上、テレビ視聴が4時間以上あるといじめをすることが多く、携帯電話のメール交換が1日41回以上の高校生もいじめをする割合が高くなるという結果が出た。日本の子供たちの家庭での勉強時間は先進国平均を下回り、群れて遊んだり、スポーツするよりテレビ、ゲーム、ケータイに縛られて頭と心と体のバランスを崩し、友情や志をはぐくむ暇もない状況にある。

なんか凄い。京大の人の調査の結果ですね。メール交換「41回」以上の高校生て。何で、「結果が出た」から「テレビ、ゲーム、ケータイに縛られて頭と心と体のバランスを崩し」になるのでしょう。志を云々するのは結構ですが、その前に、ご自分が身に着けなければならない事があるのでは。

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挑戦

Yahoo!スポーツ - ニュース - 金子賢、第3戦の相手はボビーの実弟アンディ・オロゴンに決定!=Dynamite!!

金子さんについては、色々な意見があるところでしょう。格闘技を長年やっている人からすると、複雑な思いがあるでしょうね。これまでの試合も、予想通りの展開でしたし、話題作りの為の出場(本人ではなく、主催者側の意図として)と見られても、しょうがない面はあると思います。ただ、それで金子さん自身を責めるのも、筋違いな気もします(勿論、出場を決断する事自体を批判する、という見方も出来ますが)。ともかく、注目の対象ではありますね。

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天才?

先生の話とか、自分の事とか、ステレオタイプの事とかのドラゴンさんのコメントに、ちょっと関連して。

テレビ等で、「○○の天才少年現る!」とか、ありますよね。私は、ああいう持ち上げ方をするのは、どうかと思っています。あの手の番組で紹介される「天才」というのは、単に、大人が出来る様な事を子どもがやってのけた、という意味に過ぎない(つまり、早熟)場合が、殆どですね。人間の発達というのは、様々なパターンがありますから、子どもの頃に突出していたからといって、そのまま右肩上がりに能力が高まっていく訳ではありません。それを考えずに、無闇に持てはやしてしまうのは、宜しくない事だと考えます。それと、天才は、努力をせずとも高みに達する事が出来る、という雰囲気も、結構ある気がします。言葉の使い方が軽々しいというか。まあ、天才という言葉を、ちょっとセンスがある、という意味で使うのであれば、それはそれで、別に構わないのですが。そういえば、イチロー選手は、自身が天才と呼ばれるのを嫌っている、という話を聞いた事があります(うろ憶え)。

個人的には、大人も出来ない様なパフォーマンスが出来る場合に、「天才」と呼ばれるべきだと考えています。要するに、「子ども”なのに”出来る」では、話にならないのですね。

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2006年12月13日 (水)

先生の話とか、自分の事とか、ステレオタイプの事とか

(1)ゲーム脳の恐怖・「硫黄島からの手紙」 - みなみっ子6松あつまれ - 楽天ブログ(Blog)、(2)週刊こどもニュース・原爆の被害・ケイドロ・またまた中学生が - みなみっ子6松あつまれ - 楽天ブログ(Blog)

またまた,その後に「ゲーム脳」の話もしました。実際の脳波データも見せて,ゲームばかりしていると,本当に使いものにならない人間になってしまうぞと,つよく戒めておきました。※(2)より引用

何かをやり過ぎるのを戒める為に、極めて論拠の疑わしい「ゲーム脳」の概念など、持ち出さないで下さい。「本当に使いものにならない人間になってしまうぞ」という脅しの言葉を用いて、特定の文化を貶める様な事を、言わないで下さい。大体、「使いものにならない人間」って、何ですか。

「コンピュータは非常にくわしいです。歴22年。一時はプログラムも組んでいました。 」(Profileより)というのであれば、ゲーム脳がどの様な評価を受けているのか、少し調べれば、判る事です。それをされたのでしょうか。もし、それを知った上で、上記の様な指導をしているのだとすれば、科学的認識力に欠けていると言わざるを得ませんし、調べてすらいないのであれば、軽率であると言えるでしょう。

反論に、個人的経験を持ち出すのは、余り良くないのかも知れませんが(結局は個人差の問題、或いは、個人の主観を書いただけだ、と言われるので)、参考にはなると思いますので、私の事を書きます。

私は、小学生から高校生時代にかけて、恐らく、一日平均2時間以上は、ゲームをしていたと思います。ですが、他人の言う事を聞けなかったり、物忘れが激しかったり、という事は、全くありませんでした。運動が極度に苦手でしたが、これには、ゲームをよくやっていたのが、間違いなく関係しています(ある程度、です。ゲーム時間と運動時間は、負相関するでしょうから。勿論、可処分時間の割り当ての問題ですから、一概には言えません。ゲームとスポーツばかりやって、勉強を全くしなければ、運動の得意なゲーム好きという事にもなります)。人格傾向については、認知的な問題が、大部分を占めていたと思います。身内や友人とのコミュニケーション等々。ゲームをやったから云々、などという、シンプルな論理では、全く説明出来ないです。私がいた環境で、「ゲーム好きを小馬鹿にする」という時期もありましたが、これは、他者にもネガティブなイメージを持ちますし、自身を苛む場合もあります。私は、こういうステレオタイプが作り出す「雰囲気」というのが、とても重要だと考えています。

