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2006年11月13日 (月)

噛み合わない

批判の続き。

恐らくJ2さんは、「声掛け実験」のみを、反証実験と看做されているのでしょう。水伝の実験条件が明らかになっていないのですから、それまで物理学で見出されている知見から、成り立たない事を導き出すのは当然だと思いますが、それでは不足だという事でしょう。※私も、信じかけている人を説得するには、新たに実験をするべきだ、と考えていましたが、それがどの程度効果的かは疑問である、と認識する様になりました。つまり、わざわざ反証実験を行った、その結果によって説得される層は、そもそも、「そこまでしないと」説得出来ない層なのだろうか、という疑問です。リスクゼロならやるべきですが、そうでは無いので、慎重に考えるべきでしょう。

ですから、田崎さんが「水からの伝言」が事実でないというためには、実験で確かめなくてはいけないのでは?※2や科学者は、水のつくる結晶を見て美しいと思わないのですか?を書かれているのに、「説明が不充分」と仰るのだと思います。

一方で「文章が長すぎる」と言っておいて、他方では、「説明が不充分」と仰る。誤解を招かない様、最小限の情報を書こうとすれば、ある程度文章が長くなるのは、致し方無い事だと思います。短くすれば、それこそ「説明不足」という批判を受けるのでは? それとも、「文章の言い回しなどが冗長、回りくどい」結果、文字数が多くなった、と仰りたいのでしょうか。もしくは、「そこはもうちょっと短くして、他の重要な部分に文字数を割くべきだ」、という事でしょうか。よく解りません。個人的には、簡潔で、とても読み易い文章だと思いましたが。

それから、田崎さんは、他の方のアドバイスも取り入れて、随時、ページを更新なさっています。疑問点等があれば、田崎さんに直接質問する、というのも良いのではないかと思います。

※2 長文ですが、一部引用します。

さて、もし仮に(「仮に」ですよ!)、「文字や音楽から出る波動の影響で水の性質が変わり、水はそれを記憶する」という「水からの伝言」の主張が正しかったとしましょう。そうすると、水を使ったさまざまな科学の実験で何がおきるでしょうか? 実験に使われる水は、ビンに入れて保存されているでしょうが、そのビンには色々な文字を書いた紙が貼ってあることでしょう。あるいは、水が置いてある横で、誰かが歌を歌ったかも知れませんし、実験をしながら CD をかけて、音楽を聴いていたかも知れません。「水からの伝言」が本当なら、水は、これらの「波動」を受け、その内容を記憶し、性質を変えてしまうはずです。しかも、ビンの文字がいたずら書きだった場合(「蒸留水」と書くべきところを、学生さんがふざけて「上流水」と書いたラベルを貼っている、なんていうことは、よくあります)と真面目な活字だった場合では、波動は大きく違うでしょうし、モーツァルトを聴いていたときとヘビメタを聴いていたときでは、さらに劇的に違うはずです。その異なった波動が水に記憶されていれば、当然、その記憶は、精密な実験の結果に影響を及ぼすはずです。つまり、実験の結果は再現性のないものになります

これは、とても大切なところですので、よく考えて下さい。今の話では、科学者が「水が波動の影響を受ける」ことを知っていようが知っていまいが、そんなことは関係ないのです。 もし「水が波動の影響を記憶する」のであれば、(水が受ける波動を制御しなかった実験では)かならず再現性が失われるのです。これは、科学者が何を信じているかとは、まったく無関係の話です。

しかし、現実の世界では、水を使った多くの精密な実験は、素晴らしい再現性を見せています。きれいな雪の結晶を作る実験だってされていて、驚くべきことですが、みごとな再現性が得られています。もちろん、再現性のある実験をするためには、さまざまな条件を注意深く一定に保つ必要があります。しかし、水に見せる言葉や水に聞かせる音楽をきちんと管理しなくても、再現性は得られたのです。これは、水が言葉や音楽の影響を記憶しないということを示す、非常につよい実験的な証拠だと言えます。

「これまでの科学者は、言葉が水に影響を及ぼすことを知らなかったから、実験をしても、それに気づかなかったのだ」という言い方をする人がいるようですが、上の説明をよく読めば、これが的はずれだということが分かるでしょう。科学者が知らなかったとしても、効果が本当にあるなら、それは、(再現性が失われるという形で)ちゃんと実験の結果に顔を出すのです。

以上をまとめれば、これまで、科学・生物・物理など数多くの分野で水を用いておこなわれてきた、ものすごい数の、非常に精密な実験のすべてが、「水からの伝言」は本当ではないということを示す実験になっているということです。

これでも、説明不足なのでしょうか。予想される反論としては、「それでも、”声かけ”というパラメータを入れた実験が必要無いという事にはならない」、といった所でしょうか。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

