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2006年11月30日 (木)

何をか言わんや

Sankei Web > 神奈川 > 【ヤンキー先生の「オレにまかせろ」】 朝食(11/27 10:04)

内容のおかしさは、もはや言うまでもありませんが、文章そのものが微妙だと思うのは、私だけでしょうか。

「じゃあ自分はどうなんだ?」と言われそうな気もしますが…。勿論、自分を棚に上げて書いています。

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「随想」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
リンク先の記事中の,「朝」の字の成り立ちが間違ってますね。
「朝」は,草原から上ってくる太陽を表したもので,「十月十日(とつきとおか)」ではありません。
言いたいことは解るんですが,例としてもってくるなら,もうちょっと考えた方がよかったですね。

投稿: A-WING | 2006年11月30日 (木) 11:08

A-WINGさん、今日は。

成る程、そういう意味があったのですね。知りませんでした…(←恥ずかしい)。
ヤンキー先生、この喩えを、よく使っているみたいです。遊鬱さんの所で見たのですけれど、誰かの受け売りっぽいですね。

投稿: TAKESAN | 2006年11月30日 (木) 14:07

こんばんは。

>『朝』という漢字は、『生命が母の胎内に宿ってから、この世界に誕生するまでの時を意味しているのだ。

「朝」にはこんな意味はありません。もし、子どもがテストでこう答えたらどうするんでしょうか。
また、この話は、検索してみたら自己啓発セミナーみたいなところでも使われているようです。ニセ科学の文系版でしょうか。
富山大学にその手の先生がいたので、報告しましょうか。

ちなみに、朝食と学力の関係もよく言われますが、次の報告が、分かりやすくリベラルです。
https://www.city.matsue.shimane.jp/jumin/kyouiku/gakkou-kyouiku/gakuryoku_16/kanren.html

いくら朝食を食べても、脳力がアップしても、勉強しなければ学力は上がりません。

投稿: ドラゴン | 2006年11月30日 (木) 19:09

ドラゴンさん、今晩は。

実は、「十月十日 義家」でググってみたのですが、結構、あちこちで触れ回っておられるみたいです。成り立ちが違うのを知っていて、使っておられるのかどうか。どちらにしても、良い話だからいいじゃないか、なんて言われそうですが。

 >次の報告が
おお、ご紹介、ありがとうございます。こういう、極めて真っ当な解釈も、ちゃんとあるのですね。
朝食を食べる事と学力に正の相関関係が見出されたとしても、直ぐに偽相関の可能性を考えるのが、当たり前なのだと思うのですが、そうならない人もおられる様で…。

 >いくら朝食を食べても、脳力がアップ
 >しても、勉強しなければ学力は上がり
 >ません。
昔、某イグノーベル賞授賞者が、頭の良くなる食べ物とやらを開発した、というニュースを観た時に、「でも、勉強しなきゃ、意味無いじゃないか。」なんて事を考えました。

 

投稿: TAKESAN | 2006年11月30日 (木) 20:46

 >富山大学にその手の先生
もしかすると、朴斎さんの事でしょうか。以前、apjさんのブログでお見かけして、最近では、文科系の視点からのニセ科学批判を、ブログに書かれていましたね。
朴斎さんのサイトのゲストブックを読んだら、丁度同じ様な話が出ていましたね。

投稿: TAKESAN | 2006年11月30日 (木) 21:13

既に、やり取りなさっていましたね。
失礼しました。

投稿: TAKESAN | 2006年12月 2日 (土) 00:09

 はじめまして。朴斎です。
 既に「朴斎雑志」の方にも書きましたが、こちらにもぜひ紹介したいのが次のページで、まさに盲点を突かれた思いです。
 http://blog.livedoor.jp/kitamichi/archives/19669655.html

よくよく考えたら「萌」という字も分解すれば「十月十日」になるのでした! だとすると「生命のパワー」を得るためにはみんなで「萌え系ヲタク」になろう! と言う理屈も成り立つわけで。

 しかつめらしく本当の字源を説くよりは、こっちの方が目を覚まさせるにはいいかも知れませんね。

投稿: 朴斎 | 2006年12月 2日 (土) 00:37

朴斎さん、今晩は。

 >こちらにもぜひ紹介したいのが次のペ
 >ージ
おお、これは! こういう視点があったとは。テレビか何かで見た気もしますが、すっかり忘れていた様です…。

やはりと言うべきか、Wikipediaにも記載されていました(笑)http://ja.wikipedia.org/wiki/10%E6%9C%8810%E6%97%A5

投稿: TAKESAN | 2006年12月 2日 (土) 01:45

余談ですが、私が、義家氏の文章を読んで、一番違和感を覚えたのは、

 >向き合った児童たちは確かに朝食を採
 >っている。しかし、しかしだ!朝食
 >は『エサ』ではない。食べさせればい
 >いというものではないだろう!
この部分なのですね。各家庭の事情も考慮せずに、こういう事を書くのは、いかがなものかと。どうしても、一人で食べざるを得ない子どもは、どうすれば良いのですか、とも。

又、果たして、家族が揃って朝食時に食卓を囲む、という「形」さえあれば良いのだろうか、とも思います。

投稿: TAKESAN | 2006年12月 2日 (土) 01:55

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