あるステレオタイプの対象に含まれる人が持つ認識として、「そんな事は無い、それを自分が証明してやる」というのは、結構ある様な気がします。スポーツをやる人は勉強が出来ないとか、ゲームをやると馬鹿になる、とか、そういう言い掛かりを払拭する為に、そうでない事を示そう、という。中にいる人間にとっては、「こういう場合がある」というのを、「(必ず・殆ど・大概)こうなる」と言われるのは、とても困るのです。そんな事を根拠にしてコミュニケーションを取られるのは、たまったものではありません。「自分を見てくれよ」と思うのですよね。だから、「○○は△△だ」という、ステレオタイプ的な見方は、余りすべきでは無いと考えるのです。ステレオタイプを形成したとしても、それが妥当な見方であるかを常に考え、仮にそうであるとしても、それを個人に安易に当てはめてはいけないという事を、自覚すべきではないでしょうか。

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誘導

医療従事者の皆さん、大変ですね。

あんなに、医学・医療の不信を煽る様な番組を放送して、一体何になるのか、よく解りません。問題点を指摘するなら、あんな演出は、控えるべきでしょう。

あんな言われようでは、医師が参ってしまうのも、仕方が無いでしょう。

何か、切なくなりますね。

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2006年12月12日 (火)

超大作

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 まんたんウェブ - スクエニ:ドラゴンクエスト9、ニンテンドーDSで発売へ

[訂正しました] ドラクエ9はニンテンドーDS!!「ドラゴンクエストIX 星空の守り人」2007年発売決定!:Slash Games (オンラインゲーム総合サイト) 2006/12/12

『ドラゴンクエスト9』はニンテンドーDSで2007年発売決定!(4) - Nintendo iNSIDE

ニュースエクスプレスブログ / サブタイトルは"星空の守り人"

むう…、DSですか。

個人的には、こういう大作は、据え置き型のハイスペックマシンで楽しみたい所ですので、複雑な感じですねえ(ドラクエ好きなのです)。

多分、凄まじく売れるでしょう。任天堂、やりますね。

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盲点

ご存知の方は、無視して下さい(笑)

Mouten

さて、上に2つの図形があります(クリックで、大きめの画像)。顔を近づけて、左目を閉じ、右目で 十字形の図形を見詰めます(逆でもかまいません)。そして、そのまま(図形から目を離さずに)顔を遠ざけて下さい。すると、不思議な現象が、体験出来ます。

どうでしたか。初めて体験すると、結構驚くと思います。図も簡単に書けますので、どこでも実験出来ますね。指でやるのもありますが、私は、全然上手くいかないです…。

参考:ビジュアル生理学のページ(良いサイトですね)

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見方

武術の動きについて科学的に考察しているブログとか無いかなあ、と、いつも思っています。悲しい事に、武術と科学の両方に関心を持っている人が、とても少ないのですよねえ。元々武術が、科学を忌避する様な思想を持っていたりするので、なかなか難しいです。

たまに、武術の高度な動きには筋力は要らない、なんて事を言う人がいたりするのですが、そんな馬鹿な、という感じです。じゃあ、どうやって動いているのだ、と。勿論、一般的に「筋肉を鍛える」といえば、より表層にある筋肉が肥大する、というイメージでしょうから、それを戒める(必要な筋肉を考えずに、闇雲に鍛える事を)為に言っている場合もあるのでしょうけれど、本気で、筋力は別に要らない、と思っている人も、たまにいます。

武術系のブログを見ると、専ら感覚的な事を書いていて、科学的にどうか、というのは、殆ど見られません。それが駄目だという意味ではありませんが、余り主観に頼ると、コミュニケーションが取れないのです。それは、自分の意識を内観して、言葉で表現したものですから、客観性があるとは言えません。ですから、お互い同じ様な言葉を使っていても、実態は全然異なる、という場合が、多々あります。身体を物体と捉えて、それを力学的に解析する、という見方を取らないと、いつまで経っても、本当の所は解らない、という事になります。そういう二元論的考えは駄目だ、という人もいるかも知れませんが、それは又、別の話です。身体を力学的に考察する事と、感覚や意識を疎かにする事は、違います。結局、両方肝腎なのです。なのに、武術をやる人は、科学的分析を受け容れない雰囲気がある様です。残念ですが。

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2006年12月11日 (月)

教訓

☆ JST失敗知識データベース ☆ 科学技術分野の 事故や 失敗の 知識と 教訓

「科学技術分野の事故や失敗の事例を分析し、得られる教訓とともにデータベース化した」(リンク先より引用)サイトです。様々な分野の事例が多数取り扱われており、とても参考になります。失敗まんだらは、実に良いですね。どういう失敗があったか、という事を参照して、それを知識に入れておくのは、重要だと思います。

