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2006年11月12日 (日)

批判

取り急ぎ纏めたので、雑な部分があるかと思います。ご指摘頂ければありがたいです。引用も、リンク先のエントリーの順番に沿っていないので、読みにくいかも知れません。申し訳有りません。

「水からの伝言」を信じないでくださいに関連して、議論が盛り上がっています。

批判的な論点も重要かと思いますので、関連リンクを貼っておきます。

void GraphicWizardsLair( void ); // 「水からの伝言」にまつわる議論で忘れがちなのは、科学の話と洗脳・共感の話がごっちゃになるところ

finalventの日記 - 『「水からの伝言」を信じないでください』を信じてください

ふぉーりん・あとにーの憂鬱: 誰が屏風の虎を追い出すか?

音極道茶室: 『「水からの伝言」を信じないでください』と言うのならやるべき事は一つだろう?(こちらが、議論の元となったエントリー)

音極道茶室: やればいいじゃん反証実験

きくちさんやapjさんのブログを読まれている方は、J2さんの批判の内容が、既に議論されている事はご存知だと思います。私も以前、J2さんと同じ様な事を書きましたが(信じ方)、現在は、反証(追試というより、科学者が新たに、厳密に実験条件を設定した検証※)を行う場合のリスクを考える必要がある、と思っています。科学者側としては、J2さんの批判に対しては、「それは充分に考慮した上での態度」だ、といった所でしょう。それから、apjさんのブログを読めば解りますが、「反証するべきだ」と主張する科学者も、当然おられる訳で(そもそも、水伝への反証実験について、コメント欄が盛り上がったapjさんのエントリーは、「反証実験をすべきだ」と言った科学者への批判、という内容でした)。

※これが問題になる訳ですが。そもそも江本氏側が、詳細な実験条件を明らかにしていないので(挙証責任を放棄している)、科学者が新たに実験をデザインする事自体、難しいですね(そのデザインが間違っている、という批判を受ける可能性がある)。反証が必要でない、と主張する方は、この事を重く見ているのです。

田崎さんは、これらを踏まえた上で、あの様な文章を書かれたはずです。追記:参考記事を挙げておきます⇒kikulog:検証をめぐるあれこれ事象の地平線::---Event Horizon--- :: 日本化学会の会誌に水伝批判の現状レポート こういう議論が行われていたのは、知っておいてもよいかと思います。

しかしこの反論記事もけっこう粗雑な論理だと思うのだが

という、J2さんの批判は、余り当たらないのではないかと思います。充分論理的かと。反証は必要無い、という立場からは、あの様な文章を書くしか無いのでは? あれ以上詳しく書くと、複雑になり過ぎて、そもそもの目的(非専門家や年少者に対しての説明)から、はずれてしまうと思います。

結局言い訳をつらつら並べているだけで「反証実験が出来ない」理由など一つも挙げていない。

これは誤解でしょう。厳密に言うと、「反証出来ない」では無く、「追試出来ない」ですよね? 反証に関しては、「水伝が間違いであるという事は、反証するまでも無く、現在の科学的知見から演繹的に導き出される」といった所でしょうか。つまり、充分反証は為されている、と(もっとも、J2さんは、ここに納得が出来ない、と思われている様ですが)。追試に関しては、そもそも詳細が公開されていないので、やりようが無い、と。

リテラシーだなんだと言っても結局人は「信じたい記事」に対してガードが甘くなるんだなーという事。

「だまされないぞ」という想いが強い人は「○○に騙されるな」という類の記事に対してガードが甘くなる。

こういう書き方も、的外れかと。肯定的に紹介されているからと言って、こう断言するのも、早計でしょう。

特に多いのが、「元ネタの実験は信頼性が低い」事しか証明していないうちから「間違っている」という結論を論拠に持ち出しているパターン。
例えば以下の部分。

本当にそうでしょうか? 教えたいことが正しいとしても、本当ではない「実験事実」を本当だといって(つまり、ウソをついて)教えてしまっていいのでしょうか? 実は、このような「実験事実」は本当ではなかったと、あとになって生徒たちが知ったとき、その授業についてどう考えるでしょう? (引用者註:これは、田崎さんの文章からの引用)

”本当ではない「実験事実」”、”つまりウソをついて” とさりげなく断言しちゃってる。
その前段ではそこまで証明しきれてないのに。

これは、読み違えておられる様に思われます。田崎さんは、「ともかく、「ありがとう」がよい言葉だと教えられるのだから、それでよいのでは?」(引用)という問いを想定した上で、上の文章を書かれています。その前には、「道徳の授業につかうなら、事実でなくても、かまわないのでは? 」(引用)という想定問答がありますから(だから、直後の問いに、「ともかく」という表現がある)、これを受けて、「(水伝に限らず)たとえ実験が事実では無くとも、良い言葉を教えられるのだから、それは好ましい事では?」という問いを想定されている、と考えるのが妥当だと思います。ですから、別に、「水伝がウソを言っている」と断言されているのは無い、と私は読み取りましたが、いかがでしょうか。勿論、私の読み違い、という事もありえますが。田崎さんが、科学者の立場で「水伝は恐らくウソをついている(顕在的・潜在的にかかわらず)であろう」と考えておられるとしても、「水伝はウソだ」等という断定は、避けておられる様に思います。あのテキストの性質からして、そんな事は書かれないでしょう。

