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2006年11月 5日 (日)

合気を科学的に考える

判り易くする為に、高岡英夫氏の概念・引用文を、で示します。

武術に興味のある方ならご存知だと思いますが、日本武術に、「合気」という言葉があります。

合気の語自体は、古来、剣術等で使われていた様ですが、現在、合気と言えば、合気系武術と呼ばれる、大東流合気柔術や合気道等において用いられる具体的技術、として認識される場合が多いと考えられます。特に大東流では、「合気をかける」という表現が用いられ、明確に、具体的技術として対象化されている様です。合気道では、もっと一般的な、自分と相手との認識的な関係を示し、タイミングを合わせる事を「気を合わせる」、「気の合わせ」等と表現し(高岡の言う、「第一の合気」。『フルコンタクトKARATE』 1996年1月号 参照)、「合気」という語を用いる事は、あまりありません(実際の指導の現場で用いられる事はあるかも知れませんが、文献で見かける事は、殆どありません)。

対して、(主に)大東流では――現象を記述すると――受け(技をかけられる側)が、取り(技をかける側)の手を掴んだ刹那、踵が浮き、身動きが取れなくなって、手をしばらく離せなくなる、といった状態を、「合気がかかった」と言い、相手をその様な状態に成さしめる事を、「合気をかける」と称します(高岡の言う、「第ニの合気」。前掲書参照)。

勿論、流派により、又、同一流派内においても、指導者によって、言葉の使い方は異なっており、必ずしも峻別出来るものではありませんが、(武術に関心を持つ人に)一般的な認識としては、概ね、「合気」と言えば二番目の技術を指す、と考えて良いかと思います(メディアによって、その様に紹介されて、それが流布した、と考える事が出来ます)。

さて、実際に、達人が技をかけると、上で書いた様な現象(身動きが取れなくなり云々)が観察される訳ですが、多くの人は、それを観て、疑念を持つと思われます。「あれはヤラセだ」とか、「あんな事、起きるはずが無い」といった具合に。武術は本質的に、人対人のやり取りですから、そこには、人文・社会科学的(勿論、心理学含む)メカニズムが介在します。又、身体運動ですから、当然、物理学的メカニズムが作用します。正に、「多様な現象分野が複雑に絡み合った一個の巨大現象総体」(高岡英夫『合気・奇跡の解読』 ベースボールマガジン社 参照)です。その意味で、合気という現象を科学的に分析するのは、とても難しい事であると言えます。

高岡英夫氏は、自身を被験者とした実験的研究を行っており、その一端を、著作で発表しています(以下、高岡英夫『合気・奇跡の解読』 ベースボールマガジン社 参照)。そこでは、人文・社会科学的メカニズム(簡単に言うと、「馴れ合い」、「手心を加える」や、上位者による「お手盛り」。潜在的に働く場合もある)の介在を極力排する為に、課目を明確にし(「抗負荷挙肢運動――手首を押さえられた状態から、腕を揚げる運動。被術者はそれに対して抵抗する。※施術者は「取り」、被術者は「受け」)、「3秒ルール(3秒以内に、施術者が肩の高さまで手首を持ち上げられれば、施術者の勝ち、とする)」を設定しています。この事で、より課目が競争的になり、馴れ合いが排除されます。そして、スティックピクチャー・圧力板・筋電計を用いて、バイオメカニクス的な分析も行っています。それによって、身体のどの部分がどの様に運動しているか、どの筋肉がどの位収縮しているか、という事を、明確に測定出来ます。又、時間的な変化を捉えられます。

実験の詳細は、高岡氏の著作を参照して頂くとして、氏によれば、ベスト(衣服のベストの袖ぐりのライン辺りに形成される、身体意識の構造。バイオメカニクス的には、肋骨や鎖骨、肩甲骨等を、恰も一つの関節の様に働かせる――これを、「機能関節」と言う)を運用した場合、最もスムーズに課目を達成出来た、という結果が得られたとの事です。高岡氏による合気のメカニズムの仮説は、施術者がベストを運用させる→被術者の手に、大きな重みが掛かり(「豚の脚を持たされる」状態)、被術者の手を支点とした、全身の前方回転運動が生起する(一次局面)。※普通、手を揚げようとすると、肘・肩を支点とした運動になるが(固定支点)、ベストを使う事によって、被術者の手首を中心(支点)として、肩・腕が「下がる」事になる(揺動支点支点転動)→被術者に生理学的反応が起き、重心の浮揚等が起こる(二次局面)→一連の反応が進行し、いわゆる「合気がかかった」状態になる。つまり、全体重は自分で支えているが、制御は施術者によって行われているという状況。これを高岡氏は、「奪制御支体重(の内、体重100、制御0の状態)」と概念化しています。本実験により、この仮説が支持されたと言えるでしょう。ただ、厳密を期するならば、本実験でも、人文・社会科学的メカニズムを完全に排する事は困難ですし、又、被術者の抵抗の仕方等にも人によって違いがある、という事は言えます。その意味で、更に実験条件を工夫する事も必要です(もしかすると、行われているかも知れません)。たとえば、施術者を機械によって代替させる等(一次局面は、物理学的現象ですから、機械によっても生起する事が推測されます)の実験を行い、普遍的に現象が起こるかを確かめる等(ベストがしっかり形成されている人間自体が少ないので、合気の現象は、再現性が低いと言えます。当たり前ですね。皆が直ぐ出来れば、達人技でも何でもなくなりますから。ある程度の再現性を確保する為にも、機械を用いた実験は有効だと考えます。デザインは難しいでしょうけれど)。