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2006年12月10日 (日)

脳内汚染の書評集め

『脳内汚染』は、『ゲーム脳の恐怖』と異なり、ある程度広い領域に亘って論が展開されており、先行研究も引用されているので、なかなか、詳細な論評が難しいですね。引用の仕方が妥当か、という問題等がありますし。著者の岡田氏の主張を腑分けし、個別に検討する必要があると思いますが、個人の思い込みも交えて、ごちゃごちゃ絡み合っているので、解きほぐしにくいです。

という訳で、個人があれこれ論ずるより、色々な所で論評されたものを集めた方が、参考になると思ったので、書評のリンク集を作ってみました。否定・肯定、両方取り上げてあります。結構長いです。

・肯定的

ゲンダイネット:【著者インタビュー】:岡田尊司氏(岡田氏へのインタビュー記事)

鐘の声 ブログ: 「脳内汚染」を読んで--心理、教育、社会性の発達(16)(プロフィールによると、情報系の専門家の様です)

香取俊介の道草日誌 : 深刻な「脳内汚染」のもととなっているメディア(「営利企業の「金儲けの元」なので、研究者の声も封殺されているようだが」←こういう事は、不用意に言ってはいけないかと)

☆その時、心が動いた!☆: 『脳内汚染』(「中毒性」という言葉を、安易に使ってよいかどうか、とも思います。尤も、ゲームをよくやる人の間では、「ハマる」とほぼ同義だったりしますが)

脳内汚染 - 活字Holic - livedoor Wiki(ウィキ)(懐疑的な感想もお持ちの様ですが。テレビの内容を話題にしてコミュニケーションを取るのも、良いのではないかと思います)

Dr.森川の人間風車(中立的。「水中毒」は、DHMOの事ですね。「物心ついた時から周りにある」様になった、という環境の変化は、考える必要はあると思います)

福岡県弁護士会 弁護士会の読書: 脳内汚染(うーん、もう少し、懐疑的に読まれた方がよいのでは? 鵜呑みにし過ぎですよ)

『脳内汚染』やはり犯人は… - 原田誉一の電脳掲示板 - 楽天ブログ(Blog)(書評の評。こちらも素直に受け取り過ぎです)

おやこdeてらこや:【本の紹介】:脳内汚染(この追記は何でしょうか。皮肉のつもりかなあ)

暮らし・世界を脅かすゲーム・ネット中毒:岡田氏、警鐘を鳴らす(そんな事例を出されても、という感じ。大体、最初の方のケースは、ゲームの話すら出てないし。大学の教員なのですから、本は批判的に読む事を教えた方が宜しいかと)

今井宏 衆議院議員 公式ウェブサイト | きままに書評(確かに、「恐ろしい警告」です。ゲーム等を、麻薬と同等に捉えるのですから。それらを愛好する人達に対しての「雰囲気」の形成を心配します)

・否定的

らっぱ王子:脳内汚染(CGがフォトリアリスティックになったからといって、それは必ずしも、ハマる要因とはならないのですよね。CGムービーばかりが目立ってゲーム性を蔑ろにしたソフトは、批判の対象になりますし)

脳内汚染とゲーム脳 - マダム・ロハスの楽天的生活 - 楽天ブログ(Blog)(子どもの内には余りやらせない様にしよう、という態度で充分なのだと、私は思っています。それと、養育者が一緒にやるのが重要かな、と。「ゲームに子守をさせる」のが良くないのは、ある意味当たり前の話ですし、それに反対する人も、そんなにいないとは思います←引用先への意見では無いです)

シム宇宙の内側にて ゲーム脳の信者は子育て失敗の言い訳が欲しいだけ。(至極科学的な態度だと思います。要は、科学的に妥当と認められる方法による研究を行うべきだという事です)

ほどほどにね…[脳内汚染] しげのんnoカケラ/ウェブリブログ(実際、読むのに疲れる本です。あの、小説仕立ての表現は、明らかに問題ですよね。恐怖と不安を煽るだけでしょう)

シンさんの偽哲学の小部屋: 脳内汚染(岡田氏は、因果関係と相関関係との違いは、当然、解っておられると考えられますが、それを混同するのが、意図的なのかそうでないのかは、判断しにくい所です。寝屋川調査の質問紙調査で、妥当性・信頼性が認められた測定尺度を使用しているかどうかは、何とも言えないですね)

Stack-Style: ゲーム脳の次は脳内汚染だそうな(妥当な指摘ですね。この問題を捨て置いてしまった事は、とてもマイナスだと思います)

こどものおいしゃさん日記 おおきくなりたいね : 「脳内汚染」岡田尊司 文藝春秋 いささかセカイ系すぎるのでは?(的確な論評。ニセ科学の主唱者にありがちな、飛躍の構造。「自分だけが真理に気付いた」という実感は、いびつな自尊心を肥大させます)