そういう、ばらつきの大きい結果がでてくると、実験している人のちょっとした思いこみと一致するような結果だけが選ばれて、まるで意味のある結果がでてきたように見えてしまうことが多いのです。(引用者註:これは、田崎さんの文章からの引用)

一般論としてはよく理解できるけど、これも根拠の無い憶測でしかない。「水からの伝言」で恣意的な選択が行われた事を客観的に証明するには前に戻るが反証実験以外にない。

ここも、ちょっと言い過ぎかと。田崎さんは、直後に、

「水からの伝言」にでてくる結晶の写真は、「水は言葉を理解する」という思いこみと話が合うよう、じょうずに選ばれたものだと考えるべきだと思います。写真をとっている人たちは、そういうことを考えず、自分たちの思いこみにあうような写真を無意識に選んでしまっているのかもしれません。(『「水からの伝言」を信じないでください』より引用)

この様な、かなり慎重な書き方をされているのですから。J2さんが自ら仰る様に、正に「一般論」を、田崎さんは書かれていると思います。もしかすると、この慎重な書き方をも、「憶測」と評価されるのかも知れませんが。私は、「推測」程度にしか読めません。前提として、「水伝の実験の詳細が明らかになっていない」という事実がありますから、書き方に問題があるとは思えません。

J2さんが仰る「実験」は、デモンストレーションの事なのではないか、と思ったりも。

2006年11月13日追記:田崎さんのページは、構成が二重になっていて、比較的低年齢、又、科学に余り関心の無い人でも読めるように、より噛み砕いて書かれている所と、もうちょっと詳しく知りたい人向けの、少々難しめの部分があります。これ以上詳しい説明を求められれば、物理学の専門的知識を用いた説明や、実験科学の方法そのものに関する説明に踏み込まざるを得ない訳で、それを求めるのは、違うと思います。そもそもそれは、apjさん等が、書かれていますし。批判する側は、「どんな読み手を対象にして書かれた文章なのか」、という事を、よく考えるべきだと思います。

続きです⇒噛み合わない

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コメント

前にも書きましたが、信じ方にも色々ありますから、その連続性というか、層の様なものは考える必要があるかも知れませんね。

コメントの投稿時刻が、エントリーをアップした時刻より早いのは、ご愛嬌(笑)

投稿: TAKESAN | 2006年11月12日 (日) 17:28

「現在の科学の知見から、水伝が間違っていると言える」、という所に、「その理由を詳しく説明して下さい。」と突っ込んだら、「では自然科学を勉強して下さい。」と言うしかない、というジレンマがある様な気がします。

それから、『「水からの伝言」を信じないでください』というタイトルを批判している方もおられました。「信じないで」という書き方に対してですね。色々な見方があるものだなあ、と思いました。

投稿: TAKESAN | 2006年11月12日 (日) 19:39

訂正。

初めのコメント>連続性というか、層の様
       >なもの
変な日本語ですね。信じ方には色々あって、それは、ばらついているけれども、信じ方の段階の様なものはあるだろう、という事です。

2番目のコメント>突っ込んだら

→突っ込まれたら

投稿: TAKESAN | 2006年11月12日 (日) 23:34

田崎さんのテキストが長い、という意見もありますが、これはどうでしょうね。
人それぞれだ、と言ってしまうと、話が終わってしまいますが(笑) 私は、WEBページだからそう感じる、という事ではないかな、と思っています。紙に印刷して読めば、そんなに長く感じないのではないかなあ、と。WEBだと、ディスプレイに表示して読むので、長く感じてしまうのだと思います。

でも、個人的に、率直に思ったのは、「そこまで他人に求めても、しょうが無いのでは?」だったりしますが。批判するなら、内容の論理的なおかしさとか、誤字等を指摘するに留めるべきだと思うのですけどね。

投稿: TAKESAN | 2006年11月14日 (火) 21:11

同意です。ある意味一番違和感を覚えたのが「長い」「回りくどい」「わかりにくい」という論難でした。長さ批判って、ほとんどそのまま労力全否定ですからね。プロの科学者が、一銭にもならない純粋サービスであれほど懇切丁寧に書いてくれてるのをさらに要求というのはねえ。2ちゃんねる用語で言う「クレクレ厨」かと思いました。
「わかりにくい」と関係して、J2さんは、穴だらけの追試でもとりあえず科学者の肩書きでデモンストレーションするのがいいという考えのようでした(はっきり「洗脳合戦」とまで書いてますし)。だから反証実験がデザイン不能でも構わないとなる。でもこれを科学者に要求するのは死ねと言うのに等しいですよね。なによりそれやっても状況は全く変わらない。Aの信者かBの信者かの違いでしかない。
私は田崎さんの文章を読めて素直に気持ちよかったです。

投稿: ft | 2006年11月14日 (火) 23:07

論理的な指摘なら良いと思うのですが、「長い」とか、「回りくどい」だと、個人の好みの問題も関わってきますので、それこそ、「自分はこう思いました。」という感想に留めるべきでしょうね。
こういう場合には、「言葉遣い」が、結構大きな要因だと考えています。「長すぎて読む気にならないよ。」より、「自分には、ちょっと長文に感じられました。」の方が良いでしょうし。細かい所ですけれど。

反証実験が必要かどうか、というのは、難しい問題ですね。やるならデモンストレーション、というのが、妥当な気はします。

投稿: TAKESAN | 2006年11月14日 (火) 23:23

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