追記あたり読むと、J2さんは自己矛盾をかかているようですね。
ニセ科学が科学のカッコをしているならキッチリ叩けばいい、といいながら、キッチリ叩くのに「実証責任」という科学の手続きを持ち出すのはおかしい、というあたりとか。

アレゲな喩えをすれば、ニセ科学は、いわばPRIDEに出た金子賢でしょう。
たとえ俳優であっても、いったんリングに上がれば、格闘家として扱われる。

「水伝」が金子賢と違うところは、気持ちが本物かどうか、というとこではないでしょうか。
「水伝」は、魂もニセモノ。

投稿: A-WING | 2006年11月13日 (月) 19:27

A-WINGさん、今晩は。

J2さんも仰っていましたが、ちょっと煽る様な書き方が、良くなかったのでしょうね。

そうではなくて、丁寧に、個人の感想として書いておけば、この様に読まれる事がある、というケースとして、参考になったのだと思います。反証実験が必要かどうか、というのは、散々議論されていますしね。だから、読まれた皆さんは(私も含めて)、「そんな事、皆考えてるのに…。」と思われたのでしょう。
そもそも田崎さんは、読者の意見を参考にして、テキストを修正されていますし、どんどん良いものにしていこう、という姿勢な訳ですものね。

 >いわばPRIDEに出た金子賢でしょう。
ああ、成る程。これは面白い喩えですね。
水伝の場合、「試合に出て実力を証明してみないか?」と打診されているにも拘らず、それを断り続けて、その上で、「自分はヒョードルにも勝てる!」、と触れ回っている様なものでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2006年11月13日 (月) 23:34

穏当な内容で説得的でした。J2氏は好エントリーの多い方で愛読しているのですが、今回は残念でした。TAKESAN様がおっしゃるように(1)すでに真摯な議論の蓄積のなかで通過済みの内容を(2)無用に煽り口調で書いたために、多くの反発(含む私)を招いたようです。ツッコミ入れられる中で頑なになっていたようにも思います。(1)(2)どちらかでも違っていたらなあ。それでも田崎氏御自身のおでましで大団円となったようで何よりです。これには驚きました。

投稿: ft | 2006年11月14日 (火) 19:34

ftさん、今晩は。

今回は、nomadさんの働きかけもあり、良い方向へ収束しましたね。田崎さんの応答は、さすが、といった感じです。
最初のエントリーの書き方が、ちょっとまずかったのでしょうね。J2さんも、反省なさっている様ですが。

今後も、建設的な議論が進めば良いですね。

投稿: TAKESAN | 2006年11月14日 (火) 20:58

総括のエントリーがあがっていますね。
ただ、やはり、少し認識にズレがある様に思われます。

投稿: TAKESAN | 2006年11月20日 (月) 13:47

うーん。これって反証実験がそんなに難しい事でしょうか?

田崎さんが、学生への講義でSHINEの例を出してましたが、それの応用で、「同音で言語ごとに意味が違う」言葉を同じ部屋で日本人と、ネイティブにかけさせればいいだけでは?

測定条件って実はあまり関係なくて、江本達は「良い言葉と悪い言葉」という「差があるから結果が違う」と主張しているわけで、「効果」も(増幅係数はあるかもしれんがw)差分でしか効いて来んでしょ?

つまり、「差分がありませんでした」を示すだけでも、江本達を追い込む効果はある。

例えば、「コン(仏語でチンコ)」「チンチン(イタリア語では乾杯)」とか、「イソノカツオ(イタリア語で「私はチンコ」)」とか、「アホ(=スペイン語ではニンニク)」とか。

何なら、私は日仏二重国籍で、滞在時間も同じぐらいですので、「コンコン」叫ぶ実験してもいいですよ(^^;。

投稿: JosephYoiko | 2007年4月29日 (日) 12:17

失礼。interdisciplinaryでググって、引っかかったエントリが最新のエントリだと勘違いしてました(^^;。

随分古い話題にコメントして済みませんm(_ _)m。

投稿: JosephYoiko | 2007年4月29日 (日) 12:22

>JosephYoikoさん
江本氏の「波動」の理屈を用いれば、「声をかけた人間の波動が影響した」という逃げが使えるので、説得や江本説の否定として実験をやるのは無意味です。

投稿: A-WING | 2007年4月29日 (日) 12:37

JosephYoikoさん、今日は。

以前のエントリーへのコメントは歓迎ですので、どんどん(笑) お願いします。

実験としては、JosephYoikoさんが仰る様なもので、充分であると思います。ほんのちょっと信じかけているかなあ、という辺りにいる人は、「あ、そっか」、という感じで、納得するかも知れませんね。