合気について解説している武術家の意見を見ると、「背中の筋肉を使う」とか、「身体を固めて一気に揚げる」等の説明がされている事があります。しかしこれは、結局、押さえつけている力に対して、力で対抗するという意味であって、達人が言う「力を使わない」という事と矛盾します。詰まる所、固定支点によって荷物を持ち上げる運動と同じですから、より筋力をアップさせなければならない、という事になります。これは即ち、筋力の衰える年齢になると、合気は出来ない、という事でもあります。それでは、老齢になっても神業を見せた達人は、老齢の割りに筋力が強大だったか、悉くが人文・社会科学的メカニズムによって技を行ったかの、いずれかである、と結論されてしまいます。後者はともかくとして、前者は、明らかに矛盾します。達人の体格を見れば、一目瞭然です。つまり、背中の筋肉云々というのは、達人が行っている身体運動とは、似て非なるものである、と言う事が出来るでしょう(又、ただ持ち上げるだけでは、奪制御支体重は成立しないでしょう。これでは、その後の技に持っていきにくい、という事を意味します)。

合気系の人達が、高岡氏の研究にどの程度注目しているかは知りませんけれども、氏の研究は、実に科学的・論理的で、見事に考えられています。氏の実験を基にして、更に方法を工夫し、より詳細に、メカニズムを探求する事も出来るでしょう(勿論、反証に対しても開かれています)。もし、氏の研究が注目されていない(あるいは無理解)とすれば、とても勿体無い事であると言えます。中には、「科学的に武術を研究する」と言うだけで、拒否反応を起こす人もいますが、そういう考え方をする人は、残念ながら(余程天才的で無い限り)、上達の道を、自ら閉ざしてしまっている、と言えるでしょう。幾つか、高岡氏の研究についての意見を見た事がありますが、悉く的外れでした。批判が批判になっていなかったり、科学的概念を誤解していたり…。

ともかく、武術に携わる人は、もっと、科学的にものを考える能力を鍛えた方が良いと思います。せめて、毛嫌いは避けるべきだと考えます。

参考文献:『フルコンタクトKARATE』 1996年1月号 福昌堂、高岡英夫『合気・奇跡の解読』 ベースボールマガジン社

多分、そんな古い『フルコンタクトKARATE』なんて、持っている人は少ないと思いますので(笑) 「第一の合気」、「第二の合気」についての部分を引用します。

○合気道では、力線をずらしたり、タイミングや弾みを利用したり、テコの原理を利用したりという、巧みな力学的技術のエッセンスを総称して「合気」と言い、またそうした技術を充分に発揮するための土台となる自己と相手の認識・意識的関係をも「合気」という概念を(引用者註:原文ママ)含めている流派が多いようです。

この、力学的関係の部分は、高岡氏の言われる「低次合気」の概念に通ずるでしょう。

(前略)合気柔術では、概して「合気」を巧妙な力学的技術のエッセンスとしてではなく、相手の運動制御機構そのものを自己の支配下に置きコントロールする技術のエッセンスとして考える場合が多いのです。

これは、本文で挙げた、奪制御支体重の理論ですね。この現象が、高い再現性で観察されるとすれば、それは、生理学的・心理学に、とても興味深いのではないかと思います。

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コメント

補足。
ここでの「合気」とは、高岡氏の言われる「中次合気」を指します。
「中次合気」とは、技をかける側の身体の弛緩度が高く、揺動支点優位の運動性(フリー)、かけられる側は、身体の拘束度が高く、固定支点優位の運動性(スティフ)、である場合(F-S系)に成立する合気の事です。

投稿: TAKESAN | 2006年11月 7日 (火) 03:51

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