PSJ渋谷研究所X: 「ゲーム脳」「脳内汚染」など:相関と因果(交絡を考慮せず、相関関係を因果関係の如く看做す誤謬を犯しているものは、結構見かけます。リンク先で紹介されている、きくちさんが出された練習問題、面白いですよ)

脳内汚染 「はげひげ」の脳的メモ/ウェブリブログ(論文を引用された学者のブログ。コメント欄にある、「データにはデータで」はその通り。でもなあ、テレビで実験を披露する際には、もう少し気を付けて頂きたいですね)

ネトゲ研究日誌:脳内汚染について - livedoor Blog(ブログ)(私は、本書は、確証バイアスで出来た本だと考えています)

草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN 凶悪な少年犯罪-「脳内汚染」ゲームが脳を汚染する草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN 切れる子どもたちと「脳内汚染」について(以前ご紹介しました。コメント欄が盛り上がっています)

オンライン書店ビーケーワン:脳内汚染「信頼に値しない資料の用い方」(bk1の書評。寝屋川調査の詳細って、全く明らかになってないですね…)

リヴァイアさん、日々のわざ: 岡田尊司氏の「脳内汚染」について(3月2日追記)(川端さんの読み方は、流石、という感じです。慎重に読み解かなければならないという事を、強く主張されています。確かに、森氏の本とは、ちょっと違いますからね。それだけに難しい、という)

サイコドクターぶらり旅(2006-02-02)(”単なる「変化」であってそれ自体では善でも悪でもないと思うのだけど。”これは重要な指摘ですね。「悪影響」に振れた主張が目立ちます。わざわざ良い影響を語っても、見向きもされない、という事もあるのでしょう)

医学都市伝説: なんだかなぁ「脳内汚染」(鹿島氏の書評は、伝説的ですね。ネットのどこかに残ってるかも知れません)

Frog is not Blog::なぜゲーム脳を批判するのか(その通りで、ゲームの愛好家は、案外醒めた眼で見ているのですよね。メタな視点というやつです。害悪を吹聴するより、外から眺める事を教える方が、余程重要です)

たこの感想文: (書評)脳内汚染(詳細な書評。こういう本って、比較対照を出さないのですよね。じゃあ、他のものはどうなの? と問われれば、どう答えるのでしょうか)

読書日録(香山リカさんも、書評を書かれていたのですね。何か、戸惑い気味の様です)

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2006年12月 9日 (土)

大発見?

全く激しくどうでも良いですが、「公共広告機構」が、右手だけでタイプ出来る事を発見しました。

…と思ったのですが、ググったら、普通に出てきました。まあ、気がつきますよね、そりゃ。

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注意

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <MBS>ゴルフ番組で事実と異なる内容 総務省が厳重注意

当然でしょうね。かなり悪質な事ですから。

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2006年12月 8日 (金)

ごはんは少なめに

Ricehotcake エマブログ ごはん入りホットケーキ友の会ごはん入りホットケーキ友の会

見ていて、何か、無性に猛烈に作りたくなったので、トライしてみました。

出来上がり、ちょっとどきどきしながら食しました。

感想は…うん、なかなかいけますです。そのまま焼くより良いんじゃないか、と思ったくらいです。味そのものは、普通のと変わらないのですが、程よいふんわり感が出て、良い感じ。嵩も増すので、ボリューム満点。

今回作ったのは、スタンダードタイプですが、色々アレンジしても面白そう。

皆さんも、挑戦されてみてはいかがでしょう。

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或る親子の会話

『どうして、勉強しなくちゃいけないの?』

『それは、将来社会に出た時に、役に立つからだよ。』

『でも、勉強してない人でも、別に困ってないみたいだけど。テレビとか観てみなよ。』

『いや、でも、勉強しといた方が、困る事は少ないと思うよ。』

『でも、お父さん、学校の成績、そんなに良くなかったんだよね? だけど、別に困ってないでしょ。自分が勉強してないのに、そんな事言われてもなあ。』

『…確かにお父さんは、学生の頃はそんなに勉強しなかったけど、今になって、ちゃんとやっときゃ良かったなあ、って思ってる。だから、君にそういう思いをさせたくなくて、こういう事を言ってるんだよ。』

『でもなあ。将来役に立つからやれ、って言われてもなあ。よく解んないよ。』

――――――――――――

『何で、勉強するの?』

『うん? 面白いから。』

『え、でも、学校の勉強なんか、全然面白く無いけど。』

『そうだろうね。いきなり、こういう理論があります、とか出されて、それを憶えろなんて言われたって、面白い訳無いよね。私だって、今、全然興味無い事を勉強しろ、って言われても、嫌だしね。』

『うん。』

『たまに、「将来役に立つから」なんて言って、勉強させようとする親がいるけど、どうなんだろうね。誰だって、役に立つかどうかちゃんと解らないものを、「やれ」って言われたって、困るよね。自分だったら、「やってられるか!」となると思う。て言うか、実際、そうだったし。』