前、こんな事を書いたりしました⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_a39c.html
ここでは、語形の恣意性の観点から、考えてみました。

勿論、この手の論理は、コアの部分にいる人には、通用しないでしょうね。多分、あらゆる「独自の概念」を用いて、反論すると思います。波動とかですね。

「イソノカツオ」、全然知りませんでした(笑)

投稿: TAKESAN | 2007年4月29日 (日) 16:34

A-WINGさん、今日は。

反論として、羊―山羊効果的なものが、出てくるでしょうね。
信じなければ良い波動が出ない、という感じで。尤もそれは、文字に固有の波動があるなどという前提を、自ら反証している様なものですけれど…。
そして、「想念波動」とかが、出てくる訳ですね⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/02/post_2462.html

前にpoohさんが、「みにふぃえ」という語を用いて、面白いエントリーを書かれましたね⇒http://blog.so-net.ne.jp/schutsengel/2006-11-29

水伝を信ずる人は、言語の恣意性を認めないのかも知れません。
それは容易に、特定の言語に対する差別的認識を形成させるきっかけにもなり得る、と思います。「日本語は美しい」(他言語が美しく無い、という含意)、という様に。

投稿: TAKESAN | 2007年4月29日 (日) 16:44

A-WINGさん:

済みません。僕の無理解かもしれませんが、純粋におっしゃっている意味が分かりません。

先のコメントを書いた背景をちょっと書いてみると、実験屋さんの中にやたらと、「江本達の実験条件が出ていないから再現実験出来へん。」と主張する人が居る事に関する疑問です。

彼らは、入力差が及ぼす出力差に言及しているわけですから、間で波動が噛もうが何が噛もうがそれはブラックボックスで良いんじゃないかと。

心理学の人達が、モデル化出来ない部分の条件は、両者に共通する下駄だから、差分だけに目をつけて議論すれば、そこは省いてよいという実験をするのと似ています。

投稿: JosephYoiko | 2007年4月29日 (日) 18:12

しまった。文章が分かり難い(^^;。

第3段落の「彼らは、入力差が~」の彼らは、「江本ら」と読み替えて下さい。

投稿: JosephYoiko | 2007年4月29日 (日) 18:14

JosephYoikoさんは、江本氏が主張する現象(水に言葉を見せたり聞かせたりする→綺麗/汚い結晶が出来る)を、きちんとした研究デザインによって検証する事は出来るだろう、というご意見で、A-WINGさんが仰りたかったのは、いかなるデザインで研究が行われても、江本氏等は、その結果を自説に都合の良い様に解釈(否定も含めて)するだろう、という事ですよね。

江本氏の論を検証する研究デザインは可能か? という論点と、科学的研究により見出された結果によって、江本氏やビリーバーの説得は可能か? という論点との違いで、そこにズレがある様にも見えます。
で、お二方が仰るご意見は、いずれも妥当だと思います。

投稿: TAKESAN | 2007年4月29日 (日) 18:50

TAKESANさん:

ああ、江本らが聴く耳持たないってのはおっしゃる通りだと思います。その意味で、江本らの説得にはならんかもしれんね(^^;。

A-WINGさんの書かれたかったこともそういう意味なら理解出来ます(^0^)。

TAKESANご指摘の通り、「科学的な手法って何よ。」って話を僕は書いたつもりです。言い方悪いけど、実験屋さんがちょっと学者馬鹿になっているのが気になりました。

下駄と書いたけど、あいまい誤差量をを許容しても、彼らの説を鵜呑みにしている(まだ波動教徒ではない)人達は説得できるよねってお話です(^-^)。

投稿: JosephYoiko | 2007年4月29日 (日) 19:44

>TAKESANさん
補足ありがとうございます。おっしゃるとおりです。

>JosephYoikoさん
実験方法をデザインすることは幾らでも出来ると思いますけど、はたして実験をして何を得られるか?を考えると、私は、どんな実験をしても、水伝を否定しようとする実験である限りは、メリットが無いどころか、逆に敵に塩を送ることになるんじゃないかと思います。

投稿: A-WING | 2007年4月29日 (日) 20:28

やはり、誰が・どこで・どの様な実験をやるか、という事になってくるでしょうね。
反証実験に関しては、以前に、apjさんとながぴいさんが、(安井氏の記事をきっかけに)議論をなさっていたり、kikulogでも議論されていたりしましたが、その辺りを踏まえた私見としては、江本氏の説を科学的実験の俎上に載せる事は可能だが、それは、あくまでデモンストレーションレベルで行うに留めるべきだ、という考えです。実験されたという事実は、「ほんのり懐疑的」な人を説得するデータにはなり得るかな、という感じでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2007年4月29日 (日) 23:46

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