『お母さんもそうだったんだ。』

『うん、で、何で、今勉強してるかというと、さっきも言ったけど、「面白い」からなんだよね。それに、「役に立つ」のが解った…と言うか、「役に立ってる」事が解ったからね。』

『どういう事?』

『たとえば、「数学とか理科なんて役に立たない」とか言う人、いるでしょ? 大人が直接そういう事を言ったり、芸能人とかスポーツ選手が言ったりね。』

『うん。』

『でも、それは全然違うんだよね。そこのテレビだって、ケータイだって、プレステ3だって、沢山の人が積み重ねてきた科学の理論を使って、作られているんだから。たとえば、「テレビは何で映るんだろう」とか考えて、調べていくと、科学の考え方が使われているのが解るんだよね。別に、ラジオとかCDとかでもいいけど、身近にあるものにも、数学とかの考え方が利用されてる。もちろん、仕事によっては、直接役立つものじゃ無いけど、だからと言って、役に立たない、とか、出来なくても良い、なんて言っちゃいけないんだよね。』

『あれ、でもさっきは、「役に立つから勉強させる」のはどうか、って言ってなかったっけ?』

『そうだね。だから、「役に立つから」、て言うんだったら、「何に役に立ってるか」、って事を、ちゃんと説明出来なきゃ駄目だよね、て事。だって、自分がよく知りもしないものをやれって言われたって、嫌でしょ。』

『うん、全然説得力無いし。』

『でしょ。で、ほとんどの大人は、多分、「何に役に立つか」なんて、答えられないと思う。何でか解る?』

『うーん…。』

『簡単だよ。「勉強してこなかったから」』

『あー、そっか。』

『だから、人に、勉強しろ、なんて言う暇があったら、自分が勉強するべきだと思うんだけどね。自分が知らないものを、よく「役に立つかも」なんて言えるよね。』

『じゃあ、「勉強しなくてもいい」って事?』

『私が言えるのは、勉強は面白いし、色んな所で役に立ってる、という事くらいだね。後、自分が好きなものがあったら、とことん、その仕組みとかを知ろうとした方が良いね。そうすると、色んな事が繋がってるのが、解ってくると思う。ま、色んな事に興味を持って、「どうなってるんだろう?」と考えるのが、良いんじゃない。』

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ことわざ検証

スラッシュドット ジャパン | 「早寝早起きは三文の得」はウソだった?

「得」じゃ無くて、「徳」だよなあ…、とか、英語の格言とはちょっと意味が違うじゃないか、というのは置いといて。

是非、このチームに、「トイレ掃除で開運」説を、検証して頂きたいものです。

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2006年12月 7日 (木)

Eスポーツ

2ちゃんねるのスレ経由で⇒asahi.com:「ゲームもスポーツ」種目採用 来年のアジア室内大会 - スポーツ

こりゃあ面白い。

JOCの反応も、解らないでもないですが。

ただ、大会の規模が大きくなると、用いられるゲームのレベルも、高いものが求められますね。ゲームバランスを、完璧(と言うと、アレですが)なものにしなければなりません。それに、既成のスポーツを再現したコンピュータゲームで良いのか? という疑問も出そうな感じも。超高難度のアドベンチャーを解かせるとか。そうなると、益々スポーツとは遠ざかる気もしますが。じゃあ、『バーチャファイター』辺りで…。

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トリック

Amazon.co.jp: 数字のトリック―「1」を聞いて「10」を知る方法: 本: 大村 平

世間で踊っている「数字」を、どの様に読み解くべきか、そこではどういったトリックが用いられているか、という事を紹介しつつ、統計学的な物事の見方の大切さが、とても解り易く説明されている良著。数式も余り載っておらず、読み易いです。用いられる例が身近で、解説も巧みなので、「おお、成る程。」と、サラリと直感的に理解出来ます。私は、大村氏の本が好きで、何冊か持っていますが(日科技連の、「はなし」シリーズ)、解り易いテキストの見本だと思います。大村氏をご存知無い方には、強くお薦めします。

追記:一番下の本、看過出来ない量の誤りがあるとの指摘あり。自分でそれがきちんと検討出来るようになるまでお勧めは保留します。2011年1月10日

統計のはなし―基礎・応用・娯楽 Book 統計のはなし―基礎・応用・娯楽

著者:大村 平
販売元:日科技連出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

確率のはなし―基礎・応用・娯楽 Book 確率のはなし―基礎・応用・娯楽

著者:大村 平
販売元:日科技連出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Book 論理と集合のはなし―正しい思考の法則

著者:大村 平
販売元:日科技連出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年12月 6日 (水)

メディアとは、箱の様なものですから、その箱には何が入るか、今まで何が入れられて来たか、今何が入っているか、今後何が入れられるか、そこに入っているものは、どんな特性を持っているか、性質は一様であるか、それとも、様々な種類のものが入れられるか、等を考えないと、駄目なのです。

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2006年12月 5日 (火)

お料理とFPS

タイトー、リモコンを動かして料理を作ろう! Wii「クッキングママ みんなといっしょにお料理大会!」

面白そうですね。シリアスゲーム的でもありますね(調理手順や必要素材を学ぶという意味で)。

Video Games レッドスティール

販売元:ユービーアイ ソフト
発売日:2006/12/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

昨日、友人宅で、三人対戦。

いやあ、滅茶苦茶面白かった。操作系は、直ぐ憶えられて、良い感じです。コントローラ(&ヌンチャク)も、かなり扱い易く、反応も良好。熱くなりました。意味不明なキャラ設定が、怪しさを醸し出しています(笑) 他のソフトより、断然盛り上がりました。

やっぱりこういうのは、対戦が良いですね。

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2006年12月 4日 (月)

ゲーム研究

ゲーム関連で、いくつかご紹介します。

東京大学馬場研究室/ゲーム研究プロジェクト(東京大学の、馬場章氏の研究室)

openlesson:学際情報学概論II:歴史情報論からコンテンツ創造科学へ(馬場章教授)(馬場氏による講義のストリーミング。iii onlineには、他にも、興味深い講義がいくつもあります。身体運動好きには、深代千之氏の講義がお薦め。佐倉統氏の講義は、とても解り易いです)

大阪電気通信大学 総合情報学部 大学院 総合情報学研究科大阪電気通信大学 総合情報学部 デジタルゲーム学科(数少ない、大学でのゲーム研究の学科。もっと増えればよいですね。学部の方には、別のWEBサイトへのリンクがあります)

DS de イングリッシュ 発進! - 大阪電気通信大学 情報処理教育センター学園広報-紹介ページ(教育用のシリアスゲームは、どんどん出てきて欲しいです。確か、スクエニがどこかと協力して、制作をするのでしたよね)

PlayStation2 大量導入のお知らせ - 大阪電気通信大学 情報処理教育センター(オマケ。なかなか壮観です。他の大学では考えられませんね)

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○○、お前もか!

参考にさせて頂いている、某ブックマーク経由で⇒せいちゃんマン日記 「水からの伝言」

どこまでが引用なのか、全然解りませんが(全文かな?)、書いてある事も、文体も、物凄いものがあります。

しかし、鶴太郎さんもですか…。

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苦し紛れ?

『グランツーリスモ5』の発売が決定! 『グランツーリスモHDコンセプト』は無料ダウンロード !! / ファミ通.com

この戦略は、どうなのでしょうね。元々買うつもりのなかった人には、無料ダウンロードというのは、とてもお得だと思いますが、買うつもりだった人にとっては、なんだそりゃ、といった所でしょう。まあ、色々、やんごとなき事情があったのでしょうけれども。

最初に記事を読んだ時は、書いてある事の意味が、全く解りませんでした。かなり回りくどい書き方ですよね。

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2006年12月 3日 (日)

懐古

今日、『サンデープロジェクト』を観たら、いじめや自殺について議論していて(途中から観ました)、教育再生会議の、義家弘介氏と海老名香葉子氏が出演されていました。

で、観ていて、海老名氏の発言が、余りにも、主観的価値観の一般化に思えたので、ちょっと拾ってみます。※司会の田原総一郎氏とのやり取りですが、海老名氏の発言のみを起こします。なるべく正確を心掛けましたが、聞き取りにくかった所等、細かい部分は、補いました。又、途中の細かいやり取りを省いている箇所もあります。

『簡単に死を選んでしまう。そういうような子に育ててしまうっていうのは、やっぱり親に責任があると少しは思います。』

『あのー、いじめられただけで死んだ子ばかりじゃないと思うんです。もう、世の中どうでもいいよ、っていうような感じで死んでいく子もいるだろうと思うんです。それを、いじめられたからという責任にして死んでしまう。あのー、余りにも、命の尊厳さを無くしてしまっております。簡単に死んでしまう。』

『面白くも何とも無くなった。明日の希望も無くなった。明日食べるの、何食べてもいいや、そいじゃあ、死んじゃおっかな、っていう、簡単に死んでしまう様な事を、聞きました。』

(上の発言の後、田原氏の、それを無くすにはどうすれば良いか、という問いかけを受けて)『はい、親です。親がきちんと小さい時から育てなかったからいけないんです。その親を…(田原氏「きちんと育てるにはどうすれば良いんですか?」)いやもう…あのう、生まれた時からもっと、きちっと抱いて、それで子守唄を歌って。幼児言葉を無くしてしまった、っていう事も第一違ってます。「おいちいね。おいちいおいちい。」とか、「たっちした。ああ、良かった良かった。」っていう事、全部無くしてしまいました。(田原氏「悪いのは親だ、と。」)そうです。』

――――――――――――――――

『そういう姑息なね(註:「姑息」とは、メールで「死ね」等と送り付けるいじめに対して)、やり方をする子どもに育ててしまった、っていう事。そこまで、いってしまったっていう事が、親の責任です。』

『昔はねえ、子どもの中でも、ガキ大将がいました。そいで、ちゃんと、差配(しっかり聞き取れず)しました。そいで楽しく遊ばせました。それから、社会もそうですけども、こう、そういう、陰湿な事はしなかったんですよ。チャンバラしたって、正義の味方は勝つ。悪い奴は負ける。そういう、あのう、教え方で、遊んでました(「遊べてました」かも。聞き取れず)。』

(田原氏の、今は変わってしまったが、どうすれば良い? との問いかけに)『ですから、元へ戻さなくちゃいけない。親の教育です。親がもっと、もう一度、子育てについて、研究しなくちゃいけないと思います。』

――――――――――――――――

『これだけ話題にしたら、この所、減ったじゃありませんか(註:自殺について)、これだけ。この一週間程で、大分、新聞出てないじゃありませんか。ですから、やっぱり、うんと話題にした方が良いと思いました。』

こういう意見は、子を育てた経験のある母親として持論を披露する、という事であれば、構わないと思うのです(同意は出来ませんが)。しかし、内閣によって設置された委員会の一員の発言としては、些か、思い込みが過ぎるものである、と感じました。特に、最後に引用した部分。これは、不用意な発言でしょう。話題にした、報道をしたから減った、等とは言えませんし、ここ数日の話からそう決断するのも、早計です。そもそも、報道されたから目立つようになった、と考える事も出来る訳で、「減った」、と言えるのでしょうか。

個人的な意見として、「自殺をする人は、命の大切さが解っていない」というのは、おかしいと思っています。正直、とても乱暴な主張だと考えています。

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頭が下がる

ITmedia +D LifeStyle:マッサージ師の動きを網羅した新「リアルプロ」登場

1・2年前でしたか、最近のマッサージ機はどんなものだろうと思い立ち、近くの電器店の、マッサージ機お試しコーナーへ。で、体験してみて衝撃を受けました。今のはこんなに凄いのか! と。マッサージ機など、生まれてから数回、しかも、単純に揉み玉が上下運動する安物しか使った事の無い人間からすると、カルチャーショックでしたね。そこら辺の人間にマッサージして貰うより、圧倒的に快適です。科学技術、恐るべし、という感じ。正に、技術者・科学者・工学者、そしてマッサージの専門家のコラボ、その努力の結晶ですね。機械だからといって、馬鹿にしてはいけません。そこには、優れた専門家の叡智が、注ぎ込まれているのです。

どうでもいいですが、リンク先の、『EP30000』の発売日が、大変な事に…。

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2006年12月 2日 (土)

最低限

某市民集会の様子、テレビでは絶対に流せませんね。

しかし、あの内容、尋常では無いです。もう、酷いとか、そういうレベルではありません。

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双節棍

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 まんたんウェブ - Wii:リモコン“手離れ” 米ネットで話題に

「テレビ画面を壊した」って、一体どれだけ振り回したんだ、と。

日本でこういう事例が出たら、又、ゲームがどうこうとか言われそうな…。考え過ぎでしょうか。

あ、YouTubeにアップされた動画は、観ていないです。ネタ動画かどうかも確認していません。

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ウエート

私の経験を振り返って、思った事を書きます。多分、同じ様な事を考える人は、沢山いると思います。発達心理学等でも言及されているかも知れませんが、よく知りません。

「子どもがどういう性格になるかは、養育者の育て方次第だ」という主張、ありますよね。

勿論それは、正しい部分もあるとは思うのですが、余りそれを信じ込むのも、どうかと思います。子どもは当然、養育者(一般的には親)とだけコミュニケーションを取るのでは無く、同じ年代の仲間(友達等)や、養育者以外の大人(学校や習い事の先生等)と、やり取りをする訳です。ジュディス・リッチ・ハリスが、仲間集団とのコミュニケーションが、性格形成に大きな役割を果たしている、という様な事(でしたよね?)を書いていましたが、私は、子ども(に限りませんが。と言うか、一般的に当てはまると思います)は、周りの人に「重み付け」をして、その対象によって、態度を替えるのだと考えています。同じ様な注意をされても、その相手が、幼稚園の好きな先生か、水泳教室の煩い先生かで、全く受け取り方は異なると思います。勿論、個人では無く、集団の場合もあるでしょう。「両親」という集団よりも、「友達」という集団に重きを置いていれば、親の言う事を聞かず、仲間との関係を大切にするかも知れません。「言う事を聞かない」という行動に、価値を見出す場合もあるでしょう。人によっては、ドラマや映画の主人公、カリスマ性の高い歌手、小説や漫画の登場人物、等々の行動・認識に憧れを抱き、積極的に真似る事もあるでしょう(よくある事ですね)。それは、社会的に好ましいとされる行動規範を形成するかも知れませんし、逆に、反社会的行動に走らせるかも知れません。ある意味では、養育者よりも友人と会う時間が長い人が、友人と価値観を共有する、というのは、当然とすら言えるでしょう。文学に親しむ人が、登場人物に憧れ、その人間性をなぞる、というのも、大いにあり得る事です。

当然、人はどの様に育つかは不確定だから、育て方など関係無い、と言いたい訳ではありません。ですが、性格は、養育者の育て方で、ほぼ全て決まる、という様な論理(それは、問題行動を起こした人間の原因を、養育者に帰する事になります)は、慎重に吟味する必要がある、と考えています。

上にも書いた様に、大人になっても、「憧れの人」、「信頼出来る人」というのはいるので、その重み付けによって、「話の聞き方」等に、差が出るでしょう。自分が信用していない対象に対しては、懐疑的になり、慎重に考えるかも知れません。逆に、「聞く耳を持たず」、という事もあります。相手が信頼(「心酔」とか)出来る人ならば、言う事をちゃんと考えず、「鵜呑み」にしてしまう場合もあるでしょう。それが、行動規範の変化を促す、というのは、結構、ある事なのではないでしょうか。解り易い、タイムリーな例を挙げると、某超有名アーティスト(検索・TBスパム回避)が「水伝」を軽いノリで紹介したのを「鵜呑み」にして、「何て良い話」と感じ入る人も、いるのです。そういう人は、某アーティストに対して、極めて多分の重み付けを行っているのでしょう。だから、水伝の内容(話された範囲での)を吟味もせずに、信じてしまうのだと思います。

結局何が言いたいか。要するに、人は、色々な他者(実在の人に限らず)に、色々の影響を受け、成長していく、という事です。そしてそれは、容易に分析出来ない、複雑な現象なのだと思います。

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2006年12月 1日 (金)

文科系的水伝批判

水伝を、自然科学以外の観点からも考察しているブログの記事を、集めてみました。

So-net blog:Chromeplated Rat:構造主義言語学による「お水さま」論考序説(水伝の、記号学的考察追記:というか、記号学を援用して水伝を皮肉った、といった所でしょうか。他にも、興味深いエントリーがあります追記:御本人からコメントを頂きました。コメント欄をお読みください

鴉工房: 「水からの伝言」って何だ鴉工房: 「水からの伝言」まとめ鴉工房: 「水からの伝言」まとめ2(画家としての観点から。私もコメントしていますが、コメント欄でのやり取りが興味深いです)

朴斎雑志: 「トンデモ原論」――人文系の「ニセ科学」対策(中国古典文学者による批判)

油小路ニュー中猫屋 『水からの伝言』から油小路ニュー中猫屋 憎しみの練習のことば(中猫さんによる考察。余談ですが、中猫さんの、血液型性格判断についての論考は必読)

あんねりあん(ぶろぐ編): 「水からの伝言」を信じないでください & メンタルマジック(オカルト系の番組の影響というのは、結構あるかも知れません)

「水の伝言」に対する反論は妥当なのか? - スポンタ通信 2.0 - 楽天ブログ(Blog)(ちょっと意図が読み取りにくい文章です。田崎さんとメールでやり取りをされたとのこと。でも、誤読されている様な気がするなあ…)

b# - 美しい日本語(言葉に絶対的な美醜・善悪はあるか? という観点から)

ココロ社:『水からの伝言』は真実だった!(これは面白い!)

思索の日々-投資とは未来に対する希望- - ”「水からの伝言」を信じないでください”は問いかたが間違っていると思う。(引用文の後段を読めば、田崎さんの真意は明らかだと思うのですが…)

亀の歩み - 水伝は事実ではないが、「水伝を事実と信じている人がいる」という事実に対しては、もう少し寛容であってもいいとおもう(「感謝のこころを持ちましょうね」、という精神なら良いのですが、「良い言葉を使いましょう」等だと、個人的な価値観の押し付けになってしまう可能性があります。で、水伝の場合、”「感謝のこころを持ちましょうね」という部分に共感”、というのとは、ちょっと違う気もします。そもそも、水に委ねてしまうのですから)

事象の地平線::---Event Horizon--- :: 水伝:科学だけの問題ではない(皆さんご存知の、apjさんのブログ。注意しておかなければならないのは、自然科学者が、自然科学的メカニズムだけでなくて、言葉の意味や道徳教育の問題にも言及している、という事です。元々、道徳教育に水伝が用いられた、という経緯がある訳ですから、自然科学者が言及するのは当然の事ですね。でも、これは、理科系の学者にとっても負担だと思うのですよね。もっと、文科系の人から声が上がって欲しいですね)

朴斎雑志: 水に芸術はわからない(朴斎さんによる、人文科学的水伝考察。これは傑作です。読むべきです)

思索の海 - 「水からの伝言」に言語学の立場から反論する(言語学の観点からの批判。言語の恣意性についても触れられていて、的確な内容です。水伝は、自然科学以前に、言語論的な問題であると思っていましたので、待ってました、という感じですね)

みみずくからの伝言 - 「あ」という音はない(こちらも、言語学的観点から。とても解り易いです。言語学やらゲシュタルト心理学やらを勉強すると、物理的に同じ刺激でも、状況によって意味が変わる、というのが、よく解るんですよねえ。見方を替えると、違う刺激でも同じ意味だと認識する、って事ですね)

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